【ポケモンルーム】
ポケモンセンター内には一時的に手持ちポケモンを預かる為の小さな部屋がある。
宿泊中、ポケモンと共に行動してもいいのだが、大きすぎて室内に入らないポケモンなどは
一時的にモンスターボールに収め、その部屋のボールボックス内に預ける。
ボックスは鍵の代わりにトレーナーカードで開く。
トレーナーカードを持っていない非公認トレーナーは受付時、カードキーが渡される。
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トン、と軽い音を響かせて階段を降り切ると ルビーはポケモン預かり所の中で床に座り込んでいるスザクに目をつけた。
膝を抱えてじっとしている彼女を見て、ルビーは何となくこの場所で何があったのか予想がついた。
少々呆れながらルビーは何気なくロッカーのように並んだケースへと目を向ける。
サファイアが開けっぱなしで出て行ったケースをちらっと見て、ルビーははっとした。
『おくりびやま』でゴマゾウを捕まえたとき、タマゴを含めると6匹をオーバーしてしまっていたため1匹サファイアに預けていたのに、
すっかり忘れて連れて行かれてしまっている。
はぁ〜っと呆れ果てたため息をつくと、背後の存在に気付いたらしくスザクがこちらへと顔を向けた。
「どしたの、ルビー? サファイアならさっき出てっちゃったよ?
あ、そうそうそれと・・・・・・」
「いいよ、無理しなくて。 何となくだけど、分かってるから。」
ちょっとだけ驚いた顔をすると、スザクは軽く微笑んで顔を元の位置へと戻した。
ルビーはその後ろ姿を赤い瞳で見つめると、ちょこちょこと彼女の隣へと歩き、横にストンと腰を降ろす。
「やっぱり分かんないかも。 何だって男って、ああ自分勝手なんだい!」
「そうよねぇっ! ロクに嘘もつけないのに、ヘッタな隠し事ばっかしてさ!!
挙句2人して黙って出てっちゃうんだもん! ホントあたしはどうすれってぇの!」
何気なく振り下ろされた拳で 床のタイルがパキッと音を立てて割れた。
新しい感じのするポケモンセンターだというのに ずいぶんボロいのだな、などと思いながらルビーは床をはってスザクの前へと出る。
右手の人差し指をすっと立て、11年間の生活の中で習得したとびきりの顔を作るとそれを彼女へと向けた。
「ポケモンコンテスト、優勝しよう!」
ポケモンギアの画面が点滅すると、すぐさまシルバーは通話スイッチを入れた。
ようやく子守りにも1段落ついてゆっくり出来るかと思い、この黒いトレーナーツールを眺めていた矢先に連絡だ。
ため息混じりで画面を見つめ、送信者へと向かって話し掛ける。
「コハクおまえな、「機種変えろ」っつった舌の根も乾かないうちに連絡入れるか、フツー?」
『ゴメン、急ぎの用事なんだ。
悪いんだけどサファイア探してもらえる? 港に向かったとこまでは判ってるから多分その辺だと思うんだけど。
こっちからだと逆方向になるから僕は向かえないんだ、いいかな?』
「仕事か?」
『残業手当欲しい?』
「・・・バーカ、いるか。」
『きっついなぁ。』
電話向こうでクスクスと笑い声を上げると、ゴールドは何かに驚いたように息を飲み、ごそっと音を立てた。
『じゃあ、そっちは頼んだよメノウ。 『ツー・クンフル』』
「了解、『ツー・クンフル』」
慌てたようにかなり急いで乱暴に、ゴールドは向こう側から電話を切る。
やれやれ、と小さく呆れたような声を出すと、シルバーは指示通り港へ向かおうとポケギアを持って立ち上がった。
ふと何でサファイアの居場所を知っていたんだという疑問が浮かんだが、その辺をいちいち気にしてたら日が暮れてしまう。
今度会う時までに質問事項を箇条書きにでもしておこうなどとのん気に考えながら、
恐らく迷子になったのであろうサファイアを探しにシルバーは港へと向かった。
「・・・あ、そうだ。
ルビーの持ってたタマゴ、さっき孵って(かえって)たよ。」
「本当!? 何でそれもっと早く言ってくんないんだよ!?」
何気なく世間話かのように切り出したスザクの言葉に ルビーは彼女が驚くくらいの勢いで食い付く。
驚いた顔のまま黒髪の女の子が部屋の奥のタマゴ預かり部屋(バトルなどでタマゴを持って歩けないトレーナーが預けていく)を指差すと、
ルビーは飛ぶような勢いでその部屋へと走りこみ、入口付近で停止した。
