【電磁波】
人間、ポケモンなどに関係なく、全ての生物はごくわずかな電磁波を発生しながら生きている。
これは体内を循環する血流の摩擦や神経系統から発生するもので、
一般に電気を受け付けないといわれる『じめん』タイプも例外ではない。
この電磁波には若干の波長の違いがあり、特に種類が違うとその波長に差が出る。
これを分析し、生息地のナビゲータ化させたものが『ポケモン図鑑』である。


PAGE86.挑戦者


「・・・さて、」
よくスプリングの弾むベッドの上に、ミツルとサファイアは向かい合わせに座った。
お互いポケットから形は違えど赤いポケモン図鑑を取り出し、ベッドの上に向かい合わせる。
少しの間それらをじっと見つめると、どちらともなく2人はそれぞれのポケモン図鑑を表裏ひっくり返した。
しっかりとデザインされ洗練された表とは違い、裏面は両方とも無機質で 赤色の無地に電池のフタがひっついているだけだ。
サファイアは床の上に無造作に置かれたすっかりボロの入ってきているリュックからマイナスドライバーを取り出すと、
ふと気付いたようにドライバーを見つめ眉と眉をくっつける。
「あーっ! せや、今日電話しよ思てたんや!! ひきつる君悪いわ、ちょっと待っててーな!」
「ちょっ、ちょっとサファイアさん!? どっか行くんならポケモン連れてって下さい! あいっ!」
勢いよく投げられたモンスターボールはサファイアの頭の真後ろに当たって2つに割れる。
うずくまったサファイアにさらに追い討ちをかけるかのようにキルリアの『あい』が上から頭をぺんっと叩くと、
そのまま引きずるかのようにしてサファイアをロビーへと連れて行った。
1人サファイアの部屋に残されたミツルは、そっと閉じられたカーテンを3センチほど開き、その死角になる場所に腰掛ける。
その神の眼と呼ばれる緑色の瞳で、探るような目つきを自分で作った隙間へと向けて。


「・・・・・・‘フォルテ’」
不自然に見られないよう、うたた寝のフリをしてからサファイアはルビーのポケモンの名前を呼んだ。
5、6秒死んだように眠ってから、サファイアは急に置き上がり目をこすってからセンターの受話器を取る。
肩とあごで受話器をはさんで電話の横に置いてあった紙を見ながらボタンを押し、相手方の返答が来るまで待った。
そこから10数秒もしないうちに、コール音が消え女の人の声が受話器から聞こえてくる。
『はい、こちらカイナシティポケモンセンターです。』
「あ、ID41846のサファイア言います。
 そっちに『ルビー』っちゅう女の子おると思いますけど、呼んでもらえます?」
『・・・・・・少々お待ち下さい。』
少しの間を置くと(恐らく本当にいるのかどうか調べていたのだろう)センター職員は電話を一旦キャッチに変え、彼女を呼びに行く。
あくび1つ2つしながら待っていると、よりにもよって大口を開けている丁度真っ最中にルビーは電話に出てきた。
慌てて口を閉じたものだから、サファイアは思いっきり自分で自分の舌に噛み付いてしまう。
「いったあぁっ!? 舌めっちゃ噛んだわ!?」
『何やってんだい、いきなり電話かけてきたと思ったら・・・
 つうか、よくここが判ったね。 まさか全部のポケモンセンター1ヶ所ずつ電話かけたとか?』
「何言うてんのん、いくらワシでもそこまでせんよ! ちゃんと場所調べてからかけたわ。」
『一体何の用だい? 勝手にいなくなったと思ったら急に電話かけてきたりして・・・』
待ってましたとばかりにサファイアは目を輝かせ、受話器に口を近づける。
機械音痴のルビーにも判るように何度も考えたセリフを、そーっと口に出した。
「ルビー、今ワシが見えとる画面の右下に四角形があるやろ、それ押してんか?」
『この1番右のやつ? 押すとどうなるってんだい?』
「ええからええから。 絶対に受話器耳から離したらアカンよ。」
判りやすいように左下(ルビーから見たら右下になる)を指差しながら、サファイアは話を続ける。
疑問の表情を浮かべながらも、ルビーが恐る恐るスイッチに手を伸ばす映像がモニターに映ると、
色とりどりだった画面が突然ブチン!と音を立て、真っ黒に変色した。
『うわあぁっ!? やばいよぶっ壊しちまった!? あたいのせいか!?』
「ルビー落ち付き!
 モニター切っただけや、1個も壊れとらんから安心せい!」
本気で困っている声が受話器越しに聞こえてくる。 落ち付かせるために少しだけ話をしてから、サファイアは本題の方を切り出した。
モニターの電源がついていると外にも話が漏れるため、
機械の苦手なルビーに(これ以上ないほど簡単な作業だとはいえ)モニターの操作をさせる必要のあった話を。
「ほらな、ちゃんと電話としては使えるから大丈夫やろ?
 あのな、ルビー、今から無茶苦茶なこと言うけど最後まで聞いといて欲しいんや。
 怒鳴ったりせえへんから、ちゃんと受話器に耳くっつけて聞いとってや。」
『・・・何?』
いつになく真剣なサファイアの声に、ルビーは不思議そうな声を出して聞き返してきた。
この様子なら、自分の話を聞き逃したりはしないだろう、そう思いサファイアは自分の方のモニターの電源も落とす。
「・・・あのな・・・・・・・・・・・・」

