【捨てる】
ポケモンと道具の不法投棄が最近問題となっている。
トレーナーの全てが生活をまかなって行かれるわけではないので、
自分のポケモンの食事も調達出来ないトレーナーというのも、珍しくはない。
生態系の破壊になりかねないので、ポケモン協会は万が一ポケモンを捨てる場合には
パソコンのシステムを使うよう呼びかけているが、
それでもモンスターボールの不法投棄は後を絶たないらしい。


PAGE51.本当の第1歩



 『ポケモントレーナーになりたい。』

そう言ったのに、聞き入れてもらえなかった。
父親はジムリーダーなのに、自分も母親も置いてポケモンと一緒の勝手な奴なのに。
昔から興奮すると、瞳の色が赤くなった。
その時にバトルみたいに指示を出すと、ちゃんと言うことを聞いてびっくりするくらいの威力を発揮することも。
だから、才能はあると思っていた。 それなのに。


「なんで!? 小学校の友達、みんな旅に出とるよ。 なんであたしだけ、旅に出たらあかんの!?」
今にも泣きそうな顔をしてルビーは母親へと詰め寄った。
夕飯の支度を一区切りさせると、子供をさとす顔をして母親はルビーの肩へと手を置く。 ルビーはその手を払いのけた。
「るりぃ、母ちゃんはトレーナーになるな、なんて言うてへんの。 ただ、もうちょっとだけ待ちぃ言うてるだけや。
 あとちょっとやから、その間に母ちゃんの仕事手伝っても・・・・・・」
「もうちょっとあとちょっと言うて、もう半年になっとるやないか!!
 一体いつまで待たせる気なん!?」
「それは・・・・・・・・・」
心穏やかな母親は わが娘を見て思ったのだろう、今何を言っても聞き入れる気はないと。
1度時間を置いて落ち付いて話さなければ、まともな話が出来る状態ではない。
叫び続ける子供を何とか落ち付かせると、母親はルビーに外で話そう、と提案した。
温めていた料理の火を止め、仕事先に断りと謝罪の電話を入れると 近くの山へと2人で出掛ける。





まもなく夕暮れを迎えようとする山は、肌を冷たくなでていく風が吹いていた。
ぽっかりと空に浮かんだ満月の光が、太陽の光とともに降り注ぐ。
母親はすぐには本題には入ろうとせず、しばらくは娘を自由に遊ばせていた。
やがて、うっすらと空が赤くなり始めた頃、意を決したように喉を鳴らし、母親は話し出した。
「・・・るりぃ、本当にあとちょっとなんよ。
 母ちゃんもるりぃがポケモントレーナーになるの賛成よ?」
遊ぶことを止め、ルビーは片手に摘み取った草を持ちながら母親へと向き直る。
疑いの眼差しはまだ晴れていない。
「だったら何でポケモン持ったらあかんの? 何で旅に出たらあかんの?」
「それは・・・・・・・・・」

言葉に詰まった母親を見て、ルビーは逆上する。
瞳が炎のように真っ赤になり、草葉が潰れるほどこぶしを強く強く握り締めた。
「・・・・・・父ちゃんも母ちゃんも、本当は反対しとるんやろ。
 あたしが父ちゃんより強くなるのが恐いから!うまいこと言ってポケモンから遠ざけて・・・・・・!!」
「違う! るりぃ聞いて!!」
そのとき、地響きが起こったことをルビーは気にも止めていなかった。
ただ自分の感情をぶつけることに必死で、他の何も気にする余裕などなかったのだ。


