【擬態】
ポケモンは自分の身を守るため、また確実に獲物を捕まえるため、
時に周りの景色に溶け込むよう自分の体を変化させることがある。
例を挙げると、モンスターボールにそっくりなビリリダマ、
身体が緑色をした草ポケモンもその1部と言えるだろう。


PAGE66.ひととき


午前7時、カチャカチャと金属音の鳴るヒワマキポケモンセンターの食堂、
セルフサービスの朝食をゆっくり選ぶルビーとスザクを センター職員の女の人はニコニコしながら見ている。
不思議に思ってスザクが笑顔のわけを尋ねてみると、普段こんなに人が来ることはないから 今日の大人数が嬉しいのだと言う。
とはいっても、他のポケモンセンターに比べて特別人が多いというわけではない。
ルビーが数えたところ、ルビーとスザクを除いて、大学生くらいの年齢の男が2人、女が3人、中年の男が1人。
「・・・・・・るびぃ・・・置いていかんといてぇな・・・」
「あ、サファイア。」
涙と鼻水と冷や汗でびちょびちょの10歳児、1人。





サファイアが迷子になるのもビービーなくのもいつものことなので、ルビーもスザクも特に何をするわけでもなく
朝食を選んで 空いている席へと座った。
後からきたせいでパンの1個も取れなかったサファイアのために、スザクが1度立ち上がってまるで保護者のように彼の朝食選びを手伝いに行く。
その間、先に食べるのも何かと思いルビーは食堂の中の6人の男女を観察する。
よくよく見れば、何となく見覚えのある人間もちらほらといる、どこで会ったのかは思い出せないのだが・・・
「あ、あのっ、席ご一緒してもいいですか?」
「え?」
思い出すのに夢中で、ルビーは斜向かい(はすむかい)から声をかけられ 反応が一瞬遅れる。
よく見れば、昨日熱で倒れたルビーに薬やらなにやらを出して治療してくれた 大きなメガネの女医師だ。
シリアルやミルクを乗せたトレーを抱えて、黒い目をピクピクと動かしながらルビーのことを見つめている。
その様子を見て少ぉーしだけルビーは考えると、1つ納得したような顔をして自分の隣の席を指した。
「連れが2人いるから、あたいの隣だったら別に構やしないと思いますよ。」
「ありがとございますっ、ほらほら霧崎さん、一緒に食事していいそうですよ!!」
「えぇ、私もお礼を言わなくては。」
女医の後ろから現れた2人目の女性を見てルビーはぎょっとする。
今朝も見かけ、その時は気にならなかったのだがまるで魔女のように全身黒尽くめ、前髪も伸びるだけ伸びて瞳を確認することすら難しい。
マントまで羽織っているというのだから怪しいことこの上ない。
長机を回り込んでその黒尽くめの彼女がルビーの隣に座り、さらにその隣にメガネの女医師が腰掛ける。
直後に朝食を運んできたサファイアとスザクが戻ってきたのだが、それに気付くのに時間を要するほどルビーは黒尽くめの女を見つめ込んだ。
そう、牛乳のちょびヒゲを生やしたサファイアに肩を揺すられるまで。


顔を正面に向けた反動で ルビーが運んできたシリアルを盛ったボウルに腕が引っかかり、危うく床にまき散らしかける。
「ルビー、大丈夫か?
 食べられへんねんやったら、無理せんと残してええんやで?」
「え・・・あ、平気、食べられる・・・」
ホンマか〜?などと冗談めかして言いつつ、サファイアは自分で持ってきた多めの朝食を元気に食べ始め、
それを見てルビーはボウルの中のシリアルにミルクを注ぐと、ゆっくりとした動作でそれを口の中に注ぎ込む。
熱が引き切っていないのかまだ頭がボーっとするのだが、砂糖の混じった甘ったるいミルクの味は雨の中歩いてきた疲れを癒す(いやす)のには充分なものだった。
ふと斜向かいのスザクを見ると、『第3回ポケモンリーグ優勝者クリスタル』のファンからの質問攻めにも笑顔ですらすらと答えている。
何気なく聞き取った会話によると、彼女らはジョウトの大学の4年生で研修旅行でホウエンに来たとのこと。 そして・・・
「それで、もうすぐ戻らないといけないって大学の方から連絡があったそうなんです。
 だから私たち4人、ミツル君を捜しに行ったもう半分の人たちを呼びに来たんですよ。」
「確かに・・・半分無理矢理捜索に駆り出されたといっても、講義の単位を落とす人もいそうですからね。
 戻ってしっかりと講義受けた方が・・・・・・」
「霧崎さんは大丈夫なんですか? 単位。」
「心配しなくてもいいですよ、進学するつもりありませんので。」
おぃおぃ、とルビーは心の中で突っ込んでみるが、特に何が起こるわけでもない。
ルビーはボウルの底に残っていた甘いミルクを飲み干すと 立ち上がってサファイアを連れて自室へと歩き出す。

