【モンスターボールの拘束範囲】
モンスターボールにはポケモンが逃走しないよう、一定の距離以上離れると
S−RINGシステムによりトレーナーの元へと引き戻す能力がある。
この距離はトレーナーが各ポケモンごとに変更でき、また、デフォルトの状態からでも自動的に
『なつき度』が上がるごとに少しずつ範囲が広がっていく。
これにより、ポケモンの歴史上現在まで1度も、ポケモンの逃走による行方不明は出ていない。


PAGE84.冒険者たち


「待て。」
光のスピードで逃げ出そうとしたミツルの腕を、グリーンは掴んで引き止めた。
がくんと頭が揺れ動き、腕が引っこ抜けそうになってミツルはそろそろと振り向く。
やっぱり怒っている、絶対怒っている、間違いなく怒っている、確実に、あり得ないほど、100%。
逃げようと思い、そぉっと足をずらしつつ後退してみるが、ぐいっと効果音のつきそうな勢いで腕を引かれるとあっさりと引き戻された。
「あ・の・な、俺は休暇でホウエンまで来てるんだ。 お前がシダケに帰って捜索願い解除されない限り休めないんだよ。」
「それはご愁傷様です。」
「ご愁傷様で済ます気か!? あのな・・・・・・」
ひたいに血管浮き出て破裂しかねない勢いのグリーンの肩を、ダイゴがポンポンと叩く。
噛み付きかねない勢いでグリーンが振り向くと、ダイゴは気持ちの悪い笑み(人受けは良さそうなのだが、ミツルにはそう見えた)を浮かべ、
ミツルのことを指してしれっと言い放った。
「ポケモンラボからの紹介で来てくれたグリーン・O・マサラ君だね?
 こちらは我々に協力してくれる能力者、緑野ミツル君だ。 仲良くしてやってくれ。」
「・・・な・・・・・・!?」

ミツルはグリーンの腕を振り払うと、猛スピードで逃げて『こと』を見守っていたフヨウの後ろへと隠れた。
追いかけようとするツンツン頭をダイゴが慣れた様子で制し、ミツルはそのスキに回復の終わったポケモンたちを引き取りに走る。
念のためにロコンの『ろわ』を抱えてスポーツバッグを肩からかけたまま戻ってくると、一応の説明は受けたようでグリーンがため息をついている真っ最中。
一応の距離を取りつつゆっくりと近づくと、休暇中のジムリーダーは納得しきっていないような顔でこちらを向く。
警戒しつつ1歩後ろへと下がると、ミツルはふと緑色の目を瞬かせた。
よく見ないと気付かないほど細い白い煙が立ち昇り、パンッと破裂する、その後茶色い何かがふわりふわりと下降していっている。
明らかに人工物ではあるのだが、なぜこんな真っ昼間にあがるのか意図が判らない。
(突然間の抜けた顔になって3人の注目の的になっているのにも気付かず)ミツルは少し考えると、何気なく花火のようなものが上がった場所へと歩き出した。







軽くほおを叩かれる感触がした。
感触があるということは意識がある。 「生きてるぞ」と伝えたくてサファイアは何とか指先を動かした。
口の奥底まで乾き切っていて顔が熱い、排水溝の中でやりあったときにケガした指先がチリチリと痛い。
一体自分が今どこにいるのかも判らないし誰が側にいるのかも、目がかすんでよく見えない。
側にいる誰かは何かを何度も叫んでいたようだが、1分もしないうちに何かをし始め、固くて丸いものをサファイアの口に押し当てた。
生温いが、ずっと欲しいと思っていた真水だ。 放っておいたら流れ落ちるそれを、生きるための執念を絞り出し体の中に取り込む。
ほっと息つく音が聞こえ、サファイアは地面の上(かもしれない)に降ろされる。
『誰か』は肩を軽く叩き何かを言い残すと、モンスターボールを1つ開いてサファイアの上に影を作り、別のボールを開いてポケモンを呼び出した。
「・・・・・・じじ=A『みずあそび』。」
バタバタバタバタと少々うるさい音とともに、サファイアの上からシャワーのごとく冷たい水が降り注ぐ。
音が頭に響くが、多分上がっているのであろう体温を下げるのには効果があるようだ。
ほんの少し落ち付いてきて眠くなり始めた頃、バサッという羽音を響かせてサファイアに影をもたらしていたポケモンはどこかへと飛び去って行った。
再びチリチリと照りつけてきた暑痛い日差しに眉根を寄せたとき、今度は違う人間の、子供の足音が近づいてくる。

