【ポケモンと犯罪】
人間の共存が進む一方、犯罪活動にポケモンが使われることも確実に増えている。
理由としては、実力さえあればすぐになつくポケモンが多いこと、
炎を吐いたり、電撃を放ったりする能力を持っていることなどが挙げられるだろう。
ポケモンの全面禁止の声も挙がるなか、
警察では新たな対策を打ち出そうと頭を悩ませている。


PAGE36.太陽の詩


『彼女』は、シダケタウンのなかでは特に浮いていた。
ぱっと見、医者などではなく、占い師に見える。
異様に長かろう髪は 黒マントの中に隠れ、冬にはまだあるというのに、全身黒づくめ。
大きなバック・・・おそらく中身は医療器具なのだろうが、怪しいことこの上ない。
彼女の名は、霧崎レイン。


「霧崎さーん!!」
何をしたかったのかも分からないが、ただボーっと突っ立っていた彼女に 勇敢にも話しかける人がいた。
10メートルほど先から、細い腕を振りまわして自分の存在を知らせる。
茶色い髪は 青空の下でよく映える、大きな眼鏡は目印となる。
空を見上げていたレインは、自分を呼ぶ人物に見えない(前髪が長すぎて目が見えない)視線を移した。
「ヘム・・・学生カードは外部持ち出し禁止だったと思いましたが?」
「えっ? あっ!?」
ヘムロック・ライラックは慌ててポケットの中を探る。
中から出てきた写真入りのIDカードを見ると、あちゃあ、と小さく声をあげた。

「・・・またやっちゃった・・・・・・返してきます!!」
「何か用があったのでは?」
相手が聞き逃さないようにレインが少し声を張り上げると、すっかり忘れていたといった感じでヘムロックは振り返った。
「そうそう、すっかり忘れてました!!
 さっき粒針さんが連れてきた子たちの処置が終わったから、よければお昼一緒に食べませんか?」
たった1つ、学生カードをうっかり持ってきてしまったというだけで用件を忘れるのか、とレインは苦笑した。
それと同時に、こんな黒づくめの女を食事にさそう勇気があるということにも。
遠目にはほとんど分からないのだが、うっすらと笑うと、彼女はほんの少しだけ顔をあげる。
「えぇ、構いませんよ。」
「本当ですか!? だったら、私、一昨日、美味しい店見つけたんです、さっそく行きましょう!!」
「・・・学生カード、返さなくていいのですか?」
「あっ・・・・・・・・・返してきますっ!!」
手に持ったカードとレインの顔を見比べると、ヘムロックは回れ右して来た道を引き返し始めた。
その途中、ふと足を止めると、何の気もなく青い空を見上げる。
「・・・歌が、聞こえる・・・・・・?」





キルリアのあいは 道の真ん中でくるくると踊った。
決して上手い訳ではないのだが、陽の光を浴びて踊るその様は、楽しそう、その一言に尽きる。
気持ちが伝わってきたかのように、ミツルはにこりと笑った。
「あい、すごく楽しそうですね、どうしたのですか?」
「るうぅ〜。」
くるりと回ると、あいは空を指した。
太陽の祝福を受けた青空が 白い雲と手を結んでミツルたちのことを見守っている。
「はい、いい天気ですね。」
「るぅ!」
あいは体の前で手(前足)を交差させる。
るぅるぅという鳴き声を止めると、交差させていた手を解き、頭の横をちょんと叩いた。
人に良く似たポケモンの、人で言えば耳に当たる場所。

「耳?」
うんうん、と あいはうなずいた。
口から鳴き声の代わりに空気だけ吐き出し、「しーっ」という音を出す。
ポケモンの叫ぶ声も聞こえない、静かな道。 やわらかい歌が聞こえてくる。



