【ポケモン預かりシステム】
トレーナーが旅をする時、同時に連れて歩けるポケモンは6匹までと決められている。
しかし、旅の途中でポケモンを捕まえた場合、定数をオーバーすることがある。
そんなとき、ほとんどのトレーナーは『預かりシステム』を利用して、ポケモンセンターへとポケモンを預ける。
これは、パソコン回線を利用してポケモンをモンスターボールに入った転送するシステム。
7年前、システムエンジニアのソネザキマサキ氏が開発して以来、爆発的に普及している。


PAGE27.空の見えぬ街


「・・・・・・ファイア、サファイア!!」
サファイアの体は上下に揺れた。
まどろんでいた瞳を うっすらと開き、軽くあくびをしながら鼻をこする。
もう1度、サファイアの体が上下に揺らされる。
「・・・!!? なんじゃあ!? 地震か、火事か、火山の爆発かぁっ!!?」
「ちょっと、暴れると落ち・・・・・・!!」



ぼてっ



サファイアは頭から地面に激突した。
ダメージ自体はあまりなさそうなので、メノウはあまり気にしていないようだが、とりあえず同情をひくためにうずくまってみる。
「頭打ったのに、足を押さえてもあんまり説得力はないよ、サファイア。
 体についた灰落したら、周り見てみなよ、到着したよ。」

言われたとおり、体にまとわりついた灰を叩き落とし、周りの様子を見まわしてみた。
あちこち 灰のかぶった建物が立ち並んだ、小さな『町』と言えるものがサファイアのことを じっと見つめている。
夜通し歩くことに耐えられず、すっかり眠りこけ、メノウに背負われて この町へとやってきた。
コクン、と唾(つばき)を飲み込むと 珍しくサファイアはまじめ顔になる。

「この町で、ええんやな?」
「うん。」
メノウはうなずくと、サファイアの手を引いて立たせた。
「この町を超えた所に、僕らの目指す場所がある、ここで、しっかり体勢を立て直していかないと。
 とりあえず、ポケモンセンターで休もうよ。」
「おぅ!!」
少し眠って頭がすっきりしたのか、サファイアは元気に返事をし、113番道路の方へと向かって歩き出す。
とりあえず、メノウはサファイアの首根っこをつかまえて引き止めるわけで。
「サファイア、そっちは・・・もと来た道。
 僕たちの目的地、ハジツゲタウンは あっち、西の方。」
サファイアをずるずると引きずりながら、メノウたちはハジツゲタウンのポケモンセンターへと歩き出した。
目につくほどではないが、上空から灰が降り注ぐ。
畑のなかには、見慣れない作物が育っている。 ここは、山間の小さな農村、ハジツゲタウン。





「・・・・・・あっぶな〜・・・」
コハクは自分のひざほどの岩を見下ろして言葉をもらした。
その岩をルビーが蹴飛ばすが、もちろんのこと、びくともしない。
2人が見つめているのは、切り立った崖の上から 自分たちに向かって落ちてきた岩。
「これで、今日だけで3回目じゃないかい、偶然ってぇのは通用しないよ。 やばいんじゃねぇんかい、この道?」
「う、うん・・・・・・」
もう1度 横目で岩を見ると、足早に2人は歩き出す。



ふかふかのソファーに体を埋めると、サファイアは久しぶりの休みを楽しむサラリーマンのように全身の力を抜いた。
その真ん前にメノウも腰掛ける。 ピリピリした空気に入るまでの、ひとときの休息。
気が付いたら淹れられて(いれられて)いた茶をすすり、すっかりくつろぎ切る。
「はぁ・・・・・・茶が旨い(うまい)わぁ・・・・・・・・・
 すぐに あの何とか団との決戦になるねんもんな、体はゆっくり休めたらんと〜。」
「・・・そうだね、この先どうなるかなんて、誰にも判らないから・・・・・・今を大事にしていかないと。」
「せやな〜、腹も減っとることやし、戦士の求職っちゅうやつやろ!! せやろ!!」


