【パワーポイント】
ポケモンが技を出せなくなるのは、相手の攻撃を受けたときだけではない。
当然ながら、人間と同じように攻撃を放ち続けた場合も体力が消費し、最後には技を出せなくなってしまう。
これは各地のポケモン医療機関、学者等の間で『PP(パワーポイント)』と呼ばれる力がなくなった状態で
連続して技を出したことにより同じ部分の筋力が衰えたためとされている。
ただし、移動の際は外で休んでいられるため、この理論の範疇ではない。


PAGE79.ルビーの唄


「ル、ルビーッ、ルビー!?
 ちょいと大概にせーよ、こっちの身にもなってみい!?」
サファイアは前も見えないほどの高い山の向こうからルビーへと向け悲鳴を上げる。
一方当の彼女はと言えば、抗議の声もまるきり無視したかのように別の物を手に取るとサファイアの持つ山の上へと器用に積み上げた。
半分涙目になっているサファイアの上の山に穴があるのを見つけると、そこにひょいと見つけた品物を押し込む。
プルプルと震えるほど限界に差しかかっていたサファイアはその重みで1線を越え、
どんがらがっしゃーん!という派手な音と共に崩れ落ちた。
今更気がついたようにルビーは後ろを振り返ると、「あ」と小さく声を上げる。
目移りするほど素敵な素敵なミナモデパートの商品に埋もれた、へたれ商人がそこに1人。



デパートの人に謝って、多く取り過ぎた(というかルビーは一旦手にとってから選ぶつもりだった)商品を品物棚へと戻すと2人は会計を済ませ、屋上へと上がった。
売店の1つもない、アトラクション用のステージだけが設置された屋上にはルビーとサファイアの他には誰一人として人がおらず、
強く海から吹き付けてきた風を受けると、思わず身震いする。
それでもルビーが「ここがいい」と言ったので、サファイアはショー鑑賞用のベンチに(大量の)荷物を降ろすと自分もその隣に腰掛けた。
「悪いね、あたいの分まで荷物持ってもらっちゃって。」
「肩痛めとるし、女の子やさかい。
 ワシが持つのは構わんけど・・・さっきみたいに埋もれてまうほどは持てひんねん、もちっと手加減してや。」
苦笑しつつ軽く腰を叩くと いつものボールホルダーにモンスターボールが1つもついていないのを思い出す。
街の中とはいえ、慣れた感触がないのは少し落ち付かない。
これも実はルビーが指定したこと。
単にポケモンが嫌いとかそういうことではくくれない気がして、サファイアは風へと顔を向けている彼女の横顔をじっと見つめる。
風に吹かれて時々見える赤い石のピアスとか、長いまつげの彼女の顔とか、単純に綺麗だななどと思ったりして。
不意に振り向いた彼女に何でもないのにビクッと身を震わせると、ルビーはまっすぐにサファイアの事を見てゆっくりと近づいてきた。

「『サファイア』になるなら、あんなモンじゃ済まないよ。」
え? と疑問の表情を向けると、サファイアは身を乗り出した。
「知っとるんか、伝説の商人『サファイア』やで?」
「知ってるよ、あたいの持ってるポロックケースだって『サファイア』が扱ってた商品なんだから。
 1日30〜40キロ運ぶなんてザラだったしさ、発注から販売、服やアクセサリー、レコードのプロデュースまで・・・
 名前が欲しいなら別にいいけどさ、本気でやろうと思ってる?」
「当たり前や」という当たり前の返事すら出来ず、サファイアはぽかんと口を開けてルビーの顔を見上げていた。
冗談とは思えないほど真剣な瞳で彼女はまっすぐに自分を見つめる少年を見返している。
言葉が出ないなりに何か言おうとして、数回口をパクパクさせるとサファイアはようやく喉の底から絞り出したように声を押し上げた。
「・・・あ・・・・・・あの、な、何者や? 『サファイア』て・・・」
まるで聞いてはいけないことだったかのように ルビーは顔をしかめるときゅっと口をつむる。
答えを待つサファイアの顔を1度見ると、宝石のような赤みを持つ瞳を伏せ、ゆっくりと口を開いた。

