【漢方薬】
数種類の薬草をすり合わせて作った薬。
普通、人間が飲む薬だが、ポケモンに対しても有効である。
とてつもなく苦いためポケモンが嫌がるので、あまりメジャーではない。


PAGE46.手紙


「・・・・・・・・・はぁ、わかりました、すぐ向かいます。」
ルビーはため息をつくと、ポケモンセンターの看護師の人から受け取った受話器を元に戻した。
何の話かな〜っと わくわくしたような視線を向けているスザクへと向き直ると、呆れかえった表情をして1言で説明を済ます。
「サファイア、漢方薬(かんぽうやく)屋で見つかったってさ。」
スザクの目が点になるのも当たり前のこと。 地図で見る限り、漢方薬屋まで3キロくらいある。
どこをどうやってサファイアがそんな遠くまで迷い込んだのか、来世紀末になっても解けることはないだろう。
脱力しながらポケモンセンターを出る2人を見ると、昨日会った女の人が話しかけてくる。

「早いっすね、お出かけですか?」
赤みを帯びた髪を頭のてっぺんでまとめ、軽い足取りに男張りの言葉づかい。
ポケモンセンターの女の人が近づいてくると、スザクは取りつくろって笑顔を作る。
「あ、えぇ、ちょっと友人を迎えに・・・・・・」
「帰り、いつ頃だか判ります?」
スザクの眉が一瞬ピクリと動いたのを ルビーは見逃さなかった。 あくまで表情を崩さず同じ調子で話す彼女を少しばかり感心する。
「さぁ? どうして?」
「昼、うちで取れねぇかなって思って。 ポケモンリーグのクリスタルさんっしょ?」
スザクは、今度は嫌がった表情を隠さなかった。
何か言おうとしたようだが止め、足早にその場から立ち去ろうとする。
その後を追って女の人はスザクを引き止めると、真っ先に頭を下げた。
「ゴメンッ、ゴメンッ!! そういうつもりじゃなかったんだ!!
 いや、オレジムリーダーになったばっかりでさ・・・バトルのコツとか教えてもらえねーかな、とか思ったんだけど・・・」
身長の差もあるのに、スザクの方がずいぶんと大人びて見えた。
わがままな妹を見るかのような視線を送ると、スザクは息を1つつき、一応了承したことを伝えてポケモンセンターを出る。





『まぁだぁ? まぁ〜だぁ〜?』
「うるっさいわ、もうすぐ迎えに来るっちゅうてるやろが!?」
ごくごく当たり前のようにタマゴに話しかける少年。 薬屋を訪れているその他大勢からは かなり怪しいものを見るような目つきで見られている。
しかし、それに気付くようならサファイアではない。
何となく持ってきてしまったノートと一緒に置かれていた
『サファイアへ』と書かれた封筒を開き、中に入っている便箋(びんせん)に目を通す。

『ぱさぱさの音、それなぁに?』
「・・・音て、目ぇ見えひんねか? 手紙や手紙、コハクからや。」
『お姉ちゃんから?』
「コハク男や。」
サファイアはひざで抱えているタマゴに手紙が見えるように 腕を少し落とした。
やはり見えていないらしく、『ふぅ?』と妙な声を出されると、
漢方薬屋の中をせわしなく飛びまわっているチャチャを気にしながら、自分充て(あて)の手紙を読み上げる。
既に 背後にルビーやスザクたちが到着していることに気付かずに。

「『サファイアへ

  何から書けばいいのか、よく分からないんだけど・・・とりあえず、元気そうでほっとしたよ。
  バトルはどう? 少しは勝てるようになったのかな?
  う〜ん・・・サファイアはあんまり積極的に(せっきょくてきに)攻撃してこないから、
  また負けちゃってるかもしれないな。
  でも、1つ保証してあげよう。

  サファイアは強い!