1通り話し終えると、サファイアは唾(つばき)を飲み込んだ。
やはりというか、信じ切れない話だったのかルビーは黙り込んで同じように唾を飲み込む音が聞こえてくる。
『まさか・・・』
「そうとしか言えひんねや、逆に、そういうこととして考えたら今まで起きたことも全部説明がつくねん。
 偶然は1個もない、今まであったこと全部このために・・・仕組まれとったことだったんや。」
『現実離れした話だね。』
「『神眼の持ち主は奇妙な出来事に鉢合わせる』らしいんや、難しいこと考えず楽しもうや。
 それと、さっき言ったアイツには気をつけ。 目的のためなら手段選ばんつもりやで、きっと。」
『わかった、気をつけるよ。 それじゃ、もう切るからね。
 次会ったときはコンテストリボン20個、あんたの前で見せびらかしてやるかんね!』
「こっちのセリフや! ジムバッジ8つ並べ立てて『おみそめしました』言わせたるわ!!」
大笑いしてルビーは電話を切る。
サファイアもひとしきり笑ってモニターの電源を入れ直して、しばらく考え込んでから立ち上がった。
話の内容を判っていたのか違うのか、ただじぃっと座って待っていたあいの頭を軽く叩き、起き上がらせる。
「あい、ご苦労さんやったな。 ゆづる君ンとこ戻ろか?」
「るぅっ。」
いつまで経っても第2の主人の名前を覚えないサファイアの頭をどつくと、あいは立ち上がって部屋へと歩き出した。
その後をちょこちょこと歩いて追い掛けるサファイア。 これではどっちがトレーナーなのか判ったもんじゃない。



「まっつるくーん、帰ったわー!」
苦情が来てもおかしくないほど大きな声で、サファイアは派手に扉を開けて、閉める。
対照的にわずかな音ですら嫌うような雰囲気の部屋の中では、ミツルが2つに割れたポケモン図鑑を前に黙り込んでいる。
ちなみに、隣には4つ折りの折り目をつけた紙の上に、小さなネジが4つ置かれている。
首を傾げながらサファイアが近づくと、ミツルは突然動き出して分解された(といってもカバーが取れただけ)自分のポケモン図鑑を差し出した。
「サファイアさん、これ、どう思います?」
サファイアは受け取って電池ブタ側の本体を持ち上げる。
2つに別れた本体はコードで繋がっており、明らかに別の色の基盤が上と下、別々に取り付けられている。
「後から全然別ん機械が取り付けられとんな。 これは・・・携帯電話ちゃうか?
 メール機能少しいじって着信あったときからミポル君が返信するまで画面を表示させとくようにしてた・・・っちゅうカラクリなら、
 前に言っとった図鑑に文字が出るっちゅう話も説明つくと思うんやけど。」
「・・・・・・機械、詳しいんですね。」
「旅出る前はパソコンにはまっとったからな。 そん(の)せいで目ぇ悪いで?」
苦笑しながら、サファイアはポケモン図鑑を開いた部分を指し示し、「ほれ」と言いながらアンテナの部分を見せた。
だが、ミツルには説明されてもほとんどそれが何だか判らない。
「いくつなんですか? 視力。」
苦し紛れに質問を出すと、サファイアは顔を上げてミツルのことを見て、それから自分のポケモン図鑑の電池のネジを緩め始める。
どうやら、話を判っていなかったことを悟られてしまったらしい。
「旅に出る前は0.1なかったなぁ。 『メガネつけろ』言われとったんやけど、反抗期っちゅうんやろか? どーしても嫌でな。
 ・・・と、ちょっと待ちぃな、カバー取れそうや。」

