【街作り】
各市町村の町作りは基本的にその町のジムリーダーを中心として作られる。
ジムリーダーは親子で引き継がれることがほとんどなので、
この方法古い街並みを売りとした町は変化を見せることがない。
また、各地方ごとに町の色がはっきりと決まるのもこの制度の特徴と言える。


PAGE69.メロディ


ヴァイオリンの音色が葬送曲にすら聞こえて来た。
風を切り裂くようなスピードではばたく翼からはほとんど音が聞こえてこない、聞こえるのは自分の乱れた息遣いとヴァイオリンの音色だけ。
サファイアは生唾(なまつば)をゴクリと呑み込むと、もう1度しっかりと青い2つの瞳で上空を見上げた。
空のバトルフィールドで戦っている相手は、サファイアの出したポケモンに、よく似ている。





数時間前、実習代わりにポケモンセンターの受付をやっていた成川は退いた(ひいた)。
「ポケモン5匹、マッハで回復頼んます!!」
書いて字の如く(ごとく)飛び込んで、10歳前後の少年がカウンターの上に赤や青のモンスターボールを放り込む。
何者だと問い掛けたくなるような青い瞳に、同時に飛び込んできた緑色のポケモンの回復はいいのかと尋ねるヒマもない。
すぐにその緑色のポケモンもセンターの外へと走り出してしまい、疑問をぶつける時間もなくヒイズは回復マシンのスイッチを入れた。
ふと横を見ると、このお昼時にとっくに食堂に行っているだろうと思っていた青い瞳の少年がまだカウンターにかじりついている。
「何か・・・?」
「腹ごしらえしよ思てるんやけど、食堂どっちや?」
は?とヒイズは思わず聞き返す。 今朝この少年がポケモンセンターの食堂にいたのを確かに見ている。
加えて、当の食堂の場所はと言えば、今いるロビーの扉のすぐ向こう側。
相当の忘れ症なのか、人違いだったのか、ヘビー級の方向音痴なのか。 3つ目正解。
3〜4メートルしか離れていない食堂への扉を指差し、
場所を一応口で説明すると、青い瞳のちびっこトレーナーは一目散に走って扉を開け、雄叫びのような声を上げた。
「うおおぉぉっ!!? 迷わんと到着したわぁっ!!」
ヒイズは回復マシンが壊れないかと心配になる勢いでずっこける。 普通、誰が たかが数メートル歩いて走っただけで迷子になるというのだ。
そんな当たり前のことを世界中の宝を手に入れたかのごとく喜ぶ答えは、扉の向こうで昼食をかき込んでいる。



ポケモンとトレーナーの回復が終わると、サファイアはクウ1匹頭の上に乗せてヒワマキシティジムへと向かう。
ツリーハウスの間をつなぐつり橋の上を渡るのにカナは重過ぎるし、チャチャは早過ぎるし、
ランはおぼつかない足取りの彼女が転んでも、『かげふみ』を食らってサファイアが転んでも、どちらにしても危険過ぎる。
「あったかいのぉ、なぁ、‘クウ’?」
「ぴょょ?」
高い鳴き声が聞こえると共に、ひゅうっと冷たい風が流れサファイアは視線を少し上にずらす。
ずり落ちそうになったクウがふわふわの羽根をパタパタと動かすものだから、
サファイアは手の甲にチルットチョップを食らいながら元の頭の上へとクウを落ち付けた。
「クウは、風が見えてんねんな?」
「?」という顔をして水色の鳥は頭の上からサファイアの顔をのぞきこむ。
時間が押しているとはいえ、また高い木の上から落ちる方が嫌なので、そろ〜っとつり橋を渡り終え、先ほどクウが指し示したジムへの方向へ青い瞳を向けた。
安全に渡れる木の板の上を小走りに歩くと、手に汗握りながらハシゴを使って地面の上へと降りる。
「『蒼眼(そうがん)』言うとったっけ、こん青い目。
 ルビーとかシルバーとかが言うほど悪いと思えへんねんけどなぁ・・・?」


