【時空】
パラレルワールド、と呼ばれるものが存在することは、ずいぶん前から研究されている。
本来存在しないはずのトレーナーとシステムを使いポケモンを交換など、
実際に別の次元が存在することを証明する事実も多数発見されており、
研究対象となることも多いようだ。


PAGE54.振り返れば…


1台のテレビカメラが回っている。
小太りの男が肩に担いで映しているカメラの前で、ショートカットの女がマイクを握っていた。
周りを山に囲まれた山道、撮影隊はこのカメラマンとレポーターの女の2人だけ。 つまりは、たいしたレポートではないということ。
「ホウエンの皆さん、お元気でしょうか? レポーターのマリです。
 私たちは今、1ヶ月ほど前に事件の起こった『りゅうせいの滝』まで来ています。
 現在はマフィアと見られる集団同士の抗争があったとは思えないほど静かですが・・・あら、人が・・・?」
レポーターのマリは、数100メートル向こうから迫ってくる自転車を見て小さく声を上げる。





1台の自転車が ガタガタと揺れながら山道を走りつづけていた。
前カゴにはガラスのような球体をしっかりと抱えたライチュウがしがみついている。
重そうなペダルを踏ん張ってこいでいるのは、赤いシャツに赤いバンダナ、赤い瞳のルビーと名乗る女の子。
しっかりとひざでバランスを取りながら鼻を伝う汗を拭うと、彼女は進む先で大きく両手を振る2人組を見つけた。
ほんの少し眉を潜めながらも、ゆっくりとスピードを落として彼らの前で止まる。
完全に自転車が停止すると、2人組のうちのショートカットの女性が、マイクのようなものをルビーに向けながら近づいて来た。
よくよく見るともう1人はテレビ局のカメラのようなものを担いでいる。
「すみません〜、ホウエンTVの者なんですけど、取材に協力してもらえませんか?」
「・・・なに、撮ってんのこれ?」
ルビーはレポーターのマリとテレビカメラを交互に見ながら、赤い瞳をぱちくりさせる。
その人から離れた瞳の色に、マリと、カメラマンのダイは一瞬動きを止めた。 だが、プロとしての意地もあり、そのまま取材は続行させる。
「えぇ、来週の朝9時から『ザ・ホウエンワイド』で放送しますよ♪
 今2ヶ月ほど前に事件のあった、『りゅうせいの滝抗争』について調査しているのですが、何か知っていることはありませんか?」

「・・・・・・知ってるように見えるのかい?」
呆れ果てたような視線を作りながら、ルビーは2人に向けて視線を流した。
それもそうか、と2人はため息を1つ吐く。 そのせいでライチュウのD(ディー)が耳をピクリと動かしたことには気付かない。
マリは営業用スマイルを作ると、マイクを自分の口の前まで動かし、軽く頭を下げた。
「お引きとめしてすみませんでした、それでは良い旅を!!」
「は〜いはい、お仕事お疲れさん。」
地面を深く蹴って、ルビーは流れるようなスピードの出る自転車をこぎ出した。
名前と同じルビーのような赤い瞳で、すれ違いざまにちらりと2人のことを見やる。
途端、マリはまるで『かなしばり』でも受けたかのように体を硬直させ、そうかと思えばもう見えなくなったルビーの背中を必至で探し出した。
「どうしたんですか、マリさん・・・?」
カメラマンのダイは重いテレビカメラを抱え直しながら、レポーターへと尋ねる。
尋常ではない目つきでルビーの消えた先を追うと、マリはつぶしそうなほどの勢いでマイクを握り締め、カメラマンへと振り返った。

「・・・今の子見た!?」
「ハイ、そりゃあ・・・たった今取材したじゃないっすか?」
そうじゃなーい!!、とマリはダイの頭を1つ叩いて、やはりルビーが向かった先を見ながら爪を噛んだ(かんだ)。
印象に残る赤い瞳の少女と、記憶の中でにらめっこして。
「そうよ・・・あの子、ジョウト地方ポケモン暴走事件のときの、被害者の女の子!!
 ジョウトCCNが現場取材したとき、画面の端に映ってたわ。
 どうして、ホウエン地方(こんなところ)に・・・・・・!?」
「引っ越したんじゃないっすか? 確か彼女、その事件で母親亡くしたでしょう。
 それよりもマリさん、爪!」
あ、と小さく声をあげると、マリは口から爪を離し マイクであごをトントンと叩く。
「でも、彼女旅の服装してたじゃない。 レベルの高そうなライチュウ連れて・・・・・・・・・
 あれだけの事件があったっていうのに・・・旅に出るには早すぎると思うんだけど?」
「それはホラ、マリさん いつも言ってるじゃないっすか!!
 『女の子にはぁ、色々あるのよ〜ん、うふ☆』って・・・・・・痛ッ!!?」
カメラには1ミリの傷をもつけないよう、マリは細心の注意を払ってダイを殴り倒す。
0,5秒後には完全にいつもの調子を取り戻し、再びルビーの向かった方向を睨みつけて爪を噛み出した。
「考え過ぎっすよぉ・・・、それよりもマリさん、爪! 爪ぇ!!」
「うんにゃ、これは絶対何かあるさね!! あたしのレポーター魂(たましい)が、そう言っと!!」
「マリさんッ・・・カイナ弁出てますッ!!」



