【サファリゾーン】
本来その地域にいないポケモンばかりを集めた特殊捕獲地域。
珍しいポケモンをほぼ野生の状態で保護、育成しており、入場料を払えばゲットも可能。
サファリゾーン内のポケモンバトルは禁止されており、
園内のポケモンを捕まえる際には『サファリボール』と呼ばれる特殊なボールを使う。
PAGE74.どこへ行った
キーン、コーン、カーン、コーン・・・・・・
「お、昼飯の時間やで。 ミミズ君、今日の給食何やろな?」
「・・・サファイアさん、ボクの名前はミツルです。
それに、学校でもありませんってば。 ボクたち、何で・・・・・・」
サファイアは辺りを見回してみた。 と、言っても草むらがただただ広がるばかりで辺りには何も無い。
あると言えば、2人が寄りかかっているスピーカー付きの無駄に高い電柱だけ。
時々現れるピカチュウがジリジリと電撃を放って行ったものだからサファイアの頭にはちょっと焦げ跡がついている。
「・・・何で、この非常事態にのんびりとサファリゾーンで遊んでいるんでしょう?」
事が起こったのはわずか30分前、理由は至ってシンプル。
シザリガーと一緒にサファイアが吹っ飛ばされた先が サファリゾーンの牧舎の干し草の上で、
この空から降ってきた『お客様』に
大喜びのサファリゾーン店員に泣きおとされて、この非常時にっ、わざわざサファリゾーンに遊びに行くハメになったわけである。
2人してルビーに会いたい(ミツルはルビーにも話を伝えたい、サファイアはこれ以上迷子になりたくない)ため、
幼稚園に通うような子供がきゃあきゃあと騒ぎそうなイベントは、正直・・・いや、本気でお断りしたいところなのだが。
「もう外出ましょうよ・・・」
「そないなこと言うたかて、500円きっちり払ってしもたんやから、ちゃんとやらな
もったいないやないか!!
2人で1000円やで、1000円! ポケモンチョコ10個買えてまうやないか!!」
「サファイアさん、ポケモンチョコは1個105円ですから、きっかり1000円じゃ買えませんよ。」
「細かいこと言うなや! とにかくポケモン1匹でも捕まえな元取れん、行くで!!」
立ち上がってのしのしと歩き出したサファイアの背中を見つめながら、ミツルは彼の方言がおかしいことに心の中でそっと突っ込む。
言いたいことは山のようにあるのだが、これだけ無関係なことを言いたてられると言い出すタイミングが掴めない。
ため息を1つつき、ルビーの気苦労に心の中で手を合わせるとミツルはひとまず立ち上がった。
勇気を1g つかみ 出かけよう
教えてアゲル 魔法のコトバ
君の心へ 必ず届くよ――――♪
『・・・ミツル?』
そっと声をかけられ、ミツルはハッとした表情で肩からぶら下げているスポーツバッグへと目を落とした。
少しだけ開かれたジッパーの隙間からジラーチが顔をのぞかせ、疑問の表情を浮かべている。
多分、突然ミツルが歌い出したせいだろう。
顔を真っ赤にして「何でもないです!」と強く言い含めると、姿の見えないサファイアに気付き、今度は顔を真っ青にした。
脳裏によぎるフラッシュバック。
コハクも含めた3人が初めてシダケに来た日の午後8時、「風呂はどこやぁ・・・」となげきながら
何故かミツルの家(正確にはミツルのおばさんの家)にやってきたサファイアの行動、直後に背後から襲いかかるルビーのかかと落とし。
フラッシュバック終わり。 世にも奇妙な悲鳴を上げると、ミツルはすぐに行動に移った。
出来るだけ早く探さないと、あの人間は迷子になっただけで500キロは離れたカントー地方まで行きかねない。
既に2分間、硬直しっぱなしのスザクの目の前を 手のひらがひらひらと通過した。
驚いてビクッと身を跳ね上げると、彼女の黒い瞳に心配そうに見上げる茶色い髪の女の人が映る。
「あのぉ、大丈夫ですか?」
「え? あっ、うんっ! ぜんぜんっ、ダイジョブ! 平気、へいき、ヘイキ・・・」
空笑いするスザクに、ヘムロックの心配そうな視線が向けられた。
まだ休憩中のヒデピラから少々疲れたような声が聞こえてくる。