「・・・あたしの・・・・・・母ちゃん。」

「・・・へ?」
海風がビュッと吹きつけるまで、サファイアは時間が止まっているのだと信じ続けていた。
まばたきすることも忘れ、ステージの上に座るルビーに青い瞳を向け言葉の意味を探す。
一瞬だったのかもしれないし、1時間くらい経っていたのかもしれない、それくらいの間を置くとルビーは急に立ち上がってステージの上に立った。
風になびく彼女の茶色い髪とか、見下ろす赤い瞳とか、こんなときなのにやっぱり綺麗だななどと思ったりして。
薄い床に足音を響かせ、出来れば行きたくなさそうなほど遅い足取りでルビーはステージ中央へと進むと、そこからサファイアのことを振り返る。
少しだけ上を向き、潮の匂いのする空気を肺一杯に吸い込むと 1度目をつぶってからルビーは人が歌う時の声を出した。
音階で言えば『ラ』の音を。 約5秒間ほど一定の音量で声を出した後、深呼吸してから彼女はサファイアへと唄い出す。


―――ふわり 花は 踊るよ
 きらり 星は 笑うよ
 ゆらゆら 風の音(ね) 聞こえたら
 ねんねの 時間だよ


 さらら 海が 唄うよ
 虹の ふとん かぶって
 天使の 微笑み 見せて
 おやすみなさい



 聴こえてる? 海の歌
 聞こえてる? 空の詩(うた)
 みんな みんな 大好きな
 あなたへの おくりもの・・・



 どんな 夢を 見てるの?
 花の ように 笑って
 ざわざわ 森の 子守唄
 ねんねの 時間だよ―――――――♪


サファイアはステージの上で口を閉じたルビーを見つめながら 今度こそ言葉を失った。
初めて会ったときから綺麗な声をしているとは思っていたが、ここまで上手い歌い手だったとも思わず、ただため息のようなものを漏らす。
「子守唄。 母ちゃんがよく唄ってくれたんだ。」
「あの・・・な、なんちゅうか、まぁ・・・綺麗、やな。
 上手く言えひんけど・・・」
もう1度ステージの端に座ったルビーにしどろもどろの賞賛を送ると 彼女は「ありがと」と言いながら珍しく笑った。
こんなに笑ったのなんて初めてじゃないかとか、やっぱり笑ろた顔も綺麗なんやなとかぐちゃぐちゃと頭の中で色んな考えが現れては消えるが、
ふと気付いたように顔を上げると、サファイアは青い瞳でルビーの顔を見つめる。
彼女もサファイアの視線に気付いたようで、興味深そうな顔をしながら首を傾げて無言のまま聞き返してきた。
「・・・どっかで聞いた・・・か?」
「子守唄なんて珍しいもんでもないだろ?」
「ちゃうねん、つい最近・・・旅しとる間や。
 大体おとんもおかんも、こないなハイカラな歌唄わへんし・・・」
「ハイカラって・・・」
「誰やろ、男だったと思うんやけど・・・」
「え?」
「あ・・・」

「コハク!」
「コハクや!」

疲れて寝こけて聞いていなかった音を、今更のように2人は思い出す。
140センチの金色の瞳の少年、3人で旅をしていたときの小さな保護者。
とっさにサファイアは時計を探し、ルビーはステージから飛び降りて金網越しに港を見下ろす。
幸いにも大きな港であるにも関わらず泊まっている船は1隻のみ、それがジョウト行きの船だとすぐに判断がつきルビーはきびすを返して屋上入り口へと向かった。
サファイアも大量の荷物を抱え、その後を追いかける。
「後10分しかあらへんぞ!?」
「判ってる、走るんだよ!」
そう言いつつルビーは余裕のなさのあまり時計など見ていなかったのだが。 とにかく階段を駆け下りる。
遅れているサファイアを引っ張ろうとするが上手くいかず、仕方なくはぐれるのを覚悟で先行する。
痛む身体にムチ打ってスピードを上げるが、倉庫街を抜けて長い波止場の並ぶ港へと辿り着いたときには 既に船は1隻もなくなっていた。
「・・・・・・間に合わなかった・・・!」
はぁはぁと息を切らすと、それに合わせてあざの残る右肩がズキズキと痛む。
酸欠を起こしたのか軽くめまいを起こし、立っていることが出来ずにルビーはその場に座り込んだ。
どうやらはぐれなかったらしいサファイアがルビーの側に買い物袋を降ろし、しゃがみ込んで顔を覗き込んでくる。