背後でそんなやり取りがされていることなど つゆ知らず、ルビーは2ヶ月前に連れてこられた洞くつの中へと自転車で侵入した。
出来るだけ自転車で通すつもりだったが、さすがに揺れが激しくなり、仕方なしに自転車を降りて徒歩に切り替える。
1度道を覚えただけあり、目的の滝の上にたどり着くまでほとんど時間はかからなかった。
コハクが落ちた時に一緒に崩れたものだろう、以前来たときよりも多くなっている岩を避けながら切り立った崖(がけ)を登る。
あまり難しくはなかったロッククライミングを終えると、
鑑識(かんしき)の手が入り、すっかりきれいに整えられた戦いの場所が赤い瞳に映った。
あの時のように崖下に転落しないよう、ルビーは早めに安全そうな場所へと移動する。
タマゴを抱えたD(ディー)が苦労しながら足元までやってくると、ルビーはウエストポシェットを開き、
持っているモンスターボール4つ全てを開いた。

タツベイの『フォルテ』とヤジロンの『コン』は首をかしげる。
反比例するように、ワカシャモとプラスルの『アクセント』それにライチュウのD(ディー)はルビーと共に1ヶ所を目指した。
洞くつの奥の、崩れた岩が折り重なっている場所。 人の手とポケモンの手で、それらを何度も移動させる。
D(ディー)も手伝おうとしたようだが、タマゴを持っているから、という理由で止められた。
転がっている岩のなかにはルビーの背よりも大きなものもある、彼女らにとっては重労働に違いないというのに。
ボーっとしているフォルテにも手伝わせて、ワカシャモとルビーと3人がかりで大岩を転がす。
岩はぐらりと揺れ動き、洞くつ全体が揺れるほどの地響きを上げて倒れた。 それと同時に、何か怪しげな音も。
「・・・・・・『ふぎゃあ』?」
サファイアで慣れているので、あまり驚かない。
倒れた岩の下に何もないことを確認すると、ルビーはゆっくりした足取りで岩の反対側へと回る。 途端、悲鳴。
「ぎゃああぁぁっ!? 人潰しちまったっ!!?」
「う、うぅ・・・私めの名前はアズサ、現在生存が確認されているので、救助を要請したいのですが・・・」
妙に冷静な頭で、サファイア並みの丈夫さだな、などとルビーは冷静に岩の下の彼女を観察する。
どういうわけなのか、アズサと名乗った女は骨折1つ負ってはいなさそうだ。 ワカシャモとフォルテに指示を出して、ルビーは彼女の上の岩をどかす。
気味の悪い早さで立ち上がると、彼女は首から下げた謎の機械をいじり、ピピピ・・・と音を鳴らした。


「・・・やはり、この辺も反応が大きいですね。 これだけ規模が大きければ、ポケモンの1匹2匹が巻き込まれても不自然ではない・・・」
「あ、あのさ・・・潰しちまって言うのもなんだけど、何、あんた?」
疑問調で、ルビーは目の前の20代ほどの女に尋ねる。
切れ長の瞳の女は、ピクリとその目の端を動かすと、ルビーの真正面に(わざわざ)立って深々と頭を下げた。
「挨拶が遅延(ちえん)致しまして申し訳すみません。
 私めの名前はアズサにございます、ポケモンエンジニアをやっていると申し上げます。
 だいたい先日と28日前、妹のマユミからこの辺りで次元のゆがみを観測したとの不確かではない情報を取得したことにより、
 現在調査にいそしんでいるというわけでございます。」
はぁ、としかルビーは返答出来なかった。 言っていることが滅茶苦茶で、なかなか解読できない。
何度も頭の中で話を整理する間にも、アズサはどんどん勝手に言葉を続けて行く。
ルビーとしては、たまったものではないが。
「ゲットした情報によりますと、時期はぴったり『りゅうせいの滝事件』のあった日ということ。
 発光現象などの異変は存在せず、小爆発を20人と10数名が確認したということから、
 落石の原因もこの次元のゆがみによるものと考えて間違いあるとは思えないかと・・・」
「ちょいと・・・理解できる言葉で・・・・・・」
「謎は深まるばかりとは言い切れませんでしょうっ、調査をほとほと進めなければ!!
 それでは私めは研究があるので、これにて失礼でさせていただきます!!」
「はぁ!?」
一方的に話を切り上げると、アズサは胸の機械のピピピ音を鳴らしたまま、すたこらさっさと どこかへ行ってしまった。
完全に置いてけぼりを食らったルビーはただただ深いため息をつくが、ひとまず冷静にはなれる。



