【ポケモンと自然現象】
超常現象、と呼ばれるもののなかには、ポケモンが引き起こしたものがある。
例を挙げれば、7年前にカントー地方ハナダシティで家屋5件が全壊する事件があった。
これは、強力な力をもったエスパーポケモンの仕業だと判明している。
また3年前、ジョウト地方シロガネ山上空にて、空1面に虹が発生するという珍現象が目撃されているが、
これも強力な力をもったポケモンの仕業だと噂されている。


PAGE29.Song of distiny(2)


サファイアは途方に暮れていた。
訳も判らないうちにルビーは連れ去られ、なんだか怖い男たちがいっぱいで追いかけるわけにもいかず、気がつけば1人きり。
おまけにマユミの家からもずいぶん離れてしまって、帰るに帰れないときたものだ。
「・・・どないしょ・・・・・・早う、警察呼ばんといかんのに・・・・・・」
辺りではチルットの鳴き声やらヘビっぽい這いずり回るような音だけが響く。
サファイアがその場にしゃがみ込もうとしたとき、またしても頭の上でくつろいでいたチルットが飛び上がった。
慌てて視線を上に上げる、その時にはもう、チルットは視界から消えかかりそうな場所まで移動していた。

「ま、待ちっ!!」
サファイアは何度も草に足を取られそうになりながらチルットを追う。
気がつかないうちに、ルビーの連れ去られた山へと向かう形で。
たかが40センチのポケモンに翻弄(ほんろう)される少年を見つめていたのは、金色の瞳の少年だった。
かすかな音を立てていた 乳白色のビードロから口を話すと、ピュピュッと口笛を吹いて、山にぽっかり空いた穴を指差す。
チルットは誘導されるかのように 指差された先の穴へと飛び降りていった。
サファイアも当然、その後を追う。
1人と1匹を追う金色の瞳を持った少年は、ぽつりとつぶやいた。


「・・・・・・・・・始まるよ、運命の歌が。」





ルビーは何者かに揺さぶられ、目を開けた。
まだ目の前がかすむが、動けないほどではない、とにかく何かをしようと腕を動かすと、誰かに首を軽くしめられる。
「んっ・・・・・・」
「おとなしくしているんだ。」
そういうと、ルビーを捕まえている男は首がしまり過ぎないようにルビーを持ち上げた。
ようやくはっきりしてきた瞳で ルビーは辺りを見回す。 自分の周りはマグマ団だらけ、『海の博物館』の時の比ではない。

「そ、その子を離してください!!
 あなたたちとは何の関係もない、ただの子供じゃないですか!!」
ルビーは声のした方に視線を向ける。
エンジ色の服を着た集団の真ん中で、ただ1人、ポロシャツにジーンズという、なんともラフな格好をした男がルビーへと、
・・・正確にはルビーを取り囲んでいるマグマ団へと向かって、必死に叫んでいる。
男の顔が ルビーが見た『連れ去られているおっさん』と一致する。 その瞬間、ルビーは
男が必死になって開放させようとしている人物が 自分であるということをようやく理解した。


「だったら、早く隕石を隠した場所まで案内しなさい。
 そもそもあなたが我々を裏切ったりしなければ、こんな目に会わずに済んだのよ。」
ルビーをKOした 見覚えのある女がぞっとするような声で男に詰め寄っていく。
「しかし、話が違うじゃないか!!
 初め、あなたたちは考古学の研究に役立てるからと説明した、はるか昔に眠りについたポケモンを・・・・・・ひっ!!」
男のすぐそばで 人の腰ほどもある大きさの岩が爆発した。
岩の残骸の上には 1メートルほどのごつごつした重そうなポケモンが居座って男のことを睨みつける。
「・・・サイホーンの『つのドリル』・・・・・・!!」
「ほぉ、嬢ちゃん詳しいじゃねーか、こいつはホウエンには本来生息しないポケモンだってのに。」
「!!」
ルビーは 自分を拘束する男を反抗的な視線で睨みつけると、思いきり噛みついた。
男が一瞬ひるんだスキを狙って、後頭部で顔面へと向けて攻撃する。

