【ポケモンの道具】
4年前より、ポケモンに道具を持たせてバトルさせることが許可された。
ただし、『きずぐすり』や『むしよけスプレー』などの道具は
ポケモンが自分の意思で使うことは出来ず、持っていても役に立たない。
この制度は設立されてから日が浅く、トレーナー相手の会社、企業は、
体力を回復させるきのみや様々な効果を持った道具の開発を日々進めている。


PAGE48.海風の吹く町で


「やぁっ!!」
灰色のボールが地面についたかと思った瞬間、真っ白な煙が もうもうと立ち込め、
草むら色をしたパチパチと音の鳴るポケモンは 悲鳴をあげて逃げ出した。
近くに生息する他の野生ポケモンたちもパニックを起こしている。
そのスキに ミツルはゴニョニョの『ぺぽ』と一緒にすたこらさっさと逃げ出していった。

ミツルの持っているポケモン図鑑は 先ほどの草色のポケモンの名前を教えてはくれない。
代わりにピピピ音が鳴り、携帯電話に出るような動作でミツルは赤い図鑑の表紙を開く。
いつ・・・とは決まっていないが、1日置きに ポケモン図鑑には違う文字が表示されていた。 まるで、ミツルを見守るかのように。


『げんき?』

「はい、元気です!!」
たった一言出された文字に ニコニコしながらミツルは決定ボタンを押した。
モンスターボールから出しっぱなしのぺぽが視界の端から消えないように気を付けながら、ひたすら太陽へと向かって歩く。
送信完了の音が鳴ると同時にポケットに図鑑をしまい、青い青い空を見上げた。
「便利ですね、からくり屋敷でもらった『けむりだま』。 ボクたちみたいな実力のないトレーナーだと、特に。」
「・・・・・・」
声が小さ過ぎて聞き取れないが、ぺぽは手やら何やらを動かしてミツルに迫った。
その様子が面白くてミツルは笑う。
ゆっくり休ませるため、あいは今モンスターボールの中。
ぺぽと2人、陽の当たる道をミツルは歩く。





「ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!ルビー!」
「1回言えば聞こえるっ!!」
手に入れたバッジを振りかざしながら突進してくるサファイアに ルビーは『カウンター』攻撃を返す。
噴煙(ふんえん)を上げてサファイアが地面にのめり込んだ頃、ようやく後から来たスザクとアスナが到着し、ルビーは話を聞く体勢に入った。

「いなくなってたから、ちょっと心配したよ?」
ほんの少し、腰をかがめてスザクはルビーのことを見る。
はっきりとした黒い視線に見つめられ、耐えられなくなったのか彼女は視線をそらした。
「別に、どこ行こうが何してようが、あたいの勝手だろ?」
「旅の準備してたの?」
「・・・・・・何で判る・・・」
軽装のルビーは眉を引きつらせながらスザクへとたずねる。
クスクスと笑う彼女に「勘(かん)」と一言で片付けられ、行き場のなくなった疑問をため息と共に吐き出した。
地面へとのめり込んでいるサファイアを引っ張り出そうとしているアスナをも気にせず、2人の会話は普通に進んでいく。
「で、どこ行くの?」
「山降りて、もう1回ハジツゲまで。」
「ハジツゲ!?」
のめり込んだ頭が抜けた衝撃で吹っ飛んでいくサファイアを観察しながら、アスナが声をひっくり返す。
「ここからだと、かなり時間かからないか? 2回も山登りしなきゃならないじゃないか。」
「・・・他に道がないんだから、仕方ないじゃないかい。
 人は空を飛べやしないんだから。」
ルビーの進路に スザクは驚いているのか呆れているのか判らない表情をして、アスナはう〜んとうなる。
よろよろとサファイアが秘境を超えて戻ってきたころ、アスナが3人をその場に残し、ジムへと走り出した。
5分としないうちに戻ってきた彼女の手には 潜水用具のような物が抱えられている。


抱えてきた物を降ろし、その中のゴーグルをルビーへと見せるとアスナは話し出した。
「オレのお古だけどさ、これ使えば111番道路の砂漠も進めるだろ。 あっちを通れば少しは近道になるからさ。」
押し付けるようにゴーグルを渡し、アスナは笑みを見せた。
返そうとしてルビーが睨み付けると「新しいのを持ってるから」と先手を打って完全に押し付ける。
ちょうど自分の顔に合いそうなゴーグルを見つめると、ルビーは諦めてアスナへと礼を言った。