「いなくなってまえばええんや!!
 父ちゃんも、母ちゃんも・・・・・・大っきらいだ!!!」
「るりぃ!!」
一瞬、ルビーは横っ面を張り倒されたのかと勘違いした。 肩と腕を掴まれ、思いきりどこかへと放り投げられる。
近くにいる誰かにぶつかったと思えば、次の瞬間には空を飛んでいた。
驚いて自分の母親を見ると、彼女は立ち昇る煙の中でルビーのことを悲しい瞳で見つめている。
声も出なかった。 我を忘れたような様子のポケモンが母親へと向かって突進している。
とにかく行かなくては、と無我夢中でもがくと、大きな力で引き止められた。
ルビーのことを強い瞳で見つめると、母親は力限りの声で ルビーへと最後の声をかける。
「・・・ルビー! ・・・・・・・・・・を、忘れないで!!」
それが、彼女が聞いた母親の最後の言葉だった。













「・・・・・・うっ・・・」
小さなうめきごえを上げると、誰かに軽く頭を叩かれた。 取り戻した感覚を少しずつ使えば、草の匂いが鼻をつく。
ダメージを受けたわけではないので、起き上がるのはそう難しくはなかった。
あまりはっきりとは見えない視界で辺りを見渡せば、そこは柔らかな草の上。 そばでフォルテが のうのうとあくびしている。
口に巻きつけていたバンダナと吹きつける砂嵐から瞳を守っていたゴーグルを外しながら、おぼろげな記憶をたどる。
気は進まないが。
「確か、砂漠で地面が揺れて・・・ポケモンがどっと来て・・・・・・何であたい、こんなところ・・・に・・・」
ぶつぶつとしゃべっていると、まだ明るいはずの空が急に暗くなった。
少しだけ驚いてルビーが空を見上げると、暗い色の赤色の瞳が大きく見開かれる。

「っうわああぁぁぁぁっ!!!?」
ルビーはこれ以上ないというほど奇天烈(きてれつ)な悲鳴をあげた。
小山のような大きな岩が あまり力強くはない動作でゆらりとルビーへと近づいてくる。
ポケモン・・・ルビーは直感的に感じ取ったが、必死で別の可能性を探す。
そうこうしている間にも、小山のようなポケモン(?)は のしのしと近寄ってきて、物乞いのように器(うつわ)状にした両手を差し出した。
ヒッと声を上げて、ルビーは手近にあったもの・・・ポケモン図鑑を小山へと向かって投げ付ける。
「ちっ・・・近寄るんじゃないよ!!」
出来る限りの虚勢(きょせい)を張って、ルビーは大きなポケモンへと怒鳴りかけた。
かろうじて壊れずに地面に落ちたポケモン図鑑が 小山のようなポケモンを映して『レジロック』と表示する。
レジロックは、ゴ、ゴ、と岩のすれるような音を鳴らすと、組み合わせた両手を地面へと近づけ、中の砂をザラザラと落とした。
そして、ゆっくりと後ろを向き、少し離れた金色の砂漠へと向かってゆっくりと地響きをあげて歩き出す。


姿が完全に見えなくなると、気が抜けたのかルビーの肩が少しだけ降りた。
大量の砂を前にして、砂漠の中で水を見つけたような ホッとした表情を見せる。
「・・・何だったんだい、ありゃあ・・・・・・?」
ぽつりとつぶやくと、返事の代わりにタツベイのフォルテの腹がぐぅ〜っと鳴った。
やれやれ、とため息をつきながら ルビーはポシェットの奥からポケモン用のお菓子を引っ張り出し、投げてよこす。
美味そうにガツガツと食べる横では、砂漠に捨てられていたあのモンスターボールが転がっていた。
拾い上げると、ルビーはまた大きくため息をつく。 また欲しくもないのにポケモンを押し付けられた。
「・・・2匹も・・・・・・」
レジロックが残していった砂山を見て、ルビーはつぶやいた。
金色にキラキラ光る砂のてっぺんで、曇りガラスのような半透明の大きな球体がちょこんと座っている。
それがポケモンのタマゴだとルビーは認識できる、だからこそ、疲れ切ったような悲しいため息をつくのだ。
砂嵐はもう来ない。 砂の上のタマゴを手に取り 柔らかい草の上に腰を降ろすと ルビーはD(ディー)のモンスターボールを放り投げる。