「ガッ・・・・・・ガキッ!!!」
「ワカシャモ、『ひのこ』!!」
モンスターボールから飛び出したワカシャモが小さな炎を吹き出すと、マグマ団たちは一斉に退いた。
逃げ出したマグマ団の間を縫って(ぬって)ルビーは男へと近づくと引っ張り上げて立たせる。
「・・・まだポケモンを持っていたのね。」
「てゆうか、あれで最後じゃなかったっけ〜?」
ルビーは何も言わずにマグマ団の女2人を睨みつけた。
何の前触れもなく 男の手を引いて走り出す、
一斉に襲いかかろうとする男たちに反し、マグマ団の女は至って冷静な声を上げた。

「残り2匹のポケモンたちはいいのかしら?」
ルビーの足が止まる。
ゆっくりと振り返ると、マグマ団の女の手にはハッキリとした赤と白のモンスターボールが2つ、握られていた。
「安心しなさい、危害を加えたりはしていないわ。
 自分たちの力であなたのことを助けられないと判って、自分からボールに戻ったのよ。
 ふふ、なかなか賢いポケモンたちじゃない・・・」
マグマ団の女は アクセントとルクスの入っているだろうボールを 自分のホルダーへと取りつけた。
「これだけ賢いポケモンを育てられるあなただもの、こっちが何を言いたいか、判るわよね?」
何も言わず、ルビーは女を睨んだ。
ワカシャモが指示を待つようにルビーに視線を送るが、ルビーは何も言わず、ゆっくりと両手を上げる。
「き、キミ!?」
「勘違いするんじゃないよ、あんたたちごとき、簡単に倒せる。」
「いい、心がけね。」
女はルビーの側へとポケモンをけしかけた。
見た目はそれなりに可愛らしいのだが、瞳が肉食動物並みにギラギラと輝いている。
逆らえば、ただでは済まない、ということなのだろう。
「さぁ、ソライシ博士、次はあなたの番よ。
 我々の研究に協力するか否か、たったそれだけの選択肢じゃない、何を迷っているの?」
「無事に帰りたいかどうかっつー選択でもあるけどな!!」
マグマ団の制服を着た体格のいい男が、そう言って取り囲まれている男を笑い飛ばす。
ソライシ博士と呼ばれた男は 両手を上げているルビーを横目で見やると、絞り出すような声を出した。

「・・・・・・わ、わかった、隕石の場所を教えよう・・・」
マグマ団の集団が 一斉ににやりと笑った。
ソライシ博士と呼ばれる男の側にも いかにも何かしそうなポケモンがつけられる。
そのまま、ゆっくりと洞くつの奥へと歩かされる。
ソライシ博士と呼ばれた男を先頭に、暴れ回らないようにルビーは男たちに囲まれて。





意外に広い洞くつのなかを、2キロほど進んだろうか、一行は滝をすぐそばに見られる、泉のほとりへとやってきた。
水辺までやってくると、ソライシ博士は轟々(ごうごう)と流れ落ちる滝を指差し、震える声を出す。
「あ、あの滝の上に、隕石は隠されている・・・・・・しかし、あれは、人間が自分の都合で手を出していいものではないんだ!!
 落下してから半年、あの隕石は常に膨大なエネルギーを排出している、
 どんな力が作用して、いつ暴走するかも判らないのに、古代ポケモンを目覚めさせるのに使うなんて・・・・・・!!」
「黙りなさい。」
女がぴしゃりと言うと、ソライシ博士は押し黙った。
どうやら首領格らしいその女が あごで指図すると、ルビーの周りの男たちがルビーを無理矢理前に進ませる。
ルビーの両肩を掴み、抵抗しない意思を確認させると、マグマ団の女は どんっと彼女を突き出した。

