【おや】
モンスターボールの機能により、
捕まえられたポケモンは捕まえたトレーナーを自分の親だと認識する。
そのため、多少なつかれていなくとも、ポケモンは捕まえたトレーナーに対しての命令は聞くが、
交換などで他のトレーナーの手に渡ったポケモンは、命令をほとんど聞こうとしない。


PAGE39.クレッシェンド


「ひっぎゃあああぁぁぁっ!!?」
サファイアは走り回っていた。
その後ろを なんだか形のよく判らない、くさい臭いを放つポケモンが追いかけてくる。
日はとっぷりと暮れている。
ヌマクローのカナは昼間のバトルで疲れ切っているし、テッカニンのチャチャは昼型だし、チルットのクウは鳥目だし。
苦し紛れに出したヌケニンは、相手に近づいた途端にやられてしまったし。
走りながら逃げながら、泣きたくなってくる、というか、とっくにぎゃあぎゃあと意味不明の言葉を発しながら泣き叫んでいる。





ハーモニカの音が闇を切る。
同じタイミングで飛んできたオレンジ色の炎が、不定形の紫色のポケモンを焼きこがし、動きを止めた。
ルビーのタツベイ、フォルテの『りゅうのいぶき』だ。
15分ぶりに姿を見せた彼女の足元では、そのフォルテとオレンジ色のポケモンが そろってサファイアのことを見つめていた。
「らぁら、らいらいちゅ?」
ぬいぐるみのような小さな手を動かしつつ、オレンジ色のポケモン、ライチュウのD(ディー)がサファイアへと話しかけてくる。
何を言っているのか判るはずもなく、サファイアは彼女(D(ディー)は♀だったらしい)にへなへなと手を振った。
大騒ぎに1段落ついたのを確認すると、彼女は拾ってきた(サファイアが追いかけられている間に集めてきたらしい)木の枝に火をつけはじめる。
「あ・・・ありがとさん、ルビー・・・・・・せやけど・・・」
サファイアは自分を指差す。
フォルテがか、それともルビーがか、ほぼ無差別に攻撃したため、サファイアまで真っ黒こげ。
生きてるのが信じられなくなっていくサファイアのフシギ。
「・・・もうちっと、加減できひんかったんか?」
自分を追いかけていたポケモンにポケモン図鑑を向け、『ベトベター』の情報を取得する。
体中にひっついたススを払うと、まるっきりサファイアのことを無視し、パチパチと音を立て始めた炎を見つめるルビーのそばへと腰掛けた。
眠れない、また腹を空かせたポケモンに寝込みを襲われてはかなわないから。

「そーいや、コハクやメノウと旅しとるとき、夜んなると いっつも火ぃたかれとったな・・・」
ルビーが軽くうなずく。
予想以上に多かった食料の重みで 数日前から足が痛みっぱなしだし、襲いかかってくるポケモンの量はそれまでの比ではない。
火のそばでルビーが寝支度を始めると、サファイアは自分も確保できる場所を探し始めた。
一緒に旅をしていたときに、コハクやメノウがそうしていたように、見張り役をやるつもりで。
眠気と戦う臨戦体勢をばっちりと。
「交代で見張りしようや。 また襲われてもかなわん。
 2時までワシが起きとるから、後はルビーな。」
たき火の明かりに照らされる顔でサファイアのことを見つめると、ルビーはさっさと横になった。
ほんの少しばかり離れたところで、2人の腰ほどもないオレンジ色のポケモンもコロンと横になって寝息を立て始める。
早々と眠る横顔を見ると、サファイアは鼻息をふんっとついて、これからどうするかを考えた。
火を絶やさないための 追加の枯れ枝を持ってくる、という仕事が残っているのにも気付かずに。


「か〜ざんん〜んの ふぅ〜んかぁ〜がぁ〜 みぃ〜ど・・・・・・」
唄いかけて、サファイアはルビーがうなされていることに気が付く。
夜の11時にもなって ちんぷんかんぷんな歌を唄っていれば、当たり前といえば当たり前なのだが、まるっきり理解していない。
ともあれ、さすがに唄うのはマズイと理解したらしく(上手いか下手かは別の問題として)とりあえずサファイアは黙ることにした。
火が小さくなっていることに気付き、ようやく残っている枯れ枝集めの仕事を始める。
1度倒れたヌケニンを『げんきのかけら』で叩き起こし、迷子にならないために手伝わせて。
暗闇の中での捜索は困難だが、指を何度も切りながらもサファイアは とりあえず1晩は持つだろうという量の木々を拾ってきた。
12時も回り、いい加減体力も持たなくなるが、眠ったら自分たちを守るものがなくなってしまう、
そう思い、何度も目をこすりながら火の番を続けた。
起きているつもりでも、実は1時にはぐっすり夢の中に迷い込んでいたのだが。







