【ひでんマシン】
通常使い捨ての技マシンを改良した、使っても壊れない技マシン。
生産コストが高いので、ポケモン協会の指定した数種類の技しか登録されていない。
その全ての技が移動に使うことが出来るが、使用するにはジムバッジが必要になり、
また、忘れさせることを禁止されているので、使用には注意が必要。


PAGE56.背中を越えて


重い扉がキィ・・・と音を立てながら開き、金色の光をトウカジムの中に招き入れた。
あまり明るくはない室内で書類の整理をしながらジムリーダー・センリが開いた扉を見ると、まぶしさに目が眩む(くらむ)。
「サファイア君・・・かい? 悪いが、今日はもう遅いから明日に回してくれないかい?
 君のポケモンも、1日では疲れを飛ばし切れないだろう・・・」
「・・・冗談だろ? せっかくジム閉める30分前に来てやってるってぇのに。
 あぁ、それとも・・・・・・・・・・・・・・・」
センリは表情を変え、必死になって目の焦点を合わせる。
赤を基調としたシャツに、こげ茶の髪をまとめるバンダナ、年甲斐(としがい)のない耳のピアスに、赤い瞳。
背後の重い扉が音も立てずに閉まると、その凛(りん)とした顔ははっきりと見えるようになった。
「実の娘に負けるんじゃ面子(めんつ)が立たないってぇんで、戦えませ〜ん・・・ってか?」
「・・・ルビー?」



「水上スキーやるなんて、聞いてへん―――――ッ!!」
急場しのぎで用意したロープに通したパイプを握り締め、サファイアは叫ぶ。
足の下では真っ赤な、大きなハサミを持ったポケモンが上下逆さになって水の上をすべっている。
ならずものポケモンの『シザリガー』、シルバーのポケモンでニックネームは『フクシャ』だと教わった。
そのシルバーは 10メートルほど先でランターンの上に乗ってサファイアが持つロープを引いている、
こちらも40キロ近くを引かなければならないのだから、重労働に違いない。
「だから! ついて来なくていいって! 言っただろうがっ!!」
「せやかて! 気になるっちゅうねん!!」
「私事(わたくしごと)だって! 出る前に言ったはずだ!!」
びゅうびゅうと吹きつける風のせいで、自然と声を張り上げざるを得なくなる。
バランスはシザリガーのフクシャが勝手に取ってくれるが、サファイアも手は痛いし腰は痛いし海風が寒いし。

『進めーっ進めーっ、すっすめーっ♪』
「ちょっ、動かんといて!?」
「何だって!?」
「こっちの話や!!」
グロウが旋回(せんかい)し、サファイアとフクシャは波に引っかかって大きく飛び上がる。
ひざを前に突き出して何とか転ぶのを回避する、サファイアは音が鳴るほど奥歯を噛み締めると、手元を睨み付けた。
「タマゴ君、前にコハクから『魔法のコトバ』教えてもろた言うたな?」
『もろたよー?』
「教えてくれへんか? 今すぐに・・・!!」



「なぁ、賭け・・・しないか?」
ルビーは手の平と甲でポンポンとモンスターボールを弾きながら、いくらも変わらない口調でセンリへと言った。
声は20歳ほどにも聞こえるのに、その動きは幼く、小さな子供のようだ。
最後に高く弾き上げ、手のひらの上に乗せるとルビーは赤い光を放つ瞳と 窓から差し込む夕暮れの光を浴びて光る唇とで笑った。
「今日、今からジム戦をやる。
 あたいが勝ったらジムバッジと、この先 旅を続ける許可をもらう、
 あんたが勝ったら・・・・・・あたいは何でも1個、あんたの言うことを聞いてやるよ。」
センリは事務用の机の引出しから、赤白のモンスターボールを取り出す。
神妙な顔でそれを手に取って眺める(ながめる)と、赤い瞳の自分の娘を見てゆっくりとうなずいた。

「今さら・・・・・・と、言うべきか。 ルビー、おばさんの家を飛び出しておいて、許可も何も無いんじゃないか?」
「親孝行のつもり・・・っていう理由じゃダメかい?」
「父ちゃんにか?」
「それは来年な。」
赤みを帯びて来た光に顔を照らすと、センリは苦笑した。
ルビーはキュ、と使い込まれたモンスターボールを手に取ると、最初のポケモンだ、と前に突き出して見せる。
今にも消えそうな彼女の瞳を見つめると、ふと センリは笑う。
「いいだろう。 ただし、父ちゃんにもジムリーダーとしてのプライドがある。
 父ちゃんはポケモン1匹、ルビーはポケモン2匹で入れ替え自由。 その変則ルールでいいな?」
ほんの少しばかり考えるとゆっくりとうなずき、ルビーは赤い瞳で強気に笑って見せた。
親子の間に、バトルのとき特有のピリピリとした空気が張られる。
センリが強くモンスターボールを握ると、ルビーはあまり大きくはない体全体を使って 戦いの構えを取った。
日の沈む一瞬の動きさえも、戦いの合図になる。