「人質よ。
 あなたには私たちと一緒に 滝の上の隕石を取りに行ってもらうわ。
 A班、C班、D班は隕石を回収に、他は残りなさい。 それと――――――」
女はルビーがトウカの森で出会った、髪を異様に染めた女の肩にも手を置く。
「あなたも回収班に参加してもらうわ。」
「えぇ〜、面倒くさい・・・」
「自分の身が可愛ければ・・・・・・・・・」
「・・・・・・わかりましたぁ。」

女が持っていた 体中あみだくじのような模様のついたポケモン(ルビーはそのポケモンがサンドという名前だということを知っていた)が
すいすいと崖の上へと登り、長い、縄ばしごを降ろす。
マグマ団の女が、自ら(みずから)崖の上へと登り、安全なのを確認すると、部下に指示をしてまずルビーとソライシ博士を登らせる。
続いてマグマ団の男が1人、2人と登り、ワカシャモを登らせ、最後にもう1人の女がしぶしぶ登る。
「ソライシ博士、隕石はどこにある?」
「こ、この先だ・・・・・・」
完全に怯え切り、ソライシ博士は震える指先で洞くつの奥を指差す。
すぐさま歩き出した集団に押されながら、ルビーは首領格らしい女に話し掛ける。
「ずいぶん、お急ぎの様子じゃないかい?
 石っころなんざ、逃げやしないってぇのに、一体何をあせってるのかい?」
「それは・・・・・・」





女が口を開きかけた時、滝へと流れ出す川が一斉に音を立て、割れた。
ざわつくマグマ団たちをよそに、あの髪をボロボロになるまで染めた女が、モンスターボールを素早く開く。
「めるちゃ〜ん、『マグニチュード』!!」
いつかのドンメルが足で地面を踏み鳴らすと、辺りはとても立っていられないほどに激しく揺れる。
アンバランスな崖の岩が4、5個、下へと落ちていくほどに。
数秒ほど待って、揺れがおとなしくなってきた瞬間、川が水しぶきを上げ、
揃い(そろい)の青い服を身にまとった集団が ルビーたちのもとへと上陸してくる。


「アクア団!!?」
マグマ団の集団が一斉にざわめき出した。
青い服の集団は何も喋らず、全員ほぼ同時に 青や緑のモンスターボールを構える。
一瞬浮き足立っていたが、マグマ団の集団はそれに対抗するように 一斉にモンスターボールを構え出した。
マグマ団の女の しっかりした声が響く。
「・・・・・・やれ!!」
その場は瞬時にして戦場と化す。
波音しか聞こえなかった洞くつは怒号の渦へ、何が起こったのかも判らないうちにルビーも巻き込まれる。

「ハスボー、『しぜんのちから』を撃て!!」
訳の判らない黒い固まりをルビーは避ける、横目でマグマ団の何人かに命中するのが見えた。
キリ・・・と歯を食いしばり、ひたすら攻撃の届かないところまで走る。
ワカシャモを横に従えて、態度の大きいマグマ団の女の モンスターボールホルダーを気にしながら。

(どないするんや!?)
「知るかっ、とにかく逃げるしかねぇだろう!?」
心の声と格闘しながら、ルビーは人とポケモンの間を縫って走り続ける。
スキを見て 何とかマグマ団の女からモンスターボールを奪還しようと考えるが、逃げることだけに精一杯で とてもそれどころではなくて。
また、誰かが地面タイプの技を使ったのか、ぐらりと地面が揺れた瞬間、ルビーは派手に転ぶ。
「・・・・・・・・・つぁ・・・」
腕をすりむいたらしく、痛みを押さえようと当てた手のグローブに血が染み込んだ。
駆け寄ってきたワカシャモを突き放すと、ルビーは再び立ちあがってマグマ団の女の姿を探す。





