【フレンドリィショップ】
ポケモントレーナーにとって重要なモンスターボールや
傷薬(ポケモン用を含め)などを販売する、大型コンビニエンスストア。
デパート販売などもあるが、大体のトレーナーがここを利用して必要物資をそろえる。
ちなみに、ホウエン地方ではデボンコーポレーション系列の
フレンドリィショップが大半を占めているらしい。
PAGE38.Departures
4つの手袋に 小さな手たちが滑り込んでいった。
足がずれないように しっかりと靴の紐(ひも)はしめられ、名残(なごり)惜しむようにシダケの澄んだ空気をたくさん吸い込む。
合計7つのボールがパチン、パチンとホルダーへとはめられていく。
憧れの眼差しでミツルはそれを見つめると、サファイアへと向かって話し掛けた。
「すごいです、カッコイイですよ、サファイアさん、ルビーさん、!!」
「さいか、そう言われると照れてまうな〜・・・って、そういう場合ちゃうねんっ!!
イヅルくん、今朝のニュース見たか?」
ミツルはルビーのことを見る。
見送りに来た茶髪の少女が 彼女になにやら耳打ちしていた。
一瞬、驚いたように赤みを帯びた瞳が見開かれ、すぐに通常通りに戻る。
その後は何も言わず、彼女は旅支度を進めていった。
方向音痴のサファイアが一緒なのだ、そういったことはルビーがほぼやることになるに違いない。
「いえ、ボクの名前はイヅルではなくミツルですが・・・・・・何があったんですか?」
「『えんとつ山』でヘンテコ団どもが出たったんや。
大騒ぎしとって、警察まで出とるっちゅう話や、こら行かなあかんねん。」
荷物の量を確かめろ、と 持たされたリュックをサファイアはしっかりと背負う。
ミツルは 子供特有の、こんな状況にも関わらずキラキラした瞳を向けた。
「はい、行くって、やっつけに行くんですか!?
うわぁ、やっぱりポケモントレーナーはすごいなぁ・・・・・・」
「ちゃうねん。」
「はい?」
ルビーにうながされ、数歩歩くとサファイアは振り向いた。
さっぱり笑いもしない彼女とは対照的に、何を気負う様子もなく、けらけらと笑う。
「もしかしたら騒ぎ聞き付けてコハクが来るかもしれへんで、2人で確かめに行くんや。
ヘンテコ団どもは、警察に任しとけばええねんもんな。」
「バイバイ―――!!」
ミツルのとなりで茶髪の少女がルビーとサファイアに向け、にこやかに手を振る。
コハクのライチュウ、D(ディー)も道連れに、出発する2人の背中を見て、ミツルはかすかな憧れを覚えた。
自分が出来ないことを、あの2人は出来る。 自分が持っていないものを、あの2人は持っている。
「・・・・・・いいなぁ・・・」
1月経とうと、2月経とうと、病状が良くなる気配はない。
シダケに来た意味はあるのだろうか、本当に病気は良くなるんだろうか?
そんな不安ばかりが 近頃心の中をよぎっていく。
はぁっと小さくため息をつくと、キルリアのあいに腰のあたりを小突かれた。
「るっ!」
「つらいことよくないよー
たのしいこと いっぱいさがしたら すぐよくなって ぼうけんいけるよ!」
まるきり何も考えてなさそうな、子供でも滅多に見られないような屈託(くったく)ない笑顔で少女は笑った。
つられてミツルも笑い返す、本当はとても笑えるような気持ちでもないのだが。
サンダルの音が近づき、ミツルは誰かが来ているのだと認識した。
音のする方を向いてみれば、予想的中、看護婦見習いの、マキという女。
「緑野さん、検診の時間ですよ、先生のところへ。」
「はい、検診ですね。 分かりました。」
素直に返事をすると、釘を刺されないうちに あいを連れてミツルは歩き出した。
気付かれずとも 手を振っていた茶髪の少女は、クスクスと笑うと、姿を消す。
幾度(いくど)も漂白(ひょうはく)されたのであろう白い壁の部屋で、ミツルは黙って聴診器(ちょうしんき)を体に当てられていた。
外に待たせているあいに怒られるようなこともないので、あえて暗い表情は隠さない。
呼吸するついでにため息を吐くと、聴診器を当てている医療研修生は眉を少し上げた。
「調子はどうですか?」
「あ、はい、調子は・・・あまり変わりません。
ボクの病気・・・治るんでしょうか?」
「治りますよ、気管を痛めているだけなんですから。 それと、貴方の心持ち次第ってところでしょうか?」
カルテに書き込みながら、パッと見男女の判別がつきにくい研修生(白衣にバッジがついているのですぐ判る)は こともなげに話した。
ネームプレートには『香春(かわら)』と漢字で書かれている、彼らが到着した日、発作を起こしたミツルを処置してくれた人だ。
「先生・・・」
珍しくミツルは自分から話しかけた。
研修生、香春レサシは顔を上げ、先を促す。
「あの、病気の人でも、ポケモンマスターになれますか?」