「‘フォルテ’行くんだ!!」
ボールが手から離れるのと同時に ルビーはもう片方の手でポシェットの中のハーモニカを引き出した。
小さく小さく息を吸い込んで、音が出るか1度テストする。
それとほぼ同時にセンリも握っているモンスターボールを放り投げた。
「行け、カスピ!!」
ジムのフィールドの上でボールが2つに割れると、中から出て来たポケモンは にゃあとひと鳴きする。
身長1メートル足らず、クリーム色の艶やか(つややか)な毛並みの身体、黒い眼、大きな耳、長い尻尾。
女の子なら誰でも「かわいい!」と抱き付きたくなるような姿のポケモンだが、ルビーは相手を見て赤い瞳で睨み付けた。
銀色のハーモニカを しっかりと口に付けて。
「覚えてるか、ルビーがおばさんの家に行くことになった日、上手く話せるようにって父ちゃんが渡した エネコのカスピだ。
 トウカに来た時、おまえは突き返したな。 進化して、これだけ美しくたくましいポケモンに成長した。」
「いらない。」
一言だけ口にすると、ルビーは薄く開いた口から息を目いっぱい吸い込む。
ハーモニカが壊れるのではないかと思われるほど強いメロディを奏で出す(かなでだす)と、タツベイはそれに合わせて飛び出した。
これでもかというほどの『いしあたま』で攻撃され、人工的に固められた地面ははっきりと丸い穴を残す。

「カスピ、『うたう』んだ!!」
置き上がった途端攻撃されないよう一呼吸置かなければ攻撃出来ない場所まで跳ぶと、エネコの進化系は足を踏ん張って歌い出す。
鈴を転がす声が1つ2つと音を奏で出すと、
ルビーはエネコロロ(ポケモン図鑑より)を睨み、短くリ、リ、とハーモニカを鳴らす。
主人の出した金属音が『うたう』に混ざって聞こえると、フォルテは眠そうな目でふらふらしながらも1、2歩とエネコロロから遠ざかった。
大きく息を吸い込んで、オレンジ色に燃えさかる息をクリーム色の猫へと吐き出す。
「『りゅうのいぶき』・・・・・・マヒしてしまったか・・・!
 カスピ、『いやしのすず』!!」
ふぅっと息を吐き出すと、エネコロロは跳びあがってくるりと回転する。
途端 本物の鈴の音が響き、マヒして鈍っていた動きは油を差したようになめらかに動き出す。
エネコロロは着地した瞬間に動ける足で走り出すと、フォルテへと向けて突進を始めた。
頭から強烈にタックルすると、フォルテはあっけなさすぎるほど弾き飛ばされ、数メートル離れた壁に激突する。


「戻れ、‘フォルテ’!!」
壁から落ちる時間も与えず、ルビーはフォルテに手を向け青白のモンスターボールへと変化させた。
右の手でフォルテのボールを受け取ると 左に持ったハーモニカと一緒にウエストポシェットの中へとしまう。
整った唇からふうぅっと息を吐く自分の娘を見て、センリは目元をピクリと動かした。
質問を受け付けるような時間は与えず、ルビーは入れ違いに 今度は赤白のモンスターボールを放り投げる。
不安げな表情をしたワカシャモは 出るなり相手のエネコロロとルビーの顔を見比べた。
「いいかい、エネコとその進化系のエネコロロは体毛に特殊な『におい』がついてて、相手を誘惑するんだ。
 直接攻撃は厳禁(げんきん)だよ、判ったな?」
おろおろと爪のついた足を不自然に動かすと、ワカシャモは自信なさげに こくんとうなずく。
一瞬のインターバルを終え 再び戦おうとセンリたちの方へと向き直るとふと戦いの構えが解かれる。
相手が全く戦おうとしていなかったから。 よく鍛えられた腕をだらんと体の横にたらし、センリは父親の顔でルビーのことを見ている。

「・・・何でも1つ、言うことを聞くと言ったな?」
「言ったよ、それが何か?」
いつ不意打ちが来るとも判らない、ルビーは返答はするが注意深くエネコロロの動きを観察している。
ほとんど彼女の視線が来ていないことにも気付いてはいるのだろう、センリは構わず口を動かした。
「もし、父ちゃんが勝ったらポケモンを嫌うことを止めてくれ。
 旅を止めろとは言わない。 父ちゃんはポケモンと一緒に笑ってた、少し前のルビーが好きだ。」
「あぁ・・・判ったよ。
 でもな、今のあたしは・・・・・・・・・」
ルビーの赤い瞳がゆらりと動く。 ろうそくの炎が揺れるように赤い光が揺れ動くと、ワカシャモは足の爪で地面を大きく蹴り出した。