事情を飲み込めないサファイアに対してはスザクが細かく説明する。
ルビーがハジツゲに行く、と聞くと、彼は複雑な顔をして首をかしげた。
「・・・困ってしもたな。 ワシ、他のジム行きたいんやけど・・・・・・・・・」







大きな市場のある海の見える街へと到着すると、ミツルは歓喜の声をあげた。
海風から守るために1つ1つの建物が低く作られていて、どこまでも深い色の青空が広く続く。
にぎやかな声が耳をかすめるのが判ると、高ぶる気持ちを押さえることが出来ず、早足で歩き出す。
見たいところはたくさんあるけど、ひとまずはポケモンセンターを目指して。

「港町カイナシティ、か・・・」
人の肩から逃げながら 好奇心のかたまりの瞳でミツルは市場を歩く。
まっすぐには歩かず、しゃがみ込んで道端の店をながめたり、植木にほんの少しお邪魔して鉢に座ってみたり。
街の入り口にあった地図から考えて、そう遠くはない距離をたっぷりと時間をかけて歩く。
地べたに座って商売している男がかけた音楽が、自然と耳に入ってくる。


 『――― キミの心へ 必ず届くよ♪

  聞こえてくるよ 魔法のコトバ  勇気をくれる炎を呼び出す
  あふれてくるよ 魔法のコトバ  光のような優しさくれる――――――』

アップテンポの曲調に合わせて 自然と体が動く。
ポケモンをボールから出しているトレーナーが多いことに気付き、それに合わせてあいとぺぽを呼び出すと、笑顔は一層輝いた。
「お、なんだ坊? ここの部分まだ聴いてなかったのか?」
自分のことが呼ばれたのが判り、え?とミツルは露店の男に顔を向けた。
声は出なかったが、店の男は構わず自慢気(じまんげ)に自分の話を進めていく。
「知らねぇってことはねぇだろう? 今年のポケモンリーグのイメージソングだしな。
 まー、面白いこと考え付くよな、これ作った・・・作曲家だか作詞家だか唄ってる子だか・・・・・・・・・まぁ、どれでもいいけどよ。
 歴代のポケモンリーグの優勝者と準優勝者をイメージしたサビの歌詞を1個ずつ作って、CD買う奴にその中の4つだけ選ばせるなんてよ。」
「4つ・・・・・・? 他にもあるんですか?」
「何だよ、知らなかったのか。 過去7回、14人分の曲があってレコード屋で注文して焼いてもらうんだよ。
 だからちょっと聞いただけじゃ同じ曲だが、買った奴によってサビの部分がちょっとずつ違うってわけさ。」
興味薄そうにうなずいたミツルを見て、露店の男は苦笑する。
やがて、他の客を見つけるとそちらに注意が移ったようで、再び話しかけてくることはしなくなった。
つなぎ合わせたとは思えないほど自然に2番を歌い始めたCDを耳にしながら、ミツルは立ちあがる。
「どこかで聞いたような・・・」
軽い疑問を持ちながら、歌い続ける黒いCDラジカセを 横目で見つつ。



あっけないほど早くポケモンセンターの前まで到着し、ミツルたちはガラスの自動ドアをくぐった。
初めて見るセンターの中は、午後の光を飲み込んで白く 潮の匂いが立ち込めている。
それがトレーニングで海に行っていたポケモンたちのものだと判ったとき、ミツルは誰かに押されてよろけ、カウンターへと寄りかかった。
「いらっしゃいませ、ポケモンの回復ですか?」
「は、はい・・・回復と・・・あと・・・・・・・・・」
カウンター向こうの壁と同じ白い服の女性は 笑いをこらえながら話しかけてきた。
「あと、部屋を借りたい」と言おうとして、ミツルは止まる。
正規のトレーナーなら、トレーナーカードを出せばすぐにでも泊まれるが、ミツルはそうはいかない。
長旅になりそうなのも予感しているので、家から持ち出した金を宿泊料にする勇気も出ず しどろもどろしていると
背後からやってきた人間が自分のトレーナーカードをカウンターへと叩き付けた。

