【わざマシン】
特殊な電波をあてることにより、
本来そのポケモンが覚えないような技も覚えられるようにする機械。
ほとんどが使い捨てで、1回きりでなくなってしまう。
代わりに、強力な技を覚えるものも多い。


PAGE33.囚われの姫君


メノウは 器用にもほぼ垂直に切り立ったような岩の壁を自分の足だけを使って滑り降りてきた。
軽い土煙をあげ、どうやったらそうなるのか、ほとんど音を出さずにルビーとサファイアのいる小部屋へと着地する。
「サファイア、いるか?
 まさか迷子になったりなんてしてないよな?」
小脇に抱えていたオレンジ色のポケモンを地面へと降ろすと、辺りを見まわしながら、サファイアの姿を探す。
なかなか姿が見当たらず、首をかしげると もう1度メノウは声をかけた。
「サファ・・・・・・」
「ここやぁ〜・・・どいとくれやす〜・・・」
メノウは首筋を凍らせるような思いで 足元を見下ろした。
きれいに揃えられた足の下では、倒れ込んだルビーと並び、サファイアが地面に突っ伏しながら潰されている。





「無事か?」
「らいちゅ?」
メノウはサファイアから降りるとしゃがみ込んで聞いた。
「さっきまで・・・バリバリ無事だったんやけどな。
 それよか、ルビー・・・・・・」
ごつごつした地面の上から起き上がると、サファイアは地に伏したままのルビーを軽く揺さぶる。
だが、閉じられた2つの瞳は、動くことすらしない。
眉間にしわをよせると、サファイアはもう1度、今度は強めにルビーの肩を揺すってみる。
「よせ、どこかケガしてるんだったら 動かすとマズイだろ。
 ・・・・・・つっても、ここに放っとく訳にもいかないんだよな・・・」
「・・・腹減ったわ、メノウ。」
まるきり話のつながっていないサファイアの言葉に、メノウはサファイアへと視線を向けた。
うつむいて、ガラス細工に触れるかのようにルビーのことをなでると、くりくりした瞳をメノウへと合わせる。
ため息のようなものを1つ吐くと、サファイアの頭をポンポン、と叩き、メノウはルビーの額(ひたい)に手を当てた。
途端、全身から汗を噴き(ふき)出し、その場に座り込む。 地面を削り取るように握り、荒い息遣いを無理矢理整えると、外していた左の手袋をはめ直した。

「・・・・・・・・・・・・す、ごいな、お前。」
土のついた右手が、サファイアの頬(ほお)をこする。
ゆっくりと深呼吸を繰り返すと、メノウは顔の汗を袖で拭い(ぬぐい)、右の手袋もはめた。
眉をひそめると、ルビーをあお向けにして抱え上げる。
周りにオレンジ色のライチュウとタツベイがまとわりつくのも気にせず、サファイアの方を向くと、
「よし、帰るぞ。
 両手使えないから、援護頼む。」
「お、おお!!」
タツベイとライチュウを気にしながらも、サファイアは両手にモンスターボールを構える。
「離れるなよ」と念を押され、小さな部屋を飛び出したメノウの後を追った。 言われたとおり、離れないよう重々注意しながら。
岩と土で出来たトンネルを サファイアを引き離さないように気にしながら、メノウは出来るだけ早く走る。
50メートルほど走って、辺りの様子に注意を払うと、訝しげ(いぶかしげ)な表情をして立ち止まった。
「・・・・・・何で、マグマ団が出てこない?」
必死に後をついてきたタツベイが首をかしげる。
ほとんど同じタイミング、同じ動作でサファイアが首をかしげるのを見て、こぼれてくる笑いを噛み殺すと、もう1度辺りへ注意を払う。
「どないしたんや?」
「マグマ団が出てこないんだ、キャンプ組んでるど真ん中に忍び込んでるんだから、囲まれててもおかしくないってのに・・・」
「・・・せやな、アクマ団はしつこー追ってきたっちゅうに・・・・・・」
「『アクア団』?」
「それや。」
サファイアが相槌(あいずち)を打つと、メノウはルビーを抱え直して辺りに注意を払った。
人の気配もしない、隠れている様子もない。
まるで願ったり叶ったりの状況なのだが、あまりにあっさりし過ぎていて気味が悪い。



