【宝珠(たま)】
ポケモンを進化させる石の最上級品を古代の人間が磨きこみ、特殊加工したもの。
『ほのおのいし』から作られた『べにいろのたま』と
『みずのいし』から作られた『あいいろのたま』がある。
ホウエン地方ではこれらを特別な力を持つ宝珠(ほうじゅ)として大切に扱ったという。


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 ふわり 花は 踊るよ きらり 星は 笑うよ
 ゆらゆら 風の音(ね) 聞こえたら ねんねの 時間だよ

 さらら 海が 唄うよ 虹の ふとん かぶって
 天使の 微笑み 見せて おやすみなさい―――♪


小さく手に力を入れ土を軽く削ると、ルビーはうっすらと開いたまぶたから赤い瞳を覗かせた。
うつぶせになった体の下からじんわりと冷たい空気を感じ、起き上がってくしゃみを1つ爆発させる。
どうにも頭がボーっとして どうしてこんな場所で自分が寝ていたのか思い出せない。
季節にも似合わず柔らかい緑色の葉を突き出した地面を触りながら寝ぼけたような頭で何があったのか思い起こしていると、不意に腹部に鈍い痛みを感じ、
ルビーはそこから何が起きたのかを思い出した。
はぁっとため息を1つつくと、頭を抱えてまだ完全には回復していない体を休ませる。
誰か話し相手が欲しかったがそうそうワガママが通るわけもないとひざを抱えると、人の歩く音が1つ聞こえ、ルビーは顔を上げた。



「あ、お目ざ?」
話し相手が欲しかったにも関わらず、ルビーはぎょっと赤い瞳を見開かせるとその場から50センチほど後退する。
真っ黒なゴーストポケモン数種類を体にまとわりつかせた褐色に近い肌の女性が、人懐こい顔をしてルビーへと近寄ってきたからだ。
警戒するルビーをよそに、ゴーストポケモンを連れた女性はルビーへとうんと顔を近づけると、
その赤い瞳をじぃっと興味深そうに覗き込んだ。 サファイアと同じ、青い光を放つ瞳で。
「・・・その眼、サファイアの!?」
「『蒼眼(そうがん)』って言うんだよ、神様に選ばれた特別な瞳なの。
 あなた『紅眼(こうがん)』だったんだぁ、初めて見たけど綺麗ね。」
「・・・どこが。」
目を伏せながら ルビーは唇の先からつぶやくように一言だけ吐き出した。
くりくりっとした青い目を瞬かせると、女の人は自分の周りのゴーストポケモンたちを近くの山へと飛ばし再びルビーに向き直る。
いたずらっぽい笑みを向け頭につけた大きな花を直すと、再び視界がさえぎられるほど顔を近づけ女の人は口を開いた。

「それに、『サファイア』はあなたでしょ?」
「違うよ!」
耳を塞ぎたくなるような大声を出そうと女の人は笑みを崩さず、ただルビーから離れるだけ。
口いっぱいに水を含んで(腹を空かせたのかずいぶんと腹にも水が貯まっているようだが
そこは見て見ぬフリをすることにした)やって来たタツベイのフォルテをボールに戻すと、ルビーはホルダーにそれを取り付けながらわざとらしく冷たい声を出す。
「サファイアは今いないけど連れの名前、あたいはルビー!」
「るりぃ?」


――――――――――るりぃ?

「違うっ、ルビー! アール・ユー・ビー・ワイ、ルビー!」
「あははっ、そんなにムキにならなくても! 同じ石じゃない。 第一さ、中身は変わらないんでしょ?」
「だから別人だって言ってんだろうが!!」
ケラケラと笑うと女の人は「そういうことにしといてあげるよ」と全く悪びれた様子もなくルビーに言い、ぺロッと舌を出す。
納得のいかないルビーの機嫌が直るまで待ち、青色の瞳で笑うと女の人は南国調の模様の布の巻かれた胸に手を当てツヤツヤ光る唇を動かした。
「初めましてだし、あたしも一応自己紹介しないとね。
 あたしはゴーストポケモン使いのフヨウっていうんだ。
 でも、知ってるでしょ?」
「うん・・・」
言いかけてからルビーはハッと口をつぐみ、赤い瞳でフヨウと名乗った女の人のことを睨んだ。
またケラケラと笑ったフヨウは片手をパタパタさせながらルビーの怒りをぶつけられるのを軽く回避する。
大きくため息をつくとルビーはひたいに手を当て、再びその場に座り込んだ。
「考え込むとおばけが寄ってくるよ?」


―――――――――――化け物さんとお友達なの?

