【ポケモンの覚えられる技】
ポケモンは様々な技を覚えられるが、ポケモン全ての技を覚えられるわけではない。
1種類ずつ覚えられる技が違い、さらに1度に覚えていられる技も4つまでと決まっている。
これは炎や水を吐いたり、念力などの特殊な力を持つポケモンが
自分の体にかかる負担を減らすための自己防衛なのだと考えられている。


PAGE41.新天地を求めて


何もない、上を見ても青い空だけ。 前を見ても道が広がっているだけ。
歩き続けた先にも小さな町だけ、耳を澄ましてもポケモンの鳴き声だけ。

その空間を求め、彼はこのホウエン地方へとやって来ていた。
都会のざわつきも嫌いではないが、むしろその中を歩いている部類だが、何もない場所を歩くことも、たまには悪くない。
自分の仕事を一時休んでの、観光旅行、というものだ。





「おぃ。」
彼が一言放った途端、とても静かだった草むらががさっと揺れる。
普通なら見逃しそうな草むらの不自然な場所を 彼は微動だにせずじっと見つめていた。
黙っていても何も起こらないことが判ると、彼はモンスターボールを開き、草むらの近くへと立たせる。
「やましいことがないのなら、さっさと立ち上がれ。
 15秒後に マッスグマのオニオンが『いあいぎり』で草むらを切り裂くぞ。」
「はっ、はははいぃっ!!」
15秒も待たず、草むらから10歳前後の少年が立ち上がる。
ゆったりとしたシャツにズボンの、あまり健康そうには見えない男の子だ。
今にも食われる小さな生き物のような、おびえた瞳。
すぐ隣では、一般にキルリアと呼ばれるポケモンが 自分のマッスグマへと向かって舌を出している。

「病院に戻らなくていいのか、もう昼の3時を過ぎてるぞ?」
「はいっ、だって・・・・・・あっ、いえ、もともとっ、病院ってなんのことでしょう!?」
冷や汗を浮かべながら、草むらの少年はパタパタと手を振る。
「とぼけんな、シダケにホウエン一大きな病院があるのなんて、俺みたいな観光客でも知ってる。
 その近くでいかにも退屈そうなお子様が、野生のポケモンの宝庫の草むらに隠れてれば、誰だって気付くさ。」
「は、はいっ、気付きますか・・・・・・でも、ボク、病気じゃないんです!!」
信用されていない視線には、少年でも簡単に気付ける。
それでも負けじと自分は元気なんだ、とアピールするために睨むように視線を返す。
さして怒るような様子もないのに妙な威圧感のある男に 肩は震えるが。
「走れます!! 理由は自分でも判らないんですが、病気が治ったみたいなんです!!
 町の外には出ません、ボクのモンスターボールを確認しに行くだけです、行かせてください!!」


観光客は目の前のキルリアを連れた少年を見て考える。
確かに、今の今まで寝ていたような格好をしている割に、この小さなトレーナーは元気だ。
顔色もそれなりに普通だし、息切れを起こすような様子もなければ、足取りもしっかりしている。
だが、ここでみすみす見逃していいものなのか。 もし病院にいるような子供をこのまま行かせて何かあれば、責任問題はなかろうが目覚めが悪い。
ちらりと少年の方を見つめると、呆れたことにまだ彼は自分のことを睨んでいた。
好敵手にも似た、力のある瞳に観光客は息をついた。
「・・・わかった、だけど俺が見張るからな。」
「はい!」
言うが早いか、少年はポケモンを連れて走り出した。
キルリアの方はこの観光客をちらちらと気にしているようだが、自分のやろうとしていることに夢中で少年は振り返ろうともしない。
やれやれ、と一息つくと、男は少年の後を追いかけ始めた。
それなりに、体力には自信がある。


シダケの山のすぐそばにある、小さな林へと少年は走り、その中へともぐり込んで行った。
ちらりと見えた横顔の中に少々の不安の色が混ざっていることに気付く。 諦め(あきらめ)の表情にも近い、とも言うか。
何をあせっているのか、突き出した木の枝を気にもせずどんどん奥へと進んでいくと、
少年は山肌にぽっかりと穴のあいたような場所へと キルリアと共に駆けて行った。
不思議なことに、他の場所は足の踏み場もないほどに木や草が生い茂っているというのに、その一角だけ、山の地肌がむき出しになっている。
円形の『それ』に近づくと、少年はひざをついて、地肌の真ん中に生えた草を見つめた。
「どうした?」
「・・・はい、どうしたって・・・・・・おたずねしたいんですが、草って1週間で生えてくるものなんでしょうか?」
少年の目の前には 広い葉をつけた立派な草が生えている。
周囲には何もないというのに、ぽつんと生えている草。 それを見つめている新米トレーナー。
観光客の頭に ふとしたいたずら心が芽生える。
「邪魔なら抜けばいいじゃねーか。」
「は、はい、それじゃ抜いてみます・・・」
腰を落とすと、少年は地面から生えている広い葉を両手でしっかりと掴む(つかむ)。
手に力を込めて全身の力を振り絞り、引く。


