【コンテストの採点基準】
コンテストには5つの部門があり、それぞれ盛りあがるアピールが違う。
例えば、かっこよさコンテストなら格好よくアピールしたとき最も盛りあがり、
美しさやたくましさを見せても多少の変化しかない。
かしこさやかわいさのアピールをした場合は、逆に会場を盛り下げてしまうので
注意しなければならない。


PAGE60.夕陽の色


眉間に強くしわを寄せたまま、ルビーはコンクリートの壁を横手で強く叩いた。
アクセントが不安げな顔をしながらそっと近づいてくるのを、キッと赤く光る瞳で睨む。
「・・・・・・ちっくしょう、なんでこんなに腹が立つんだい・・・!」
出場するコンテストが間もなく開始するアナウンスが入ると、ルビーはびくりと体を震わせて会場の入り口へと小走りに向かう。
その背中を見つめて、にやりと笑うのは、あの髪をボロボロになるまで染めたマグマ団の女の、カナ。





『さぁ、今回もはりきっていきましょう!
 カイナシティのハイパーランクコンテスト、最初はカンタロウさんのニンニンのアピールからです!!』


ライトが強く当たり、ルビーは他の人から判らないよう、鼻から流れる汗をグローブで拭った。
本当は気のせいなのかもしれないが、他の出場者たちからの「さぁ、新人をいじめてやろう」という視線をひしひしと感じる。
アピールの順番は今までとは打って変わり、1番最下位の4番。
こころなしか、アクセントの表情に元気を感じられない。
『さぁ、今カナミさんのミカリンの『サイコキネシス』が終了、素晴らしいアピールでした!!
 続いては1回目最後、ルビーさんのアクセント・・・・・・あら?』
鈴の鳴るようなアナウンスの女の人の声が裏返る。
他の出場者たち、観客も、その1人と1匹に驚いた。 暗い表情のルビーの足元で、アクセントがぽろぽろと泣いている。

「あの・・・どうしたんですか・・・・・・?」
気まずい雰囲気に耐えられなくなった実況アナウンスの女の人が 恐る恐るルビーへと尋ねてくる。
イラついた息をはぁっと吐き出すと、ルビーはアクセントを横目で見てトゲトゲした声を出した。
「どうしたもこうしたもっ、こいつ練習のとき1回もアピールに成功できなかったんだよ!
 こんな使えないポケモンじゃ、この先レベルの高いコンテストなんて、ぜんっぜん勝ち抜けやしないっ!!」
びくりとアクセントが身をすくませて、体をほんの少し震わせながらひくひくと泣き出してしまう。
「判定は?」と言わんばかりにルビーが血のように赤い瞳で審査員席を睨み付けると、同情の心が重なったのかポイントがどんどん上がっていく。
それを見るとルビーとアクセントは満足そうに にやりと笑った。


「・・・以上、‘アクセント’の『うそなき』でした!!」
まるで何もなかったかのように、普通のアピールを終えた直後のようにルビーは観客席、審査員席に順々に頭を下げる。
その様子を見ると、会場はますますどよめき、続いてどっと笑いが上がった。
笑いにつられたかのように、ルビーたちのコンテストのアピールポイントがまた1つ、上昇する。




「・・・まぁまぁだね。」
コンテストも中盤、3回目のアピールが終わった後に珍しいことに ほんの少しだけ休憩が入った。
パソコンで集計していたデータがどうのこうの、とか言った話をしていたらしいが、
ルビーとしては、『パソコン』という言葉が出てきた時点で言葉が右から左へと流れていってしまっているので、まるで覚えていない。
嬉しそうに耳をパタパタと動かすアクセントを横目で見て呆れたような視線を投げかけながら、ルビーは銀色の小銭を自動販売機へと突っ込んだ。
『サイコソーダ』のボタンを押して中から飲み物を取り出した時、不意に寒気を感じて辺りに注意を配る。
「めるちゃ〜んっ、『とっしん』〜。」
やる気のない声にルビーが体を震わせると、突如として自動販売機が爆発し 中にしまい込まれていたジュース他液体が床の上をはいずり回った。
毛が濡れたらコンテストどころではない、ルビーはアクセントを慌てて抱え上げるとばしゃばしゃと水しぶきを跳ね上げながら乾いた床の上へと走る。
甲の高いブーツで水を蹴りながら、その後をフードのついた赤い服の女がゆっくりと歩いてついてくる。
「なに〜、格好いい登場台無しじゃ〜ん。 ていうか、どうして攻撃避けんの〜?」
「・・・あんた、また!?」
「なに、覚えてた?」
嬉しそうに目を輝かせ、女は割とぴったりとしたスカートの裾を左手で押さえる。
「そのやたら真っ赤な変な服、間違えられるわけないだろうが!」
「ひっどぉ〜い、可愛いじゃんマグマ団の制服ぅ〜。
 ていうか、あたしの名前は『カナ』。 未来のアイドル目指す、マグマ団のヒロインのカナちゃん!・・・みたいな?」
「一体何のつもりだってんだい、またあたいにやられにきたのか!?」

