【コミュニケーション】
トレーナーとポケモンがコミュニケーションを取る手段は様々。
10人トレーナーがいれば10通りの方法がある。
よく取られる手段はスキンシップ、アイコンタクトなど。
例外的にポケモンを舐めるおかしなトレーナーもいるが。


PAGE72.理由


2日前、ミツルたちは まだ海の上にいた。
のんきに船旅を楽しんでいるというわけではなく、船の無線が壊れて陸地が見つからずにいたからだ。
何だかミツルになついてしまったペリッパーがどこからともなく水と食料を運んできてくれるものの、このままでは遭難もいいところである。
「・・・どうする・・・・・・」
舵(かじ)から手を離し、船のエンジンを切ってマオはミツルへと尋ねた。
「食料は貴様のポケモンが取ってくるとして、この船は櫓(ろ)も帆(ほ)もついておらぬ。
 街を見つけねば、いずれガソリンが尽きて進めなくなるぞ。」
「はい、すみません・・・ボクのせいで、マオさんにまでご迷惑をかけてしまって・・・・・・」
『ミツル。』
船上をふわふわと飛んでいたジラーチが顔を上げたミツルに対し、はるか先の海の向こうを指した。
座り込むことを止めてミツルが海の向こうへと目を向けると、薄くキリのかかったはるか向こうにほんの小さな島が見える。
島の中央からは空へと向かってまっすぐに突き出した高い高い塔が伸び、てっぺんはどこにあるのかも想像がつかない。
「島が・・・!」
『『そらのはしら』です、残念ながら無人島ですが舵を取る目安になります。
 方角から考えて、取り舵で30里(約90キロメートル)ほど進めばミナモの街につくのではないでしょうか?』



「陸だ!!」
8時間をかけ、一行は暗い海にピカピカと浮かぶ大きな街を発見した。
既に昼型のポケモンはすっかり眠りにつき、海の表面では浮かび上がったほしがたポケモンのヒトデマンがピカピカと身体の中心を光らせている。
マオは陸から1キロほど離れたところで船を止めると、一度船のエンジンを切って日が暮れてなお眠らない大きな街を真黒な瞳に映した。
「・・・どうしたんですか? 早く上陸しましょうよ。」
「果たして手放しで喜んでいいものか・・・大きな街ゆえ、安全とは限らぬ。
 30分ほど待っておれ、一度わらわのポケモンを送り込み、様子を見るでな。」
薄明かりの中で宝石のように光るモンスターボールを投げると、
夜の闇の中に溶けていってしまいそうな鳥ポケモンが1羽、ミナモシティの方向へと向かって飛び出した。
2、3度波を切りながら飛んで行く後ろ姿を見送ると、マオは後方デッキへと戻り、海風に背中ほどもある長い髪を遊ばせる。
マオの送ったポケモンが戻るまでの間、墨を打ったような暗闇の中で瞳に映る空の星やヒトデマン、夜の街を順々に見てから
ミツルはふとデッキにいるマオへと顔を向けた。
船の上で遊んでいたヤミラミの『ゆえ』が影の中から飛び出し、カチカチと音を鳴らして笑う。

「マオさん、どうしてですか?」
「何がだ。」
船尾にいるマオは微動だにせず顔も向けず、ミツルに質問を返した。
ミツル以外、質問の意味はつかめなかったらしく、ジラーチも首を横にかしげている。
「どうして、ボクが逃げるのに協力してくれるんですか?
 ボクたち特に親しかったわけでもありませんし、ボクはあなたにあげられるような物も持っていません。
 なのに、どうして、こんなに危険な目に遭ってまで、ボクのことを助けてくれるんですか?」
「別に、貴様がどうなろうと知ったことではない。 相手をしておる輩(やから)の方が問題なのじゃ。
 1年と経たぬこの短い時間(とき)にカントーとジョウトの猛者(もさ)が3人も集まったとなれば、何か起こらぬ方がおかしい。
 いや・・・あるいは既に事は起こっているのかもしれぬな。」
うまく海風に乗って戻ってきたせいれいポケモンネイティオの様子を見てから、マオは船室へと戻り船のエンジンを再度起動させる。
モーター音がうなり、船は一路ミナモシティへと向かう。
意外なほどあっさりとポケモンセンターで休むことができ、その晩、ミツルは今までの疲れからかこんこんと眠り続けた。