「・・・・・・なあぁっ!?」

「うわあぁっ!!?」
『草』が鳴き声をあげ、少年は仰天(ぎょうてん)して慌てて草から手を離し、しりもちをついた。
キルリアの睨む先では観光客が必死に笑いを噛み殺している。
謎の草は地面からはいあがると、黒いカブの根のような体の上についている葉をバサバサと振り、
小さな2つの瞳で少年のことを見上げ、人の手のひらよりも2本の小さな足でどこかへと逃げ去って行った。
観光客は こらえ切れなくなったらしく腹を抱えてげらげらと笑い出す。
「知ってたんなら教えてくれたっていいじゃないですか!!
 ポケモンリーグ準優勝者で、トキワシティジムリーダーのグリーン・O・マサラさん!!」

説明くさいセリフではあるが、多少なり笑い声を押さえるのには成功した。
すねたようにぷいっと横を向くと、少年は一角だけ草の生えてない場所の 真ん中にぽっかりと空いていた穴の中に手を入れ、
何かを探すように空を見上げた。
瞳に、疑問の色のようなものが浮かんでいる。
「・・・あれ?」
ようやく笑い止んだグリーンと呼ばれた観光客の目の前で、少年は泥のついた赤白のモンスターボールを取り出してみせた。
何が納得いかないのか、手に持ったモンスターボールを見つめて少年は首をかしげている。
「それ、探しに来たんじゃないのか?」
「はい・・・探しに来たんですけど・・・本当なら、あるはずがないんです。
 ここに隠そうとしたときに、ポケモンに持って行かれてしまったんですから・・・・・・」
「だったら、何で探しに来たんだよ・・・」
「一応・・・・・・」
返答しながらも、少年はモンスターボールをポケットの中にしまう。
辺りの様子を気にしながら、キルリアと視線を合わせ、林の中をUターンしはじめた。
グリーンと呼ばれた男も、その後を追う。
見付けたモンスターボールが実はアイテムボールだった、ということがあってもいけないだろうから。


「・・・・・・で、家に帰ってどうするつもりだ?」
町から出る方向でもないが、病院に戻る方向でもない。 少年は一度自宅に行くつもりなのだ、とグリーンは推理する。
行く先を言い当てられ、ほんの少しばかり少年は驚いたらしいが、あまり気にしてはいないようだ。
後ろからついてきていたキルリアと、手をつなぐ。
「はい、見つかっただけ良かったってことなんですから、家の中の安全な場所に、このモンスターボールを隠すんです。
 正式にお医者様から許可をいただいて、それから旅に出るつもりです!!」
体も細く、女のような顔立ちをしている割には、度胸がすわっているとグリーンは思う。
その姿勢はグリーンの知り合い、レッドにも似ている、ここで嘘をつくようなことまではしないだろう。
一応形の上でだけ見張ることにしたが、今までほど厳しく目を光らせるような真似はしない。

「それじゃあ、待っててくださいね。
 まだボクのことを見張ってるなら、ですけど。」
クスクスと笑い、少年は大きくも小さくもない家の扉をくぐって行った。
扉の前に立ち、グリーンは腕を組んで少年を待つ。 本当にこれでいいのか、という疑問を頭の中でめぐらせつつ。
周囲から視線を浴びせられやしないか、と少々の不安を抱き、耳を澄ませると ひゅうと風が鳴った。
次の瞬間、どしんっ、と何かの落ちたような大きな音が 少年の家から聞こえてくる。
「・・・ベッドから落ちたか?」
のん気に考えてはいたが、一応の警戒はしておいた。
どんな異変だろうと、やっておくに越したことはないだろう。
・・・・・・・・・などと、のんびりと構えていられる状況ですら、なかったのだが。



「うわあぁぁぁっ!!!」
キルリアの『テレポート』で、入り口も裏口も使わず、少年は家の外へと飛び出してきた。
靴は一応履いているが、手の中のモンスターボールもそのままで、あまり身支度を整えたような様子もない。
なによりも、表情が慌てている。
少年は自分の家の方を振り返ると、キルリアに手を引かれ一目散に町の外へと向かって走り出した。
グリーンもそれを追わないわけにはいかない。
「何があった!? 病院に戻るんじゃないのか!?」
「はい、戻れませんっ!! 泥棒が、泥棒が出て・・・!!」


