【神眼】
ごくごくまれに現れるポケモンの能力を上昇させる能力を持った人間、またはその人間の瞳のことを指す。
10代の子供に多く、また数年のうちに能力を失ってしまうので一般的にはほとんど知られていない。
その中でも特に強い力を持った人間は瞳の色が変わることもあるが、
一体これがどういう意味をもったのか、また、どういう仕組みで色が変化しているのかも
解明できた者はいない。
PAGE65.そばにいる
ポケモンセンターへと到着し、温かいお湯をもらったサファイアは
上がってきた後、幸いルビーがただの風邪だということを告げられほっと一息ついた。
治療にあたったヘムロック・ライラックという医師はぺこっとサファイアに頭を下げると、ここまで2人を連れてきたアルム他3人の待つロビーへと戻っていく。
少し早いパジャマ姿のまま、『ひのき』の香りのする廊下に取り残されると、サファイアは何かを悟ったように ふぅ、とため息をつく。
「わかとるでぇ〜、このパターンは迷子なんや。
部屋に辿り付くまできっかり1時間33分かかるんや、わかっとんで〜。」
ポケモンもいない、シルバーには何も言わずに来てしまった(すぐに気付いて追ってくるだろうが)、近くに別のトレーナーもポケモンナースもいない。
この状況でサファイアに迷子になるな、と言う方が間違っている。 探索3分、既に知らない廊下の上。
自分に充てられた部屋に帰りたいわけなのに、何だか美味しそうな匂いがただよっている。
匂いにつられてふらふらと歩き出すと、不意に足がもつれて『世界仰天転倒コンテスト』でグランプリを取れそうなほどサファイアは大転倒した。
「あたぁ〜・・・そういや、えらい疲れたのぅ・・・・・・るび〜るび〜るび〜るび〜るび〜・・・・・・」
「・・・何。」
サファイアが顔を上げると、名前通り宝石のルビーが空に2つ浮いているようだった。
今にも倒れそうなほどふらふらで不機嫌なルビーが扉にしがみつくようにしてサファイアのことを見下ろしている。
「ルビー、なしてここにおんねん!?
風邪やけど風邪なんやから、寝とらんとアカンやないか!!」
「・・・あんたが・・・あんたが人の部屋の前ウロウロしてるから眠るに眠れないんじゃないかい・・・・・・」
言いながらルビーはずるずると扉にそってしゃがみ込んでいく。
おろおろとサファイアが起き上がりながら座り込んだルビーに青い瞳を向けると、ふと小さな個室の奥にあるベッドが目に入った。
サファイアは座り込んでいるルビーの細い腕を自分の肩に回すと、彼女の肩が外れないようにそーっと立ち上がった。
「・・・いいよ、自分で歩ける。」
「立てひん奴が歩けるかい、ワシが熱出したときもオカンがおんぶしてトイレ連れてってくれはったんや。 お互い様や、お互い様!」
「・・・・・・かあ・・・ちゃん?」
白いベッドの上にルビーを座らせると彼女は自分で布団の中に潜り込み、顔だけ出してサファイアのことを見上げる。
なぜか気恥ずかしくなってサファイアが慌てて部屋の外へ出ようとすると、ルビーに背中側から服のすそを掴まれ、またしても派手にすっ転んだ。
つかまれ所が悪かったらしく、パジャマのズボンが半分ずり落ちている。
「なっ、何すんねん!? そんなにワシのぷりちぃパンチーが見たいんか!?」
ずり落ちたズボンの腰を胸の辺りまで行きそうな勢いで上げながらサファイアはルビーに抗議する。
だが、その声が静まると、あとは静かなもの。
すぐに返事をする気力もないのか、ふぅっと苦しそうに息をするとルビーはサファイアを横目で見た。