「ゴールドは?」
「・・・ダメだ、船行っちまったよ。」
首を振ると再び肩が強く痛み、ルビーは小さく声を上げた。
その声に必要以上に驚き、サファイアが心配そうな顔でルビーの肩(正確には鎖骨の辺り)を見つめるが、
それを拒むかのように彼女は左手でサファイアを押しのける。
息を整えて立ちあがるルビーを見て、サファイアは少しうつむいて考えると再び大量の荷物を持って立ちあがった。
「ルビー、最後のコンテスト会場この街にある言うてたよな?」
「え、あぁ・・・」
「アクセンタでコンテスト勝ったら、その後どうするつもりなんや?」
疑問の表情を浮かべながらルビーはずり落ちそうな荷物を抱え直すサファイアを見る。
「どうって・・・コンテストも1部門しか通ってないから、他の部門受けるためにもう1回シダケからやり直すんだよ。
 それとサファイア、あたいのポケモンは‘アクセント’。 2度と間違えるんじゃないよ!」
「せやったな、スマンスマン。」
ヘラヘラと笑いながら、サファイアは自分の頭をかく。 本当に悪いと思っているのかはかなり怪しい。
もう1度「よっ」と軽く掛け声をつけて荷物を持ち直すと、サファイアは海によく似た青い瞳をルビーへと向けた。

「じゃったら、ゴールドはワシが探すけん、ルビーはコンテストの方に集中しぃや。
 ワシの残りのジムは2つとも海の向こうやから、どのみち泳ぎまわらなアカンしのう。
 せや、スザクと一緒に行きや! きっと助けてくれるで?」
「・・・サファイア、何企んでる?」
「何も考えてへんっちゅうに! ただ・・・」
言いかけてサファイアは止める。 口にしたら事態を悪化させてしまうと直感したから。
代わりの言葉を考えるがわずか15秒では何も考え付かず、顔をしかめるとルビーはため息をついた。
「もういいよ、あんたが言う通りここのコンテスト終えたらスザクとシダケからやり直す。
 その代わりこっちはこっちで好き勝手やらせてもらうかんね。」
「おぉ、その方がええよ。
 こっちはポケモン4匹もおるんやさかい、もう迷子になったりしいひんしな!」
そう言ってポケモンセンター(かもしれない方向)に向かったサファイアを見て、ルビーはわざと大きな声を張り上げる。
「もしも!」
海のポケモンたちにも聞こえるんじゃないかというほどの声にサファイアは振り向く。
そのサファイアに聞かせる気があるのか判らないほど明後日の方向を向いて、
ルビーは海にでも聞かせるかのように、まるで台本を読むかのような口調で続きを言った。
「もしも、あたしがクリスタルと同じ立場だったら、やっぱり置いて行かれたくないし、捜しに行くと思う。」
感情たっぷりに込められた台詞に、サファイアは目を瞬かせる。
少しの時間を置いてから、やはり海の方へと体を向けるとサファイアも劇の練習のような口ぶりで海へと向かって話し掛けた。
「もしも、ワシがゴールドとシルバーと同じ状況になったとしたら、やっぱり置いてくわ。
 なんぼ嫌がられても、嫌われてしもうてもや。 ワシは男やからな。」
「・・・それ、そんなに重要?」
「どうでもいいことかもしれん。 せやけどプライドや。」