転がった大岩を見て再びため息をつき、適当な場所を探してそこに腰掛けた。
手を組んでひざの上にひじをつき、組んだ両手の上にひたいを乗せて、目を閉じる。

『僕はポケモントレーナーの『コハク』、こっちのオレンジ色のポケモンは学名、ライチュウの『D(ディー)』。
 君たちのこと、ずっと探してた。』
『・・・思ってたより、怖くないでしょ?』
『マグマ団とアクア団を止めるのが、僕たちの目的だからだよ。  それと、君たちを守ることもね。』

赤い光を放つ瞳をまぶたの中にしまい込んで、頭の中の声に耳を傾ける。
自分でも驚くほど、今この場所にいるルビーは冷静だった。 もっと、壊れるほど心が動くと思っていたのに。

『現在(いま)、私の部下たちの総力をあげ、『りゅうせいのたき』の岩を退かしている。』
『それまで、家族のように付き合ってきたポケモンたちを憎むことは、辛いか?』
『ルビー、サファイア、いっしょにいくよ、ぼうけんしよう!』
『文句あるんやったら口で返しぃ。 ワシを言い負かしてみい!!』
『がんばれ』

何度、自分の心を見透かされたと思ったことだろう。
何度、嬉しかったことだろう。
何度、悲しかったことだろう?
ルビーは2つに折りたたんでポシェットに閉まった手紙を取り出し、茶封筒から引っ張り出す。
砂漠で日焼けしたのか、黄ばんだ紙の真ん中に・・・
「・・・・・・・・・え・・・?」
赤い瞳をほんの少し強く開き、ルビーは黄ばんだ紙をじっと見る。
黒い文字のまわりに、よく見なければ見逃してしまいそうなほどの、シミにも似た黄土色の文字が浮き出ている。
ぱっちりと目を見開いたまま、それを見つめていると、ルビーは急に動き出した。
「・・・来な、ワカシャモ! 『ひのこ』!!」
野営用のマッチに火をつけ、紙を燃やさないよう、ルビーは慎重にシミの周りをあぶる。
黄色がかった文字は茶色へと変化し、はっきりと短い文章を彼女の目に焼き付けた。
すべての文字があぶり出されると、マッチを地面へとこすりつけ、ルビーは頭を下げる。

「・・・・・・口で言えっての・・・!」
「くえぇ?」
黄ばんだ紙を前にして、ルビーは少し前にサファイアに言われたことをそのまま紙へと向かってしゃべった。
ポケモンたちが文字を理解できるはずもないが、頭をひざで抱えたまま、
ルビーは手紙を再びもとの封筒へと突っ込み、2つにたたんでポシェットへとしまい込む。
頭を預けていたひざに手を置き、ゆっくりと瞳を開くとアクセントが何やら手足をパタパタさせていた。
顔を上げると、彼女はステージに出る時の要領でしゃなりしゃなりとルビーへと接近し、くるりんと回ってパチンと電撃を放つ。
どこで覚えたのか、パチンとウインクするとルビーは思わず吹き出した。
「に、似合わない・・・・・・」
「きゅぴぃ?」
むじゃきそうに首をかしげ(ルビーはそれが演技だとすぐに見抜いた)アクセントは赤い耳を振る。
こつんと握った手でひたいを叩くと、ルビーはゆっくりと立ち上がり岩場を見渡す。
既に何度も動かされた後のある岩ばかり、腰に手を当ててルビーが3度目のため息をつくと、長い耳をパタパタと動かすD(ディー)が目に入った。

「・・・何?」
「らいらい、らいらぁ♪」
ピクッとほほを動かすと、ルビーはわざわざしゃがみ込んでD(ディー)のほほをつねる。
あまり痛むようではないが、D(ディー)がおぅおぅと小さく声を上げるのを見ながらルビーはその鼻先を睨み付けた。
「だぁれがママだよ、誰が!? 次言ったら顔つぶすよ!?」
ルビーは茶色の髪をひるがえし、洞くつの出口側へと向けて歩き出した。
置いて行かれてはたまらない、とルビーのポケモンたち、それにぽかんと口を開いていたD(ディー)も後を追って走り出す。
1度登った崖をするすると降りると、思っていたよりカナズミ側の出口は近かった。
光の差し込む穴を見つめ、もらったマッハ自転車のスタンドを降ろすと、ポケモンたちを振り返ってルビーは笑う。
「行くよっ、ここにルクスはいないみたいだからね!」