「とにかく、逃げよう。
 今の状況で、あの大軍と戦うのはマズイだろ。」
そう言うと、反論その他一切受けつけず、メノウはルビーを抱えたまま 再び走り出した。
サファイアを引き離さないように注意しながら、ややゆっくり目の歩調で。
しばらくして、『走り』から『歩き』へと変わる、息があがることもなくなり、サファイアは小声で話す余裕も出来てきた。
「メノウの名前は、『ゴールド』なんか・・・?」
「違う。」
1秒と経たず、答えが返ってくる。
邪魔そうに首を振って髪を直すが、肩より伸びた長い赤い髪は、しぶとく顔にかかってきている。
別に恩を売る気もなかったが、サファイアはほんの少しだけ小走りすると、顔にかかっているメノウの長い髪を肩の後ろへと払いのけた。
「・・・悪い。」
「ん・・・」
『らしくない』と、ルビーが起きていたら言っていたかもしれない。
コハクがいれば、ピエロも真っ青のひょうきんぶりで 笑いを取ってくれたのかもしれない。
病気かとも思えるほど、話す気力が起こらない、サファイアは本当にらしくもなく、ため息をついた。

「・・・・・・おれは、」
ずいぶん歩いてから、メノウが口を開ける。
サファイアとしては、この気まずいような静けさが破られれば何でもいい、口で答えることはせず、耳をかたむける。
「おれの本当の名前は、シルバー・ウインドケープ、風の岬(みさき)のシルバー。
 ジョウト地方のワカバタウンで生まれて、ゴールド・・・おまえたちがコハクって呼んでる奴と一緒に育った。」
ふっと息の吐かれる音が 狭い通路に反響する。
他にはポケモンたちが時々走るときに鳴る 爪が地面をこする音くらいしか聞こえない。
ひらけた場所が ずいぶん先に見えてきたとき、再びメノウが口を開く。
「『ワカバタウンのゴールド』、『金の眼のゴールド』、知ってるか?」
「・・・・・・コハクのことなんか? 全然分からへん。」
「だろうな。」
じゃあ、聞かなければいいだろう、と心の中で突っ込んでみる。
「公式記録じゃ無敗、第3回ポケモンリーグの優勝者、世間じゃそういう肩書きが出回ってる。
 だけど、その実 おまえたちと変わらない、ただの14の男、ポケモントレーナーだ。」
「14やて? それ、年齢(とし)か?」
「あぁ。」

ますます分からなくなって、サファイアはとりあえず走ってみた。
くるりん、と後ろを振り返ったはずみで尻もちをつく。
それを見て、メノウは苦笑した。
「今度は自分で置きろよ、今みたいに両手がふさがってる時だってあるんだ。」
らいらい、とコハクのD(ディー)(らしいポケモン)に肩を叩かれ、サファイアは置き上がる。
ルビーの様子をそっとうかがい、また歩きだそうとしたとき、再びメノウが口を開いた。
「『あいつ』が 何であんなに小さくなっているのかは、おれも判らない。
 本当なら背丈(せたけ)も160くらいあったはずなんだがな・・・・・・と・・・」
メノウは足を止めた。
何だか疲れを表すため息をつき、自分たちの行く先を見つめている。
彼の視線の先へとサファイアが顔を向けると、一瞬、赤い物体がうごめいてから消えた。
もう1度、メノウはため息をつく。




「・・・やっぱり、誰にも会わずに抜けられるなんて、考えが甘かったか。」
サファイアには何も見えないのだが、メノウは確実に通路の向こうの『何か』を見ている。
あごでうながされ、メノウの後ろへとサファイアは下がった、しかし、メノウも両手がふさがっている状態、
おまけに、使えるポケモンは ほとんどひんし状態のサファイアのポケモン4匹に、言うことを聞きそうにないD(ディー)、それにタツベイだけ。
「マグマ団やらアクア団やら・・・おるんか?」
「あぁ、この道を出たすぐのところに4人、その奥は10人以上だな・・・
 多分、おれたちがそこの小石の並んだところを超えたら、襲いかかかってくるつもりなんだろう。
 出来れば逃げて行きたいところなんだが・・・」
相当注意しないと聞き取れないような小声で メノウは話す。
腕の中でぐったりとしているルビーに視線を移し、次にサファイアをちらりと見ると、複雑そうな表情を浮かべた。

「おれが、このルビーを抱えて行くだけなら、まだ何とかなるんだが・・・・・・」
「・・・ワシ、邪魔なんか?」
「足遅い。」
一言で片付けられ、サファイアは目に涙を浮かべる。
わかったわかったとため息混じりに いい加減なフォローをしながら、ルビーを落ちないように抱え直し、これから行く先を睨みつける。
隠れるのが下手なのか、今度はサファイアにもその先にいる人物たちが見えた。
1歩、また1歩と目印の小石の列が近づいてくる。


