【ポケモンエンジニア】
ポケモン預かりシステムの管理者のことを指す。
パソコン等に関する機械的知識はもちろんのこと、
まだまだ謎の多いポケモンに関するトラブルにも対応する必要もあるため、
多大な知識と精神力が必要となる。


PAGE77.神様が見ている



 「なんだって?」

手の動きのみでシルバーはゴールドに聞き返す。
医療学生の中にいる彼とは10メートル以上離れているため細かい動きまでははっきり見えないし、かといって近づけばあっという間に見つかるだろう。
ゴールド自身も人の目を気にしてあまり大きな動作が出来ず、つんのめって転んだフリをしてようやく集団と距離をとり、
伝えたかった6文字のサインをようやく遠く離れた茂みへと届けた。
「・・・お、く、り、び、や、ま?」





ドンッ!という何かが落ちたような音が鳴り、驚いたサファイアは思わずルビーに抱き付き返した。
しまったと思うよりも前に『シャドーパンチ』が頭のてっぺんを直撃し、あっという間に地面の上に殴り倒される。
「痛いんだよっ! 肩骨折してるかもしんないんだかんね!?」
「こっちが痛いわぁっ・・・右肩痛めとんのに どないしたら右ストレートが飛んでくるっちゅうねん?」
「サファイアさん!? しっかりしてください! ボクが話し終えるまで死んじゃだめですよ!!」
ん?と声を上げてサファイアが顔を上げると、ミツルがサファイアの頭の上に星のような形をしたポケモンを押し付ける。
だがいかんせん固い。 ゴンッ!と音を鳴らすとサファイアの頭の上に2つ目の大きなたんこぶができ、ひぃひぃ泣き声を上げるサファイアをよそに
ミツルは割れたプラスチックの固まりのようなものを彼の前に差し出した。
地面の上に置かれた青い固まりを見ているサファイアの後ろで ルビーがきょとんとした顔をしてミツルのことを見ている。
余談だが、数10分近く泣いていたせいで紅眼抜きに目が赤い。
「あんた・・・病気で旅に出られなかったんじゃ?」
ビクッと身をすくませながらミツルはルビーに対する言い訳を考える。
彼女の性格を考えればきちんと説明しないと「ああそうですか」で済ませてくれそうにない。 たとえ神眼の持ち主のために動いていたと言っても。
頭の中で何度もシミュレーションしているときにサファイアの疑問の声が耳に入ってくる。
これ幸いとばかりにミツルはそちらへと体を向け、話題を元に戻した。

「そうだ、サファリゾーンでサファイアさんのヌケニンが消えてしまったんです、影も形もなく!
 壊れた自転車の横にこれだけ落ちていて、ずいぶん探したんですけど見つからなくて・・・」
「2号が? どこ行ったんじゃ!?」
「それが分かってたらこんなこと言いませんよ!」
小さな前足で頭をさする星の形をしたポケモンを抱き上げ、ミツルはスポーツバッグの上にそのポケモンを置く。
心配そうに辺りへと注意を配ると、明らかに人間離れした緑色の瞳をサファイアへと向け、ルビーでも握りつぶせてしまいそうな手を固く結んだ。
何か言おうとミツルが口を開きかけたとき、ルビーのよく通る声によってそれは妨げられる。
「・・・・・・連れ去られたんだ。」
「2号がか?」
「誰にですか?」
サファイアとミツルの声がダブり、2人は顔を見合わせる。
そんなことは全く気にしていない様子のルビーは少し離れたところにいるポケモン3匹を軽く見ると、顔を曇らせながら続きを口にした。
「今、次元がゆがんでるんだってさ。
 そのせいかどうか知らないけど、あっちこっちでまるで神隠しにでも遭ったみたいに人やポケモンが消えたり現れたりしてるって。
 理由なんざ知らないし、サファイアのヌケニンがそうだなんて証拠もないんだけどさ。 何かそんな気がすんだよ。」
多分、ルクスも。 言おうとした言葉をルビーは飲み込んだ。
これ以上この2人を心配させる理由などないし、疲れてる分だけ口も開きたくない。
目と目の間に手のひらを押さえ付けてうっすらと襲い掛かってきた眠気を追い払うと、ルビーは視線を上げ、綺麗なツヤのある唇を動かした。
「とにかくさ、1度ミナモシティに・・・」



  ちりぃ〜んっ!

