【バトルフィールド】
本来、ポケモンバトルをやるのは野原や森などの誰もいない場所に限定されている。
これはトレーナー以外の人間に対しての被害を最小限に押さえるためであり、
ポケモンが持てる力を最大限発揮させるためでもある。
また、土地ごとの特性を活かすのも自由であり、
ポケモンジムなどはジムリーダーが自分のやりやすいよう構造を作り変えているところもある。


PAGE47.赤い炎と白い場所


「昼前だから、1VS1のバトルでいいよな!?」
普段からこんな大きな声を出しているのだろうか、
10メートルくらいあるのではないかと思えるバトル場の端から端まで アスナの声は簡単に届く。
「おぉ!」と負けじとサファイアが下っ腹に力を込めて大声を出すと、見えはしないが 慣れた動きでモンスターボールを手に取った。
自動審判装置のランプが 一斉に光る。



「行くんだ、コータス!!」
モンスターボールの割れる音が鳴った瞬間、気温が一気に上昇してサファイアは思わず鼻をこすった。
辺りを包む湯気もいっそう増し、ほとんど視界が利かない。
なぜかふらふらしながらも、サファイアはモンスターボールを見えないポケモンへと向ける。
「・・・頼ってばっかですまんな。 頑張っとくりや、カナ・・・!!」
愛用のボールが手のひらから零れ(こぼれ)落ちる。
大きなヒレの目立つサファイアのポケモンは 出るなり戦うことを無視してサファイアへと駆け寄った。 それを彼は片手で制す。
湯けむりで全く姿の見えない相手を 必至で探しながら。
「ヘーキじゃ、昨日、夜遅かったから寝ぼけてんねんな。 戦っとるうちに、目ぇ覚めるわ。」

深くうなると、ヌマクローのカナはゆっくりと体を回転させた。 ピクピクと頭のヒレを動かし、相手の出方をしっかりとうかがう。
ほとんど使い物にならない目の代わりに、耳の神経を研ぎ澄ます(とぎすます)と、大きな動物の足音が耳に入る。
それは、スタートの合図には充分過ぎるほどの 鉄砲の音。
「コータス、『のしかかり』!!」
白煙を突き破って、甲羅(こうら)の黒い赤いカメのようなポケモンが上空に現れる。
体はさほど大きくもないが、避け切ることができない、カナはとっさに受け止めるが押し切られ、背中から地面へとぶつかる。
「『みずでっぽう』で押し返したり、カナ!!」
サファイアが出せるだけの大声を出すと、カナは自分の上にいるコータスへと向け、水流を吐き出す。
思っているよりも効果はあり、苦しそうな悲鳴を上げると 赤いポケモンはカナから弾かれたかのように飛びのいた。
近づいて戦うのは危険と判断し、サファイアはカナを連れて広いバトルフィールドを走りまわる。


「なんだなんだぁ? もう逃げんのか?」
「ちがわぁっ!!」
反論した声で居場所がばれ、バンバン火の固まりが飛んでくる。
走りまわっていたおかげで直撃は逃れられる(のがれられる)が、それでもカナの身体についた小さな傷は無視できるものではない。
『ひのこ』が飛んでこなくなったのを確認すると、サファイアはその場に座り込んでぜぇぜぇと息を荒げる。
はっきりした光も見当たらないのに、蒼い瞳がうっすらと輝く。

「こっちば向かん!!」
おずおずと近寄って来たカナをサファイアは叱りつけた。
びくりと身体を震わせながらも、言ったとおりにピクピクと頭のヒレを動かすカナの様子を、よくよく確認する。
始まってからそれほど経っていないのに、ダメージは小さくない。
必死になって、サファイアはコハクから渡されたノートの内容を思い出す。 まだ3ページも読んでいなかったが。
「かきくけコータス、タイプは炎・・・ほのお・・・・・・炎ば弱いんは・・・・・・」
全部口に出してしまいたいのをぐっとこらえて、ぶちぶちと口の先だけで何かをつぶやいて。
音の立たないように、大きく息を吸って吐くとサファイアは真っ白な空間を睨んで立ち上がった。
「・・・・・・・・・‘カナ’『マッドショット』や。」