  ―――聴こえてる? 海の歌

  聞こえてる? 空の詩

  みんな みんな、だいすきな

  あなたへの おくりもの―――――――





「・・・・・・・・・・・・?」
聴きなれない歌にミツルは首をかしげた。
穏やか(おだやか)な音調の曲は風に乗って、辺りに響き渡っている。

「・・・あい、誰が歌ってるんでしょう?」
「るっ・・・!」
ミツルが声をあげると、ぴたりと歌が止んだ。
草をかき分ける、ポケモンが走るような音が聞こえると、117番道路はいつもの顔を見せる。
歌が止まってしまったことに対してだろうか、あいは むくれたように ミツルに背中を向けた。
「あっ、あい・・・機嫌直してくださいよ・・・!!」
機嫌悪そうに『彼』はミツルに触れられることを嫌がる。
コハクに言われたように、『きまぐれ』な あいのイライラは普通の方法では治りそうにない。
少しだけ気の沈んだミツルの瞳に 光が飛び込んでくる。
驚いて光のもとを探せば、シダケタウンからそう離れていない、『えんとつ山』のてっぺんだ。
そこは、ホウエンを悩ませる『灰』の原因であり、恵みを与える肥えた(こえた)土の原因でもある。





「こちらナンバー869、マナで〜す。 リーダー、応答お願いします。」
赤土の見える山にはあまり似合わない青い服の女は、手にした黒い機械に話しかけた。
手のひらほどもないスピーカーから、男のしゃがれ声が鳴り出す。
『おう、アオギリだ。 何だ?』
「『何だ』じゃないですよぉ、ご命令どおり『えんとつ山』到着です。
 次のご命令をどーぞ、リーダー♪」
エネコが甘えるような声で、青い服のマナという女は トランシーバーへと話す。
流れ出る汗をハンカチでふき取ると、黒い機械から返事が来るのを待った。


『こちらカゲツ、そのまま待機だ、マグマ団を見張れ。』
「あたしはぁ、リーダーに聞いてるの。 横から口出さないでよ。」
山とある石ころの1つを蹴飛ばすと、アクア団の女はトランシーバーからの応答を待つ。
『・・・ったく、勝手なこと言ってんじゃねぇよ!!
 アオギリだ、多分隕石(いんせき)はマツブサの野郎が持ってやがるはずだ、マツブサを見張れ!! 気付かれんなよ!!」
「了解っ!!」
元気良く返事すると、アクア団の女は上に着ている青い服を脱ぎ捨てた。 アクア団の特徴である ぴったりとした横じまの服へと変わる。
見つからないようにわざと服を土で汚すと、彼女は『えんとつ山』にはびこっているマグマ団を睨みつけた。
その殺気を隠し切れているかいないかは、別の問題として。





「・・・・・・ったく、どこ行ったんだ、あいつらは・・・?」
カナズミシティでは 2人とも見つからず、メノウは眉をひそめながら意味もなく辺りを見まわした。
自分の髪の色は他の人たちとは違う、近づくと逃げられやすいと分かっていても、
違う瞳の色で外国人と間違えられやすく、言葉が通じないと勘違いされがちと分かっていても、手がかり0ということは まずあり得ない。
予想していなかったわけではないが、違う街に行ってしまったのだとメノウは推理した。
手のかかる奴らだ、と ため息をつく。
「・・・川沿いにゴールド・・・コハクを探しがてら、トウカシティに行ってみるか。
 確か、ルビーの父親がいるはずだったよな。」
1日も経てば、1人で探せる範囲ではなくなる、そんなことは判り切っていた。
それでも、探さずにはいられない、1%以下でも希望が残っていれば、『彼』が死んでいることなど考えられないから。
年季の入っていそうなモンスターボールを取り出すと、大きなポケモンを呼び出した。
翼の生えたポケモンは音もなく空を飛び回る。
メノウのポケモン図鑑には『クロバット』という名前で登録されていた。
地面の上で立ち止まることが出来ないそのポケモンは 空の上でメノウの指示を待つ。

「クロ!! 川岸にゴールドが流れ着いてないか、探してくれ!!
 歩きながら、ゆっくりトウカに進むぞ!!」
少ない荷物を肩から下げると、メノウは歩き出した。
前や後を 大きなこうもりポケモンが飛びまわる、すぐに上昇し、見えなくなるが。
メノウは本来夜行性のポケモンが溶けて行った空を見上げると、目の前に広がるトウカの森に目を落とし、ため息をつく。

 トウカシティに行くまで、誰にも会うことはないだろう。
 にぎやかなお子様たちだったけど、いなくなると退屈だな。
 歩いている間、何をしようか?
 ・・・・・・歌でも、唄うか?