「え?」
「へ?」
「は?」
風鈴のような音に3人が一斉に振り向いた先・・・
おくりびやまのふもとから赤い色をしたポケモンが空を飛び、そのままミツルへと突っ込んで停止する。
反射的にかざされたポケモン図鑑に『ロコン』と表示されたポケモンから目を離し、
ルビーとサファイアはそれぞれ出ているポケモンを戦闘態勢へと移し、逃げ惑うように草むらから飛び出してくる野生のポケモンたちを睨み付けた。
『ひんし』とまでは行かなくてもぐったりしているロコンを抱えたミツルが眉間にしわを寄せる。
「前にも・・・前にもこんなことありませんでした?」
「あったね、あたいら3人が最初に会った日に。」
え?と疑問の表情を浮かべサファイアが首を傾げる。
ぐっちゃぐちゃの記憶の糸をぶちぶち切りそうな勢いでたぐり寄せると 1個の記憶が引き上げられた。
旅をして3日目、ルビーが言った通りミツルと初めて会った日、コハクと初めて会った日、その時ルビーが言った言葉は・・・
「『近くにトレーナーがいる』っちゅうこと・・・・・・かっ!?」
爆発でも起こしたかのように引き千切られた草が舞い上がり、ガラスのような半透明の体のポケモンが飛ばされて来る。
カシャンッと高い音を残しくるくると目を回すポケモンを横目にゆっくりと歩いてきた男を見て、ルビーとミツルは体をこわばらせた。
肩のこりそうな重々しいシルバーアクセサリを首から下げた元ポケモンリーグ準優勝者、グリーンが柔らかい草を踏み付けながらこちらへと向かってくる。
背の高い男は大股で3人へと近づくと、ルビーとサファイアの向こうのミツルを見ながら(ミツル1人少し離れた場所で避難している)辺りを見渡した。
不自然な赤色青色の瞳に眉根を寄せながら緑色の瞳の少年へと怒ったような視線を向けると、男は口を開いて低い声を響かせる。

「この祭壇荒らし、お前らがやったのか?」
「違う。」
ルビーが即答する。
刃物のような紅い視線も気にせずため息混じりに一拍置くと、男はもう1度辺りを見渡し、ミツルへと視線を向けた。
明らかに攻撃意思の見える態度に3人は警戒して肩に力が入る。
「じゃあ、誰がやった?」
「あの・・・ボクは知りませ・・・」
「マグマ団が。」
サファイアとミツルをかばうように左腕を横に回すと、ルビーは相手に負けじと低い声で返答を返す。
あっけに取られぽかんと口を開けているサファイアには目もくれず、子供とは思えない迫力で睨みつけてくる少女を見下ろすと、
グリーンはここに来てから3つ目の質問を、今度は彼女へと向けて放った。
「・・・その目、生まれつきか?」
「違う。」
少なくともサファイアとミツルは。 ルビーは心の中で付け加える。
20秒ほど、風すら動かないのではないかという硬直した時間を過ごすとグリーンは目の前にいるルビーの頭に手を置いた。
そのまま彼女を軽く突き放すと殴りかかろうとしたサファイアのひたいを手のひらでちょいと弾き飛ばす。
ミツルへと向かう道の傷害物を取り払うとグリーンは3人の顔を順々に見て、軽く肩をすくめながら鼻で息を吐いた。

「可哀想だな、お前ら。」
男の言葉にビクリとルビーが跳ね上がり、後の2人は首をかしげる。
痛いはずの右手が強く握られたのをサファイアの瞳が映すのと彼女にしか出せない独特の声が耳を打つのは ほぼ同時だった。
「・・・うらやましい、の間違いじゃないのかい?」
「それは事情を知らない奴だろ?」



「・・・・・・‘コン’『サイケこうせん』!!」
「ルビー!?」
真っ先に気付いて止めようとしたサファイアも間に合わず、ルビーのヤジロンは虹色の光線を放ち、グリーンの足元に底の見えないような深い穴を空ける。
冷や汗をかく暇もなく、続いて持ち上げられた腕をサファイアは慌てて掴んで降ろした。
痛そうに顔をしかめられて余計に冷や汗をかくが、『いわれ』もないバトルでケガする、させるよりはずっとマシである。
おろおろと青い目を泳がせていたサファイアの視線が反撃行動に移るグリーンへと固定される。
当然のごとくルビーへと攻撃しようとする男を睨み付けるとサファイアはカナを走らせ、男と自分たちとの間に入らせた。
予想できていなかったのか グリーンはごくごく一瞬の時間で出すべきポケモンを入れ替えようとするが、途中でぴたりと動きを止める。
グリーンの射程距離外からロコンを抱えたままのミツルが真っ黒なポケモン、ヤミラミで自分に狙いをつけているからだ。

