【攻撃の限界】
人間が年齢とともにいつか寿命を迎えるように、ポケモンが攻撃する威力にも限界がある。
自分の能力を上昇させていけば攻撃の威力もそれに応じて上がって行く。
しかし、どれだけ攻撃力を上昇させても通常では3倍までしか威力は上がらない。


PAGE61.雷注ぐ地下の街


「・・・・・・はぁっ・・・はぁっ・・・・・・・・・はぁっ・・・」
カイナシティから15キロほど離れたところでルビーは自転車を止め、ハンドルのうえにもたれかかった。
海から山の方向へと全力疾走で来たわけである、息が上がるなんてものではない、肺がほとんど酸素を取り込めずまともに動くのも難しい。
不安定な荷台の上でうまくバランスを取りガラス色のタマゴを抱えたライチュウのD(ディー)が
長い尻尾を命綱に、ルビーの背中をポンポンと叩く。
「触るな!!」
大きな声にD(ディー)はビクッと身を震わせる。
ルビーは深く息を吐いて、吸うと、サドルから降りて非常にゆっくりとしたペースで自転車を押しながら歩き出した。
行く先に、大きな大きな、建物が見える。


マッハ自転車をアイテムボールの中へとしまうと、ルビーは大きな建物の中に(無断で)入り、後ろ手で扉を閉めた。
足元でオレンジ色のライチュウが黒い瞳でじーっと見上げるなか、疲れ果てた体を重力に逆らわせず下に降ろし、座り込む。
ふと、横を見ればD(ディー)と視線が合う。 間髪置かずにルビーは自分の2つの赤い瞳に手で目隠しをした。
「・・・見んな。 『呪い』が移るかもしんないよ。」
「ら〜い?」
そのままの体勢でルビーは閉めた扉にもたれかかる。
切れた息はだんだんと落ち付いてきたようだが、鼻先から流れた汗が頬(ほお)へと伝って流れた。
グローブのはまった手でまぶたをゴシゴシとこするが、それで色が落ちるわけでもなく開いた瞳はやはり宝石のような、赤。
悔しそうに眉間にしわをよせて視線を落としたとき、ピクッとまぶたが動いて赤い瞳が見開かれる。
一見どこにでもありそうな4畳の畳み部屋、だけどルビーにとっては確かに見覚えのある場所。
真ん中に置いてある座敷机の上のポケモン人形焼と、湯呑みの位置まで何1つまで。





「・・・・・・逃げろっ!!」
おぼろげだった意識がはっきりし、ルビーは飛びあがって自分で閉めた扉を開こうとノブをガチャガチャと回す。
途端、ガラン、という音を立ててドアノブが床の上に転がった。 こめかみに冷たいものが流れ、髪に吸い取られて消える。
「ここより、→に3歩、↑に2歩進めば、そこはステキな・・・・・・」
「出て来い‘アクセント’! 『スパーク』!!」
「きゅぴぃっ!!」
問答無用で攻撃され、本来『からくり大王』と名乗るはずだった怪しげな王冠をかぶった中年男は悲鳴を上げる間もなくダウンする。
攻撃を終えぴょんぴょんと跳ねながら戻ってきた♯(シャープ)のかざりをつけたプラスルは かなりおびえた表情。
一体、どっちが被害者なんだか加害者なんだか判らない。

「ヌゥ・・・ズイブン、ヒドイデハ ナイカ!
 コノ『カラクリ ステキ カシコイ アコガレ カッコイイ メカ』デ ナケレバ、アヤウイトコロ ダッタ ゾイ!」
チッと舌打ちすると、ルビーは扉を背にして赤い瞳でからくり(中略)メカを睨む。
「すみませんねぇ、こっちは、延々自転車こぎ続けて疲れてたもんで!
 判ったらさっさとここから出しな! こちとら先を急いでんだよ!」
体力満タンのアクセントがきれいに整った毛並みを逆立ててモーター音を鳴らすメカを威嚇(いかく)する。
ガシャガシャと嫌な音の鳴る機械はウイ〜ンという音を出し、腹の中に仕込んでいたスピーカーから音を発生させた。
「ムハハハハ! ソウハ イカン!!
 セッカク ワガハイガ 3カゲツ カケテ ナンダイヲ ツクッタノダ!
 テストシテ クレタ ショウネンニハ カンタンニ トッパ サレテ シマッタ ガ
 カンペキニ ツクリナオシタ!! カンタンニハ トケナイ ゾヨ〜!!」
「関係あるか!? 出せって言ってんだよ!!」
「カラクリ チャレンジ スタート!!」
ルビーは小さく「ひっ」と声を上げた。 2秒前まで確かに存在していた床がない。
下っ腹と、胸からあごの辺りにかけてもやもやした嫌な感じがまとわりつき、頬(ほお)が風を切る。
落ちている・・・そうルビーが理解するのに数秒の時間を必要とした。
「オヤ、ワガハイト シタコトガ レバーヲ マチガエテ シマッタゾイ!
 コレハ『ニューキンセツ』ニ ツウジル オトシアナ ダッタ。
 マァ、キョウハ ヒトガ キテオルト テッセンガ イッテオッタシ・・・ダイジョウブ ダロ。」
ポリポリと頭部をかくと、からくり(中略)メカは脚部(きゃくぶ)のキャタピラでくるりと後ろを向き、奥の部屋へと引っ込もうとする。
その途中で焦げてへこんだ畳に足元を取られ、前方に派手に倒れて再起不能となるのだが。



