【ジムリーダーの副業】
街の番人的存在であるジムリーダーであるが、
ジムリーダーとしての職のみで生活している者だけではない。
その全ての人間にTP(トレーナーポリス)として警察官と同じ権限が与えられているのに加え、
副業として全く別の職についているジムリーダーも数多く存在する。


PAGE67.今日は今日の風が吹く


「つり橋が老朽化していたんですね、すぐに補強工事の手配をしないと。」
ルビーの横でヴァイオリンを抱えた女性は ほぼ真上にある壊れかけたつり橋を見て唇を動かした。
「誰?」と聞きたそうなサファイアをよそに、彼女は近くを通りかかったヒワマキの街の人を捕まえて壊れたつり橋の相談をしだす。

「・・・・・・で?」
ルビーは朝っぱらから泥だらけのサファイアを見て腕を組んだ。
雨上がりの地面に落っこちたモンスターボールを腕に抱えてサファイアは気まずそうにへらへらっと笑うと目の前の赤い瞳の少女を上目づかいに見上げる。
「な〜にやってんだい、急にいなくなったと思ったらこんなとこで走りまわって・・・」
「そ、そっちこそ何やってんのん? 風邪引きさんは寝とらなアカンやないか!」



ぎゃあぎゃあと2人が言い合っているところに、先ほどの女の人が戻ってきた。
ルビーがずっと見ていたヴァイオリンは黒いケースにしまわれ、大事そうに胸に抱えられている。
同時に彼女の方へと振り向いた2人を見てヴァイオリン弾きは大きな瞳を瞬かせると、上品に笑って軽く頭を下げた。
「ごめんなさい、橋のチェックはちゃんとしてたはずなんですけど、昨日の雨でロープが弱くなってたみたいで・・・」
「あ、かめへんかめへん、助けてくれはったからケガしとらんしな! ありがとうな!」
「いえ、私の仕事ですから。
 ところでお二人、お知り合いだったんですか?」
ヴァイオリン弾きの女の人に言われて2人は顔を見合わせる。
事情を説明するのは、ほんの少し難しい。 2人同時にどう説明するべきか考えだしたらしいが、先に言葉を切り出したのはサファイアの方だった。
「ミシロからな、2人一緒に旅に出たんや。
 こっちのルビーがポケモンコンテスト制覇の旅しとって、ワシはサファイアっちゅうんやけどポケモンリーグ目指しとる。」
「ポケモンリーグ・・・」
ヴァイオリン弾きの女の人の顔がちょっとこわばったようだが、すぐに元の笑顔を取り戻す。
つり橋から落ちたサファイアを助けたオオスバメを足元へと来させると、彼女は自分たちの丁度真上、ロープの1本切れたつり橋を見上げた。





「ヒワマキシティは初めてなんですか?」
「え? あぁ、まぁ・・・初めてやけど、ワシもルビーも・・・」
唐突に質問を出され、サファイアはごにょごにょと口の中でこもりながら答える。
ヴァイオリン弾きの女の人は平地なのにどういうわけか被っているヘルメットをちょっとずらすと、ロープの切れた橋の少し横を指差した。
芽が生えてから何十年も、もしかしたら何百年も生きているような大きな木に、小さな家が取り付けられている。
女の人が指差した先だけでなく、この街の至るところに同じようなツリーハウスは立ち並んでいる。
「この街に生きている人は、大体ああいった木の上の家、ツリーハウスで生活しているんです。
 人間が自然のまま生きていかれますし、何よりポケモンとの共存も図れます(はかれます)から。
 ですけど、家と家との間に張ったつり橋、どうしても古くなると壊れてしまうんですよ。
 マメに修理しているから滅多に人が落ちることはないんですけど、さっきみたいに万が一人が落ちてしまった場合に救助するのが、
 ヒワマキのジムトレーナーとジムリーダーの私の役目なんです。」
おぃおぃ、と自称ポケモン嫌いのルビーが小さく突っ込む。
実際にサファイアが墜落しかけているのだから、どう言ったって笑い話には出来ない。
だからと言って下の道は この街の人が木の上へと移り住んだせいでほとんど手入れされていない獣道、進むのはかなり危険。
『郷に入っては郷に従え』、いつ落ちるか判らないつり橋の上を渡っていくしかないのだ。