まさかミツルが自分に向けてポケモンをけしかけるとも思わず、グリーンは彼の方へと苦々しい視線を向ける。
瞳の色が緑色から薄青色へと変わっていたことに驚くが、ここまで来ていちいち気にしていたらキリがない。
細く息を吐いたミツルに淡く身の危険を感じながら グリーンはルビーたちの死角になる場所でモンスターボールを手に取った。
こんな小さな子供にまでナメられる訳にも行かない。
「オニオン『かぎわける』、バジル『りゅうのいぶき』!!」
2方向に人差し指を突き出すとまずは今にも攻撃に移りそうなラグラージに先手を打ち気絶させる
・・・はずなのに、青い瞳の少年のラグラージは意外にも丈夫な身体でキングドラの攻撃を耐え切ってしまっている。
驚いたのはそれだけではない、物理攻撃を当てようと『かぎわける』を指示したマッスグマのオニオンもヤミラミの『みきり』でかわされてしまっている。
「・・・やるじゃねぇかっ!」
だがどうやって逆転する? 心の中で問い掛けてみるが、瞬時に張り巡らせたグリーンの予想はものの見事に的を外す。
攻撃を受けてでも何とか反撃しようともう1度『かぎわける』をマッスグマのオニオンに指示を出すが、
ミツルはヤミラミのゆえを赤白のモンスターボールへと戻し、
代わりに口に大きな袋を持った鳥ポケモン、ペリッパーを繰り出した。 これでは『かぎわける』は全く意味がない。
サファイアはサファイアで反撃してくるのかと思いきやルビーの左手を引いて伝説のポケモン級に逃げ出してるし。
まだ攻撃が届きそうな距離にいる彼らを逃がさないようキングドラのバジルに攻撃の指示を出そうとしたとき、突然2人(と3匹)は振り向き、しゃがみ込んだ。
逃げる間に次の指示の相談をしたに違いない。 女の方(ルビーのこと)が一緒に走っていたゴマゾウを赤白のモンスターボールへと閉じ込める。
「‘カナ’『じしん』じゃ!!」
トレーナーよりも大きなラグラージは太い両腕を高く上げると、それを地面へと叩き付ける。
途端に山全体とも思える範囲で大揺れが起きるが、レベルが低いのか、グリーンが予想していたよりは威力は低い。
それでも走って彼らを追いかけるということは出来ず、地面に手を突き転ばないようバランスを取ったとき、
突然視界を白い煙におおわれ、グリーンは子供3人を見失った。
鳥ポケモンが飛びあがる時独特のバサッという風を叩く音が聞こえてくる。
『けむりだま』の吐き出した白い煙を追い払いながらグリーンはため息をついた。
たかが子供に、完全にしてやられたわけなのだから。



水の中に埋まったシルバーはひとまず水面へと上昇すると口の中に入り込んだ海水を追い出した。
山頂へと急ごうとおくりびやまの崖に近い坂道を登っていったら、突然地面が揺れて岩壁に突き放されたのだ。
そのまま下の海面に墜落。 初めてとはいえ、こんな初歩的な失敗をした自分が情けなくなってくる。
ひとしきり自分を責めてから山頂へ銀色の瞳を向けると、割と見慣れてきた青色と赤色の瞳が自分を見下ろしているのに気付く。
「何しとるんじゃ、シルバー?」
「・・・おまえらが見当たらなくなったから追いかけてきたんだろうが。
 心配かけた割には元気そうじゃねーか。」
「そうでもないで、ルビーが大ケガや。」
眉を潜めると シルバーはごつごつとした岩肌に手をかけ、ほぼ垂直に切り立った崖をあっという間によじ登ってきた。
拍手するサファイアを横目にルビーの首元を軽く見ると、確かに軽傷とは言い難いあざが広がっている。
ついでとばかりに自分を自己嫌悪に陥らせる(おちいらせる)と、シルバーは視線を彼女の首元から口の辺りへと移動させ、小さく口を開いた。
「ルビー、痛むか?」
「別に。」
痛むんだな。 シルバーは心の中で彼女へと突っ込む。
ずいぶんと水を含んだ自分の髪を軽くしぼりながらいくつかの考えを張り巡らせ、今度はシルバーはルビーとサファイアを交互に見た。
「クリスたちの所へ戻れば誰かが救急箱を・・・いや、ひとまずミナモに向かおう、ここからならそっちの方が早い。
 ルビー、『なみのり』できるポケモンは?」
「いんや。」
「それならシザリガーのフクシャに乗ってくといい。
 サファイアはカナに乗って行かれるな? ここからなら500メートルもないんだが。」
「おうっ!! ・・・・・・って、ちょい待ち『ここ』って・・・」
入口までかなり距離があるのに・・・サファイアの嫌な予感は見事ど真ん中ストライク逆転ホームランで的中する。
小さな少年は大きな人間にひょいと抱え上げられると、いとも簡単に3メートル下の海の中へと投げ込まれた。
もはや奇声を上げる時間すらもらえず、派手な波しぶきと音を上げてサファイアは122番水道へと再びダイブするハメになる。
余談だが、これとほとんど同じ音が立ったため、ルビーとサファイアがシルバーの存在に気付いたわけだ。
水中で呼び出したカナに背中に乗せてもらい空気のある場所へと顔を突き出すと、ルビーの方は普通にフクシャの上に降ろしてもらっている。
「ピアニストやぁっ・・・!」
不正解。 『フェミニスト』と言うはずのところを間違ったサファイアは頭のてっぺんを軽くルビーに叩かれ修正される。
その後は特に何事もなくミナモシティへと到着し、この一連の事件はようやく、その幕を閉じた。