『・・・・・・ルビー!!』

突如、聞きなれた声がルビーの名前を呼ぶ。
降ってきた声に合わせて上を見上げると、今にも崩れそうな岩場を器用に滑り下りながらコハクがルビーのもとへと降り立った。
あまりの突拍子のなさに ポカンと口を広げてそれを見つめていると、
ホッとしたような表情と共に、コハクの高い声が聞こえる。
「大丈夫?」
問いかけに対し、ルビーは首を横に振った。
「アクセントとルクスを盗られた。 赤い服の方の集団の、髪の短い方の化粧の濃い女だ。」
そう言ってルビーは 命令の妙に多い女を探し出し、指差した。
何の攻撃があったのか、突然起こった爆発から逃げながらコハクはゆっくりとうなずく。

「・・・メノウ!! オレンジの真正面の女の左のホルダーに、ルビーのアクセントとルクスがいる!!」
「了解!!」
低めの声が響き、戦いの渦の中心から少々大きめの音が響いた。
ルビーの見ている目の前で 1人のマグマ団の男がルビーのポケモンを奪った女へと接近し、左手についているボールを高く蹴り上げる。
見事にボールだけが蹴り上げられ、女の驚いた表情は 遠くにいるルビーにもよく見えた。


「!?」
「・・・・・・仲間だとでも、思いました?」
地面へと墜落したボールを追いかけるルビーとコハクを横目で確認して、メノウは着ているマグマ団の服を脱ぎ捨てた。
赤いパーカーに黄色いキャップの少年は マグマ団の女へと向かって笑いかけると、その2人の後を追う。


「だけどさ、どうして、ここに?」
かなり遠くまで落ちてしまった(それも2つ離れて落ちてしまったから大変だ)ボールを追いかけながら、ルビーはコハクに尋ねた。
「マグマ団とアクア団を止めるのが、僕たちの目的だからだよ。
 それと、君たちを守ることもね。 ルビーが旅に出たのは・・・・・・・・・!!」
何をやけになったのか、2人に対して向かって来たマグマ団へと向かって、コハクはK(ケー)の『おいうち』で攻撃した。
アクア団の攻撃を避けて やっと1つ目のモンスターボールを手にする。
中を開けると、アクセントが飛び出して来た。 無事な様子のルビーを目にし、満面の笑顔を浮かべる。





「・・・・・・どないしょ〜・・・」
サファイアは ほとほと困り果てていた。
チルットの後を追って洞くつへと入ったはいいが、
気がつけばルビーが いかにも怪しげな集団と共謀(サファイアの目にはそう映ったらしい)しているわ、
訳の判らないうちにマグマ団とアクア団が戦いを始めるわ、その上、隠れていた場所が戦いの場のすぐ近くで、動くに動けないのだ。
先ほどから何度も爆発音が響く、逃げ出した方が安全なのかもしれないが、どうにもこうにもタイミングがつかめない。
「・・・っとに、お前が逃げ出すからやで!!
 このまんま、仏さんになってしもたら、どうす・・・・・・・・・ひっ!?」
サファイアのすぐ近くで爆発音が響く。 争うような声が大きくなってきたのは、いよいよこの場所が危険になってきたという証拠。
しかし、腰が抜けて とても逃げ出すところではないらしい。

「サニーゴ、『いわくだき』!!」
聞いたこともないような 赤の他人の声が響いてきた。
バン、バン、バン、と何かを打ち付けるような音とともに、地面が軽く揺れる。
4発、5発と音が大きくなっていき、6発目、サファイアの鼓膜を危うく破りかけるような音が鳴った。
その衝撃は、サファイアの隠れていた岩を砕き、姿をさらけ出させる。
攻撃したアクア団の男も驚いたらしいが、サファイアはもっと驚いた。
チルットを小脇に抱え、猛然と走り出す。


「・・・・・・サファイア!?」
まさかというような人物の名を ルビーが叫ぶ。
コハクは「え!?」と声をあげて彼女が口にした人物の姿を探しまわった。
彼に知らせるため、ルビーは はるか遠くを指差す。
その先では トレーナーなのだから反撃すればいいものを、何を勘違いしているのか、サファイアがチルットを持ったまま逃げまわっていた。
おまけに、これは方向音痴のせいだろう、同じ場所をぐるぐると走り回っているだけで、全く逃げ切れていない。
「・・・何をやってるんだ、あいつは?」
「『戦いに巻き込まれた』に80点!!」
「見りゃわかるよ!!」

