【ポケモンと子供】
年齢の低い子供をポケモントレーナーにするか否か、親達の間で論争になることも多い。
学力が低下するという問題と、精神的に未熟な者が命を扱うことに対する意見がほとんどだ。
この問題に対しては賛成する声も反対する声も上がっており、しばらく決着はつきそうにない。
その間にも年少者のトレーナーは増加している。
PAGE53.原因と結果
『さぁ、今日も始まりました! ハジツゲタウン、ポケモンコンテストスーパーランク!!
今回の出場者は、ジンパチさんのドードン、キョウカさんのレオン、ミノリさんのナマゾー、ルビーさんのアクセントです!!』
スタッフに呼ばれてルビーはアクセントを前にゆっくりと会場に歩み出た。
他の出場者を手前から順に、そして司会者、観客の順に睨み付ける。
すると、会場は一気にどよめいた。
赤い瞳の11歳の少女、それにクリーム色の毛並みの電気ポケモンは、あまりに聡明そうで美しい。
「眼・・・やて? 別に変なことあらへんで?」
まぶたの上から青色の光を放つ瞳を指で押さえると、サファイアはメノウへと向け首をかしげた。
だが、メノウにとっては二言三言で済ませられる問題ではないようだ、
いやいやいや、と頭を横に振ると、ずかずか近寄ってきて睨み付けるように観察する。
「おれの目の方に間違いがなければ、海みたいに真っ青に光ってる。
ゴールドの奴が言ってた、サファイアの能力・・・だよな、これだけ開放されてて本当に大丈夫なのか?」
「蒼い眼・・・ワシの能力(ちから)・・・? ・・・・・・メノウ・・・っ・・・!」
驚くように自分の手を見つめたあと、メノウへと顔を向けようとしてサファイアは倒れる。
すぐさまカナが抱え起こすと、サファイアはすぐに気がつき、今度こそメノウの顔を睨み付けた。
「・・・・・・大丈夫か?」
「全然平気や。 え〜と・・・ホンマの名前、何やったか?」
「シルバー・・・シルバー・ウインドケープだが?
どうしたんだ、いきなり?」
カナの頭をなでてやると、サファイアはややふらふらしながらも立ち上がった。
上空にいるチャチャたちを呼び寄せて、ヌケニンの2号の方をモンスターボール(正確にはスーパーボール)へとしまう。
「・・・ほんならシルバー、1個聞きたいねんけどな、
半年前にあいつと会ったことにも、シダケであんたと会ったことにも、意味はあるんやろか?」
軽く眉を動かしながらも、背の高いトレーナーはゆっくりと首を縦に振った。
サファイアは悔しそうに手を握り締めながら、笑う。
青い光を放つ瞳で、目の前の赤い髪の青年をしっかりと見据えると、サファイアは今度は少し声を荒げた。
「ホンマに何の偶然もあらへんねやな!?
りゅうせいの滝で死にかけたことも、ポケモン嫌がっとるルビーがコンテスト始めたことも、
トウカでマグマ団に会ったことも、あんたが親父からポケモン図鑑を受け取ったことも、
ワシとルビーが会ったことまで全部か!?」
「『ほとんど』だ。」
ビクッと体を震わせると、サファイアは目の前の男へと飛びかかり、全身全霊を込めて突き飛ばそうとした。
だが、比較的ヒョロヒョロした体型の割には力があり、赤い髪の青年はその場に踏みとどまる。
息を切らしながらサファイアは銀色の瞳を見上げると力の限りの声を張り上げた。
「ゲームば違か!!」
手袋(グローブ)に包まれた手が強く握られるのを見て、サファイアは1歩退がる。
赤みを帯びた眉と眉との間に 深く『しわ』が刻まれたのを青い眼で見ると、
顔から怒りの表情がかき消され、サファイアは大きく丸い瞳でシルバーの顔をのぞきこんだ。
やんわりと光る青い眼は、不思議に優しい光を放っている。
「・・・知っている、止めようとはしたんだ。」
声を荒げることはせず、シルバーは言い訳がましいがな、と付け足した。
2歩、3歩と後ろへ下がると、サファイアはチャチャもボールの中に戻るように言い、足元でいきさつを見守っているカナへと視線を向ける。
「泳いで行こうや、‘カナ’。」
