【応援効果】
そのままでもポケモンは戦うが、普通トレーナーは『がんばれ』などの声をかける。
これにより人間と同じようにポケモンも精神面が向上し、
結果、普段以上のバトルを展開することもある。
これを応援効果と呼ぶが、科学的な理由などは判っていない。


PAGE55.神様の子供たち


あれよあれよという間に、押しかけてきたキナギの町の人たちの手によってミツルはポケモンセンターまで連れてこられた。
多分町の中で1番上等のソファに押し付けられ、10数人の人に囲まれる。
肩から落ちないようにしがみつくジラーチを抱きかかえると、ミツルは『緑眼』と言われた緑色に光る瞳で周りの大人たちを見回した。
「・・・あのっ、『緑眼(りょくがん)』って一体何なんですか、それに、『神の子』って・・・!?」
慌てるミツルの様子を楽しむかのように大人たちは笑うと、センターの入り口が見えるように道を開けた。
ときおり、ゆらゆらと揺れるセンターの入り口から、ふっさりとした長いひげの老人がゆっくりとやって来る。
何が何だか判らない、といった様子でミツルが緑色の瞳を見開くと、老人はしわくちゃのまぶたの下の瞳をいたずらそうに見開いた。
ミツルを囲む大人たちの1人が、「長老様だ。」とミツルに耳打ちする。


「これはまた、見事なる『緑眼』・・・汝(なんじ)、恵まれて生まれてきた子供よのぅ。」
「はい、あの、確かに旅に出られるようになったのはボクが恵まれているからだと思いますけど・・・・・・
 一体何が何なんですか!? いきなり『神の子』とか『緑眼』とか言われても、何のことだかさっぱり・・・・・・!!」
落ち付きなさい、とでも言うかのように、長老は骨に皮のついたような手でミツルを制す。
あくまでゆっくりとした歩調でミツルの正面までやってきて、町の若衆が持ってきた椅子に腰掛けた。
「キナギは歴史の残る町、人々に『ポケモン』という存在が認められるよりも前より、我らはこやつらと共に生きておる。
 古くよりの伝承も、伝説と呼ばれる話も受け継がれておってのぅ・・・」
「はぁ・・・」
早く本題に入ってくれ、とミツルは心の中でせかす。
それに気付いてか、長老はまたいたずらっぽい視線でミツルを見ると、大きく咳払いした。
「紅眼(こうがん)、蒼眼(そうがん)、それに緑眼(りょくがん)・・・それらを持つのは『神の子』。 そう呼ばれておる。
 ポケモンの力をな、引き出すことが出来るのよ。」





「しっるばーっ、帰ったわー!!」
不必要なほど元気良く、サファイアは薄っぺらな扉を開いた。
ノートの上で滑らせていたペンを止めると、赤い髪のシルバーは机の上にタマゴを置くサファイア、扉の外のドードリオ、ブラウンを順々に見る。
海にほど近い川のそばに、1件の小さな小屋が建っていた。
この小屋にブラウンに連れられてやってきた方向音痴サファイアは、ここが元ハギ老人の家だとは、知るよしもない。
「ほな、今日は‘クウ’の番な、タマゴ君あっためたり。
 食うなや、つつくなや、転がすなや、落っことすんやあらへんで!」
「ぴよっ。」
くちばしをパクパクさせているクウによくよく念を押して青いタマゴの上に乗せると、サファイアはシルバーから投げられた縄を受け取った。
ロープの両端を右手と左手で持つと、サファイアは1度真ん中を足にかけて安定させてから縄跳びを始める。

「負けたか?」
「言わんでも判るやろ、今日でもう1週間で9回目や。
 今日は・・・2号とカナが出て、最初がヤルキモノの『つばめがえし』やろ、ほいで・・・」
のろのろと思い出しながらサファイアがバトルの経過を口にすると、シルバーはそれをノートの上に書き込んでいく。
ぴょんぴょんと、それでも何度も縄につまずきながら、サファイアのできる限りのことをしゃべり続けた。
「・・・で、最後は『きりさく』でカナがやられてもうて、終いや。 縄跳び止めてええか?」
「後20分。」
口をとんがらせながらも、素直にサファイアはぴょんぴょん飛び続ける。
タイマーをセットした時計を机の上・・・クウが温めているタマゴの横に置くとシルバーはまたノートとにらめっこを始め出した。
静か過ぎる空間が がまん出来ず、サファイアは勝手にしゃべり出す。


