【きのみ】
自然あふれるホウエン地方は、柔らかい土の上に食べられる木の実をつけた植物が生えていることが多い。
この木の実はポケモンにとっても大好物で、食べられるだけではなく
毛づやを良くしたり、どくやマヒなどの状態異常を回復させられるものもある。
PAGE63.疑惑の旋律
―数時間前―
「・・・はえ?」
「いやもう、だから帰して欲しいんだってば・・・・・・」
ルビーは心の底からそう言った。
早くヒワマキシティに行きたいから朝早くにキンセツシティを出たというのに、
この老人と、謎の紫スーツ男、ダイゴに捕まってからもう1時間半は経過している。
話しては聞き返され、きのみを渡され、聞き返してはまた『は?』と言われ、またきのみを渡され、
既に両腕に持ちきれるかどうか怪しい量のきのみを 老人から押し付けられている。
「そうか、君はこれから何処(どこ)へ行こうとしているんだい?」
「だからっ!! さっきからヒワマキに行くって10ぺんでも20ぺんでも言ってるだろうがっ!!
一体どんな耳の構造してんだよっ、あんたはっ!!」
怒鳴り声も空しく曇り空に吸い込まれ、ダイゴ(という名前だったと思われる)は一切反応なし。
とっくのとうに暇を持て余したワカシャモとライチュウのD(ディー)はタマゴを抱えて眠り込んでいる。
「・・・・・・」
「ちょいと!?」
「・・・・・・」
「またかいっ、返事しやがれ!!」
「え? あぁ、それで、君はこれから何処(どこ)へ行くんだい?」
1時間半この調子で話せるダイゴ(と老人)もそうだが、ルビーもよく1時間半怒鳴り続けていられると思う。
これからどこへ行く、という話題だけで4回同じ会話が繰り返されると、老人が珍しいきのみをまた、ルビーの両腕に抱えられたきのみの上に置く。
「そうかそうか、チミはコンテストに出るんじゃね。
若いというのに感心じゃのう、よしよし、このジジが珍しいきのみをあげよう。」
「だからじいちゃん、その『ラブタのみ』はもう40個ももらってるから! もういらないから!!
あたいは早くミナモシティに行きたいんだってば、もう行かせてほしいの!!」
「それで、君はこれから何処(どこ)へ行くのかな?」
泣きたくなってきたルビーの足の先を D(ディー)が前足でちょんちょん、とつつく。
蹴り飛ばしたい衝動にかられつつルビーが横目で彼女のことを見ると、D(ディー)は「しー」という仕草をしながらこれから進むはずの道の先を指した。
何となくそれが何を言いたいのか想像がついてしまい、ルビーはため息をついた。
きのみで両腕が使えず、すっかり熟睡しているワカシャモを足で蹴り起こす。
「そんじゃ、あたいはこれで さよならさせていただきますから!!
何と言おうと行かせていただきますからっ、それじゃっ!」
ぼとぼとぼとと腕の間からきのみを取りこぼしながら、ルビーは大股(おおまた)でずかずかと逃げ出すようにその場を立ち去ろうとした。
その腕を引き止めるようにダイゴが掴み、また赤や黄色のきのみがごろんごろんと落ちる。
ちなみに、落っこちたかっら〜い『マトマのみ』でワカシャモがヒーヒー言っているのは無視する方向で。
「何!?」
「出発するのかい、ど・・・」
「ヒワマキッ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか、あぁ、
デボンコーポレーションの名誉のために、1つ言っておきたいことがあるんだ。
君の持っているポケナビは非常に簡単な操作で動かせるようになっている。
起動して、左側の『MAP』と彫られて(ほられて)いる赤いボタンを押せば、地図は開けるはずなんだ。」
ルビーは押し黙る。
それだけで良かったのか、という感心が10%、そんなことも出来なかったのかという怒りが40%。
そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・まさか、それを言いたいがために呼び止めたってぇのか?」