パチンと音を立ててリュックの留め金を外すと、それをカナに持たせてサファイアは準備運動を始める。
冷たい色でさらさら流れる川を見つめ、サファイアが生つばを飲み込むと、不意に長い腕を首に巻き付けられる。
「・・・トウカジムまで行くつもりか?」
「文句言われる筋合いもあらへんで。」
「今を逃したら、完全に帰れなくなるぞ。 判ってるな?」
「だいぶ前に『ゴールド』から聞いたわ。」
無理矢理に腕を振り払うと、サファイアは深く深くひざを曲げる。
今にも凍りそうな川に飛び込もうとしたとき、サファイアは肩を強く引き戻され 派手に尻もちをついた。
サファイアが後ろを向いてシルバーのことを睨み付けると、彼は笑っている。
「待てよ。」
「止めんなや、もう行くんや!」
「『こっち』の方が、ずっと早く行かれるのに、か?」
シルバーは黄緑色のしま模様のついたモンスターボールを地面に放り投げる。
見たこともないような種類のそれが2つに割れると、3つの頭を持った、鳥のようなポケモンがキュキュ、と鳴いた。
大きな爪のついた太い足は、とても早く走れそうだ。
「ドードリオの『ブラウン』。 見ての通りおれのメンバー中、地上じゃ最速だぜ?」
「ですから、何度も申し上げてますように、緑野さんは ただいま面会することが出来ません。
申し訳ありませんが、お引取りください。」
病院のロビーで看護学生の真木(マキ)は ほんの少し声を荒げた。
これでもう2度目である。 それというのも、目の前の150あるかないかの小さな女がどうしても会わせろと聞かないから。
くしゃくしゃの短い髪は海のような青色のバンダナでまとめられている。 整った顔をきゅっとゆがめると、
女はマキのことをえぐるような目つきで睨み付け、珊瑚(さんご)色の口を開いた。
「ダメってことはないでしょ?
このあいだ、病院の外で散歩してるのを確かに見たんだから〜。 そんなに急変するような病気なわけ?」
「そうではなく・・・い、いえ、そうなんです。
容態が悪く、今は面会謝絶なんです。 ご家族の方以外の面会は、申し訳ありませんが・・・」
マキ、それにたまたま後ろを通りかかった内科医見習いアオキは一斉に鳥肌を立てた。
彼女は確かに病院の外へと向かって歩いて行くのだが、その前に見せた眼差し。 まるで、獲物を狙う動物のような。
その後しばらく立ちすくんでいたマキの肩に、またまた偶然通りかかったヘムロックが軽く手を置く。
ビクッと大きく震えると、マキは驚いたようにヘムを見て、あぁ、と小さく声を上げた。
「どうしたんですか、もう着替えないと授業始まっちゃいますよ?」
小さく声を上げて、マキは自分の手首と時計を見比べる。
時計はもう午後の1時前、30分も過ぎれば授業が始まってしまう。
アオキも同じことに気付いたらしく、2人は慌ててロッカールームへと向かって走り出した。
「た、大変ですねぇ〜真木さん!」
カクカクがに股(また)で走りながら、アオキが話しかける。
完全に無視されたことに軽く涙を流すと、白衣をロッカーのフックに引っ掛け、ひもでくくってある教科書を抱え、来た道をまた走り出した。
女の人にしては準備が早く、マキも同じタイミングでロッカールームを飛び出す。
2人並んで走る足並みは、病院ロビーの人ごみで止まった。
もう先に行ってしまっていたと思っていたヘムが、人ごみの先頭にいる人間に向かって何やら話している。
スキップするように小刻みに走って寄ると、事態はますます奇妙としか言いようがなかった。
たった1人で必至で止めているヘムロックの周りにいるのは、まるで囚人服のような横しまの青い服の男女たち。
そのどれもが殺気だっていて、今にも爆発しそうな勢いだ。
どうにか会話の隙間を抜き出すと、マキはヘムロックへと向かって話しかける。
「ヘムさん、一体どうしたんですか? この方たち・・・」
「それが、いきなり押しかけてきて「ミツル君に会わせろ」って言うんですよ・・・・・・
お止めしてるんですけど、聞いてくれなくて困ってるんです。」