「なして縄跳びやねん・・・?」
「最初の日に言っただろう、ポケモンが強くなったときにトレーナーの体力が追いつかなかったら大変なことになる、と。」
「体力つけるんやったら、
 んだ――――――ッ!!!・・・とか、ふんぬ―――――ッ!!?・・・とか、あるやないか?」
「走り込みは迷子になる、ウエイトリフティングは今やると背が伸びなくなるぞ。」
『んだ』と『ふぬ』で なぜ判るかなどという疑問はさておき、サファイアは背が伸びなくなるのは困るので さっさと了承した。
シルバーは今なお青く光るサファイアの瞳をちらりと見ると、
使うものをノートからノートパソコンへと切り替えて、またしても何だか判りにくい作業を始める。
考え深げに唇に手を当てたとき、サファイアはふと思い出してまた話し出す。
「そいえばな、今日はワシの後にも挑戦者が来てな、びっくりするぐらい派手にやられとったで。」
「・・・そうか。」
軽く流されているようにも感じるが、前からのことなのでサファイアはあまり気にしない。
「ほいでな、その後そいつとポケモンセンターでばったり会ってしもて、何や判らんけどワシのこと見た途端
 『こいつぁ、立派な神の子だ!』って言うて・・・・・・」



「ついてきてしもうたん。」
勢いよく、それこそ壊れるような勢いで扉が開き、シルバーは何だか悲しくなった。
40代ほどの中年の男がずかずかと小屋の中に入り込み、薦め(すすめ)られてもいないのにどっかりとイスに腰掛ける。
ひとまず徹底的(てっていてき)に無視しようと、銀の瞳のシルバーはパソコンの画面に食い入った。
「何だ何だ、せっかく来てやったっつぅのに冷てぇなぁ!!」
呼んだ覚えはない、とシルバーは心の中で突っ込む。
中年の男はこっそりと時計のタイマーを止めると、
タマゴの乗った(シルバーの作業台にもなっている)机にひじをつき、2人とポケモンを見比べて笑った。
どうしてなのかは自分でも判断つけられないが、サファイアの片方の眉がピクリと動く。
ふ、と一瞬だけ静かになった空間を押しのけ、中年の男は笑いながらシルバーに話しかけた。

「どーだ、研究は順調か、学者さんよ?」
キーボードを打っていた手が止まり、シルバーは攻撃的な視線を中年の男へと向ける。
どのくらい攻撃的か、と聞かれたらサファイアが震えあがるほど。
にも関わらず、中年の男はまたしても笑い、自分を睨み付ける少年の返事を根気よく待ち続けた。
「何者だ。」
「誰でもいいじゃねぇか、お前さんたちにとっては味方も同然だぜ?」
サファイアの縄跳びが いつのまにか2重飛びに変化している。 普通に飛べばいいというのに。
すぐにポケモンセンターに戻る気なのか、比較的軽装の中年の男はビクビクしているサファイアを見て表情だけでなだめると、
まるで魔法の呪文でも唱えるかのように唇を動かした。
「『神の子』の『紅眼』『緑眼』、そこのボウズの『蒼眼』。
 それが今のお前さんの研究題材・・・・・・間違ってるところはあんのか?」
「・・・何や、『神の子』って・・・?」
シルバーは指先でカシャン、とキーボードを叩く。
相変わらず銀色の瞳はギラギラと輝き、今度は眉間(みけん)にしわが寄っていた。
生足でドードリオを追いかけてきた中年男の言っていることが当たっていたんだ、とサファイアは直感する。
また、笑うと中年男はしわの寄っているシルバーの眉間を指差した。
「そう怖い顔すんな、そっちのボウズが怖がってるじゃねぇか。
 お前さんは『特別』だから、報酬は・・・そうだな、あんぱんでいいわ、本当はあったけぇまんじゅうの方が好きなんだけどよ!!」
もう1度、シルバーは男を睨み付ける。 だが、サファイアでも気付けるほど先ほどとは違った視線。
この男を敵と見るべきか味方と見るべきか決めかねているような、複雑な表情。
男はタマゴの上で眠っているチルットのクウを大きな手でなでると、また笑って勝手にしゃべり出した。

「ポケモンを応援してやるとよ、いつもより頑張ったりすることがあんだろ?
 『応援効果』って誰でも持ってる能力(ちから)なんだけどよ、このボウズや・・・他の光る眼を持った奴らはそれが極端になってんのよ。
 他にも血筋や性格、育った環境によって、1人1人違う特殊能力を持っていたりする。
 『神の子』とも『魔の子』とも呼ばれるこいつらは、10万人に1人の確率で生まれてくらぁ。」
キーボードを打つシルバーの手は完全に止まっていた。
先と変わらず、銀の瞳は光るが、探るような目つきであって睨みつけてはいない。
サファイアが縄に足を引っ掛けてしまい、もう1回飛び始めようと縄を踏んだとき、落ち付いたシルバーの声が耳を叩く。
「・・・多すぎないか、10万分の1は?」
「そう、思うだろうな。 まぁ、瞳の色まで変わっちまうような極端に強い力の持ち主は滅多にいないのよ。
 大体は自分の能力に気付かないうちに『その時期』が終わっちまう。 俺から言わせりゃ、その方がいいんだけどよ。
 ま、お試し情報はこんなところだ、まぁ〜だ情報はあるが、聞くか兄ちゃん?」