背中にパイプのような感触を感じ、ルビーは停止する。
地面に打ち付けられたような痛みやしびれもなく、止まりかけていた息を吸い込みルビーはぜぇぜぇと空気をあえぐ。
胸元でパリパリッと小さな音が鳴ったのだが、それを聞き取るだけの心の余裕は今の彼女にはない。
「・・・おぃおぃ、大丈夫か? 姉ちゃんよ・・・」
「ありっ・・・ありがと・・・・・・」
誰かが受け止めてくれたのだとパニック気味の頭で何とか理解して 歯鳴りのする口からルビーは言葉をもらす。
どういうわけだか腕が動かず、恐る恐る視線を落とすと黒い♯(シャープ)の形をした小さなプラスチック飾りが赤い瞳に映った。
それがアクセントだと判ると同時に腕にのしかかったD(ディー)の存在にも気付き、ルビーは頭が真っ白になる。
受け止めてくれた人が彼女を地面(コンクリートの打ちっぱなしだが)へと降ろすと2匹は雷警報に気付き、ルビーからそろ〜っと離れてタマゴの無事を確認した。
もちろん、頭のいいアクセントと一緒なら ルビーの意識がはっきりしたときD(ディー)も一緒に安全な場所に逃げ切れているというわけで。

怒鳴るタイミングを失ったルビーはキョロキョロと辺りを確認する。
「ここは? どうして、そうだ、あたい・・・一体何が・・・!?」
「まま、落ち付けよ姉ちゃん。 あんたあの天井から落っこちてきたんだ、そのポケモンたち抱えてよ。
 おっどろいたぜぇ? 地下都市だっつぅのに天使が降ってきたのかってな!!」
ゲラゲラと笑いながらルビーを受け止めた男はコードなどがぶら下がった天井を指す。
何度か壁か何かにぶつかったような記憶はあるが、男の指した天井自体、かなり高い位置にある。
もし受け止められなかったらという想像をして冷や汗をかくと、ルビーは段々と冷静になってきた瞳で男のことを見た。
どこかの機械施設らしい『この場所』から予想すれば、考えられるのは工事の人間か何かくらいしか思い浮かばないのだが、
男の服装は どう考えても山登りか旅行スタイル。
横に異様に大きな1本角の虫ポケモン、ヘラクロスがいることからトレーナーだということは判断つくのだが、やはりこの場所にいることの説明がつかない。
「・・・あんたは?」
体勢を立て直しながらルビーが尋ねたとき、アクセントからパチッと音が鳴る。
驚いて自分のポケモンへと目を向けるとその間に男が喋りだし、かなり低い声がルビーの耳をくすぐった。
「格好見りゃ判ると思うんだけどよ、俺も一応トレーナーよ、非公認だけどな。
 キンセツのジムリーダーから頼まれて、今ここの見回りのバイトやってるっつうわけだ。」


男はタマゴを抱えたD(ディー)を転ばないように立ち上がらせると、親指でほっぺたの電気袋をなでる。
気持ち良さそうに喉を鳴らしたライチュウを見ると、それが普通なのにびっくりするような黒色の瞳でルビーのことを見て、再び低い声を出した。
「おおかた仕事は終わったからよ、一応最終チェックだけやって帰ろうかと思ってんだけど、
 天使の姉ちゃん、一緒に行くか?」
「『天使の』は余計だよ! あたいはルビー!」
顔を真っ赤にしながらルビーは立ち上がる。
その様子を見て 男はゲラゲラと笑うと「じゃあ決まりだな」と言って機械類の間の道を歩きだした。
一瞬にしてなついてしまったらしく、D(ディー)が転ばないようによちよちと後を追いかけるものだからルビーも追わないわけにはいかない。





