【ホウエン地方】
ホウエン地方は南方に位置する、小さな火山島である。
天候に恵まれているため、木々が成長しやすく、空気や水が澄んでいる。
人々にとって、また、ポケモンにとっても過ごしやすい場所であるが、
噴火し続ける火山の影響により、気管を傷つける動物も少なくない。


PAGE30.ボクたち



 カシャン、

金属質の物体が落ちる音に、ミツルは振り向いた。
親に内緒で持ってきた食事の皿を キルリアの『あい』が手(?)を滑らせ、落としている。
「あい、どうしたんですか?
 いつもならお皿を落としたりはしませんよね。」
ポロックを使ったわけでもないのに 毛並みのいいキルリアはミツルの言葉を無視し、落ちた皿を拾い上げる。
乱暴に渡された皿を受け取ると、ミツルは軽くため息をついた。
病気なのだから仕方ない、そう自分に言い聞かせていても、シダケでの生活は子供にとっては退屈以外のなんでもない。

「・・・・・・いつになったら、治るんでしょうね、ボクの病気・・・」
退屈しのぎに、ひなたぼっこ。
あいはそれほど嫌いでもないようだが、3日も連続するといい加減ミツルは飽きてくる。
耳をすませば、風の音だけ耳に入ってくる。

風の音・・・・・・・・・・・・だけ?

今日は、違う。





「・・・・・・車の音?」
ミツルはもう1度、よくよく耳をすました。
確かに静かな風の音のなかに、車のエンジン音のようなものが響いてくる。
考えを察知していたのか、あいはとっくに音のするほうへと走り出していた、後を追いかけるかたちで、ミツルも走り出す。


「『長らくのご乗車、お疲れ様でした。
  当バスはシダケタウンへと到着いたしました、お忘れ物のないよう、ご注意ください。』」
大型の観光バスのような(多分そのものだろう)車が 広い場所へと停車する。
ガイドらしい女性がバスから降りると、その後へと続き、続々と人がステップを降りてきた。
そのほとんどが、20前後の若い青年たち。

「・・・・・・つっかれたぁ〜・・・」
背の高い少年が 空まで届きそうな伸びをする。
「やぁっと着いたな、時間かかっちまったけど、いいとこじゃねぇか!!」
不自然に髪の青い男、シダケタウンを見回してはしゃぎ回る。
「・・・陽の光がまぶしいわ。」
全身黒ずくめの女、何者だ。
「き、き、聞いたとおり、空気の綺麗な場所ですね・・・病気の療養(りょうよう)にはぴったりみたいだ。」
若い連中のなかで、1人くたびれた男、保護者かもしれないが。
「はしゃぐのも結構ですが、目的を忘れてはいけませんよ。 あくまで『研修』なのですから。」
ラフな格好をした集団のなかに、1人スーツ姿の女、浮いている。
「そう言うなって、卒業旅行も兼ねてるんだろ? この研修。」
一見すると女と間違ってしまいそうな青年が降りたあとから、青いポケモンがぽんぽんと飛び降りて来た。
その後を、メガネをかけた女の子がとことこと降り、辺りを見回す。

「あら、1人足りないような・・・・・・」
茶色い髪のその女を見て、最初に降りてきた少年がバスを指差した。
「あいつなら確か、まだバスの中で寝てたっすよ、オレ起こしてきます。」
そう言って、メガネの女と入れ違いにバスの中へと乗り込む。
2分ほど中にいる人間と格闘(相当寝起きが悪かったらしい)した後、ぐずる少年を連れ、今度こそバスを降りてきた。
「・・・・・・おはようございます。」
「おぅ、起きたか姫!!」
青い髪の少年が重い足取りでステップを降りた少年を茶化す。
姫と呼ばれた少年は 少しだけ眉をしかめたが、さして気にする様子もなく、大きなあくびをした。