「大変だねぇ、有名人も・・・相席、断っといた方がよかったかな?」
あまり『らしく』ないが、ゆっくりと歩きながらルビーは食堂の方を振り返る。
と、そこで赤い瞳が瞬かれた。 いるはずのサファイアが、どこにもいないからだ。
今まで置いてけぼりを食らって地球の果てまで行きかねない迷子になったことはあっても、
一度後ろにくっついてきたら どんな人ごみでもはぐれたことなんてなかったのに。




雨にぬれた草の上を、2人分の足音が猛スピードで突っ走る。
ポケモンセンターから飛び出し、朝のヒワマキの街を一直線に突っ切ったとき 後ろを走るサファイアが悲鳴をあげた。
「ちょっ・・・ちょい待ちやシルバー! 足速すぎや、追いつけひん!!」
気が付いたように銀色の瞳がピクリと動くと、手近な木に激突するかのようにして立ち止まる。
ずいぶんと息を切らし、目の前の木に両手を突っ張り、うつむいて赤くて長い髪をだらりとたれ下げるとシルバーは噛み締めるようにして言葉をもらした。
「・・・くそっ・・・何であいつがホウエンに来てるんだ・・・!!
 出来るだけのことはやったっていうのに・・・!!」
「一体なんなんや、飯(めし)食っとる真っ最中やったっちゅうのに急にこんなトコまで連れてきよって!?」
顔をしかめて包帯の巻かれた右腕に手を当てると、シルバーははぁっと息を深く吐いてサファイアへと顔を向ける。
パチン、パチンと音を立てて器用に左手でモンスターボールを外すと、それらを丁寧に1個ずつサファイアに渡した。

「・・・食堂の席でサファイアの隣に女がいたろ。」
「スザクのことか? 悪い奴やあらへんで?」
シルバーは長い髪で顔が見えなくなるほどため息をつく。
「スザクって名乗ってんのか・・・・・・確かに、信用していい女だ。
 ただ、悪いんだがおれは彼女の前に顔を出すことが出来ない、しばらく会うことが出来ないだろうから、その連絡に来た。
 それとポケモンセンターに行くことも出来ないから、悪いんだがおれの代わりにそいつら預けておいてくれないか?」
「はぁ?」
6つのボールを抱えたまま、サファイアは眉がくるくる回りそうな勢いで疑問の声を出す。
一方的に言えるだけ言いたいことを言うと、シルバーは左手を腰に当てて(右は動かすには痛いらしい)サファイアの方を見た。

「質問は?」
「あり過ぎや! どこから突っ込めばええねん!!」
「1つずつな。」
「・・・・・・今まで、どこにおったんや?」
ひとまず気を落ち付けて、サファイアは声を荒げずに青い眼でシルバーに尋ねてみた。
包帯の巻かれた腕を見せるように掲げ、反対の手で前へと落ちてきた髪を払うとシルバーは答える。
「『これ』のことがあったからな、一応天気研究所で治療受けてその後は別の所で休んでいた。 他には?」
「これからどうするつもりやねん?」
「ひとまず身を潜めて、おまえたちの目の届かない範囲で活動する。
 一応、協力者がいるしちゃんとルビーやサファイアのことも見張ってるから、安心していい。 他には?」
「スザクのこと、知っとんのか?」
「知り合いだ。 他には?」
「腕の傷、痛くないんか?」
「すぐ治る。 他には?」
「・・・・・・髪、切る気ないんか?」
「・・・親から受け継いだものだ、その気になったらその時に切る。 質問は終わりか?」
苦笑気味にシルバーが尋ねると、サファイアは右手の人差し指を立ててまっすぐに突き出す。