サファイアの青い瞳には、回る縄の向こうで考え込むシルバーの姿が映った。
ずいぶん考え込んでいるようで、サファイアはシルバーと中年男をその間に何度も何度も見比べる。
かなりの時間を置いて考え込むと、シルバーは顔を上げ、目の前の男をしっかりと見つめて口を開いた。
「何を、望む?」
「おぃおぃ、さっきも言ったろうがよ。 あんぱんだよ、あ・ん・ぱ・ん!! 後はお前さんに任せらぁ。
 まぁ、ともかく聞く気になったみてぇだな。 さすがは・・・」
ピク、とシルバーが目を上げたのを見て、男はおっと、と口に手を当てる。
「まぁ何でもいいわな、それじゃ、続き言うぞ。
 ポケモンの力を上げるっつっても形は色々だ、『強さ』にも違いがあるようにな。
 大きく分けて、3つ。 赤い眼『紅眼』、青い眼『蒼眼』、緑の眼『緑眼』。 どれがどうなってやがんのかは知らねぇ。
 どの能力を取るかは性格によって決まってるみてぇだ、たまに2つ重複して持っちまった奴もいるみてぇだがな。
 そして、どの瞳の色になろうと、能力が開花しようがしまいが、力のピークがある。」
「ワシも限界(ピーク)やぁ・・・・・・」
「大体10歳から20歳の間。 ここの個人差は大きいらしいぜぇ?
 あぁ、あと1個言い忘れたことがあったな・・・まぁ人と違う部分がある奴ぁみんなそうなのかもしれないが、
 どの能力を手に入れようと、皆、奇妙な運命に鉢合わせる。
 皆、な。」
サファイアが泣きながら跳び続けるのを見て、男は笑ってタイマーを止めた時計を見せた。
既にシルバーが言った時間から30分以上経過している。 急な脱力感に襲われ、サファイアはそのままばったりと倒れ込んだ。
中年男は高々と笑うと、サファイアの頭をぐしゃぐしゃなでる。
「やりゃあ出来るじゃねぇか、ボウズ。
 ・・・っと、まぁ、俺が知ってんのはそのぐれぇだな。 あんぱんじゃ安いもんだろ?」
「・・・・・・確かに、安いな。」
くるくる回るサファイアの眼に、シルバーの笑った口元が映る。
身を切り裂かれそうなほどのビリビリとした空気が、その瞬間を境にゆるんだような気がした。
息も切れ切れ、かなりボーっとして眠っているも同然のサファイアの横で、年上の男2人は報酬の受け渡し方法について話し出していた。
ほとんど聞いていなかったのだが、最後の辺りでちらっと『ポケモンセンターの受付』という単語が聞き取れた気がする。


しばらくすると、意識が吹き飛んでいるサファイアの肩に大きな手がかかる。
たいして時間も経っていないはずなのに、まるで置かれた手から力を分けられたようにサファイアはいつもの様子で飛び起きた。
何事か、とでも言いたげにシルバーの作業も1段落して薄暗くなった(作業中は『フラッシュ』で明かりをつけていた)部屋を見渡す。
「よぉ、ポケモンマスター目指してんだってな?」
肩に置かれた指の感触がごつごつと痛くて、サファイアは顔をしかめる。
サファイアはその手と、笑う男の顔を順々に青い光を持つ瞳で見ると、ぱちりと瞬きした。
『ポケモンマスター』という言葉が判らない。
「地方全国問わずにポケモンリーグの優勝者に与えられる称号、ひいては全てのポケモンに対して理解があるトレーナーのことだ。」
聞こうとする前に シルバーが言葉の意味を説明する。
「はぁ。」とだけ言うと、サファイアはとりあえず中年男の言った質問に対しての答えを考え出した。
あまりに唐突に聞かれたので、普段なら2秒とかからないところを30秒以上考え込む。

「・・・戻れへんねんからな、進まなあかんのや。
 ワシ、男やから守らなあかんモンもいっぱいあることやし・・・このまんまミシロに帰ったら、ただの負け犬や。」
「クッ・・・ハッハッハ!! 負け犬か、そいつぁいい!!
 ボウズ、男ならまっすぐ前見て突っ走れ。 周りに何て言われようと、信じた道を貫け(つらぬけ)よ!!」
豪快(ごうかい)に笑った中年の男に頭をガシガシなでられて サファイアは押しつぶされた。
ようやく開放され、サファイアは机の上でクウに抱えられて眠っているタマゴを取りに立ち上がる。
持ち上げたときにクウに頭の上に乗られ、重いが、ふわふわの羽根で暖かいのでとりあえず気にしないことにした。
ゴキゴキと首を鳴らしながらタマゴをリュックの中に入れ背負ったとき、ふと気がついたように中年の男は話題を変える。