「―――――ふわり 花は踊るよ きらり 星は笑うよ
 ゆらゆら 風の音聞こえたら ねんねの時間だよ―――――」
何故(なぜ)覚えていたのか不思議になるくらい昔に聞いた、子守唄が口をつく。
誰から聴いたのかも思い出せないほどの唄なのに、なぜか全て覚えている。
メノウの子守唄は、誰に聴かせるわけでもなく、森の中へと吸い込まれていった。


「―――――聴こえてる? 海の歌 聞こえてる? 空の詩
 みんな みんな、だいすきな あなたへの おくりもの―――――」




ヘムロックは歌が止むと、目を瞬く。
不思議そうに首をかしげると、「あっ」と声をあげて病院へと走り出した。 学生カードを返すために。
「子守唄・・・誰が歌ってたんでしょう?」
2分とかからず、彼女は病院へとたどりつく。
その上を 青いポケモンが飛んでいったことに気付かずに。

青いポケモンはふわふわと危なっかしい飛び方をすると、病院の屋上のてすりにとまった。
この近辺にはいないポケモンである、モンスターボールに入れられ、連れ込まれたのだから。
綿のような羽毛の、チルットというポケモンは 自分の体と同じ色の空を見上げると、機嫌良さそうに歌い出した。
レインや、ヘムロックや、ミツルたちが聞いたのと同じメロディーは、入院している人間たちの心をなごませた後、青い空へと溶けていく。
病院の最上階の子供たちは、子守唄を聞いて、すやすやと眠り始める。
たった2人を除いて。


どかどかどかどか・・・と、足音全開で 階段を駆け上がる音が2つ。
「病院で走らないで下さい!」と、看護婦の叫び声1つ。
バン、と鉄の扉が乱暴に開かれ、歌っていたチルットに睨みつけるような視線が刺さった。
そんなのを気にすることもなく、ふわふわ羽根のポケモンは機嫌良く歌い続ける。

「クウッ! ポケモンセンターに行ったんやなかったんか!?」
サファイアはチルットのクウを持ち上げると、キャアキャアと騒ぎながら叱りつけた。
パジャマ姿が何とも迫力がない。
「ぴよっ?」
「『ぴよっ』やあらへん、
 なしてこんなところにクウが来とるんや、休んどけ言うたやないか!?」
「ぴょっ?」
どう考えても、チルットのクウはサファイアの言うことを聞いていない。
何を言っても聞きそうにないな、と妙な悟りを感じ始めたとき、鉄の扉がうなりをあげて閉まる音が響いた。
今にも掴みかからんばかりの殺気だった視線を送るルビーを サファイアは横目で見る。
しっかりとした足取りで近づいてきた彼女を避けるように、クウを飛ばした。

「言いたいことがあるんやったら、ちゃんと口で言いや。 半年くらい一緒にいててん、いっくら睨まれたかて怖くあらへん。
 文句あるんやったら口で返しぃ。 ワシを言い負かしてみい!!」
「・・・・・・うるさい!!」
思いの他小さな声で ルビーは怒鳴る。
今にも泣きそうな顔をし、サファイアのことを睨みつけると、乱暴に鉄の扉を開き、走り去ってしまう。
扉がバタン、と完全に閉まったのを見送ると、サファイアはその場に座り込んだ。
戻ってきたチルットのクウを ひざに乗せる。
「・・・ワシ、悪いことしてんやろか?
 ホンマに聞きたいんは、あないな声やあらへんのに・・・・・・」
「ぴよょ?」
クウは聞いているのかいないのか、また、同じメロディーを歌い始めた。
優しい声は、風に乗り、遠くの山へと飛んでいく。
それを何とか覚えようと黙り込んだ瞬間、サファイアは立ち上がった。
何かが転がり落ちたような音が 耳をつつく。 『それ』に背筋の凍る気分を覚えて。
チルットを小脇に抱え、病院の中へと走る。



「ルビーッ!!!?」
サファイアが転がり落ちる勢いで階段を駆け下りると、彼女はすぐに見つかった。
階段の踊り場で、横になった姿で。


<ページをめくる>

<目次に戻る>