ポケモンと一緒ならサファイアは迷わない。 ハシゴを降りれば後はヒワマキジムまで1本道。
あるのかどうかちょっと怪しいクウの方向感覚を借りて、ちょっとふわふわに、迷わずにサファイアはジムへと辿り付き両手で扉を開けた。
風が耳の横を通り過ぎ、真上へと通り抜けて行く。
「あら、ルビーという方はご一緒じゃないんですか?」
それまでヴァイオリンを演奏していたのか、一瞬静かになってからサファイアの上に声が降ってくる。
顔を上げると、やけに大きな円筒形の壁から何本ものロープで吊るされて落し蓋か何かのような円盤状の板がぶら下がっている。
その吊るされた円盤に隠れてよく見えないのだが、建物自体、吹き抜けどころか屋根無しらしく天井らしき物が見つからない。
ヒワマキシティジムリーダー、ナギはそのぶら下がった円盤の上からサファイアのことを見下ろし、大きな瞳をゆっくりと瞬かせている。
「ルビーは風邪引いとんねん。 外出歩いてこじらせたらアカンやろ?」
「そうですか・・・あの人とは気が合いそうなので少し期待していたのですが、残念です。
 あ、私と戦うのならそこにあるハシゴを昇ってきてください。 バトルフィールドは私のいるこの場所ですので。」
『ハシゴ』が見つからず、キョロキョロと辺りを見渡すサファイアにクウが短いクチバシでちょいちょいと真後ろを指す。
おぉ、と声を上げるとサファイアは両手両足をフルに使って壁に取り付けられたハシゴをにょきにょきと昇り、
ジムリーダーの立つ円盤型の足場へと降り立った。
上を見上げればやっぱり、トイレットペーパーの芯のように(サファイアの感想)上がぽっかりと抜けていてジムに天井がない。

「ルビーはコンテストはやんねんけどバトルはあんませえへんから、ジムには来ないと思うで。
 会うんやったら直接ポケモンセンターに行った方がええんとちゃう?」
「えぇ、そうするつもりですよ。 せっかく私と音楽の趣味の合いそうな人が現れたんです。
 毎日ヴァイオリンを練習しましたから、是非(ぜひ)聞いて欲しいですわ、たっぷりとヴィブラートをかけた私のヴァイオリン演奏!」
「・・・ビ、ビブラーバ?」
「あの方も何か楽器をなさっているんでしょうか?
 もし知っている曲があったなら、ご一緒にアンサンブルで演奏してみたいと思いますし・・・
 きれいにハーモニーやユニゾンが出来れば、きっととても素晴らしい音が奏でられると。 あぁ、今から楽しみです!!」
「あんさん? ハートに? ゆ・・・?」
「あ、あら、失礼しました。 バトルする方には関係のない話でしたね。
 それに、全てはあなたを倒したあと、でした。」
少々むっとした表情をしながらサファイアはクウをボールの中に戻す。
代わりに青白の球体、スーパーボールをホルダーから取り出してズポンのポケットの辺りで転がした。
バトルの前独特の殺気にナギもトレーナーの顔を見せ、自ら(みずから)もホルダーからモンスターボールを取り出した。
2人の足場となっている円盤状の足場にはシンプルにモンスターボールのロゴが白線で描かれている。
足場の周りの空間からひゅっと冷たい風が吹き抜けると、ジムリーダーの持つ強い気配にサファイアは警戒心を高めた。
「ルールは3対3の勝ち抜き戦、挑戦者の交代のみ自由です。
 それと、このジムだけのルールなのですが、この足場からトレーナーが落ちても負けとなります。 準備、よろしいですか?」
「・・・ええで、準備できとるわ。」
「では・・・・・・」