「メノウ!!」
コハクは ルビーのルクス入りのボールを取りに行こうとしているメノウへと向かって叫んだ。
「戦場の真ん中に、サファイアが迷い込んでる!!」
「は!?」
メノウの足が止まる。
辺りを軽く見回し、コハクへと向かって怒鳴り返した。
「どこだって!?」
「だから、真ん中!! マグマ団とアクア団が戦ってるど真ん中!!」
かなり距離は離れていたが、ルビーの目にもメノウの顔が引きつっていることが判った。
コハクが指差した先は 本当に戦地のど真ん中。 わぁわぁと両組織が戦いを繰り広げるなかで 彼は泣きそうな顔をして走り回っている。
メノウは ルビーのボールとサファイアとを一瞬見比べると、軽く舌打ちしてサファイアの方へと走り出した。


「サファイア!!」
メノウの声に反応し、サファイアはキョロキョロと辺りを見回す。
大シケのようにうねる大人たちの間を走ってくるメノウの姿を見つけると、ホッとしたのか肩の力を抜く。
だが、戦いの場のど真ん中で そんな行為が許されるはずもなく・・・

「バカ、伏せろッ!!」
「バ、バカやて!? メノウッ、バカゆうたら自分が・・・」
全部言い切らないうち、叫んだ人物に首根っこを押さえられ、サファイアは地面へとねじ伏せられる。
直後、メノウの腕越しに伝わった衝撃と、ガツッという鈍い音。
顔をあげれば、赤い、硬そうなポケモンが着地している真っ最中で。
それがどのポケモンなのかも判別できないうちに、メノウの黄色い帽子が落ちてきてサファイアは視界をふさがれる。
首元から大地へと押さえつけられる力がなくなり、地面に張り付いていたサファイアは起き上がった。
すぐ側でうずくまり、後頭部を押さえながら帽子を拾い上げているのは、恐らく、メノウ。
うつむいているせいで顔は見えないが、そういう確信はある。
「・・・ス、スマン・・・・・・無事か、メノウ・・・?」
「生きてるから大丈夫・・・だと思う。
 それより、早くここを抜けないと・・・・・・・・・」
メノウが顔を上げると サファイアの顔がさっと青くなる。
口をパクパクさせ、メノウのことを指差しながら。
「・・・・・・どうしたの?」
「メノウ・・・・・・左の黒目があれへん・・・・・・・・・」
「え?」
3、4度まばたきすると、メノウは地面に落ちている 黒光りしているものに目をやった。
肩ほどまでに落ちてきている自分の髪を見て ため息を1つつくと、サファイアの肩を台代わりにして立ち上がる。
「・・・『はたきおとす』受けて、落っこちたか・・・・・・高かったんだけどな、あれ。
 まぁ、いいか・・・・・・・・・サファイア、行くぞ。」
呆然としているサファイアを気付け代わりにゆすると、メノウは辺りを見回した。

そのとき、不意に、大きな揺れが起こる。
はっとした表情をして、メノウはルビーたちの方向へと顔を向ける。
「・・・・・・コハクッ!!!」
今までにないほど、メノウは大声で叫んだ。
丁度2人はルクスのモンスターボールまでたどり着いたところ、メノウの視線はその真上。
今にも落ちそうになっている大岩を ものすごい顔で睨みつけている。
自然とコハクの視線も同じ岩に注がれていて、ルビーは自分のモンスターボールを取りに行くのに夢中で。


気付かない、彼女は気づかない。
自分へと向かって 体の2倍ほどもある岩が迫ってきていることに。
2人が、3人が彼女の名を呼び、ようやくルビーは上を見上げる。
無数の小さな石ころを巻き添いにしながら、眼前まで迫ってきている 巨大な岩。