「そういやよ、1週間くれぇ前に ちっとでっかい地震があったじゃねぇか。
 あの日からホウエンのあちこちで見たこともねぇ、でっかいポケモンが目撃されるようになったらしいぜ。
 なんでも・・・伝説のポケモンのレジ・・・何とかっつう奴らしい、確か1匹はこの近くの小島だったな・・・・・・」
「詳しい場所判るか?」
ピクリ、とシルバーが反応し、ノートの端とペンを渡しながら また男を睨んだ。
作業のために明かりを灯していたランターンの『グロウ』を抱え上げ、銀色の瞳を光らせている。
中年男はまたしても笑うと、シルバーが渡したノートの切れ端にサファイアには100年かかっても出来ないような正確な地図を書いて見せた。
差し出されたそれに銀色の目を通すと、赤い髪の少年は急に立ち上がり小屋の外へと向かう。
サファイアが後を追おうとすると、シルバーは1度立ち止まって真っ直ぐな瞳でサファイアを見た。
「ついて来なくてもいい。」
青い瞳が光り、迷った目をしてサファイアはチルットの乗った頭を中年男へと向ける。
こたえが返ってくるはずもなく、中年男は机にひじをついて また笑っているだけ。
すぐ側の川へとグロウを泳がせるシルバーを見ると、サファイアは『蒼眼』で男を見て、1度息をのみこんだ。
「・・・なんで、おっちゃんこんなに教えてくれたん?
 だぁれも教えてくれひんかったようなことばっかやし、どこで調べたん?」
ピクリ、とほほを動かすと、男はサファイアへと笑いかける。
その顔だけでサファイアは一瞬納得したが、当人からの補足説明もきっちりと入った。
「友達(ダチ)がな、『紅眼』だったのよ。 それであちこち飛び回って調べまくってたってわけだ。
 ま、向こうは俺がやってることなんざ知ったこっちゃねぇだろうがな。
 さぁ早く行った行った!! あの兄ちゃんが行こうとしてる場所(トコ)気になってんだろ?」
「お、おぉ!!」

戸惑いながらも 大きく拳を上げ、サファイアは小さな小屋を飛び出した。
赤い頭を見失わないように全力で走り、見送りの視線に振り向きもせずに。
1度だけ振り返ったが、その時にはもう男の姿はなくなっていた。 代わりに見知った顔があった気がしたが、それどころではない。
電車の飛び乗り(危ないからやらないように)のように、サファイアはシルバーの元へと走る。







「・・・・・・はい、要するにボクには他の人にはない特別な能力(ちから)があって、
 この町の人たちは昔からの伝統を受け継いでいるから、それを知っている・・・ということでいいんですね?」
「まぁ・・・かいつまむと、そんなところじゃのう・・・」
ミツルがこれだけの情報を手にするのに、3時間以上の時間が必要になった。
ポケモンセンターに連れてこられた時から姿の見えないマオは、恐らく先に逃げた、ということだろう。
すっかり船酔いは抜けたが、代わりに別の疲れがどっと出てミツルはソファに体を沈める。
「若いもんには難し過ぎたかのぅ・・・・・・このキナギには、他にもいくつもの伝説が伝わっておるというに、
 この町に訪れるポケモントレーナーたちは 見向きもせんでカイナまで向かってしまう・・・」
「あ、いえ、教えてくださって嬉しかったです。 急に瞳の色が変わって、正直自分で自分が怖かったんですよ。
 ボクにはまだ、旅の目的というものがありませんから・・・良ければ、もっと他の伝説のこともお聞きしたいです。」
疲れも出たのか、腕の中で眠っているジラーチを抱き直すミツルをみて、長老は顔をほころばせた。
また1時間以上話を聞かされるのか、と一瞬ギクッとするが、長老はふさふさのひげをなでると、近くにいた男に何やら耳打ちする。
すると、男はソファに座っているミツルのもとまでやってきて、小さな木の板に筆で文字の書かれているものを手渡した。
「これを持っていれば町の書庫に入れる。 気が向いたら使って調べるといい。」
「こらこらアキ、仮にも客人であるぞ?」
「はっ。」

「あ、ありがとうございます。」
ミツルは小さく目で会釈(えしゃく)した後、深く頭を下げた。
もらった木の板をポケットにしまい、自分を取り囲む町の人たちを1人ずつ見回す。
今まで見向きもされなかったが、この町の人たちはミツルに優しい。
しばらくはゆっくり出来そう、ミツルはそう考えた。


<ページをめくる>

<目次に戻る>