【♂♀(オス、メス)】
ほとんどのポケモンには人間同様、性別が存在する。
これはタマゴを作って種族を繁栄させるためであり、人間がそうだったよう、有効な方法なのだろう。
ただしポケモンの場合、別の種類との交配も可能なので、
自分と同じ種類を産むメスポケモンは、ポケモンブリーダーたちの格好の標的となっている。


PAGE43.ビスタ


「・・・・・・・・・ピアスがないっ・・・」
聞きなれていたはずなのに、ルビーの声が上がるとサファイアはビクッと身体を震わせた。
オレンジ色のぬいぐるみのようなポケモン、ライチュウのD(ディー)が顔を覗き込もうとも、全く気にもせず、彼女はバッグの中を探る。
サファイアは手伝うかどうかをしばらく考えるが、とても話しかけられる状態でもない。
諦めてしばらく見守っていると、やがて、ルビーは青い飛行ポケモンの上で大きくため息をついた。
「火口に落ちた時に外れちまったのか・・・母ちゃんの形見だったのに・・・あれ・・・」
掛ける言葉も見つからず、サファイアがワタワタしていると、ルビーは青空へと向けて大きく伸びをした。

「ま、いっか!!」
サファイアはこれ以上ないというほど派手にずっこけ、大きなポケモンの背中からずり落ちる。
空を飛んでいたチャチャが、救助に飛ぶが、どこかで間違ったのかサファイアの腹のど真ん中に『すてみタックル』。
悠々(ゆうゆう)と空を飛びつづけるポケモンの上の人間&ポケモンにはあまり気にされず、
届けられる『どこか』へと到着するまでの45分間、サファイアは泣きながら宙ぶらりんのままの体勢を保ち続ける。


風に髪をなびかせて、ルビーがはるか下の景色を見下ろす(ぶらさがっている少年は無視して)。
ゆっくりと高度を落としつつ、大きな青いポケモンが向かう先は、小さな、温泉街。





ふわり、と旋回し、大きなポケモンは町のすぐそばの茂みの中に ルビーとサファイア、D(ディー)やタツベイのフォルテなど、ポケモンたちを降ろした。
全員が降りたことをしっかりと確認すると、青いポケモンはルビーたちに背を向け、はるか彼方(かなた)へと飛び去って行く。
その影も見えなくなると、ルビーは特に何も言わず、町へと歩き出した。
あまり軽い足取りとも言えないが、山登りの疲れは感じさせない。
空を飛んで後からついてきた、テッカニンのチャチャとヌケニン、それにチルットのクウをモンスターボールへと戻し、
サファイアはルビーの背中をにんまり笑顔で見つめ、後を追った。

「・・・・・・つっかれたわぁ〜・・・ほいで、ここどこや?」
町の入り口でサファイアは大きく伸びをする。
ポケモンセンターの看板が見えた途端にどっと疲れが押し寄せるし、数日洗うことも出来なかった体がべとついているのにも気がついた。
手の甲をぺとぺとやっているサファイアを置いていく勢いでルビーは早足でセンターへと歩く。
「ちょっ、ちょい待ちや!! ここどこやねん!?」
「『フエンタウン』、さっき町の入り口に看板立ってたろうが。」
全くスピードを落とさずにルビーはポケモンセンターの扉をくぐる。
途端、足が止まった。 後から走ってきたサファイアが追突するほどの急停止。
「なんやねん・・・・・・」
「・・・こっちが聞きたいよ・・・・・・このポケモンセンター・・・なんやねん・・・」


フエンタウンのポケモンセンターの客層に、ルビーは開いた口もふさがらなかった。
辺りを見まわしても、見えるのはほとんどが50は過ぎた、中高年の人間ばかり。
1度開けた扉が再び戻ってきて、サファイアの後頭部に音を立ててぶつかるまで、2人は開けっぱなしの口を閉じもせず、
異様なセンター風景に見入っていた。
やがて、パタパタと足音を立てて、1人の若い女の人がやってくるまで。
長い髪を頭のてっぺんでまとめたルビー張りに気の強そうな女の人は、ルビーとサファイアに気付くと、
思わず『姉御(あねご)!』とでも叫びたくなるような表情をして、話しかけてきた。
「混んでて悪いね、ポケモンの回復かい?」
「宿泊の手続きも。」
手短にルビーが付け加える。
ちょっとだけ驚いたような表情をすると、女の人は奥へと引っ込んで行った。
30秒も間を空けず、2人のもとへと戻ってきて部屋の鍵らしき物をルビーの手の上に落とす。