美味しそうな匂いで、サファイアは朝7時、目を覚ました。
体を起こすと、頭からパラパラと土クズが落ちてくる。
ルビーに踏みつけられたのではないかとサファイアは推理したが、時間前に寝てしまった非もあり、あえて文句は言わない。
そのルビーはと言えば、サファイアが仕入れてきた鍋を使い(「売れなくなってまう!」とサファイアは止めたが、
他に調理道具もなかったので泣く泣く使うハメになった)、朝食の用意を整えていた。
何が入っているのかも分からないが、美味しそうなみそ汁の匂いがサファイアの腹の虫を鳴かせる。
「おはよーさん、ルビー。 美味そうやな、それ。」
「らぁいちゅう〜♪」
「ん。」
コップにみそ汁を注ぐと、ルビーはサファイアにそれを手渡した。
よく判らない草やらなにやら浮いているが、食べられないわけではなさそうだ。
現に、小さな皿に水たまりを作っている同じ食品を D(ディー)が美味しそうにチロチロとなめている。
朝食を済ませ、ルビーのポケナビを頼りに2人で次の目的地、えんとつ山の山頂を目指す。



歩くこと、7時間。

足のマメなど、とっくにつぶれていて、足の裏はばんそうこうだらけ。
慣れない夜更かしもたたり、体力的には限界に達していた。
それでも到着する『えんとつ山』の頂上、もっと上が見えない、というわけではないのだが、
怒号(どごう)のような騒ぎ声が聞こえるだけ、目的地の近さが感じられる。
「・・・・・・も、ちぃっとやな。」
鼻先を流れる汗を手で拭い、サファイアは騒がしい方に目を向けた。
声をもらした直後、肩をとんとん、と指先で叩かれる。 もちろん、そんなことをするのは今のところ1人しかいない。
「なんやねん、ルビー?
 人がせっかく意気込んでるっちゅうに・・・・・・」
ルビーは何も言わず、サファイアの反対方向を指差した。 その先では、たっぷりとホコリをかぶったロープウェーの終点が
バリバリと営業している。
ほぼ丸1日に渡った山登りで疲れ果てた頭で、サファイアはそれがどういうことかじっくりと考える。

ロープウェーの終点ってことは、1番てっぺんの駅ってことで、1番てっぺんの駅がバリバリ営業してるってことは・・・
「・・・・・・体力はついたわな・・・」
怒る気力もないらしく、ルビーはひたいに手を当てた。
ため息が聞こえ、サファイアのガラスのようなハートはチクチクチクと痛む。
思い起こしてみれば、またベトベターに襲われとうないと進路を変更したのはサファイア、森のなかで迷子になったのもサファイア、
メノウと111番道路を通ったとき、サファイアはロープウェーのふもとの駅を見ていたのに。
「ワシはダメ人間なんやぁ〜・・・・・・・・・」
がっくりと崩れ込んだサファイアの肩を、ルビーがぽん、と叩く。
ルビーは うるうるうると涙でうるんだ彼の顔に向け、大きく、縦にうなずいた。
いくらでも効果音が聞こえてくる、何もない空間から。


ルビーは立ち上がると動きやすいように腰のポシェットを直した。
幾つもの声の飛び交う えんとつ山の山頂を睨み付けると、自分のポケモンたちの状態をしっかりと確認した。
「・・・どうせワシなんか、おかんのぱんちー、赤ふんどしと変えとんねん。
 親父の鼻の穴、指差そうとして間違って指突っ込んでまうし、紙オムツ売ろうとしたらちびっこに小便引っ掛けられてまうし、
 魚釣ろ思てたら宇宙人捕まえて連れ去られかけはるし、天気製造マシーン作ったらバネブーが空飛んどったし・・・・・・」
「らぁら、らいっちゅ〜。」
「・・・・・・って、ルビーッ!!? どこ行くねん!?」
呆れたような視線を投げかけると、ルビーは再びさっさと歩き出す。
ルビーやサファイアよりもずっと小さな体のどこに、そんなスタミナが残っているのか、さほど疲れてもいない様子でD(ディー)が後を追い、
そのまた後ろをひぃひぃと言いながら、サファイアが山登りの続きを再開して。
「もう山登りでけへんっちゅうねん・・・・・・
 ルビー、どないな体力しててん、ひょいひょいと・・・・・・」
あーだこーだ言いながらも、D(ディー)に後ろを小突かれつつサファイアは山をのろのろと登っていく。
だが、ルビーの方が歩く速度が圧倒的に早く、距離を離され、不安がつきまとって仕方ない。
ようやく彼女が足を止めると、これ以上突き放されてなるものか、とサファイアは現在のフルスピードを発揮する。
歩くこと45秒、ようやくルビーに追い付くと、サファイアはうらめしそうな目つきで彼女のことを睨み付けた。

