【トレーナーの指示の出し方】
大体のトレーナーはポケモンに技の名前を声を出して伝える。
これは最も早い方法であり、有効な手段でもある。
だがスキが出来る、技名を相手のトレーナーに知られるなどの理由から
独自の方法でポケモンたちへ技名を伝えるトレーナーもいる。
PAGE70.籠の鳥
「だわったぁっ!!?」
サファイアはソーナノのランを抱えて ロープでつながれた円形の床の上を走りまわった。
1面しかない床の上の右も左も判らなくなるような勢いで逃げまわる後ろからは、びゅんと風を切る音を上げながらオオスバメが追い掛けてくる。
「ちょい待ちっ・・・タンマッ・・・ストップゥ―――っ!!?」
バトル真っ最中にそんなこと言われて止まる人もポケモンもいるわけがない。
小脇にランを抱えたままサファイアは走れるだけ走って、こけた。
巻き添いを食らわなかったまでも放り出されたランが怒って、黒い尻尾をぺんぺんと丸い床に打ち付けている。
「‘ラン’ッ、ぺんぺんしとる場合やない!! オオスバメ来るで、早う・・・・・・!!」
サファイアの青い瞳が一瞬細くなる。
立ち上がった直後ランがしっかり対戦相手のことを見ているのに気付き、とっさにポケモン図鑑を彼女へと向けた。
素早く画面と戦況を見比べると、サファイアは相手のヴァイオリンの音に負けないよう、素早く息を吸い込む。
「『カウンター』や!!」
逃げろ、というつもりだったところを切り替え、サファイアは自分でも意外に思う指示を叫んだ。
ランは風を切り裂いて飛んで来たオオスバメを見て、相手の攻撃から身を守るためか、低く態勢を構える。
そして頭から突っ込んで来た相手の攻撃を何とかいなすと、黒い尻尾を相手の羽根に引っ掛けて円形の床へと強く引き落とした。
大きな音と共に激しい衝撃が円形の床を伝い、立っていることが出来ずサファイアは再び床の上にへばりつく。
床の上に倒れ込んだオオスバメを見てサファイアは心の中で小さくガッツポーズをした。
そのすぐ側では風圧だけでかなりのダメージを食ってしまったランが青い頭をプルプルと震わせている。
「ようやったで、‘ラン’ッ!!」
大きな声を上げてサファイアはランを抱き上げようと円形の床を走り出した。
直後、きょとんとした顔でオオスバメを覗き込んでいたランが、後方に2メートルほど飛ぶ。
驚いてサファイアが立ち止まると、倒したと思っていたオオスバメが大きな翼を広げ、鋭いクチバシを向けてランのことを睨んでいる。
「・・・!?」
言葉も出ないままサファイアはランの元へと駆け寄る。
危うく墜落しそうな円形の床の端っこから動かない彼女を抱え上げると、深く傷を負ったランが軽くせき込んだ。
「大丈夫か、‘ラン’!? 痛んどるとこないか? ヘーキか!?」
相当変なことを尋ねているのにも気付かず、サファイアはランを揺さぶりながら質問を繰り返す。
それほど時間も置かず腕の中のランが「戦えないよ」とでも言いたげに力を抜くと、サファイアは質問を繰り返すのを止め、彼女をモンスターボールの中へと入れた。
3対3のバトルなのだから、代わりのポケモンを出さなくてはならない。
ランの入ったボールをホルダーに戻し、カナのモンスターボールを手に取ったときサファイアの動きが止まる。
「・・・・・・‘カナ’頼ってばっかや。 おまけに、こないなふらふらの場所やと、全力で戦えひんな。
休んだってや。」
うん、と自分の中で行動の良し悪しを再確認して、サファイアは一度取ったカナのボールを再びホルダーに戻す。
代わりに別の赤白のモンスターボールをぎゅっと握ると、深く深く息を吐いて、小さく吸って、サファイアはそれを高く投げ上げた。
両手で抱えられそうな小さな鳥ポケモンがふわふわと舞い降り、サファイアの近くで羽ばたき出す。
悪い予感が頭をよぎって身震いすると、それを振り切るかのように腕を大きく振り下ろして青い瞳で今なおヴァイオリンを引き続けるナギを睨み付けた。
「行くでぇっ! ‘クウ’ッ!!!」
ジムが壊れるのではないかと思えるほど大声を出し、サファイアはバトルフィールドの真ん中へと戻っていく。
空気の波に乗るようにすぅーと音も立てずにチルットは空中を旋回すると、サファイアの合図を待たずオオスバメへと向かっていった。