今にも噛み付きそうな勢いでルビーがマグマ団の女のことを睨むと、彼女はものすごく楽しそうに笑った。
足元の色々な液体をばちゃばちゃと蹴飛ばしながら、ドンメルをゆっくりとルビーに近づける。
触れたらぶちぶち切れそうな染めを繰り返した髪をいじりながら、カナと名乗る女は攻撃心は出さずにルビーの顔をのぞきこむようにして話した。
「うっわー、今のあんたの顔すっごいブサイク〜。
 あのさ〜、あんたポケモンに技命令するだけで強く出来んだよね〜、その能力あたしにちょーだい!」
お年玉をせびる子供のように出したカナの手を、ルビーはその場で出来る最大スピードで横に引っ叩いた。
ふと横を見ると、会場へと入る防音の分厚い扉がほんの少しだけ開いている。
眉を潜めてその開いた扉、アクセント、マグマ団の女を順々に見ると、ルビーは形の整った唇をほんの少しだけ動かした。
「まるっきり無茶な相談持ちかけられたもんだよ、あんたねぇ、この嫌な能力であたいは・・・・・・」
言っている最中でルビーは後ろに回していた手をカナの眼前へと持ってくる。
手に持ったスチール缶のタブを思い切り引くと、こっそり振り回されていた炭酸飲料は爆発を起こし、マグマ団の制服へと噴きかかった。
マグマ団のカナがひるんだスキに、ルビーは後ろを向いて思い切り走り出す。
「‘アクセント’、『じゅうでん』から『スパーク』のコンボだ!
 構わないで先に行きなっ!!」
「きゅぴぃっ!!」

クリーム色と赤色のポケモンは即座にルビーの言葉を理解し、会場へのほんの少し開いたドアをすばやくすり抜けて走り出した。
ルビーはその横をずっと続く通路を走り出すと『関係者以外立ち入り禁止』と立て札のかかっている通路をフルスピードで曲がる。
角にぴったりと貼り付いて、一瞬遅れて曲がってきたカナの足をこれでもかとばかりに引っ掛けた。
派手にカナが転んでいるスキに反対方向へと走り出し、元来た道を会場出口へと向かって逆走する。
「なにぃ、『あたいは・・・』何なわけぇ? ちゃんと教えろっつーの!!」
早々に起き上がるカナを赤い瞳で睨むと、ルビーはすぐに追ってこられないように異常とも思えるほど分厚い鉄の扉を引き戻す。
すぐに走り出した彼女の後ろで 重いはずの鉄の扉が吹き飛んで壁へとぶつかり大きな音を上げる。
アクセントのいる会場へと飛び込むルビーの姿を確認すると、
カナは自分のドンメルをコンテスト会場になっているホールの防音扉の前へと放り投げた。
途端、虹色をしたレーザーのようなものが照射され、ドンメルの『める』は後から走ってきたカナの元へと押し戻される。
「うんわ、めんどー・・・『サイケこうせん』?
 何でヤジロンがこんなトコにいるってのー、あの赤い奴のポケモン?」
くるり、と回るとルビーのヤジロン『コン』はカナのことを睨み付けた。





「・・・うっ・・・・・・」
小さくうめき声をあげて、スザクは目を覚ます。
意識がはっきりせず、ぼんやりと瞳を閉じたままじっとしていると、徐々に自分がベッドにあおむけに寝かされていることを認識しだした。
ため息のようなものをつきながらゆっくりと目を開けると、予想通り、白い天井が黒い瞳に映った。
今までのことを1つずつ思い出そうとぼんやり頭を働かせると、不意に身体中に痛みが走る。

「あ、気が付かれましたか?」
引き戸の開くカラカラという音が鳴り、パタパタと足音を鳴らしてから大きなメガネをかけた女の人がスザクの顔をひょこっとのぞき込んだ。
首を動かすことも出来ず、スザクは光の薄い瞳で何とか覗き込んだ女の人を見つめ返す。
「・・・ここは?」
「はいっ、シダケ総合病院です!! 私は貴方の担当医に任命されました、ヘムロック・ライラックです!
 よろしくお願いします!」
かなり大きな声を出され、頭にキンキンと響く。
それでも表情を出来るだけ崩さず、ポケモンリーグ優勝者としての顔を保ったままスザクは上体を起こした。
肩から背中から、痛みがじんじんと伝わって眠気を覚ましていく。
「あたしの・・・ポケモンたちは?」
「大丈夫です、貴方の側にモンスターボールが5個転がっていたみたいですので、
 今、私と同じ学校のポケモン医療科の人が 治療にあたっているそうです。」
「・・・5個?」
「貴方の側で倒れていた赤いギャラドスは そのアルムさんがロープ3本とカクレオンの舌で引きずって行きました。」
「あ、そう・・・」
ホッと一息つくと、一際強い痛みが襲いかかり、スザクは思わず顔をしかめる。
パタパタと慌てたようにヘムロックはスザクを寝かしつけると、今時珍しい水銀体温計を彼女の脇へとはさんだ。