ふと、気付いたようにサファイアは顔を上げた。
「・・・ジムリーダーの私・・・やて?」
「えぇ、そうですよ。
 私の名前はナギ、ヒワマキシティジムリーダー、ナギと申します。」
それを聞き、サファイアの表情がパッと変化する。
ジムリーダーと名乗った時点でその反応が来るのは判っていたのだろう、
冷静に笑い返すとナギと名乗った女性はサファイアを助けたオオスバメを空へと放つ。
「ジムバッジもらわなアカンやないか、ジムリーダーはん、バトルしてくれはります!?」
「えぇ、構いませんよ。 今日の午後からでいかがでしょう?」
「よっしゃあ!! ほなポケモンたちの様子見に行かな・・・・・・ダッシュやカナチャチャ2号クウラン!!」
「ちょと待て!? どっちに行く気だ!!?」
悪気はないのだろうが、ポケモンセンターと真反対の方向へと走り出すサファイアを止めようとルビーが伸ばした手は
サファイアの襟首(えりくび)をつかんで きゅーっと首を締めてしまう。
妙な『いななき』のような声を出して停止したサファイアを見下ろして、気まずそうにルビーはポリポリとほおをかく。

「わ、悪かった・・・大丈夫かい?」
「ら〜いじょ〜ぶや〜、不死身のサファイア君なめんといて〜!」
くるりと身体を反転させると、サファイアは何事もなかったかのように立ち上がる。
そしてポケモンセンターから120度ほど離れた方向に歩きだそうとした彼をルビーがまた掴んで引き止め、きゅーっと首が締まる。
「・・・サファイア、ポケモンセンターの方向判ってんのかい?」
「ひ・・・ひらへう・・・ひゅらへん・・・」
ほんのちょっぴりぐったりしているサファイアを地面の上へと落とすと、ルビーははぁ〜っとため息をつく。
「ナギさん、ちょっと悪いんだけど『これ』、ポケモンセンターに届けるからジムで待っててくれるかな?
 ちょっとあたい風邪引いててさ、本当は休んでなきゃいけなかったんだ。」
「あ、ごめんなさい! お引き止めしちゃって・・・風邪が悪化したりしなければいいんですけど・・・」
「ヘーキヘーキ! 昨日ぐっすり寝てかなりスッキリしたからさ!
 気が向いたら遊びに行くよ。 じゃ、後でこいつのことよろしくな!」
ひらひらと手を振ると、ルビーはサファイアの首根っこを捕まえてポケモンセンターの方角へと引きずって行く。
またしてもサファイアの首がきゅーっと締まっているようだが、3度目ともなるとあまり気にされない。
サファイアを引きずるルビーの後ろには まるでナメクジの這った(はった)跡のように涙と鼻水の跡が残されていく。
半年以上の付き合いで慣れてしまった彼女には、ポケモンセンターに入った時に感じられる奇妙なものを見るような視線もあまり気にならない。




半マグマッグ(ポケモン)状態のサファイアをポケモンセンターの預かり所に放り込むと、ルビーはさっさと自分の部屋へと戻ってしまう。
風邪が心配だからそれはそれでいいのだが、やはりちょっと淋しいのでサファイアはぶえぇっと鼻をかんでみる。
それから大量にいるセンターに預けられたポケモンたちの中から自分のポケモンを探す。
「‘カナ’ぁ、‘チャチャ’〜っ、‘クウ’〜、ら〜・・・・・・」
「なあぁっ!!」
小さなポケモンに背中から体当たりされ、サファイアは派手に転んで顔面を固い床へと激突させる。
その頭の上に乗っかって追い討ちをかけるのはチルットのクウ、心配そうにのぞき込むのはラグラージのカナの役目。
虫ポケモン2匹は主人を無視して勝手気ままにあちこち飛びまわっている。
「・・・‘クウ’ゥ〜、ちょい太ったんとちゃう?
 あいっだ! 痛たたたたっ、悪かった、ワシが悪かったから髪引っ張らんといてついばまんといて!?」
機嫌を損ねたたかが小さな鳥ポケモンに髪をついばまれ、サファイア頭のてっぺんが50円ハゲ気味。 妙なところで器用なクウ。
背中の上でピョンピョンと跳ねるソーナノの『ラン』に場所を取られ、ひとまず髪を全部抜かれることは避けられたものの、
空を飛ぶポケモンよりも地面を動くポケモンの方が重い、10キロの重りが頭の上にのしかかり、サファイアは「ぐえっ」と声を上げる。
「重い重いわ〜‘ラン’ちゃん〜・・・! もーちょいしたらジム行くねん、せめて座らせて〜な!!」
「なぁ?」
首を傾げながら幼いソーナノは落ち着く場所をサファイアの首から床の上へと変える。
つぶれサファイアはのそのそと起き上がると、床の上にあぐらをかいてひざの上にランを乗せた。
フリーになった頭の上に、チルットのクウがまた乗り上がる。