「・・・・・・・・・ん、あぁ、君がポケナビをあまり使っていなかったようだから、気になってね。
ところで、君の・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ヒ!ワ!マ!キッ!!」
笑っていれば可愛らしいであろう少女の茶色い髪の下に血管が浮き出る。
思いきり怒鳴り付けられるとダイゴは(さすがに)困惑したような顔を浮かべ、首を横に振った。
「いや、君の名前・・・」
怒り心頭、ルビーの心の中ランキングでは もはやこの男はケンカする相手リストにすら登録されなくなる。
また同じ質問を30回繰り返されてもかなわない、地面に穴の空きそうな勢いでどかどかと歩きだし、途中で1回だけ振り返って怒鳴り付けた。
「ルビー!! 1回しか言わないッ!!」
ざんざん降りの雨の中、自分の大切なものを取られたような顔をして
『天気研究所』の2階を睨むアクア団の男を サファイアは息を飲んでカーテンの間から覗いていた。
隣で自分よりも年下(だとサファイアは自分で思っている)の子供が止めるべきか考えるほど涙を流しているので、自分では泣けない。
さらに本音を言えば、外を見ていることすら怖かったのだが、部屋の中に目を向けることも出来なかった。
痛々しくて見ていられない、深くついた傷を縫っている光景なんて。
「おぃ、マグマ団の山ネズミども!!」
どう言い表せば良いのか迷うほど引き締まった筋肉の男が メガホンいらずの大声を研究所の2階へと向かって張り上げる。
その片腕には、もう何度目になるか覚えてもいないほどの、
あの髪をボロボロになるまで染めたマグマ団の女、カナが首を押さえられ、じたばたと暴れまわっていた。
「てめぇらの団員の1人がこっちにゃいるんだ、さっさと諦めて山で大人しくしてやがれ!!」
何人かがここまで来たのであろう潜水艦の中に残り、10数人が研究所の正門前にずらりと並ぶ。
サファイアの見知った顔も数人分あり、思わず青い目だけ覗かせているカーテンの開きをサファイアは細くした。
再び外の様子を見ようとカーテンの隙間を広げようとしたとき、サファイアは同じ休憩室の中にいる黒ずくめの女に部屋の奥へと引き込まれる。
直後、窓ガラスがこっぱみじんと言っていい勢いで粉砕された。
驚きのあまり、サファイアは外で爆発音がしたことにも気付いていない。
「おぃ、大丈夫か?」
「えぇ、何とか。 そちらは?」
全身をおおう黒マントに振りかかったガラスの破片を床へと落とすと、黒ずくめの女は扉付近から声をかけてきた髪を後ろで結っている男へと聞き返す。
サファイアがパッと見た限りでも、危険な場所にいたのは自分たちだけで、
泣いていた子供も、出入口を固めていた声をかけてきた男2人も、シルバーとその治療をしている背の高い男もガラスの範囲外にいる。
吹き戻されたカーテンの間から、アクア団が何か騒いでいるのが見える。
ほっとしたのも束の間(つかのま)、サファイアは『あること』に気が付いた。
「・・・姉ちゃん、ナイスバデーやな?」
「・・・・・・・・・はっ!?」
今の今まで自分の身を守ってくれていた人物に サファイアはこれでもかとばかりに思いきり殴り倒される。
緊迫した空気は少しゆるんだが、シルバーはその光景を見てため息をついた。
「・・・気にしないで下さい、ガキの言うことですから。
サファイア、ウケ狙う前にその女(ひと)に言うことあるだろうが。」
「へ? あっ、『助けていただき、どうもありがとうございます』。」
恥ずかしそうに殴られた相手に礼を言うサファイアを見て、シルバーは少し笑って カーテンで見えない研究所の外へと銀色の瞳を向けた。
さっきまで大騒ぎしていたのが嘘のように 雨の音以外静まりかえってはいるが、ぴりぴりとした殺気が肌に伝わってくる。
だが、先ほどの爆発が効いたのか、すぐ研究所へ押し入ってくる様子は感じられない。 シルバーは少し考えるようにすると、
自分よりも幾らか年上の集団4人組に視線を移した。
