【天気】
雨や日照りなどの天気はポケモンが出す技の威力にも影響する。
強い日差しの中で炎の技を繰り出せば威力は上がるし、大雨の中水ポケモンは
身体の中に溜めたエネルギーをほとんど使うことなく技が存分に打てる。
また、あられや砂嵐などを起こすことの出来るポケモンもおり、
これからはこの気象をどう利用していかれるかもトレーナーの重要なポイントとなるだろう。


ＰＡＧＥ６４．嵐のリズム


まともじゃない、戦いながらシルバーは喉の奥でつぶやいた。
目の前で戦っているのは　どう見たってまだ小学生の女の子なのに、戦い方は子供の戦い方ではない。
幼い頃から訓練を受けていたような戦い方ですらない、と、なると残る可能性は１つ。
「・・・まさかこいつ、洗脳されてる！？」


楽しそうにニコニコと笑うと、女の子はシルバーの右腕の傷を指差して可愛らしい声を張り上げる。
「オニゴーリ、『かみくだく』！！」
「くっ、オレンジ！」
直接シルバーに攻撃しようとしたオニゴーリとの間に入って、シルバーのバクーダは代わりに攻撃を受ける。
やはり痛みがあるのか、バクーダのオレンジが顔を少しゆがませると、それが自分をほめることかのように少女はにっこりと笑った。
治療を受けたとはいえなかなか消えない腕の痛みと戦いながらどうするべきかシルバーが考えていると、彼女は驚いたことに
バトルそっちのけで　自分の真後ろにある階段の近くに置かれた『何か』に向かってパタパタと手を振る。
「パパー、ママー、見ててくれた？
　もーちょっとで　あたし、勝てそうだよ！　油断しないで頑張るからねー！」
「・・・パパ？　・・・ママ？」
シルバーの眉間にしわが寄る。　どう見てもそこに人などいないのだ。
あるのは、ただ巨大な・・・人の大きさほどの氷の固まり。　小さな女の子の視線は一心に『そこ』へと注がれている。
無邪気に笑うその少女の姿を見て、シルバーの心の中にある不安がよぎる。
それを口に出すことは、彼自身にとってもためらいがあるが。



「・・・オレンジ、あいつの注意をこっちに引くんだ。」
左手で軽く叩かれると、バクーダのオレンジは少しむっとした顔をしながらも足を踏み鳴らし『ドン！』という低い音を鳴らす。
驚いた少女が対戦相手のことを見ると、赤い髪の青年は床に流れた自分の血を踏み、銀色の瞳で彼女を睨んだ。

「死んだのか？　おまえの父親と母親。」
「・・・お兄ちゃん何言ってるの？　パパとママなら、そこであたしのこと応援してるよ？」
「おれには、ただの氷の固まりにしか見えないが？」
少女は相変わらずにこにこと笑っている、だが、その唇が小刻みに震えているのが見える。
観察したところ、歳は１２か１３といったところ。　本心では理解出来ているのだろうとシルバーは推察した。
オレンジのわき腹の辺りをもう１度左手で軽く叩くと、冷たい瞳をして少女と視線を合わせる。
彼女が段々と恐怖混じりの表情になろうとも。
「もし、それが本当におまえの両親なら・・・今、ここでバクーダが『ふんか』を起こしても、無事でいられるな？」
「・・・・・・え？」
言うが早いか、シルバーは腕のホルダーからボールを弾き落として少女のいる階段へと蹴り飛ばす。
一緒に落ちたモンスターボールから出てきたロゼリアのカラーを掴んで、自ら（みずから）もバクーダのオレンジから離れる。

「オレンジ、『ふんか』！！」
『待ってました』と言わんばかりの勢いでオレンジは太い足をしっかりと踏み鳴らし、真っ赤に煮えたぎる背中のマグマを少女へと噴き出す。
ほぼ同じタイミングでよく似た赤色の大きなハサミを持ったポケモン、シザリガーが少女を階段へとねじ伏せ、オレンジの攻撃を避けた。
逃げるタイミングを失った少女のオニゴーリ、それに階段際に立っていた２体の氷像が　驚くべき勢いで溶けていく。
「・・・い、いやああぁぁぁっ！！！」
「これでもまだ言えるのか！　この水たまりがおまえの両親だと！？」