「・・・この場所の名前はな、『ニューキンセツ』っつうのよ。」
出口を目指す(のかどうかは判らないのだが)途中、男は聞いてもいないのに勝手に喋り出す。
ルビーとしては、後ろでパチパチと静電気のような音を鳴らすアクセントが気がかりでしょうがないのだが。
「『ニュー』っつうくらいだから、ここに人が住む計画もあったんだろうが、やっぱ人間お天道さんが恋しいんだろうな。
 今は見ての通り街に電気を送り出すだけの廃墟だ。
 だが、どーも最近様子がおかしいってんで、キンセツのジムリーダーが心配しててな、
 そこにたまたま俺が通りかかって、割のいい仕事だったんで引き受けたっつうわけだ。」
「あ、そう・・・」
まるきり気のない返事でルビーは興味がないことを男に伝える。
ちょっと後ろを振り向いてやる気のなさそうなルビーを見ると、男はまたゲラゲラと笑い、再び歩き出した。
「興味ねぇって顔だな。」
「色々あったかんね、気ぃ立ってて何もやる気しない。」
そうか、とだけ言うと男は歩調を変えず、真正面にある配電盤らしき物体へと歩み寄った。
パチン、パチンという音を立て、いくつもあるスイッチを切っていく。
背後が段々と暗くなっていくことから、それらが照明のスイッチだということが何となしに判断がついた。
ルビーの後ろで何度か青白い火花を散らすアクセントに軽く目を向けてから、ルビーは男の背中を見て口を開く。

「・・・色盲(しきもう)?」
「あんたの目のことか? 何だ、聞いて欲しかったのか?」
ルビーはちょっとだけ驚く。 この赤い瞳に気付いた人からは、ずいぶんと物珍しげな視線で見られていたから。
何を言えばいいのかにちょっと困ってうつむいていると、ここでの作業を終えた男に「行くぞ」と声をかけられる。
「聞かれなかったのは、初めてだよ。」
あまり調子のよくなさそうなアクセントを無理矢理歩かせ、ルビーは続きを口にした。
「みんなに聞かれる。 去年までだけど、そのたびに本当のこと言ってきた。
 だけどみんな信じない。 聞いたのに信じない。 自分の都合のいいようにしか解釈しない。
 だから、聞いてきた奴には答えない。」
「俺はなぁ・・・・・・」
男が急に立ち止まって、ボーっとしていたのかルビーは背中に追突する。
振り向くと 男はルビーの2つの赤い目のちょうど真ん中を指差して、あまり旅人らしからぬ白い歯を見せた。
「知ってんのよ、あんたのこと。 あんたテレビに映ってたろ?」
うっと小さな声を上げ、ルビーは言葉に詰まる。 本当のことだけに逆に言うことが見つからない。

困ったようにうつむいたルビーの顔を上げさせると、男はにんまりと笑ってまた歩き出した。
多少、口の心得はあるつもりだったが話すことも見つからず、ふらふらしているアクセントを時々見ながら沈黙してその後を追う。
アクセントから時々電気の糸のようなものが飛び出して、転がっているダンボール箱を焦がすのが気になり始めているが。
「・・・・・・・・・異常、だな。」
「え?」
ぎくっと肩を震わせながら、ルビーは止まった男の背中を見る。
何の働きをなしているのかも判らないが大きな機械の前で立ち止まると、男は振り返って何回も耳を横に振るアクセントを指差した。
「そのプラスル、明らかに電気を溜め込み過ぎてやがる。
 気をつけちゃいるんだが、ここらの機械のほとんどが帯電しているんだ。 こりゃ、発電機の方に異常が起きてると見て間違いないぜ。
 悪いな、ルビーっつう姉ちゃん、今日の仕事、もうしばらくかかりそうだ。」



大げさな手袋をはめると男は何か文字の書かれたプレートの下がっている扉へと手をかける。
「下がってな。」
言うとすぐに男はノブを回し、鋼鉄の扉を音を立てながら開く。
チカチカとランプの光る扉の向こうが見えたかと思った瞬間、耳にか、それとも頭に直接か、ノイズ音のようなものが聞こえ思わずルビーは耳をふさいだ。
赤い瞳をぎらつかせ、ルビーは扉の向こうの騒音の主を目一杯力強く睨みつける。
その瞬間、すぐ側にある計器のような機械が爆発し、ルビーは凍ったように動きを停止させた。
煙が、顔のすぐそばを取り巻いていく。
「大丈夫か!?」
音に驚いた男が弾き飛ばしそうな勢いで扉を開き、ルビーの側へと駆け寄る。 床にひざをついたルビーの肩を揺さぶるが、ほとんどと言っていいほど反応がない。
破片でケガをしないよう、またルビーが感電しないよう安全な場所へと彼女を移動させ、男は配電室へと走り込んだ。
薄暗い空間に残され、小刻みに震えるルビーをD(ディー)がそっとのぞき込む。