「重いっちゅうか・・・ちょい大きくなったな。 まだ生まれてから1日しか経ってへんのに・・・
 雨ん中走ってドロドロやったさかい、キレイキレイしてもろてよかったな〜。」
2つの腕で頭の上のチルットを持ち上げると、クウはパタパタとふわふわの羽根を羽ばたかせた。
ふと、サファイアの青い瞳がぱちくりと瞬く。
そのチルットのクウのふわふわの羽根をちょいちょいとつまんで、パクッと指先を食べられて。
「あいったたたた・・・・・・食べモンやあらへんねんから、つままんといて?
 ‘クウ’、えらいキレイキレイしてもろてんねんな、‘カナ’も・・・‘ラン’も、‘チャチャ’もか?
 センターの人の腕、ええんやろか?」
「ぴよっ?」
暴れまわるクウを放すと、彼女は再びサファイアの頭の上へと乗っかってそこに腰を落ち付ける。
このままだとどこかへ行ってしまいそうなので、チャチャ2匹をスーパーボールの中へと戻し、サファイアはクウを頭に乗せたまま立ち上がった。
結構重いのだがランを腕で抱えると、道案内をカナに頼んで歩き出そうとする。 出入口に人が立っていることに気付くまでは。
「・・・コハク?」
トレーナーかとも一瞬思ったが、そうではない。
カナズミ、シダケで会った茶髪に金色の瞳の、コハクによく似たサファイアと同じ年頃の女の子。
「コハクだよ?」







いつもの赤い服のまま、ルビーはベッドの上に横になっていた。
ばらけた髪を結び直したりはしていないので、茶色い髪はマクラの上で思い思いの方向に寝転がっている。
散々眠った後にまた眠りにつけるわけもなく、意識ははっきりしているが、だからといって何かをやるような状態でもない。
窓から差し込んでくる太陽の光を左手でさえぎると、ルビーはまた外から聞こえてくるかもしれない音に耳を澄ました。
途端、彼女はベッドの上で上体を起こす。 音が聞こえたのは窓の外からではなく廊下から。
人が通れないほど中途半端に開いた扉から、薄っぺらな鳥のくちばしのようなものが覗く。
「くえぇ〜・・・」
入ってきた客人に ルビーは赤い眼を見開かせ驚いた。
自分のワカシャモが扉のせまい隙間に体をねじこませ、ルビーのいる部屋へとそ〜っと入ってくる。
黄色みを帯びたガラス色のタマゴを抱えたそのポケモンは
タイル張りの床で足をすべらせないよう慎重にルビーのもとへと歩み寄ると、もう1度「くえ〜」と鳴いた。
「一体何しに来たんだい!? あれほど来るなって何度も言ってんじゃないかい!!」
「くええぇ〜・・・」
首をすくめると、ワカシャモは腕に抱えたガラス色のタマゴをそっとルビーに差し出す。

はぁ〜っとため息をつくと、ルビーは小さな手荷物の中からクシを取り出してほとんど整えていなかった髪をとかし始める。
小さなゴムで後ろで1つにまとめて、その上からいつものバンダナをかぶって。
「・・・ワカシャモ。」
「くぇ?」
珍しそうにルビーが身支度を整える後ろ姿を見ながら、ワカシャモは首をかしげた。
落とさないように、壊さないように抱えられたタマゴの中身がくるりと回転したのが遠目にも見える。
「トウカジムであんたの名前呼んだのは、どうしても勝たなきゃいけなかったからだ。
 あたいは一生、本当のニックネームを呼んだりしないんだかんね。」
「くえぇ〜、くええぇ〜?」
「うるさいよ、大体そのタマゴだってD(ディー)に押し付けときゃいいじゃないかい。
 なんでわざわざ あたいのところに持ってくる?」
「くええぇ〜。」
「は?」