恐らくは、結構な勇気を振り絞ったつもり。 顔を赤くし、ミツルは返事を待った。
自分へと向けられた 妙に子供らしい質問に、レサシはぽかんとした顔をしながらミツルの顔を見る。
ほんの少し間を取ると、レサシは再びカルテに何か書き込みながら一言、口にした。
「詳しいことは判りませんが、全盲(ぜんもう)でポケモンリーグに出場した人がいる、という話を聞いたことはありますよ。」
可能性の1つとして言っているだけ、ということは判っていた。
それでも、ミツルの心の中にパッと光が差す。
検診を終え、出来るだけ走らないように、それでも早足であいの元へと向かった。
やはり研修生の看護師、マキがミツルの背中を見送り、音を立てないよう、そっと扉を閉める。
ミツルは大人しく外で待っていたあいに報告すると、忘れ物があるといって自分の部屋へと戻った。
外を散歩する程度で そんなものがあるはずもないのだが、親戚とはいえ借り物、の特権を使い、割とすんなりと目的地にたどり着く。
ベッドの下から取り出したのは、貯金箱。
いつか旅立つ日のために ずっと閉じ込めておいたそれを、
そっと、こじ開けて、少しばかりのお金を持ち出し、また外へと出る。
走れない体で 誰にも見つからないような場所に身を隠し、全ての計画が成功したかのように あいと笑いあった。
「このお金で、モンスターボールを買いに行きましょう!
ボクとあいが、いつか旅に出たとき、いつポケモンと会ってもいいように。」
「るぅ!」
ひそひそと小さな声と、落ちていた木の枝で地面の上に絵や字を描いて 簡単な作戦会議を立てると、
ミツルとあいは立ちあがって、意気揚々(いきようよう)と フレンドリィショップへと歩き出した。
町のど真ん中を歩いていくわけなのだから、危険というものは無いに等しいのだが、
ごくごくたまにすれ違う人が、あいを見て突然勝負を仕掛けて来るのではないか、
小さな小屋や、看板の裏に はぐれたポケモンが隠れていて 突然襲いかかってくるのではないか、
想像は尽きず、平和そのものの町は冒険の舞台へと早変わりする。
2人のトレジャーハンターは 何度も襲いかかってくる危険を回避し、ついには目的地へと到達することに成功したのだ。
「じゃあ、あい、モンスターボールに戻ってください。
モンスターボールを買うのは、トレーナーのボクの役目です!!」
元気の良い声をあげ、あいは宝石色をしたモンスターボールへと姿を変えた。
地面へと落ちたそれを手に取ると、ミツルは高鳴る胸を押さえ、自動ドアをくぐる。
同じ物をもっと持つために。 同じような仲間をもっと増やすために。
それほど広くない店内をさまよいながら、あいのモンスターボールを参考に、同じようなものを2、3掴んでレジまで持っていく。
「あなたには売れません」と言われないか、冷や冷やしながらもミツルは家から持ち出した代金と引き換えに、アイテムを手に入れた。
店を出ると、小走りになってはしゃぎ回った。
あいを1度閉じ込めたボールから出し、手と手を取り合って踊るようにして。
出来るだけ走るな、と言われていたので慌てて歩調を遅くして、以前から目をつけていた場所へ、あいと2人で。
こぼれだす笑いを押さえることもなく、カナシダトンネルのふもとへと足を進めていった。
トンネル開通工事も終わり、今は立ち入り禁止にはなっていない。
道ではない道に落ちている、太めの丁度よさそうな木の枝をミツルは拾った。
似たようなものを探し、あいにも持たせる。
カナシダトンネルから少し離れたところの山肌、辺りの木々、草が何かを敬う(うやまう)ように ぽっかりと円状に場所を空けている。
いつか見つけたその場所へ、ミツルは服を汚さないよう、気を付けながら到達した。
あいと目と目で合図すると、円状に地肌の見えている場所の真ん中に 木の枝を使って小さな穴を掘る。
握りこぶしほどの大きさの穴が出来あがると、ミツルは泥だらけの手でひたいの汗をふき、何かをやりとげたように にっこりと笑った。
「それじゃあ、モンスターボールはここに隠しておきましょう。
没収されたら元も子もありませんからね。」
自分がこれからやることの旨(むね)を伝え、草の間に何気なく置いたモンスターボールへと振り返る。
ない。
驚いた弾みで発作が起きるほどかとも思えるほど、ミツルは驚いた。
何気なく置いたとはいえ、大切なモンスターボールを無くすなんてこと、あり得るはずもない。
風でも吹いてどこかへ転がってしまったのか、そう思って辺りを見まわすと、思いのほかモンスターボールは早く見つかった。
跳ねて、動いて、逃げていくモンスターボール、
よくよく見ると、ミツルの腰ほどもない小さなピンク色のポケモンが ボールをおもちゃにして持ち去っている。
「にょここ?」
「・・・野生のゴニョニョ・・・っ!!