息は上がっていたが、サファイアが置きあがるまでの時間は　彼自身驚くほど早かった。
壁に叩き付けられた衝撃で頭がガンガン鳴り響き、周りが何を騒いでいるのか聞き取ることも出来ないのだが、ひとまず近くで倒れているクウを引き寄せる。
「クウ、元気さんやっとるか・・・？」
「ぴよっ？」
「タマゴ君、つぶれてへんよな・・・？」
サファイアの背中はかなり強く蹴り飛ばされた。　ホッとしたような青い瞳は、強く輝く。
手加減無しに殴られ痛む脇っ腹を抱えてサッシにしがみつくと、サファイアは無理矢理立ち上がって窓の１つを開け放った。
相変わらず、外はどうどうと雨が降り注いでいた、不吉なことに雷の鳴るゴロゴロという音まで鳴り出している。
一応軽く外を見まわしてみたが、ルビーの姿は見えない。
森の影に隠れているだけかもしれない、そもそもサファイアの聞いたハーモニカの音が勘違いだったのかもしれない。
「・・・ルビー、もちっとここ来るの、待っててー・・・な。」
彼らしからぬ小さな声でつぶやくと、サファイアは窓を開けたまま壁に背を向けた。
その途端、灰色の小さなポケモンが驚くべき勢いで飛んできてサファイアの背後に隠れる。


直後にマグマ団の１人が鬼のような表情でサファイアへと迫ってきたので、
思わずシルバーに習ったとおり窓枠（まどわく）に腕を突っ張って　１２０％威力の蹴りで押し返した。
予想以上に当たり所が悪かったらしく、悲鳴をあげてマグマ団の男は走りまわる。
「な、なんやなんや！？」
「ポワルン、逃げるんだ！　こんな人たちに捕まっちゃいけない！！」
研究所の研究員だろう、白衣を着たサファイアの父親・・・オダマキ博士ほどの年齢の男が灰色のポケモンへと悲鳴にも似た声で叫んでいる。
勢い余ってポワルンと呼ばれたポケモンは窓枠とサファイアの背中にぽよぽよとぶつかった。
灰色のポケモンの頭の周りに青いゼリー状のものがまとわりつき、水滴の形を作り上げて行く。
「形変わりよった！？」
驚きながらサファイアはポケモン図鑑を『ポワルン』と呼ばれたポケモンへ向ける。
「『ポワルン　てんきポケモン
　　自然の力を受けて太陽、雨水、雪ぐもに姿を変えるポケモン』・・・？」
「ふん、天気に関係しているポケモン、アクア団にふさわしいじゃねぇかよ。」
「うっわ、だっさぁ〜、なぁにが『ふん』？
　いい加減離しなさいよぉ、妖怪アクア団ムッサー！！」
ビクビクと震えるポワルンを背に、マグマ団のカナが人質になっていたことをふと思い出す。　とはいえ、そちらはサファイアには関係のない話なのだが。
挙動不審にも辺りをおろおろと見回しながら、サファイアはすっかり手になじんできたモンスターボールを床へと落とす。
毎度おなじみ、ラグラージのカナが４つの足で床を踏みしめ、マグマ団アクア団を相手に低くうなった。



「ほぉ・・・おもしれぇ、やる気か？　クソガキが。」
いかにもチンピラといったマグマ団の男が人ごみの中を１歩踏み出しサファイアへと詰め寄ってくる。
サファイアはしがみつくようにしてカナの背中を押すと、チルットのクウを頭の上に乗せ直す振りをして青白のモンスターボールを横へ蹴り飛ばした。
ほぼ全員の視線が、その蹴り出されたスーパーボールに注目する。
チンピラ風のマグマ団が即座に反応し、マグマ団のカナを捕まえているやたらと背の高い顔の濃いアクア団の男と共に
赤白のモンスターボールをサファイアのボールへと向かって投げ飛ばした。
「コイキングゥ！！！　『たいあたり』じゃあ！！！」
「バカが！　そんな見え見えの作戦に引っかかる奴がどこにいるってんだ！！
　ザングース、『きりさく』！！」