「・・・・・・お待ちぃっ、ボウヤッ!!!」

少年の進行方向の真ん前に どろどろとした黒い液が落ち、走りを止めた。
先を走っていたキルリアが少年を引き止め、背後の方向を警戒する。
後を追いかけて 大きな人間が大きな足音を立てて走ってきた。 青い、囚人服のような服を着た、大男。
病気が再発したかのように少年はゲホゲホとせき込む、だが、原因は男が散々振り掛けている香水のせいだ、恐らく。
「な、なんだなんだ、何なんだ!?」
らしくもなく、びくびくと頬(ほお)を引きつらせながらグリーンは男へと向かって叫ぶ。
町の真ん中だというのに素足のまま、化粧をしているが女物だし、動きも女の動作に近く、『怪しい』としか言いようがない。
変質者、そういう考えもしっくりと当てはまった。
そのグリーンのことなんて、まるで無視して、大男は少年へと向かって笑う。
「ボウヤぁ、『おいた』しちゃダメよぉ。 ボウヤの持ってる隕石はねぇ、あたしたちアクア団の物なの。
 あ、そうそう、あたしはオルカ、アクア団の人魚姫オルカちゃんね〜。
 それはともかく、すぐに返せばなんにもしないわぁ、ボウヤがもっててもしょうがないんだから、返してちょうだい?」
「嫌です!! また1日中ベッドの上なんて、もう嫌だ!!」
ほぼ即答で、少年は返答した。
その瞬間に彼がポケットを軽く触れたのは、グリーンもアクア団と名乗る大男も気付いている。
標的がそのポケットへと移動するまで、そうたいした時間はかからなかった。

「強情な子も嫌いじゃないんだけどねぇ、任務中だと困っちゃうわぁ。
 そんなに、アクア団のマーメイド、オルカちゃんに遊んで欲しいのかしらぁ? じぇりぃ!!」
うねうねとした物が、大量に少年へと向かって行く。
それがポケモンの手だと判るまで1秒、反応に時間がかかり、逃げ出す動作に移りきれない。
キルリアが少年の前で『ねんりき』を使い、大量のポケモンの手を弾き返すと、少年は先ほど触ったのとは反対側のポケットから何かを取り出した。
「『くらげポケモンドククラゲ、80本の触手は水を含むとどんどん伸びて 獲物をからめとるアミのようになる。』・・・!?
 あい、戦ったら捕まっちゃいますよ、ここは逃げましょう!!」
「るうぅ、るぅっ!!」
少年の指示をキルリアは拒み(こばみ)、ドククラゲと少年との間に立ちふさがる。
誰にも聞こえないような小声だったのか、少年は口を小さく動かすと、助けてくれそうなグリーンというトレーナーには目もくれず、
奇怪なアクア団のオルカと名乗る男を睨み付けた。
「勇気のある子は、嫌いじゃないわよ。
 でもね、それでケガすることもあるってこと、覚えた方がいいんじゃなぁい?」
化粧の濃い男の目の端が怪しく光った。
動けないのか、動かないのか、少年は1歩も移動せずにしっかりとキルリアの後ろ頭を見据え、答えない。
少年がゆっくりと右手を前に突き出すと、80本あるドククラゲの手がざわざわと動いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・いいですよね・・・
 あい、『ねんりき』です!!」
「ふうぅっ!!」
キルリアは両腕を広げると、エスパー独特の波長の衝撃波を打ち出した。
とても病気の少年が持っていたとは思えないほどの威力で、辺りに旋風が巻き起こる。
「なんだよ、ありゃ!? 本当に病人か!?」
「ちぃっ、やるじゃない!! でも負けないわよぉっ、じぇりぃ!!」
気圧されていたドククラゲは攻撃が止むと、一目散にエサのある場所へと触手をうねらせ走り出した。
だが、すぐに動きが止まる。 辺りをいくら見回そうとも、少年もそのポケモンの姿も、目標であった隕石も見つからない。
やりやがった、そう思い、グリーンは腹を抱えて笑い出した。
笑いを止めないうちに、すぐさまモンスターボールを地面に落とし、化粧の濃い男へと攻撃を仕掛け始める。
「ちょぉっとぉ、なにすんのよぉ!?」
「家宅侵入と傷害未遂、及び窃盗未遂の現行犯でお前の身柄を預かる!!
 俺はグリーン、トキワジムリーダー、トレーナー・ポリスだ!!」
大きな体の男をグリーンは足払いで応戦する。
バランスを崩しかけたが、アクア団の男は地の上を転がって立ち上がると、グリーンへと向かって猛獣のように突進してきた。
まっすぐに直進してくる男をかわすと、グリーンはモンスターボールから開放されたポケモンに向かって指を突き立てる。

