【生息地】
ポケモンは各地域によって様々な種類が生息している。
草むらに合うような進化をしたポケモン、水に合うよう、魚型をしたポケモンなど、
同じ地域でも場所によって全く違うポケモンに出会うこともある。
トレーナーによっては、この違う種類のポケモンを捕獲することを目標にしているものもいる。


PAGE42.ミツルの旅立ち


「・・・・・・寒い・・・」
ミツルは 白い肌の目立つ手に息を吹きかけた。 だが、その色の薄い肌でさえ、ほとんど自分でも見ることが出来ない。
空1面を覆い尽くす(おおいつくす)木々の葉が、小さな星明りさえもさえぎり、月の姿も隠す。
ここまで冷え込んでいるのだから、枯れ落ちてきてもよさそうなものなのに、
ホウエンの温暖な気候がしっかりと枝と葉をつなぎ合わせているのだ。
だが、広い葉が過ごしていられるからといって、人間が、それも小さな少年1人が耐えられるかとなると、全く別の話になってくる。
幾度となく震える背中に、少年のキルリアは抱きつくようにして覆い(おおい)被さった。
「あい、無理しないでボールの中にいてもいいんですよ?」
「るぅるぅ、るるぅ、るぅふぅ。」
キルリアのあいは背中にしがみついたまま細かく首を横に振った。
ミツルとしても、あいがそうしていることによって確実に背中側の体温は保たれているのだから、それ以上の追及はしない。
ただじっと、眠らないよう気を使いながら朝が来るのを待つ。
ポケモンの鳴き声さえ聞こえない、静かな静かな空間で。





「冗談じゃない、それは警察の仕事だろうが!?」
バン、と机を叩き、グリーンは相手の大人に容赦なく怒鳴り声をあびせかけた。
深夜を回っているというのにそんな行動ができるのも、ここがシダケという小さな町であるからだろう。
「確かにな、俺はその行方不明になった子供を見たぞ。
 だからって警察でもないのに休暇中に捜索の手伝いをしろってのは、勝手にもほどがあるんじゃないのか!?
 もう1度繰り返す、俺は捜索隊には加わらない、判ったか!?」
「いいえ、あなたがジムリーダーである以上、捜索隊には加わっていただきますよ、グリーンさん。」
大人が子供に言い聞かせるかのような口調で、シダケ警察の男は言い返した。
グリーンの瞳が怒りの色に染まって行くことなど、気にも止めていない。
「確かに、あなたはまだ成人もしていない子供です。
 ですが、それ以前にグリーンさん、あなたは4年前からジムリーダーという責任を持った仕事に就かれて(つかれて)います。
 役職に就かれたときに聞いたでしょうが、ジムリーダーという仕事は同時にトレーナー・ポリスの役割をも持ちます。
 あなたは警察の1部となっているわけです、我々の仕事を手伝っていただくのも、ひとつの仕事なんですよ。」
「・・・ふざけるな!」
もう1度机を叩くと、グリーンは部屋の外へと向こうへと歩き出した。
それを止めるため、数人の警官たちが目の前に立ちふさがる。
今にも食らい尽くしそうな瞳で睨み付けると、ポケモントレーナーは自分のモンスターボールを手に取った。


深くため息をつきながら、グリーンは警察署の門を早足でくぐる。
隣には子供の背の高さほどのモノクロの4つ足のポケモン、闇の中を歩くにはしっくりき過ぎている。
怒りを静めようと目を据わらせ(すわらせ)、宿への道を歩き出すと、不意にグリーンは身を震わせて立ち止まった。
魔女かとも思えるほど、真黒(まっくろ)なマントを羽織った、髪の異様に長い女が彼へと視線を向けている。
その視線すら、髪に隠れてほとんど見えないのだが。
「今晩は。」
「何か用か?」
なにごともなく通り過ぎようとしても、向こうから声を掛けてきたのでは応えないわけにはいかない。
冷たい声だと分かっていても、とりあえずは返事を返す。

