【ニックネーム】
ポケモンには1匹につき1つのニックネームを付けることができる。
それらはポケモンに対しての愛着を強める他、同種類の他のポケモンと識別する合言葉にもなる。
また、トレーナーの個性を現すパラメーターにもなりそうだ。


PAGE34.通過点


「・・・もしもし、あぁ、親父か? ワシや。」
静かな川のほとりに いつものサファイアの声が流れた。
メノウから借りた携帯電話(ポケギアというらしい)を使って、自分の親へと連絡を取る。
「雄貴(ユウキ)や言うとんねや、なんや、『ワシワシ詐欺』って・・・・・・!?
 今どこにいるんや・・・トウカ? せやったら、ちょうどええわ、頼みたいことあんねんけど・・・・・・」


「話はついたか?」
電話を切って戻ってくる(ポケモンの道案内付き)サファイアに、朝食の片づけをしながらメノウが話しかける。
川のほうをちらっと見やると、サファイアは携帯をメノウへと返してからうなずいた。
「今から、カナズミに向かうそうや。 一応、ポケモンセンターで待っとき言うといた。」
「上出来だ、ここからなら、すぐにカナズミには行かれるからな。
 それよりも、問題は・・・・・・」
メノウとサファイアの瞳は 同じ場所を見つめていた。
川の浅いところに足をひたし、ほんの一時暑さをしのいでいる少女の姿を。
「・・・・・・ルビー・・・あれから、一言もしゃべってへん・・・」





少ない荷物をまとめると、3人はルビーの作った『秘密基地』をそのままにして 出発した。
疲れの残っているルビーとサファイアのことを考えてか、足取りは比較的ゆっくり、加えてずいぶんと歩きやすいところを選んで進む。
何も言いはしないが、それでも時々ルビーがふらついているのを2人はわかっている。
だからこそ、の判断だというのは何も言わずとも自然に伝わった。
静かな川沿い(かわぞい)には、サファイアのにぎやかな声が響く。

「・・・ほんでな、おかんが言うねん。
 『そげんこつばどげんこつさ! やってられんね、実家に帰るばい!!』・・・ってな。
 あんときゃ、あわてたで〜・・・、親父とひぃこら言って何とか戻ってもらったんや。」
1つ間違えれば夫婦間の修羅場(しゅらば)のような話を サファイアはケラケラと笑いながら話した。
他の声が聞こえず、もし声だけ聞いている人間がいるのならなにごとかと思うのだろうが、
実は時々メノウが苦笑したり、ルビーが道端の石を蹴り飛ばしている。
サファイアが息つぎのために少しだけ黙ると、とたんに辺りは静かになった。
後ろからゆっくりとついてくるルビーへとちょこちょこと駆けより、身をかがめて顔を見上げる。
「しゃべってーな、ルビー?」
上目づかいに、甘ったれた声を出す。
ルビーはサファイアにしか聞こえない程度にため息を吐くと、指を突き出して彼の眉間を弾いた(はじいた)。
ぽかんとしているサファイアをよそに、まったく調子を変えずに先へと進んでいく。


「きれーな声やのに・・・」
サファイアはルビーの背中を見てつぶやいた。 ・・・と、本人は思っているが、かなり大きい声なのだが・・・
道がわからず(ポケナビを持っているのに彼女はいまだに使いこなせていない)立ち止まったルビーを追いつつ、メノウはサファイアを横目で見る。
迷子にさせないために。
「・・・知りたいか? 彼女がしゃべらなくなった訳。」
「はえ?」
妙な声を出して サファイアはメノウへと駆け寄る。
その間に歩く速度をあげてルビーの横に並ぶと、彼女にも聞こえるほどの声で話し始めた。

「ルビーって名前だったよな。
 おまえは怖がってるんだ、自分の能力(ちから)で他の人間を傷つけることを。」
ルビーの目じりがピクリと動いた。
顔を向けはしないが、メノウへと向かって殺気を放っている。
「高ぶった感情を声に乗せることで、ポケモンの攻撃能力が上昇する。 その時に瞳の色も赤くなる。
 自力でコントロールできないから、その力がどこへ飛んで行くのかも予想がつけられない。
 過去に、その『紅い瞳』の力で・・・・・・・・・」
メノウへと向かって『ひのこ』攻撃が飛んできた。
アクロバットのような軽い動きでそれをかわすと、メノウは少し乱れた赤い髪を後ろへとかきあげた。
人とは違う、銀色の瞳で哀れむような視線を彼女へと送る。
「・・・トレーナーとしての力はそこそこ持っているようだな。
 それまで、家族のように付き合ってきたポケモンたちを憎むことは、辛いか?」
再び、今度は別の色の炎が飛んできたのを ひらりという効果音の残りそうな鮮やかさでメノウはよけた。
その後ろで うろこの光った魚をよだれをたらしながら見ていたサファイアを オレンジ色の炎がこがす。 というか、真っ黒コゲ。
煙をあげるサファイアを気にすることもなく、メノウはひゅうっ、と口笛を吹いた。
ポケットの中にしまっていた『ポケモン図鑑』が音を上げる。