どれほど眠り続けたのか、考えもせずミツルはふとんから起きあがった。
緑色の瞳はすっかり高く日の昇っている外の景色を見てから、自分の体を映す。
「ボクは・・・・・・」
眉間の辺りに手を当てながら、ミツルは昨日あったことを思い出す。
海の上を漂って(ただよって)、ジラーチの案内で街を見つけて、その後見た夜の街。 潮の香り、空に浮かぶ星、海を流れる海星(ひとで)たち。
じんとした背中の感触を思い出して、ミツルはベッドの上から降り まだ眠っているジラーチを抱えポケモンを預けたところへと走り出した。
あくび1つすると4つのモンスターボールを受付の人から受け取ってミツルはゆったりと海風の流れる街を2つの瞳で見つめる。
不意に強い風が吹き、ガラス張りのセンターの扉をうならせた。
「そうだ、ボクは行かなくちゃ・・・助けないと、あの2人を・・・・・・」

ポケットの中にモンスターボールを入れると、ミツルはジラーチを抱え直してポケモンセンターから1歩進み出た。
途端、駆け込んできたトレーナーと強く肩をぶつけ合う。
「あ、ごめんなさ・・・・・・あっ!?」
妙な声を上げるとミツルは街の外へと向かう道へと向けて全速力で走り出した。
一瞬遅れ、ミツルとぶつかったトレーナーが走り出した彼のことに気付き、身体を反転させる。
グリーンだ。 手に持ったモンスターボール2つをホルダーについたものと入れ替えると 今度こそ逃がさないように走り出す。
追い掛けられ、ひたすら街の外へと向けて走るミツルはポケットからモンスターボールを1つ取り出すと
緑色の瞳でキッと背後のグリーンを睨み、右手に持ったボールを地面の上に落とした。
「‘みむ’! 『ちょうおんぱ』!!」
地面の上をバウンドすると、ボールは2つに割れ口に大きな袋を持った鳥ポケモン、ペリッパーを開放する。
『みむ』と名付けられたペリッパーは空中でつややかな翼を大きく動かすと、グリーンへと向けて強い風を打ち出した。
ふわふわと舞い上がっていた木の葉が2つに裂け、目に見えない衝撃が地面に円形の後を残す。

「・・・んのっ! いい加減にしろっ、お前がシダケに帰らないと俺が帰れないんだぞ!?
 大体トレーナーの旅はガキの遊びじゃないんだ!!」
「知っています!」
ミツルは立ち止まって振り向き、グリーンに自分の緑色の瞳を見せる。
追い掛けられたときに備え、後ろ向きに1歩ずつ歩きながら上空で指示を待っているペリッパーのみむをボールへと戻した。
騒ぎを聞き付けて目を覚ましたのかもぞもぞと動くジラーチをしっかりと抱え、他の誰にも見えないよう腕の中に隠す。
「最初はただの意地だったのかもしれません。
 トウカシティにジムリーダーが来てから、みんなトレーナーを目指して旅立って行きました。
 悔しくて、ポケモンの本ばかり読んで、ただみんなと同じ『トレーナー』っていう響きに憧れていただけだったと思います。
 でも今は違います! ボクは知りましたから!
 ボクはボクの役目を果たすまで、町にも家にも帰っちゃいけないんです!!」
ぎゅっとジラーチを抱くとミツルはさらに2〜3歩後ろへと下がってグリーンとの距離を広げる。


「・・・役目って何だ。」
からし色のボール、市販されている中では最高の性能を誇るハイパーボールを手にしたグリーンが質問を出した。
答えることをせずさらに1歩、ミツルが後ろへと下がると、上から突然真っ黒な布が降ってくる。
太陽の光をさえぎりながら落ちてきたそれはミツルにかかるすれすれの場所に着地すると、ほぼ同時に落ちてきた女を受け止めた。
3メートルはある布の片はしを拾い上げながら現れたマオは迫力のある笑みを浮かべながらグリーンへと向け言葉を発す。
「貴様には考え付くまい。」
「・・・なっ!!?」
布の下から大きなスポーツバッグを取り出すと マオはそれをミツルへと投げてよこす。