「トレーナー用の部屋しか空いてないんだ。 その代わり宿泊代いらないから。
 4階になっちまうけど、まだ若いからいいよな?」
ルビーは眉を潜めるが、相手の女の人はまるで気付いていない。
誰かに呼ばれたらしく慌てて奥へと走り出すと、くるりと振り返って付け加えた。
「夕飯は6時から、名物の共同温泉は1階の廊下の突き当たり、男湯が左で女湯が右だよっ!!」



「・・・・・・なんやねん・・・?」
「・・・こっちが聞きたい。」
どうも周りから振り回されっぱなしのような気がして、ルビーとサファイアは肩を落とした。
キーホルダーに書かれた部屋番号を確認すると、もはや山登りの続きのようなノリで4階分の階段を登る。
すっかり疲れ切った2人が大きな音を立ててバッグとポシェットを降ろすと、その上に振りかぶっていた たくさんのホコリを発見する。
同じタイミングで自分たちもホコリまみれなのに気がつき、ルビーとサファイアは顔を見合わせた。
サファイアがベッドの上に無造作に置かれたパンフレットに気がつく。
「フエン名物、ポケモンと一緒に入れる共同温泉やて。 あの姉ちゃんが言ってたん、このことやな。」
「名物・・・・・・ねぇ・・・どっちにしたって・・・・・・」
ルビーはある程度動きまわれるよう、軽く荷物をまとめた。
その中からモンスターボールと一緒にいくつかの物を取って、立ち上がる。
「気持ち悪い。」
部屋の外へと歩き出そうとしたルビーの腕を サファイアが掴んだ。
「何?」と言わんばかりの彼女に、うるんだ瞳を向けて超特急で荷物を探る。
「置いていかんといてーな、すぐ用意するねんっ・・・!!」
「わかったから、さっさとしなっ! 男のクセにべそべそしてんじゃないよっ!!」
威勢の良い声が廊下いっぱいに響く。
バタバタと用意を終えると、サファイアは押し出されるかのように廊下へと飛び出した。







今さっき登った階段を降り、ルビーの的確な誘導のもと(サファイアとしては
首根っこを引っつかまれなくなっただけ万々歳らしい)、温泉らしく赤と青の『のれん』のかかった引き戸前へと到着する。
その前で1度立ち止まると、ルビーは小さな荷物の中からモンスターボールを2つ取りだし、サファイアへと突きつけた。
「・・・なんじゃ?」
「ワカシャモとタツベイ。 別に関係ないけど、一応♂(オス)だからそっち入れてくんな。」
あぁ、とサファイアは手を打ち、自分もモンスターボールを2つ取り出した。
中身が、♀(メス)のヌマクローのカナ、チルットのクウであることを確認すると、ルビーへ渡そうとそれらを差しだし・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・たぁーっくるっ!!!」

光の早さで目の前からルビーを奪われ、サファイア硬直。
ルビーも訳も判らないうちに抱き上げられて硬直。 そのまま崩れ去りかねない勢いだ。
天使のように無邪気な笑顔を浮かべると、彼女はルビーを抱いたままくるくると回り、甲高い声を響かせた。
「ルビーッ、サファイアッ、それにD(ディー)もっ!?
 久しぶりぃっ!!」
「スザク!?」
「なしてここに!!?」
一気に場がにぎやかになる。 後からついてきていたD(ディー)も騒ぎ出し、風呂上りの客たちも なにごとかと集まり始めていた。
その視線に気付き、スザクは周りの人たちを避け、ルビーを女湯へと引っ張り込んだ。
「本当に、なんでここに!?」
「えんとつ山から降りてきたから、たまたまってとこかな?」