「あのでっかいのが、ここまで運んできたのか・・・・・・?」
「らい?」
小さな返事が返ってくると、ルビーは慌てた様子で首を横に振る。
握りつぶしそうな勢いで捨てられモンスターボールを引っつかむと、地面へと打ち付ける。
すねたような目つきでフォルテのことを見ると、開閉スイッチの押されなかったモンスターボールを草の上で転がした。
「アホくさっ、起きなきゃ焼いて食う気だったに決まってるよ!
 砂漠で食べモンが少なかったから、あたいは格好のエサだったんだろうさ!!」
「らいら、ららぅ〜らいちゅらぅ〜ちゅ?」
「うるさいよっ!!」
「らいっ!?」
捨てられモンスターボールをひたいにぶつけられ、D(ディー)は涙目になってぶつかった個所をさする。
柔らかい草の上をコロコロと転がるボールを、フォルテがコツンと叩いて開く。
さんざん酷い扱いを受けた捨てられポケモンはボールから出てくると目を回したのか、くるくると回る。
くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる・・・
ポケモンはひたすら回りつづける。
ルビーは回るポケモンを横目で見ると、呆れ果てた視線を向けてまたため息をついた。

「・・・・・・ヤジロン・・・こんなの・・・」
「ぐぐぐげ?」
くるくると回る1本足のポケモンは、回りながらルビーをチラチラと見る。
ルビーはひたいに手をついて、大きくため息をつきながら横目でヤジロンを見やり、ぽつりぽつりとつぶやいた。
「格好よくないし・・・」
ぐさっ。
「かわいかないし・・・」
きゅん。
「美しくもない。」
いやん。
「かしこそうにも見えないね。」
びっくん!
「ちっこくって、たくましそうにも見えない・・・・・・ダメだね、こりゃ。」
ぐわわわわ〜ん・・・とヤジロンの最大級のショックの効果音を響かせると、ルビーは頭や体についた砂を叩き落として横になった。
ポシェットを枕にすると、逆さまになったルビーの世界のど真ん中に、ひときわ大きな木が地面からぶら下がっている。
大きな『ウロ』から、太いツルが天へと向かって伸びている。
「・・・コハクの・・・秘密基地・・・・・・」







カナに肩を揺さぶられ、サファイアは大きなあくびをしながら のそのそと起きあがった。
よくよく考えてみれば川を渡る方法もなく、考えるついでに一行はその場で1夜を明かしてしまっている。
束の間(つかのま)の休息・・・と言えば聞こえもいいが、いつまでも同じ場所にいるのは得策ではないと判っていた。
非常に遅い動作でタマゴの入ったリュックを背負うと、サファイアは川の水で顔を洗い、ポケモンたちを見る。
「タマゴ君まだ寝とるけど、とりあえず『はし』でも探そや。 カナに、チャチャーズに
 ・・・・・・・・・クウどこや?」
サファイアは「しまったぁ――――――っ!!!」と心の中で絶叫した・・・つもりだった。
頭がガンガンしているカナと音波攻撃で倒れているヌケニンと音よりも早く逃げ去っていったチャチャをよそに、サファイアは考える。
街から出発するときにさえ3時間かけて探さないと見つからなくなる、あのクウのことだ。
この晴天陽気のなかフラフラと飛びまわって どこかへと行ってしまったに違いない。
「・・・アカンッ、こんなワケ判らん所でどっか行ってしもたら、それこそ見つからなくなってまう・・・!!
 クウッ、どこやクウ――――ッ!!!」