「・・・・・・っるうぅっ、むごぇっ!?」
黙らせようとしたらしく、ルビーが回した腕が、見事なラリアットとなってサファイアにクリティカルヒットする。
とりあえず静かにする最初の目的は成功(?)。
赤みを帯びた土の上に寝転がったサファイアは すぐさま起きあがると体についた土を払い、ルビーにうるんだ視線を向けた。
彼女は何も言わず、ほんの少しばかり先の坂の上を指差す。
サファイアはその指の先をみて、「あっ」と小さく声をあげた。
見覚えのある、赤いマグマ団の服を着た 髪をボロボロになるまで染めた女が緊張感もなくその坂を登っていく。
「らいちゅ・・・」
D(ディー)が小声を出すと、ルビーとサファイアは顔を見合わせ、同時にうなずいた。
後をつけていけば、目的地まで迷うことなくたどりつける、そういう共通意識を持って。
足音を立てないように、うっかり石を蹴飛ばさないように、細心の注意を払い、2人と1匹はマグマ団の女の後をつける。



「もっどりましたぁ〜。」
かなり面倒そうに マグマ団の女はマグマ団リーダー、マツブサへと一応の報告をする。
大勢の団員たちを引き連れた中年の男は、比較的ゆっくりとした動作で彼女を横目で見た。
「遅いぞ、何をしていた。」
「べっつにぃ〜、何してたっていいじゃん。
 ていうかぁ、フツーにてーさつしてぇ、フツーに帰ってきただけだしぃ。」
「声がおかしいぞ、何かあったのか?」
「こんな山道登らせるからでしょ〜?
 ていうかぁ、早いとこ帰って遊びに行きたいぃ〜。」
マツブサは少しの間を置くと、髪をボロボロに染めた女に顔を向けた。
呆れかえったような視線を彼女は気にもしていない。
「報告しろ。」
「『異常なし』、アクア団は誰も見てないしぃ。」
「他は? 警察が動いていると情報があったが。」
「知らなぁい、『アクア団がいるかどうか確認しろ』っていったのリーダーでしょ〜?」
ため息をつくとマツブサは「まぁいい」と言って立ち上がった。
辺りのマグマ団たちを見れば、そのほとんどが、体のどこかしらに傷を負っている。
警察すら止められない2つの組織の戦いは、まもなく1週間を過ぎようとしていた。 既に、双方とも無事でいる人間の方が少ない。

「諸君。」
低い声が響くと、マグマ団たちは一斉に声の主へと顔を向けた。
顔を向けない者も耳だけは声を拾おうと 感度を上げている。 それが分かってか、マツブサは先を続けた。
「・・・まもなく、『星降りの夜』がやってくる。 言うまでもなく我々の願いが叶う晩だ。
 全ての願いを叶えるポケモンは、今夜辺り、降りてくるだろう。
 しかし、召喚のための隕石を我々は手に入れているが、そのための装置を、アクア団に乗っ取られているのが現状だ。
 で、あるからして、我々の今回の目的は隕石の復活装置の奪還、ということになる。
 諸君!! アクア団のこれ以上の横暴を許してはならん!! 必ずや、失われた大地を取り戻すのだ!!」
マツブサの低い声とともに、無数といるマグマ団たちの雄叫び(おたけび)があがった。
作戦実行犯の隊長たちが次々と立ち上がり、それぞれ部下を引き連れ、山へと繰り出していく。





ルビーとサファイアは言葉も失っていた。
きっちりマグマ団の女の後をつけ、山頂にも到着し、全ては作戦通り、のはずなのに。
目の前の光景が信じ切れない。 コメントをつけるような気にすらなれない。