「・・・・・・サファイアさん? 何やってるんですか、こんな所で寝ていたら日焼けしちゃいますよ?」
間違いなくミツルの声。 天の助け、そう思ってサファイアは手を伸ばす。
幽霊のような手つきにかなり驚いた声を出されたが、言いたいことを伝えるには充分。
(なぜか呼びもしないうちに来た)人たちの手によって、サファイアの体は救急病院へと運ばれていく。
その段階で気付く。 自分の下にいたのが、ここまで連れてきてくれたホエルコの『ダイダイ』で、すっかり野生と勘違いされて置き去りにされていることに。



腕に点滴のチューブが巻かれ、白いベッドの上に寝かされるまで20分とかからなかった。
ぐらぐらしていた頭もようやく冴えてきて、心配そうに見てるミツルとか、『おくりびやま』にいたアロハ女とか、ツンツン頭とかを見る余裕も生まれてくる。
ようやく声らしいものが出るようになった口を使って、助けてくれた4人へと向かって礼を言う。
「・・・・・・おおきに。」
「軽い脱水症状だとさ、冒険に夢中になるのは勝手だけどよ、一端のトレーナーなら体調管理くらいしっかりしておけよ。」
「グリーンさんっ、入院中の人に向かって・・・!」
ミツルの言う通りにサファイアも嫌味を飛ばしてきたツンツン頭へと向かってガンを飛ばす。
顔色の悪さでちょっとは凄みが出ているのか、本調子でない分迫力のかけらもなくなっているのか判らないが、
ツンツン頭は(一応)怒っているサファイアの顔を見て笑うと、デコピンをかましてさっさと退室して行った。
それに続いて出て行くアクセサリーゴテゴテ男(ダイゴのことらしい)とアロハ女を見送ると、ミツルは腰に手を当ててため息をつく。
「すいません、外で上がった花火を見て、みんなついてきてしまったんです。 落下傘落ちてきてましたし・・・
 でも、たまたまこのトクサネシティに流れ付いたから良かったようなものの、どうして1人で海に出たりしたんですか?
 遭難することくらい・・・」
「・・・『たまたま』やない。」
ギシ、とベッドを軋ませてサファイアは体の位置を整える。
「ミナモ戻れへんかったからトクサネまで真っ直ぐに来てん。
 迷ってられひん状況やったし、途中のトレーナーやらポケモンやらにえっらい道聞きまくってな。
 せやけど、ホンマ死ぬかと思うたわ・・・・・・血ぃなかなか止まらへんかったせいで、えらいポケモンにたかられまくったからのう・・・」
包帯を巻かれた右手を上に上げると、はぁっと息をつく。
指そのものを持って行かれなかっただけ良かったとも言えるのだろうが、あの花瓶ポケモン(リリーラという名前だった)に食いちぎられたせいで
いまだに中指と人差し指の先がチリチリと痛む。