「ルビーッ!!」

ルビーの体に衝撃が走り、彼女は弾き飛ばされた。
腕のすり傷は増え、服はボロボロになり始めていたが、彼女は何とか生きている。
何が起こったのかも判断しかね、無表情のままゆっくりと上半身を持ち上げる、ルビーの上に倒れ込んでいたコハクが 少々ずり落ちた。
「生きてる・・・・・・・・・」
ルビーの腰の辺りから、高めの声がする。
のそっと起き上がってきたコハクは 呆然としているルビーの顔を見て「ほぅ」と息をつく。
しかし、ルビーの視線は 全く別の場所へと注がれていた、コハクでも、戦場でもなく、先ほどまで自分がいた場所へ。
ゆっくりと、だが確実に、鼓動が早くなっていく。 呼吸が段々と早くなっていく。

「・・・・・・・・・・・・ルクスッ!!!」

ルビーは飛び上がり、今日叫ばれた中で1番大きな声を出した。 硬直した視線の先では、積みあがった大岩が 軋みを上げている。
それは、今の今までルクスのボールが転がっていた場所。
カチカチとルビーの歯が鳴りだす。
「行っちゃダメだ、ルビー!!」
岩の折り重なった場所へと走り出そうとするルビーを コハクが引き止める。
何かを叫ぼうとしているのか、口を大きく開くが、
声にならない叫びが空回りし、ただひたすら、コハクの腕に縛られながらじたばたしているだけ。
「落ちついて!!」
「離せ、・・・・・・・・・離せッ!!!」
ルビーが叫ぶ間にも バランスを失った岩の数々が重力の流れにしたがって墜落する。
なおも、ルビーはコハクから離れようと暴れまわる、どれだけそこに行くのが危険かも判っているつもりでも。
「ディ・・・D(ディー)ッ!!!」
何かに頼るように、コハクは洞くつの天井へと向かって叫んだ。
服のホルダーからオレンジ色のライチュウが飛びだし、キョロキョロと辺りを見回して事(こと)の次第を確認する。



「ルビーに『てんしのキッス』、お願い!!」
そう言うと、コハクは自分の体を伝わらせ、D(ディー)を自分たちの肩の辺りまで上昇させる。
背中から肩へ、肩から首へと小さな前足をかけてコハクの体を登ると、D(ディー)は必死で暴れまわるルビーの頬に 自分の唇を当てた。
途端、ルビーの足から力が抜け、コハクが組み伏せるまでもなくその場に座り込んだ。
人形のようにだらんと首をうなだれ、瞳の色を失っている。
「ルビー・・・・・・」
「コハクッ、そいつを連れて早くここから出るんだ!! もう収集がつけられないっ!!」
メノウの声が 怒号の響く戦地の中より響く。
サファイアを連れて走り回る彼の姿を見て、コハクは目を丸くした。
右手に黄色の帽子、左手にはサファイア、走るのに合わせて長く赤い髪は揺れ、左の目は色がないのかと思うほど薄い灰色をしている。
「メノ・・・あっ・・・・・・」
コハクの視線がメノウから移動した。
今にも崩れそうな崖(ルビーが登ってきた)の、すぐ近くの、黒光りしているただの石ころに。
ふっと息をつき、ただの石ころを睨みつけると、神妙な面持ちですぐ側にいるD(ディー)へと話しかける。

「見える? あそこ・・・・・・」
他の人間たちに気付かれないよう、コハクはそっと黒い石を指差す。
長い耳を揺らしながら2度3度D(ディー)がうなずくと、コハクは妹を誉めるように頭をくしゃくしゃっとなでた。
その場に座り込んでいるルビーの肩を押さえると、表情を悟りにくい笑顔をD(ディー)に向ける。
「ちょっと取ってくるから、ルビーのこと、頼んだよ。」
一瞬、D(ディー)が不安げな表情を見せる。
ふわん、と小さな頭の上に手を置くと、コハクは優しい笑顔を作り、諭す(さとす)ように言い直した。
「大丈夫、ちょっと行ってくるだけだから。
 ・・・・・・それじゃ、お願いだよ、ディア。」