「・・・ずいぶんたくさん、人が来ましたね。」
なぜか、全力疾走したあいの後を走ったミツルは、ぜぇぜぇと息を切らしながら言葉を吐いた。
あまり目立たないように 少し離れたところで様子を見るつもりだったのに、あいが言うことを聞かず、青年たちの元へと走り出してしまう。
「あいっ!?」
慌てて後を追いかける。
だが、もともと病気の治療でシダケにいる身、発作か、それとも息切れか、咳が容赦なくミツルを襲う。
助けを求めたくても、声を出すこともままならない。
真っ先にあいがそのことに気付き、青年たちのもとへと走るスピードを上げる。

「あれ・・・あの子、様子が変じゃありませんか?」
マリルを連れた青年が キルリアが到着する前にミツルのことに気付く。
他の青年たちもざわつくなか、小走りに彼のもとへと向かう途中、彼は急に顔色を変えた。
「大変だ、誰か早く・・・・・・・・・!」
「手術よっ!?」
そう叫んだのは、茶色い髪のメガネの女の人。
血相を変え、最初にバスから降りてきた背の高い男に詰め寄ると、彼を揺すぶりながら今にも狂い出しそうな勢いで叫ぶ。
「ひでぴらさんっ、さぁ早く手術をっ!!
 あなたはあの少年をこのまま見捨てて 観光にいそしむつもりなんですかっ!?」
「おっ、落ちつけヘム!!
 咳(せき)出てる程度で即手術する医者があるかよっ!?」
「香春さんっ!!」
地面からカンッと音が立つと、青年のすぐ手の届く場所にスプレーのようなものが飛びあがった。
スプレーに『O2』と書いてある物体を拾い上げると、青年はすぐさまそれをミツルの口へと当てる。
少しずつだが、息苦しさがなくなっていく、キルリアのあいと出会ってからは、発作が起きてもずいぶんと治りが早かった。

「・・・回復までおよそ25秒、大人しくしていれば問題ありません。」
黒い服を身に纏った女がつぶやくと、ほっとしたような空気がその場に流れる。
渡された酸素マスクで 息を整えると、ミツルは自分を取り囲む青年たちに頭を下げた。
青い髪の少年がミツルの顔をのぞきこむ。
「おめぇ、ヘーキか?」
「・・・はい、ヘーキです。
 あなたたちは・・・・・・一体何なんですか?」
頭の中でぐるぐるしていた疑問を、思い切ってぶつけてみる。
スーツ姿の パッと見、保護者っぽい女の人が真っ先に説明を始めた。
「ジョウト地方、ヨシノ総合医療大学の研修生です。
 私は一般看護師科4年の、真木(まき)。」
先生じゃなかったんだ、とミツルは心の中で突っ込んでみる。
いつのまにか自己紹介モードに入っていて、次々と人が現れ、気をしっかり持っていないと、これだけでパニックを起こしそうだ。

「オレは普通医療、脳外科4年、粒針秀平(つぶはりひでひら)、ひでぴらとか呼ばれてるけどな。」
バスを最初に降りてきた背の高い男、ミツル必至で名前をインプット。

「わ、わ、私は、普通医療内科の4年、青木聡(あおきさとる)です。」
「えぇっ!?」
どう考えても30〜40代の男に ミツルは思わず声をあげた。
慌てて口をつぐむが、どう考えても声が漏れている。 やせこけてどっちが病人だか判らないような男は、苦笑するとさっさと引っ込んだ。

「同じく、普通医療、内科4年のヘムロック・ライラック、ヘムって呼んでください♪」
茶色い髪に大きなメガネの女の人。

「私は、霧崎レイン、普通医療外科に所属しております。
 ところで、ポケットのお菓子が潰れていますよ。」
え、と声をあげて、ミツルはポケットのなかを探る。
あいと一緒に食べようと思っていたビスケットが さきほど発作を起こしたときの弾みでこなごなに砕かれている。
どうして判ったのかが判らず、小麦粉の固まりと化したビスケットと霧崎とを交互に見比べる。