ちょうど、自分の傷の最後の縫合が終わり、背の高い短髪の男が余った糸を切っている。
「ところで、あなたたちは? 見たところ、ここの研究者ではなさそうですが。」
ひとまずは敬語を使い、柔らかめの口調で話す。
シルバーの腕を縫っていた短髪の男が気が付いたように眉をあげると、ほんの少しだけ笑顔を見せた。
「あぁ、紹介が遅れたな。 つっても、紹介どころじゃなかったけどさ。
オレたちはジョウト総合医療大学の研修旅行組、患者さんに逃げられて、追いかけてる真っ最中。
そこのマリルと一緒の女みたいな顔した奴がレサシ、扉守ってるちょんまげ君がヒイズ、あんたの連れと一緒の女の人がレイン、
で、オレは粒針秀平、ひでぴらな。」
「ジョウト総合医療・・・!?」
銀色の瞳がナイフのように鋭く光り、思わずひでぴらはビクッと体をすくませる。
すっかり慣れてしまったサファイアは「何や?」と首をかしげる程度だが、初めての人間からしてみれば
自分が殺されるのではないかと勘違いするほどの鋭さだ。
タマゴを抱えたままぽかんとしているチルットのクウをひざに抱えると、サファイアが質問しようとする前にシルバーは口を開いた。
「『あいつ』が通ってる学校だ。」
自分だけに充てられた言葉の意味をサファイアは即座に理解する。
ぱたぱたと退屈して羽根を動かしたクウに青い瞳を向けて、うっすらと開いたカーテンの間の外を見て、部屋の中に視線を戻して。
何を言おうとしたのかも判らないが何か言おうと口を開きかけた瞬間、今度こそ本当に殺されかねないほどの殺気を感じ、サファイアは戦慄した。
「・・・のんびり質問している時間はなさそうだな。」
腕の傷を見ながらシルバーは押し殺した殺気を外へと向けて小さく息を吐いた。
サファイアはリュックの中の不要なもの(キャンプ用の生活用具など)を座っている机の上に置くと、タマゴを代わりにしまい、クウを抱えてうなずく。
ヒイズの守っている扉を冷静さの見える青い瞳で見ると、氷ポケモンの吐息のような冷ややかな空気が小さな部屋を流れた。
「シルバー、選択肢・・・3つで合うとるな?」
「あぁ、戦うのがおまえ1人だってこと、考えてから結論出すんだ。」
パチンッ、と軽い音が響き、医者のタマゴたちの視線がサファイアに集中する。
赤白のモンスターボールを右手に、青白のスーパーボールを左手に持つと、サファイアはクウを頭の上に乗せた。
「もう決めとる。」
立ち上がって小さな子供は扉を守るヒイズをまっすぐに見上げた。
右腕の傷の上にきつく包帯を巻くと、シルバーも後から立ち上がる。
部屋のすみで泣いていた子供のつぶらな瞳が2つ、自分へと向けられていることに気づくとサファイアは彼へと笑いかけ、ヒイズへと顔の向きを戻した。
「ここ乗っ取っとる奴ら、追っぱらってくるわ。
せやから兄ちゃん、この扉開けて〜な。」
「おぃおぃおぃ・・・いくらトレーナーっつったって、相手20人くらいいんだぞ?
もし向こうが全員トレーナーだったりしたら、すぐに捕まっちまうんじゃ・・・・・・」
「大丈夫、大勢のポケモンと戦う訓練もさせてましたから。」
シルバーがヒイズを左手で制し(どう考えても年下だがシルバーの方が身長が高いため簡単に抑えられる)、扉をふさぐベッドを同じ左手で引きずり出す。
サファイアも手伝い、どうにか扉を開けて人1人通れるくらいまでずり動かしたとき、今度は正面入口の方から爆発音が鳴り響いた。
それとほぼ同じくらいのタイミングで、数十人分の怒号のような叫び声も。
「・・・始まったか。 少しだけじっとしてろよ、サファイア。」
窓ガラスが割れんばかりの(既に割れているけど)声が響いているというのに、まるで音の無い世界のような静かな空気が小さな部屋を流れる。
それは扉にしっかりと張り付いてチャンスを伺うサファイアとシルバーの押し殺した気配のせい。
外に何人か残ったらしく、10人弱のアクア団が地響きを上げんばかりの勢いでサファイアたちの前を突っ切り、2階へと向かう。
ひととおりの足音が通り過ぎ、自分たちが奇襲を受ける可能性のなくなったことを知ると、