「ヘム・・・固まんのも無理ないだろ。
ポケモンならともかく、人が空飛んでったんだぞ?」
「お、驚きましたよねぇ〜、さっきのミツル君と言い・・・」
口をはさんだ青木が挙動不審にやたらあちこちキョロキョロと見回している。
ぐったりとしているマキを気にしながら、冷静さを取り戻したスザクはひたいに手を当てつつサファイアの飛んで行った先に目を向けてみる。
あれだけ派手に飛んでいってしまっては、匂いを元に探すことは出来ないだろう。 それよりなにより・・・
「あの、さっきミツル君が走って行ったみたいですけど・・・追いかけなくていいんですか?」
ふと思い付いた疑問をぶつけてみるが、ほとんどの学生からため息混じりの「NO」の声が聞こえてくる。
まぁ、ポケモン(アブソル)と同じスピードで走って行く少年を追いかけろとか言われても、スザクだって無理だ。
本当に『アレ』は人間なのか、実はポケモンが化けていたとかそう言われた方が余程納得がいく。
疑問は尽きないが、ひとまず立ち上がるとスザクは学生たちの人数を再び数え出した。
アルムにマキ、ヒデピラ、ヘム、ヒイズ、レサシとレイン、それに青木(名前でABC順)。
「・・・あれ?」
全員戻ってきている。 さきほど数えた時が間違っていたのか。
慌ててもう1回数え直すが、確かにルビーとサファイアを除いた8人が全員そこにそろっている。
「おっかしぃなぁ・・・まぁ、いっか。
ジョウト総合医療大学のみなさーん、そろそろ出発しますよ〜。」
パンパンッと手を叩くと、4、5人から一斉にブーイングを鳴らされる。
そんなのスザクは気にしない。 むしろどんどん鳴らしてくれという部類でもあったので、構わず荷物を持ち上げると彼女はさっさと歩き出した。
「うんだばった〜、ふんだらった〜、ぶんだらったぁ〜っほいっ!
みちみちゆっとーサッフマンはぁ〜! 今日ば今日さてみっちをっいっく〜!!
ニンジンゲーダー! オッサンズミサーイル! ブルブルブルファイアーッ!!」
既に迷子になっていることにも気付かず、サファイアはガサガサ音を立てながらサファリゾーンの草むらを突き進んで行く。
鬼(ルビー)の居ぬ間にここぞとばかりに大声で歌って(?)いるが、そのせいでポケモンたちが逃げ出しまくり、
いまだにナゾノクサ1匹、サイホーン1匹サファイアは発見できていない。
付き合わされてのろのろと後ろをついてくるヌケニンも 時々迷惑そうにのろ〜っと動きを止める。
次第にもっと奥へ奥へ行こうとサファイアが提案し出したものだから、ヌケニンは冷や汗をかきたくなってきたらしい。
音もなく近くにあった池へと向かうと、30秒ほど沈んでから戻ってくる。
これだけ意味不明の行動がサファイアに伝わるはずもなく、びしょびしょのヌケニンを引っつかむと
サファイアはダート自転車に乗り込んでさっさと奥へと進んで行ってしまうのだが。
歌を唄うのにもあき、静かになってくると段々ちらほらとだがポケモンの姿も見えるようになってくる。
のろのろと自転車をこぎながら細い橋を越えた先の森林地帯を走っているとサファイアは不意に止まり、10メートルほど離れた先の木を見て目を輝かせた。
口元に手を当て声を潜めると、荷台に固定されているヌケニンに声をかける。
「見いや、2号。 でっかいヘラクロスがおるで、男の憧れや!」
同じ『むし』タイプに負けたことにちょっとショックを受けている(けどサファイアに気付いてもらえるはずもない)ヌケニンをよそに、
サファイアは美味しそうに木の蜜(みつ)をすするヘラクロスへとそろ〜っと近づいた。
気付かれないよう音を立てずに背後まで忍び寄ると、「えいやっ!」と勢いをつけて大きな頭の1本ヅノに掴みかかる。
「よっしゃあーっ、ヘラクロ獲ったでーっ!!!」
ツノを抱え、サファイアは得意満面の笑みで大声で叫んだ。
当然のことながら、頭の上に子供に乗られたヘラクロスは嫌がってぶんぶんとツノを振り追い払おうとしている。
さて問題です、身長1、5メートルの『むし・かくとう』タイプのポケモン対140センチ未満の小学生、どちらの力が強いでしょーか?
