【物理攻撃、特殊攻撃】
ポケモンの攻撃には2種類存在する。
『たいあたり』などに代表される、みずからの体を直接使った攻撃、物理攻撃、
『ねんりき』などに代表される、特殊な力で遠隔攻撃する、特殊攻撃だ。
2つの攻撃は全くの別物として扱われ、
防御する際もどちらの攻撃が来るか知っておかないと、
全く防御効果のないものともなり得てしまう。


PAGE37.頭討ち


「た、体力も回復していないのに、走っちゃだめですよ・・・・・・
 今度は、すり傷じゃ済まないかもしれませんよ?」
ものすごく自信なさげに 白衣を着た中年の男は診察を下した。
ルビーは包帯の巻かれた腕を引っ込めると、軽く一礼して診察室を出ていく、サファイアを連れて。
清潔な白い色の廊下を歩く途中、ふと、後ろを見ると彼はチルットを抱えたまま、ものすごく気まずそうな顔をしているのが判った。
息をひとつついて、ルビーは呆れかえったような視線を送る。
「すまんかったな・・・・・・・・・ルビー・・・」
ルビーは首をかしげる。 後を歩くサファイアへと体を向け、後ろ向きに歩き始めた。
サファイアはぴよぴよと鳴くチルットのクウをおとなしくさせようと、口の中に指を突っ込んで噛まれる。
視界をふさぐ髪をなでつけてどけると、何かを決心したように息を飲み込んで、サファイアはルビーを見つめた。
「せやけど、ワシの言いたいことは変わらんぞ。
 ちゃんと口で言わんと、言いたいことは伝わらん、もっとしゃべりぃ、ルビー!!」
はぁ、と息をつくと、彼女はそっぽを向いて歩き出してしまった。
かなり気力を使ったのか、その場に立ちすくしてたサファイアは ルビーの背中を見送ったあと「あっ!」と声をあげる。
「・・・・・・しもたーっ!!?
 ルビーがおらんと、病室が分からへんっ!?」



見事なまでに 細い枝たちは折れ、『彼』は地面に尻から着地した。
大きな音と共に、衝撃を受けたにもかかわらず、その人物はぶつけた部分をさすりながらも立ちあがる。
「・・・あっだぁー・・・・・・ あ、ちょっと待て、逃げるなポケモンッ!!!
 預かってるオラの立場がねぇじゃねーか!!」
ヒイズの声を完全無視し、虫ポケモンはブーブー言いながらどこかへと飛び去っていった。
後ろ姿すら見えなくなると、疲れにも似たあ〜あ、という小さな声がもれる。
服についた泥を叩いて払うと、頭の後ろについている尻尾を少しだけ直す。
ポケモン医療学科4年、姓は『成川』名は『秀(ヒイズ)』。

「・・・参ったな・・・親(トレーナー)から預かったポケモンだってのに、回復した途端逃げ出すなんて・・・
 チャチャーッ、戻ってこーい!!」
呼んだところで戻ってくるわけもなく、チャチャは姿を消してしまう。
ちなみに、逃げ出したのは本体の『1号』と呼ばれている方、ヌケニンの『2号』は、その存在感の薄さを利用してとっくに逃げ出している。
行き先は大体予想はつくが、こうあっさり逃げられては、PMD(ポケモンドクター)としての面目も立たない。
ヒイズはポリポリと頭をかいた。
「主人思いっちゅーか、迷惑を考えてないっちゅーか・・・・・・」
飛んで行った先は人間の病院、自分の主人のもとへ。





赤い服の女は ちらちらと後ろを気にしながら歩いていた。
・・・とは言っても、集団の中の1人、歩調が変わることはない。
後ろを歩く同じ服の男に 背中を小突かれると、慌てて進む先へと目を向ける。
『えんとつ山』のてっぺんでは、赤いマグマが泡を吹いている。 そう、向かってくる集団と同じ名の、マグマが。
マグマ団のリーダー、マツブサはそれを見下ろすと、にやりと笑った。
後をついてくる部下たちを振り向くと、演説をするかのように声を上げ、喋り出す。
「諸君(しょくん)!! ついに来るべき時がやってきたようだ。
 この星の力を使えば、我々、マグマ団の願いが叶うことなど、たやすい。
 大地を増やす、それだけのことで、我々がどれだけ苦労したか・・・・・・で、あるからして・・・」
マツブサの足が止まり、モンスターボールが地面へと落とされた。
それと同時に マグマ団の中を青い波が駆け抜ける。