4つ目のネジを紙で作った皿の上へと置くと、サファイアは最新のポケモン図鑑を上下へと開く。
やはり2つの赤い箱は配線で繋げられ、完全に開くことは出来ないが、こちらはミツルの図鑑に比べすっきりした造りだ。
見比べて不思議そうな顔をしているミツルをよそに、やはり自分の立てた仮説は思い過ごしだったのかと図鑑を元に戻そうとする。
だが、ふと見下ろした先の物体に、サファイアは寒気を覚える。
決しておぞましいものだった訳ではない、身が危険にさらされるようなものだった訳でもない。
サファイアはドライバーを取り出し、他の基盤などを傷つけないようそっとその物体を持ち上げる。
電池から伸びる電力供給コードに不自然に取り付けられた、一見したらゴミのような黒く小さな機械。
「何ですか、それ?」
「・・・・・・多分、発信機や。」
震えそうになる手を何とか押さえ、『発信機』と呼んだそれをもう1度中へと落とすとサファイアは今度こそポケモン図鑑を元に戻す。
ネジを締めている最中、ミツルはチラチラとカーテンの方へと視線を向け、不意に走り出し、窓を大きく開く。
「どうしたん?」
「・・・いえ・・・・・・・・・何も。」
『何も』ではない、確実に誰かがいた。
顔ははっきりとは見られなかったが、フードを被った160センチ前後の・・・男だ、森で見かけた人物にもよく似ている。
窓を開けたことで逃げられてしまったが、確かに窓の外から見ていたのはこの部屋の中。
それが何かは判らないが、何かの目的があると確信したミツルは、窓を閉めながらサファイアへと向き直った。
「サファイアさん、そういえば明日もトクサネジムに行くんですよね?」
「おぅ、今度こそ絶対勝ったったるで!」
「あの、トクサネのルールって確かダブルバトルですよね?
 ボクも一緒にバトルしちゃダメでしょうか? 秘策があるんです。」




―翌日―

「ラン、来たみたいだよ、昨日の子。」
「あれだけこっぴどくやられたっていうのに、こりないねぇ・・・・・・・・・あ・・・」
ご丁寧にも自分から扉を開けに行こうとしたトクサネシティジムリーダー、フウは、顔を後ろへと向ける。
視線の先では双子の妹ランが、難しい顔をしてうつむいていた。 いつもはしゃいでいる彼女にしては珍しい。
「どうしたんだ、ラン?」
「仲間を引き連れてきたみたい、頭のキレるジョーカーだよ。
 誰にも変えられるはずのない運命に逆らおうとしてるのは、一体どこのだ・れ・か・なっと。」
ぴょんぴょんと片足飛びで大きな扉の前までやってくると、ランはフウと協力してトクサネジムの大きな扉を開く。
子供の手には重い扉の向こうからやってくるのは、わくわくした顔をした緑色の瞳の少年に、真剣味を帯びた顔の、昨日のチャレンジャー。
全体に何だか緑色した少年の方は、何だか興奮した口調で昨日のチャレンジャー、サファイアへと話しかけている。
その理由は1時間ほど前までさかのぼることになるのだが。


「うわあぁっ!? 何やってんですか、サファイアさん!?」
ミツルの前には、ホエルコの海。 見渡す限りホエルコだらけ。
センターの人の話では、昨日の晩トクサネ、ルネ付近の海で傷ついた野生のホエルコが大量に発見されたらしい、だからホエルコが多いことは納得がいく。
・・・・・・だからって、何でサファイアはそのホエルコを1匹1匹舐めて(なめて)回っているのだろう?
ホエルコって食べられるものだったっけ? とか、途方もない考えを巡らせながら、ミツルはもう1度サファイアへ問い掛ける。
「昨日仲間になった『ダイダイ』っちゅうホエルコがこん中に混じってると思うねん。
 せやから、探してんねんけどホンマ数多いわぁ〜・・・見つかるかいな。」
「呼べばいいじゃないですか、呼べば!」
「おぉ、そうか。 ダイダイィーッ!! ダー!イー!ダー!イィーッ!!」
奇声を上げながらミツルは耳をふさいでうずくまる。 『呼べ』なんて言ったことを後悔して。
ボリュームの調節は出来ないのか、大声にも程があるというほどの大声に、ほとんどの野生ホエルコは逃げ出し我先にとサファイアから遠ざかる。
弾みで乗っていたホエルコの背中からサファイアは振り落とされるが、彼が海へと落ちた直後、別のホエルコが浮き上がってきて彼を陸まで送り届けた。
自分の下にいるホエルコを見てから、お礼代わりに背中をなでてやり、サファイアはその部分をぺロッと舌でなめる。
そして、満足げにうんうんとうなずいた。
「おぉ、しょっぱいからダイダイや!」