「一体何をやっていたんですか、「えんとつ山に行く」って言ったときといい、おくりび山のときといい、ただのトレーナーの旅じゃありませんよね?」
「・・・チルチル君もな、旅の途中で会ったおっちゃんが言ってたで、
 『神眼の持ち主は奇妙な運命に鉢合わせる』て。 家にも帰らんと、こんなとこで何やってんねん?」
「それは・・・・・・」
ミツルがふと足元に目を向けると、ロコンの『ろわ』がしゃがみ込みながら何かを探している。
病院のベッドの下まで潜り込もうとするので抱え上げて止めると、ふと気付いたようにサファイアは上半身を起こし、ミツルへと向き直った。
「せや、マツル君。 ワシ、ここまでポケモンに乗って海渡ってきたんやけど、さっき運ばれたときにな、1匹置いてきてしもうてん。
 悪いんやけど、ちょっと行ってポケモンセンターに預けてくれへんか?
 こんな調子やといつ行かれるか判らへんし、いっぱいポケモンにたかられてケガしとるんや。
 早く行ったらないと可哀想やろ?」
「あ、はい、そうですね。 それじゃ、残りのモンスターボールと暗証番号貸して下さい。 すぐ行ってきます。」
「頼むで〜!」
ひらひらと手を振ってミツルを見送ると、その後ろ姿が見えなくなったのを確認してからサファイアはどっかりとベッドの上に転がり直す。
ぽたんっ、と落ちた点滴の雫を見て大きく伸びをすると、大口を開けてあくびをしてから、ベッドをかかとで蹴飛ばした。
横目で枕の下へと視線を移すと、あくび混じりの声で天井へと向かって話しかける。


「・・・もう出てきても大丈夫やで。 ワシ以外みんな外出てってもうたからな。」
「うん。」
大体予想がついていたが、改めて返事をされてサファイアは自分で驚く。
自分が横になっているベッドの下から、赤いパーカーを着た男が這い出してきて、適当にイスを引っ張り出し座り込んだ。
やっぱり金色にしか見えない大きな瞳がまぶしい。
「もしかして海水飲んだ? 海の水は塩いっぱい含んでるから、かえって体の水分がなくなるんだよ。」
「ちゃう、逃げてくるときにカナがなかなか海の上に上がってくれへんかったんや。
 ほいでボンベの割れ目から水が入ってきてな、飲み込んでしもうたん。」
「逃げてきた?」
聞き返されて、サファイアは「へ?」と逆に声を上げた。
責められている訳でもなさそうだが、考えてみればアクア団、マグマ団の話をしているときに聞き返されたことは1度もない。
不思議に思いながらも傍ら(かたわら)に置いてあるいつものヘアバンドをごそごそやりながら、サファイアはゴールドにこれまでのいきさつを話した。
おおよそのことを話し終えた辺りで、ヘアバンドの切れ目からビニールの筒に入っていた紙切れを引っ張り出す。
点滴のチューブがつきっぱなしの左手でそれを渡すと、サファイアは話を締めくくった。
「・・・でな、裂けた排水溝から逃げようとしたときに何や知らんけどシルバーのフクシャがおって、これ預かってん。」
「クロスメール・・・サファイア、中身見た?」
「いんや、まだや。」
「じゃ、僕が開けるよ?」
犬歯を使ってビニールを破くと、ゴールドは四つ折りにされていた小さな紙切れのようなものを開き、目を通す。
注意しないと判らないくらい小さな動きで眉を潜めると、手に持ったホエルコプリントの便箋(びんせん)をサファイアへと渡した。
サファイアが見ると、中に書かれているのは、ほとんど絵。
トクサネ、ルネ付近のホウエン地方の地図(海ばかりなので海図と言うのかもしれないが)が描かれていて、
ミナモからトクサネへ、トクサネからルネへと矢印が引かれている。
アクア団の基地にも印がついていて(話を聞いているうちに印の付いている場所が基地だと判明した)、
シルバーが中にいたのではないかという小さな疑問をあっという間に確信に変えた。
最後は短く、「コハクに会ったらこの手紙を見せるように。 [Zukunft]」と締めくくられている。
「アクア団に捕まったか、基地の中でサファイアの姿を見つけて焦って書いたのかのどっちかだねぇ・・・
 『アクア団の中にいるけど心配しないで先へ進め』ってことだよ。」
「大丈夫なんか? 基地ン中にいるアクア団、5人や6人とかいう単位やないと思うんやけど。」
「ヘーキヘーキ、なんせシルバーは『耳かき』を凶器に出来るくらい妙な才能持ってるんだからサ!
 昔っから悪運強かったし、ケロッとして帰ってくるよ。」
ケラケラと笑いながらゴールドは人差し指を立てて話す。 かえって不安になるほどに笑って。
ふと前にシルバーが話していたことを思い出して、本当に記憶なくしてんやろか?とかいう疑問を持って、眉を寄せる。