「気にしないほうがいい、レインは変な力を持っているんだ。
 僕は香春レサシ、普通医療小児科4年、こっちはマリル、もしかしたら貴方にまた会うかもしれないな。」
ミツルに応急処置を施した青年が、名を名乗る。
そばにいたマリルが可愛らしく鳴いて、自己紹介(らしきものを)した。

「ポケモンならオラも持ってるぞ!!」
青い髪の少年が 得意げにモンスターボールを空へと放った。
よく使い込まれた(手あかの付いている)ボールは 空中で2つに割れると、中のポケモンを呼び出す。
「ポケモン医療科4年、成川秀(なりかわひいず)、こっちは相棒のアサナンだ!!
 おぃ、確かひでぴらとアルムもポケモン持ってきてたよな、見せてやれよ!」

ヒデヒラと呼ばれた青年(少年?)は ポケットからモンスターボールを取り出して中のポケモンを呼んだ。
わらの帽子をかぶったような、小さなポケモンがぺこりと挨拶する。
「助手・・・ってほどでもないんだが、ユキワラシだ、また会うことがあったら仲良くしてやってくれ。
 アルム、どうしてポケモンを出さないんだ? あんた、こっちに来るのずいぶん楽しみにしてたみたいに見えたんだが・・・」

「もう、出てます。」
ささやくほど小さな声が聞こえると、手元にぬるぬるしたものが当たって、ミツルは思わず小さく声をあげた。
バスを最後に降りた少年が 何もないところを掴むと、彼の手のぶぶんから赤い物体が見え始める。
最終的にそれは、人の腰の高さほどの 緑色のポケモンへと変化した。
ミツルの手に触れたぬるぬるした物体は、どうやら、よく伸びるそのポケモンの『舌』だったらしい。
「ポケモン医療学科4年のアルム・バディ、こっちはカクレオン。」
『カクレオン』の目と目の間(眉間)を軽く弾くと、1番若そうな少年はさっさとどこかへと向かって歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「・・・集合時間まで20分切っています、荷物のこともありますし、早く行かないと遅刻しますよ。」

学生たちは一斉に動きを見せた。
それぞれ、自分の時計を見たり人に確かめたりし、時間を確認すると、
ミツルに挨拶をかわしたりしながら 先に行った少年の後を追いかけるように走り出す。
にぎやかだった場所は、一瞬にして静まりかえっていた。
特に独り言をつぶやくこともなく ミツルが何もない空間をじっと見つめていると、あいが突然、ミツルに抱きついた。
「あい・・・?」
「る・・・」



ミツルの服の端をつかむと、あいはミツルの家の方向へとぐいぐいと引っ張った。
力の弱いエスパーポケモンなので、体が完全に引かれることはないのだが、勢いに押されて立ちあがる。
「あい、どうしたんですか?
 そのまま家に行ったりしたら、おばさまたちに見つかってしまいますよ。」
構わずあいはミツルを引き続ける。
一応スピードを考えているらしく、また発作が起きたりすることはなかったが、ミツルはそれ以上に家に近づくことに不安を覚えていた。
まだ家の人には 自分がポケモントレーナーとなったことを伝えていない、

もし、「ダメだ」と言われたら、

もし、おじさんやおばさん、いとこのミチルさんがポケモン嫌いだったら、

怖くなって首を横に振る。
キルリアのあいは とうとうミツルの家の前まで彼を引っ張ると、まるで真似するかのように自分も首を横に振った。
「あい・・・・・・?」
「あら、どうしたの、そのポケモン・・・・・・?」
ビクッとミツルは体を震わせた。
振り向くと、買い物帰りらしく、野菜のたくさん入ったかごを抱えた女の人が不思議そうな目であいのことを見ている。
シダケにいる間、ミツルのことを預かっている家のおばさんだ。


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