その時にずっこけた衝撃が、今でもジンジンするような気がする。
あれから歩くだけ歩いて確実に1時間くらい経っているし、ケガらしいケガすらしていないのに。
「ホンットに何で『しょっぱいからダイダイ』なんですか!?
 海のポケモンなら(味わったことないけど)しょっぱいに決まってるじゃないですか!?」
「判ってへんな〜、ダイダイにはコクがあるんやで? カナは緑の味がするし、コンは・・・」
「判りたくもないですよ!!」
怒鳴るのに夢中になって前を見ていなかったミツルは、眼前にいた誰かとぶつかり、尻もちをつく。
前方不注意だったミツルが悪いのも明らかなので慌てて謝ろうとするが、なんせ倒れたままの不自然な姿勢、バランスを崩して余計におかしな体勢になってしまう。
バタバタとしていると、ぶつかった人の方がミツルへと向かって手を差し出してきた。
ミツルは顔を赤くしながら好意に甘えることにしてその手を掴み、立ち上がる。
「すみません、前をよく見ていなくて・・・」
「・・・ラン、びっくりするくらい細いし軽いよ? 本当に大丈夫なんだろうね?」
「間違いなくその子だよ、フウ。
 見れば見るだけもやしだけど、あたしが1回でも間違ったことあった?」
ジムリーダー、フウは首を横に振ると、ホルダーからモンスターボールを取り出し、手の上で転がした。
「あ、せや、ここのルールダブルバトルやろ? あのな、ここにおる・・・」
「いいよ、別に2人で戦っても。」
「あたしたちも2人だしねー、ま、そのチキン根性は笑っちゃうけど!」
「何やと!?」
言い返すサファイアをミツルはまぁまぁ、とまるで保護者のようになだめる。
あくまで自然な動作でモンスターボールを取り出したミツルを見て、双子のジムリーダーは苦笑した。
気付かれないようにしているようだが、この少年、かなりポケモンの扱いに慣れている。

「ルールは昨日と同じで2対2、2人なら1人あたり3匹までポケモンの使用OK!」
「交代は自由、たっだっし! 1匹でも倒れたらその地点で倒れたポケモンのトレーナーは指示を出せなくなるからね!」
まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、フウとランはセリフを割って2人で喋る。
左右対称、鏡にでも映したかのようにモンスターボールを取り出し、構える。
サファイアが少し遅れてボールを取り出すと、それが合図となりバトルが始まる。 後ろに立派なバトルフィールドがあるというのに、ジムの前で。
双子のジムリーダーはサファイアとミツルが投げたボールの動きをよく観察し、ボールが開くやいなや、先制攻撃へと移る。
「テッカニンに『サイコキネシス』!!」
「テッカニンに『サイコキネシス』!!」
「‘チャチャ’『まもる』や!!」
黄色い体の虫ポケモンは青白のボールから飛び出すなり2枚の羽根を力強く羽ばたかせ、姿を目で追うことが出来なくなるほど速く飛ぶ。
衝撃で後方に空気の壁が出来、2体分の『サイコキネシス』をも退けた。
のん気にも感心しているランをフウが軽く小突く、横に目をやれば自分のポケモン、キルリアと全く同じ動きで体の前で手を組み合わせるミツルの姿。
瞳の色が違っているように見えるのは、気のせいか。
「『ふういん』!!」
気も体も弱そうな外見とは裏腹に力強い口調で出された指示に、フウは目を見開かせる。
横でひゅうっとランが口笛を吹くが、そういうのん気な対応で済まされる状態ではないはずだ。
ソルロックとルナトーンの最大攻撃である『サイコキネシス』が封印され、使えなくなってしまったのだから。