「・・・あんたが言うと説得力あるね。」
「ううん、これは本当の話。 暗い気持ち、誰かを恨む気持ち、悲しい気持ち、そういうココロは・・・」
フヨウはパタパタさせていた手を今度はクルクルと回し出す。
すると、何かに黒い布をかけたような小さなポケモンが宙を飛んで、彼女たちの周りに続々と集まり出した。
赤い瞳が強く見開かれ、恨みのこもった瞳は宙を飛ぶゴーストポケモンたちに注がれる。
「ここに住む、‘カゲボウズ’たちの大好物だからね。」
再びフヨウが手をパタパタと動かすと、ルビーたちの周りを取り囲んでいたカゲボウズは彼女らの目の届かない場所まで移動した。
辺りを警戒するルビーにもう1度いたずらっぽい笑みを浮かべるとフヨウは手を伸ばせば届くほどの距離まで歩み寄ってくる。
「ちなみに今寄ってきたのは野生のカゲボウズたちだけど、あたしと一緒にいれば襲ってきたりしないから安心してね。
 それよりも少し前からこの山に来てる変な赤い集団の方がよっぽど危険だと思うなぁ〜。」
ピクリとルビーの目元が反応する。
口元では笑ったフヨウが何も言い出さないのに気付くと気になったことを口に出した。
「それって、変なツノのついたフードの服着た奴ら?」
「そうだねぇ、確かに変なツノついてたね。
 お墓参りするにはおかしな格好だし、すっごく目立ってたよ。」
間違いない、ルビーは確信する。
暴れまわったせいかあちこちに散らばった髪をまとめ直すと、赤い瞳で山頂を見上げ、きゅっと口と手を固く結んだ。







『おくりびやま』を歩いていたマグマ団の女は ふと足を止めた。
集団の先頭を歩いていた彼女の背中に 同じような服を着た男が軽く追突する。
「っと、失礼。 どうされました?」
「静かね。」
その答えにマグマ団の男は低い声で笑って女の言った静寂をかき消す。
「それは当たり前ですよ、にぎやかな墓場なんて聞いたことがない。」
「静か過ぎるのよ、私たちが侵入してから2時間近く経っているのに。」
「嵐の前の静けさ・・・とでも言いたいので?」
背後にいる10数人のマグマ団たちを冷めた瞳で見つめると、先頭を歩いていた女は再び歩き出した。
男の問いかけには答えず、短い髪をしまったフードを深く被り直すと後ろの集団に自分についてくるよう、腕の動きで扇動(せんどう)する。
もう1度笑うと、男はリーダー格のその女へと向けて笑い声混じりの声で話しかけた。
「考え過ぎですよ。 すぐに応援部隊もやってくるじゃないですか。
 『りゅうせいのたき』や造船所の時と違い、充分に計画を練って実行に移しているんだから、失敗はあり得ませんよ。」
軽く男を横目で見るだけで、リーダー格の女は歩調を緩めず進んで行く。
明るく考えるに越したことはないが、どうにも頭の片隅に置かれている小さな疑問と不安が消えることはない。
女の若い衆だけで実行に移されてしまった潜水艇奪取はともかく、ここ半年ほど緻密(ちみつ)に練られたはずの様々な作戦が失敗に終わっていた。
『えんとつやま』に至っては、想定以上に時間がかかった上警察には見つかり、頭領(マツブサ)が自ら出てきたのにも関わらず作戦が失敗に終わっている。
ただ「失敗した」の一言で終わらせるには、偶然が重なり過ぎている。