コハクはそう言うと、ルビーとD(ディー)をその場に残し、崖淵へと向け、そっと歩き出した。
辺りに気付かれないように注意を払うが、青い服の集団・・・アクア団の、それも首領格らしい男がコハクの先のものに気付き、突発的に走り出す。
それに合わせてコハクも走り出す。 その瞬間、ルビーの体がピクリと動き出した。
D(ディー)が澄んだ黒い瞳で見上げるなか、ゆっくりと立ち上がり、戦場を狂気の赤い瞳で睨みつける。
「嬢、その石を渡すんだ!!」
「僕は男だ!!
 それに、これを渡したりしたら、それこそ世界の破滅を導くことになる、どうして判らないんだよ!!」
不意に地面が揺れ、コハクはバランスを崩しかけ、その場にしゃがみ込んだ。
地面技の揺れではない、
何か、大きな力が大地へと働いて・・・例えるなら、コンクリートを固める機械のような・・・ただでさえ不安定な岩場を揺らしている。
「バカな、マグマ団にも、アクア団の中にも、こんな技を使う人間などいないはず・・・!!」
「・・・・・・ワカシャモ・・・ルビー!?」
積み重なった岩場へと コハクの視線が移っていった。
D(ディー)が小さな体で必死で止めようとしているのを振り払い、彼女は戦場へと向かって指を出す。
まるで、普通のトレーナーがポケモンバトルを始めるときのように。
まるで、それが いつものことかのように、自然とルビーの口が動く。

「―――‘める’『とっしん』。」
マグマ団の女のドンメルが 突如高く鳴き出し、敵味方区別なく突進した。
予想だにしない『裏切り行為』に、マグマ団、アクア団、共に驚愕(きょうがく)した表情で髪のボロボロになるまで染めた女のことを見つめる。
ドンメルのトレーナーであるその女は 慌てて体の前で手を振った。
「ち、違う、あたしじゃないよ・・・・・・めるちゃん、どーして・・・!?」
はっきりした答えの出ないうちに、今度はアクア団の男の、両手にハサミを持ったポケモンが無差別攻撃を始めだした。
もはや、どうしたらいいのかも判らずにパニックに陥る2つの集団。
その片隅に、ほとんどの人間から気付かれずとも、確実に彼女はいる。
「――さぁ、‘ロック’『トゲキャノン』。」
ピンク色のゴツゴツしたポケモンが またも表情を変え、他のポケモンたち、人間たちへと襲い掛かる。


「・・・・・・何が起こってやがる!?」
コハクと争っていたアクア団の男は 事態の変化に気付き、そして硬直した。
それまで『敵』と戦っていたはずのポケモンたちが、突然混乱したように見境(みさかい)をなくしはじめている。
その数は確実に増え、もちろん、力の弱い人間だけで押さえられるはずもない。
混乱の一途をたどる戦場を見つめると、突然、コハクは何かに気付いたように口を押さえる。
「まさか、『てんしのキッス』で混乱して・・・・・・!?」
何かを叫ぼうとしかけたとき、コハクは何者かに後ろから突き飛ばされ、前のめりに転倒した。
手からこぼれ落ちた黒い石っころを、やってきた『何者か』が 拾う。
「・・・やれやれ、横取り、というのもあまり好きではないんだが・・・致し方ない。」
「てめぇ、マツブサ!!」
「貴様に呼び捨てにされるほど、落ちぶれた存在だとは思っていないんだがね、アオギリ。」
マツブサと呼ばれたエンジ色のコートを着た男は 黒い石を懐(ふところ)へとしまうと、
辺りの様子を見回し、足元のコハクを見下ろした。
「部下の帰りが遅いので、わざわざ私が出向いてみれば・・・・・・一体何が起こっているのだ?
 おまえは、何か知っていそうだな。」
コハクは何も言わず、うつ伏せになったまま 金色の瞳でマツブサと呼ばれた男を睨みつけた。