「へぇ〜・・・・・・、サファイアもとうとう自分の職を探す気になったってぇ訳かい。
 その方が賢明だとは思ったんだけどねぇ〜。」
サファイアの顔がさっと青くなる。
良く通る声、聞き慣れた声。
「ろういうことだか、説明してくれると嬉しいんらけどな〜、メノウお兄さん?(ぺこぽこ)」
メノウの座っているソファの影から、底のついた『じょうご』のようなものをくわえた、見慣れた少年が顔をのぞかせる。
門前の虎(トラ)、後門の狼(オオカミ)。
「ちなみに、『求職』じゃなくて、『休息』って言いたかったんらと思うんだけど、違う? サファイア?(ぽこぺけ)」
「コハク!? それにルビー!!?
 わっ、わざわざ 僕たちの後をつけてきたの!?」
一応初対面のはずのメノウの顔に、ルビーが物(小さくて軽いが)を投げつける。
「人聞きの悪い。 ポケモンコンテストのスーパーランクの会場は このハジツゲタウンにあるんだよ。
 あんたこそ、一体何モンだい、サファイアを突然連れ出したりして。」
「ポケモンコンテストのスーパーランク!?」
指差されたメノウは 質問には答えず、真後ろのコハクへと向かって声をひっくり返す勢いで尋ね直した。
ずいぶんな体格差があるというのに、コハクは振り返ったメノウに反抗的な視線を送っている。




「コハク、どういうことなんだよ!?
 せめて・・・せめて、あと1日待っていれば、全部・・・・・・」
「失敗したよ。」
口からガラスで出来た『じょうご』のような物を外すと、
皆まで言わせず、コハクの小さな指がメノウの鼻先に突き付けられた。
睨みつけるような金色の視線は、いつもの穏やかな光とは違い、相手に威圧感を感じさせる。
「勘違いしないでほしいよ、僕たちはこの子たちの保護者じゃない。
 それに、ルビーもサファイアも無傷で家に帰せるような状態だったら、とっくにそうしてる。」
「・・・・・・・・・ッ!?
 無茶苦茶なっ、ただ、家にっ、帰すだけ、でしょ!?」
ぶちぶちと1句ずつ言葉を途切れさせるメノウを見て、コハクはため息をつく。
ルビーとサファイアに視線を送って、何となく立たせると、ゆっくりと息を吸い込んで、なにやら人だまりの出来ている方へと叫ぶ。
「・・・・・・あーっ、ワカバタウンのゴールドだぁっ、すごーい、ホンモノだぁーっ!!」
途端、辺りがざわめきだした。
メノウの顔が明らかにひきつり、コハクのことをすごい視線で睨んでいる。
それを気付かないふりなどしながら、ずっともたれかかっていたソファーから立ち上がり、コハクは寝室方向へと向かって歩き出した。
迷子にならないようにサファイアがその後を追い、押し寄せて来た人を避けるためにルビーが追い。
人に囲まれて身動きの取れなくなっているメノウを気にしながら 2人は先を歩くコハクの顔色をうかがう。
あれだけ言い争った後だから、さぞかし怒っているのだろうと思いきや・・・・・・

「笑ってんねんな?」
今さら気がついたように、コハクはサファイアへと顔を向けた。
後から追ってくるルビーにも気がつき、少しずつ 歩くスピードを落とす。
「ところで、その口でくわえとるモン、一体なんなんや?」
「ほ?(ぽこん)」
口にくわえなおした『じょうご』のようなものをまた外すと、指先でくるくる回す。
「118番のガラス屋さんで買った『びーどろ』だよ、知らない?」
サファイアは首を横に振る。
それを見ると、コハクは再び『ビードロ』と呼んだものを口にくわえ、ほおを膨らませて息を吹き入れた。
ペコペコ、ポコポコ、と、サファイアのごとく調子の外れた音が鳴る。