「お探しの子供は、110番道路沿い(ぞい)の森の中で迷っているようですよ。」
真っ黒尽くめの女は 何気ない世間話を思わせる口調で言葉をつむぐ。
だが、グリーンを驚かせるのには充分過ぎる言葉、大きな瞳に見つめられるのを楽しむかのように、女は口元に笑みを浮かべた。
「捜索隊には加わらないと言ったのは知っているのか?」
「えぇ、知っていますよ。
 ですが、この寒さで凍えそうな子供が手の届く所にいるというのに、あなたは見捨てることが出来るのですか?」
言葉が的確にグリーンの心を突き刺す。
確かに、一応警察とは別にグリーンはグリーンだけであの少年のことを探すつもりだったが、他人に言われると無性に反発したくなる。
もともと、そういう性格なのだ。 自分でも認識してしまっている辺りが悲しい。
「悪いが、やれって言われると嫌って言いたくなるんだよ、俺は。」
「知っています。」
再び口元に笑みを浮かべると、黒尽くめの女はグリーンに背を向けて闇の中へと溶けて行った。
その黒いマントの中で、何かが動く。







 ・・ピリリリリ・・・ピリリリリ・・・ピリリ・・・・・・


うとうとと眠りかけていたミツルは 携帯電話のような音で飛び起きた。
眠っていたことに自分を叱って(しかって)、音を出している物体を必死に探す。
それが自分のポケットの中から鳴っていることに気付くまで、そう長い時間は必要としなかった。
「・・・るぅ?」
やはり眠っていたのか、あいがミツルの背中でごそごそと動く。
暗がりのなか、ポケットの中で音を出している物体を探すと、一冊の手帳のようなものを引っ張り出すことが出来た。
持ち主を探しても全く見つからなかった、誰かのポケモン図鑑が 音を立てている。
点滅する小さなランプの明かりだけを頼りに 天日の下ならば赤い2つの表紙を開くと、見えないと思っていた小さな液晶画面が光を発していた。
その中に、小さな文字が1つずつ書きこまれていっている。


『きみの なまえは?』

ミツルは驚きの声も出さず、光る画面に見入っていた。
緊張しているのか、少々乱れた息づかいが静かな森の中に響く。
「ボ、ボクの名前は・・・・・・」
あいがミツルの肩越しに ポケモン図鑑に取り付けられているボタンを指差す。
OK印の赤いボタンと、NO印の緑色のボタン、それに十字の形をした緑色のボタンに黒いボタンが2つ。
震える指で赤いボタンを押すと、カタカナが一覧となって 光る画面の上へと現れた。
唾(つばき)を飲み込んで、ミツルは緑色の十字ボタンを動かして行く。

「ボクの名前は・・・・・・ミ・・・ツ・・・ル・・・」
たった3文字をたっぷりと時間をかけて入力し、ミツルは決定ボタンを押す。
心の中では、このままなにごとも起こらないで欲しいという気持ち、また『文字』が現れて欲しいという気持ちが背中を合わせる。
深い深い闇の中、他に出来ることもなくミツルとあいが光る画面を見つめていると、もう1度、ピリリと音が鳴った。

『いま どこか わかる?』

もう1度、光る画面に文字が現れる。
小さく息を吸い込みながら、ミツルは光る画面へと向け、NO印の緑色のボタンを押した。
高鳴る鼓動を押さえ、後ろのあいと時々目を合わせながら次の言葉を待つ。
冷え込みのせいか、ミツルが1度きり震えたとき、再びピリリ、と音が鳴る。

『たちあがって まわりを みてごらん』

「・・・まっくらですよ?」
クスクスッと笑って、だまされた気持ちでミツルは辺りをキョロキョロと見回した。
すると、全く視界の利かなかった森の奥に、うっすらとした黄色い光が見える。
チカチカと光る物体を 驚いた表情で見つめ、何が起こっているのかを必死に考えると、1つの答えが導き出された。
再び、ポケモン図鑑がピリリと音を鳴らす。
「ほたるポケモン、バルビート・・・」


『きっと ひかりが みえるはず
 ひかりの みえる みちが かえりみち

 ひかりの みえない みちは
 ミツルくんの たびが はじまる ばしょ』

ミツルの胸が 1つ大きく波打った。
手の中に収まるほどのポケモン図鑑を握り締め、凍りついたような表情で食い入るように画面を見つめている。
小刻みに膝(ひざ)が震えているのを 妙にしっかりと感じていた。
やはり震える指で、ポケモン図鑑の中に ゆっくりと文字を入力していく。
「・・・ボ・・・ク・・・は・・・
 た・・・び・・・が・・・で・・・き・・・る・・・の・・・で・・・す・・・か?」
その場にしゃがみ込んで、返答を待つ。
祈るような気持ちで目をつぶったとき、ポケモン図鑑はピリリと声を上げた。