「・・・・・・ここだ。」
サファイア1人で大騒ぎしていた川辺が、突如静まりかえる。
石にでもされたかのように硬直しているサファイアの背後から、ぴよっと聞き慣れた鳴き声。
ぎこちない動きで 恐る恐る振り返ると、嫌な予感は的中していた。
「メノウ・・・なしてここに?」
「『こいつ』がコトキの上空をフラフラ飛び回ってた。 サファイアこそ今まで何してた。」
どこかで勝手に朝食を取ってきたのか、満足げにてんてんの腹の毛並みを整えるクウを放り投げ、メノウは銀色の瞳でサファイアを睨んだ。
逃げることもなかろうが、また勝手にフラフラと飛んでいかないよう サファイアは彼女をモンスターボールの中へと戻すと気まずそうにメノウを見返す。
返事に戸惑って黙り込むと、先にメノウの方が口を開いた。
「逃げたのか?」
「にっ、逃げてへん! 逃げてへんよ!!」
突如スイッチが入ったかのようにサファイアは叫んだ。
なにも返事を返さずじっと見つめるメノウの目を見ると、またうつむいて「逃げてへん」と繰り返す。

「逃げて・・・・・・・・・逃げてるかもしれん・・・」
うぅっと言葉に詰まると、サファイアはいじめられっこのように涙ぐみながら口をとんがらせてつぶやいた。
メノウは変わらず何も言わずに銀色の瞳で見つめている。
握った拳に爪を突き立てて、サファイアは雑草と小石ばかり転がる地面を見下ろした。
ふと、サファイアを見る瞳が優しくなったかと思うとパチンと小さく音が響く。
サファイアが顔を上げると、メノウが肩近くまである長い両腕のグローブを外し、軽く腕を振り回している。
ずっと手袋をしていて蒸れた(むれた)のか、などとサファイアがボーっと考えていると、突然ひたいに手を当てられた。
「わぷっ?」
小さく小さく、サファイアは声をあげて ほんの少し後ろによろめいた。
ひたいどころか鼻先まで手のひらがおおっていて、開かれた指の間からメノウの真面目な表情がのぞく。
「・・・・・・おまえ、何がしたいんだ?」
「判らへん・・・ねん。」
目を伏せるようにしてサファイアは頭でメノウの手を拒絶する。
サファイアの顔をおおっていた手に両の手袋を持ち替えると、メノウは何も言わない。 サファイアの次の言葉を待っている。
自分が何か言い出さないと、それきりメノウが言葉をかけてくることがないのは判っていた。
だが、言葉が出てこない。
うつむいて自分自身に何度も話しかけると、サファイアは聞こえもしないような小さな声でしゃべる。



「1人で歩いたかて、迷子なんやもん・・・せやけど家にも・・・・・・帰りとうないし・・・」
「何も言わないぞ。」
サファイアはうつむいていた顔を上げた。 目の端に涙がたまり、唇(くちびる)がゆがんでいる。
目を覚ましだしたのか、ピクリと動いたタマゴをぽんぽんと叩くと、
ポケットからティッシュを取り出してずるずると流れていた鼻をかんだ。
時々しゃっくりをしながら、しゃがれた声を出す。
「・・・わかっとるわ・・・・・・」
服のそでで目をこすると、サファイアは足元にいるカナに少し離れるよう手でうながした。
長く、長く、沈黙が続く。
何とか涙と鼻水としゃっくりを押さえ切ったサファイアに、先に話しかけたのはメノウの方だった。
それも、今までやらなかったほど、ずいぶん考えるようにした後で。

「・・・・・・1つだけ、伝えたいことがある。」
よくよくサファイアが見ると、メノウはサファイアがそうしていたように左の拳を 突き刺すほど強く握り締めていた。
言い出してから次の言葉が出てくるまで、30秒以上の時間を要する。
特に深いことは考えていなかったが、サファイアはメノウと同じように何も言わず、待った。
そして、言葉。
「・・・・・・・・・このままのペースで旅を続けていたら、おまえは・・・」
1つ1つの単語がやけにゆっくりしていた。
また、少しの時間を持って、メノウは、突然現れたトレーナーは最後の言葉を切り出す。


「・・・サファイアは、死ぬ。」


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