そりゃあ『あの』ポケモンを見れば固まるなぁ、などと思いつつ、スザクは立ち上がってルビーが入った部屋へと続く。
生後35分で捨てられないよう、きっちりとフォローの言葉を添えて。
「『ヒンバス』よ。 いいポケモン生まれてきたじゃない、磨けば光るのよ、このポケモン。」
「・・・どこを、どう磨くって?」
明らかに困った顔をしながらルビーは生まれたばかりでビチビチと跳ねまわる魚のようなポケモンを掴み上げた。
生まれたばかりだというのに背びれ胸びれ尾びれいずれもボロボロ、うろこにも『つや』が見られないし、目も何だか落ちくぼんでいる。
中途半端な大きさだし、形(なり)が特別良いわけでもないし。
いったいどうしたもんかと困り果てたルビーは とりあえず『ピンクのリボン』をつけてみた。
・・・気持ち悪い。
つける場所を変えても結果は同じ、むしろかえって不気味さを助長させている。
良いではないか良いではないかとリボンをむしり取り、ピカピカ光って多少綺麗になるんじゃないかと『いし』をぶら下げてみる。
・・・似合わない。
分不相応という言葉があるが正にその通りだと確信する、同時にそんなことを考え出した自分に自己嫌悪。
2つもあってもあんまり意味がないんだけどなぁ、とぽいっと外し、ならばたくましく見せたらどうだということで『きょうせいキプス』をつけてみる。
・・・みしっ、ぺきぺきぺき・・・ぱきゃっ!
「ギャーッ!?」
「ちょっと、ヒンバス死んじゃう死んじゃう!?」
慌てて『きょうせいギプス』を外すとヒンバスという学名のポケモンはヒィヒィと酸素を求めて体をよじらせる。
困った顔してそのボロボロ具合に磨きのかかったポケモンを見ていると、不意にスザクがち、ち、ち、と指を振り、ポケットから小さなケースを取り出した。
「まーだまぁ〜だ、判ってないなぁ?
ポケモンコーディネーターがポケモンを磨くなら・・・」
スザクはえいっとポロックケースをルビーへと突き出し、フタを軽く開いて笑う。
「『コレ』、でしょ?」
丁度いいタイミングというか、最悪のタイミングなのかは判らないが、スザクの背後で突然ドアが開き、グリーンがずかずかと入ってくる。
分かりやすくむっとした表情をすると、スザクはルビーをかばうように間に立って入ってきた男を睨み付けた。
何故だか疲れたような顔をすると、グリーンはホルダーからモンスターボールを外し、ケースの中にしまってカギをかける。
「女同士で井戸端会議か?」
皮肉ったような笑顔を向けると、ボールケースに寄りかかって男は2人へと笑いかけた。
後ろ手で何かメモのようなものに走り書きし、数個のアイテムと一緒にルビーへと渡すとスザクは腕を組んで嫌味っぽい笑みを男へと向ける。
「そーね、あんたみたいに中途半端な奴じゃコンテストの良さなんて判らないかもね。」
「・・・何だ、その中途半端って・・・・・・」
「リーグ優勝も出来なきゃジムリーダーの仕事も放っぽりだして
図鑑もたいした成果挙げられなかった人を中途半端以外にどーやって呼べって?」
明らかに怒りの表情を隠し切れてはいないが、ここでキレると色々と不都合があると思ったのだろう。
何とか自分を押さえると1度唾(つばき)を飲み込んでから、次の言葉を作り出す。
「・・・バカやってる場合じゃなかった、情報交換しに来たんだ。
クリス、ここ数ヶ月各地で『神隠し』のような現象が起きてるの、知ってるか?」
「新聞でちらっと見たわ。 ポケモンと・・・確か女の人が1人行方不明になってるのよね、それが?」
ポロックケースから良いポロックを選り分けているルビーを背に、スザクは先をうながす。
あくまで冷たい視線にため息をつきながらも、グリーンは先を続けた。
「その行方不明になった女の情報集めてんだ。 ブルーの知り合いらしくて、あいつあれで心配してるみたいだから。
後は、このホウエンで起きてる一連の事件について少しでも知ってることがあれば。
別にお前と競争してるわけじゃねーから、こっちも答えられることがあるなら相談くらいは乗るぜ?」
「戦ってる2つの組織の名前以外さっぱりよ。 それに、あなたたちが持ってる情報じゃたいした・・・」
「いや、違う。 『マグマ団』と『アクア団』に関してはTP(トレーナーポリス)のネットワーク通じて少しは情報入ってるから。
むしろ知りたいのは、お前の後ろにいる奴みたいな突然目の色が変わった奴らのことだ。