サファイアの持っている地図を取り上げると、ゴールドはもう1度その紙面に視線を落とした。
先ほどからは一転し、少し厳しい顔でその手紙をもう1度確認すると口を開く。
「それより、こっちの方が問題だね。
 この分だとアクア団がカイオーガの目覚めさせ方に気付くのは時間の問題だし、そうなるとマグマ団もすぐに気付くはず。
 情報操作しても1〜2日延ばすのが限界だし・・・目覚めるの自体を防ぐのはかなり難しくなってる。」
力の入りかけた左手を軽く叩いて、サファイアを自分の言葉の分だけなだめる。 針が変な場所に刺さっても困る。
少し考えるようにしてから、ゴールドは金色の瞳でサファイアのことを見て、笑った。
「だーいじょーぶだって、僕がみんなのこと守るから! そのために来たんだよ?」
ね? と一層明るい笑顔で笑いかけられると、まぶしくなったような気がしてサファイアは目を細める。
同じ笑顔のはずなのに、どうしてこうも違う気分になるのか。 まるで太陽を見上げているようで。
頭を傾けて青い瞳をゴールドの方へと向けると、サファイアは寝転がったまま話しかける。
「何でや?」
「ん?」
「ずっと気になってん、足痛うなるほど長いこと歩いたりとか、変な奴らと戦ったりとか、それに今度は伝説のポケモンやろ?
 大人だってえらいしんどいと思うんや、なのに、ゴールドとシルバーは助けてくれはった。
 ニコニコしとったさかい、ただの気まぐれかとも思うたんやけど・・・よう考えたら気まぐれで説明つかんことばっかりや。」
日差しが、ほんの少し柔らかくなる。
無言で先をうながすゴールドへ向かって、サファイアはなおも話し続けた。
「何で、ワシらのこと助けてくれるんや?
 ワシが・・・死んでまうからか? 可哀想やと思て・・・」
「違うよ。」
思った以上に即答され、サファイアは目を見開かせた。
視線を合わさないように別の方向を向くと、少しの間を置いてからゴールドはゆっくりと話し始める。
「ルビーとサファイアだけなら、どこにでもあるような話だと思って気にも留めてなかったかもしれない。
 だけど、未来を変えるためには最後にはどうしても当事者の協力が必要になるだろうから・・・だから、近づいた。
 2人が強くなる必要があった。 それだけの話なんだ。」

少し気まずそうな横顔を見ると、サファイアは唾(つばき)を飲み込んでから大きくうなずいた。
聞かせる気はなかったのかもしれないが、ゴールドの口が「ゴメンね」と音を出さずに動く。
サファイアはベッドの上で大きく伸びをしてから首を傾けると、右の手のひらで彼の背中を叩いた。
「全然気にしてへんよ、結果的にはルビーやワシらも助けてくれるんやろ?
 ワシかて強なってポケモンリーグ優勝したろ思てるさかい、お互い様やな!!」
「そーだよねぇっ!! 何だかサファイアも結構隠し事いっぱいしてるみたいだしさぁ!!
 ところで、その話シルバーから聞いたの?」




