【コンディション】
ポケモンコンテストの1次審査では『部門別能力』と『けづや』を採点する。
『けづや』は見て字のごとく、ポケモンたちの体調や調子を見るもので、
トレーナーの毎日の管理能力が問われてくる。
『部門別能力』はそのポケモンが5部門あるコンテストにふさわしいかどうかを判断する。
ある程度のコーディネーター能力があれば結果を出せる『けづや』と違い、
個々のポケモンの好みも影響してくるため、1次審査の中ではこれが1番難しいと言われている。


PAGE87.『コハク』の正体



『決まったァ!! ルビーさん必殺の『なみのり』!!
 エントリーナンバー4番ルビーさんとミロカロスのフィーネ、うつくしさコンテストハイパーランク優勝だァ!!』

ステージの上から降り立ったルビーは丁寧に頭を下げて自分へと向けられた拍手へと応えた。
1つ1つの丁寧な仕草に、会場を埋め尽くす観客たちはますます盛り上がり、コンテスト中以上の賑わいを見せる。
大きな大きなヘビのような、ガラス細工のように美しいポケモンがステージの上から降りて彼女へとじゃれつくと、ルビーは鼻先をくすぐって軽く遊ぶ。
同じ会場の一際大きな歓声の上がったステージへと赤い目を向けると、手を上げて親指を立てて見せた。
声に囲まれて降りてきた騒ぎの主は、ルビーへ向かって一目散に走ってくると高い位置で手を叩き合わせる。
「お疲れっ!! フィーネちゃん優勝おめでとう!!」
短く「ども。」と返すとルビーはパチリとウインクする。 その衝撃で男が2、3人KOされた。

「クリスさんっ、クリスタルさん! 表彰式をすっぽかさないで下さい!!
 こちらはまだ終わっていないですよ!!」
「あ、はぁい、ごめんなさいっ!!」
ほとんど悪びれた様子もなく声を上げると、クリスはルビーに軽く合図して『かわいさコンテスト』の舞台へと舞い戻って行った。
残されたルビーは近寄ってくる即席ファンを軽くあしらうと、自分の3倍はあろうかというミロカロスをモンスターボールへと戻し、
先にポケモンセンターへと帰っていく。





夜、カイナシティのポケモンセンターでグラスとグラスが交わされる音が響く。 中身は『サイコソーダ』なのだが。
既に疲れてヘトヘトでもあるのだが、今日1日でやり遂げたことを祝わずにはいられない。
たった2日でシダケ、ハジツゲ、カイナと回って優勝リボンを10本取ったとなれば、エリートトレーナーでもうなるような成果である。
付き合いなのかクリスまで一緒にコンテストに出たものだから、人払いしないと落ち付ける空間など作れはしないのだが。
「凄いじゃない、ルビー。 1度に2部門も3部門もこなしちゃうトレーナーあたし初めて見たわ!
 あれ、普通にハーモニカ吹いてただけよね? ねぇ、一体どんな裏技つかったの?」
「ひ・み・つ! でも、あの方法使えば、ちゃんと訓練すれば5匹でも6匹でも同時に指示出来るんだ。
 でも今日はホント感謝しなきゃ、2日でホウエン中飛び回るなんて普通出来ないだろ?
 スザク・・・じゃなかった、クリスはホントよくポケモンを鍛えてんね。」
よーく冷えた『サイコソーダ』を1口飲んでから、クリスはきょとんと大きな目を瞬かせる。
「意外ね、ルビーの口からそんな言葉が出てくるなんて。 ポケモン嫌いじゃなかった?」
「ん、止めたんだ、ポケモン嫌い。
 ほとんど結果出せないのにアホみたいに頑張ってる奴見てたらさ、悩んでるのアホくさくなっちゃって。」
「嬉しいな、ルビーがポケモン好きになってくれて〜♪」
ゴールドを真似た口調に、ルビーは大笑いする。
ひとしきり笑った後、部屋の戸をノックする音に2人は振り向いた。
クリスの許可をもらって入ってきたセンターの職員は、ルビーの赤い目を物珍しそうに見ながら、用件を簡潔に伝える。
「あの、『サファイア』という方から、ルビー様にお電話です。」
「・・・あたいに?」