さっきも同じことを言われたな、とマキが首を軽くかしげたとき、パシュッという空気のもれるような音が耳を触る。
驚いて青い集団を見ると、先頭の目つきの悪い男の足元に ぐにゃぐにゃと動く鉢植えの花のようなポケモン。
「病院内へのポケモンの持ち込みは禁止されています!」
2秒と間を置かず、マキは青い集団の先頭の男に怒鳴りかける。
ところが、後続の青い服の人間たちも次々とモンスターボールからポケモンを呼び出し始め、彼女らは思わず眉を潜めた。
先頭の男のポケモンが顔の周りのぐにゃぐにゃを動かすと、途端、どこから現れたのか岩が飛び出し、フロントを破壊する。
「何を!?」
「いいから、早く会わせろよ。 俺たちはこれでも忙しいんだぜぇ?」
掴みかかろうとした警備員を 集団の中の1人の男が片手で軽々と投げ飛ばす。
その行動だけで、8割以上の病院にいる人々は戦意も反抗心も失った。 ポケモンから身を守る手段など、何一つとして持っていないのだから。
集団が1歩踏み出したとき、動けなくなっているマキの横を抜けて小さな影が飛び出していく。
背もそれほど高くない女、ヘムロック・ライラックは男たちの真ん前で大きく両腕を広げると、メガネの端を光らせて叫んだ。
「何なんですか!? 命を救う神聖なる病院で、人に暴力を振るうなんて言語道断です!!
貴方がたはこの美しい1つの命を何だと思っているのですか、もしも・・・・・・」
「ヘム、危ない!!」
寸で(すんで)のところで男の看護師に突き飛ばされ、ヘムの横をかすめた『ようかいえき』は誰もいない廊下を焦がした。
派手に転ぶも、彼女は傷1つ負っていない。 再び立ち上がり、男へと抗議しようとしたところを今度は別の職員に取り押さえられる。
涙ながらに青い集団に命の尊さ(とうとさ)を説くヘムを呆然と見守るアオキは、肩を軽く叩かれ心臓が止まりかけた。
「・・・アオキさん、何事?」
ばっくんばっくんひぃーひぃーと今にも死にそうな音を出しながら
アオキは肩を叩いた男・・・ポケモンセンターにいたのだろうアルムを見る。
これだけ大騒ぎしていて、何事もないものだ、などという悠長な考えが浮かぶ余裕すらなく、人の事は言えないが分厚いメガネを見ていると、
急にアオキは一世一代のすんばらしい大作戦のようなものを思い浮かんだ。
「ア、ア、アルム君・・・君は、確かポケモンを持っていたよね?」
突然の質問に疑問の表情を浮かべながらも、アルムはとりあえず頭を縦に振る。
「た、た、大変なんだ、ポケモンを連れた集団が病院を襲ってるんだ。
出来れば、やっつけてきて欲しいんだけど・・・・・・」
今だヘムが泣き叫ぶ先の集団を見て、アルムは首を縦に振る。
動きやすいように次の時間の教科書を服の中にしまうと、ジャケットからモンスターボールを取り出し、準備運動のつもりか腕をぐるぐる回した。
無言のまま足元へとカクレオンを呼び出し、青い服の集団へと走り出した。
その直後、集団の真ん中にいた小山のごとく大きな男がモンスターボールを開き、アルムへと向けて攻撃を放つ。
「コイキング『たいあたり』じゃあっ!!」
バンッ!という大きな音を立てて、赤い魚の形をしたポケモンが床の上を跳ねる。
最弱と名高いコイキング、押し返そうとしたのか、カクレオンは真っ直ぐに突っ込む。
トレーナーからの指示がないままカクレオンの頭とコイキングの体がぶつかりあうと、カクレオンの方が押し負け、空中をものすごい勢いで飛び始めた。
受け止めようとしたアルムが巻き添えを食い、ロビーの端まで吹き飛ばされる。
「弱ッ!?」
そのまま気絶した1人と1匹を見て、10数人から同じ声が上がった。
もはや止めるものもいなくなった青服の集団は、そろいのニヤニヤ笑いを浮かべながら病院の奥へと向かう。
狙いは病室にいるはずのミツルに間違いないだろう。 研修生を含め、医師たちには想像がつく。
だが、そこにはミツルはいない。 青い服の集団が戻ってくるまで、5分とかからなかった。