獲物を狙う目をしたマグマ団のザングースと、普通ではちょっと考えられないがアクア団のコイキングが
壁にぶつかってボールから出てきたサファイアのポケモンを同時に攻撃する。
・・・はずだった、２匹の攻撃は出てきたヌケニンをすり抜け、お互いのポケモンにぶつかり合って痛い結果となる。
「あららぁ〜？　見え見えの作戦に引っかかってもうたみたいやな〜？
　こないやったら、何や悪の組織言うたかて、たいしたことないみたいやなぁ。
　ぷりちーでかっわゆ〜いお子様も倒せへんみたいやし？」
「何だと、誰が悪の組織だ！？　ザングース『おいうち』！！」
「『かげぶんしん』や、２号！！」
びちびちと跳ね回るコイキングをよそに、繰り出された赤い爪をヌケニンは間一髪のところですり抜けた。
命中出来なかった長い爪が床に突き刺さり、それをザングースが必死に引き抜く間に
ヌケニンはゆらりゆらりとマグマ団アクア団の間をすり抜けながら逃げまわる。
その戦況を強く光る青い瞳で見ていたサファイアは　突然身体を震わせた。
背後にいるはずのポワルンがいつの間にか消えているからだ。　気付かれないように辺りを見まわすと、
あろうことかサファイアたちが入ってきた階段への扉へ向かってふわふわと飛んでいる。
「・・・あのアホ！　窓から逃げればええのに・・・
　‘クウ’他のに気付かれんように　あのちっこいの逃がすんや！」
サファイアの頭をクウが軽く蹴って飛び出したのとほぼ同時に　マグマ団の女１人とアクア団の男２人が逃げ出そうとしているポワルンの存在に気付いた。
敵の敵も味方にはならず、モンスターボールがホルダーから外れる音が　サファイアには途方もなく嫌な音に聞こえてくる。

「クチート、『あまいかおり』！！」
「『いやなおと』で動きを止めろ、ゴルダック！」
「ヘイガニ、『はたきおとす』んだ！」
「『しろいきり』『まもる』んや、‘クウ’‘カナ’！！」
ボールが開く直前、ポワルンにおおいかぶさるようにしてクウが１メートル先も見えなくなるような白い霧を発生させた。
ポワルン、もしくはクウか、叩き落そうと落ちてきたヘイガニをカナが太い腕で受け止めて部屋の隅へと放り投げる。
「よっしゃ！　『しろいきり』で良く見えへんはずや！　今のうちに逃げ！」
言われるまでもなくポワルンは一目散に扉をくぐり抜けて外へと文字通り飛び出した。
灰色の後ろ姿を見てサファイアが口元で笑った瞬間、その小さなポケモンは赤白のモンスターボールの中へと吸い込まれる。
驚きで青い瞳が見開かれたとき、突然サファイアは服の胸ぐらを掴まれ、宙へと舞いあがる。
化繊（かせん）の服が首を締め、思うように息が出来ない。
泳ぎの練習でも行っているかのように足をバタバタと動かすと、サファイアは自分を掴みあげている女・・・
・・・マグマ団のカナを睨み付けた。
「チョロチョロされると邪魔だし、ちょっと眠っててもらうよ〜。」
「・・・・・・が・・・・・・・・・あんで・・・！？」
「ばぁか、いつまでもあんな、むっさいのに捕まってるかっての。
　あんたが『しろいきり』で視界さえぎってくれて、ラッキーってかんじ？」
かすむ視界の向こうで　不器用に塗られた口紅がにやりとゆがむ。
何とか抵抗しようと自分を掴みあげる手首をぎゅっと掴むと、サファイアはカナを探し、その横っ腹を蹴った。
途端、黒い影がカナの下から飛び出し、サファイアを締めつける赤い手袋を打つ。