「どうした、まさか立ち上がれないわけでもあるまい?」
なおも、ダダをこねた子供のように起き上がろうとしないコハクの胸倉を掴み、マツブサは 彼を無理矢理立ち上がらせる。
「おぃっ、そんなガキを・・・!!」
何かを言おうとしたアクア団の男、アオギリに コハク自身が横目で視線を送る。
途端にアオギリは『かなしばり』にでもあったかのように、動きを止め、押し黙ってしまった。
続いてコハクがマツブサを睨もうとすると、マツブサはなぜか、その顔に笑みを浮かべている。
「・・・・・・ククッ、ずいぶんと大仕掛けな遊びをしているものだな。」
「何が言いたい。」
臆する(おくする)ことなく、コハクは言葉をつき返す。


「今、私が見ている『おまえ』は、『本物』ではないのだろう?
 わざわざ、何十というポケモンの力を借りてまで、このホウエンに『遊び』に来てくれるとはな。
 いや、出会えて実に光栄だよ、ワカバタウンの、ゴールド君?」
コハクのほおが ピクリと動く。
「人の姿を出来るポケモンをわざわざ送り込み、『さいみんじゅつ』で手や服の感覚を与え、他人をだまし続けた。
 自分の幼い頃の姿を見せ、『人が小さくなるわけがない』という心理を上手く利用してな。
 しかし、予想外のことにまでは反応できなかったというわけだ、
 私がおまえの服を掴んだ瞬間、化繊(かせん)の感触など、かけらほどもなかったぞ?」
1度反応したきりで、マツブサの顔・・・いや、その後ろのルビーかもしれないが、じっと見つめていたコハクは
小さな手をゆっくりと持ち上げた。
音を感じられないほどに 遅い動作でその手をマツブサの顔に向ける。
「60点。」
コハクの周りの空気がゆがみ、マツブサは吹き飛ばされた。
呆然としてるアオギリを気にも止めず、ルビーに視線を固定したまま、今にも崩れそうな崖淵ギリギリに着地する。
「僕は・・・・・・・・・!!」





言い終えないうちに、コハクの足元が音を立てて崩れる。
新たな足場を見つける間もなく、みるみるバランスは取れなくなり、体が空気の中へと沈んでいく。
偶然か、必然か、サファイアにメノウ、それにルビーもその瞬間、同じ場所に視線が合った。
赤い瞳が見開かれ、崖から落ちていく少年を追っていく。

「・・・・・・・・・・・・コハクッ!!!?」

間に合わないと判っていながら、ルビーは崖へと向かって走り出す。
サファイアも、どこにそんな力があったのか、メノウの静止を振り切って。
今にも落ちそうな崖淵まで走ろうとする2人を、マツブサ、アオギリが食い止める。
「退けっ、離せっ!!」
「止めろ、死にたいのか!?」
「友達じゃけん、早ようたすけたらんとっ・・・!!」
「下は滝だ、すぐに上がってくらぁ!!!」
大人の力に子供の力、どちらが強いかなど明白で、
彼ら彼女らのポケモンたちも あっという間にマグマ団、アクア団のポケモンたちに取り囲まれて。


「・・・退却だ、マグマ団。」
ルビーがマツブサの脇に抱えられる。
ワカシャモもアクセントもそれにD(ディー)も、何十匹というマグマ団のポケモンに囲まれ、従わざるを得ない。
「チッ、引き揚げるぞ、おめぇら!!」
サファイアがアオギリの肩に乗せられる、チルットはなにごともなかったかのように、サファイアの背中の上。
暴れても暴れても、大の大人は反応1つせず。
あっというまに2つの集団は『りゅうせいの滝』から姿を消す。
1人、取り残されたメノウの耳に 遅すぎるサイレンの音が鳴り響いた。


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