メノウが走り出したのを見計らい、サファイアは後を追って走り出した。
足が小石を超えた瞬間、赤い波が迫ってくるのが目に映った。 思わず引き下がろうとしたサファイアの前に オレンジのポケモンが飛びだし、発光する。
途端、サファイアへと迫っていたらしいポケモンたちがバタバタと倒れて行く。
「D(ディー)の後を追うんだ!!」
声に操られるように サファイアはD(ディー)の後を走る。
1日の疲れも追い討ちをかけ、足はふらつくが、休むわけにはいかない。
自分へと迫ってくるマグマ団たちをメノウが蹴り飛ばして行く姿に 心が痛む。
『依頼者』という立場上、本当ならサファイアがメノウを守っているはずなのに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
むしょうに悔しくなり、意味もなく叫ぶ。
その間にも自分を守ってくれているのは、コハクのD(ディー)。 もっと遠くから、ポケモンが使えないのにフォローするのはメノウ。

イライラが最高潮に達したとき、進行方向にほど近い場所に あの髪をボロボロに染めた女を見つけた。
一度勝っている、という自信からか、サファイアはD(ディー)の進行方向をまるっきり無視して、女へと突進する。
殴りかかったところで たいしたダメージは与えられないのを判っているから、後ろから組みかかって動きを封じようとする。
ところが、相手も腐っても訓練された戦闘員、サファイアは軽く足払いを食らって ごろんごろんと転倒する。
こうなるとD(ディー)だけではフォローしきれない。
「サファイアッ!?」
メノウの声が 洞くつのなかにこだまする。
何とか体勢をたてなおしたときには、すでに4人に囲まれていた。
まるで、久々のエサにありつけた猛獣のような視線が8つ、サファイアへと突き刺さる。
慌ててカナの入っているボールを手に取るが、サファイアの頭でも彼女が4匹のポケモンを相手には出来ないことくらいは判る。
モンスターボールからカナを出すことはしない、代わりに下っ腹に力を込めて、うつむいた。
手に握られたモンスターボール、それに自分の足と地面だけが視界にある全部。
「・・・・・・全部?」


「・・・・・・・・・ぎゃっ!?」
ものすごく近くから悲鳴があがり、サファイアは顔を上げた。
かすかに残る雷光を腕から逃がしながら、マグマ団の1人が倒れて行く、その向こうでD(ディー)の 「こっちに来い」と言わんばかりの視線。
サファイアは 倒れんばかりに体を前へと傾ける(かたむける)と、自分のはいている靴を叩いた。
デボンコーポレーション特製『ランニングシューズ』は 久々の出番にうなりを上げながら、サファイアの体を真っ直ぐD(ディー)の元へと連れて行く。
何とか脱出できたのを見て、D(ディー)は再びサファイアを誘導するために走り出す。
その先は、滝。

「D(ディー)、行き止まりやっ!?」
「それでいい、ディアを抱えて飛び込め!!」
「なんやてぇっ!!?」
口では反論するものの、足が止まらない。
そういえば、説明書で止め方を覚えるのを忘れていた、などと 一瞬、悠長なことを考えると
半ば(なかば)、ヤケに近い気持ちでサファイアはD(ディー)にタックルを決め(抱え上げるつもりだったが完全に肩が入っていた)、
どぅどぅと音を立てる水の流れの中に身を投げる。
何も考えず、息を止めて、左手のモンスターボールと右腕のポケモンだけ注意して、サファイアは身を小さくした。

――――――落ちる―

そう思った瞬間、サファイアの背中を何かの動物がつつき、押し上げた。
結局滝の中を落下していくのは変わらないが、スピードは段違いに遅くなる、そろそろと片目を開けたサファイアに 水は容赦なく襲い掛かった。
水の勢いに挟まれながらも、下の川の中へと無事着水する。
視界をふさぐ目の中の水をこすり落とすと、サファイアは腕の中のポケモンたちを見た。
ぷーっと水を吐き出すと、D(ディー)は長い耳を揺らしながら頭を横に振る。
「きゅぅ〜・・・」
「無事か、2人とも?」
メノウがいつの間にやら水の下から現れる。
ルビーは左腕に抱えられ、右腕には、大きなハサミを持ったポケモンを抱えている。
長い髪で 視界がさえぎられないよう、顔を軽く傾けると、サファイアを持ち上げているランターンに笑顔を向けた。
このポケモンが滝下へと落ちるサファイアを助けたのだ。