「ポケモンのことが、大ッ嫌いなんだよッ!!!」
あらかじめ そうするよう教えられていたのか、ワカシャモは口の先からオレンジ色の炎を次から次へと吹き出す。
炎の粒がエネコロロの横っ腹をかすめるが、そこはジムリーダーのポケモン。 すぐに身をひるがえして避けて行く。
口の端をほんの少しゆるめると、ルビーとセンリは同時に右の人差し指を相手のポケモンへと突き出した。
「『すてみタックル』!!」
「『ひのこ』!!」
吐き出される炎の網をくぐってエネコロロのカスピはフォルテにそうしたよう、体全体を使い突進する。
ルビーが小さく言葉を吐くと、ワカシャモはアクロバットのようにバク転して受け流す。
その足でカスピを捕まえ、地に叩き付ける。 『メロメロ』にさせられないよう、すぐに離すとポンポンと跳んでワカシャモはまたすぐ離れた。
「遠距離戦に持ち込めば勝てるほど、ノーマルタイプは甘くはないぞ!
 カスピ、『はかいこうせん』!!」
「走れッ! ワカシャモ!!」
ガラス越しの赤い光が降り注ぐジムの中、1粒の金色の光が薄暗くなった室内を切り裂く。
ガリッと地面を引っかく音を放ち、ワカシャモは今にも放たれそうな『はかいこうせん』の固まりへと走り出した。
決して足は速くはなく、避けられるほどのスピードがあるとは考えにくい。
3メートル、2メートルと距離が縮まったとき、ルビーは爪が突き刺さりそうなほど拳を握り締め、真っ赤な瞳で相手を睨み付けた。
「・・・・・・『ひのこ』だ、‘?????’ッ!!!」
数の多くない炎の球をワカシャモは口から吐き出し、『はかいこうせん』と勝負させる。
打ち負かせるほどの威力はないが、光線は分散し本来の威力を発揮できない。
足の爪をしっかりとフィールドに引っ掛け、残った攻撃に身をさらすと、
ワカシャモは巨大攻撃の反動で動けなくなっている相手へと向かって飛び出した。
傷だらけの腕の爪が、地面へと深く突き刺さる。
「『にどげり』!!」
しっかりと地に付いた腕を軸にして、ワカシャモは動けなくなっているエネコロロを全体重をかけて蹴り飛ばす。
足の踏ん張りも効かなかったのか、カスピは2発目の蹴りでフォルテがそうしたように壁まで弾き飛ばされた。
衝撃か、それともバトルのダメージか、どちらにせよ動けそうにない。
エネコロロのカスピは ずるり、と壁を伝うと作られた地面の上で倒れ、小さく声を上げた。


「・・・・・・終わったよ。」
つぶやくようなルビーの小さな声は、波紋のようにジムの中に響き渡った。
自分の体まではだましきれないのだろう、ワカシャモが疲れ切った様子でその場にしゃがみ込む。
トントン、と手の甲で鼻の頭に浮いた汗をルビーが拭うと、センリはこげ茶の瞳を見開き、ふと肩を落とした。
小さく肩を揺らすと、それに合わせて息がもれる。
やがて、センリは何がおかしいのか、狂ったように笑い出した。
ガラス色のタマゴを預かっていたD(ディー)が、ルビーの背中の扉を開いて中の様子をのぞき込むほどに。







銀色の瞳を見開き、シルバーは足元のサファイアを見下ろした。
「今・・・何て言った?」
さきほども自分で発した言葉を、もう1度繰り返す。
サファイアはすぐには答えられない。 口の中に詰まってしまった砂を取り除く作業で それどころではないから。
それというのも、海の上では急ブレーキが効かず、かといってタマゴを背中に背負って転がるわけにもいかず、
勢い余って サファイアは小島の砂浜を顔面で滑って行ってしまったからだ。
海水がすりむいたあごに痛いが、水の持つ洗浄力を考えれば口を注ぐ以外方法が見つからない。
「今の言葉、誰から聞いた?」
『歯みがきしないと虫歯になるんだよ〜。』
口の中のしょっぱいものをサファイアはべっと吐き出した。
別に歯を磨いて(みがいて)いるわけではないねん、と心の中でツッコミを入れながら。
顔を上げると、笑えるほど驚いた表情をして、シルバーがまだこちらを見ている。

「・・・『ツー・クンフル』。」
サファイアは先ほども言った言葉を繰り返した。 銀色の、釣り上がった瞳がいっそう見開かれる。
それでも構わず、背中のタマゴを気にしながらサファイアは再度口を同じ形に動かした。
「『ツー・クンフル』や、シルバー。 知ってること、全部教え。」


<ページをめくる>

<目次に戻る>