ゴールドの例があるからそういう特異体質の奴がいても不思議じゃないんだけどよ、同じような症状の子供が少なくとも50人以上出てるんだ。
絶対にどこかに原因が・・・・・・」
頭上から黒い影が迫り、グリーンは口を止める。
避ける時間など与えられていない。 脳天から強烈な『きあいパンチ』で殴打され、グリーンは反対側の壁まで吹き飛んだ。
ルビーがホウエンに来てから同じシーンを2回見ているわけだが、またしてもぶつかった壁が陥没しているのが怖い。
「なぁ〜にが『症状』よ『特異体質』よっ!! この子たちが他の人とどこが違うっていうわけ!?
ほんのちょっぴりポケモンに好かれてるだけじゃない、次、同じこと言ってみなさいよ、今度は鼻っ柱叩き折るわよ!?」
げんこつを強く握りしめ(傷ひとつついていないのがまた怖い)、スザクはグリーンへと怒鳴りかける。
彼女からもらった『ふしぎなあめ(ポケモンのレベルを1上げる)』(10個セット)をヒンバスの口の中に放り込むと、
ルビーは壁にめり込んでいる哀れな男を横目で見た。
ちゃんとスザクの話を聞いていたのか怪しい状態だが、おくりびやまでのこともあり、あまり同情もしない。
とりあえず言われた通りに渋いポロックを目一杯食べさせて『ふしぎなあめ』を1個与えたが、
それで一体どうなるのだと体の向きを変えた瞬間、ルビーはなにか柔らかくて大きなものにどんっとぶつかった。
「?」な顔をしてルビーが視線を下から上へと持ち上げると、部屋がいっぱいになるほど大きなポケモンがそこにいる。
ルビーはステンドグラスのような尻尾の 大きなヘビのようなポケモンを見て息を呑んだ。
長い触角に凛(りん)とした瞳、水ポケモンとしては珍しいピンク色のたてがみが顔の両脇に垂れ下がっている。
大人びてる・・・? なんて思ったのも束の間、思ったより人懐こかった自分のポケモンに自分の周りを囲まれ、ルビーは思わず身震いした。
「・・・キレイ。」
ひかえめに覗き込まれた顔をに手を当て、ルビーは顔をほころばせる。
何だか ここに来るまでの間考え込んでたこととか、赤い瞳のせいで色々言われたこととかどうでもよくなってきて、
最短記録を樹立出来そうなほどのスピードで5つのボールをホルダーへと取り付けると、
ルビーは生後45分で進化した自分のポケモンについてくるようにうながして 預かり所から飛び出すとスザクの後ろ姿に抱き付いた。
「・・・きゃっ!?」
「スザクッ、大好きっ!!」
スザクが驚くのも肩が痛むのも無視して(ちょっと無理して)ルビーは背中から抱き付いたスザクの肩に顔を押し付けた。
そのまま顔を上げてにぃっと笑うと、自分のホルダーを指して軽く押して、「早く行こう」と促す。
ぱっちりとした瞳をさらに大きくしてぽかんとした顔でルビーのことを見つめていたスザクは、しばらくするとようやく我を取り戻し、笑ってうなずいた。
「行こっか、ルビー!! 早いとこあいつら見返してやろ!」
「うん!」
「おぃ、ちょっと待てよ、まだ話は・・・・・・」
自分を無視してモンスターボールをホルダーにセットして行くスザクを引きとめようと、グリーンは1歩足を踏み出そうとしてとどまった。
彼女より手前の女の子が、むしろその女の子が、赤い瞳の女の子が、明らかに『ウザい』と言わんばかりの視線でこちらを睨んでいるではないか。
ていうか、むしろ『これ以上話しかけんじゃねぇ、殺すぞオラァ』並みに殺気プンプン、下手すればマフィアとか仕向けられるんじゃないかっていう雰囲気だ。
怖い。 1発食らえばそれで終わりの地獄拳より何があるのか判らない緊迫感の方が数倍怖い。
得も知れぬ恐怖にグリーンが1歩、また1歩と後退していると、
丁度クリスがボールを取り出し終わったらしく、ルビーのことを呼んで2人ではしゃぎながら部屋を後にする。
ずるずるとその場に座り込みながら グリーンは数時間ぶりかのように息を大きく吸い込むと、大きく大きく息を吐いた。
「・・・じーさん、あんなに怖い物俺初めて見たよ。」
「・・・・・・だから、原因はこちらでも調べてもらっているんだけど、詳しい事はまだ・・・・・・
ちょっと、聞いてる?」
ブルーは長い茶髪を横で軽く結って、モニターの向こうの相手へと呼びかける。
テレビ電話の相手は相当疲れているらしく(恐らく小1時間話されていたのだろう)机に肘をついて手で顔を覆い隠すと大きくため息をついた。
『はいはぁーい、聞いてまぁーっす!!