特に苦もなくマグマ団の一団は『おくりびやま』の頂上へと辿り着いた。
目指した『紅色の宝珠(たま)』は空に向けて掲げるように、高く造られた祭壇の上で美しく輝きを放っている。
感動の意を示してか誰かがぴゅうと口笛を鳴らす中、数人は妙な違和感を感じ、眉を潜めた。
渡された情報によれば、ここにあるべき宝珠(たま)は『藍色の宝珠(あいいろのたま)』と
『紅色の宝珠(べにいろのたま)』の2つのはず。 だが、祭壇に飾られているのは青い光を放つ宝珠1つしかない。
そして、祭壇の低い所で座っていた帽子の女性が1人、こちらへと向かってゆっくりと歩いてくる。
「お待ちしていました、マグマ団の皆様。」
後ろ手に手を組むと、深く帽子を被った女の人は皮肉を込めたような声で集団へと話しかけた。
「意外ね。 今は歓迎されるいわれはないと思っていたわ。」
「えぇ、私も出来ればご遠慮願いたく思っていますよ。」
内側から感じられる敵対心を隠すことなく、大学生ほどの女は帽子のつばに手を当てる。
モンスターボールに手をかける部下たちを制すと、マグマ団の女は唇に塗られたブラウンの口紅から言葉をつむいだ。
「警察の方よね?
 出来ればどうやって先回り出来たのか、教えていただきたいんだけど?」
「出来ない相談は、しない方がマシだと思います・・・・・・・・・よっ!」

キャスケットハットを被った女は 細く長い足を高く上げると、命令を無視して飛びかかってきたマグマ団の男を蹴り倒す。
地に伏した男にスカートの中身を見られないよう、フードの端をヒールのかかとで軽く押さえると
彼女はトレーナーであるためまず持っているものを両手に、マグマ団との距離を少し離す。
双方、油断はない。 一瞬の気の緩みがあれば必ずそこにつけ込まれる。
グローブに包まれたマグマ団の女の手が、すっと横に伸ばされ、集団に立ちふさがる帽子の女へと向けられる。
「やれ。」
氷の声を合図にマグマ団は各々のモンスターボールに手をかけた。
だが内2人の手が高く弾き飛ばされ、手にしたボールをどこかへとさらっていく。
他のマグマ団員たちがたった1人の女へと向かって行くなか、驚いた2人が背後へと視線を移すとそれぞれ種類の違う可愛らしいポケモン2匹が
男2人のことを見上げ、笑っている。 その可愛らしい顔を見たのを最後に、その日、その2人が目覚めることはなかった。
続いて自分へと迫ってきたマグマ団2人を見て帽子の女はモンスターボールを地面へと落とす。
中から出てきたポケモンはひたいについた黒真珠を光らせるとマグマ団の男2人を同時に『サイコキネシス』で吹き飛ばした。
「8人。」

深く被っていた帽子を祭壇へと投げると、女は髪に刺さっていたピンを外し腰ほどもある長い茶髪を重力に従わせる。
長い髪の中に隠していたモンスターボールが地面へと接触すると、中から飛び出したグラエナがマグマ団のヤジロンを噛み砕いた。
その様子に驚いている間に彼女自身が男の足を払い、地面へと突っ伏させる。
「・・・このっ!!」
マグマ団の男は立ち上がって女に反撃しようとする。 が、突然足が動かなくなり何事かと男は自分の右足に目をやった。
見開かれたマグマ団の視線の先には、先ほど彼女が髪から抜き取ったピンで地面へと縫い付けられているズボンの裾。
殺気を感じ見上げた先にあった銀色の瞳を最後に、その男もその日別の物を見ることはなくなった。
自分へと向け放たれた『ロックブラスト』をしゃがんでかわすと、女はグラエナの『はかいこうせん』で反撃し、マグマ団のリーダー格の女へと銀色の瞳を向ける。
「まだやりますか?」
「愚問ね。」
マグマ団の女が手で合図すると 祭壇の周りの岩影から、物陰から、続々とマグマ団員が現れる。
今までのトレーナーとは明らかに物腰が違う、さすがに一撃でというわけには行きそうもない。
口元をゆるめ、4つ目のモンスターボールを持った手をだらりとぶら下げると銀色の瞳の女は集団へと目を向け、長い髪をかきあげた。