「あと、1個だけ。
 右腕の傷の下に、もう1個どえらい傷あとみたいんが見えたやけど・・・どないしたんや?」
一瞬黙ると、シルバーは少しうつむいてから銀色の瞳をサファイアへ向ける。
軽く息をもらすと、淡々とした口調で
「古傷だ、おれがおまえくらいの年のとき、階段から落ちてつけた。」
そう言って締めくくる。 もう行ってもいいかどうか尋ね、サファイアが首を縦に振るとシルバーは彼に背を向け、風のようにどこかへと走り去った。
サファイアは背中が見えなくなるまで見送ったあと、これからどうやって帰るべきか考える。
その場に立ち止まって腕を組むと、ふと、青い空に青い瞳を向ける。





「・・・ヴァイオリンの音?」
1人でベッドの上で寝転がっていたルビーは 窓の外から流れてきた音楽を聞いて起き上がる。
昨日意識を失う前に38度とか聞いていた熱はだいぶ下がったらしく、まだ多少頭痛とだるけが襲ってくるが動けないほどではない。
いつもの服を着て、靴をはいて、音が鳴り止まないうちにとルビーは髪も直さず外へと飛び出した。
ポケモンセンターのすぐそばの林の中、何度か足をつまずかせながらルビーは音の元へと向かう。
サファイアたちが向かった方向(だとルビーは知るよしもないが)へ数十メートル走ると、
木々の中でヴァイオリンを奏でていた(かなでていた)女の人がルビーに気付き、音をつむぐのを止める。

「おはようございます、お洗濯日和(おせんたくびより)でなによりですね。」
パッチリとした目を瞬かせ、ヴァイオリン弾きの女性はルビーへと会釈(えしゃく)した。
テレビなどで見た宇宙服にも似た変わった形のスーツの肩から 鳴り続けていたヴァイオリンを外し、長いまつげでパチンと瞬く。
まとめ切れなかったのかヘルメットの下から尻尾のように伸びた髪、すっと伸びた鼻に薄い化粧。 典型的な美人である。
「あ・・・ゴメン、演奏中・・・」
「いいえ、日課なんですよ。 お天気の日は、ポケモンたちと朝の散歩に出てヴァイオリンを弾くんです。」
「ポケモンと・・・」
「えぇ、トレーナーの方ですか?」
ニコニコと無邪気な顔で返され、ルビーは言葉に詰まる。
一応、トレーナーとしては扱われているが、センターに自分のポケモンは預けっぱなしだし 彼女の期待に応えられそうな話題も持ち合わせていない。
加えて、病み上がり。 色々な理由も重なってルビーは顔をうつむけると、手近な木によりかかった。


「期待してるほどやる気はないけど、一応・・・ね。
 ポケモンセンターにいたら、その、きれいなヴァイオリンの音が聞こえてきたから・・・」
「・・・嬉しいっ!!」
思わずびっくりするほど大きな、歓喜の声があがり、ルビーは体をビクッと震わせる。
「この街の方たち、みんな良い人ばかりなんですけど音楽にはまるで無関心なんですから・・・
 音楽のこと判ってくれる人に出会えて、私嬉しいです!
 あ、何かお好きな曲とかありますか? 知っている曲でしたら弾きますよ!!」
「え、ちょいと・・・」
「そうだ、トレーナーの方ならこれなんてどうでしょう?
 今年のポケモンリーグのテーマ曲なんですけど、最近やっとマスターしたんです!」
呆然としているルビーをよそに、ヴァイオリンの女の人は器用に弓を動かして明るい曲を奏で出す。
1度に1つの音しか鳴らすことの出来ない楽器だとは思えないほどひょいひょいと伴奏を鳴らすと、自分の口を使って歌詞の方を唄い出した。