「行け!!」
「はいっ!!」
急いでバッグを肩にかけると ミツルはジラーチをその上に乗せて121番道路の方向へと走り出した。
追いかけようと走ろうとしたグリーンの足元で水流が爆発を起こす。
睨み付けたグリーンの視線の先には、サクラビスを片手に笑うマオの姿。
もう片方の手に持った大きな黒い布も恐らく戦うための武器となり得るものなのだろう。
「甘いな、ポケモンを欠いた貴様がわらわに敵うはずがなかろう。」
「・・・どうして知っている、ここに来るまでに俺が襲われたことを?」
にぃっと笑うとマオはグリーンへと向けて容赦のない攻撃を始めた。
傷ついたポケモンで防戦するグリーンから一瞬目を離し、驚いて警察へと電話する女を見て、また、笑う。



どれだけ走ったのか、ミツルには想像がつかなかった。
その速度が大人を凌駕(りょうが)するほどのものだったということも、知らず。
1日・・・といっても起きたのが昼過ぎだったので、正確には6時間半。 歩いたり走ったり休憩したりを繰り返してミツルは121番道路をなんと走り切った。
だが、さすがに体力も尽き、日のとっぷりと暮れた暗闇のなか、ヤミラミの『ゆえ』を呼び出してその場に座り込み休み出した。
スポーツバッグの中に入っていた毛布や簡易テントや着火器具のおかげで、ひとまず今日はこごえることはなさそうだ。
携帯食料を軽く火であぶり、ポケモンたちと分け合って食べるとミツルはその日、眠りにつく。







翌日、午前11時過ぎ。
ややホコリっぽい臭いがサファイアとシルバーの鼻をついた。
かなりパニック状態に陥っているルビーを何とかなだめようとサファイアは肩に手をかけて揺さぶってみるが、フォルテに弾き飛ばされ、高い草の中に放り込まれる。
「・・・やり過ぎや! ルビーのポケモンも野生のポケモンもそんな変わらへんねん!
 ルビー自分のポケモンに同じことすんねんか!?」
「やるよ。 自分の身が危うくなるならね。」
横目でサファイアのことをちらりと見ると、ルビーはモンスターボールを1つ取り出してサファイアの方へと軽く投げた。
呼び出されたワカシャモはサファイアの服の端を掴むと、その格闘ポケモンのパワーとフルに発揮しサファイアを遠くへと放り投げる。
サファイアは近くを流れる川へと落とされる。 何とか自力で浮き上がると1番近い岸に乗り上げ、高い草でまるっきり見えないルビーの姿を探した。
草をロープ代わりに上へと昇ろうとサファイアは試してみた。
ところが昇ろうとした瞬間草が炎へと変化し、昇ることはおろか熱気にあてられその場に留まることも難しくなる。
「近づけへん・・・!」
元いた草むらは、子供の背丈ほどの高低差のある土手をもってサファイアの進入を防ぐ。
カナに押し上げてもらおうとかクウで空を飛ぼうとか いくつもの作戦を考えるが、そのどれもが舞い上がる炎に防がれて近づけない。
炎に追われ、野生のアメタマたちがサファイアの横を通り次々と川の上へと逃げ出していた。 ぐっと手を握るとサファイアは燃え盛る炎を睨み付ける。

「ルビーッ、絶対に間違いじゃ!! アメタマかてルビーと同じにビクビクしとりながら生きとるんや!
 いっぱいいる中にワシらが入ってもうたからビックリしとるだけや、そう思わへんの?
 火ィつけて家おっぱらわんでもええやないか!!」
バチバチと弾けながら煙を立ち込めさせる炎へと向け、サファイアは叫ぶ。
「ポケモンが危ないんわワシかて知っとるわ! せやけど、ルビーは絶対に安全じゃ!!
 もし襲われても・・・・・・ワシが守るから絶対ケガさせん! かすり傷1個もや!!
 せやから・・・・・・ッ!!」
「サファイアさん!?」
炎にあぶられてか、やや赤みの差した顔をサファイアは突然聞こえた声の方向へと向けた。
やや泥で汚れてはいるが、ミツルが真っ白な毛のポケモンにつかまり、サファイアのいる川岸へと降りて来ている。
ミツルは軽く切れた息を整えながら、辺りを見渡し、まずサファイアへと質問を投げかけた。
「コハクさんとルビーさんは? ・・・いえ、それよりも一体何があったんですか、この炎は?」
白い煙を上げる炎へと瞳を向けると、サファイアはあの炎の向こうにルビーがいるとミツルに告げる。
土手の一角が軽い爆発を起こし、2人は身を縮めるとひとまずこの状況から抜け出す方法を考え始めた。
ほとんど時間をかけず、方法を考え付いたのはサファイア。