3人の歩調が大体そろった頃、ルビーが口を開いた。
「あのさ、コハク、聞きたいんだけど?」
「なに?」
「あの帽子の男、本当に『ワカバタウンのゴールド』なのかい?」
コハクは口では答えず、首を縦に振った。
そこへすかさず、サファイアが訊きに入る。
「なんや、その『ワカバタウンの』っちゅう、妙な2つ名は?」
「知らねぇのか?」
信じられない、といった感じでルビーはサファイアへと顔を向けた。
自然と、3人の足が止まる。
「ポケモンリーグ第4回優勝者のひとり、
 ジョウト地方ワカバタウンのゴールドっつったら、トレーナーで その名前を知らねぇ奴はほとんどいねぇぞ?」
「ほな、ワシは珍しいトレーナーなんやな〜v」
「すんなり認めないで・・・悲しくなる・・・・・・」
コハクが歩き出すと、2人はその後をとことこと付いて行った。
きゃあきゃあと騒ぎ立てる後ろの声から逃げながら、笑いながら話は続く、今日は一時の日曜日。





―翌日―

ケンカをしていた・・・ように見えて、意外にすっきりとした朝だった。
まだメノウに視線こそ注がれているものの、わりとほのぼのとした感じで 4人はちょっと早い朝食を取る。

「ほいで、今日はどないするんや?」
サファイアはいつもの調子でコハクへと尋ねる。 本来、雇い主はメノウのはずなのに。
そのことをあまり、メノウ自身は気にしてはいないようなのだが。
「今日はねぇ・・・・・・なぁんにもない。」
「ほ?」
自分の分を食べ終えると、続きが話される。
「僕は好き勝手に行動する、ルビーも、サファイアも、自由行動。 OK?」
「お、OKや。」
「・・・そりゃ、どうも。」
「それじゃあ、決まりっ!!」

コハクが立ち上がり自分の部屋へと向かうと、自由行動と言われたのにもかかわらず、ルビーとサファイアがその後を追う。
「え? ちょっ、ちょっと・・・・・・!!」
取り残されたのがメノウ、ほら、学校とかでもいるでしょう?
なんとなく1テンポ遅れて、掃除の時間になってもまだ食べている人。
淋しく食べてるだけなら まだいいのだが、
1人になったスキを狙ってどんどん人が集まってくるものだから、遠目に見てもずいぶん苦労している。
「まっ、待って・・・・・・・・・ルビー!!」
呼ばれ、ルビーは振りかえった。
途端に飛んできた何かの『きのみ』を反射的に受け止めると、危ない、と文句の1つも言いたいのか、メノウのことを睨む。
「・・・気をつけて。」
「え?」
あまりにも真剣な表情で言われるものだから、怒る気も失う。
メノウのファンたちに睨まれるも、逆にいつもサファイアにやっているように睨み返し、ルビーは部屋へと引き返した。
ルビーのアクセント、本日午後12時半より、ポケモンコンテスト出場予定。







「・・・・・・・・・しもた・・・」
30分後、サファイアはポケモンセンターロビーのど真ん中で座りこんだ。
それだけでも迷惑極まりないのだが、彼の場合、動くと余計に大混乱を巻き起こす。
自由行動イコール、特に誘い合わせのない限り単独行動、ということ。
サファイアが単独行動するイコール、どうしてそうなったのか分からないほどの迷子になる、ということ。
ここにくるまでに100回以上も迷ったとなれば、さすがのサファイアも学習する。

「こんなことやったら、メノウの側にでもいてれば良かったわ・・・
 いつのまにか・・・コハクもおらんようになってまうんやもん・・・・・・・・・」
ポケモンセンターのど真ん中で涙目になっている少年は そうとうよく目立つ。
じろじろとまとわりつく視線を気にもせず、涙と鼻水で大海を作っている少年に 見ているのも耐えかねたのか、女の人が話しかけてくる。