いつもと違い、殺気のかけらもない赤い瞳だというのに、サファイアはまともにルビーのことを見ていられない。
「・・・・・・行っちゃ・・・いやや。」
蚊(か)の鳴くような細い声で、ルビーはサファイアに声を投げかけた。
驚いたのはサファイアの方。 いつものルビーから比べるとトリプルアクセル、1260度の変化としか思えない。
ホウエンを7週半してまだ戻ってきそうな大声を張り上げそうになったが、それで元気になったルビーにえぐり込むように『マッハパンチ』を食らって
リングの上で手を握り交わそうとした途端に倒れられてもたまらない。 マンガの見過ぎだサファイア。
両手で口をふさいでポップコーンのように高鳴る胸を何とか落ち付かせると、そ〜〜〜っとベッドに横たわるルビーに視線を戻した。
褐色(かっしょく)に近い色の頬に少し赤みが差し、宝石のような赤い瞳には光がない。
ただの風邪とはいえ、何だかルビーのことがかわいそうになってきてサファイアはポリポリと頭をかいた。
「イスあるか?」
「・・・ベッドの頭の方・・・・・・女のお医者さんが置いてった・・・」
少しかすれた声を頼りに、サファイアはベッドの側に置いてあったイスを引き寄せて自分で腰掛ける。
カタカタという音を立ててルビーの近くまで移動すると、少しずれた彼女のかけ布団を肩の上へと乗せた。
「ええで。 ルビーが寝るまでここにいたるわ。
なんだかんだ言うたかて女の子やし、長旅でおとんもおかんもおらんと、淋しいんやろ?」
言い終えるか終えないかの瞬間に手首をつかまれ、サファイアは小さく声を上げた。
今にも泣き出しそうな顔をしているルビーに、爪の刺さる左手。
熱のせいで熱く汗ばんだルビーの右手は、小さく震えている。
『そんなに本ばかり読んでいては、体に毒ですよ?』
足元が軽く揺れ、ミツルは少しバランスを崩して本だなへとよりかかる。
ぬいぐるみのフリをしたジラーチに緑色の瞳を向け、へへらっと笑ってみせた。
あれからミツルはずっとキナギの上。 町に残っていた古い文献(ぶんけん)などを興味深そうに毎日読みあさっている。
「あ、はい、すみません。 シダケでは見たことないような古い本ばかりで、つい夢中になってしまって。
でも、ここで調べていて色々なことが判ったんです、ホウエンに伝わる伝説のポケモンのこととか、ボクのその・・・神眼のこととか。」
楽しそうに緑色の瞳を輝かせるミツルを見て、ジラーチは笑ってゆっくりとうなずいた。
そして、文庫に本をしまうミツルのちょっと先を見て、少し目を見開かせる。
『ミツル、後ろに・・・』
「え? ・・・・・・わっ!!?」
ジラーチが指した先を見て、ミツルは1・頭を向ける、2・驚いて体をのけぞらせる、3・派手に転ぶの順で驚いた。
外から戻ってきたキルリアの『あい』とゴニョニョの『ぺぽ』が見ているなか、自分を驚かせた相手を見て彼は胸をなでおろす。
「な、なんだ・・・‘ゆえ’、驚かさないで下さいよ・・・」
「クカカカ・・・」
本だなの影からひっそりと出てきた真っ黒なポケモンは、宝石の瞳で辺りをキョロキョロと見渡すと2本の足でミツルの足元へとやってくる。
学名は『ヤミラミ』、ニックネームは『ゆえ』。 数週間前、ミツルがマオと名乗る女性からゆずり受けた。
この『ゆえ』が物陰からやってくるたびに、ミツルは先ほどの3ステップを繰り返して見事にこけている。
『いつものことゆえに、言うことではなきことかもしれませぬが、驚かせるつもりはないとその方は申しております。
それとミツル、神眼のことでしたら、わたくし少しですが存じております。