「このまま、川下に逃げるぞ。 ヌマクローを出しておけ。」
「お、おぉっ。」
サファイアは ずっと握り締めていたモンスターボールを開放する。
アサギ色をしたポケモンは水の中でゆらゆらと踊ると、大きなヒレから、水の上へと飛び出した。
3人は水しぶきをバシャバシャとかぶるが、とっくに水浸しなので、いまさら気にする人間もいない。
メノウが 大きなハサミを持ったポケモンに流れに乗って進むよう指示を出すと、きわめて滑らか(なめらか)な動きで泳ぎ出す。
その後をサファイアの乗ったランターンが追いかける、それなりにスピードはあるのだが、サファイアもD(ディー)も振り落とされたりはしなかった。
なかなか快適なポケモンボートとして、メノウのランターンは『りゅうせいのたき』を下る。






水が塩辛くなってきたころ、サファイアは21時間ぶりに太陽の光を見た。
追っ手がすぐ近くにいないことを確認すると、ざぶざぶと水からはい上がる。
「・・・助かったんか・・・・・・?」
「判らない、とにかく一旦どこかに身を隠さないと・・・・・・
 びしょぬれだし、このまま街には降りられないだろ、それにルビーも何とか起こさ・・・・・・」
メノウの言葉が途中で止まる。
慌てて辺りの様子を見回して、ルビーとサファイアを影の方へと追いやった。
そのすぐそばに、マグマ団ともアクア団ともつかない集団が迫る。


「・・・ったく、騒がせやがって・・・・・・どこ行った、あのガキども・・・」
どすどすと大きな足音を立てながら、アクア団の男は異様に大きく息を吐いた。
隣を歩くアクア団の女が、クスクス笑いを男へと向ける。
「イライラしないことデ〜ス、彼等(かれら)の目的は私たちを止めるコト、スグに見つかりマ〜ス。
 例えば、そこの草むらの中トカ・・・・・・・・・」
女に睨まれた草むらは、ガサリと音を立てる。
サファイアは息を押し殺し、必死で身を縮める、彼を動かすまいと口に押し当てられた手に ますます力が入った。
その一瞬一瞬の間にも、アクア団の女は草むらへと歩みを進め、怪しい光を放つ唇(くちびる)の角で、笑いを表現する。
「トドゼルガ、『ぜったいれいど』!!」
アクア団の女に目をつけられた草むらが 一瞬にして氷の固まりと化す。
太く頑丈そうな牙を生やした、水色のポケモンが その上をのしのしとはいずり回ると、パキパキ音を立て、あっけなく崩れ落ちる。
「おぃおぃ、ちょっとやりすぎじゃねぇのか?」
「モタモタしてると、逃げられてしまいマ〜ス。」
「さっきと言ってることが逆じゃねぇか・・・・・・」
さきほどまで 小さな花を咲かせていた茂みの草は、あっという間に見るに耐えないほど壊し尽くされた。
その跡(あと)を見てアクア団の女は軽く肩をすくめる。
「・・・・・・勘違い、だったみたいデ〜ス。
 手間取らせてゴメンなさい、カゲツ、先へ進みまショウ。」



「・・・・・・ぶはっ!」
すっかり凍りついた枯草を割って、サファイアはよろよろと太陽の下へと登場した。
小さな洞くつを隠していた草がなくなり、ぽっかりと空いた黒い点の中から、メノウ、それにルビーが姿をあらわす。
「驚いたな、『ひみつのちから』で一瞬にして隠れ場所を作るなんて・・・」
「ありがとさんな、ルビー!!」
ルビーは無言で首を横に振ると、近くを流れる川へと向かって 手のひらをかざした。
青い球が勢いよく飛んできたかと思うと、パシン、と気持ちのいい音を出してルビーの手の中へと収まる。
彼女は自分のスーパーボールをじっと見ると、他のポケモン2匹と一緒に、ホルダーへと戻した。
その後ろでは、何だか重めの金属がガランガランと音を立てる。
ルビーとサファイアがその音の方向へと首を向けると、メノウが荷物の中からフライパンを取り出していた。
自分の荷物の中から、まだ食べられそうな物を選び出しつつ、時計へと目をやってふぅっと息を吐く。

「・・・・・・11時半過ぎてたのか、どうりで腹が減るはずだ。
 たいしたものはないけど、飯にしようぜ、最高のブランチ、作ってやるよ。」
ルビーとサファイアは顔を見合わせる。 そして3人は 21時間ぶりに、笑った。


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