【野生のポケモン】
基本的には野生のポケモンが突然人に襲いかかってくるということはない。
だが、他のポケモンに襲い掛かられ気が立っているときや
肉食のポケモンが飢えているときなどは見境いがなくなり、
無差別に攻撃してくるようになるので非常に危険である。
実際にポケモンに人間が襲われるケースも年間に数件あり、死亡者もわずかながら存在する。


PAGE71.追う者、追われる者


「おっしゃあ、これでよし、や。」
べたべたべたと自分で折った封筒に手紙を入れると、ポケモンセンターの掲示板にサファイアはそれを貼り付けた。
朝になってからセンリから伝言を預かっていたのを思い出し、「んなーっ!!?」などと大騒ぎしたあげく、大慌てで手紙を書いたわけである。
しっかりと張り付けてから、サファイアは背後で仁王立ちしているルビーへと向かって「しー」と口の前で人差し指を立てて見せた。
「ええか? ロビーの掲示板が判らんかったからついてきてもろたけど、このこと誰にも秘密やで?
 手紙の内容も話されひんねんから、絶対聞かんといてーな!」
「はぁ・・・」
声になりきらない返事をしてから、ルビーは赤い瞳で呆れたようにサファイアの貼った手紙をチラリと見る。
しきりに「秘密やで!?」を繰り返すサファイアを食堂へと連れて行きながら、ルビーは小さくため息を吐いた。
手作りの封筒表に『ひみつれんらくや、ゴールド!』とか書かれていれば、いちいち説明されなくても内容は想像がつく。





食堂に入った途端、ルビーとサファイアは固まった。
床1面に広がった鮮やかに赤い液体、その横で真っ白な服に赤い液体をべたべたつけた女の人が倒れている。
たった今『こと』が起こったらしく、朝食を食べていたらしい医療学生の団体も一斉に立ち上がって倒れた女の人へと駆け寄った。
「おぃ、大丈夫かヘム!? しっかりしろ、意識あるか!?」
せき込んで赤い液体を吐き出したヘムの頬(ほお)をヒデピラはパチパチと叩く。
「わ、わ、私、救急車呼んできます・・・!」
「青木さん、ここが病院です!」
「で、では、医師の方を・・・」
「僕らが医師ですよ、タマゴですけど!!
 とにかく、僕は呼吸器科の先生を呼んで来るからヒデピラ!あまりヘムを動かすんじゃないぞ!」
「判った!!」
ポケモンセンターに預けてあるのかマリルなしで1人で走りだそうとしたレサシの首に にゅっと細い腕が伸びる。
服のエリを捕まえ、ぎゅっと締まった首とちょっとした痛さにレサシがうめいている間にもう片方の手でヒデピラの頭を押さえる。
「おめぇらこそ落ち付けよ? 確かにオラも急にぶっ倒れちまったからおでれぇた(驚いた)けどさぁ・・・」
乱入したヒイズは、ぽりぽりと頭をかきながら慌てふためく他の研修生たちを見渡した。


「だよなぁ、ヘム?」
声をかけられると、今まで倒れていたヘムロックはむくりと起き上がる。
手近にあった紙ナプキンで口の周りをふくと、気まずそうな顔をしてぽかんと自分を見つめる人々に頭を下げた。
「あの、お騒がせしてすみません。
 ヒイズさんがおかしくって、思わず吹き出してしまったんです。」
「ターイミングがまずかったんだよなぁ? まさかトマトジュース飲んでるとも思わなかったし・・・
 その後のこけっぷりは見事なもんだったよなぁ?」
「ごめんなさい、床にこぼしたトマトジュースに滑ってしまって・・・その後頭を打ったので、少し記憶が・・・」
ため息のような音が流れてから その場にいる全員が安堵の息をもらすと、
ヘムの頭についたこぶの治療と床にこぼれたトマトジュースの掃除が同時進行しだした。
ずいぶんと遠い食堂入り口から騒ぎを見ていたサファイアはほっと一息つくと、何気なくルビーへと目を向ける。
途端、サファイアは大きな青い瞳を見開かせ驚いた。
ルビーがその場に立ち尽くしたまま、パッと見で判るほどに震えているからだ。