『マナ!! 尾ける(つける)だけだって言っただろうが!!』
「ごめんっ、リーダー、あたし我慢(がまん)できない!!」
簡単に謝ると、アクア団の女はトランシーバーの電源を切った。
奪われ、連絡を取られないよう、それを地面へと叩きつけて壊すと、靴もはいていない足で 一直線にマツブサのもとへと走る。
「ほしのこちゃん!!」
「迎え撃ちなさい、ネンドール。」
名前のとおり、星型をしているヒトデマンの『みずでっぽう』を土人形のようなポケモン、
ネンドールは『サイケこうせん』で全て防ぎ切った。
マグマ団の間をぬい、走りかかってきた女は 薄ら笑いすら浮かべるマツブサを睨む。
「お呼びした覚えはないのだが?」
「そりゃ、言うことも聞かずに勝手に来ちゃったんですからねぇっ!
 隕石(いんせき)渡しなさいよ、マツブサ!!」
「お答えせずとも、言いたいことは判るはずです。」

アクア団の女は身をひるがえし、ヒトデマンに『スピードスター』を撃たせる。
飛びかかる星が いくつもあるネンドールの眼の1つに当たる、よろよろとふらつくネンドールに さらに『バブルこうせん』の追い討ちがかかった。
マナ、と呼ばれるアクア団の女は マツブサの背後を取る。
「勝てるわけがないでしょーがっ!! この世界の70%は海が占(し)めているんだからっ!!
 ほしのこちゃん、『みずでっぽう』!!」
星型のポケモンが吐き出した水は ネンドールを直撃した。
しかし、土人形のようなポケモンは微動だにせず、残った5つの赤い瞳でヒトデマンとアクア団の女を見る。
表情の無いポケモンに睨まれると、アクア団のマナはびくりと身をすくませた。
「・・・それでも、人は大地で生きている。 おまえは何故(なぜ)・・・・・・」
マツブサは自分のポケモンに女を攻撃するよう、指示を出した。
ネンドールの攻撃で アクア団の女とヒトデマンは山の下へと吹き飛ばされる。
悲鳴もあがらず、マツブサの見えないところまで、マナは消えていく、その見えない先を見て、マツブサは他の者に聞こえないほどの声でつぶやいた。

「おまえたちは何故、海を求めようとする・・・?」


(・・・・・・海が・・・埋め立てられる?)

マナは同じ漁師へと向かって聞き返した。
収入こそ少ないが、村で獲れる(とれる)貝は、名物の1つである。
その貝を獲るための海が、砂浜が、なくなってしまうのは非常に困る、村全体が困る。
「冗談だよね、ねぇ?」
「冗談でこんなこと言うもんか、新しい街を作るって言って、村長が決めたんだ・・・」
哀しみの心が波のように打ち寄せては返し、潮(しお)が満ちるように怒りが込み上げてくる。
怒鳴りかかっても仕方ないことも分かってはいたが、マナは漁師へと向かって声を荒げた。
「ふざけないでよ!! そんなのっ・・・・・・・・・」







「認めへん・・・」
12キロの重しが サファイアの頭の上にのしかかる。
頭の上に乗られては、虫ポケモンとはいえ、さすがに重い。 首が重さに耐え切れず、サファイアは地面の上に頭を乗せている。
さらに チルットのクウがその上に乗っかり、合計13,2キロ、サファイアは「ぎえっ」と声を上げた。
追い討ちをかけるかのように ヌケニンが背中の上に落ちついている。 合計14,4キロ。
「・・・ルビーのポケモンは大人しゅうしとるっちゅうのに、おまいらは、何勝手しとるんや・・・・・・
 ぐえっ・・・重い・・・」
サファイアは重みに負け、つぶれてみる。
おまけに疲れも取れていない、病院へと戻りたいのだが、ポケモンを連れて行くわけにもいかず、とりあえずつぶれたままサファイアは考えてみる。