「‘チャチャ’『ひみつのちから』や!!」
サファイアは青白のモンスターボールを掴み、炎を上げる土手のくぼみへと放り投げる。
空中で弾けたモンスターボールは炎で琥珀色に輝くテッカニンを呼び出し、チャチャは吸い込まれるように土の壁へと張り付いた。
チャチャが固い羽根を残像が残るほどに羽ばたかせると、土の壁はぽっかりと黒い穴を作り出す。
「ミルク君、こっちや!!」
反動で弾き飛ばされたチャチャを抱えるとサファイアは反対の手でミツルの今にも折れそうな手首を掴み、チャチャの空けた穴へと走り出す。
穴の中へと飛び込み、荒れた息をひとまず整えるとミツルは緑色の瞳をサファイアへと向けた。
普通の人間とは違うその色にサファイアは青い瞳を大きくしながらも、目の前にある危機の解決法を先に考える。
「サファイアさん! ボクの名前はミツルです、牛乳じゃありません!」
「知らんわ!! それよかルビー助けなあかんねん!!」
なかば突き飛ばして 急場しのぎで作ったやたら狭い秘密基地の中にミツルを押し込めると、
サファイアは熱気から逃げるため深くしゃがみ込んで 時折もれるオレンジ色の炎を睨む。
熱さに弱いチャチャをスーパーボールの中へと戻すと、代わりにラグラージのカナを呼び出しカエルのように両手を地へとつけた。
出来るだけ炎の弱いところを探そうと青い瞳を左右に何度も動かす。
「火が弱まるまで待ってられへんわ・・・‘カナ’ワシが先に行くから後から追い掛けて来てな。
 無理したらアカンで、顔に火ィふっ被りそうになったら水かけるんやで!」
何の備えもなく炎へと突っ込もうとした主人をカナは軽く噛んで引き止める。
潰さないように慎重に、前足で押さえ込んでサファイアを動けないようにするとカナは目の上についた2つの大きなヒレをピクピクと動かした。


「カナ、離さんかい!! 早くせな、ルビーが・・・ルビーが焼け死んでまう!!」
「ググウゥゥッ!」
低いのか高いのか判らない声でうなると、カナは押さえる足の力をそっと抜きながらサファイアへと身体を近づける。
直後にミツルが連れてきた白い毛並みの4つ足のポケモンが跳び上がり、次の瞬間にはルビーがいたはずの土手が水蒸気で爆発を起こした。
凍り付いたようなサファイアの瞳が 強く青い光を放つ。
「離しや、‘カナ’!!」
ビクッと身をすくませたカナの下をくぐり抜け、サファイアは出来たばかりの秘密基地の外へと飛び出す。
いまだ燃え盛る炎を睨み付け、何とかルビーの元へと行こうと熱を持つ土の壁に手をかけたとき、真後ろから冷たい水が飛んできてサファイアの頭を直撃した。
全く威力らしいものはないが驚いてサファイアが振り返ると、医療学生の1人、真っ黒な服の女霧崎レインがゆっくりと歩きながらこちらへと向かってくる。
全身を包む黒いマントの下から原色に近いピンク色のポケモンを差し出すと、彼女はそのポケモンを炎へと向けながら声を張り上げた。
「ラブカス、『みずのはどう』!!」
女の人にしては低い声で技の名前を叫ぶと、ハート型をしたピンク色のポケモンはリング状になった透明な水を炎へと向けて吐き出す。
土手に当たって弾けると水は燃え盛る炎に向かって降り注ぐ。 炎の勢いが弱まったのを見ると、レインは同じ技を4回、5回と繰り返し炎へと向け発射した。



完全に火が収まったのを見ると、慌てて土手の上へと登るサファイアをよそにレインは体をサファイアの作った秘密基地の方へと向けた。
ラブカスをモンスターボールに戻し、まっすぐに中にいる人間を見つめて技を出した時と同じ口調で話しかける。
「緑野ミツル君、そこに隠れてもムダですよ。 私には見えています。
 隠れていては話になりません、出てきたらどうでしょう?」
数秒待ってからレインが1歩踏み出したとき、薄桃色をした小さなポケモンが秘密基地の中から飛び出してきた。
続いて口に大きな袋を持った鳥ポケモン、ピカピカした宝石をたくさん着けた真っ黒なポケモン、
最後に 人に似た形のポケモンと手をつないだミツルがそっとサファイアの秘密基地の中から顔を出す。
そっと土手の上へと視線を移すと、あいと同じ赤い瞳を戻しながらレインに聞こえないようにミツルは小さく口の中でつぶやいた。
「『コウガン』と、『ソウガン』・・・だな。 良かったなミツル、あいつ以外にも仲間がいたじゃんか。」
「ミツル君? あなたがいなくなってシダケタウンは大騒ぎですよ。
 ちゃんと話をつけましょう、こちらに来てください。」
近づこうとレインが足を踏み出すと、宝石のような瞳を持った真っ黒なポケモンが黒い固まりを彼女の足元に吐き出し、その進路を塞ぐ。
ひざが砕け、キルリアに抱えられながらその場にしゃがみ込んだミツルはもう1度立ち上がりながら今度は緑色に光る瞳で、レインを見上げた。
一言だけ、彼女に残して。