「部屋の手配を。」
「あの、ポケモンの回復の方は・・・・・・」
「いらぬ。 部屋だけで充分じゃ。」
「はっ、はぃっ!!」
受け付けの女性は慌てて部屋を用意するため、ぱたぱたと奥へと引っ込んでいく。
割り込んできたトレーナーが顔を上げると 絹糸のような腰まである長い黒髪の間から 顔立ちのはっきりした女の顔がのぞく。
女トレーナーはミツルを横目で見ると、威圧的な笑みを浮かべ話しかけてきた。


「これで良いのであろう?」
「・・・え?」
びくびくしながらミツルは長い髪の女に聞き返す。 キルリアのあいが自分と女の間に立ち、警戒した視線を送っている。
黒い髪の女は満足げに笑うと、小さく鼻を鳴らしてミツルを見た。
「カイナには知り合いの知り合いがおって、今宵(こよい)はその者が用意した宿に泊まることになっておる。
 時と場合によっては、今わらわが取った部屋を、貴様に貸してやらぬでもないが?」
話している言葉が判らず、ミツルは5秒ほど固まった。
やがて、それが自分を助ける言葉だと気付くと急に動きがよくなり 威圧的な口調の女の顔を見上げる。
「お願いします!!」
まっすぐな視線で叫ぶと、女は再びミツルを見下ろして笑った。
パタパタと戻ってきた受付の女性からカギを受け取ると、それを指先で回しながらロビーのソファへと向かう。
慌ててあいとぺぽを同じ女の人へと預けると、ミツルはその後を追ってソファへと沈んだ。

「あの、ありがとうございます。」
落ち付かない動作でミツルは黒い髪の女へと頭を下げた。 女はどっかりとソファへと腰掛けると、持っているカギを自らの手で握り締める。
「渡してやっても良いが、1つ質問に答えてるのじゃ。 貴様、何故(なぜ)追われておる?」
ピクッと目が動き、女を上目づかいに見上げる。
何気ない世間話をするような動作で ミツルは心の中の警戒心を解かず、声のトーンを少し落とした。
「・・・誰に?」
「知ったことではないが、貴様の親御(おやご)などという生易しい(なまやさしい)ものではないな。
 引き抜かれるほど実力を持っているとも思えん。 興味半分でおかしなものでも拾ったのではないか?」
ミツルは眉をひそめ、『心当たり』を気付かれないようにそっとさわった。
だが、ポケットの中のそれを手放してしまったらミツルの旅が終わる。
戦うこと、逃げることを覚悟して息を飲み込むと ミツルは目の前の女を睨んだ。
「・・・・・・話したら、警察に言うんですか?」
「何を申す、奴らに関わろうと思ったことなど ただの1度もないわ。」
「あなたの名前、教えてください。」
「・・・マオじゃ。」

しばらく自分のひざを見つめ、ミツルは彼女にこれまでの経緯を話す。
それまで病気だったこと、あいが持ってきた石に触れたら病気が治ったこと、その日のうちにアクア団と名乗る男に追いかけられたこと。
逃げ延びた先でポケモン図鑑に導かれ、旅に出る決意をしたことも。
マオと名乗った女は それらの話をうつむいたままじっと聞き、終わるとゆっくりと顔を上げた。
説明のために取り出したポケモン図鑑をちらりと見ると、思わずぞっとするような笑みを浮かべる。



「・・・・・・・・・・・・なるほど、な・・・」
「?」
髪の長い女は机の上のポケモン図鑑を手に取ると、ミツルへと投げてよこした。
ポケモンの回復が終わったことが告げられ、あいとぺぽを受け取るために立ちあがると、太い女の声が少し潜められる。
「・・・狙われておるぞ。」
辺りを探ろうとしてマオに止められる。 警戒したら相手が放つ気配が薄れるから、と。
ミツルが気付かないフリをしながらモンスターボールを2つ受け取り、戻ってくると彼女はさも楽しそうに笑う。
再びソファに腰掛けると、マオは机の下をくぐらせミツルの足に部屋のカギをぶつけ落とした。
小さな音を立てて落ちたそれを ミツルはそっと拾い上げる。 軽く頭を下げながら。

「何か、知っていることでもあるんですか?」
「そのポケモン図鑑の本当の持ち主に、心当たりがある。」
大声で叫びそうになり、ミツルは慌てて咳き込んだフリをしてごまかした。 できるだけ冷静になるよう心がけ、彼女へと視線を向ける。
すると、マオは何事もなかったかのようにソファから立ちあがり、センターから出ていく。
呼び止めるかどうか考えている間に その姿は海辺の白い空間へと消えていった。