一方、アスナはサファイアの姿を探す。
相手が水タイプだと判った以上、1発でも直撃を受けたら決定打になりかねない。
こっちの姿に気付かれず、相手に攻撃できれば理想なのだが・・・
「あーっ、チョロチョロネズミみたいに逃げやがって・・・!!
 こんだけ『えんまく』を張っとけば、まず見つかりっこないと思うけど・・・・・・」
アスナのコータスからは湯けむりにも似た白い煙が もくもくと上がっている。
タイプが有利なら闇雲(やみくも)に攻撃してきてもおかしくないだろうと、彼女なりの必死の防御策だ。
無論、アスナたちも視界が利かないので耳の感度をどんどん上げていく。

「・・・!」
アスナは殺気を感じ、思わず身を伏せた。 黒い固まりが2メートルほど横をかすめ、壁へぶち当たって大きな音を立てる。
声は上げず、彼女は黒いものが飛んで来た方向へと向かってコータスに『ひのこ』を撃たせた。
だが、視界の利かない場所でのバトル。 確かな手応えも感じられず、1人と1匹の逃げる足音だけが響いていく。
「・・・・・・なんだよ、今の当てる気のない攻撃は・・・?」
首をかしげながらも、アスナは一旦警戒態勢を解く。 ひとまず、すぐに攻撃してくるような様子はないからだ。
途端、バァンッ!と大きな音が鳴り、アスナはビクッと体を震わせた。
同じような大きな音が 何度も何度も大きなポケモンジムの中を反響する。
何事かと反応も出来ずアスナが呆然と立ちすくしている中、20数回音が鳴り響き、再び水を打ったような静けさが戻っていく。



「何が・・・!?」
「カナ、『とっしん』じゃ!!」
一瞬の静けさを破ってヌマクローが煙をくぐり、コータスへと組みついてくる。
強くはないが、『みずでっぽう』を1発。 悲鳴をあげる相手を さらに押さえ付ける。
後を追って姿を現したサファイアを見つけ、アスナは疑問を投げ付けた。
「どうして・・・っ!?」
「・・・カナのな・・・・・・」
見上げたサファイアの瞳が蒼く光る。 驚くほど冷静な声で彼は先を続けた。
「カナの・・・泥ん中でも動き回れる視力やら感覚やら、ナメたらあかん。 ワシら負けられへんねや、ほいで、このバトル絶対勝てるようしたった。
 大人しゅう降参しはったほうが賢明やで。」
自信ありげににやついたサファイアを見て、アスナは怒りで顔を赤くする。
コータスにカナを振り払わせると 大きな声を張り上げてまっすぐにそのカナを指した。

「負けられるかよっ!!
 最大技だ、コータス『オーバーヒート』!!」
先ほどのカナの出した音に負けないほどの大きな足音を鳴らして地面を踏みしめ、コータスは相手の水ポケモンを睨み付ける。
顔を真っ赤にして、黒い色のカメの甲羅の隙間から 真っ赤な炎をのぞかせ、一気に炎を背中の穴から噴き出した。
気温が一気に10度も20度も上昇し、サファイアの鼻からも汗が噴き出す。
「相性の差が何だってんだ、炎ポケモンは力押しの種族!!
 あーだこーだ考えずに とにかく攻めて攻めて攻めまくるっ、それしかねぇんだっ!!」



「・・・・・・使うたな?」
サファイアが鼻の汗を拭いながら笑う。
一緒に戦っているカナは地に伏しているものの、まだ動けなくなっている、というほどではなさそうで。
それにもう1度攻撃しようとしたとき、アスナは異変に気付いた。
足をふらつかせ、先ほどよりもっと顔を赤くしながら 真正面でにやついている少年を睨む。
「・・・何をした・・・・・・!?」
「炎が燃えるんに、何が必要か・・・知っとるか?」
言った直後、サファイアは倒れた。 ほとんど体を動かさず、自分の手で自分の口を押さえている。
その様子と自身の息苦しさ、それにコータスの苦しむ様子でアスナは直感的に思ったことが当たってしまっていることに気がついた。
反射的に先ほどサファイアとカナが攻撃を加えた壁を見ると、思ったとおり、泥がべっとりと貼りついている。
「こいつ・・・通気孔をふさぎやがった!? 酸素がなくなれば炎は使えないからってか!?」
アスナが通気孔に気を取られているうちに カナがコータスに目一杯の『とっしん』攻撃を仕掛ける。
炎の勢いが弱まっているせいか、コータスは数メートル吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。
審判装置がサファイアの勝利を告げるなか、カナはもう1度攻撃を仕掛け、強制的にコータスをモンスターボールへと戻した。