しゃがみ込むと、サファイアはうつむいているルビーの顔を覗き込んだ。
赤い瞳に影が差し、瞳孔(どうこう)がどこか別のところを見ているかのように細かく震えている。
「ルビー、どした? また熱上がったか?」
反応のないルビーに手を伸ばすと、手の甲で払われる。
困ったような顔をしてサファイアがルビーにかける言葉を探していると、突然ルビーが下方向に沈んだ。



「おはようっ!」
潰れたルビーの上から、朝早くからしっかりと髪をセットしたスザクがサファイアへと元気に挨拶する。
急なことにぽかんと口を開けっぱなしで背後を見るルビーとサファイアをよそに、スザクはルビーの背中をポンポンッと叩いて朝食のメニューを選び始めた。
「ルビー、眠いからって元気がないとポケモンにまで伝わっちゃうよ?
 ところで、何か騒がしかったみたいだけど、何かあったの?」
「あ、ちょっとな・・・」
「何でもないよ、それより朝食、何が美味しそうかな?」
サファイアの言葉をさえぎって前に出ると、ルビーは本当に何もなかったかのようにスザクと朝食を選び始める。
ちょっと首をかしげながらも、サファイアは遅れないようにその後について歩き出した。
3人分の朝食の準備を終え、長テーブルに腰掛けると真っ先にルビーが話を切り出す。

「スザク、今日の出発何時だい?」
「ちょっと早いけど9時よ。 遅れないようにね。」
「出発やて?」
口いっぱいにほうばった朝食をもぐもぐと噛みながらサファイアが女2人へと聞き返す。
当たり前、と言ったようにうなずくと、スザクは持ってきた漬物にハシを伸ばしながら質問に答えた。
「昨日ちょっとある場所から呼び出しかかっちゃって、あたしミナモシティに急がなくちゃいけないのよ。
 ポケモンコンテストの会場もミナモにあるから、ついでにルビーも一緒に行くってわけ。」
ふーん、と鼻で返事をすると、サファイアはもごもごと口の中のものを噛み砕いた。
ゆっくりと味わって飲み込んでから5秒、「何じゃてぇっ!?」とガラスが割れるのではないかというほどの奇声を上げて立ち上がる。
おとなしくするようサファイアにうながして何事もなかったかのように朝食を取り続けるスザクに向け、サファイアはビシッと指を突きつけた。
「ちょい待ちやぁっ!? ルビーがおらへんようなってもうたらワシ進めへんようになってまうやないかぁ!?
 ルビー行くならワシも行くでっ、決定やよな? せやな!?」
「2人でも3人でもそんなに変わんないから、あたしは別にいいけど・・・?」
スザクはちらりとルビーの方を見やる。
彼女は黙々と朝食を取り続けながら、1回だけかすかにうなずいた。
敏感にそれを読み取るとスザクはサファイアへと向けてピースサインを出す。
全員の食事を終えると3人は旅の準備を整えるため1度自分の部屋へと引っ込み、3日しか滞在しなかったセンターのロビーを待ち合わせ場所にした。
もちろん、万年迷子はルビーが迎えに行くという条件付きで。





あいにくの天気の中を、団体様ご一行はぞろぞろと歩いていた。
なぜ団体様になっているかといえば、帰りの船に乗るためにミナモシティへと向かう医療学生たちと一緒になってしまったから。
「ついでだから」ということで旅慣れたスザクが道案内しているが、道らしい道はなく、行く先々に高い草が生い茂って歩くのを邪魔している。
はぐれないよう、出来るだけルビーの近くをサファイアは歩くが、時々ルビーが小走りになって
そのたびに置いて行かれそうになり、大声を上げる。
急ぎ足のスザクの歩調に全員が合わせているため、道中の会話がほとんどない。