ちょっと見ただけでは判らなかったが、壁をぐるっと一周するよう埋め込まれたライトが一斉に点灯する。
それが開始の合図を示すものだとすぐに判断がつき、サファイアは右手に握り締めたスーパーボールを思いきり振りかぶって投げた。
「行くんや、‘チャチャ’!!」
「ペリッパー、行きなさい!」
テッカニンの固い羽根は目にも止まらないほどの速さで羽ばたいた。
高いところを大きく羽ばたく口に大きな袋を持った鳥ポケモン、ペリッパーの周りを、風を切って飛びまわる。
「‘チャチャ’『ひみつのちから』や!!」
黒い影が中空を羽ばたくペリッパーを突き、数メートル下へと下降させた。
壁すれすれでチャチャは急カーブし、螺旋(らせん)を描きながらバトルフィールド上空をどんどん上昇する。
反撃してこないペリッパーに疑問を感じてサファイアがトレーナーへと視線を落とすと、
ナギは茶色い物体をあごで挟んで右手に棒のような物を持っている。

「・・・何しとんねん?」
「最初の1発は打たせてさしあげることにしています。
 そうすれば皆さん、私の奏でるメロディをちゃんと聞いてくださるんですよ。」
ナギは左手でしっかりと固定したヴァイオリンに、右手に持った弓をすべらせる。
人の声にも良く似たほんの少し物悲しい旋律(メロディ)が木製のヴァイオリンから流れだし、
それに反応したようにペリッパーがチャチャへと向きを変えた。
トレーナー歴半年の勘か、上空を飛ぶペリッパーから殺気のようなものを感じ、サファイアは戦慄(せんりつ)した。
小さな楽器から繰り出される音が若干変化したかと思うと、ペリッパーが飛び上がり、チャチャへと接近していく。
「『つばさでうつ』がくるで、避けるんや‘チャチャ’!!」
声での指示に気付き、チャチャはペリッパーから逃げるようにびゅうびゅうと音を立てて遠ざかろうとした。
だが、円形のフィールドの内側をうまく使い、ペリッパーはチャチャへと接近する。
ざりっというサファイアにとってはかなり嫌な音が響くと
猛スピードで飛び回っていたチャチャは壁へと激突し、跳ねかえってサファイアのすぐ側まで落ちてきた。
フィールド上に追突はせず、床すれすれのところでチャチャは羽ばたいて浮き上がる。
ホッとしたのも束の間(つかのま)、再び殺気を感じサファイアが上空を見上げると既に次の1撃を加えようとペリッパーは空を滑り近づいてきている。
慌ててチャチャを放り投げて自分も飛びのくと、ペリッパーは勢い余って床の上へと衝撃を上げて突っ込んだ。

「おわっ!?」
激しい振動と飛びのいた反動でサファイアはバランスを崩し、円形の床を踏み外す。
かろうじて淵(ふち)に両手を引っ掛けて持ちこたえると、チャチャが気を聞かせて下から押し上げてフィールドの上へと復帰させた。
「あ、ありがとさん‘チャチャ’・・・
 参ったのぅ・・・ジムリーダーはん、ルビーみたいにあん楽器使て(つこて)指示だしとるんや。
 何の技がいつ来るかも判らんと、結構プレッシャー感じるわ。」
はぁっと息を吐くとサファイアは指示を出すトレーナー、ジムリーダーのナギの方へと視線を移した。
様子を見ていたのか、睨むような視線のナギと一瞬視線が合う。
ビクッと身をすくませるとナギは上空へと視線を動かし、肩ではさんだヴァイオリンから奏でるメロディの曲調を少し変えた。
途端にまたしてもペリッパーが固い羽根をチャチャへ打ちつけようと急降下してくる。
「‘チャチャ’逃げるんや!! もう1発食ろたら、いくらなんでも倒れてまう!!
 とにかく飛び回って何や考えんと・・・!」
また床に激突されてバランスを崩すわけにもいかない、フィールドの真ん中へと走りながらサファイアは大声で指示を出す。
言われるまでもなくチャチャはブンブンと音を出しながら飛び回り、何とかペリッパーを引き離そうとスピードを上げた。
最高速で頑張っているにも関わらず、悲しいかな戦い慣れた動きのペリッパーを振り切れるような気配がない。
徐々に縮まって行く2匹の距離を見てサファイアは右手を握り締めて上空を睨み付けた。
「‘チャチャ’『きりさく』攻撃や!!」
倒れる分だけのダメージを覚悟してサファイアはチャチャに攻撃の指示を出す。
青い瞳の奥の光を見付けると、チャチャは空中で180度回転して追い掛けてくるペリッパーへと突撃した。
力を込めた羽根と死にもの狂いの爪が交差し、大きな音を立てる。


