【ガラス】
ホウエン地方特産物として、火山灰を利用したガラス製品が挙げられる。
元々は工芸品を売り出していたのだが、
最近はトレーナーブームに目をつけ、ポケモンに様々な効果を及ぼすビードロ、
秘密基地に置くためのイス、つくえなどを販売している。


PAGE52.テリトリー


驚き、固まっているサファイアを見て メノウは気まずそうに口に手を当てて視線をそらした。
その銀色の瞳を使って そっと気付かれないようにサファイアのことを見ると、彼は何かを言いたそうに口をパクパクと動かしている。
声の出ない心理状態を察して、メノウは眉をよせた。
後悔に胸を痛めながら 必要であると思われる言葉を追加する。
「・・・・・・質問されても、あまり多くのことは答えられないからな。
 おれも、ほとんど聞かされていないんだ。」


フリーズしそうな頭を何とか温め返すと、サファイアはよくよくメノウを観察した。
あまりじっと見ていられないほど、表情が痛々しい。
今までを振り返ってみるが、ルビーだのコハクだのスザクだのによくダマされる覚えはあったが、メノウはあまりウソをついた覚えがない。
第一、こんなウソをついてメノウにとって何の特になるというのか。
「・・・・・・・・・・・・何で?」
「ゴールド・・・コハクから聞いただけだからだ。
 本当は口止めされてたし、どういうことかも聞けていない。」
サファイアが考える限り、事態は笑ってスルー出来るほど簡単なことではなさそうだ。
冗談で過ごせるような話なのに、妙に真剣に受け取れてしまう。
その直感が、当たっているにせよ、外れているにせよ。 サファイアはいくつかの考えを張り巡らせて 拳を強く握った。
メノウの銀色の瞳を、まっすぐに見て。
「・・・いつや? いつ、ワシは死ぬんや?」
表情の変化を見て取り、メノウは軽く眉をあげる。
「今年の・・・11月21日って、ゴールドは言っていた。」
「それ、とっくのとうに過ぎとるやない・・・」


(・・・『え〜と・・・大体・・・11月21日くらいかな? 今年の・・・』)

言いかけて、サファイアは止まった。 確かコハクがそんなことを言っていた気がする。
赤白のモンスターボールを取り出しながら、段々と冷静さを取り戻しだした声をメノウが出した。
「そう、もう過ぎているんだ。 恐らく、かなり運命の歯車は食い違い始めてるんだろう。
 だけどまだ全てが終わったわけじゃないから、このまま行けば、恐らくサファイアの命は・・・・・・」
サファイアは何かを言い返そうとしたが、言えなかった。
一瞬言葉に詰まったことと、直後に起きた小さな地震が原因。
本当に小さな揺れだったのだが、足元をすくわれたようにサファイアはよろめいて倒れる。
背中のタマゴもさすがに目を覚ましたらしく、尻もちをついた弾みに小さく声をあげた。
『サファイア、だいじょーぶ? タマゴくんだいじょーぶ〜。』
「大丈夫や、大丈夫。 でっかい風みたいんで、ふらっとしただけやさかい・・・・・・」

「・・・・・・風? さっきからずっと無風だが?」
首をかしげるメノウを真正面にして、サファイアはゆっくりと立ち上がった。
泥のついた尻を不器用に叩き、心配して寄ってきたらしいカナに笑顔を向ける。
「『みたい』って言ったやないか。 くらり〜んって、風ちゃうねん!」
片手をひらひらさせながら、サファイアはそう言ってメノウへと顔を向ける。
先ほどまでとは打って変わって、大きめの瞳をしっかりと開き、笑顔すらもはっきりと見せて。
だが、メノウの驚いた顔を見るとほんのすこし表情が曇った。
冷静さはなくさないものの、メノウは音が聞こえるくらいに息を早く吸い込んで、自分が問題だと思う個所をゆっくりと指差す。
明らかに他の人間たちとは違う、青い光を放つ瞳。







「・・・・・・んっ、んっ、んっ、んっ、んっ・・・」
太いツルをしっかりと握って、ルビーはまるで忍者のように太い木をするすると登っていった。
タツベイのフォルテはさすがにモンスターボールに戻さなくてはならなかったが、ライチュウのD(ディー)は勝手についてくるし、
ヤジロンはくるくると回りながら ヘリコプターのようにゆっくりと飛んでくる。
持って登るわけにもいかなかったので、ガラスのようなタマゴはヤジロンに持たせてある。
「・・・わっ!?」
最後だけ足を踏み外して、ルビーはウロのなかのコハクの秘密基地に滑り込んだ。
完全に体が入って落ちないことを確認すると、太いツルからそっと手を離し、起きあがって基地の中をぐるりと見渡す。