『始まるよ 始まるよ パーティが始まるよ
 始まるよ 始まるよ パーティが始まるよ♪

 ホラホラ そこで うずくまってる あなた
 チケット片手に 何してるの?
 それは どこにも 消えていないのよ
 目をつぶってちゃ 見えないでしょう

 かぼちゃの馬車の 用意があるわ
 勇気1g つかみ 手に入れよう
 教えてアゲル 魔法のコトバ
 キミの心へ 必ず届くよ・・・・・・・・・』



「・・・・・・やめろっ!!」
突然怒鳴り付けられ、伴奏と歌とが同時に止まる。
ヴァイオリン弾きの女性の視線の先には、うずくまって頭を抱え込んでいる赤い服の少女、ルビーの姿。
カチカチと歯を鳴らしながら震える彼女を見て、ヴァイオリン弾きは肩から楽器を外し心配そうに彼女のことをのぞきこんだ。
「その曲・・・嫌いだ・・・」
「ご、ごめんなさい! 私、あなたがこの曲のこと嫌いだって知らなくて・・・」
「・・・いいよ、知らなくて当たり前なんだから・・・驚かせて、悪かったね。」
小さくなって赤い眼を地面へと向けるルビーを見て、申し訳なさそうにヴァイオリン弾きは肩をすくめる。
落ち込んだ顔の少女を見て細い眉を潜めると、足を肩幅まで開いて愛用の楽器をあごではさみ、ド、ミ、ファ、ソ、シ、ドと1つずつ音色を奏でた。
「私、今度こそ、好きな曲弾きますよ! 何がいいですか?」







「アカンわ・・・聞こえなくなってしもた。 どないしてポケモンセンター戻ればええんやろ?」
困った顔丸だしでサファイアはヒワマキの街外れをうろうろうろうろうろうろうろうろと歩き回る。
数分前まで何か楽器の音のようなものが聞こえ、ルビーかと思って探してみたが、それも止まってしまい探すアテすら見つからない。
考えるだけ考えて、とりあえず(ヤマ勘で)ポケモンセンター目指して歩いてみているが、なかなか見つかる気配はない。
そうこうしているうちにサファイアは何かにつまずき、ものの見事に顔面から地面の上に倒れ込む。
「あいったぁ・・・何や、何にもあらへん思たのに・・・?」
振り返ってサファイアはギョッとする。 昨日の雨でぬれているはずの落ち葉が びちゃびちゃと跳ねているのだ。
とっさに起き上がって跳ねる落ち葉を観察すると、その上に真っ赤なギザギザ模様が浮かんでいる。
浮かんだギザギザ模様はくるりと4分の1ほど回転すると、ぴゅーっとサファイアから遠ざかり出した。

「・・・ポケモン!?」
転んだ弾みで散らばったシルバーのモンスターボールをかき集めると、サファイアは赤いギザギザを追いかける。
ヒワマキのはしっこから、反対の端、ポケモンセンターのある方向へ。
赤いギザギザはヒワマキ伝統の木の上の道へとつながる階段を駆け上がり、木で出来た通路を走る。 サファイアもそれを追う。
小脇に6つのモンスターボールを抱え、不安定なつり橋の上。
もはやポケモンとしか思えないほどのスピードのギザギザを追うことに夢中になっていたサファイアは 2つ目のつり橋の5段目で足をすべらせる。
普通なら橋げたにぶつかってちょっと痛いだけのはず、
だが、転ぶまいととっさに掴んだロープが切れ、サファイアはその隙間から転落した。
叫ぶ間もなく、まっ逆さま。


「・・・オオスバメ!!」
女の人の声と共に下から黒いポケモンがせり上がってきてサファイアを受け止める。
抱えていたモンスターボールをまた落としたが、それほど高いわけではないので壊れてはいないだろう、
黒い鳥ポケモンにしがみつきながらサファイアはホッと一息ついた。
青い瞳で下を見下ろすと、サファイアを助けた黒いポケモンのトレーナーらしき女の人と、肩ほどまで髪を伸ばした自分と同じ年頃の赤い瞳の少女と目が合う。
「・・・ルビー?」
「サファイア!? 何やってんだい、こんな所で?」
感動も何もない再会も一瞬のこと、地面へと足をつけるとサファイアはへたり込みながらシルバーのモンスターボールを再び拾い上げる。
ふと見上げると、赤いギザギザはどこかへと消え去っている。
完全に逃げられた、というわけだ。


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