  あ、『おせじ』だと思ってない? 本当だよ、今は勝てなくてもサファイアは絶対に強くなれる。
  サファイアがサファイアだけの戦い方を見つけられれば、1番強いトレーナーになれるよ。
  この手紙と一緒にノートが置いてあったでしょ?
  あれ、サファイア用のアドバイスとか書いておいたから、良ければ使ってよ。
  僕は事情があって、しばらく一緒に旅が出来ないんだけど、また一緒に遊べる日、楽しみにしてる。
  それじゃ、ポケモンリーグ出場の旅、がんばってね!!
  ルビーとあんまりケンカしないようにね。           コハクより』」


「追伸、○月××日におねしょしたのは、絶対に黙ってるから、安心してね。」
「だったら、自分で言うんじゃないよ・・・!!」
頭のてっぺんを肘でぐりぐりされ、サファイアは大福のようにつぶれていく。
やられ慣れて、ルビーの握りこぶしと『ひじ』と『ひざ』と足の感触を覚えてしまった辺りが悲しい。
最近手加減してくれるようになったなぁ、などと しみじみと感じながら、
サファイアは白い表紙のノートにはさんであるルビー充ての封筒を引っ張り出して 背後の彼女へと差し出した。
「コハクからや。」
「・・・えっ?」
振り向くとルビーもスザクもずいぶんと驚いた顔をしていたが、サファイアは驚かない。
その後ろで チャチャが漢方薬の薬びんの中に頭から突っ込んでピクピクしている方がよっぽど問題だったからだ。


「おんやまぁ・・・」
「いや、いやいやいやいや・・・・・・薬屋のばっちゃん、「おんやまぁ」じゃあらへんって・・・
 チャチャ死んでまうでないか、って、ちゃあちゃあっ!!?」
慌ててサファイアは 臭いにおいを放つ薬瓶からチャチャを引きずり出す。
吐きそうなほどのにおいのチャチャをモンスターボールのなかへと閉じ込めると、ぜぇぜぇと息を吐きながらルビーとスザクへと視線を戻した。
真剣な表情の2人の視線が、サファイアへと突き刺さる。

「・・・サファイア、どこで見つけたの?」
何とか口調を押さえてはいるが、スザクの口調は声が裏返りかけ、冷静さを保ち切っていない。
おろおろとルビーを見るが、彼女も「教えろ」と目で脅して(おどして)いる。
自分のためのノートと封筒を胸に抱えると、サファイアはタマゴをしっかりと抱え込んだ。
「コハクと戦うて、そのまんま寝てしもたあと、起きたら置かれとった。」
「どこで戦ったの?」
「スザク。」
ルビーのキレイな声が小さな店の中を通過する。
黒髪を後ろでまとめた彼女がサファイアから視線をそらすと、ルビーは諦めたような顔で首を横に振った。
「サファイアに聞いて、判ると思うかい?」
あぁ、と小さく声が上がり、スザクはがっくりと肩を落とす。
ここまで自分の方向感覚は疑われているのかと思うと、サファイアは少し悲しくなった。 迷うだけ迷って ここにたどり付いているのだが。


「コハクの奴っ、判っててサファイアを選んだんだ、気に入らないね!!
 いつもいつも何でも知ってるような素振りで、ニッコニコしやがって・・・・・・!!」
「そういう奴だから・・・」
ため息をしっかりとつくと、スザクは店の奥の畳の上に腰掛ける。
モンスターボールを1つ外して ひざのうえで転がすと、パッチリとした目をルビーとサファイアへと向けた。
「よっぽど追い詰められない限り、本心をしゃべろうとしないの。
 自分から姿消しといて、こんなの贈ってきたってことは、多分何かあったっていう証拠。 多分、ホウエン地方のどこかにいるわ。
 これ以上をあいつの口から引きずり出すなら、探して、追って、追い詰めて、自分たちの手で捕まえるしかないわね。」
「出来りゃ〜苦労せんわな・・・」
『やられた、やられた〜!!』
「うるさいわっ!!」
ほとんど完膚(かんぷ)無きまでに叩きのめされたことを思いだし、サファイアはらしくもなくため息をつく。
白い表紙のノートを見ると、22行掛けのページに文字がいっぱい。 頭も痛くなる。
頭のてっぺんをつつかれ、サファイアは顔を上げた。
すると、スザクと、後ろでルビーも、サファイアのことを何か奇妙なものを見るかのような目つきで見つめている。