もうお分かりですね?
「うほわあぁぁっ!!?」
「!?」
ヌケニンがビクッと跳ねてサファイアが『飛んで行った』方向に体ごと顔を動かす。
パワーファイターのヘラクロスに投げ飛ばされ、サファイアは再び宙を飛んでどちらともつかない方向に飛ばされてしまっている。
くるくると2回その場で回ると、ヌケニンは側に止めてあったダート自転車をひっくり返し、のろのろとサファイアを追いかけ出した。
残された自転車は 好奇心旺盛なヘラクロスのおもちゃになっている。
派手なアクションで地面に叩きつけられると、サファイアはとりあえずうめいてみる。
地面が掘り起こされたようにふかふかだったので たいしたダメージはないのだが、それでもすぐには動けそうにない。
何だか暗い視界を何とかして晴らそうと何度もまばたきしていると、不意にサファイアは腹を誰かに持ち上げられ、どこかへと引きずられながら移動させられた。
抵抗も出来ないままどこかへと放り出されると、今度は顔やら腹やら背中やら肩やら、体中のあちこちを触られる。
生温かい風が顔に当たり、サファイアがもう1度うめき声をあげると突然ポンプのような勢いで生ぬるい水を顔にかけられた。
そのショックで意識が覚醒し、飛び跳ねるような勢いでサファイアは起き上がる。
「な、何じゃ!? ここどこや、うあっ!?」
2度目のサプライズ。 サファイアの周りを長い鼻のポケモン2種類が取り囲んでいる。
ほとんどが起き上がったとき、それにサファイアの声に驚いて逃げ出しているが、好奇心の目をした小さなポケモン数匹と
牙を持った大きなポケモン1匹が今なおサファイアにくっつきそうな場所で様子を見ていた。
小さなポケモンの方に長い鼻であごを触られ、さっきから体のあちこちを触っていたのはこのポケモンたちだったのだということをサファイアは改めて認識する。
図鑑を開くと、小さいポケモンは『ゴマゾウ』、大きな牙を持ったポケモンの方は『ドンファン』という名前が表示された。
「おっどろいたわぁ〜・・・何や、助けてくれたんか? ありがとーな、ゴマ・・・・・・?」
しきりにサファイアの右手に鼻を近づけようとするゴマゾウを見て、サファイアは目を瞬かせる。
泥のついた手のひらをじっと見ると、サファイアは辺りにいる恩人(恩ポケ?)たちを見回してから立ち上がった。
「せや、水虫君の言っとったとおり、こんなとこでウロウロしとる場合やなかったわ。
まっったく、ルビー迷子さんになってもうてしゃあないやっちゃなぁ・・・」
手のひらに食い込んだ小さな石ころなどをちょいちょいと取ると、近くにいるゴマゾウたちが逃げるのを承知でひざと尻のホコリを叩く。
もう一度右の手のひらをじっと見ると、今度はその手を左手と軽くこすり合わせ、泥を軽く落とした。
「怒っとるかな・・・「ぎゅー」て押さえ付けてもうたしなぁ。
ま、殴られたかてそん時はそん時やな。」
サファイアは近寄ってきたゴマゾウが自分の手の匂いをかぐのを見て、にまっと笑って見せる。
「ええやろ、この世でいっちゃん(1番)美人さんの匂いやで。」
声に反応してか、ただの好奇心か。 最初のゴマゾウに続いて大軍が次々とサファイアの方に押し寄せてきた。
さてもう1度問題です、岩をも吹き飛ばすパワーのあるポケモンとサファイア、押し合いになってどちらが勝つのでしょう?