「テントウ、テッカニンに『かえんほうしゃ』!!」
ランから離れ、フウは単独でサファイアのポケモンへと攻撃の指示を出す。
『まもる』は連続で打てる技ではない、もう1度使ったところで高い確率で失敗するだろうし、
テッカニンの攻撃を受けたところで大きなダメージを受けるわけでもない。 そう思い攻撃に移すが、サファイアの強気な笑みを垣間見た(かいまみた)とき、
フウは自分の考えが甘かったということを悟る。
「‘チャチャ’『バトンタッチ』で交代せえ!! 行くで‘ダイダイ’!!」
手を前に突き出してサファイアがチャチャを呼ぶと、大きな羽音を響かせながらチャチャは飛んだままモンスターボールの中へと戻り、
勢いよく黄色いグローブの中に突っ込んだ。 ジンジンする手でダイダイのボールを掴み、急いで投げると
ボールから飛び出したホエルコのダイダイはクルクルと回転しながら落ちてきたバトンを背中で受け止め、迫り来る炎を真っ正面から受け止める。
明らかにバカにした視線を送って、ランがフウへと向かって指を振っている。 後ろの状況はそれどころではないというのに。
「ラン、危ない!」
「え?」
「『10まんボルト』!!」
胸の前で手を組み合わせた姿勢から、ミツルが手を前へと突き出しキルリアへと指示を出す。
金色の光がハブネーク(ヘビのようなポケモン)のごとくうねったかと思うと、ランのルナトーンへと襲いかかり、貫いた。
レベル不足がはっきりと見え、それほどの威力もなかったのかレモン色のポケモンは数メートル後退するに留まり、倒れはしない。
それでもトレーナーかポケモンか、はたまた両方か、怒りを買ってしまったらしくキルリアの『あい』は『いわおとし』の反撃を受ける。

「大丈夫か?」
「心配ねぇ・・・って言いたいところだけど、あと1発くらったらヤバイな。
 ・・・ったく、こんな格好、『きぎ』に見られたら何て言われるか・・・今更言っても、遅いんだけど・・・よ!」
最後の「よ!」の辺りで、あいは向かってきたルナトーンをひらりと飛んでかわす。
一瞬頭が爆発しそうになるほど混乱したが、その言動とミツルの瞳の色が変わっていることからサファイアは『緑眼』が働いているのだと判断した。
落ち付いて作戦を思い返し、場の状況をよく見てからサファイアは体勢を取り直す。
言わずとも低く構えてくれる自分のポケモンの なんと頼もしいことか。
「どっちから行くか?」
「決まってる!!」
ミツルの体を借りたあいは、ピッと自分を攻撃したルナトーンを指差す。
言われずともそうくることが判っていたのか、サファイアは迷うことなくミツルの指した先へと指を突き出した。
「‘ダイダイ’ルナトーンに『みずのはどう』や!!」
「それ、オマケもつけてやるよ!」
レモン色の月の形のポケモン、ルナトーンは打ち付けられた水流と電撃を受け、地面の上をバウンドすると起き上がらなくなった。
ランが驚いた顔をして飛んだルナトーンを見る横で、フウはサファイアとミツル(あい)を睨み、手を高く上に掲げる。
「テントウ、『にほんばれ』!!」
「フウ、負けたら地獄パーンチ! なんだからね!」
戦闘離脱したランのキンキン声が青空の下に響く。
すぐさまフウは次の行動へと移るが、先手を打ったのはサファイア。
小さな島のポケモンジムの前で 3人の少年の声がほぼ同時に響き渡る。
「『みずのはどう』や!!」
「『10まんボルト』!」
「ホエルコに『ソーラービーム』!」
「テントウがんば!」
3つの技が交じり合い、その衝撃が強い風を起こしトレーナーへと襲いかかる。
吹き飛ばされそうになったバンダナを押さえたサファイアが目を見開かせると、バトルフィールド上にいる3匹ともかなりのダメージを受けているが、倒れてはいない。
即座に攻撃・交代の2択を出して、前者を取る。 あいも倒れそうになっている状態で交代するメリットは少ない。
「‘ダイダイ’真正面に『みずのはどう』や!」
サファイアの声に反応して、ホエルコは反動で後ろに転がりながら皿のような形の水を噴き出す。
バトルが続行していることに気付かなかったのか、フウとミツルの反応は遅れ、サファイアはその間にも作戦を考える余裕が出来る。
フウが攻撃の姿勢へと移ったので身構える。 だが、ソルロックはクルクルと空中で回転してあろうことか地面へと向け『ソーラービーム』を放った。
ミツルのあいが3発目の『10まんボルト』を撃ってもそれは変わらない、明らかに状態がおかしくなっている。
「大変だ、テントウが・・・!」
「混乱しちゃってるぅ!?」
またしてもセリフ合わせでもしていたかのように2人のジムリーダーが声を揃えた。
既に全員、あと1発攻撃を受ければ倒れるというところまで来ている。
そして今の状態から1番早く動けるのが、加速したチャチャから『すばやさ』を引き継いだ、ダイダイ。
ミツルの体を借りたあいが、「どうぞ」とばかりにサファイアへと視線を向けた。
右手をぎゅっと握り締め、チリチリとした指先の痛みを感じながらサファイアは叫ぶ。
「‘ダイダイ’『みずのはどう』じゃ!!」
大きな丸い体が転がるほどの水の固まりをダイダイはオレンジ色のポケモンへと吐きだし、サファイアへともたれかかった。
もちろんサファイアが潰れたのは言うまでもない。 疲れ切ったソルロックはその1撃が決定打となり、まるでそれが当たり前かのように地面の上へと横たわった。
まるで何かの置き物のようなその姿にサファイアとミツルは実感が沸かずしばらく呆然としているが、
少しすると まるで10時間走り続けた後かのようにぐったりと疲れ切った顔でその場に倒れ込む。