「えんとつ山だって? 今、立ち入り禁止じゃなかったかい?」
もっとも、ルビーやサファイアが突破できたくらいだから、たいした警戒網ではなかったのだろうが。
えへへ、と笑うと、スザクはジャケットの裏側から金色の物体を取り外した。
『それ』を見せるが、ルビーには意味が判らない。 恐らく、サファイアなら『あっ!』などと声をあげたのだろうが。
「・・・『TP』・・・・・・?」
「トレーナー・ポリス。 正式じゃないけど、一応刑事なの。
 本当は事件が起きた時だけ警察の仕事を手伝うんだけど、一応調査ってことで・・・・・・あっ、そういえば・・・」
スザクはカゴの中に放り込んだジャケットの中から、折りたたまれたハンカチを引っ張り出した。
なぜか慎重に包みを開くような動作でハンカチを開くと、1本の小さなピンのような物をルビーへと見せる。
小さく声を上げ、ルビーはそのピンのような物を受け取った。
「このピアスッ!?」
「あ、やっぱりルビーのだったんだ。 えんとつ山のてっぺんに落ちてたよ?」
不自然になるほどスザクに礼を言って、ルビーは対になるもう1つのピアスと共に 元・落し物を大切にカゴの中へとしまう。
その顔にうっすらと笑顔が浮かんだことに、スザクはほんのちょっぴり目を見開き、気にしていないフリをした。





「・・・ワカシャモやろ、ほいで、んと、こっちがたつへーのフォルト?」
タツベイのフォルテにビシッとツッコミを入れられ、サファイアは2メートルほどすっ飛ぶ。
身体を守るものが何一つないので、そのダメージは計り知れないが、彼は置きあがってシャワーのバルブを開く。
そして、キャアキャアと逃げまわるポケモンたちへと向かって38度の『みずでっぽう』を浴びせ掛けた。

「こらっ、あんまり風呂で暴れまわるんじゃない!!」
案の定(あんのじょう)、お叱りの印としてサファイアは後頭部を軽く洗面器で叩かれる。
サファイアはバツの悪そうな顔で叱った人間へと顔を向ると、大車輪もびっくりなほど派手にこけかけた。
ポケモンセンターへと入った時にサファイアたちを案内した威勢のいい女の人が、ひしゃくやら何やらを持って立っているのだから。
「ちょい待ちやっ!? ここ男湯のハズじゃよ!?」
「知ってるよ、アカが浮きっぱなしの風呂にお客さん入れるわけにいかないだろ?
 それに・・・・・・・・・」
スケベ根性丸出しで女湯との境(さかい)の壁を登っていく男に目をつけると、女の人は近くにあった洗面器を手に取る。
それを投げようとした途端、女湯側から別の洗面器が飛んで来て、男の顔面へと直撃した。
バギッとタライや洗面器がぶつかったとも思えないような音がして、チカン未遂男は壁から落下する。
痛そ〜・・・とか思いながらも、サファイアは心の中で拍手した。
「お客さん〜、ちょっとは手加減しないと死んじゃいますよ?」
「ごめんなさーいっ!!」
壁の向こうから聞き覚えのある声がして、サファイアは冷や汗をかく。



「・・・お見事。」
ルビーは心の中にとどめず、パチパチと手を叩いた。
その真正面ではスザクが跳ね返ってきた洗面器を 華麗(かれい)に片手でキャッチしている。
壁の向こうから 何故か女の人の声で叱られたけど、彼女はそんなことをあまり気にしている様子もなかった。
色とりどりのモンスターボールを手にすると、それらを男の顔が覗きかけた壁の向こうへと向かって放り投げる。