「数だけ増やせば良いと思っているのでしょうか?
 まるで、どこかの解散した犯罪組織のようですね。」
挑発する言葉で、自分へと向けられた殺気が一層強い物へと変わっていく。
それこそは彼女のねらい通り。 相手を怒らせれば攻撃が単純なものになりやすく、回避はそれほど難しくない。
今にも襲いかかってきそうな集団相手に茶髪の彼女が身構えていると、静かな山の下から足音が響き、集団の注意をそちらへと反らした。
無論、茶髪の女の注意もそちらへと向いたので双方攻撃に移ることはない。
『おくりびやま』の祭壇に集まった人間たちの視線を浴びながら長い階段を昇ってきたのは、赤い服に赤いバンダナ、赤い瞳の小さな女の子。
息を切らしながらゆっくりと、驚いたように赤い瞳を見開いてこちらへとやって来る。



「・・・ルビー?」
「理解に苦しむわね。」
マグマ団の女は部下に注意を払わせ、呆れたような目つきでやって来たルビーのことを見た。
目つきこそしっかりしているが、よくよく注意して見れば肩が上がり、息が震えているのが判る。
「1度戦い痛い目を見て、そして我々の使うポケモンを知っていてなお、戦いを挑んでくる。
 震えるほどの恐怖を覚えてまでなぜ、あなたは戦うの?」
「・・・こっちが、聞きたいよ。」
睨むような目つきでマグマ団のことを見上げながらルビーはポシェットの中のモンスターボールを1つ手に取る。
その瞬間、ボールが1つ足りないことに気付いたが気にしていられる余裕はない。
開閉スイッチに指をかけ、下から上へ、それほど高く上がらないようにしなやかな動きで放り投げた。
とても戦えそうにない黄色いあひるのようなポケモンが出てくると、マグマ団の一部から笑い声があがる。
コダックの『スコア』を横に従えると、ルビーは眉間にしわを寄せながら集団をもう1度睨み付けた。
「ただ、あんたたちを倒す。 それだけだ。」


―――――――――――近づくんじゃない、化け物!!

「・・・?」
頭の中で響く声にルビーはピクリと眉を動かす。 どうもこの山に来てから妙な声が頭の中をよぎり過ぎる。
辺りの状況を忘れ、思いだそうとひたいに手を当てる。 そう、忘れ過ぎている。
現状を思い出し、しまったと思ったときにはもう遅かった、コダックのスコアもろともルビーの体は宙を舞って3〜4メートル横へと吹き飛ばされる。
ブルーという女警察官が何か叫んだようにも聞こえたが、その言葉をはっきりと聞き取るほどの力はなかった。
マグマ団の頭領の様子を伺い(うかがい)、先ほどから話していた女が手で他の団員たちへと合図を送る。
「アツベ、ポリオ、あの女の子の相手をしてあげなさい。」
「はい?」
名を呼ばれたのだろう2人のマグマ団員は変な声をあげて聞き返した。
反論は出来ないらしく、変な顔をしながらも2人はモンスターボールを構えルビーとスコアへと向ける。
ゆっくりと起き上がりながら相手を見たルビーは、マグマ団2人が繰り出したポケモンを見て凍り付いた。
座ったままの体勢のまま半歩ほど後ろへ下がり、両腕で頭を抱える。




―あんたが殺したんだよ。

「・・・・・・来るなぁっ!!!」
カチカチと歯を鳴らすルビーに ブルーとマグマ団の視線が集まってくる。
あまりの怯えように顔を見合わせる2人の男の繰り出したポケモンは、鎧のような皮膚に長い鼻、大きな牙。 ドンファンと、ドンファン。


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