サファイアは床に激突すると大きく何度もせき込んだ。
慌てたようにラグラージのカナがその上におおいかぶさるようにして立ち、主人を痛めつけた自分と同じ名前の女に向かって低くうなる。
「へぇ、『切り札を取っておく』ってかんじ？　確かにぃ、バトルの常識として本とかにも載ってるけどさぁ・・・」
うっすらと目を開いてサファイアはマグマ団のカナの足を見る。
まだ苦しいわ、体中痛いわで、残されている感覚は一握り（ひとにぎり）もないようだが。
「これ知ってる？　『全部のポケモンが切り札』」
そう言ってマグマ団のカナはモンスターボールを複数開く。
ラグラージのカナの周りに、ビブラーバ、マグカルゴ、それにナマズンが現れた。　そのどれもが目をギラギラと輝かせ、今にも襲いかかってくる勢いを持っている。
抱きかかえているサファイアとその背中のタマゴを気にすると、ラグラージのカナはその場でうずくまった。

「・・・・・・‘クウ’！」
主人を気づかうあまり動けずにいるカナに気付き、サファイアは張り上げられるだけの大声を上げてクウに呼びかけた。
だが、名前を呼んだだけでは何をすれば良いのか判らないらしく、クウはカナの上に乗って『ぴよ？』と小さく声を上げ、首をかしげる。
代わりにチャチャがポワルンの捕まったボールを狙って攻撃を仕掛けるが、
もう奇襲は通用しない。　あっという間にしんどうポケモンビブラーバに捕まり、背中をかみくだかれる。


カナの下から這い出すと、サファイアはポワルンの入ったモンスターボールを持った腕につかみかかる。
ひょいと避けられて派手に転び、近くにいたマグマ団員に体当たりするが、サファイアは起き上がってもう１度チャレンジ。
『しろいきり』を抜けて走り込んできたサファイアを見てマグマ団のカナは軽く笑うと、
ポワルンを閉じ込めたモンスターボールをホルダーに付け、サファイアの両腕をとらえた。
「だっさぁ〜、負け負けなの判ってるってのに、それでもまだ向かってくるってわけ？
　諦め悪いと自分のポケモン、大ケガするかもよ？」
「ケガなんてさせんわ！！　ケガさせひんために戦ってんね・・・・・・がっ！」
首の辺りを強く叩かれ、サファイアは再び大きくむせ込む。
しゃべることすらままならない状態のサファイアを持ち上げると、マグマ団のカナは意味ありげに笑い、先を続けた。
「・・・まぁ、そういうトレーナー嫌いじゃないけど？」
マグマ団のカナの３体のポケモンが　一斉にサファイアの方を向き攻撃態勢を取る。
掴んでいた２つの腕を下へと振り下ろすと、マグマ団の女はすぐに動けないようサファイアを突き飛ばし、飛ぶようにその場を離れた。
サファイアは今もこっちに向かっているかもしれないルビーの『スカイアッパー』並みの攻撃を覚悟して奥歯を噛み締める。