「嫌です。」
言うないなやミツルは立ち上がって直立し、キルリアの『ねんりき』でサファイアの向かった土手の上へと飛び上がる。
心配していたほど遠くに行っていなかったサファイアの姿を見つけると、レインが追いかけて来る可能性を心配しながら駆け寄った。
半分近く焼けてしまった草原の中で、サファイアは自分と同じ大きさほどもある真っ赤なポケモンを前にして ただその場に立っている。
「サファイアさん・・・」
「どこや・・・?」
自分の真正面にいる真っ赤なポケモン、シザリガーにサファイアは詰め寄る。
「ルビーは一体どこ行ったんや、フクシャ!?」






同じ頃、シルバーは荒い息を少しずつ整えながら抱えていたルビーを木の影に降ろした。
まだ少し表情がこわばってはいるが、彼女は赤い瞳をまぶたの中に封印し、小さく寝息を立てている。
正気を取り戻し、いつもののん気な顔に戻ったタツベイのフォルテが、決して触れることのないようそっと彼女の顔を覗いている。
なぜか追いかけてきた白い毛並みのポケモン、アブソルを見てからルビーに視線を戻し、シルバーはため息を1つついた。
「・・・他に方法がなかったとはいえ、サファイアに何て言われるか・・・」
想像しただけでも恐ろしい。 状況を理解できていないあの少年に『当身を入れた』などと言った後のことは。
野生のアメタマに襲いかかられていたので消火用にフクシャを残したまま一旦逃げてきたが、すぐに追いついて来ることは簡単に想像がつく。
たとえ、あのサファイアだとしても。

もう1度息をついてシルバーは辺りを見渡す。
ずいぶんと離れてしまったようだが、フクシャが反応しないことを考えれば 実際は先ほどの草むらからそれほど離れてはいないのだろう。
アブソル、それにタツベイの名前を記録した3つ目の『ポケモン図鑑』を片手に
ただでさえ高い背を余計に伸ばして出来るだけ見通そうとする。
近くに小岩があるのを見付け銀色の瞳を少し大きく見開くと、シルバーは少しだけよろけ、何とか踏みとどまった。
グローブ越しに胸に手を当てると、驚くほど強く高く波打っている。


「・・・・・・・・・・・・まさか・・・」
ルビーをその場に残し、小走りにシルバーは小岩へと走り寄る。
高い草もまばらになった平原の真ん中に1つだけぽつんと不自然に、人が1人通れるくらいの大きさの穴のあいた小岩。
自分の持つ勘に任せ、最後はほぼ全力疾走に近いスピードでその岩へと駆け寄ると シルバーは名前と同じ銀の瞳を大きく見開いた。
「こんなところに・・・!」
岩の表面に独特の点を組み合わせた模様が浮き出ている。
記憶をなくした親友には内緒でずっと探していた、彼を守れるかもしれないポケモンの住みか。
大昔の人間がその力を恐れ、封印したと伝えられる 伝説のポケモン『レジスチル』。
1歩、また1歩と踏み出しながら もしかしたら襲いかかってくるかもしれない相手に備え、モンスターボールを構える。
不安定な情報でしかないものに踊る自分に苦笑しながら。
慎重に小岩に空いた穴へと近づき、ランターンの『グロウ』に中を照らさせると、シルバーは動きを止め、慌てた様子で中へと駆け込んだ。

驚きのためか、声が上がらない。
1メートル近くあるポケモンを抱え、暗い洞くつの中を何度も何度も探った。
だが、目的のポケモンはそこには見つからない。
そのポケモンがそこにいた痕跡は、確かに残っているというのに。


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