『ほぎゃああぁぁっ!!!?』
『何じゃこりゃあぁっ!?』
『じいさんっ、心臓発作起こしてはならんっ!!』

「・・・・・・いいのかい、何出したのか知らないけど・・・」
「だって、ポケモンも一緒に入っていいって言ってるんだから。
 それよりどう、最近は? 順調?」
早々と頭から湯をかぶり、スザクは周りの状況にすっかり順応している。
すぐに体中泡だらけにすると、自分のポケモンやらコハクのD(ディー)やらルビーのアクセントやらサファイアのクウやらも洗い始めた。
ポケモンたちも特に嫌がる様子もなく、スザクの周りは段々泡で埋まっていく。
「調子悪いの?」
「え?」
「あんまり、顔色良くないよね。 なにか悪いことでもあった?」
「魔女かい、あんたは?」
「ただの、女の子のポケモントレーナーだよ。」
スザクはしっかりと髪にお湯を染み込ませ、頭からお湯をかぶる。
強いクセを持った髪は水分を抱え込んで重さを持ちながらも、彼女の首筋にぴったりと張り付いた。
自分のことにはあまり構わず、スザクはポケモンたちの石鹸(せっけん)をしっかりと落とすと、浴槽(よくそう)へと先に向かわせる。
「この髪とおんなじで、すんごく跳ねっ返りの、ただの女の子だよ。」
シャワーでしっかりと石鹸を落とし、肩を隠す髪をタオルで纏め上げる。
ルビーもえんとつ山でかぶった灰をすっかり落とし、スザクの後を追いかけて湯の中へと沈んだ。

「ただの、ポケモンマスターの女の子?」
何気ない口調でルビーが話すと、スザクは目をパチンと瞬いた。
全く何もなかったかのような素振りを見せて、それでも少しだけ声を潜める。
「いつごろから知ってたの?」
「トレーナー・ポリスに任命されるのは、大体ポケモンリーグの上位入賞者だかんね。
 雑誌の写真を思い出すのは難しくなかったよ。」
「ホントの名前も?」
「あぁ、第4回ポケモンリーグ優勝者の1人、クリスタル・イブニング・グロウ・カラー。」
きょとん、と目を瞬かせると、スザクはしばらく黙り込んだ。
何もない所に視線を泳がせ、こめかみの辺りを指先でトントンと叩く。
やがて、ふぅ、と息をついて張られた湯の上に波紋をつけると、スザクはルビーへと黒い瞳を向けた。
「大正解。 それに、そこまで分かってるんなら、もう1つのことも分かるよね。
 あたしと一緒に優勝した、第4回ポケモンリーグの2人目の優勝者のこと。」


ルビーが軽くうなずくと、スザクは何故か哀しそうな笑顔を浮かべた。
露天風呂から見える、うっすらとオレンジがかってきた空をあおぎ、ごつごつとした岩に頭を預ける。

「・・・ちょっと、退屈な昔話しようか。
 『その』男の子はね、他の人とは違って、ポケモンと話をすることが出来たの。
 あたしはそのことをすごくいいことだ、と思ってたんだけどね、
 現実はちょっと違うみたいで、初めて会ったその男の子は、小さな子供でさえも怖がるような人間恐怖症にまでなってたの。」
声の調子を変えず、本当に何かの昔話を聞かせるよな口調でスザクは話を続ける。
「その代わり、ポケモンに対する才能は恵まれていたと思うな。
 初めて聞くことでも、すぐに覚えられるくらいに頭はよかったし、その子が心を静めるとポケモンの能力を引き出すことも出来た。
 でも、時々そのポケモンの力を引き出す能力をコントロールしきれなくて、周りを傷つけてしまうこともあった。
 そのたびに、その男の子は震えるほど悲しんでたよ。
 その子は、ポケモンと同じくらい、人間も好きだったから。」
ルビーは赤い色の潜む瞳を 下へと向けた。
上手くまとめきれなかった髪が ずり落ちてきて視界を邪魔する。
「どうして、どうしてって、いつも繰り返すその子に、1つの答えを持ち出してきた人がいたの。
 能力を消すことは出来ない、悔やんでいても何も始まらない、だったら、全部忘れてやり直しちゃえばいいじゃないか、って。
 それは実行されたわ。 その男の子の了解を得ないまま。
 そして、大きな問題を残した。」
「問題?」
「確かに、自分がやったことを忘れ、その子は明るくなれたんだけどね・・・
 自分が起こしたことに関連することを全て忘れてしまったから、一緒に残っていた、楽しい記憶まで忘れちゃったの。
 会ったこともある人にでさえ『初めまして』って言って、それでも笑顔で・・・・・・
 ねぇ、似てると思わない? その子と、ルビー(あなた)。」