「オィオィ冗談だろ!? シャレになんねーぞ!?」
ヒイズはチッと舌打ちすると、再び狭い船内の中を走り出した。
彼だけではない、彼らの帰りを待っていた教官も加え、医療大学の学生ら7人ジョウト行きの船の中を必死に走りまわっている。
人数に違和感を感じたかもしれないが、それが彼らが走る理由へとつながっている。
学生が1人、船から消えてしまっているのだ。
「見つかったか!?」
「いや、ダメだ。 部屋にもデッキにもいない!」
鉢合わせたヒデピラとレサシは5秒もない間に情報交換を行う。
そこに乱入してきた(というか別方向からやってきた)ヘムが不安げな顔をして別の情報を持ちかけた。
「こっちにもいません。 バスルームに声もかけたし、女子トイレも探したんですけど・・・
 本当にどこ行っちゃったんでしょう、レインさん・・・?」

探すアテがなくなり、3人はひとまず広間になっている食堂へとそろって足を向ける。
既に他の生徒たちは充てられた(というか自分なりに考えた)場所を探し終えたらしく、扉を開けた3人に8つの瞳が向けられた。
「その様子だと、全員見つからなかったみたいですね。」
ぽつりと放った言葉に空気が少し沈み、それを取り払うかのようにアルムが珍しく言葉を切り出す。
「・・・船の周りも捜しました。」
それに続いてマキが口を開く。
「船室も全て見回りましたが、見つかっていません。」
「通気孔の中も捜したんだけどよぉ・・・」
え? と上げられた疑問をよそに、ヒイズは腕を組んだ。
調査報告会とでも勘違いしているのか、青木も続く。
「し、室内の花瓶もノートも調べたんですけど・・・影も形も・・・」
探すポイントが違うだろうなどとツッコミを与える時間もなく、一行はもう1度見逃した場所はないかと捜しに出る。
各々1度探した場所を、別の角度から見れば見落とした場所が見つかるのではないかという淡い期待を抱いて。





「・・・でえぇぇっ!!?」
ポケモンセンターのポケモン預かり所にいたスザクこと元ポケモンリーグ優勝者クリスタルはビクッと体を震わせた。
階段付近に出入口の扉があって、階段も結構高さがあって、ましてや手すりもなくて細くて、危ないなぁとは思っていたけど、
まさか人が転がり落ちてくるなんて。
恐る恐るドアノブに手をかけようとすると、向こうから勢いよく開きまたしても彼女は驚いた。
多少のケガはあるようだがまだまだ元気なサファイアが、よろよろとふらつきながら自分のポケモンを預けてある場所へと向かう。
「サ、サファイア・・・? 大丈夫・・・?」
「へ? おぉ、スザクか。 こんぐらい全然構わんて、それよか今めっちゃ急いでんねんからな!」
言う通りサファイアはひどく急いだ様子でバンバンとモンスターボールの入った箱を叩きながら(迷子歴9ヶ月にして
壁に手をつけば自分のボックスを発見できることに気がついた)トレーナーカードを引っ張り出す。
よく見れば彼は移動するには早過ぎるというのに、旅の身なりを整えている。
ふと嫌な予感がよぎり、クリスはとっさにサファイアの腕を掴んだ。

「・・・・・・どこに行くの?」
サファイアが彼女の方を向いたのとほぼ同時に、ほぼ当てずっぽうで試していたボール収納箱のフタが電子音と共に開く。
空いている左手でボール4個をホルダーへと収めると、最初から呼び出す予定だったチャチャのモンスターボールを手に取り
外せない腕を見つめながらサファイアは返答を返した。
「悪いんやけど、ルビーに『行ってくる』て伝えといてくれひん?
 ワシ、ホンマ急いどんの、手ぇ離してや。」
「・・・・・・それ、あたしの目、見て言える?」
掴まれた腕からクリスの瞳に視線を移し、サファイアは1度睨むようにして唾(つばき)を飲み込んだ。
正直な彼女の瞳から思わず逃げ出したくなるが、ここで視線を反らしたら全てが水の泡となる。
腹の底から声を絞り出し、サファイアは同じ言葉をもう1度繰り返した。
「手ぇ、離してや。」
驚いたような顔をして眉を寄せると、クリスは遅過ぎるほど少しずつサファイアを拘束していた手から力を抜いた。
軽く振って完全に右腕を動かせるようにすると サファイアはその手にモンスターボールを持ち替えて床へと落とし、チャチャを呼び出す。
2言3言自分のポケモンと言葉を交わすと、ドクターに怒られつつチャチャを連れてポケモンセンターを飛び出した。
ここまでやって来た道を逆走し、自分でも驚くほど早く大きな港へとたどりつく。
左右を軽く見渡すと、見間違いではなかった建物を青い瞳に映し、軽くため息に近い吐息をもらした。