いつのまにか昇ってきた朝陽が、海を光色に染めていった。
大きな波をいくつも超えてきた小さな船の上で、足元をフラフラさせながらもミツルはそれを息を飲み込みながら見つめる。
ジラーチはミツルよりも朝が早いらしく、もうすっかり目を覚ましてデッキの上で朝陽が昇るのを見つめていた。
ふらついて不規則な足音をトトトッと音を鳴らすと、こちらを見つめて、にっこりと微笑む。
『朝の光は、良きものですね。
 幾千(いくせん)の時が流れましたが、1つとして同じ朝を見たことはありませぬ。』
「え、えぇ・・・」
ミツルはぼやけた返事を返す。 それもそのはず、船酔いで顔は真っ青、体力も尽きてふ〜らふら。
今にも吐きそうなミツルの顔を見ると、ジラーチはちょっと目を大きくし「あらあら」とでも聞こえそうな笑い方をした。
顔のすぐそばまで飛んでくると、ひたいの辺りをゆっくりとなでる。
『船に酔うてしまいましたか。 人とは、難儀なものですね。』
「あはは・・・・・・朝からすみません。」
まるで母親のようにジラーチはミツルをなだめると、再び海へと顔を向け、やんわりと降り注ぐ光に目を向けた。
荒れに荒れていた海は凪(なぎ)を迎え、船の動くエンジンだけが体を揺らす。
光の向こうからは、海に浮かぶ、小さな町が見える。
『見えて参りましたね。
 キナギタウン・・・朝日が水辺を照らす町・・・・・・』


太陽が見えるのを待って 町の一角にマオは小さなモーターボートをつけた。
めざとく気付いた町の人によって、ミツルがやったのよりもずっと早く 船は波止場につけられる。
漁師(に見える)の太い腕でロープが巻き付けられるのを、ミツルはずっと遠くから見ていた。
船酔いで動けなくなっているミツルに、ジラーチがそっと飛んできて話しかける。
『古くよりこの町は変わることを知りませぬ。
 ここの民(たみ)は『いにしえ』よりの伝統を守り、海に生き、海に朽ちて(くちて)いくのです。』
「この町を・・・・・・知っているんですか?」
・・・と、ミツルは心の中で聞いた。 気分が悪くて しゃべることが出来ない。
『町が生まれるよりも永く(ながく)、わたくしは生きています。』

心の中で聞いても返答するのか、とミツルは妙な感心をする。
それとほとんど同じタイミングで 彼を船から降ろすためにマオが手を差し出した。
彼女の手を借りて何とか立ちあがると、吐きそうな口を押さえながら肩にジラーチを乗せフラフラと町へと向かう。
『・・・大丈夫ですか?』
ひそひそ声で話しかけてきたジラーチに(話をしているのを気付かれると大騒ぎになるので)、ミツルはそっとうなずいて答える。
船のふちを乗り越え、海に浮かぶ地面の上に足をつく。
直後、ミツルはバランスを崩してキナギの上に派手に突っ伏した。
ゆらゆらと動く町の上で右腕を3本目の足にして、ギリギリ何とかミツルは起き上がる。
「・・・・・・大丈夫か?」
ややなまりのある町の人の声に、ミツルは2回首を縦に振って返答代わりにした。
ほとんど入っていない胃の中身をぶちまけそうになって ぎゅっとつぶっていたまぶたをそっと開くと瞳は緑色の光を放つ。



「・・・・・・・・・・・・なァーっ!!!?」
突如、キナギの住人が奇声を上げ、ミツルはそちらを見る。
30〜40ほどの中年にも見える男はオーバーリアクションで後退し、そのまま海にボッチャンした。
そのあまりの突拍子のなさに、船酔いしていたことも忘れミツルは駆け寄る。
『おやまぁ・・・』
「だっ、大丈夫ですか!?」
「・・・りょっ、りょりょ緑眼(りょくがん)!!
 大変じゃあ、皆の衆(みなのしゅう)―――――ッ!! 『神の子』が現れたぞぉ―――っ!?」
見事としか言いようがないほど声をひっくり返し、キナギの男は町全体へと向かって叫ぶ。
さらに驚いたのがその後。 町人全員とも思える人数がいっせいに、ミツルたちがやってきた波止場へと向かってきたのだ。
息が止まるかというほどミツルは驚き、固まった。


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