「らい〜、らぁら、らい、らいちゅう!!」
D(ディー)の声で、2人ははっと我に返った。
そして、まるで見ていなかった目の前の状況を、今度はじっくりと、飛んでいってしまったような心で見つめる。
「・・・ルビー・・・・・・ワシら、起きとるよな・・・?」
ルビーは答えない。 そのことを判っていたかのように、サファイアも気にしない。
ひたすら、怒号ばかりが2人と1匹の鼓膜(こまく)を揺さぶっていた、目を覆い(おおい)尽くす赤い色。
マグマ団の団員の服の赤、炎ポケモンが吐いた炎の赤、活火山(かつかざん)が生み出す岩漿(マグマ)の赤、それに・・・・・・
「うっ・・・」
うめき声に、サファイアが振り向くと、ルビーが胃の中の物を地面の上へと吐き捨てていた。
小さな前足で触れようとしたD(ディー)を、彼女は乱暴に押しのける。
ただの遠足ならば、いくらでも茶化す(ちゃかす)方法はあっただろうに、そう思いながら サファイアはかける言葉を必死で探し出す。
よろけながらも、それでもギリギリ立っているルビーを、サファイアはそっとのぞき込んだ。
鉄のような臭いが、2人と1匹の鼻を突く。
「・・・ルビー、戻ろうや。 こないなってたら、コハク探せへんやん。
 警察バリバリ動いとるし、危なすぎやねん・・・」
今にも泣き出しそうな顔をしながらも、ルビーは首を横に振る。
倒れそうな体勢を立て直し、赤い世界の先を睨んで、ゆっくりと歩き出した。
後をD(ディー)が心配そうに追っていく。
あっけに取られ、その背中をサファイアは呆然と見送ってしまった。 彼女がいなければ 帰ることも出来ないことを忘れて。
気付いたときには 時(とき)すでに遅し。
あふれる叫び声の中で1人、サファイアは立ちすくしている。










「・・・ワシは、コハクを探しに来たんや。」
誰も聞いていないことを判っていて、誰に聞かせるつもりもなく、サファイアはつぶやく。
「とっくに、警察も出とる。 戦っとる奴らは、警察に任せとけばええねんもんな。」
言葉がどこに吸い込まれているのか、誰にも判らない。
身1つで争いを止めようとしている機動隊たちは、誰もサファイアがそこにいることに気付いていない。
ポケモンと人間の戦いすら発生している、どうして戦っているのか、判らなくなっている人もいるのではないかと思えるほどに。


「・・・・・・・・・ルビイィ―――――ッ!!!」
サファイアは叫んでみる。
目いっぱいの声を張り上げたつもりなのに、声はマグマ団の1人にもアクア団の1人にも、警察官の1人にも届かず、どこかへと消え去って。
視線を下へと向けると、その視界の中に白い腕がすべりこんだ。
慌てて顔を上に上げれば、比較的私服に近い服を着た、色の白い女がサファイアと戦いの場を 腕で区切っている。
どちらかといえば、こんな山の上ではなく街を歩いているような、こじゃれた服装。
すっぽりと頭をおおう、キャスケットハットの下から覗く光る瞳が、サファイアのことをしっかりと見下ろしている。
女の人にしては背は高く、視線が胸の辺りにぶつかって、サファイアは思わずのけぞった。
左胸についている金色に光るバッジを直すと、女の人はきれいに整ったルージュを動かした。



「あなたは一般人ですね。 ここは正体不明の組織同士の争いが起きているため、まもなく立ち入り禁止になります。
 今すぐに立ち去りなさい、坂を下ればふもとの町、フエンタウンに着きます。」
見ず知らずの人間に命令されたせいか、サファイアは少しむっとくる。
反抗的な視線に気付くと、女の人は自然とモンスターボールを手に取った。
ポケモンを出したり、戦ったりしようとはせず、ただじっと、サファイアのことを冷たい視線で見下ろしている。
「コハクを探しとんねん。」
「迷子の捜索でしたら、私たちが行います。
 一般の方は危険ですので、避難していてください。」
「姉ちゃんに何が判るっちゅうんや、これでもワシはトレーナーなんや、すっこんどいて!!」
あくまで冷静に、女の人はサファイアのことを見つめていた。
服の胸についているバッジを外すと、それをサファイアへと向けて見せる。
金色に光るバッジは、しっかりとした細工で『TP』と模られて(かたどられて)いた。
しっかりと『それ』をサファイアが見たことを確認すると、女の人はそれを元通り胸へと戻し、口を開く。

「どうしても立ち退かないというのなら、職権を行使し、強制的にでもここを離れていただきます。
 私の名前はブルー・ホワイトケープ。
 ポケモン関連事件専門特別警察官トレーナー・ポリス、警察です。」


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