「・・・・・・なんて子・・・!」
どこから取り出したのか、酸素マスクを口にあてながら スザクはサファイアを担いで(かついで)来たカナを見て声をあげた。
その後ろからモンスターボール片手に 顔を真っ赤にしたアスナ。 すぐに酸欠だと判り、スザクは自分の酸素マスクを彼女に渡す。
息をしっかりと止め、サファイアを担いだまま外への扉を開くカナを見て 感心するやら呆れるやら。
重い扉が開かれ、冷たい風が流れ込む。 その空気を胸いっぱい吸い込みながらスザクは勝者の横顔を見つめた。
「そりゃ、酸素が薄くなれば炎は弱まるけど・・・・・・普通やらないでしょ?
 1歩間違えたら 自分たちも危なくなるような作戦なんて・・・」
サファイアが息を吹き返し、まぶたの間から黒い瞳をのぞかせる。
2秒としないうちに息を整えて 今さら気が付いたようにキョロキョロと辺りを見まわした。
しゃがみ込んで自分のことを見るスザクを ぽかんと見つめ返したまま、たった今目覚めた表情で 滑るように動く口元をじっと見て。
「それとも、それが君たちの戦い方なの?」





大の大人が、それも体格の良い男がへとへとに疲れ果てている姿は、端から見ればそうとうおかしな印象を与える。
それが制服を着た警察官ならなおさら。
3日間も休みなしで働き詰めでは、そうなるのが普通というものなのだが。
「・・・・・・ミス・ホワイトケープ、少し休ませて下さいよ・・・」
警官の1人が悲鳴を上げる。 数メートル先の女性警察官へと向かって。
数日前にサファイアと出会った ブルーと言う名のトレーナーポリスは、なんということもない動作で振り向くと銀の瞳を瞬かせる。
「まだ終わっていないじゃない、雨が降ったら足跡は全て消えてしまうわよ?
 7年前と4年前、マフィアが出たというのに全く役に立たなかったのは、一体どこの組織?」
「・・・警察、です。」
「だったら働きなさい!」
ひぃっと悲鳴が上がるなか、彼女もまた、現場検証を黙々と進めていく。
働き通し、という意味ではブルーも他の制服警官たちと同じはずなのだが、彼女は全く疲れる様子を見せない。
どんな体力の差があるというのか。

「・・・・・・おかしいわね。」
「何がですか?」
横に黒いポケモンを従え(したがえ)、ブルーというトレーナーはうつむいて口元に手を当てた。
何を考えているのか判りにくい視線の先には、やたら踏み荒らされた地面が残っている。
「子供の靴跡みたいなのが残っているのよ、ほら、これ。」
焦げた跡やらなにやらの残る地面の上を彼女は指差した。
こすれて出来たような線の上に、警察でなければ見逃しそうなほどうっすらと、大人のものより1周り小さな靴の跡が残っている。
「おかしくなんてないですよ。
 騒動のちょうど7日目に子供が乱入してきて大騒ぎになったの、忘れたんですか?」
「忘れてはいないわ。 でも、これ女の子の靴よ。
 乱入してきたのはBOY・・・少年2人、なのに靴跡は男の子1人分と女の子1人分・・・数が合わないわ。」
よく判っていないようで制服警官が首をかしげると、ブルーは立ち上がった。

「・・・2日前、TP(トレーナーポリス)の人間が尋ねてきたらしいわね。」
「え、えぇ・・・黒い髪の女の人だったそうです。」
「気になるわね。」
自分のポケモンに足跡のにおいを覚えさせると ブルーはどこかへと歩き出す。
難しい顔をして、ホルダーに取り付けられている別のモンスターボールを手に取りながら。
制服警官はその背中へと向けて呼びかけた。
「黒い髪の女の人なんて、いっぱいいるじゃないっすか――っ!!」
「TPでその条件に合う人なんて、5人もいないわ。」


ブルーは黄色みを帯びたモンスターボールから大きな翼を持ったポケモンを呼び出すと、その背中に飛び乗った。
風で飛んでいかないよう、帽子を目深(まぶか)にかぶり直し、大きく地面を蹴って飛び上がらせる。
あ〜あ〜あ〜と声を上げながら、制服警官はため息をつき、大きく手を叩いて仲間たちへと呼びかけた。
「おーい、休憩が出来るぞ〜。」


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