時間が経ち、ミツルは初めてのセンターの夕食を終えマオからもらったカギを使う。
普通、全くの他人と相部屋になることも珍しくないというのに なぜかもらえた個室には 小さなベッドと机があるだけだった。
少し・・・いや、かなり痛む足を運んでベッドの上に腰掛けると、軽い身体はスプリングに弾んだ。
シーツの上を転がったモンスターボールを手に取り、まっすぐ自分の前で開く。 軽い反動に驚くが、ちゃんと目の前では ぺぽが自分を見上げている。
「ぺぽ、ボクたち追われてるらしいです。」
まるで他人事のようにミツルは今日あったこと、マオに言われたことをゴニョニョへと繰り返す。
時々小さな声で何かを言い返したようだったがほとんど聞き取れず、やっと聞けそうだった声は ポケモン図鑑の音にかき消された。
ぺぽはむくれて小さくふくれたが、それを軽くなだめて赤い図鑑の表紙を開く。
妙に前に鳴った時より間隔(かんかく)が短い気がしたが、開くといつもと同じ短い文章。

『かわった ことは ない?』

ミツルは不思議に思う。
短いけど、いつもと雰囲気が違う、おかしなことがあったことが見抜かれている。 そんな気がしてならない。
少しの間考え、あったことをそのまま打ち込んでいく。 疲れた体を横たえて風呂までの時を過ごそうとしたとき、個室の扉がノックされた。
のそのそと置き上がりながらも返事を返さないでいると、もう1度ノックの音。


「はい。」
非常にゆっくりした動きで扉まで歩き、ゆっくりとノブを回して扉を開く。 相手の顔を見た途端に また閉じようとするが。
ノックの主は扉の端をつかんでそれを阻止する。 とてもミツルの敵わない(かなわない)力でこじ開けると無理矢理部屋の中へ進入した。
「・・・ずいぶんとまぁ、ご挨拶(ごあいさつ)なもんだな。」
「グリーン・O・マサラさん・・・・・・」
「グリーンでいい。」
落ち付いた動作でゆっくりと歩いてくると、この侵入者はそこらにあったイスを引き、腰掛ける。
警戒心むき出しの小さな子供を見て 息を1つつくと酔っ払いに近い雰囲気で グリーンは勝手に話し出した。

「おまえがいなくなって、病院は大騒ぎになってるぞ。 戻る気はないのか。」
じりじりと小さく後退しながら、判るか判らないか程度にミツルは首を横に振る。
事態が判っていないのだろう、ぺぽがミツルの前で何やらジェスチャーしていて、それを気付く余裕など微塵(みじん)もないのだが。
座ったままミツルの方へと体を回転させると、グリーンはやれやれ、と肩を上げた。
「グリーンさんは、ボクを連れ戻す気・・・ですか?」
「そのつもりだ。」
ほとんど間を置かず、グリーンは答える。
全くない、と言っていいほどの小さな荷物を確認すると、ミツルは震える肩を押さえてグリーンを睨みつける。
1歩、また1歩と旅の荷物へと近づく動作が とび色の瞳に映る。


「どこへ行くつもりだ。」
「逃げます!」
言うが早いか、ミツルは広げる時間もなかった荷物を引っつかんで ガラスの窓を大きく開く。
ミツルが思っていたよりも早く服に掴みかかろうとしたグリーンの手に ゴニョニョの『はたく』攻撃を加え、
持っていた『けむりだま』を飛ばして すぐには追って来られないように。
息は切れるが、走る。 それが嬉しくてもっと走る。
海岸が見え、そこへ逃げ込んだ。 ジムリーダークラスを相手するともなれば、周りに何もない場所を選んだ方がいいと考えたからだ。
小さなボートの影に身を隠すが、すぐに人が追ってくるような様子はない。 ずるずると砂の上に腰を降ろすと、ミツルはふぅっと息をついた。