「・・・・・・？」

ほ、と息をもらすと、サファイアは首をかしげる。
攻撃する姿勢のままマグマ団のポケモンたちは　ほとんどその場から動くことなくサファイアだけを睨んでいるからだ。
「ど、どーしたっての？　マ、マグちゃん、ジジちゃん、フラちゃん！？
　・・・・・・・・・まさかっ、『アンコール』！？」
「・・・え゛・・・？」
よろめいてふらふらと壁によりかかると、背中から『ぷきゅ』という柔らかいものを押しつぶしたような音が鳴った。
驚いて背中を見ると、閉めそこなったリュックの隙間から、黒い棒についた目玉のようなものが飛び出し、パタパタと暴れている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・？
　・・・・・・タマゴ君っ！！？」
サファイアは慌ててリュックを外し、中身がぶちまけられそうな勢いでジッパーを開いた。
逆さまになったままバタバタ暴れていた黒い尻尾についた水色のポケモンが　ようやく２つの足で立ち上がり、
新しい世界の空気を「ぷはぁっ」と吸い込む。
今までサファイアが見たことのない、大体０、５メートル前後、ニコニコ顔の水色のポケモンだ。
とっさにポケモン図鑑を開いて床の上に置くと、サファイアは守るようにしてまだ小さな新しい仲間を抱きかかえ、マグマ団のカナを青い瞳で睨む。
「‘カナ’！　‘クウ’！　２号！」
呼びかけに応えてカナがサファイアの側へと跳んで来、いつでも戦える体勢を取った。
クウとヌケニンの２号は戻ってこない、よく見るとクウの出した『しろいきり』の向こう側で２号はあっさりと（？）ひんし状態で倒れている。
「なぁにぃ、まだやる気〜？　しぃつぅこぉいぃ〜。」
「せや、やれるもんならやってみぃや！！
　新しく入ったタマゴ君・・・やない、‘ラン’がなぁ、あんたらのポケモン『みちづれ』にするで！！」
ピクリとマグマ団のカナの表情がゆがんだ。
気が付けばサファイアが抱いていたはずの水色のポケモンが姿を消している。
混戦で傷つき、帰っていくマグマ団アクア団のなか　その小さなポケモンの姿を探せど、見つかる気配すらないのだ。
相手がどこにいるのか判らない状態で戦いを挑むのは、よほどのことがない限り避けた方が無難である。
彼女もそのセオリーに従い、１歩２歩とサファイアから距離を置く。

「・・・ばぁっかじゃない？　ポワルンはもう捕まえちゃったしぃ。
　お、あんたのポケモンは勘弁してあげるけどぉ、あたしの目的は達成できるっていうか。」
「カナ、お前で最後だ。　早く退却しろ。」
「わかってんよぉ、せかすことないじゃん〜。
　じゃあねぇ、‘テン’ちゃんはあたしが可愛がってあげるからぁ。」
先に逃げ出した男に続いて、マグマ団のカナは階段を降りて天気研究所を後にした。
がらんとした２階の室内に残されたのは、サファイアと研究員の男数人、カナに、倒れているチャチャと２号だけ。
腰が抜けたのか、サファイアはその場にへたり込むと壁を背にして大きく息をついた。
「・・・・・・ハッタリもここまで来ると演技賞モンやな。
　ルビー、無事やとええんやけど・・・せや、ルビーんとこ行かな。　‘カナ’案内や！」






べちょべちょになって歩きにくい道を、ルビーはとぼとぼと歩いていた。
雷混じりの雨は　だいぶ小降りになってきたのだが、既に雨宿りするにも遅いほど全身びしょぬれで立ち止まる気にすらなれない。
体温を奪われて小刻みに震えているＤ（ディー）の腕の中で、ガラス色のタマゴの中身がピクリと体を回転させる。
小さく１つついたため息が白いもやになって顔のまわりにまとわりついたとき、
こんな雨の中、青色の未確認飛行物体がふらふらと自分の方に向かってくるのを見て　ルビーはひたいの水をぬぐった。
「・・・・・・？」
「ぴよっ！？」
「ぷきゃうっ！」
水色未確認飛行ポケモンはルビーのちょうど手前で墜落すると、背中に乗せていたこれまた水色のポケモンを振り落とす。
このざんざん降りの雨のなか、どうして鳥ポケモンが飛んでいるのだとかいう疑問はいくらでも沸いてくるが、
無視してルビーが次の街へ歩きだそうとすると、何かに足を取られたように派手に転倒した。
Ｄ（ディー）と、ルビー自身が驚いて振り返ると、水色の鳥ポケモン、チルットに乗っていたニコニコ顔のポケモンが
ルビーの足元にうっすらとついている影を、しっかりと踏みしめている。