それよりオレ・・・じゃなかった、ボクが聞きたいのは、あの化け物みたいなポケモンの倒し方で・・・』
「無敵のポケモンなんていないわ。 知恵と勇気と根性とやらで頑張りなさい。」
『んなムチャなっ!?』
モニター越しに会話する2人の横を、2人の少女が通り抜けて行く。
旅支度をすっかり整えたクリスとルビーの存在には気付かず、ブルーが車椅子をちょっとだけ動かしたとき、モニターの向こう側で大騒ぎが始まった。
・・・とはいえ、それはまた別の話。
ポケモンセンターの外に出た2人の方を見てみれば、なんてうららかな午後の空。
「一応確認するよ、アクセントちゃんのコンテストはもう1度ここに戻ってきたときでいいのね?」
靴を直しながら、クリスは改めてルビーへと聞き返した。
ルビーが軽くうなずくと、昨日洗ったばかりのきれいな髪が慣性の法則に従って軽く動く。
モンスターボールをホルダーから外し、何気なくルビーの髪の間から覗いた赤いピアスを見ていると、そのルビーが今度はクリスへと向かって聞き返してきた。
「・・・でも、本当にその格好で行く気?」
ルビーは改めてクリスの姿を上から下までじっくりと観察する。
2つに結った結果、しっかりと前へと突き出した黒髪にクリーム色の帽子、
赤いハイネックからぶらさげた2つ折りのポケギアに袖にラインの入った白いジャケット。
彼女が振り向いた瞬間、ずいぶんと年に似合わない星型のヘアピンが髪の間から覗いたが
それに突っ込む暇も与えずクリスは見事な手さばきでポケギアのボタンを押していく。
「注目の的になるから覚悟しといてねぇ? ・・・・・・あ、シホちゃん?
こないだ頼んでたやつ、出来るだけ早めに作っといて。 出来あがったらカイナのポケモンセンターに預けておいてくれる?
うん、いつも通り例の場所に置いておいてくれればいいから。」
左手に持ったモンスターボールを高く投げ上がると、ちょっと顔をしかめてポケギアから耳を離してからクリスは再びそれを2つに折って首からぶら下げる。
青空をぐるっと旋回して自分たちへと近づいてくる銀色のポケモンを見ると、クリスは人差し指をちょいちょいっと動かしてからルビーへと笑いかけた。
「準備はいい?」
「何聞いてんだい、当たり前だろ?」
にっと笑うとクリスは彼女が驚くのも無視してルビーを軽々と抱き上げる。
そのまま街の外へと向かって走り出すと、クリスは1度深くしゃがみ込んでから高く飛び上がった。
地面すれすれに飛んできたナイフのように光る鳥ポケモンの上へと着地すると、クリスはルビーを抱いたままそのポケモンに乗って上昇した。
「エアームドの『しぐれ』ちゃんよ、40分もしないうちにシダケまで連れてってくれるわ。」
とんっと背中を軽く叩かれると、鋼の鳥は加速して西の空へと飛び出した。
悲鳴すら上げる時間も与えられず、2人の少女は風になってシダケタウンへと向かう。
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