サファイアとシルバーは部屋の中へと同時に笑い掛け、閉じられた扉を蹴破ってロビーへと飛び出した。
途端、銀色の光を放つナイフのようなものが開かれた扉を突き抜け 音を立てて壁に刺さる。
ふっと荒く息を吐くと シルバーは床にモンスターボールを落とし、真正面へと蹴り飛ばした。
オレンジ色の炎が舞いあがり、飛んできたナイフのようなものを全て消滅させる。
「行け!」
「わことるわ!」
溶けた氷を浴びながらサファイアはシルバーのバクーダの横をすり抜け、2階へと走る。
追いかけようとしたアクア団に足を掛け、転ばせると、シルバーはその人物を見て目を見開かせた。
自分たちの足止め役に選ばれたのだろう、大きめのアクア団の制服を身にまとったその人物は、サファイアとそう年も変わらない小さな女の子ではないか。
背後の状況には目もくれず、サファイアは2階へと駆け上がると目の前に立ちふさがる大人たちを睨み付けた。
立ちふさがるといっても、サファイアの進撃を止めようとして『彼ら』がそこにいるわけではない、
2階にいる人数があまりに多すぎて、小さなサファイアが簡単に進めないほどひしめいているのだ。
そのほとんどが、マグマ団とアクア団。 先ほどの大騒ぎが信じられないほど、静かな声で何やら難しい話をしている。
「・・・邪魔じゃあ―――――っ!!」
サファイアは人の鼓膜(こまく)がつんざけそうな勢いで大人たちへと怒鳴りかけた。
一瞬どよめき、大人たちの視線がサファイアへと集中する。
この頭にチルットを乗せた少年が自分たちの背後を取っていることに気付くと、
マグマ団とアクア団、それぞれの代表者だと思える人間に指示され、下っ端らしい男と女がゆっくりと進んできた。
「邪魔はあなたです。 まぁ、子供には判らないでしょうが 私たちは今、重要な話をしているのです。
出来れば邪魔せず、静かにお引取り願いたいものですが・・・・・・」
「あんたらアクア団が人質取って『ここ』に攻めこんどるんやろが、話はしんぷるや。
お引取り願いたいのはこっちや! ゆっくり雨宿りも出来ん。」
肩をちょこちょこと叩かれ、サファイアは『何や?』とばかりに振り向く。
その瞬間、わき腹を鉛玉(なまりだま)で突かれたような衝撃が走り、サファイアは床にひざをついた。
「えらいにゃ〜、ちゃんと『おすわり』が出来るわんちゃんなんだにゃ、作戦も出来ずに人質になって帰ってくるカナとは大違い。
だけどムダ吠えは感心できないんだにゃ、天気を自由に操れるポケモンをマグマ団が捕まえるまで・・・『ふせ』!!」
頭の上のクウ共々、サファイアはとても女の力とは思えない勢いで窓際まで蹴り飛ばされる。
完全に意識を失ったわけではないが、頭がもうろうとし、サファイアはうめき声を上げた。
それを見て満足そうに笑うとマグマ団の女は狭い部屋の人ごみの中へと戻っていく。
「こっちとしては、満足に作戦も遂行できないカナはもういらないわけなんだにゃ。
腐った(くさった)魚が何を言ってもムダムダなわけにゃ。
さ、所長さん、さっさと渡してちょうだいにゃ、天気を自由に操れるポケモンを!」
薄い意識の中で、サファイアは大人たちの足を見ながら奥歯を噛み締める。
思ったよりも無事だったクウがぴよぴよと鳴こうとしたのに気付き、思わず口をふさいだ。 次攻撃を受けたら耐えられるかどうかは判断がつかない。
明らかに被害者な男の声が悲痛な叫び声をあげたとき、サファイアは青い目を見開いた。
かわいそう、とか そういう心理が働いたわけではない、それどころかこの一瞬目の前の2つの組織を全く見ていない。
気にしたのは、かすかに外から聞こえてきた『音』。
「・・・・・・ルビーのハーモニカや。」
ボーっとした意識が急にはっきりする、それと同時にこめかみに冷たいものが流れる。
サファイアは思った。
バトルを嫌う彼女を、今、ここに入れるわけにはいかない。
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