「・・・・・・もしもーし?」
『いったあぁっ!? 舌めっちゃ噛んだわ!?』
ルビーが電話に出た途端、紛れもなくサファイアは大声で叫んでヒーヒーと声を上げた。
「何やってんだい、いきなり電話かけてきたと思ったら・・・
 つうか、よくここが判ったね。 まさか全部のポケモンセンター1ヶ所ずつ電話かけたとか?」
『何言うてんのん、いくらワシでもそこまでせんよ! ちゃんと場所調べてからかけたわ。』
コンテストをやると言ってから2日しか(出掛けた日など昼近くになってから出発した)経っていないというのに、何故判ったのか疑問を持つ。
普通まだミナモにいるとか、良くてシダケ、ハジツゲくらいが予想の限界だと思っていたが。
「一体何の用だい? 勝手にいなくなったと思ったら急に電話かけてきたりして・・・」
ついでに調べた方法も聞き出しそうなほどの疑問形でルビーは画面向こうのサファイアへと問いかける。
テレビ電話の向こうで嬉しそうに目を輝かせたかと思うと、サファイアは受話器に口を近づけて急にひそひそ声へと変わった。
『ルビー、今ワシが見えとる画面の右下に四角形があるやろ、それ押してんか?』
サファイアのガイド通り、ルビーはテレビモニターの右下へと視線を移す。
ピカピカと光るランプの隣に、わかりやすく角の取れた四角形が横に並んでいた。
現在位置を調べた方法以上にその四角形に疑問を持ち、そろそろと指を出しながらルビーはサファイアへと尋ねる。
「この1番右のやつ? 押すとどうなるってんだい?」
『ええからええから。 絶対に受話器耳から離したらアカンよ。』
しつこく『ええから』を繰り返され、ルビーは仕方なくボタンへ伸ばした指を前進させる。
吸い込まれるように四角形がへこみカチンと音を立てると、突然ブツッ!という音を立ててサファイアの顔が映っていた画面が真っ暗に変色した。
ルビーは一生分なのではないかというほどの冷や汗をかく。

「うっ・・・うわあぁっ!? やばいよぶっ壊しちまった!? あたいのせいか!?」
夜だからという変な理由でルビーはヒソヒソ声になってパニックを起こした。
今ポケモンセンターのロビーを通りかかる人がいるならば、何かやっちまったオーラを思いきり受け止められるのだろう。
『ルビー落ち付き! モニター切っただけや、1個も壊れとらんから安心せい!
 ほらな、ちゃんと電話としては使えるから大丈夫やろ?』
サファイアの割といつものなだめごえが受話器から響く。
これほどまでにサファイアの声を頼もしく思ったこともないな、とか思いながら、ルビーは両手で受話器を握り締めた。
彼の話す声のトーンが、いつもより1段低くなる。
『・・・あのな、ルビー、今から無茶苦茶なこと言うけど最後まで聞いといて欲しいんや。
 怒鳴ったりせえへんから、ちゃんと受話器に耳くっつけて聞いとってや。』
「何?」