「・・・った、いったぁ・・・！！　あーもぅ、服中顔中泥だらけじゃないかい！！
　一体なんなんだい、こちとらこの雨ん中急いでるんだよ！！」
「ナノ？」
怒鳴り付けてはみるが、ニコニコ顔のポケモンは首をかしげるだけで驚いている様子もおびえている様子も見られない。
かと言って、先に進もうにもまるで足が何かに縛り付けられたかのように地面から離れようとしない。
立ち上がることも出来ず、ルビーは水をたっぷりと含んだ白い手袋の甲に顔の泥をこすりつけると体を反転させて
何とか地面から足を引き離そうと綱引きのように自分の足を引っ張り出す。


「‘ラン’、‘ラン’！　もうええで、ルビー離したりや！！」
聞き慣れた声が聞こえたかと思うと水色のニコニコ顔のポケモンが足元から離れ、弾みでルビーはまた派手に転んだ。
背中から転んだため今度こそ全身泥だらけになり、半分泣きそうな顔をして体を持ち上げると、その背中に手を当ててサファイアが置き上がるのを手伝う。
驚いたような赤い瞳に、嬉しそうな青い瞳。
「やっぱルビーや、こっち来とったんやな！？
　無事か？どこもケガしとらんか？ヘンテコ団に遭ったりしとらんよな！？」
「・・・サ・・・ファイア？
　ど、どういうことだい、こっちはあんたのポケモンのせいで泥だらけじゃないかい！！」
「スマンスマンスマンスマンスマン！！　ホンマワシが悪かったわ！！
　あのな、研究所とかいう場所にマクラ団がおったんや、そこにアクビ団まで来てもうて、
　シルバーと変な医者の兄ちゃんたちと戦っとったんやけど、ルビーが来る思て、したら近づいたら危ないな思うたから、
　あの茶髪野郎と戦っとるスキにクウと・・・せやせや、このニコニコさん、ランっちゅうんやけど、あっちでタマゴから孵って（かえって）・・・」
マシンガンのようにサファイアが話として成り立たない情報の山を口にしていると、不意にルビーの背後側から水を蹴って走る音が耳に入ってきた。
近くに潜んでいたマグマ団かアクア団かと思い、とっさにサファイアはルビーを背中に　戦闘態勢を取りながら音の先を睨み付ける。
小さな雨粒の間から一瞬顔がのぞいたかと思ったとき、ルビーがサファイアの肩を強くつかみ、
さえぎっていた視界をクリアにした。


マグマ団でもない、アクア団でもないその男は白い息をはぁっと吐き出すと、分厚いメガネ越しにルビーとサファイアたちのことを見る。
オレンジのジャケットを軽く叩いて水を落とすと、ゆっくりと側へと近づいて２人に合わせてしゃがみ込んだ。
「な、なんやなんや何なんや、新聞の押し売りならお断りしとるで！？」
「・・・・・・会ってる、１回・・・」
「へ？」
「・・・ジョウト総合医療大学、アルム・バディ・・・シダケで１度、会った・・・」
男は今にも倒れそうなルビーの肩を支えると、ひたいに大きな手を押し当てる。
ルビーに嫌がる暇も与えず、サファイアが掴みかかろうとしたその手を受け止めるともう１つ大きな白い息を吐いた。
「・・・ひどい熱・・・・・・」
『え？』とサファイアが小さく声を上げてルビーのひたいをさわる（本当ならその地点で『メガトンキック』が飛んでくる）と、
まるで『おたふく』にでもかかったような、炎のような熱を帯びている。
傘も持たず、この土砂降りのなかＤ（ディー）と２人で歩いてきたのだろうから、当然とも言えるが。
ルビーに背中を向けて自分に負ぶさるよう促がすと、男は少しだけ辺りの様子を見まわしてサファイアへと向かってぼそりとつぶやいた。

「・・・・・・ヒワマキまで走る・・・遅れないよう・・・」
心なしかぐったりしてきたルビーを背負って、アルムは先に立って走り出した。
サファイアはおろおろしているＤ（ディー）からガラス色のタマゴを受けとって、羽がぬれて飛べないクウを抱えその男の後を追いかける。
橋を渡れば、次の街ヒワマキシティまで走って１０分もかからない。
そのことは知らなかったが、サファイアはとにかく走った。
何よりも真っ先に、ルビーのことを考えて。


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