「・・・どういうことだぁ?」
「み、み、見ての通りです。 ミツル君は1週間前、行方不明になって・・・」
5分の間に逃げそこなったロビーの数人からどよめきが起こる。
何10人といる人間からの視線を浴びたアオキは、顔を赤くしたり青くしたりして、その先を口ごもった。
口をパクパクと動かす中年の男を見て、青い服の男はチッと舌打ちする。
「ったく、無駄足だったな。 引き上げっぞ、アクア団!!」
「もぉ〜・・・マナちゃんせっかく下調べしたのに、骨折り損じゃない〜?」
集団の中で人の影になって見えなかった背の低い女がエネコの鳴くような声をあげる。
マキはその顔を見て、誰にも聞こえないほど小さく声をあげた。
ほんの少し前、ミツルに会わせろと言ってきた女そのものだったからだ。
「反則じゃあ〜・・・・・・」
鼻をじゅるじゅるさせながらサファイアはうつむきつつ声を出した。
とても広いとは言えないが、なかなか快適なみつごポケモン、ドードリオの『ブラウン』の背中の上。
ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らすサファイアにティッシュペーパーを渡しながら、シルバーは上空の大きなポケモン、クロバットから降りてくる。
「何が反則なんだ、ちゃんと言ったとおり早く着いただろ?」
シルバーは何でもない、といった様子で 名前の通り銀色の瞳でブラウンの上のサファイアを見上げる。
実際、まだ昼過ぎである。 サファイアとシルバーが再会してから、5時間も経ってはいない。
受け取ったティッシュでぶいぶい鼻をかむと、背中のクラにしっかりと掴まり サファイアはドードリオの尻側から降りようとした。
止めようとシルバーが踏み出すヒマもない。 サファイアは反射的に動いたブラウンの丈夫な足に蹴り上げられる。
もっと丈夫なサファイアだからすぐに起きあがることが出来たが、良い子も悪い子も普通の子も危ないので真似しないように。
ぶーっと ほほを膨らます(ふくらます)と、そのブラウンの丈夫な足を指差し、サファイアは今だ青い眼でシルバーを睨む。
「こんだけごっつい足持っといて、なして飛んでくんねん!?
走りゃーええやろが、走りゃ!?」
「きゃーきゃきゃーっ。」
あるのかないのか怪しい羽根を羽ばたかせ、ブラウンが空を飛ぼうとしたところをシルバーは黄色いモンスターボールの中に戻した。
一般的な腰のベルトではなく、彼の場合ボールホルダーは二の腕に3つ分ずつ巻いている。
グローブと一緒に肩近くに巻き付けている
ホルダーにボールをカチリとはめると、シルバーはサファイアへと振り返って銀色のひとみを瞬かせた。
「・・・鳥ポケモンが飛んで何が悪い?」
言い返せない悔しさを握りつぶして、サファイアは鼻の穴を大きくした。
立ち上がって、1度こけて、また立ち上がる。 その様子がおかしかったのか、シルバーはククッと笑いをもらした。
「昼食にするか? 腹減ったろ。」
コツ、コツ、と靴の音を響かせ、トウカシティジムリーダー・センリはジムの奥に置いた机へと歩み寄った。
普段たいして使われない机の上には、木ぶちの写真立てが1つ置かれている。
センリはその写真立てを倒し、見えないようにした。 外に人の気配を感じたからだ。
はちみつのような光が差し込む部屋の、そして扉の向こうを見て、ジムリーダーは眉を潜める。
「・・・・・・挑戦者、だろう?」
聞こえたかどうかは判断つかない。 だが、重い扉が片方軋みをあげて開くと、小さな男の子が1人ジムへと踏み込んできた。
見間違っているのだろうか、瞳が青く光っている。
以前、1度会ったきりの少年は、背後で扉が閉まる音を聞き取ると、にぃっと笑って見せた。
「・・・バッジ、もらいに来ましたわ。
ジムリーダー
さん。
ワシの名前はオダマキユウキ。 ポケモントレーナー、サファイアです。」
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