「ホンマ、どうして言うこと聞けへんねや? 言うても言うても乗っかってきてつぶれてまうし、いっそワシがマッチョ
 やったら、つぶれへんで済むかもしれへんけど・・・ 押しのけたったらクウもどっか行かんようになるんやろか、
 せや、クウやと結構可愛いさんしとるんや、今度名物『クウゼリー』でも作ったって、売ったらどや、こいつなら
 大ヒット間違いなしや!! せやせや、これでライバルの佐藤君(誰?)にも負けへんで、鼻の穴すすったる!! 
 ほな早う発注せんと『くもりのちはれ』さんはご機嫌ななめや、今度いいきずぐすり持ってったって、ご機嫌とっとかな。」
いつのまにか、サファイアの半径20メートルほどには人っ子1人いなくなっている。
考えたままを口に出している、それもポケモン3匹を上に乗せた状態で喋り続けているサファイアの言動はものすごく怪しい。
止める人間もいないものだから、独りでの(正確にはポケモンが聞いているのだが)おしゃべりは延々と続く。
まるっきり意味がないので、面倒な方はこの先どうぞ読み飛ばしてお進みください。
「善は急げなんや、早う行かなあかんねんやけど、重くて重くて動けへんわ。 ちぃとのいてくれるだけでええんやけど、
 ホンマ困ったもんやねんで、ほなチャチャーズクウたん退いてくれへんか? 退いてくれへんねやな。 暴れたかて
 全然動いてくれへんし、ホンマ困ってもうて誰も助けてくれへんで・・・そいや、親父におふくろ、
 今ごろ何してんやろな、せんべい食ってバリバリしててん思うんやけど、せや、今度スズキのおばはんから
 しょうゆせんべいもらわへんとあきまへんな、ほいで、テレビ見て『るぽんるぽーん』って歌ってんねんな。
 そいや、なしてワシ戦ってんねんな? せやせや、メノウから頼まれたったんや、したらば逃げはったらマズイんと
 ちゃうか? まぁ、色々あってんねんな、しゃあないやん。 ほしたら、今度の仕入れ、どないしょー?」


「何やってんだ、おめぇ?」
勇敢にも、病院の真ん前でうつぶせになったまま しゃべりまくるサファイアにヒイズは話しかけた。
ぽけぽけと一緒にいたアサナンがサファイアの頭で遊ぶ、「おうっおうっ」という謎の声は かなり無視されていた。
サファイアの状態は気にもかけられず、ヒイズはしゃがみ込んで普通に話しかけてくる。
「ポケモンセンターの成川っつうんだけどさ、頭の上のテッカニンとチルットを連れ戻すからな。
 それと、ルビーって奴、どこにいるか知らねぇか?」
それどころではない自分の状況も無視され、サファイアはぶぅっと口を鳴らした。
うらめしそうな目つきでヒイズを見上げると、口の横を広げ、何とか声を出す。
「ナオミの部屋や。」
「はぁ?」
とんちんかんな返答に ヒイズは思わず聞き返す。
「せやから、7(ナ)0(オ)3(ミ)の部屋や。
 行こ行こ思てうろついとったら、何や分からんが外に出てもうた。
 悪いんやけど、連れてってくれひん? あと・・・・・・」
「あと?」
「しょんべんしたいねん、便所行かせてーな。」


あまり立っていたくない場所で、お子様のお守(おもり)。
水の流れる音で、ポケモン医のタマゴはちょっぴり哀しくなる。
そこから少々時間は経つが、一向にサファイアは現れない。 ヒイズが『?』と思っていると、あまり長時間いたくもない場所から叫び声が響いてきた。
「・・・・・・・・・出口はどっちやね―――んっ!!?」
「迷うなよっ、トイレで!!」
サファイアの首根っこをひっつかまえると、手を洗わせ、外へと引きずり出す。
「それで、どこにいるんだよ、ルビーって奴?」
「せやから、ナオミのお部屋や言うてんやん。 いっとー上の部屋や。」
「・・・7階な。」