若干の予想外の事態に驚いたような顔をしながらも、オオスバメはナギのヴァイオリンの指示があったらしく、向かってきたクウを翼で叩き落す。
「『とっしん』攻撃や!」
クウは丸い体を活かして倒れざまに置きあがり、小さな爪を床に引っ掛けてオオスバメのふところへと飛び込んだ。
そして普段なら『かざり』とも言われてしまいそうな 体にしては大きなクチバシを対戦相手の体へとえぐり込ませる。
たいして強い攻撃ではないのだが、ランと戦った時のダメージが大きかったのか、オオスバメはその1撃で今度こそその体を宙に浮いた床の上へと横たえた。
間髪入れず、次のモンスターボールが飛んでくる。
ある程度までは予想していたが、ナギが放った最後のポケモンを見てサファイアは思わず声を上げた。
「・・・進化形?」
摘みたての綿のようにふわふわした羽根のついた翼をゆらめかせると、ナギのポケモンは地面を蹴って高く上空へと飛び上がる。
クウとまるでそっくりな水色の体から伸びた長い首を下へと降ろし、ぽかんと見上げているサファイアとクウのことを視界に入れる。
気付いたようにサファイアはポケットにしまったポケモン図鑑を取り出すと、バトルが始まらないうちに上空を優雅に飛ぶポケモンへと向けた。
「『ハミングポケモン チルタリス』・・・間違いないわ、‘クウ’の進化形や。」
サファイアは音を立ててつばきを飲み込む。 相手が自分のポケモンの進化した姿ならば、分が悪いとしか言いようがない。
どうしたものかとサファイアは1歩2歩と後退する。
チラチラと上を見上げながらポケモン図鑑とにらめっこしていると、ヴァイオリンの音が強く響き、相手のチルタリスが先に攻撃を仕掛けてきた。
ほとんど音もなく下降し、大きく息を吸い込んでオレンジ色の炎をサファイアのクウ目掛け吐き出してくる。
「『オウムがえし』!!」
クウは相手の攻撃を真正面から受け止めると、全く同じオレンジ色の炎をチルタリスへと向けて吐き出す。
思わぬ反撃に驚いたような顔をしながらも、チルタリスはクウの返した『りゅうのいぶき』を左の翼で受け止めた。
ジジッと大きな翼から音が鳴り、チルタリスは顔をしかめる。
反撃された痛みからか睨みつけてくる相手の向こうで、ナギの弾くヴァイオリンの弓が素早く動いた。
途端、チルタリスは大きな翼を羽ばたかせ、クウへと頭から突っ込んでくる。 先ほどクウが出した『とっしん』という技で。
反動で地面に叩き付けられたクウは体についた傷を気にすると、持っていた『オボンのみ』を使い何とか体力を回復するが、完全に回復したわけではない。
指示をあおごうとサファイアへと顔を向けると、『こっちに来い』との合図が見えてクウは小さな翼を使い再び飛び上がった。
寄ってきたクウに一言だけ何か言うと、サファイアはひざの辺りで両手を組み合わせ、それを思い切り上へと持ち上げる。
その上に着地したクウを跳ね上げ、飛び上がった彼女から目を離してナギとチルタリスを何度も見比べた。
「ちゃんと・・・聞く?」
ナギの方を見ると、彼女はどんどん上へと逃げるクウを追いかけるチルタリスから目を離さず、ひっきりなしにヴァイオリンの弓を動かしている。
だが、サファイアが聞いても判るくらいに、弾いているのは平凡な曲で変わったところはない。
横目でナギのことを見て眉間にしわをよせると、サファイアは自分も上空を見上げ足元を確かめるようにしながらナギの方へと近づく。
すぅっと空気を吸い込むと、1度息を止めてチルットとチルタリスを見上げ、サファイアは腹に力を込める。
「‘クウ’降りて来いや!!」
サファイアの声を合図にして、クウはふわふわの翼を畳んで身を縮ませた。
当然、まるで空へと投げたボールが落ちてくるかのように水色の鳥ポケモンは自由落下を始め、下方向へと向けて勢いは加速する。
追い掛けてきたチルタリスの脇を抜けてナギのほうへと向かう、スピードのついた自分のポケモンを受け止めるためサファイアは身構える。
驚いて手の止まっているナギをよそに、サファイアは全身を使って水色の球を受け止めると再びバトルフィールドへと投げ上げながら口を開いた。
「ジムリーダーはん、えらい優雅(ゆうが)な戦い方しとるんやな。
せやけどあんた普通の曲弾いて、指示出すときにだけ音変えとるから急なことには対応できんとちゃう?