「ルビーッ、ちょい待ってーな!?」
5回目の大声を上げると、ルビーは一瞬立ち止まってサファイアへと赤い瞳を向ける。
先を行くスザクへと視線を向けると、自分の背よりも高い草の中に潜り込んでサファイアの方へと戻ってきた。
「足遅い!」
「・・・なして隠れんねん? さっきから変やで、キョロキョロしたり眉しわよせたりして・・・」
『眉しわ』の辺りで、サファイアはルビーの眉間をちょんっと突っついてみる。
ちょっと怒ったような顔をしてその手を振り払うと、ルビーは辺りの様子をうかがいながらサファイアの手首を掴んで(というより引っ張って)走り出した。
「あんた気付かないのかい? さっきから敵意みたいなのがひしめいてんじゃないかい!!
 おまけに・・・・・・」
「おまけに?」
「さっきからメノウが後をつけて来てる。」
あ、と声を上げてサファイアは背後を振り返りながら走り続けてみる。
誰かいることを前提に景色を青い瞳に映してみるが、曇り空の120番道路は人間が10人以上走っている以外は平和そのものそうで、珍しい風景など何もない。
首をかしげて先を行くルビーの方へと視線を戻すと、夕陽のように赤い瞳と視線が合った。
むずかゆそうな、とでも言うのだろうか、どうとも言えないような顔をするとルビーはスザクに追いつけるように足を早めながら口を開く。
「あんたが歩いたり走ったりするから、スピードの調整をし切れなくて気配を隠しそこねたんだ。
 でも、府(ふ)に落ちないね。 これだけ至近距離にいて、どうして姿を見せないんだか・・・あいつも・・・コハクも・・・」
「・・・・・・スザクや。」

知るかいな、とでも言われると思っていたのか、ルビーは驚いたような表情をすると急に立ち止まった。
「・・・スザク?」
ぜぇぜぇと息を切らしながら座り込むと、サファイアは青い瞳をルビーへと向けうなずいた。
一息ついてからほとんど見えなくなり始めているスザク(の方)を見て続きを話す。
「コハク・・・じゃなかった、ゴールドとシルバーが知り合いで、スザクとシルバーも知り合いらしいんや。
 せやけどっ・・・・・・シルバーは出来るだけスザクに会わんとこてしとるやろ。 せやから、スザクの近くにおったルビーにも話しかけられん。
 そういうことちゃうか?」
「ちょっと待て、メノウに会ったのかい!?」
「何言うとるんや、昨日の朝『話してくる』言うたのに無視決め込んだのルビーやないか!」
「聞いてないよ! 気がついたら、あんたいなくなってて・・・」


ガサガサッと草を分ける大きな音が鳴り響き、ルビーとサファイアはビクッと身をすくませた。
身構える暇もなく飛び出してきた人とポケモンに囲まれ、逃げるという選択肢をなくしたサファイアは
とっさにルビーを下方向へ押さえ付け、モンスターボールを開きチルタリスのクウを呼び出す。
行動がほとんど間に合わず、2人の真横の草が一気に吹き飛んだかと思うと、サファイアの視界にやたらと赤いものが2つ舞い込んできた。
「何してる!?」
「シルバーッ!?」
「・・・え?」
シザリガーの『フクシャ』を横にしたがえ、周囲を警戒しながら赤い髪の男はサファイアたちを背に声をかけた。
「『しばらく会えない』んやなかったんか!?」
「いいから早くルビー起こせ! すぐに来るぞ!」
言うが早いか、シルバーはフクシャに命令して今度は前方の草むらを切り倒す。
横になった背の高いの中から飛び出していく水色の丸い物体を見てサファイアは目をまるくした。
今まで気付かなかったのが不思議なほどの数、おまけに辺りを見渡してみれば同じ形をしたポケモンが10数匹、ぐるりと周りを囲んでいるからだ。
「こいつら何や!?」
「虫タイプのポケモン『アメタマ』だ、ポケモンに会ったらポケモン図鑑開けって何度言ったら判るんだ!?
 さっきからこのポケモンたちのテリトリーのど真ん中突き進んでるんだ、このアメタマたち、かなり気が立っている!」
『かたくなる』で相手の攻撃に備えながら、シルバーは周囲の草を切り倒して自分たちの視界を広げる。
どうするべきか一瞬迷い、戦おうとサファイアが相手のアメタマたちを睨みつけたとき、奇妙な匂いがして動きを止めた。
そう、例えるなら夜店のわたあめのような。 ルビーも同じことに気付いたらしくモンスターボールを片手に周囲へと赤い瞳を向けている。