「タツベイの『りゅうのいぶき』か、能力(ちから)を使うまでもなく、いい威力している。
 おまえの言う『護身用』として、良い働きをするんだろうな。」
ルビーの足もとにいる、『りゅうせいのたき』からずっとついてきたタツベイは小さな炎を吐いた。
その横目で見られた視線の先には、他の人間に気付いてもらえず、涙目になっているサファイアの姿がある。
彼をまったく無視した状態で 話は淡々と進んでいく。


「ニックネームは?」
ルビーは首をかしげた。
指先でタツベイのことを指差し、メノウはもう1度、ルビーに同じ質問を繰り返す。
はるか遠くで サファイアがチルットを頭に乗せて指差しているが。
完全に無視を決め込んで(いるのか?)、ルビーはウエストポシェットから澄んだ色の石を取り出す。
油性マジックでキュッキュと文字を書き込むと、ひもをつけて その石をタツベイの首にさげた。
「F(フォルテ)?」
ゆっくりとルビーはうなずく。
必死に頭の上のチルットを指差すサファイアは完全無視され、2人(と1匹)は歩き出した。
坂の下に、なつかしいカナズミシティが見える。







「カナズミやぁ〜!!」
「らいらいちゅ〜!!」
サファイアとコハクのライチュウD(ディー)は カナズミシティを前にして、同じアクションで ん〜っと伸びをした。
どこかへふらふらと行こうとするのを ルビーが引き止める。
ほとんど引きずられて、サファイアは2人にポケモンセンターへと連れて行かれる。
元々、センターへ行くようになったのはサファイアの電話のせいなのだが。


「ユウキぃ―――――っ!!!」
ポケモンセンターへ入った途端、巨大な熊のような生物が3人と3匹(タツベイのフォルテ、D(ディー)、サファイアのチルット)へと突進してきた。
マグマ団、アクア団と戦ったときに養われた(やしなわれた)危険を察知する能力で、ルビーとメノウは飛びのき、熊へと威嚇(いかく)攻撃する。
熊がオダマキ博士だと分かるまで、2秒もかからなかったが。
「・・・・・・オダマキ博士・・・
 久しぶりにお子さんに会って嬉しい気持ちは分かりますが、時速30キロくらいで走ってこないで下さいよ・・・」
「・・・そげんこつ、シルバー君こそ、どげんしていきなり攻撃してくるね!?」
冷や汗をかきつつ、メノウは攻撃しようとしていたロゼリアを引っ込めた。
慣れた足取りでセンターの奥へと進むルビーを見送り、少し分かりにくい話を始める。



早足で進むルビーの後を、サファイアは必死で追った。
何となく見覚えのある場所に差し掛かったとき、ようやくルビーのスピードが落ち、肩をつかむことに成功する。
息を切らして手に力を込めると、いつもなら弾き返すほどの肩が サファイアが力を入れるほど落ちていく。
驚いてサファイアがルビーの顔をのぞきこむと、何で今まで気付かなかったのかと思うほど 彼女の顔色は悪い。
「・・・だっ、だぁっ!!?」
何を言いたいのかもわからず、サファイアは意味の分からない言葉を叫んで とにかく助けを呼ぼうと暴れまわった。
どっちともつかない方向に走り出そうとすると、その腕をルビーがしっかりとつかむ。
表情も見えないのだが、確実に2回、首を横に振った。

「お医者必要やんか!? どげんして止めるねん!?」
ルビーはもう1度首を横に振る。
見上げる視線が ギラギラとサファイアを睨みつけていた。
ごくりとツバを飲み込むと、もう1度サファイアは人を呼ぼうと歩き出した。
もう1度、ルビーはつかんだ腕に力を込める。
「しゃべらんと分からへん!!
 何も言わんと、引っぱるだけやったら、やっぱ医者探しに行くわ!!」
サファイアが怒鳴ると、ルビーは驚いたように(事実驚いたのだろう)目を見開く。
複雑な顔をして、何かを言おうと口をもごもごさせると、不意にサファイアが別の方向を向き、それに合わせて視線をずらした。
ルビーとサファイアと同じ年頃の女の子が 2人のやりとりを物珍しそう(ものめずらしそう)に見つめている。
少しだけ気まずくなり、2人は同じ方向に逃げようとした。
だが、少女は不思議そうな顔をしながら ちょこちょことルビーとサファイアの後をついてくる。