「・・・あたしじゃない・・・・・・違う・・・あたしじゃない・・・・・・!!」
震える声に、D(ディー)は黒いつぶらな瞳を小さく瞬いた。
茶色くて長い耳を揺らし、「ふ〜?」とノイズ音に消されてしまうような小さな声を上げる。
D(ディー)はまぶたの下にしまい込まれたルビーの赤い眼を見て、電気を溜め込んで苦しんでいるアクセントを見て、男の向かった配電室を見て、
持っているガラス色のタマゴをルビーのひざの上へ乗せると、小さな毛むくじゃらなの前足でルビーの肩をぽんぽん、と叩いた。
「ら〜いら、らいらいちゅ?」
反撃してこないルビーの背中をまるで人間のようにとんとんとさすると、D(ディー)はフーフー言っているアクセントへと近寄って両方の頬をつかんだ。
瞳の赤くなる前のルビーによく似た、茶色い目と視線が会うと、前足にちょっと力を入れてバチンッ!という大きな音を鳴らす。
何もなかったかのようにアクセントを持ち上げてルビーの足元へと置くと、D(ディー)は4つの足を使って配電室の向こうへと走り出した。


音を立てる発電機を見て、D(ディー)はピクピクと茶色い耳を動かす。
そこらじゅう放電して青白い火花が散っているが、電気タイプだからか怖がるような様子は全くない。
「姉ちゃん! 危ないから下がってろっつったろうが!?
 発電装置は止めたが、残った電気の量が多すぎて空気中に放電し切れねぇんだよ!!」
「らいっ!?」
男の声の方にびっくりしたらしく、D(ディー)は尻尾をピンと立てて体をすくませる。
その声に男の方も驚いたらしい、『そこ』にいるのはオレンジ色のライチュウなどではなく、ルビーだと思っていたのだから。
悪くもないのに怒られた子供のような顔をしてぽかんと突っ立っているD(ディー)の横で、発電機が電気の量に耐えられなくなったのか音を立てて爆発する。
どこかがオーバーヒートしたのか煙の立ち昇る機械をまるで何でもないことかのようにライチュウは黒い瞳で見ていた。
「何だよ、ポケモンの方か・・・ちびっこ、お前もさっきの話聞いてたんだろう?
 ここは俺に任せて主人のとこに戻ってろ! ・・・っつっても、わかりゃしねぇんだろうけど・・・・・・」
小さくため息をつきながら男は既に切ったはずの主電源を横目で見る。
電気が通っているせいでチカチカとランプがついているが、既に先ほど男がスイッチを落としたので、表示は『切』になっている。
「らぃうら、らぅいーらぃ、らいらぃらぁちゅ、らいちゅう?」
「・・・はぁ?」
鳴き声をあげたライチュウへと男は目を向ける。 言葉は通じていないが、一瞬人間に話しかけられたかのような錯覚に陥って(おちいって)。
D(ディー)はゆらゆらと長い耳を揺らして首をかしげると、今なおバチバチと放電する発電機へと近寄って長い尻尾をくねらせた。
「らぁ〜い。」
「・・・ちょっと待て、いくら電気タイプでも感電するっての!!」
鉛色の発電機へと両方の前足を押し付けると、D(ディー)の周りを青白い火花が大きく渦巻く。
こうなると生身の人間が近寄れるようなものではない、とにかく主人を呼ぼうと男は慌てて発電室から飛び出した。
雷が空気を切り裂く音が容赦なく男の耳に襲いかかるが、もはや後ろを振り向いていられる事態ですらない。
座り込んでいるルビーを無理矢理立たせ、ガラス色のタマゴをしっかりと持たせると背中を押して再び発電室のドアを開ける。