ルビーは視線をそらすと うっすらと揺れる波をぱしゃんとかき消した。
返事がくるとも思っていないらしく、スザクは淡い光を吸い込んでいた瞳をゆっくりと閉じる。
つぶやくように、ほんの少しだけ唇の先を動かし、深く息をついた。
「・・・ゴールド・・・・・・」




  『・・・・・・・・・君は・・・誰・・・?』



「スザク・・・?」
ひゅう、と空を切り裂く風の音が 地面を蹴って飛びあがった。
妙な間を置いて スザクは自分が呼ばれたことに気付くと、慌てたように瞳を開いて体を起こす。
「あ、えっ・・・なになになに?」
ルビーは水を含んだ髪をタオルで押さえると、そのタオルを目いっぱいの力でしぼった。
ポタポタと落ちていく水滴を見つめながら、あまり大きくはない声で話す。

「湯立たないか?」
「・・・あぁ・・・・・・・・・」
軽く手を打つと、スザクはすっかり暖まった身体を湯の中から引きあげた。
めまいでも起こしたのか、軽くふらつくが そんなことはあまり気にせず、顔を洗い始める。





「・・・・・・・・・タコさんが、826匹・・・」
「くけぇ〜」
「タコさんが、827匹・・・」
「くけぇ〜」
「タコさんが、829匹・・・」
それこそタコのように赤くなっているサファイアは それでもなおタコを数え続けている。
ワカシャモと同じ湯に入って。 炎ポケモンと同じ湯に入っているのでは、湯の温度もどんどん上昇しているだろうに。
「タコさんが、830匹・・・」
「くえぇ〜」
「タコさんが、831匹・・・」
「くえぇ〜・・・」
「タコさんが、32匹・・・」
「くぇ〜・・・」
周りで止めることも出来ず、サファイアがタコを数え続ける様を見守っている男たちは、一斉にツッコミを入れたくなる。
すでに数え間違えたのは5回目、それもご丁寧に飛ばさずに逆戻りして。
最初は呆れ果てていた周囲の人間たちも、段々と泣けてくるような状態になってくる。
騒いでいたサファイアに、1000まで数えてろなどと うっかり言ってしまった人間が悪いのか。
冗談だけで成り立っているようなサファイアなのに、妙なときだけ冗談が通じていない。
「タコさんが・・・551匹・・・・・・」
「・・・くぇぇ〜〜・・・・・・」
「タコさんが・・・・・・552匹・・・・・・」



「・・・・・・あーっ、さっぱりした!!」
いつ、どうやって用意したのか、ゆったりとした(服の)トレーナーとズボンでスザクたちはピンク色ののれんをかきわけた。
数十分前に3人が再会した場所で、高めの天井へと伸びをする。
高々と上げていた手をほぐして だらんと重力の力に任せて下へと降ろしたとき、オレンジ色を帯びた黄色いポケモンと視線が合った。
よろよろと おぼつかない足取りのワカシャモは、ルビーとスザクを見つけるとくけぇ、と声をあげる。
「あら、シャモちゃん! お風呂は気持ち良かっ・・・・・・」


 ドカンッ!!

 バコッ!!

 バタンッ!!

それなりの体格を持ち始めていたワカシャモの腕に、子供の裸足(はだし)が握られていたことに気付き、
スザクとルビーの見事なチームワークで足の持ち主ごとワカシャモは脱衣所の中に閉じ込められた。
ちなみに、最初の音が『足』をルビーが蹴り飛ばした音、それが壁(だろう、恐らく)に当たったのが2番目の音、
おまけに勢いを付けてスザクが扉を閉めたのが最後の音である。
簡単には扉が開かなくなったことを確認すると、ルビーとスザクは顔を見合わせ、親指を立てて合図した。
「ひどいわ、るびいぃぃ・・・・・・」
「黙りなッ、いいからさっさと服着てこいッ!!」
なにごとかと 温泉目当てに来たらしい中高年の客たちがざわざわと集まり始める。
その場にサファイアのカナと羽根が濡れて(ぬれて)飛べなくなっているクウを残すと、ルビーとスザクは自分の部屋へと先に戻っていった。