「・・・休めませんねぇ・・・・・・」
「にょここ・・・・・・」
日の暮れた 波の音だけの静かな海岸。 ほんのちょっぴりのぺぽの声も聞き取ることが出来る。
砂の感触はあまり気持ちのいいものではないが、他の人間の足音を教えてくれる、隠れ場所もある、そう考えると少しだけホッとする。
ひざの間に顔をうずめると、半分眠ったようにしてミツルは身体の回復を待った。
時計を持っていないため、時間は計れない。 体感的に30分ほど経った頃だろうか、砂の動く音でミツルは目を覚ました。
殺気は感じないため、ゆっくりと顔を上げる。
「・・・何しちょるんじゃ、こんな夜にオラの船の前で・・・・・・?」
見上げると、ミツルでもびっくりするようなヨボヨボの老人が 頭に鳥ポケモンを乗せてミツルを見下ろしている。
「はい、すみません・・・ボクはミツルって言います。 人に追われてて、少し隠れさせてもらいました。」
「ほぉほぉ、オラァ、ハギっちゅう船乗りじゃ。
 カイナに来たら船の建設に呼び止められちまって、今、息抜きしちょったところじゃ。」
こんな時間に外にいるミツルを怪しむこともなく、このハギという老人は普通に接してくる。
それに安心したのか、ぺぽをモンスターボールのなかへと降ろし、ほっと肩を降ろしてミツルは2、3歩 船から離れた。
途端、ドンッ!と街の方から 何かの爆発するような大きな音が鳴る。
ミツルの足元が まるですり鉢のように円形に沈み始めて。



「うわあぁぁっ!!」
何回目だろう、ミツルが叫んだのは。 身体がどんどん 砂のすり鉢のなかへと沈んでいく。
ポケットの中からピリリ・・・と音が鳴るが、図鑑をつかむのが精一杯でとても開いていられない。
砂を蹴散らす(けちらす)ような足音に見上げると 赤いパーカーのような服を着た女が夜の闇のなかで笑っている。
「・・・なんじゃあ? 近頃の若いもんはおっかしな格好しとるのぉ・・・」
「だよねぇっ! もー、この服超だっさくってさぁ!!
 でも制服だから着なきゃいけないんだけどぉ、視線エロくてムカツクから下ジャージぃ。」
「なっ、何なんですあなた!!」
悲鳴にも似た大きな声でミツルが女へと叫ぶと、女はツノのようなものがついたフードを顔へ寄せて口だけで笑った。
「マグマ団の、カナ。」

一瞬だけ出来た猶予(ゆうよ)に ポケモン図鑑の表紙がパチンと開く。
瞳の端に映る『だいじょうぶ?』の文字。 こちらから打ち込む余裕もなく、せめてものSOSとして図鑑を足元へと向ける。
途端に足元の砂が崩れ、ミツルは図鑑を持ったまま後ろに転倒した。
地面の下から妙な気配を感じ、何とか体を反転させると動き続ける砂の中から 砂に近い色のオレンジ色のポケモンが大きなあごをかすらせる。
「そいつは『ナックラー』じゃよ〜、その『ありじごく』のなかにいるとパクッと食べられちゃうぞ〜」
「『雷さまにおへそ取られちゃうよ』みたいなノリで言わないで下さいっ!!」
叫びながらもモンスターボールに手をかけ、真下へと振り下ろす。
「フラちゃ〜ん、『かみつく』ぅ!!」
「『かげぶんしん』です、あい!!」
影がうっすら見えるかどうかのタイミングで マグマ団などと名乗る怪しい女は指示を出してきた。
慌ててミツルも対抗する。 風のように消えた影に飛びかかったナックラーは 空を飛んでまた砂の中へと潜っていった。
その間に逃げたいが、ざらざらと落ち込んでいく砂が身体を持ち上げてくれない。
足を引き抜くこともできず、腰から下を砂に埋めたままで暴れると、その身体をあいがしっかりと掴んだ。
まるで、「落ち付け」とでも言うように。
開きっぱなしになっていたポケモン図鑑に ふと目が行くと、先ほどとは違う文字が浮かび上がっている。