「・・・なんやねん、人の話に割り込まんといてんか?」
「きになる?」
特に悪びれた様子もなく、少女はサファイアへと聞き返してきた。
ルビーが逃げないようにしっかりと手首をつかんで、サファイアは大きくうなずく。
「気になって話できんっちゅーねん。
 悪いんやけど、別んとこ行っててくれひん?」
「たいくつ・・・・・・」
少女は茶色い髪を振ると、歩くことで遊んでいるように ルビーとサファイアの周りをうろうろと歩き回り始めた。
浅葱色(あさぎいろ)のパーカーのフードをパタパタと振り、遊んでいる。
ルビーが「どこかへ行け」と目線で睨みつけている。
医者が必要なのはルビーのはずなのに、サファイアは何だかめまいがしてきた。
「とにかくや、休むか医者にかかるかしたほうがいいと思うねん。
 気負っててもしゃあない(仕方ない)やん、コハクんことは、警察に任して、ルビーは早よ、医者んとこに・・・」
「しっているよ!」
2人の周りをうろついている女の子が 話に割り込んでくる。
ルビーもサファイアも、2人そろって嫌な顔をしたが、少女は構わず話を続けた。
「せんせい しっているよ! コハクしっている!」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、茶髪の少女は得意げに話した。
思いもよらない言葉に ルビーとサファイアは顔を見合わせる。


「コハクんこと、知っとるんか!?」
「あたし、コハク!!
 ルビー、サファイア、いっしょにいく!」
「は!?」
少女はニコニコと笑って両手をあげた。
顔も髪の色も瞳の色も違うのだが、その笑顔がどことなくコハクを彷彿(ほうふつ)とさせる。
何を言うのかもわからず、2人がボーっとしていると、あとからついてきたライチュウのD(ディー)が 少女の服のすそを引っ張った。
少女はその存在に気付いた途端、顔を輝かせてピョンピョンと飛びまわる。
「ディアッ!! だいじょうぶだった!?
 あたし、いっぱい ふあんだったよ・・・・・・」
「ららう、らいらいちゅ!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ!」
まるっきり調子を外して、少女はぴょんぴょんと跳ねまわった。
ルビーとサファイアの腕を引き、コハクとよく似た笑いを浮かべて走り回る。
「いきたい、ゴールドあいたい!!
 ルビー、サファイア、いっしょにいくよ、ぼうけんしよう!」






「連れて帰るとね? ユウキとハルカちゃんを?」
オダマキ博士はメノウへと向かって聞き返してきた。
ポケモンセンターに預けたポケモンを気にしながら メノウはうなずく。
「えぇ、今のままだと、確実に彼らはマグマ団、アクア団の抗争に巻き込まれます。
 お・・・僕は、今のうちに保護したほうが賢明だと思うんです。」
「そげな危険なことに、あの子らは首つっこんどると?
 ・・・どげんして、あのバカ息子は無茶を・・・・・・・・・」
「とにかく、ルビー・・・瑠璃 ハルカさんも連れて、親のところに置いておいたほうがいいと思います。
 出来るだけのことはしますが、僕1人だけでは息子さんたちを守れる自信はないんです。」
「そげんこつ言われとっと、ハルちゃんは・・・・・・」
話し込む2人の横が 一瞬だけ光った。
それに気付く人間は1人もいない。
自分のポケモンを回復させにきたトレーナーが 自動ドアをくぐると、風が笑った。

カナズミの街を 3人の少年少女が歩く。



「・・・なして、あんなに近く通ったっちゅうのに、メノウは気づけへんかったんやろ?」
サファイアは回復したポケモンをモンスターボールホルダーへと戻しながら ポケモンセンターを振り返った。
茶髪の少女は 相変わらず無邪気な笑顔でぴょんぴょんと跳ねまわる。
「コハクかしこい、コハクてんさい!!」
飛び跳ねる少女の頭を ルビーががっしりと掴んだ。
怒りにも似た視線で睨みつける彼女を きょとんと見つめると、少女は にこぉっと笑う。

「ルビー、いっしょにいくよ! せんせい いるでしょ?
 サファイア、コハク、ゴールドあいたい!!」
ものすごく危なっかしい動作で走りまわって 少女はルビーとサファイアを引っ張りまわす。
まっすぐではない道。
進む先にあるのは――――――――――シダケタウン。


<ページをめくる>

<目次に戻る>