「何や、この美味そうな匂い・・・? まぁ、ええわ‘クウ’『つばめがえし』や!
 ・・・・・・ってクウッ、何しとんねん!?」
ふわふわ羽根のチルタリスは何かに浮かれたように空中をふらふらと飛び回り、しまいには自分からアメタマのすぐ側へと降り立ってきた。
長い首をにゅっと突き出した鳥ポケモンに驚き、アメタマはせめてもの抵抗と体当たりで先制攻撃を仕掛けてくる。
「気をつけろ、『あまいかおり』にハマッたら攻撃が避けられなくなるぞ!」
「10秒遅いっちゅうねん・・・」
まだふらふらとアメタマの匂いをかぎに行こうとするクウを止めながらサファイアがぼやくと、不意に後ろから肩を強く掴まれた。
振り向くと、ルビーがグローブ越しに掴んだ肩に爪を突き立てつつ、恨みのこもったような赤い瞳で辺りの草むらを睨みつけている。
一応の場所を確保したシルバーも『それ』に気付き、声を失った。


ひどく小さなシルバーの足音が、やけに大きく耳に残る。
「・・・何やってんだい、いい男が2人してちんたらと・・・・・・」
声も出せず、サファイアは両手をルビーの肩にあて 首を横に振った。
血の色の瞳でまっすぐにそれを睨み返すと、ルビーは乱暴にサファイアの手を払い、返す手でモンスターボールを地面に叩き付ける。
中から出てきたタツベイのフォルテは、性格が変わったかのように辺りを恨みがましい目で一瞥すると、ボッと小さく炎を吐き出した。
「燃やし尽くしちまえばいいじゃないか、簡単なことさ。」
世界一の音を奏でられる唇が、にぃっと横に広がる。







同じ頃、120番道路を走っていたスザクは急に立ち止まった。
高い草むらはとっくに抜けて、今はところどころに高い草が生えているものの、押し固められた地面の上である。
何だか赤灰色の雲を見上げてから、休憩でもしようかと後ろを振り向く。
途端にスザクは自分の犯した1つ目の間違いに気付いた、旅人のペースに合わせて走ってきた研修生らがあまりのハイペースにばてている。
なんとなく嫌な感じがしてあの高い草むらを走り抜けてしまったが、これならもっとゆっくり行けばよかった、と彼女はひたいに手を当てて反省した。
「あの、もしかして大丈夫じゃないですか・・・?」
「オラはそんなにたいしたことねーけど?」
ただ1人元気なヒイズが返事をするが、その他の研修生は返事も出来ないほど息が上がっている。

あーあ、とため息をつきながら研修生らの方へと歩み寄ると、スザクはふと目を瞬かせた。
何だか人数が足りない。 11人で来たはずなのに、今は自分を含めて8人しかいない。
特にルビーとサファイア。 というかサファイア。 もし1人ではぐれているのなら、間違いなく最悪の状態を覚悟しなくてはならない存在である。
「ちょっと・・・・・・」
研修生の数も足りなくなっているようなので、捜すためにだれがいないのか聞こうとしたとき、不意に強い風が吹いて後ろで1つにまとめた髪をもてあそぶ。
ほとんど同じタイミングで子供が1人、人間のものとは思えないようなスピードで一行の横を走り抜けた。
あっという間に視界から消え失せたため何だったのかも判断できないが、ポケモンを1匹、したがえていたようだ。
「・・・・・・もしかして、今の・・・」
吐き出した熱い息でメガネを白くしながらヘムロックが消え去った子供の方向へと顔を向けた。
大体同じことを考えていたらしく、他の研修生らも同じ方向を見つめている。
「・・・ミツルくん?」


<ページをめくる>

<目次に戻る>