基地の中の様子が変わっていて、ルビーは言葉もなく驚いた顔を見せた。
部屋の隅にレンガに乗ったぬいぐるみがちょこんと置いてあるだけだったはずなのに、
今ではこのまま住むことが出来そうなほど、色々な物が置いてある。
背中からチョロチョロとD(ディー)が追いかけて秘密基地内に入ったのも気にせず、すぐそばにあった木の机にもたれかかると、
何かがルビーの頭を軽く叩いた。
驚いて、そのふわふわした『何か』を探すとルビーのすぐ脇(わき)に明るい緑のキモリドールが落ちている。
赤い眼を見開いたまま、しばらくそれを見つめていると(その間にヤジロンも秘密基地の中に入ってきた)彼女はそれを大事そうに持ち上げ、
元あった(と、思われる)場所に戻した。
「D(ディー)、やっぱここはコハクの秘密基地だよ。」
しきりに辺りをキョロキョロと見回しながら耳を動かすD(ディー)は、ルビーの言葉にも耳をかたむける。
いつかビードロを作ったときに一緒に作ってもらっていたガラスのイスに鼻をこすりつけると、まんまるな瞳を向け、また耳をパタパタと動かす。
「・・・いいよね、あんたは・・・・・・・・・」
ひたいに手を当てると、ルビーは軽く視線を落とした。
部屋の隅に無造作に置かれているノートパソコンが目に付き、ゆっくりと歩み寄る。
そして、何を思ったかガタガタと揺らし始めた。 慌ててD(ディー)が走ってきて電源スイッチを押す。


「ついたついた・・・ったく、まだるっこしいったらありゃしないよ、機械って!」
電源をつけるつもりだったのか・・・と、まんまるな黒い瞳を点にして呆然としているD(ディー)をよそに、
ルビーはパソコン相手に乱暴にガチャガチャと格闘する。
要求されているパスワードをも無視してキーボードをバンバンと叩くと、小さな顔写真とともにコハクのものらしい画面が表示された。
ノートパソコンから手を離し、ルビーはその画面をじっと見つめる。
「・・・これ、トレーナーカードで登録されてんじゃないかい。
 GOLD−Y−LEAVES、出身地ワカバタウン・・・もう、隠す必要がないってわけかい・・・」
うつむいて唇を震わせると、ルビーは軽く床を拳で叩いた。
ガタガタとノートパソコンを揺らすと、D(ディー)が気を利かせたのかパソコンの電源を落とす。
画面が闇へと吸い込まれる前の一瞬、表示されていたルビーたちより少し年上の、金色の瞳の少年の顔をしっかりと記憶に刻み付けて。

今にも手の届きそうな天井へと向かって、ルビーは大きく伸びをすると、
どうやって運び込んだのか やたら大きな机のそばにあるイスを引き、腰掛けた。
「コン、少し休んだら出発するよ。」
「?」
「?」
ルビーの言っている『コン』の意味が判らず、D(ディー)は首をかしげ、ヤジロンはくるくる回る。
教えて欲しいとばかりに寄ってきたヤジロンの回転を無理矢理止めると、その土偶のような顔にびしっと指を突き立て、ルビーは睨み付けた。
「あ・ん・たのことだよ! コン・アニマ、略して‘コン’!!」
ヤジロンからタマゴを取り上げるとそれを机の上に置き、疲れたのかルビーは足を伸ばす。
名前をもらったヤジロンは止める者がいなくなり、再びくるくると回り始めた。
やたら固いポケモンなので、表情は全く動かない。 無表情で回るコンを見つめると、ルビーは机に突っ伏してうたたねを始める。
ウエストポシェットから落ちたモンスターボールから飛び出したポケモンたちが、それをとがめることもない。
自分たちの主人が軽い眠りについていることに気付くと、顔を見合わせて「シー」と小さく声を出し、
それぞれ、新しい仲間たちに自己紹介を始める。



どのくらいの時間が経ったのか、ハイヒールのようなカツン、カツンという音でルビーは起こされる。
機嫌悪そうに目をこすりながら外を見ると、出入口を2つに分ける太いツタがピンと引っ張られ、ギシギシと揺れていた。
目を細めてそれを睨み付け、ルビーは勝手に出ているポケモンたちをフォルテを残してモンスターボールへと戻す。
巨大な机の上のタマゴを脇に抱えると、山奥で見たら雪女と勘違いされるのではないかというほど冷たい眼をしてルビーは来る人間を睨み付けた。
侵入者は逆光で影をつくると、ローヒールの固いかかとをブレーキに使い、コハクの秘密基地へと飛び込んできた。
ミニスカートに流行りの帽子の大学生ほどの女だ。
「突然に失礼します、私はブルー・ホワイトケープ、ポケモン関連事件専門特別警察官トレーナー・ポリスです。
 現在、エントツ山の抗争について調査しております、ご協力願えますか?」
「断る。」
間髪入れずルビーはしっかりと芯の通った声を発す。
D(ディー)はブルーと名乗った女へと向け、パチパチと鳴る尻尾を向け、低くうなった。
ルビーはイスから立ち上がると、大きな机を叩いてブルーを睨みつける。