ちなみに、シルバーのナビで医療学校の人らと合流したのは それからまた2時間ほど後のこと。
子供2人がいなくなったとあって、大体の人があんな危険な場所(草むらのことを指しているのだろう)ではぐれるな、とか
ともかく無事でなによりだ、とか
ルビーのケガを見て、一体どうしたんですかそれは!? レインさん早く手術して下さい! とか
おめぇ、どうやって空飛んだんだ? とか色々聞かれたり言われたりしたが、大体友好的に話を進めることが出来た。
聞いた話によると、彼らは今晩は民宿『ミナモのモナミ』に泊まり、明朝ジョウトへと向け出発するらしい。
なんだかんだで世話にもなったので少し名残惜しい気もしたが、元々聞いていたことでもあったので特には話も進めず、
同じポケモンセンターに泊まるスザクと一緒に3人は彼らジョウト医大の集団と別れる。

明日からのプランとか、今日の夕食は何だとか、そういった他愛もない話をしながら3人はポケモンセンターへと到着する。
ひとまず負傷したルビーを医務室へと送り届けサファイアに部屋のカギを持たせて大浴場へと放り込む(ランドリーまでは気が回らなかったらしい)と、
スザクは1人、自分の部屋へと向かう。
汚れた体を洗い、ランドリーを10分がかりで探し当てた挙句迷子になったサファイアをルビーが見つけたのは さらに30分後の話。
部屋に荷物を置き、3人で夕食を食べ、部屋のベッドでゆっくり休む。
そこまでは当たり前の、いつもの行動のはずだった。 だが何となく違和感を感じ、ルビーとサファイアは同じ場所を見つめていた。
小さな2人部屋の、人が寝転べるほどの2人がけのソファ・・・金の瞳の少年の指定席へと。


「・・・コハク、帰ってこないね。」
「せやな。」
「明日にゃ帰っちまうんだよね。」
「せや・・・って、ちゃうわ、何言っとんねん!?」
ルビーはサファイアの方へと振り向くと、軽く肩を降ろしながら苦笑する。
「あんたごときが何隠そうとバレバレだよ、あのお医者さまん中にいるんだろ?
 それにさ、あたい、知ってたんだ。 トウカからりゅうせいまでずっと一緒だった・・・『コハク』の正体。」
え? と小さく声を上げてサファイアは隣のベッドの上に座る少女を見る。
ソファを見ていて顔をはっきりと確認することは出来ないが、嘘をついているわけではなさそうだ。
どういうことなのか問いただそうと口を開きかけたとき、サファイアのその行動は控えめなノックの音に差し止められた。
返事がないのを疑問に思ったのか、もう1度静かめにノックが鳴らされる。
「開いてるよ。」
ルビーが返事を返すとパチッと1回静電気を鳴らしてからゆっくりとドアが開かれる。
足音も静かに入ってきたその人は唇に人差し指を1度当ててから、ルビーとサファイアを順々に見て微笑んだ。

「こんばんは。」
赤いパーカーの青年は特にルビーへと向け大声を出さないようなだめると、
それが当たり前かのように子供2人に穴が空くほど見つめられていたソファへと腰掛ける。
口をパクパクさせているルビーの右肩を少しだけ心配そうに見ると、その金色の瞳でさらに後ろのサファイアを見る。
「・・・ゴールド!? 何しに来たんじゃ!?」
「2人に、ポケモンを教えに。」
「しっ」ともう1度静かにするよう念を押すとゴールドは笑った。
蛍光灯の白い光を浴びた瞳は、ミツルが言うような黄色ではなく、確かに彼の名の通り金色に光っている。


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