次の瞬間、2人は絶句した。
何事もなかったかのように黒い瞳をこちらへと向けているD(ディー)と、その後ろですっかり大人しくなっている発電機。
D(ディー)は先っぽの黒い前足で 先ほどルビーにやったようにぽんぽんと鉄の表面を叩くと、ぴょんっと軽く飛んでルビーを見上げてはにかんだ。
「らいらぃ、ら〜いら、らいちゅう!」
「・・・D(ディー)・・・あんたまさか、発電機の電力・・・全部吸い取ったっていうんじゃ・・・」
「らぁらぁらぃ、らいちゅ、らいらぃちゅ〜。」
自慢げにポケモン語(?)を話しながら、D(ディー)はピンと立った耳を上下に動かした。 頭ごと。
時折、パチパチッと静電気の放電するような音は聞こえるが、アクセントのように電気量に耐え切れずにふらつく様子は微塵(みじん)も見られない。
ぴぃんと張った長い耳からもう一度軽く放電すると、D(ディー)は男の方を見上げてもう1度「らぁい」と小さく鳴いた。
長ぁい尻尾をくねらせると、そこからパチパチパチッと再び音が鳴る。
「一旦ここ出た方がいいな。 姉ちゃん、あんたのポケモン連れてけるな?」
おろおろしながらも、ルビーは男の言葉にうなずいてすっかり電気が抜けてきょとんとしているアクセントをボールへと戻す。
触ると危険なD(ディー)は自分で歩かせ、ルビーの細い腕を引いて男は5分としないうちに『ニューキンセツ』の外へと出た。





細い階段を上り、小さな扉をくぐるとルビーたちは数時間ぶりに太陽の光を見る。
ほっと一息ついているところに、またしてもパチンという音が鳴り、ルビーはビクッと体を震わせる。
音の方向を見ると、D(ディー)が長ーい尻尾を地面へと突き立てその先をじっと見つめている。 ピンと立った耳が段々と垂れ下がっていくことから、それが
地面へと放電している行動なのだ、ということが何となく想像がついた。
「危ねぇとこだったな・・・」
「・・・まったくだよ。」
ルビーはガラス色のタマゴを抱えたまま、その場にしゃがみ込む。
深あぁく、ため息をついてうつむこうとすると、ひたいを押されてルビーは半分無理矢理顔を上げさせられた。

「泣くほどのこっちゃねぇだろうが。」
「泣いてない。」
少々むっとした顔をしながらルビーはトゲトゲした声を返す。
何もかもを見透かしたような顔をしてバンダナのかぶさった頭を押さえ込むと、男は気付かれないよう
赤白のモンスターボールをタマゴを抱えたルビーの腕に滑り込ませ、ゲラゲラと笑い声を上げた。
「まぁ姉ちゃん美人だからなぁ!! 泣きゃあ100人笑えば1万人の男が寄ってくんな。
 気が向いた時に気が向いたようにやりゃあ、何とかなんだろ!!」
「何が言いたいんだよ!?」


怒鳴り付けたルビーの腕から、1つのモンスターボールがこぼれ落ちる。
赤白のそれは柔らかい草の上に転がって2つに割れ、中に閉じ込めていた1匹のポケモンを開放した。
「・・・・・・ぐわ?」
黄色いポケモンは首をかしげると辺りを見渡し、ぽかんと顔を見つめるD(ディー)のことに気づく。
その途端、顔を真っ赤にしてよちよちと走ってルビーの後ろへと隠れた。 ルビーは驚いて振り払おうと足をばたつかせる。
蹴られてはたまらないとぱたぱたと逃げまわると黄色いずんぐりむっくりのポケモンはルビーの顔を見上げ、「ぐわ?」と再び首をかしげた。
「おーや、まだポケモン持ってたのか。
 可愛いコダックじゃねーか、ニックネームはなんっつうんだ?」
「・・・まさか、おっさんがこいつのこと・・・・・・!?」
「知らねぇなぁ? ルビー姉ちゃんのポケモンなんだろう?」
怒りからか、顔を真っ赤にするとルビーは平手を作って学名・コダックの3本の毛がちょこんと出た頭を軽く叩いた。
方向を確かめ、キンセツシティへと向かって1人でどんどん歩き出す。

「‘スコア’、ついて来られないなら置いてく!!」
「ぐわぁっ!?」
置いて行かれてはたまらない、と『スコア』と名付けられたコダックはよちよちと一生懸命ルビーの後を水かきのついた足で追いかけだした。
ぽかんと口をあけてその様子を見ていたD(ディー)も、気がついたようにルビーとスコアの後を追いかけて走り出す。
1番後に残された男は、またしてもゲラゲラと笑うと、ゆっくりと1人の人間と2匹のポケモンが歩いた道を歩き出した。
『ニューキンセツ』の暴走を止めたトレーナーとそのポケモンに何か礼でも、そんなことを考えながら。


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