「出ていきな、ここはコハクの秘密基地なんだ。」
「それはおかしいですね。 登録されている情報によると、ここはゴールド・・・・・・」
小さな電卓のような物を手にし、1歩踏み出したブルーへと向けルビーはタツベイで『りゅうのいぶき』で先制する。
はっきりと彼女を狙った『それ』はあっさりとかわされるが、手にしていた電卓のような何かは床へと転げ落ちた。
深くかぶられたキャスケットハットの下から、銀色に光る瞳がのぞく。
「出ていけ!!」
「・・・赤い・・・・・・瞳?」
ピクリと頬(ほお)が動くが、ルビーは構わずブルーへと向けて駆け出した。
彼女の左足へと深く深く踏み込んで フォルテを『ずつき』で高く飛び上がらせる。
ブルーは軽く後ろへと飛んで秘密基地から脱出すると、空中で黄色いモンスターボールを開いた。


「・・・・・・!! スバきち、『つばめがえし』!!」
こっそり登録されたポケモン図鑑によると、種類は『オオスバメ』。
それほど大きくはないが 人がぶら下がれるほど力強く羽ばたくポケモンは、秘密基地の入り口へと向かって突っ込んでくる。
「‘フォルテ’『ずつき』だ!!」
ルビーが出入口の影に隠れると、タツベイのフォルテは弾丸のようにオオスバメへと向かって飛び出した。
2つのひざと左腕でタマゴをしっかりと抱えると、すぐに太いツタを片手で掴んでルビーは大きな木を滑り降りる。
摩擦(まさつ)で右の手が焼けそうになるが、地面の衝撃を受けるとすぐに走り出した。
流れ星でも落ちてきたかのように地面に激突したフォルテも、後を追ってくる。

「待ちなさい! ・・・スバきち!!」
「らぁい!」
パァン、という大きな音と共に空から降ってきた光の線が 流線形のポケモンを貫く(つらぬく)。
ブルーが攻撃に気付いたときには、既にオオスバメの焼き鳥が出来あがっていた。
あまりの事態に戸惑っているうちに、大木の秘密基地から飛び出してきたオレンジ色のポケモンは女トレーナーを睨みつけて走り去る。
それが最後の攻撃だったらしく、ブルー1人取り残された111番道路には、風の音以外、何も聞こえない。
「・・・油断・・・したわね。 ただの好奇心旺盛な子供だと思っていたのに。」
オオスバメの『スバきち』をモンスターボールへと戻すと、ブルーは口に手を当てる。
無人となった秘密基地を見上げると、(フォルテの攻撃で)少しだけずれた帽子を直し、銀色の瞳を細めた。
「今、調べるべきかしら? ・・・・・・いえ、多分違うわね。
 あそこを調べても、何も出てきそうにないわ。 無駄足だったかしら?」





息を切らしながらルビーは『マッハじてんしゃ』のサイドスタンドを立てた。
どてどてと後を走ってきたフォルテを「早く来い」と目でうながしながら砂漠用のゴーグルをはめる。
「遅いよ‘フォルテ’!
 ほら、これ持って早く後ろ乗りな!! 落としたりしたら承知しないよ!?」
声を荒げ、ルビーはフォルテにガラス色のタマゴを押し付ける。
だが、タツベイは頭が重い前足が短いバランス感覚も優れてはいない。 それを持って自転車に乗るだけでも一苦労している。
しっかりとため息をついて、ルビーが別の方法を考え始めたとき、真後ろからちょいちょいっと太ももをつつかれた。
小さく声を上げて振り向くと、置いてくる予定だったオレンジ色のポケモンが、つぶらな瞳でルビーを見てにこにこと笑っている。

「・・・・・・・・・あんたっ!?
 何でついてくるんだよ? あそこにいれば そのうちコハクが来るじゃないかい!!」
「らぃうら、らいらいちゅう。」
パタパタと耳を鳴らしながらD(ディー)は首を横に振ると、タツベイにうながしてガラスのようなタマゴを受け取った。
器用に前足を使ってそれを抱え込むと、あごと後ろ足を使ってマッハ自転車の荷台に乗り込む。
落ちないようにしっかりと体を固定すると、D(ディー)は黒い瞳をルビーへと向けてにっこりと微笑んだ。
それを見るとルビーは軽く頭を横に振り、フォルテへと向けて手を広げる。
「戻りな、‘フォルテ’。」
軽く首をかしげると、タツベイは1度体を小さくして青白のモンスターボールへと変化し、ルビーの手のひらに収まった。
スーパーボールとも呼ばれるそれをホルダーに取り付けると、ルビーは自転車のスタンドを蹴り飛ばし、またがって走り出す。
「あんまり周りを見るんじゃないよ、パッチールに『こんらん』させられっからね!」
「ら〜い♪」
デコボコ山道、灰の草原を1台の自転車が走る。
ぶち模様のポケモンたちが見守るその上、1人の女の子とオレンジ色のポケモン。
4匹と半分を連れたそれは、まっすぐに町へ。 もう1度行く、ハジツゲタウンへ。


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