「・・・・・・終わった・・・何やえらい疲れたわぁ。」
「同じく・・・」
道路の真ん中だというのに大の字になってミツルはかすれ声を上げた。 半分開いたまぶたの間から、緑色の瞳がのぞく。
時間にしたら40分ちょっとしかなかったというのに、まるで耐久戦でもやっていたかのような錯覚がある。
顔の上に影がかかり、残っている意識を総動員して見上げてみれば先ほどまで戦っていたジムリーダーの1人が自分たちを見下ろしていた。
体を反転させてうつぶせになると、ジムリーダーのフウとランはサファイアとミツルの前にそれぞれ薄紫色の小さなバッジを1つずつ置く。
「2匹ともこっちの方がレベル上だったのにね。 負けちゃったよ。」
「どうせ頑張ったってムダだって知ってるはずなのにね、理解できないよ。」
ランはしゃがみ込んで130キロの巨体の下敷きになっているサファイアのひたいを軽く小突いた。
手が上手く後ろまで回らず不器用にダイダイの背中をなでると、ボールへと戻してから(多少の回復を待って)サファイアは立ち上がる。
ミツルに手を貸してポケモンセンターへと向かうと、何だか嫌ぁ〜な視線がを2人分、背中に感じ取る。
先にセンターへ帰るようミツルに言うと、サファイアはジムリーダー2人へと向き直った。

「何やねん?」
「ホントに行く気? 心の底ではムダかもしれないって思ってるのに。」
「どーせ頑張ったところで、死ぬことには変わりはないのにね〜。」
意味が理解できず、首を傾げて少し考えてからサファイアはあぁ、と手を打った。
手を打ってから3秒さらに考えて、眉を潜めて、こめかみをポンポンと打ってから鼻の穴を広げる。
「死なへんわ、ムダやない!! 世界でいっちゃん強いトレーナーがついてるねん、絶対成功できるわ!!」
言い返すと、フウとランはお互いの顔を見合わせて肩をすくめる。
「バカだね。」
「こんな理解力の低いバカトレーナー初めて見たよ、フウ。」
「だから何やっちゅうねん!?」
「認めちゃったよ、ラン。」
「救いようのないバカだね、フウ。」
サファイアが怒鳴り付けてやろうかと思ったとき、双子のジムリーダーはそれぞれ右手と左手でサファイアへと別々の物を取り出し、差し出した。
フウが持っているのはチューブ付きのマスクのような物、ランが持っているのは四角い形の技マシン、いや、秘伝マシン。
幼過ぎてそれすらも受け止め切れるか判らないサファイアの両腕に、2人は同時にそれらを置く。
「救いようがないけど、ちょっとだけ手を差し伸べてあげるよ。 トクサネジム公認のダイビングセットだよ。」
「ポケモンにつかまって海の底まで遊びに行けるわけ。 だけど絶対、急な潜水、急上昇しないよーに!
 やったら運命の渦に巻き込まれる前にさっさと死ぬよ?」
「死なへんっちゅーに! でも、おおきにな、もろたモン大事に使わせてもらうわ。
 これ以上話ないんやったらもう行くで、ええな?」
手を振りながら年の近いジムリーダーへと背を向けてサファイアは歩き出す。
もう1度双子のジムリーダーが顔を見合わせて何かを言ったようだったが、耳まで届かない。
フウとランから遠ざかりながら歩く足取りは重く、顔は固く、握ったこぶしに爪が突き刺さる。
何かの『まじない』のように、サファイアは歩きながら幾度となく同じ言葉を繰り返した。
「・・・・・・死んでたまるかい、生き残るで。」


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