【PMD(ポケモンドクター)】
その名の通り、ポケモンセンターでポケモンの治療を行う人間のこと。
ほとんどが機械作業だけで終わるが、万一の場合を考え、
医療学校では治療の実習も必須項目となっている。


PAGE35.山を越えたら…


「あ、はい、すみません、あの、この図鑑の持ち主の方、知りませんか?」
ポケモンのコンディションを見ていた ポケモン医療学科の男は首を横に振った。
たしか、アルムという名だったか、バスから最後に降りてきたところは見たのだが、イマイチ影が薄い。
太い枠(わく)の眼鏡にかかった黒い髪を少し払うと、彼は通りかかった白衣の男性に声をかけた。

「ナスさん、暇(ひま)?」
「え? あ、あぁ、暇だけど・・・・・・」
白衣の男・・・粒針 秀平(ヒデヒラ)という名だ・・・は、アルムを不思議そうな目で見た。
眠そうにあくびを1つすると、アルムはミツルを引っ張り、ヒデピラの前へと引っ張ってくる。
「困ってるっぽいから、助けといて。」
一言で済まし、アルムはポケモンセンターへと行ってしまった。
後に残されたミツルとヒデピラは 顔を見合わせる。
「・・・・・・え〜と、内科の緑野(りょくや、ミツルの名字)君・・・ですね。
 何の用でオレに・・・いや、私に用なんですか?」
慣れていないのが丸分かりの敬語でヒデピラはミツルへと訊いて(きいて)くる。
あい(キルリア)に服のすそを引っ張られ、思い出したようにミツルはあっと声をあげ、先ほどポケモンドクター(のタマゴ)に訊いたことを聞き直した。


「マジ!? 学校の生徒のなかに『ポケモン図鑑』を持った奴がいる!?」
2人目にして、ようやく普通の反応が返ってきた。 普通、トレーナーに限らず
ポケモンを手にしたことのある人間なら、『ポケモン図鑑を持ったトレーナー』というのは、ほとんどカリスマ的とする存在だ。
そのポケモン図鑑が無造作に道端に落ちていたとか、それを拾ったとか、相当不自然な話ではあったが、それは何とか納得したようだ、
ヒデピラはうなりながらも うなずいてくれる。
「うっわー、マジかよ、全然知らなかったし・・・・・・
 だけど、その話が本当なら、まず『それ』の持ち主ってうちの学生だよな。
 それじゃ、オレも手伝うよ、そのポケモン図鑑の持ち主探し!」







「逃げろやぁっ!!!?」
サファイアたちはカナシダトンネルのなかを闇雲(やみくも)に走りまわった。
はぐれないよう、一応手をつなぐが、いつ外れてもおかしくない。
「なんでえー!?」
カナズミシティからついて来ている茶髪の少女が声をあげる。
ルビーにポケットをつつかれ、サファイアはポケモン図鑑を追い掛けてくるポケモンへと向けた。

『ゴニョニョ ささやきポケモン
 ひとたび おおごえで なきだすと じぶんの こえに はんのうして さらに はげしく なく。 
 なきやむと つかれて ねむってしまう。』

ピンク色のポケモンは機嫌悪そうにぎゃいのぎゃいのと騒ぐ。
今にも鼓膜(こまく)は破れそうなほどの大声で、止まる気配も一向に現れない。
「うっかりこけて踏んづけて(ふんづけて)もうたから言うたかて、仕返しにも限度があるやろがぁっ!?
 ヒステリーはお肌の天敵やでぇっ!!?
 そんな貴方に、このベロベロファクトリー特製『タマゴ割っちゃいました、美肌セット』を・・・・・・!!」
サファイアは普通にルビーに殴られる。
ルビーのワカシャモやら、コハクのD(ディー)やらが 追い付かれそうになるたびに攻撃して振り払うが、いかんせん数が多すぎる。
もろにサファイアが攻撃を受け切ったとき、茶髪の少女が光の見える方を指差す。
「あっち!!」
後方へと向かって『ひのこ』の指示を出すと、ルビーはサファイアの手を引いて光の見える方へと走った。
丁度トンネルの出口を抜けた時、サファイアが急につんのめる。
パチン、とモンスターボールの外される音が2人の耳に届いた。