「・・・・・・何やねん?」
人の頭ほどもあるタマゴに寄りかかりながら、サファイアは2人を見上げた。
疑いの顔つきで スザクが軽くタマゴを叩くと、『む〜?』と青色のタマゴは声をあげる。
ルビーがサファイアと目を合わせないようにしながら、声をかけてきた。
「サファイア・・・一体、誰に話しかけてんだい・・・?」
「へ?」
そっちこそ何を言い出すんだ、と言わんばかりの表情で サファイアは顔を上げる。
「せやかて、しゃべるんやもんタマゴ君。 返事返さなあかんやん。 なー?」
『なー?』
返事を出すタマゴを見て、ほらな、とサファイアは顔を上げる。
だが、スザクもルビーも不可解な顔をして、ますます怪しいものを見るような視線を向けるだけ。
付き合ってられないとばかりに背を向けるルビーを尻目に、スザクはしゃがみ込んでサファイアと視線を合わせた。
「あのね、サファイア。 あたしたちには聞こえないの、そのタマゴ君の言葉。」
言っていることの意味が判らず、サファイアは首をかしげる。
ウソの無い真剣な瞳でタマゴを見ると、スザクは言葉を付け足した。
「もちろん、サファイアが言ってることがウソだなんて思ってないけどね。」


言葉の解読に困り果て、サファイアは立ち上がってルビーの顔をわざわざ覗き込みに行った。
「ルビー、タマゴしゃべってんよなぁ?」
ルビーは自分充ての手紙を開きながら、判りやすく首を横に振る。
大きな茶封筒の中に、ポケモンに持たせるための小さなメールが入っている。 それを更に開き、内容を見るとルビーは眉を引きつらせて固まった。
サファイアとスザクがルビーの肩越しに覗き込み、同じように固まる。

『ルビーへ






        がんばれ






                 コハクより』

「・・・え〜っと、サファイア、ジム回ってるんだよね?
 この町のジムリーダーにお呼ばれしてるんだけど、よかったら一緒に行かない?」
スザクが必至に話題をそらす。 コメントを考える気力も起こらなかったらしく、2人は素直にその提案に従った。
30分ほど世話になった 薬屋の老婆(ろうば)に礼を言って、小さな地図を片手にフエンの町を歩く。




シダケタウンの総合病院、カルテの整理をする音が静かに響く。
病院勤務(きんむ)の6人のうち、3人がいなくなってしまったのだ、倍の量をこなさなければならない、彼女も楽ではない。
「外れてしまいましたね・・・」
ヘムロックはつぶやくが、返事はこない。
その部屋には彼女以外の人間がいない、同じく居残り組になったアオキ(中年男)は別の作業が残っているし、
看護師科のマキは病院の巡回に行っている。
ポケモンドクター見習いのアルムはポケモンセンターにいるわけだし、話しかけても60%くらいの確率で無視されてしまうし。
あまり明るくない部屋で彼女はひとり、カルテの整理に励む(はげむ)。



宣言通りにスザクがフエンジムまで来たことを知ると、新米ジムリーダーは跳ね上がるほど喜んだ。
わざわざ自分から出迎えに行って、ルビーとサファイアともども、ジムの中に招き入れる。
そこまでせずとも良かろうに、昼食の用意までして。
「うっわぁ、メチャメチャ感激ッス!!
 俺・・・じゃなかった、フエンタウンジムリーダー・アスナ、あなたに憧れてトレーナーになったんス!!」
ありがと、とスザクは作り物の笑顔を見せた。 慣れているようで、不自然さはないのだが。
ついてきた2人をアスナへと紹介すると、彼女は話を持っていかれないうちに自分たちの話題を切り出した。

「この子が、あなたと同じ、新米トレーナーのサファイア君。
 各地のジムを回っているらしいの、あなたの実力を見るのも兼ねて(かねて)、ジムバトルしてあげられないかしら?」
ずいぶんと機嫌がいいらしく、サファイアが軽く頭を下げた瞬間にアスナはあっさりとOKを下した。
落っこちそうになるタマゴを抱え直しつつ、モンスターボールの中のポケモンたちをサファイアは確認する。
昨日のバトルやら漢方薬屋で大騒ぎしたことやらで、とても戦える状態ではなさそうなのだが。
参ったな、と首をすくめて、サファイアはスザクに1番傷のひどい カナのモンスターボールを差し出す。
「・・・・・・アスナさん!」
スザクは受け取ったモンスターボールを高々と上げて アスナを呼び止める。
「さっ、ささささん!? やめて下さいよっ、アスナで充分ッス、クリスタル様っ!!」
「そっちだって、『様』付けは余計だと思うんだけど・・・
 サファイア君のポケモン、回復出来てないみたいなんだけど、ここ、回復装置ってあるの?」
「あっ、はい、大丈夫っす!!」