ここにいる貴方の友のなかで、最も縁(えん)が古く、心通じているのは誰です?』
「・・・え?」
「るぅ、るうぅ。」
ジラーチの言っていることの解読に時間がかかり、首を傾げ(かしげ)ていると あいが1歩前へと踏み出しミツルの服の端をつかむ。
袖(そで)の感触に気付きミツルがあいの方を見ると、
あいはその場にひざまずいて(ひざがあるかどうかは別として)自分と同じことをやれという意味なのだろうか、前足で床をとんとんと叩いた。
不思議に思いながらも、ミツルはあいに言われた(?)通り、自分のポケモンと向かい合って正座する。
『目を閉じて力を抜いて、あいと心を重ねるのです。
今、あいの前にいるのが自分ではなく、彼自身だと想像してみなさい。』
何かのおまじないかと首をひねりながらも、ミツルは言われた通り緑色の眼をまぶたでおおい、自分があいになる想像をしてみた。
少しすると、知らない誰かに体を支えられるような錯覚(さっかく)を起こし、手足の感覚が薄れる。
深い色の・・・それもくるくると色の変わるビー玉のようなものがミツルの目の前にある、
それはゆっくりと色を変え、最終的に紫に近い赤色に落ち付くと ゆっくりとミツルの中へと入り込んできた。
ミツルは目を開けるとあいと一緒にしっかりとした足取りで立ちあがる。
彼自身は立ちあがろうなんて思っていなかったのに。
「うわぁ・・・話に聞いちゃいたけど、本当に地面高いわ。」
え? とミツルは心の中で驚きの声を上げる。 自分が動こうと思わなくても、ミツルは立って歩いて興味深そうに辺りを見まわしている。
一言で言うなら、体を誰かに操られているのだ。
ミツルの体は両の耳に小さな手を当てると うきうきした口調で口を動かす。
「ミツルミツル、聞こえてるか? 聞こえてるだろ? オレオレ、あいだよ、あい!!」
『それが緑眼(りょくがん)の能力(ちから)です。
己(おのれ)が心許した相手に、自ら(みずから)の体を預けることが出来るのです。
それと、異形(いぎょう)の者へ力を与えることも出来ると聞きます、その力は・・・・・・』
「・・・ちょっと待てよ、星の子君。 何か遠くの方からすっごいスピードでニンゲンが来る。
多分、カイナでミツルのこと追いかけてきた奴だぜ。」
ミツルの体を借りたあいの言葉に、ぺぽとゆえがピクッと反応する。
真っ正面にある本物の自分の体と一緒の動きであい(体はミツル)は考え込むポーズを取ると、急に腕を組んでジラーチ、ぺぽ、ゆえの順に赤い瞳を向けた。
白いシャツの上からトントンと胸を叩くと、笑いながら(自分の顔は見えないけどミツルはあいが笑っていると感じた)話しかけてくる。
「ミツル、オレたちのこと信じてるよな?」
白い波を跳ね上げると、ほとんどぶつかるのに近い形でグリーンはキナギへと到着した。
大きな水ポケモンの力で海にうねりを起こし、大きな音を立てながら急ブレーキをかけそのまま浮き桟橋(うきさんばし)の上へと飛び乗る。
当然、そんなことをすればびっくりするほどの波が起きるし、町の人が驚いて見に来るのも当然のこと。
このスポーツに近い運動後の体操として軽くストレッチをすると、グリーンは左手をゆらゆらと動かして
自分をここまで連れてきたポケモン・・・キングドラにつかず離れずの所にいるよう命令する。
グリーンは手近な釣り人らしき老人に目をつけると はっきり聞こえるように大きな声で話しかけた。
「TP(トレーナーポリス)だ、2週間くらい前ここに子供のトレーナーが来ていないか?」
「さぁ、知らんねぇ?