『ミツルくんが おもえば たびは はじまる
 みちは きみの まえで まっている
 いいこと ばかり とは かぎらない けど
 はじまりは きみの まえに ある

 いっしょに あるける
 なかまたちも いる』

「仲間・・・『たち』?」
あいを横目で見ながら、ミツルは段々手慣れてきた動作でポケモン図鑑に思ったことを入力していく。
もう、ポケモン図鑑が音を鳴らしても それに震えることはなかった。

『ポケットの なかの
 モンスターボールを ひらいて ごらん』

ふと、どうしてポケモン図鑑が(正確にはポケモン図鑑に文字を表示させている人物が)
ミツルがモンスターボールを持っていることを知っていたのか、疑問に感じる。
だが今はそんなことよりも 目の前の冒険。
何かに操られるかのようにミツルはポケットの中から 赤白の丸い球を引き出すと、暗い空間へと向かって開いてみた。
ほんの少しばかりの軽い反動をつけて、5、60センチほどのポケモンが積み重なった落ち葉の上へ墜落する。
「えっ、ええぇっ!?」
「・・・・・・りょここ・・・・・・」
ミツルは驚く以外の選択肢を見つけられなかった。
出て来たポケモンは瀕死(ひんし)寸前だし、おまけにミツルのモンスターボールを盗んだゴニョニョそのものだし。
落ち葉の中に埋まりかけているゴニョニョを何とか起こすと、口をパクパクさせる。
「・・・りょここ・・・・・・にょこ・・・」
地面を這う(はう)ようにしているゴニョニョのささやき声も、この静かな森の中だとよく聞こえる。
ぱたりとこのバツ印の口をしたポケモンが倒れると、派手にぐうぅっと音が鳴り響いた。 恐らく、ゴニョニョの声よりも大きな音で。
「・・・まさか、モンスターボールに閉じ込められて、その間食事を取っていなかった・・・?」
「にょここ・・・」
もう1度ゴニョニョの腹が ファンファーレを鳴らす。
いつから閉じ込められていたのかは判らないが、ずいぶん消耗しているのは確かだ。
ゴニョニョにとっては大変な状況である、それは判るのだが、なんだかおかしい。
ミツルは新しい仲間の前で 失笑する。

「はじめまして、ボクの新しいヘルパーさん。
 おなか、空いてるみたいですけど、残念なんですが、ボクも食べられるものを持っていないんです。
 早く街を探して、食事にしたいですね。」
ミツルの言葉の1つ1つに、ゴニョニョは耳(らしきもの)をピクピクと動かす。
壮大(そうだい)な腹のラッパを鳴らすと、起き上がって、ミツルとあいを誘導するように暗い林道を歩き出す。
もともと洞くつの中にいるポケモンだからか、真っ暗な道を恐れもしない。
ほとんど聞こえないボソボソ声で何かを言うと、ゴニョニョは小さな腕(前足)をパタパタと動かした。
後を追ってミツルが歩き出そうとすると、ポケモン図鑑がまた、鳴り響く。


『さみしく なったら
 いちばん だいすきな うたを
 うたって ごらん

 きっと もっと げんきに なれるよ!』

「・・・・・・あ、り、が、と、う!」
旅を止めるための魔法の言葉は、ミツルのなかに隠れている。 それは知っていることだった。
大きなポケットの中に ポケモン図鑑をしまう。
ほんの少し先で自分のことを待っているポケモンたちを見ると、ミツルは軽く笑った。
「・・・コハクさんとの約束、破っちゃいましたね。」
「るぅるぅ!」
キルリアのあいが軽く舌を出して ゴニョニョの進む道を歩き始める。
ミツルも、マネをして笑って軽く舌を出し、あいの歩く道を歩き出した。
「まぁいいか」、シダケに来てから、初めてそう考える。
ふわふわした木の葉の道を踏みしめて、1人と2匹、ゆっくりと旅路を歩み始めた。


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