たくましくもサファイアを抱え、ヒイズは(エレベーターがあるのに)階段をすたこら上がっていく。
野を越え、山越え、谷越えて、それ行けほいさ、みんなのために。
あっという間に7階につけば、今度はサファイアが声を上げた。
「せやけど、ルビーなら、さっきすれ違うたがな。」
「早く言えよっ、そういうことは!?」
絶妙の突っ込み具合で ヒイズは階段を駆け下り始める。
4階の階段を降りはじめたとき、サファイアが手を上げたのを目ざとく察知し、ヒイズは急停止した。
振り返ると、背中の方でゴンッと音がする・・・のは気にせず、目の前にいる10歳前後の女の子に視線を合わせた。
不機嫌そうな顔してるな、とか、年頃にしちゃ背が高いな、とか、
ていうかピアスしてんのかこの年で!? とか色々思ってみるが、とりあえず用件を先に口にする。

「トレーナーのルビーだよな? シダケポケモンセンターにポケモン預けてる。」
「顔痛い痛いさんなんや、医者呼んどくり〜・・・」
ルビーがうなずいたのを見ると、背中の辺りからうめき声が聞こえるのに気付かず、会話が進む。
「オラ、ポケモンセンターの成川っつうんだけどさ、あんたのポケモンがちょっと大変なんだ。
 悪いんだけど、一緒に来てくれねぇか?」
「壁にじょりじょりってやったったんや、鼻のあたま すりむいとるかもしれん〜・・・」
「何が悪いってのは上手く言えねぇんだけどさ、とにかく大変だし、トレーナーなら何とか出来るかもしれねぇから・・・」
「石屋〜、石屋呼んでおくんなまし〜・・・」
「うるさい」とサファイアを視線で一瞥(いちべつ)すると、ルビーは一度階段を上って自分の部屋へと引っ込んだ。
数分して彼女が部屋から出てくると、いつもの赤い服を着、すっかり旅支度を整えている。
男2人をほぼ無視するかたちで、ルビーはポケモンセンターへと向かって歩き出した。



「こいつ、なんだけどさ。」
ポケモンセンターの中、ルビーが来た途端にほとんど張り付くほどの勢いでやってきたワカシャモも、
なにごともなかったかのように バクバクと食べているタツベイのフォルテも問題だと思ったが、ヒイズが渡したのは、アクセントのモンスターボール。
「メシの時間過ぎてるっつうのに、ボールから出てきてくれねぇんだよ。
 エサが気に入らない・・・とかじゃねぇよなぁ?」
ルビーは赤白のモンスターボールを受け取ると、指先で軽く叩いてみた。
ボールの中のアクセントは うんともすんとも言わず、出てくることもない。
軽くうつむくと、ルビーは今度はモンスターボールの開閉スイッチを押し、思いきり床の上に叩きつけた。
パンッと音が鳴り、いくつかの戦いを重ねたせいで すすけた色の毛並みのプラスルが放り出される。
出るが早いか、ルビーはアクセントのほおを引っ叩いた。
驚いたポケモンたちの視線が ルビーに集中する。 叩かれた当の本人の、アクセントの視線も。

「・・・・・・あんたは・・・」
ルビーは小さく口を開く。
自分の体の4分の1もない小さなポケモンを見下ろして、赤い瞳を伏せるようにして。
「あんたは、コンテストに出場するポケモンなんだ。
 ・・・・・・甘ったれんじゃないよ。」
短く言葉を終えると、ルビーはついてこようとするワカシャモを払いのけ、病院への道を逆戻りする。
足取りは早く、すぐにその背中も見えなくなった。
延々と鳴り続く機械の音以外、ポケモンたちの鳴き声すらしなくなったポケモンセンターのなか、
アクセントはふと気付いたように 自分の分の食事をたいらげようとしているフォルテの頭をぺんっと叩き、かなり遅い昼食を取り始めた。





そして、誰にも見向きもされなかったのが、お昼のニュース。
病院の待合室の片隅で、意味もなく光を放つ四角い箱の中では、メガネをかけた青年が淡々と原稿を読み上げている。
2つめの話が終わったところで、横から新しい紙が手渡され、キャスターは声のトーンも変えることなく、同じように話し出した。

『ただいま入りました情報によりますと、えんとつ山の山頂にて、正体不明の集団が争いを起こしているようです。
 警察や機動隊も動き出した模様ですが、
 全員がポケモンを所持しており、事態の沈静には、時間が必要になりそうです。

 ・・・繰り返します、ただいま入りました――――』


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