こんな辺境の町に来るトレーナーなんざ、めったに見ないからねぇ。」
「ご老人、あんたの後ろにいる子供のことなんですが?」
言われて、釣り人風の老人は驚いた顔をして自分の後ろを振り返る。
海の上に建った小さな家の上、ミツルがごにょにょのぺぽを引き連れて まぶたを閉じて壁によりかかっている。
目を閉じたまま壁に手をつけて老人の前へと進み出ると、ミツルはゆっくりと眼を開く。 2つの瞳には自分よりもはるかに大きなトレーナーの姿が映った。
「・・・脱兎の勢いで逃げた割には、ずいぶんあっさり出てくるんだな。」
「・・・・・・・・・ぅ・・・」
「は?」
何かを言おうとしたのかミツルは小さく口を動かすが、聞き取れずにグリーンはやたらと大きな声で聞き返す。
すきま風と勘違いしてしまいそうな小さな声をもう一度あげると、ミツルは口元に手を当ててクツクツと笑った。
もう一度聞き返そうとグリーンが眉を動かしたとき、ミツルは細い腕を大きく開いて大きく前へと突き出す。
グリーンが驚いた瞬間にはもう遅い、細い体とはいえ
ふらふらと不安定なキナギの上で全力で突き飛ばされたのだ、思いきりバランスを崩してグリーンは海へとまっ逆さまに墜落する。
「あぁ―――いぃ――――――っ!!!」
水しぶきを上げるグリーンには目もくれず、ミツルは反対側の町へと向かって喉がつぶれるのではないかと思われるほど叫ぶ。
先に海が待ち構えているのにも関わらず走り出すと、その細い体がまるで幅跳びの選手のようにふわっと浮いた。
海面より3メートルほど上を飛んでミツルは町向こうの浮き桟橋で待ち構えていたあいに抱き止められる。
ミツルがその場で崩れ込んでしまったため、あいは体の下からはい出して『ねんりき』の力で彼をどこかへと連れていく。
「あっ、待てっ!!」
まだ冷たい海の下から桟橋の上へと復帰したグリーンは1つ舌打ちして逃げ遅れたピンク色のポケモンに目をつける。
モーターボートのエンジンのかかる音が聞こえるが、このゴニョニョがミツルのポケモンなら彼とそれほど距離を置くことはできないはず。
追いかけて行けば彼を捕まえることも難しくないはずだ。
グリーンがそう思った瞬間、上空から黒い影が現れてミツルのゴニョニョをさらっていく。
「・・・・・・なっ・・・ペリッパー!?」
予想もしなかった全く別のポケモン、ホウエンでは珍しくない口の中に袋を持つ海の運び屋ペリッパー。
背中に黒いポケモンを乗せ、口の袋の中にミツルと一緒にいたゴニョニョをしまいこんでいる。
見慣れない鳥ポケモンに一瞬驚くも、いつまでも呆けて見つめているようならTP(トレーナーポリス)は名乗れない。
ヨタヨタとバランスを崩しながらも飛んで行くペリッパーに向けてモンスターボールを向けようとしたとき、
背中に乗っていた黒いポケモンが銀色に光る歯をむき出しにして笑い、ペリッパーの尾を叩いて宝石の瞳を光らせる。
トレーナー特有の勘(かん)が「やばい」とグリーンに告げる。
口の袋から顔をのぞかせていたゴニョニョが中に隠れた瞬間、ペリッパーはボートの走る波の上へと突っ込んで水柱を上げた。
大きく上がるしぶきを翼でさらに高く跳ね上げると背中に乗っていた黒いポケモンが『フラッシュ』という雷のような光を出す技を放つ。
光は高く上がった水で乱反射し、グリーン、それにキナギの人たちはとてもじゃないが目を開けていられない。
『ぱしゃぁん!』という水の落ちる音と光がおさまった頃には、既に逃げ出したのだろう、ボートのエンジン音すら聞こえず、ただ波の音が寄せているだけ。
どんなに痛めつけられても相手を見失わない目を持ったペリッパーは、すーいすいと空を泳ぐと 波に乗って海の上を進む船の上へと降り立った。
運転しているのは同じ人間がびっくりするくらい髪の長い女、背中から降りたヤミラミやくちばしの中から飛び出したゴニョニョが走り寄る先には
小さな星の形をしたポケモンと人によく似た白いポケモンに守られて、1人の男の子がデッキの上に寝転がっている。
「・・・・・・にょ・・・」
掛け寄ってきたゴニョニョのぺぽが聞き取れるかどうか怪しい小さな声をあげると、白い長袖シャツに包まれた腕がゆっくりと伸びる。
ヤミラミのゆえ、それに2匹を連れてきたペリッパーがその腕をもとあった場所へと戻すと、ミツルは はにかんで小さく口を動かした。
それは、言葉にはならずにモーターの爆音にかき消される。
ポケモンたちが首をかしげているのを見て、ミツルは少し恥ずかしくなり、照れ隠しのつもりで歌を唄い出す。
やっぱりモーターボートの音に消されてしまうような、小さな声で。
「―――――ふわり 花は踊るよ きらり 星は笑うよ
ゆらゆら 風の音(ね)聞こえたら ねんねの時間だよ
さらら 海が唄うよ 虹のふとんかぶって
天使の微笑み見せて おやすみなさい―――――」
ゆったりとしたメロディが流れてきたにも関わらず、ルビーは飛び起き、布団を跳ね除けた。
靴もはかずにベッドから飛び降り、『しんそく』並みのスピードで出入口となっているドアを開け放ち、辺りを見渡す。
鉢合わせたのは、思いも寄らない相手だったのだが。
「・・・・・・・・・スザク!?」
「ルビー!? びっくりしたー、いきなり出て来るんだもん。
・・・どうしたのよ、顔がいつもよりピンク色、まるでププリン(ポケモン名)みたいよ?」
風邪のことは話すと長引きそうだし、実のところスザクの後ろに真っ黒づくめの女がいてかなり気になるのだが、
ルビーは首を横に振って無理矢理自分の話を切り出す。
「スザク、さっき子守唄聞かなかったかい!?