‘クウ’『とっしん』や!!」
ビクッとナギが身をすくませた瞬間、追い掛けて下降してきたチルタリスにクウが全身を使って体当たりを決める。
身体が小さいせいで反動で弾き飛ばされるが、相手と距離を置くことができ、すぐに反撃を受けることはない。
態勢を立て直すクウを睨み付け、チルタリスは何か攻撃を加えようと翼を大きく羽ばたかせた。
その瞬間、綿のような羽毛の生えた翼が痙攣(けいれん)し、1メートルほどの体は硬直したままナギの元へと墜落してくる。
驚いたのはナギの方。
「きゃっ!?」
至近距離から『とっしん』に近いスピードで迫られ反射的に逃げるが、宙に浮いた床から足を踏み外す。
自分のポケモンが最初に受けた『りゅうのいぶき』でマヒしたのだと判ったときには、もう床は目の高さほどのところまで競りあがっている。
とっさに左手を伸ばしたが、指先が床についただけで間に合っていない。
背筋に冷たいものを感じ出ない声を必死に上げようとしたとき、伸ばした左手に強い負荷がかかり、ナギは中空で停止したまま左右に揺れた。
「・・・・・・重い〜っ!」
悲鳴に似た声と共に、上から引かれる左腕がさらにもう1つの手で握られる。
揺れる身体が完全に止まり、ナギが上を見上げると サファイアが床の上から胸の上だけを出し、顔いっぱいにしわを作りながらナギの左手を掴んでいる。
手を離すまいと床にはいつくばっているせいでナギの身体を引き上げることも出来ていない。
ホルダーに手をかけ、復帰するためのポケモンを持っていることを教えようとしたとき、ナギの足元に何かがぶつかり、ゆらゆらと揺れながら上へと押し上げた。
上半身が床の上へと乗り、何とかバトルフィールドへと復帰するとサファイアの背中に食い付いて服を引っ張っていたチルタリスがクチバシを離す。
それがナギ自身のチルタリスだと判るまでそれほど時間はかからず、次に別の疑問が浮かぶ。
ナギを下から押し上げたポケモンが、一体何だったのかということ。
「りゅうぅぅっ!」
音もなく風が吹いて、ナギは後ろに振り向いた。
床の2メートルほどの隙間から水色のポケモンが上昇し、ナギやサファイアの上をゆったりと旋回する。
人1人持ち上げるという大作業を終えたナギの目の前の少年は気持ち良さそうに空を飛ぶ鳥ポケモンへと向かって手を上げる。
「ありがとさんーっ、‘クウ’ーっ!」
「クウ?」
ナギが上を見上げると、空を飛ぶチルタリスはゆっくりと高度を上げた。
いつだったか自分のチルットがチルタリスに進化した瞬間がナギの心によみがえる、1度息を吐いて目をつぶるとナギは
ポケモンリーグから預かったジムバッジを1つ取りだし、手に握った。
「・・・私の負けです。」
ご満悦でクウの飛ぶ空を見上げていたサファイアは「へ?」と声を上げる。
何かを聞き逃したのではないかと顔をのぞき込む青い瞳に向け、ナギは翼をかたどったバッジを見せた。
驚くサファイアの足元に、丁寧な動作でそっと取り出したバッジを置く。
「受け止めて頂いたとはいえ、床から落ちてしまいましたから。
あなたの言った通り、急な指示が間に合っていなかったんでしょうね。
私の音楽がなかなか街の人たちに認めていただけなかったので、せめてバトルで・・・と、思ったんですけど・・・」
床の下、本物の地面の上には 落ちた衝撃で粉々になったヴァイオリンが散らばっている。
気まずそうに床の上を見て、空を飛ぶクウを見てわたわたと手を振ると、サファイアは焦ったような声を出して何とかフォローしようとした。
「そ、そないなことないで! 何が来るか判らへんかったから こっちえらい苦労したわ!