「なっ、ななななんやねん!?
 ワシのボール勝手にとってからに!?」
サファイアはルビーの手を離すと、後ろの男へと向かって怒鳴りかけた。
全く気にする様子もなく、男はサファイアのボールを開く。 中から出てきたチルットは不思議そうな顔をすると、ぱたぱたと羽ばたいた。
男はサファイアを自分の前へ立たせると、迫ってくるピンク色の波を見て口を開いた。
「指示を。」
押さえられた肩に 少しだけ力が入る。
ロクに昼食をとらなかったせいか、くらりとする頭でサファイアは1番良い指示を考えた。
「あ・・・ク、クウ!! 『うたう』んや!!」
ぱちん、と目を瞬かせると、サファイアのチルット『クウ』は大きく息を吸い込んで唄い始める。
メロディーにもなっていないような鳴き声がトンネルの中にこだまするが、迫ってくるゴニョニョたちには まるで効いていない。
呆れたように男は肩をすくめると、自分のモンスターボールを開いて緑色のポケモンに追ってくるゴニョニョの大群を指した。
緑色のポケモンが口を開くと、中に封印されていたゴムのような舌が伸び、大群をぐるぐると囲う。
おぉ、と息を呑んで(のんで)サファイアがそれに見入っていると、
緑色のポケモン『カクレオン』は口から光線を吐いてゴニョニョたちを気絶させた。
これでもかとばかりに サファイアは派手にずっこける。
「『したでなめる』と見せかけといて『サイケこうせん』なんかい!?」

メノウはともかく、とりあえず追いかけてくるものがいなくなったのが分かると、ルビーは ほっと息をついた。
途端、サファイアが前のめりに倒れ、ルビーは男を睨みつける。

男は何も言わず、ルビーの肩を軽く押した。
ロクに食べもせず、ロクに休みもせず、ふらふらになっていた体はあっけなくバランスを崩して地面の上へと倒れ込んだ。
日差しをしっかりと浴び、育ち切った草を ルビーは布団のように感じる。
「なにすんねん、口悪うてしゃあないし、ケツはでかいし、何か売りつけるたびに殴ったり蹴ったりするねんけど、ルビーは女の子やねんで!?」
話を聞きつけたワカシャモに サファイアは『ほっぺた伸ばしの刑』にあう。
伸び切ったラーメンのように頬(ほほ)をぶよぶよとさせていると、男は少しだけ息をもらした。
「何か食べないと、体が持たないと思う。」
サファイアの見ている目の前で 男はルビーを抱きかかえた。
嫌がって何度もこぶしをぶつけられるが、それを気にする様子は微塵(みじん)も見られない。
不思議そうな顔をしながらも、D(ディー)やワカシャモなどのポケモンたち、
それに茶髪の少女も男(の抱えるルビー)について行ってしまうため、サファイアはそれを追いかけるしかなかった。
ものすごくゆっくりな歩調で、4人はシダケタウンへと向かう。





『ポケモン図鑑』のふたは 金具がさび付いていることもなく、すんなりと開いた。
二重まぶたをゆっくりと見開いて、ミツルはその赤いポケモン図鑑に見入る。
「どんな気分なんだ?」
「え? あ、はい、どんな気分、って、どういうことでしょう?」
ミツルはヒデピラの顔を見上げて聞き返した。
疑問やら好奇心やら不安やら興奮やらがぐちゃぐちゃになって、胸の鼓動がとても早くなっている。
それが原因で発作が起きないかどうかというもの、不安のひとつだが。
「ポケモンマスターと同じ、『ポケモン図鑑』を手にしたご感想は?」
「はっ、はいっ、『ポケモン図鑑』に、すごくドキドキしています!!」
悪いことの見つかった子供のように、ミツルは慌ててポケモン図鑑を閉じ、胸に抱きしめた。
自分に見せまいとしていると思ったらしく、ヒデピラは おぃおぃ、と苦笑すると、ふと別の方向へ視線を向ける。
一見すると中学生くらいにしか見えない男が1人、小学生くらいの子供が3人、ポケモンが4匹。
ミツルとヒデピラに気付くと、そちらへと寄ってくる。