ジョウトの方で唄われてる、えらいありきたりな奴!!」
「子守唄?」
スザクは黒い眼をぱちりと瞬かせてから、小さく2回、首を横に振る。
それを見るとしまった、と小さく声を上げてルビーは部屋へと駆け戻り、ベッドの脇の窓を思いきり開け放った。
冷たい風とともに 雨上がりの澄んだ太陽が小さな部屋の中に黄色い光を送り込む。
ルビーたちから見える範囲には、誰もいない。
「・・・・・・いない・・・」
ルビーは小さくぽつりとつぶやくと、驚いて追いかけてきたスザクたちが見ている前でガラス窓をゆっくりと閉じた。
個室へと入ってきて事情を聞こうとスザクが口を開いた瞬間、ルビーが謝りと説明を言おうとした瞬間、
ベッドの端から何かが音を立ててずり落ち、床の上でどすんっ!と大きな音を上げる。
強いて色の名前をつけるなら黄土色か、微妙な色合いのその物体はのそのそと動くと、床の上で人の形になった。
「・・・『全然完全安全ピン』、どこやぁ・・・?」
「サファイア・・・?」
頭に巻き付いた微妙な色合いの毛布をはぎとると、サファイアはまだ眠そうな青い瞳でルビーのことを見上げ、首を傾げる。
どうやら熱のせいと朝の寝ぼけた頭のせいで、2人ともどうしてここにいるのか思い出せないでいるらしい。
1分半ほど考え込んで、ようやく2人して「あぁ!」と昨日のことを思い出す。
2人ほぼ同時に寝てしまったらしいその状況を これまた事情のつかめていないスザクに説明するのには さらに数分を要したが。
大体の事情説明が終わると、判ったのか判っていないのかスザクは1つうなずく。
服のエリの辺りを少し気にするようにすると、まだ熱で赤みの指すルビーの顔を軽く叩いて出入口の扉の方へと引っ張って行った。
「だって、もう歩けるくらいにはなってるんでしょ、なら朝ご飯くらい食べられるよね?
あたしもここんとこずっと1人で食べてて淋しかったし、ね、一緒に食べよ!!」
「あ・・・うん。」
「ちょーっ、ちょちょちょと待ちぃな!! 置いてかんと・・・・・・」
サファイアが置いて行かれまいと走りだそうとしたとき、軽く首が締まる感触がして思わず足が止まる。
一瞬誰かにタオルのようなもので首をしめられたのかと勘違いしたが、そうではない、
毛布が首にからまって走り出した勢いで軽く自分の首を締めてしまっただけらしい。
なんだ、と 少々がっかりしながら毛布を外そうとしたとき、サファイアの動きが止まった。
「『全然完全安全ピン』や・・・・・・」
微妙な色合いの毛布は ちょっと動いたくらいじゃ外れないよう、丁度王様のマント状になるようくるりと1巻きして留められている。
その、サファイアが言う『全然完全安全ピン』で。
慣れた手つきでピンを外し、それをながめているとサファイアの心の中に1つの疑問が浮かんだ。
すなわち、誰が眠っているサファイアに毛布をかけたか、ということ。
安全ピンを元通りに戻しポケットにしまうと、サファイアはかろうじてまだ背中の見えるスザクとルビーを追いかけた。
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