これ勝てたのかて、似たようなバトルするのと何回も戦ってきたからやろうし・・・・・・!!」
「・・・私の他にもいるんですか? 音楽でポケモンバトルをする人が!?」
あっとサファイアは口に手を当てた。
バトル嫌いのルビーのことだ、そんなことを言ったなどとナギの口から言われたら後で何をされるか判らない。
ごにょごにょと口の中で何かを言うと、サファイアは目の端にハシゴが映ったのを幸いと床の上のバッジをポケットに突っ込み、逃げ出した。
滑り落ちるようにハシゴを降り、クウを呼び寄せて床の上から顔を出したナギへと笑いかける。
「世界でいっちゃん強いトレーナーや!」
りゅうぅっと高いソプラノの声でチルタリスが鳴き声を上げ、空の波に乗って出入口を抜けていく。
その後を追いかけてサファイアも走り出し、薄暗いポケモンジムの中から明るい太陽の下へと飛び出した。
直後、べしゃっという音を立ててサファイアは地面の上に埋まる。
「グ、クウ・・・重い、重いわ・・・頭ん上に乗らんといて・・・・・・」
木々の鳴る音が他の全ての音をかき消してしまったかのような感覚に襲われていたが、そうではなかったようだ。
スザクとルビーは突然鳴り出した電子音に、同時に目を瞬かせる。
先に動き出したのはスザク。 ルビーが着ている上着のポケットから、2つに折りたたまれたポケモンギアを取り出し、息を整えてから通話ボタンを押した。
「はい、もしもし?」
『こちらポケモンリーグ管理局遺失物係、112101215番担当のココロと申します。
スーパーボールの落し物をされたスザク・ワカバ様でしょうか?』
早口言葉のように淡々と話す電話相手の声にルビーは眉を潜める。 スザクはちらりと横目でそれを見ると、
ポケギアの画面を確認して 急に深刻な面持ちで顔に残っている涙を拭ってから電話相手に返答した。
「こちらトレーナー・ポリス385691509、クリスタル・イブニング・グロウ・カラーです。
事務局、応答願います。」
特に怒鳴ったりしたわけでもないのにルビーはビクッと身をすくませる。
今までに見たことなかったスザクの、トレーナーとしての表情。 本気でバトルする直前の顔。
声も上げられず静観するルビーをよそに、スザクは黙って電話相手の返事を待っている。
『ミナモシティにて青い装束を着た不審な集団を見たとの通報がありました。
付近警察が捜査にあたっていますが、パトロール中の警官が数名、負傷したそうです。
半径20キロ以内にいるTPの方にご連絡しております、地元警察と協力して、この集団の調査に当たってください。』
「了解しました。
現在ヒワマキシティですので、明日ミナモシティに向けて出発します。」
ポケギアのスイッチを切ると、スザクはため息1つついてからいつもの顔に戻り、ルビーへと向き直った。
「ここからずっと東に行ったミナモシティって街に『アクア団』が出たって。
あたし一応警察だからさ、応援頼まれちゃった。」
うん、とルビーがうなずくのを見て、スザクはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
ポケギアについたストラップを首にかけると、ルビーが来ているジャケットの前を合わせてポケモンセンターの方向へと歩き出した。
数歩歩いたところで立ち止まり、ルビーへと振り返る。 その顔には、また笑みが浮かんでいる。
「行く?」
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