靴を片手に、ミツルはトクサネの海岸を波を蹴りながら歩く。
きょろきょろと辺りを見回しながら、割と遅い足取りでサファイアの置いてきたというポケモンを探した。
ついでだからとポケモンたちも一緒に探しに来ているし、ジラーチも一応バッグの中。 散歩代わりにはちょうどいい。
割とのーんびりと歩いていると、突然足の下に『ぐにゃっ』という妙にむにむにした感触がある。
驚いてそぉ〜っと足元を見下ろしてみると、赤いこんにゃくゼリーのようなメノクラゲの瞳がギロリとミツルのことを睨む。
「う、うわぁっ!?」
悲鳴を上げながら足をどけると、着地地点にもさらにぐんにゃりメノクラゲが2匹。
更に奇天烈な声を上げて半分パニックになりながら足を動かすが、もはや気が付けば文字通り足の踏み場もないほど海岸をメノクラゲが埋め尽くしている。
海にいっぱいいるのは知っていたが、ここまで沢山いると「ぎゃー」とか叫びたくなってくる。
なんだか10匹くらい死んでそうだし。
意外にも冷静なペリッパーの『みむ』にしがみつくようにして探索を続けると、1匹だけ大きな水ポケモン(っぽいもの)が浜の上でぐったりしている。
どてっ腹にかなり大きな傷も負っているようだし、メノクラゲたちに貼り付かれ放っておける状態ではない。
おろおろとメノクラゲを踏まない場所を探しながら大きなポケモンを助ける方法を考えていると、足元に小さなポケモンがぶつかってミツルは転倒する。
倒れてからぶつかったポケモンへと振り返ると、それは自分のポケモン、ゴニョニョの『ぺぽ』。
「・・・・・・そうだ! ぺぽ、『ほえる』をやってください!」
ぐずるぺぽをなだめ、ミツルは付近のメノクラゲを追い払ってから耳をふさぐ。
他のポケモンたちも遠くへ逃げたり耳をふさいだりした後、ぺぽはその小さい体のどこから出てくるのかというほど低く大きな声を発した。

キィーンと頭が痛くなるほど大きな声にギリギリ耐え切ると、ミツルはふらふらしながら大きなポケモンの方へと歩く。
一応メノクラゲはバタバタしながら逃げて行ってくれたが、何せ音波なだけに大きな青いハンバーガーみたいなポケモンも余計フラフラになっているし、
ミツルもそのポケモンたちも正常な状態ではなくなってしまっている。
ぼてっと青い大きなポケモンの背中へ寄りかかると、意外にも小さな目っぽい場所へと向かって話し掛けた。
「あの、サファイアさんのホエルコ・・・ですよね?
 彼今病院にいて動けないので、ポケモンセンターへ連れて行くよう言い付かっています。
 モンスターボールに戻ってくれますか?」
「ほぉう・・・」
低めの声で鳴きながら2メートル近くあるポケモンは腹力でずるずるとミツルから遠ざかる。
早く治療しなければいけないのに、対象のポケモンに警戒されていてはどうにもならない。
困って何とか近づこうとすると、突然数メートル離れた海面が爆発したような波しぶきを起こし黒い影を吐き出す。
それが『ホエルコ』から流れ出た血を狙ってやってきた海のハンター『サメハダー』だと判ったときには、もう逃げるにも遅いほど鋭いキバに近づかれていた。
あいが何かをやっていた気配はするが、てんで効いていない。 動かない足に気を送って何とかしようと足掻いた(あがいた)とき、
突然真上に黒い影が出来、それと一緒に降ってきた青いポケモンがサメハダーを押しつぶした。
大きな1本ツノを誇らしげに掲げる青いポケモンは、たった1回の攻撃で気絶した海のハンターを抱えると海の向こうへと投げ飛ばす。
「・・・・・・おぃ、生きてるか? 脱走犯。」
嫌味つきの声だが、ほんの少しミツルは安心した。
声のした方へと顔を向けると、ツンツン頭のジムリーダーが皮肉った笑みを浮かべながらこちらへと歩いてくる。
「グリーンさん! 丁度よかった!!」
ピクリ、とグリーンの頬が引きつる。 『さん』付けで呼ばれる筋合いはあまりないし、
あれだけ嫌がられていた相手にとびっきりの笑顔(らしいもの)を向けられるとかえって裏があるのではないかと疑りたくなる。
実際そういうことがあったし。