 戦うことになんか、興味はない―――

ルビーは話に入ることもできず、背を向けてポケモンジムから出ていった。
その様子は全くの他人から見れば、ジムリーダーに勝利してジムを去るポケモントレーナー。
すれ違う時に 小さくほぅっと声が上がるが、そこは無視してルビーはどこか人のいない場所を探す。
足を急がせた瞬間、人と正面からぶつかってしまうのだが。
「あ、わる・・・」
立ち去ろうとするが、ルビーの首はぶつかってしまった人へと向けて固定されていた。
「コハ・・・・・・・・・!!」
驚きの瞳で見つめ、何事もなかったかのように去ろうとする人間を 思わず腕をつかんで引き止める。 ルビーと同じ年頃の、パーカーの少年を。
だが、一瞬後で、ルビーは掴んだ腕を離していた。
同じ金色の瞳ではあるが、茶髪にまつげの長い瞳、それはカナズミからシダケまで一緒だった彼女だったから。
その足元で、ポケモンセンターに置いてけぼりにされていたD(ディー)が くりくりした黒い瞳でルビーのことを見上げている。

「悪い、人違い・・・・・・」
「あたし コハクだよ?」
「気休めはよしとくれ、楽しく騒いでるような気分じゃないんだ。」
クツクツと笑うと、茶髪の少女はコハクによく似た、それでも少し違う笑顔を向け、小さく手を振った。
軽くうなずいてルビーはまた人のいない場所を求めて歩き出す。
「またね」
遠ざかって行く背中を見送り、茶髪の少女はまた笑って、風のように姿を消した。





マシンのランプが レッドからグリーンへと変わった。
中へと預けられた4つのモンスターボールに爪がかけられ、取り外される。
「ほい、あんたが預けたポケモンたち!!
 ぜぇ――――――ったい、負けねぇんだからな!!」
「当ったり前や、こっちこそ、やったるで〜。」
ボールをホルダーへと戻しながら、サファイアは挑戦的に見えるようにアスナに視線を投げる。
どうにも昨日から調子が悪く、腹に力も入らないのだが。
昼前で腹が減っているせいだと勝手に解釈(かいしゃく)し、サファイアはバトルフィールドを探して辺りを見回す。

「そいじゃクリスタル様ッ、恐れながら審判をお願いしますっ!!」
苦笑するスザクをよそに、ジムリーダーのアスナは2メートルはありそうな大きな岩戸を開く。
10センチと開かないうちに、中から大量の霧(きり)が吹き出し、サファイアとスザクは思わずむせ込んだ。
硫黄(いおう)臭さが充満するなか、扉が完全に開かれると 今までに見たこともないような大きなバトルフィールドが 目の前に広がっている。
感心してサファイアが息をつくと、アスナは どうだ、とばかりに腰に手を当てて見せた。
「フエンジム名物、湯けむりバトルフィールドだよ。
 すぐ近くにカンケツセンがあるんだ、それで、この中はサウナ並みの高温多湿を保ってるっつーわけ!!
 あ、もちろん人間に害が及ぶほどじゃないから、安心しなよ?」
得意げに鼻をこするアスナに サファイアは笑い返した。 決して上品な笑いとも言えないが。
アスナが言った『湯けむり』なのか、それとも霧なのか、水蒸気なのか、白く曇る世界をゆっくりと歩いて挑戦者サイドへと立つ。
頭のクラクラは治まらない、ぼうっとした頭でアスナサイドを見るが、煙で人が見えるような状態ですらない。
そのせいか、サファイア本人を含め、誰も気付いていなかった。
ジョウト地方を騒がせた名前、彼本人が自分につけた名前と同じように、その黒い瞳が
決して強くはないが、蒼く(あおく)光りはじめていたことに・・・・・・


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