「・・・サファイアさん、それにルビーさん!!」
真っ先に2人に気付き、ミツルは声をかけた。 となりではあいが2人に向かって手(前足?)を振っている。
腕の中で暴れるのにも疲れたルビーに代わって、サファイアは おぉ、と声をあげた。
「三つ子くんやないか、ひっさしぶりやなぁ!!」
「はい? ボクは1人っ子ですが・・・
 一体どうしたんですか、もう遠くまで行ってしまったと思っていたんですが・・・?」
その言葉の答えを サファイアは考え付くことが出来ずに押し黙った。
一瞬のスキをついて、2人(と1人)を連れた男、アルムは ヒデピラにルビーを押しつける。
「は?」
「急患。 ヘムさん辺りにでも診せといて。」
「は!?」
ついでに押しつけられたサファイアが妙な声をあげる。
話を終了させる勢いで2人をヒデピラに引き渡すと、アルムは2人の腰から残りのモンスターボールを全て取り(盗り)外した。
当然のことながら、ルビーもサファイアも取り返そうと男に詰めかかる。
身長差を利用し、上へと持ち上げて(5つものモンスターボールを)2人に返さない姿勢を見せると、アルムはポケモンセンターの方へと向きを変えた。
「お預かりします。」
「なにが『お預かり』やねんっ、カナとチャチャを帰しやっ!!」
「あなたは自分のポケモンを餓死(がし)させる気ですか?」
アルムがしゃべって、サファイアは押し黙った。
確かに、ここへ来る途中、ルビーもサファイアも、ついてきた少女も、ポケモンたちもロクに食事を取っていない。
ルビーも同じことを思ったらしく、2人がおとなしくなったのを見ると、アルムはさっさとボールの外に出ているポケモンたちも連れ、ポケモンセンターへと向かった。



「・・・・・・結局、誰やねん―――――っ!!!」
「だれやあ―――!!」
完全に見えなくなった背中に向かって、サファイアが叫び、それに便乗して茶髪の少女が叫んだ。
ただ、真似してみたかっただけらしく少女がケラケラと笑うのを見ると、ミツルは説明しようと1歩前へ出る。
全員の視線が1つどころに集まり、ビクッと体を震わせた。
「あ、はい、ポケモン医療科の、アルムさんだそうです。
 ジョウトから、医療学校の方たちが来ているそうで、シダケタウンの中に、およそ8人ほどいます。」
「・・・・・・けったいなお客さんやなぁ・・・」
頭をがりがりとかきながら、サファイアがつぶやく。
恐らく、その意見に反対しない人間はいないだろう、あまり。







メノウは怒りか呆れかで震えていた。
目の前にオダマキ博士がいるため、2人に対して何か言ってやるということは出来ないものの、
あれだけ疲れ切った体でどこかへ行こうとするほど、アホな・・・いや、もしくは根性のある子供たちだとは思っていなかった。
2人のために用意されたベッドは シーツの乱れ1つない。
うろたえるオダマキ博士を前にして、ただ、ため息を吐く。
「どっ、どどど、どこ行ったとね!?
 あの方向音痴ば、ハルカちゃん巻き込んで迷子になったと?」
「落ちついてください、親のあなたが慌てていたら、子供に示し(しめし)がつかないでしょう。」
言葉を選び、話し続け、メノウはオダマキ博士をなんとか落ちつかせる。
泥も落ちていない部屋を見ると、廊下へと視線を移す。


「シルバー君、あの2人は・・・・・・」
少しの間黙り込むと、メノウは目を細くする。
細く細く、息を吐くと、2つの銀色の瞳が光った。

「探しに、行きます。」
何かを言おうとしたオダマキ博士をさえぎり、メノウは街へと向かって歩き出す。
センターからポケモンを受け取ると、彼は、風のように姿を消した。


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