「・・・ったく、ポケモン図鑑の反応見て来てみれば・・・・・・一体どういう風の吹きまわしだよ?」
「はい! 実は友人のサファイアさんに頼まれて、彼のポケモンをセンターへ預けようとしていたんですけど、
 多分このホエルコがそうだと思うんですけど、ボールに戻るよう言っても聞いてくれなくて困っていたんです。」
「それで、俺にその2メートルはあるポケモンを運べと?」
明らかに引きつった笑みを浮かべるグリーンにミツルはにぃっこりと笑う。
断りたい気分でいっぱいだが、傷ついたホエルコを前に放って立ち去るわけにもいかない。
深ぁ〜くため息をつくと、サメハダーを投げ飛ばしたヘラクロスの『パンプキン』に指示して、浜の上のホエルコを持ち上げさせた。
そのままうつむき気味にポケモンセンターの方向へと向かう。
ザラザラ過ぎるサメハダーの『さめはだ』で、パンプキンも傷ついてしまったことだし。
「あの、グリーンさん。 1つ聞いてもいいでしょうか?
 先ほど『ポケモン図鑑の反応を見た』って言いましたけど、一体どういうことですか? ボクはポケモンじゃないですよ?」
ちょこちょこと小走りにミツルは後をついてくる。
この時々恐い後輩を横目で見て、グリーンは自分のポケットから取り出した最新型のポケモン図鑑を見せながら説明することにした。
「ポケモンは、生きてるだけで体から微弱な電波発してんだよ。
 種類ごとに波長が違うってことに気付いてそれを探知できるようにしたのが、ポケモン図鑑の追尾機能。
 モンスターボールに捕らえられると探知できなくなるけど、お前がいつも連れてるその鋼ポケモンの反応見ればお前がどこにいるかは1発ってわけだ。」
「えっ・・・」
 『ばれてる』
思わずミツルは肩からかけているカバンの紐を握り締めた。
グリーンは呆れかえったような視線を送ると、ふいと横を向いて、再びポケモンセンターへと向かって歩き出す。
気を落ち付けるために1度息を飲み込むと、ミツルは少し小走りに走ってからグリーンの後を歩く。

「あの、その機能って、電話やポケベルみたいに電波を送信することも出来るんですか?」
「出来ねーよ、携帯電話じゃあるまいし。 お前の持ってるそのポケモン図鑑が異常なんだよ。
 大体誰がお前に入れ知恵したんだ、クリスか? シルバーか? ゴールドか?」
「・・・・・・判りません。」
答えながら、ミツルはグリーンとの距離をほんの少し広げた。
キルリアの『あい』をかたわらに付けて、改めてポケットの中のポケモン図鑑について考え出す。
うつむいた視線の先では、ちょこちょこと前を歩くナゾノクサの『りる』。
不意に立ち止まったそのりるの視線につられてあいが樹林の方へと視線を動かすと、突然ミツルの手を引いてりるの見つめる樹林を前足で指す。
顔を上げ、ミツルは緑色の瞳を見開いた。
「・・・・・・ゴールドさん!?」
「え?」
思わず叫んだ声に反応して、樹林の中にいた男は身を震わせ、樹海の奥へと姿を消した。
あいと一緒になって(というよりあいに引っ張られて)探していた人物が消えた森へと追いかけるが、
うっそうと茂った木々が邪魔をしてとてもじゃないが探せそうにない。
森の中の探索を諦め、振り返り振り返りグリーンのもとへ戻ってくると納得し切らない表情を隠してから、再びゆっくりと彼の後ろを歩く。
そのまま数十メートルほど歩いたところで、ミツルは顔を上げた。
「・・・・・・グリーンさん、ボクに特訓をつけてくれませんか?」


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