「・・・やっぱり、アクア団らの連中が頭につけとるマークと同じや。」
港の外れにある一見普通のブイ(進入禁止を示す浮きのこと)を見つめ、独り言ひとつ。
海に浮かんでいるブイは他は全て黄色なのに何故1個だけ青なのだろうと思って見ていたら、アクア団のシンボルマークが見えたわけで。
ルビーに気付かれないように出来るだけ取り繕って、ポケモンセンターに戻るなり荷物を全部持って(デパートで買ったから食料も充分だ)ここまで来て。
ここまで案内してくれたチャチャに礼を言ってスーパーボールの中へと戻し、代わりにカナを呼び出そうと(海を渡るため)腰に手をあてた。
漠然(ばくぜん)とした違和感を感じたが、当初の予定通りカナを海の上へと放ち、礼代わりに思いきり抱きしめる。
「・・・クウゥ?」
「すまんな‘カナ’。 もしかしたら無傷で帰れへんかもしれへんねん。」
頭の後ろをさすってやると、カナは軽く頭を上げてサファイアの腹を押し上げる。
ん、と小さく声を上げ、少し重い荷物を背中に立ち上がると、サファイアは軽くカナの頭を叩き背中に乗り込んだ。
船1隻も見えない海の上を緩やかなスラロームで青いブイへと辿り着くと、サファイアはそれを軽く触りながら首をかしげる。
「見れば見るほど同じやな・・・なしてこんな所にアクア団のマークがあるんやろ?
 ‘カナ’他回ってみるさかい、少しこの辺泳いでくれひん?」

カナは軽く鳴き声を上げると顔を海の中へと沈めゆっくりと辺りを回り始める。
注意深く辺りを見渡しながらサファイアが何気なく姿勢を変えようとしたとき、急にカナは沈んで浮かんで、サファイアの方へと顔を向けた。
おかげでサファイアはバランスを崩し、危うく海の中へと落ちかける。
「なっ、なな何やねん!? 危ないやないか‘カナ’!?」
「ググゥッ、グゥッ!」
「・・・何や?」
サファイアがカナの顔を覗き込むと、カナは前足で海の中を指した。
それに合わせてサファイアが荷物を左肩に寄せて海の中を覗き込むと、港の底に明らかに人工的に作られた大きな穴と扉が見える。
水底の大人1人が通れるほどの大きさの扉には大きくアクア団のシンボルマーク、サファイアは思わず息を飲み込む。
「えらいこっちゃ、シルバーに教えな・・・」


港へと引き返そうとしたとき、突然足元が揺れ 目の前に船乗りのような太い腕が突き出された。
大声を出そうとしたが間に合わず、とっさに首に巻きつけられた腕に手を回すのが精一杯。
頚動脈(けいどうみゃく)を強く締められ、あっという間に薄れていく意識の中、最後の力でサファイアはポケットに手を突っ込んだ。
ざっくりと切れた太い腕を見て、アクア団の男は軽く舌打ちする。
「・・・ちっ、弱ぇくせに変な所であがきやがる。
 おいポケモン、このまま下に潜水しな。 じゃなきゃ、てめぇの主人どうなっても知らねぇぞ?」
悔しそうに1鳴きしてから、白い泡をほんの少しだけ残しカナは海の底へと沈んでいく。
アクア団の男の指図通りにアクア団マークのついた扉へと近づくと、それは驚くほどあっさりと2つに開きカナとサファイア、アクア団の男を迎え入れた。
中へと入ったアクア団の男が岩に隠れた黒いボタンを押すと、2つに開いた扉は低い音を上げて閉まり、若いトレーナーを閉じ込めた。
ただ水面(みなも)に、その2人がいたという痕跡の白い泡だけを残して。


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