「エスパーポケモンをなめんな。 フーディン、『サイコキネシス』!!」
人の大きさの程の黄色いポケモンが人で言えば両の手に当たる場所に持ったスプーンをぐにゃりと曲げる。
途端、ドククラゲの80本の触手がめちゃくちゃに絡み合い始める。
目がパニックを起こしているドククラゲは浮き上がり、アクア団の男へと勢い付きで『たいあたり』した。
しっかりした体格であるというのにも関わらず、化粧の濃い男はドククラゲと共に遠くの木まで弾き飛ばされる。


「・・・さて、あと何人だ?」
グリーンは辺りを見回すと、フーディンと呼んだ自分のポケモンの様子を気にしながらミツルを探す。
「5人だ。」
歩きだそうとした直後、背後に気配を感じて彼は立ち止まった。
振り向かず、背中の人間の言葉に耳をかたむける。
どれほどいるのかは判断がつかないが、どこかに潜んでいる人間が発している殺気は、明らかに自分向け。
「よく訓練されている、一応誉めて(ほめて)おこう。」
「そりゃどうも、ジムリーダー様。 誉めたついでに、そこどきな。」
「どうしてあんな ただの子供を大の大人が追いかけ回すのか、理由を聞いたらな。」
背後の男の声が、チッと舌打ちする。
どんな事情があったのかにも特に興味はなかったが、普通の状態でないのだけは確かだ。

「知らなくてもいいこともあると思うぜ、ジムリーダー様?
 ただ1つ言えるってことは、俺たちはあのガキにゃ興味はないってことだな。」
グリーンが振り返るのよりもずっと早く、声だけの男はモンスターボールを地面の上へと叩き付けた。
予想されていたポケモンからの攻撃はなく、代わりに真っ白な煙が 発煙筒(はつえんとう)並みに辺りに立ち込める。
「ちっ、『けむりだま』かよ!?」
戦いなれた者の殺気を発していただけに、逃げるとは予測がつかず、一瞬相手の姿を見失う。
フーディンに煙を吹き飛ばさせるが、白い煙が完全に消え去っても声の男も、巨大な男女も姿が見つからない。
殺気の消え去った静かな道の上で、今度はグリーンが軽く舌打ちする。





「・・・・・・・・・はぁっ・・・ふぅっ・・・・・・」
少年の息が切れる。
だが、体力が追いついていないだけで、病気のせいではない。
上を向いて冷たい空気を吸い込むと少しずつ落ち付いてきた。 身を隠すために持たれかかった大きな木の頭が見える。
「走れる・・・」
以前は走り出そうとするだけで、息切れを起こしては倒れていた。
なのに今朝から、そう、あいが拾ってきた黒い石を手にした瞬間から、病気の症状が全て消えている。
体に力が入る。 立ち上がると、少年ミツルは来た道を引き返そうと街のほうへと振り返った。
途端、動きが止まる。 夕焼けに溶けるような 赤い服を身にまとった、冷たい瞳をした女の人。

「ポケットの中の物、返しなさい。」
赤い服の女はミツルへと向かって手を差し出す。 その一瞬の間にも、ひとつの油断もスキも感じられない。
夕焼けに照らされた整った顔に ミツルは寒気をも覚える。
「・・・い、いやです!」
必死に言葉を探し出し、やっと口から発せられた言葉がそれ。
女は肩ほどもない髪を軽く直すと、凍り付くような視線をミツルへと貼り付けた。
音をひとつとして出さず、女の唇が軽く動かされる。


「・・・う、うわあぁっ!!?」
突然、地面がぐにゃりと揺れ動き、ミツルは悲鳴をあげた。
下を見下ろせば、大地だと思っていた場所が紫色の物体にすり替わっている。
「マルノーム、『どくどく』をお使いなさい。」
「あっ、あいっ!! 助けてください!!」
パニックを起こしてキルリアにしがみつく。 あくまで冷静に、あいは今日だけで3回目の『テレポート』を発動させた。
急なことだったので、ミツルは現在位置すら見当がつかなくなって。
着地に失敗し、ミツルとあいは首元からふかふかの落ち葉の上へと墜落する。





うめきごえを上げながら、ミツルは辺りを見回した。
気がつけば、辺りはとっぷりと暗くなり、ほとんど視界が利かない。 ただ1つ判ることがあるとしたら、どこかの森の中、ということだけ。
ミツルはずっと手にしていたモンスターボールを自然と握り締める。
軽く揺れたようだったが、そんなことも全く気にならずミツルはあいの手を握った。
「・・・ここ・・・・・・どこでしょう?」
ただ1つ判ることがあるとしたら、どこかの森の中、ということだけ。
あいは黙って頭を横に振る。

誰に聞いても答えは返ってこない。
そのせいか。
まだ彼は理解できていなかった、待ち望んでいた旅が たった今、始まったということを。


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