「あの・・・ボク、どうしたの?」
サファイアが涙と鼻水とよだれでぐじゅぐじゅになった顔を上げると、深い色の瞳に女の人が映った。
長い髪をバンダナでまとめ、ぱっちりした瞳は分厚いメガネを通して見える。
あまり飾りっ気はなく、腰では工具の束がガチャガチャと音を立てている。
「うぅっ、感謝の気持ちでいっぱいやぁ・・・
 ワシの周りは暴力女やら、ほえほえ君やら預言者しかおらんでなぁ、こんなに優しゅうされたんは久しぶりやぁ・・・・・・」
「ほら、泣くな、男の子でしょ?」
「うっ、うっ、せやな、強くならなアカンもんな。
 ところで・・・・・・オバちゃん・・・・・・誰や?」
涙と鼻水とよだれと汗でべちょべちょになった床を拭きながらサファイアは尋ねる。
にじんだ視界では見えないが、女の人は苦笑した。
「あのねぇ、アタシはまだ花の20代なんだから、『おばちゃん』なんて呼ばないでって!!
 泣き虫君? キミこそ名前を教えて欲しいなぁ。」
「なっ、泣き虫やあらへん!!
 ワシの名前は小田牧 雄貴、人呼んでサファイアや!!」
じゅるっと鼻を鳴らすと、サファイアはふんぞり返っていきがってみせる。
その様子がよほどおかしいのか、女の人はクスクス笑った。
「ふぅん、アタシはマユミ、室町マユミ、システムエンジニアよ。」



その頃、ルビーはサファイアのように迷子になることもなく コンテストの会場へと足を踏み入れていた。
コンテストへ向けて アクセントのコンディションを整えるために『きのみブレンダー』を回す。

「そして、エントツ山が噴火して、今でもこの町には火山灰が舞い降りるんだ。
 だから、ハジツゲタウンでは火山灰のなかでも育つような 丈夫な植物を育ててるんだよ。」
「もう5回も聞いたっての、黙ってブレンダー回しとくれよ、じぃさん。」
集中力が途切れたのか、ブレンダーから ブーッ、と間の抜けた音が鳴る。
いらだったのか、ルビーは動きの遅くなった回転する針に向け、ボタンを連打した。
「昔から、この辺の土地は岩がごろごろしとってな、わしが若い頃にはつるはしを使って・・・・・・」
「『畑を作るために岩を砕きつづけた、そうして8日目に岩を砕いたら 中から『ほのおのいし』が顔を現した。』
 しつこく聞いたっての、耳にタコが出来る・・・・・・」
きのみブレンダーから飛び出してきたポロックを受け止めると、ルビーはそれを一緒にポロックを作っていた老人へと渡し、立ちあがった。
形だけの「ありがとう」を言うと、どこか人のいない場所を探してうろつきまわる。

あまり外にいると また灰に喉をやられる可能性もあったので、
会場のロビーの片隅でポケモンたちと一緒に 少し早めの昼食を取る。
開始時間が昼過ぎなので、自分たちが空腹で倒れていては話にならない、ということらしい。


「・・・アクセント。」
自分の分をだいたい食べ終わった頃、ルビーはアクセントにポロックを投げる。
落っことさないように受け取ると、アクセントは嫌々ながらも 渡されたポロックを口にした。
時々、美味しそうに食べるものだから、一緒にいるワカシャモとルクスが そのたびにルビーに「自分にもくれ」とばかりに催促する。
あまりにもしつこいので、ルビーは余ったポロックを2匹に投げてよこした。


『ご案内です、12時半のポケモンコンテストに出場される方は、3番ゲートまでお越し下さい。
 繰り返します、12時半のコンテストにご出場の選手は・・・・・・』

アナウンスの女の人の声がロビーへと響く。
ルビーは素早くその声に反応し、立ち上がった。


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