『あわてないで よく あしもとを みつめて』

「・・・あい! 足元に『ねんりき』です!!」
完全に意味を取り違えて ミツルはあいに全く敵のいない方向に攻撃させる。
足そのものにも当たったのか折れそうなほどに痛むが結果オーライ、攻撃の反動で2人は投げ出され、乾いた砂の上に着地する。
投げ出されたショックでパタンとフタの閉まったポケモン図鑑を手にし、はってでも逃げようとすると、あっさりと女に突き倒された。
「ていうかぁ、あんたの持ってる黒い石渡してくれればぁ、何にもしないわけぇ。
 諦めたら? 地味ぃ〜にしてるのも悪くないかもよぉ〜。」
「・・・・・・・・・嫌です!!」
あいを抱き込んで女を睨み付けると、ミツルはマグマ団のカナと名乗った女に肩から押さえ込まれる。
女はぞっとするような笑みを浮かべると、ささやくような、ミツルたちにしか聞こえないような声で話し始めた。
「・・・いいこと教えてあげよっか?
 その石は、ただ宇宙から降ってきた隕石ってわけじゃない、中で強大な力を持ったポケモンが眠っているってわけ。
 アクア団も、うちらマグマ団も、その能力を使って目的達成しようとしてんの。
 『エントツやま』で その石がポケモンを目覚めさせるのに必要なエネルギーは とっくに蓄積(ちくせき)されてる。
 あとは『きっかけ』さえ与えれば・・・」
「・・・・・・何を・・・言ってるんです?」


ドドド・・・と船のモーター音でミツルと女は同時に体を震わせた。
あいを抱え込んだまま海岸を見渡すと、100メートルほど先の海の上で ハギ老人らしき男と昼間のマオという女がボートの上からこちらを見ている。
「早く乗れ!!」
言っている意味が判らず、突っ伏したままぽかんとしていると、突然あいが先ほどと同じように地面へと向かって『ねんりき』を放つ。
ミツルはあいを抱え込んだまま反動で吹き飛ばされ、再び、先ほどよりもボートに近い砂の上に墜落した。
何とか立ち上がり、巻き添えを食って倒れ込んだ女をボーっと見ていると、今度は先ほどよりも大きな声で



  ―――――『それ』を始めるつもりなら・・・

「立ち止まるな!!」
「はっ・・・はいっ!!!」
ボートへと向けて走り出すと、ミツルのいた場所の砂浜が突然爆発した。
走ったまま振り返ると、パラパラと落ちていく砂の向こうにグリーンの姿を見つける。
ズボンのすそをぬらしながら浅瀬を走り、マオに引き上げられながらボートへと乗り込むと、大きな音を立てて船は真夜中に出発した。
舵(かじ)をマオへと任せ、どんどん遠ざかっていく海岸を見ながら近寄ってくると、ハギ老人らしき人物はしゃがみ込んだ。
「おう、ずいぶんと厄介(やっかい)な奴らに狙われたもんじゃねぇか。
 奴らマグマ団、半年くれぇ前から ここいらの海を荒らす危ねぇ連中よ。」
「・・・???」
「気にするでない、じぃは船に乗ると人が変わるのじゃ。」
決しておだやかではない波の間を抜けながら、マオが説明する。
てっぺんにとまるキャモメを見ながら 納得がいったのかいかないのか、ミツルが複雑な表情をしたとき、船が大きく揺れた。
船尾から後方を見ると、追っ手がまだ諦めていない。 グリーンがマッスグマで波を切って追いかけてきている。

「ちいぃっ、船の波に乗ってきやがった!!
 マオ、舵を東に取れ! 134なら波が高くてポケモンは踏み込めねぇ!!」
「心得た!」
大きく進路を変えた船のへりにつかまって、ただただ呆然と追ってくるポケモントレーナーを見ていると、
彼は船の作った波のゆるいところを伝って段々と近づいてくる。
とにかく何かしようと ミツルがあいとうなずきあって立ち上がろうとすると、その頭をハギ老人に押さえ込まれた。
途端、船が大きく跳び上がり、その衝撃で老人が海に放り出される。


「じぃ!?」
「おじいさん!?」
波間から顔を出したハギ老人は飛んできたキャモメにしがみつくと、戻ろうと舵を切る船を睨んだ。
「顔出すんじゃねぇっ、オレみてぇにぶっ飛びたいか!? マオ、構わず行っちまえ!!」
振り向くことも出来ず、ミツルは舵を握るマオの顔を見る。
彼女はほんの一瞬 波の向こうの老人を見つめると、前を向いて船の進路を戻した。
地震でもこれほどは揺れないというほど船は大揺れを始め、ミツルはあいにしがみついて奥歯を噛み締める。
追っ手は、こない。
小さな船は波を切り裂き、まっすぐに東へと進んでいった。


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