羽ばたく力を失い、まっ逆さまに墜落してきたチャチャをサファイアは円形の床の真ん中にダイブして受け止めた。
直後に床が大きく揺れ、サファイアはチャチャを両腕でしっかりと抱えて足に力を込める。
「・・・‘チャチャ’・・・・・・」
喉の奥でクッと声をあげると、ジ、ジ、と小さな音を上げるチャチャを強く抱きしめる。
「・・・・・・ええで、相手のポケモン1匹相打ちにまで持ち込んだわ。
 女の子ばっかやしなぁ、男はこんくらい格好つけたらんと。」
緊張からか、どこか切れ気味の息を小さく吐いてサファイアはギラギラと光る青い瞳で円形の床の端を見た。
小さな爪を急所に打ち込まれ、動くことの出来ないペリッパーがごろりと横になってトレーナーの指示を待っている。
チャチャを抱えたままサファイアが立ちあがったとき、
どうとも言い切れない高い音がナギのヴァイオリンから流れ、その瞬間ペリッパーは青白のボールへと吸い込まれた。
口から指示を出さないまま淡々とメロディを奏で続ける対戦相手から目を離さず、サファイアもチャチャをスーパーボールの中へと退避させる。
弾いていた曲を一旦完結し、肩とあごからヴァイオリンを離してナギは円形の床に転がったスーパーボールを拾うと、
新しいモンスターボールを手に取り、鳥を空へと放つように宙に投げる。



新しく出てきたジムリーダーのポケモンは上空で2つに割れると大きな2枚の翼を動かし、空へと飛び出した。
目つきはするどく、全体に真っ黒な背中と、白い腹。 首から頭にかけ、赤い模様のようなものがついている。
ジムリーダーからポケモンについての説明がなく、サファイアはポケットからポケモン図鑑を取り出しジムリーダーのポケモンへと向ける。
「『オオスバメ』、やな。 羽根が『すっ』としとる、かなり速そうや。」
ふーっと息を吐いて深呼吸するサファイアを見て、ナギは目を笑わせた。
再び 肩とあごでヴァイオリンをはさんで、弓(ヴァイオリンを弾く道具)を握る。
バトルステージの中央で対戦相手を見て、モンスターボールを胸にきつく握り締めるとサファイアは外れないようしっかりとそれをホルダーへと戻す。
代わりに出すポケモンを考え抜いてホルダーから取り外すと、サファイアはモンスターボールを手に取り、円形の床の上へと落とす。
「・・・‘ラン’行くで!!」
「なぁ?」
サファイアはずっこけた。
時々揺れる不安定な床の上に立ったソーナノはサファイアの顔を見上げて首をかしげている。
対戦相手のナギもオオスバメもそのニコニコ顔は眼中になさそうだ、どう考えても『戦う』ことなど頭にはないだろう。

「いや『なぁ?』やのぅて、ジムリーダーはんとバトルやっとるんやさかい、手伝ってくれんと・・・」
「なの?」
「『なの?』やないて・・・‘ラン’そもそもバトル判ってるんか?」
「な〜あ?」
戦意も興奮もあったもんじゃないニコニコ顔を横に傾けて、ソーナノの『ラン』は疑問の意を示した。
サファイアはこめかみに冷たいものが流れるのを感じる。 この赤ちゃんポケモン、バトルすることすら判っていない。
とにかく今の状況を説明しようと顔を近づけたとき、目の前10センチほどのところを真っ黒な物体が通り過ぎた。
尋常ではないスピードに再びサファイアは寒気を覚える。
再び鳴り出したヴァイオリンの音。 ポケモンからもトレーナーからも感じられる確かな殺気。

「・・・・・・冗談やろ?」
ひくひくと顔を引きつらせながら、サファイアはビュンビュンと飛び回る鳥ポケモンに目を向けた。
既に始まってしまっているバトルで幼いポケモンを説得するだけの時間は、ない。


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