ボクのモンスターボール、返してくださいっ!!」
買ったばかりのボールを盗られてはかなわない、ミツルは慌てて立ちあがった。
何が面白いのか、ゴニョニョは慌てたミツルを見てぴょんぴょんと跳ねると、モンスターボールを見せびらかすようにしながら逃げ出した。
あいが追いかけるが、すぐには追い付きそうにない。 後を追って、ミツルも走り出す。
行きには気付かなかった、それほど深くない森を抜け、とにかく、盗られまいと必死で走って、
そう、必死で。
息切れが酷くなり、ミツルは倒れ込んだ。
呼吸が続かず、大きくせき込むと、見たこともないほど大きな痰(たん)が吐き出される。
異変に気付いたあいは ゴニョニョの追跡を中止するとミツルへと駆け寄った。
一瞬戸惑った後、ミツルの背中を叩いて町へと走り出す。
彼が呼んできたのか、すぐに大人たちが集まってきて、ミツルは病院へと運ばれた。
訳も分からないうちに処置が施され(ほどこされ)、命の糸がつなぎ止められる。
「るぅ、るるぅ〜、る〜・・・」
歌声のようなものが聞こえ、ミツルはベッドの上で目を覚ました。
目を開くと、横たわったミツルを軽く叩きながら、あいが何か話しかけているようだった。
辺りはずいぶんと薄暗い。 自分が大丈夫だ、ということを伝えようと、ミツルはかすかに手を動かした。
視界の端で、あいの頭に手が置かれる。
ミツルの手ではない。
「・・・あい・・・・・・?」
笑顔が見えたような気がした。
なんとか体を動かし、あいのいる方を見つめると、人の影のようなものが見え、夕闇のなかに溶けていく。
姿を追おうと体を動かすと、あいに止められた。
見えなくなった人影に手(前足)を振ると、あいはミツルの寝るベッドに寄りかかる。
少し、淋しそうな表情をして。
「・・・ごめんなさい、せっかく買ったモンスターボールだったのに・・・・・・」
天井を見つめたまま、ミツルはあいへと謝った。
視界には入らないのだが、彼が首を横に振っているのが何となく判った。
何を言いたいのかも判らないのに、唇の先からぽろぽろと言葉がこぼれそうになる。
扉の開く音が聞こえなければ、本当に何を言い出すのかも予想がつかなかったことだろう。
サンダルの音とともに、カルテを手にした女の人が病室をのぞき込む。
左胸のネームプレートに書いてある名前は、『真木』。
「緑野さん、ご気分は?」
「はい・・・気分は、大丈夫です。 ご迷惑おかけしてすみません。」
部屋の明かりをつけて マキはミツルのベッドの側へとサンダルの音を立ててやってきた。
目覚めたばかりのミツルの体を調べ、よく読み取れない文字をカルテに書き込んでいく。
「あの、あいは・・・」
「きちんと消毒しましたし、院長先生から特別許可をもらいました。
退院するまで、この部屋にいるだけなら問題ありません。」
ほっと息をつき、ミツルは隣に寄り添っているあいを横目で見る。 薄緑色の人によく似たポケモンは
ベッドのふちに頭を置き、横たわったミツルの顔をじっと見つめていた。
腕が届く場所にある あいの頭を、そっとなでる。 少し眠そうな顔をしたポケモンは 逃げるわけでもなく、ただ黙ってじっとしていた。
「・・・ボク、良くなるんでしょうか?」
不安になり、あまり良い答えを期待せずとも聞いてみる。
カルテの上を滑らせるペンを止めると、マキは少し黙り込んだ。
「・・・大丈夫ですよ、きちんと療養(りょうよう)していれば回復します。」
「ボク、トレーナーになって旅に出たいんです。」
「でしたら、早く治さないといけませんね。
激しい運動はせず、ですが、毎日少しずつ動くことを怠らない(おこたらない)で下さい。」
「はい、早く治します・・・」
あくまで事務的に用件を済ませ、マキは病室から出る。
扉の閉まる音を耳にし、サンダルの立ち去る音も、何も、聞こえなくなると、ミツルは寝返りを打ってあいを抱きしめた。
肩が、小刻みに震えている。
「あい・・・ボクは、ポケモントレーナーになりたいんです・・・」
治る可能性が低いと分かっていても、
医者や看護師の哀しい笑いに気付いていても、
それでも。
「ポケモントレーナーに、なりたいんです・・・・・・」
一緒に戦うことの出来ない自分のパートナーを抱きしめる。
目からこぼれる粒は、鼻先を伝って枕へと吸い込まれた。
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