 ―30分後―

「たぁどりついたわあぁぁっ・・・!!」
隣にルビーがいれば『はかいこうせん』が飛んできそうなほどの大声で サファイアは温泉入り口にて叫んだ。
その迷子に付き合っていたチャチャたちはまだいいが、ずっと待っていたカナとクウにいたっては疲れ果てている。
床にはいつくばるようにして寝ているカナを起こすと(クウはカナの上で寝ていたので問題ないと思ったらしい)
ホウエンの外側まで迷い込むのを覚悟で 自分に割り当てられた部屋へとポケモンたちを連れて向かう。
カナが先を歩き、何だか年寄りくさいロビーへとたどり着くと、サファイアは足を止めた。
いつもの落ち着きのなさとは打って変わり、ポケモンセンターの入り口へと視線を向け、動かない。

「・・・・・・コハク・・・!」
カナもチャチャもクウも、ロビーに集まっている人の魂(たましい)を吸い取りそうなチャチャ2号もモンスターボールに1度に戻すと、
サファイアは見えた人へと向かって走り出した。
迷子の達人とはいえ、目標がはっきりしているため、今度は迷ったりしない。
あと少しで追いつくというときに、コハクは まるで逃げるようにサファイアとは逆の方向へと走り出した。
一瞬驚くが、サファイアはほとんど構わずコハクを追いかけ続ける。
時たま、コハクは後ろをチラチラと振り返りながら、サファイアに捕まらないほどのスピードで走り続ける。
やがて山肌に囲まれた袋小路(ふくろこじ)へと追い込まれると、コハクは足を止めて、サファイアへと振り返った。


「なして逃げるんや、みんな心配してたんねんで!?」
いつにも増しておかしなジョウト弁を駆使(くし)し、サファイアはコハクへと詰め寄った。
だが、あれだけ動きまわっていたコハクは 今度は1度立ち止まった場所から動かない。
何もしゃべらず、口元にうっすらと笑みを浮かべて静かに 自分の元へと向かってくるサファイアのことを金色の瞳で見つめている。
「ルビーにもちゃんと顔みせいや、しょっちゅう口うるそうてかなわんけど、
 おらんおらんて淋しゅうしとったんやから・・・・・・コハク、聞いてんねんか?」
全く口を動かさず、コハクは変わらない笑みを浮かべている。
違和感を感じ、サファイアが立ち止まると トン、という軽い音が耳をついた。
それが砂の混じった大地を蹴る音だと気付いたときには、サファイアは既に地面の上に倒れ込んでいた。
何が起こったのかも判らず、夕暮れの透き通った藍色(あいいろ)の空を見上げていると、その空をコハクの顔がさえぎる。
その顔にゆっくりと笑顔が浮かべられていくと、サファイアは何かに突き動かされたかのように反転して起き上がった。

「チャチャ!!」
モンスターボールに手をかけ、至近距離の少年へとしっかりと向けて、開く。
鋭い爪は岩ポケモン、ノズパスへと弾き返されるが、あわてない。
「ちゃんと口で答えいや!! なして いきなり攻撃してくるねん!?」
声だけはあわてながらも、アクア団やマグマ団と戦いを繰り返したせいか、目だけはしっかりとコハクの動きを見つめている。
コハクは口元で笑い、全くスキのない動きで(それすらもサファイアには判断つかないのだが)自分を守ったノズパスの頭を軽く叩いた。
なめらかな動きでサファイアたちの方向を指差すと、ジジジ・・・と 嫌な音がサファイアの耳を突く。
途端『でんじは』が辺りをおおい、素早いチャチャの動きを止める。
もう、感動の再会にひたっていられる状態ではない。



「カナ、交代や!!」
動けそうにないチャチャをボールへと戻し、風呂あがりでこぎれいなカナを代わりに呼び出した。
ことの次第を判っていないカナの前へと立ち、戦いが既に始まっていることを告げる。
陽も落ち、空気が冷え込み始めてきたフエンの山間、2人の男は睨み合った。


<ページをめくる>

<目次に戻る>