「無理しちゃだめですよ。 ここに担ぎ込まれたとき、貴方が『ひんし』状態だったんですから。
 全身の凍傷、それに溺れてたときのショックがありますから、2〜3日は絶対安静ですよ!」
溺れていたんだ・・・とスザクは他人事かのように聞いたことをそのままつぶやいた。
砂時計を逆さにするヘムロックを見て ほんの少しほっと息をつくと、首だけ動かして彼女の大きなめがねを見る。
「女医さん、あたしが寝てる間、男の子が来ませんでした?
 あたしと同じくらいの年齢の・・・金色の瞳に黒髪で、声変わりしてない男の子。」
しばらく考えるようにすると、ヘムロックは首を横に振った。
「・・・いいえ、そういう人は来なかったですけど・・・どうしたんですか?」
「眠ってる間・・・歌を聴いた気がするんです。
 その子の声で、以前歌ってくれた・・・子守唄を。」





『素晴らしい!! ルビーさんのアクセント、みごとな『じゅうでん』のアピールでした!!
 これで一気に2位から浮上してトップ! トレーナーの方が見えませんが、アクセント、最後のアピールです!!』

会場が一斉に沸き立つなか、実況の女の声が負けじと大きな声でアクセントのことを呼ぶ。
自分のトレーナーが戻って来ず、不安げにちらちらと辺りを確認するプラスルは押し出されるようにステージの真ん中に立ち、ライトを浴びた。
最後のアピール『スパーク』を撃つだけの電力は既に貯まっている、指示もあらかじめだされている。
だけど、足りない。 それを行うための何かが足りていない。
数100人いるのではないかという人間たちの視線を小さな身体いっぱいに受けると、
アクセントは勇気を出して、パリパリと放電する音を鳴らし出した。
その瞬間、明らかに人間の声とは違う、アクセントの聞き慣れた楽器の音が会場を抜けていく。
「きゅぴ?」
耳をパタパタと動かして アクセントは会場の中にいるはずの自分の主人を探し始める。
が、探すまでもなく彼女はすぐに見つかった。 人ごみを1回のジャンプで飛び越え、ワカシャモがステージ下まで飛び込んできたから。
やたら半音の多いホ調のメロディーはアクセントに充てられたものではない、
彼女は主人に言われたことを思い出し、目いっぱいの威力で『スパーク』を放つ。
直後、派手な音を鳴らしてコンテスト会場東側の分厚い扉が爆発を起こした。


「・・・・・・『じばく』。」
会場の人間がどよめきを起こす中、ルビーは一瞬ハーモニカから口を離して技の名前をつぶやく。
追いかけてきたマグマ団以外の安全は何とか確保している、
ルビーの思惑通り、ただのトレーナー同士の『いさかい』か何かだと思ったらしく、コンテストはそのまま続き、アクセントはすぐに優勝したことを告げられた。
表彰式に移る前にルビーは再びハーモニカで指示を出し始める。
今度はワカシャモとタツベイのフォルテ、2匹分。

中央扉を肩で押して、ポケモンたちの分も逃げ道を確保する。
2つ目の扉を開ききると、ルビーは会場外へと向けて全力疾走を始めた。 またマフィアまがいに追いかけられたのではたまらない。
「早くしな! 一気に街の外まで行くんだよ!!」
ロビーを抜けて自動ドアをくぐると 疑問の表情を浮かべたオレンジ色のライチュウ、D(ディー)が
ガラス色のタマゴを持って 2本足でちょこちょこと追いかけてくる。
その後をワカシャモに抱えられたアクセント、モンスターボールを抱いたフォルテが必死に追いすがってきたとき、
ルビーは腰のポシェットを開き、アイテムボールを地面の上へと思いきり叩き付けた。
「戻れ! ワカシャモ、‘アクセント’、‘フォルテ’!!」
キッと睨み、良く通る声を張り上げて自分の3匹のポケモンへと指示を出す。
一斉に赤白、青のモンスターボールへと戻ったポケモンたちを出したマッハ自転車と入れ違いにポシェットへとしまうと、
D(ディー)を片腕で抱え上げ、乱暴に荷台へと乗せた。
そのままスタンドを上げ、重いペダルを踏み付ける。


「らいらい、らいちゅう?」
「うるさいっ!!」
ぜぇぜぇと息が上がっているなか、ルビーは必死の思いでペダルをこぎ続ける。
重要な荷物は全てポシェットの中に入っているが、食料などのかさばるものはポケモンセンターに預けっぱなし。
それでもルビーはカイナの外へと向けて自転車を走らせた。
まるで、何かにとりつかれているかのように。


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