きゅっとバンダナをしめると、ルビーは先に立って寝室の扉を開く。
その途端、トン、という軽い音を立てて、彼女は部屋の前まで来ていた誰かとぶつかる。
「あぅ、びっくりしたぁ・・・どしたの? また、外から不思議な音でもした?」
「スザク? どうしてここに?」
「ジンジャーミルク作ったの、前に作ってくれた人がいて、風邪に効くかなって・・・」
かろうじて白い液体がこぼれていなかったマグカップを反射的に受け取ると、ルビーは軽く頭を下げて口をつける。
すぐに口を離して、べぇ〜と舌を出した。 辛い。 明らかにしょうがの分量を間違えている。

「味見・・・した?」
「・・・ごめん、やらなかった。 甘過ぎた?」
「辛過ぎ、牛乳足さないと飲めないよ・・・」
眉をひそめるルビーに、スザクは首をちょっとかしげて苦笑した。
飲むに飲めない牛乳を前に、困り果てているルビーからマグカップを取り上げると、それを部屋のテーブルに置いて再び彼女の前へと戻る。
ルビーの後ろで『こと』を見つめているワカシャモにちょっと目を向けると、スザクはえへへ、と笑って見せた。
「ねぇ、動けるんならヒワマキの秘密基地グッズ見に行かない?
 今日は本当にいいお天気だし、少しくらいなら外に出ても大丈夫でしょ?」
本当は先ほど出かけた(というより飛び出した)ばかりなのだが、ルビーは首を縦に振る。
どのみち眠れなくて困っていたところだし、今日に限って何もやることがない。
2つ返事で了承すると、ルビーは背後のワカシャモをどうするべきか少々考える。
だが、どのみちポケモンセンターに戻ってくるのだから、とスザクに言われ、タマゴも含めてこの炎ポケモンを連れていくことが決定した。



インテリアショップまで歩いて10分ほど。
女同士でおしゃべりをしながら木の上を歩き、途中橋が落ちそうだとルビーが怖がればスザクが先に歩いて安全を確認する。
ずいぶん暖かい陽気ではあったが、風邪をこじらせてはいけないという理由でルビーはスザクがいつも来ているブルゾンに袖を通していた。
4つ年上の、ポケモンリーグ優勝者。 旅なれた仕草は時々威厳(いげん)のようなものを感じさせるが、普通に見ていれば、本当に普通の女の子。
店につくまでの間、ルビーは彼女の横顔を見ながらそういう診断を下す。
やはり木の上に立てられた小さな店へと到着して、真っ先にはしゃぎながら店の奥へと向かったのも、スザクの方。
「やっぱり秘密基地の基本ってイスとつくえだよね〜。
 ぬいぐるみを直接地面の上に置くわけにいかないし、格好つかないもん!」
「げっ、6000円? 9000円!? こんなにすんの!?」
「こらこら、女の子は『げっ』とか言わない!」
文句を言いながらもルビーは以前慌てて作った秘密基地のために机を1台、イスを数脚購入した。
ふと横を見ると、スザクはまだ悩んでいるらしく、大量にある机とイスを目の前にしてうんうんとうなっている。
仕方がないな、と、ルビーは苦笑しながら入口に待たせているワカシャモに目を向けた。
大人しく待っているらしく、座っているために投げ出された足の爪が見える。 そして、その次に見えたのが、
その横を歩く、大人物の黒いブーツ。


ルビーが殺気だったのを感じ、ちょうど代金を払い終えたスザクが彼女の視線の先を見る。
途端、彼女はルビーを自分の後ろへと追いやり、今にも噛み付かんばかりの勢いでショップへと入ってきた女の人を睨み付けた。
「あら、久しぶりじゃない、クリス?」
女はスザクに気付くと、こちらが睨みつけているのが不自然になるほどフレンドリーに話しかけてくる。
ルビーは覚えている。 服装こそ違うが、あの時と同じキャスケットハットに銀色の瞳、見間違うはずもない。
コハクの秘密基地へとやってきた、数ヶ月前の警察官。
「私のこと忘れちゃった? ブルーよ、マサラタウンの、ブルー。」


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