もうお分かりですね?
「え? ちょっ・・・どわっ!?」
押し寄せてきたゴマゾウとドンファンに押され、サファイアはバランスを崩し後ろによろめいた。
鼻や足先を踏まないよう高く足を上げるが、それがかえって裏目に出る。 着地地点は大きな牙のドンファンの背中の上。
ごろんと丸くなって回転を始めたドンファンから滑り落ちそうになり、バランスを取ろうともう片方の足で飛びあがったのが更に悪かった。
鉛色のポケモンはスピードを上げて転がり始め、なだらかな傾斜をどんどん転がっていく。
背中にサファイアを乗せたまま。
「ウソじゃろおおおぉっ!!? チビ君も何でついてきとんねん!?」
なぜか一緒に転がってきたゴマゾウに的外れな質問をしながら、サーカスのピエロも真っ青のスピードでサファイアは玉乗り地獄を満喫する。
走っても走っても景色が背中から前へと追いこしていって、非常にせわしない。
前が見えない恐怖に(ドンファンが猛スピードで転がるから反対方向に向けて全力疾走するしかない)思わずちらりと後ろを向く。
その瞬間、サファイアは見なければ良かったと激しく後悔した。
数10メートル先、道がぷっつりと切れている。 正確に言えば、その先は崖で高さはせいぜい2メートルそこそこなのだが。
このスピードで突っ込んだらどうなることか。 飛び降りようとか考えてる間にタイムアップ。
「たあぁぁ〜すけてえぇ――――っ!!?」
「またのご来場お待ちしておりまーす♪」
なぜか笑顔で見送るサファリゾーン係員、崖から落ちて停止したドンファンを追いこしてサファリゾーンを飛び出し、サファイアについてくるゴマゾウ1匹。
一瞬だけ見えたミツルのぽかんと開いた口。 ぎょっとしたスザクの顔と、そこから離れきっていない場所にいるシルバーの顔。
眼前に迫るのは、ひたすらに広い水の地面。
「うわっ、ごぶゅ・・・!」
水面を1回バウンドしてから、サファイアは思った以上に深かった海の中に沈み込む。
かろうじて意識を保て、何を考えるよりも先に水面の上に顔を出した。
しょっぱい水を吐き出し、何とか岸に辿り着こうと慣れない着衣水泳にあがきながら手足を暴れさせると、
サファイアの目の前で追いかけてきたゴマゾウが122番水道に突っ込んだ。
「・・・何やっとー!?」
一瞬固まりつつ、サファイアは慌てて落ちたゴマゾウを助けるため息を吸い込んで再び水の下に潜り込む。
水中でホルダーからモンスターボールを外し、水中で暴れるゴマゾウへと向けて投げると弾みでサファイアは弾き飛ばされた。
態勢を立て直すと呼び出したカナを先に救出に向かわせ、自ら(みずから)もその後を追いかける。
カナが沈んだゴマゾウを軽々と抱え水面へと向かうのを見てほっと口元から泡を1つ吐き出すと、突然サファイアは目眩(めまい)を起こした。
目の前を泡が上昇していくのに気付き慌てて口を押さえるが、全く体が言うことを聞いてくれず力が抜けて行く。
今にも溺れそうなのにも関わらず不思議と安心感を感じ口元に笑みを浮かべると、事に気づいたカナがサファイアを抱え水の上へと飛び出した。
主人からの指示のないまま、近くに見える島へと向かってカナは進んで行く。
左腕にゴマゾウ、右腕に気絶したサファイアを抱えて。
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