ルビーが聞き返すと、サファイアは今更緊張したようにゴクリとつばを飲み込んで、彼女へと声を届ける。
『・・・あのな、コハクのことやねん。』
「ゴールドの?」
『ちゃう、『コハク』や。 ややこしゅうことやっとるせいでこんがらがっとるけど、ゴールドはゴールド、コハクはコハクやねん。
 今トクサネっちゅうところのポケモンセンターにいるんやけど、こっちにゴールドおんねや。
 ほいで、これはワシの勝手な予測なんやけど、そっちに多分コハクおるで。 ルビーとスザクんこと見張っとる。』
「は!?」
あまりの突拍子のない発言にルビーは思わず聞き返した。
説明するにも難しいことらしく、つっかえつっかえ、何度も言い直しながらサファイアは
トウカシティからりゅうせいの滝まで一緒だったコハクのことを説明する。
見ず知らずの人間が聞いたなら笑い飛ばしてしまいそうなその推理を聞いて、ルビーは受話器を持った手に力を込める。
爪を切ったばかりの指先が、冷たい、妙な感触を彼女へと与えた。
「・・・あんたアホか? ポケモンでもそんな手品みたいなマネ出来るワケ・・・」
『ワシかて何度も考え直したわ、でもミツマメ君やシルバーの話聞いた限りやと、そーやったんだと思うんや。
 せやけど、コハクは敵やない。 見かけたら気になるかもしれんが、悪いことしいひんはずやからそっとしといたってや。
 あとな、こっちの方が重要なんやけど・・・マクラ団のアイツおるやろ? アイツ実はな・・・』
「ちょっと待ちな、マグマ団? アクア団? アイツって一体どいつのことだい?」
『せやから・・・』
ちょっと声を荒げて、サファイアは言いたいことをルビーへと突き付ける。
最初は呆れたような顔をしていたルビーだったが、次第に表情が引きつり、最後には固まった。
冷たい汗がこめかみを流れ、頬の辺りで止まる。

「まさか・・・・・・なんっ・・・!」
『そうとしか言えひんねや、逆に、そういうこととして考えたら今まで起きたことも全部説明がつくねん。
 偶然は1個もない、今まであったこと全部このために・・・仕組まれとったことだったんや。』
何で、と言おうとした矢先に別の答えを返され、ルビーは聞くことすら出来なくなる。
反論しようかとも思ったが、あまりにサファイアが真剣な口調で話すため口を出すことも出来なくなりルビーは別の言葉を考えた。
やっと出てきた言葉には、彼女自身あきれ果ててしまう。
「・・・現実離れした話だね。」
『『神眼の持ち主は奇妙な出来事に鉢合わせる』らしいんや、難しいこと考えず楽しもうや。
 それと、さっき言ったアイツには気をつけ。 目的のためなら手段選ばんつもりやで、きっと。』
クスリと笑うと、ルビーは相手が見えていないことも忘れてうなずいた。
「わかった、気をつけるよ。 それじゃ、もう切るからね。
 次会ったときはコンテストリボン20個、あんたの前で見せびらかしてやるかんね!」
『こっちのセリフや! ジムバッジ8つ並べ立てて『おみそめしました』言わせたるわ!!』
どこまで勘違いなのか、言葉の間違いに大笑いしてからルビーは受話器を置く。
置いた後もまだまだ笑いは止まらず、腹がよじれて涙が出るほど笑い疲れてからルビーは目をこすりながらモニターに手をかけた。
真っ黒な画面へと向かって『おかしい』とは別の笑い方を見せると、ひっそりとした声を出して話しかける。
「言わせてみなよ、てっぺんで待ってんかんさ。」





―翌日―

小春日和、これ以上ないほど晴れ晴れとした空へと向かって手を思いきり伸ばす。
朝からハイテンションなのは第3回ポケモンリーグ優勝者(の1人)クリスタル・イヴニング・グロウ・カラー、通称『ワカバタウンのクリス』。
それほど早い時間なわけでもなく、現在時間午前9時といったところなのだが、ルビーはといえば彼女の隣で眠そうに目をこすっている。
今日1番のポケモンコンテストは1時間後、つまり午前10時からの開始となる、
そのコンテストでハイパーランクコンテストは全て決める予定だし、後は一直線に再びミナモ行きだ。
予約は既にしてあるので、コンテストが始まるまでの1時間は観光を楽しめる自由時間だ。
「こらこら、どーしたー? テンション低いぞ〜?」
「眠い・・・」
クスクスと笑うとクリスはルビーの両ほほを軽ぅく叩く。
そのまま手を引かれて街へと引きずり出される途中、ルビーはすれ違った同い年ほどの子供を見て、寒気を覚えた。
何気ない動作で振り向いて自分へと屈託(くったく)のない笑みを向けたのは、迷うことない。 金色の瞳の少年、コハク。


『みなさーんっ、おっはようございまぁ〜す♪
 今日も『かわいさポケモンコンテスト』、司会はポケモンに負けず劣らずプリティー、ナミちゃんで〜す!
 朝1番にエントリーしてくれたトレーナーの皆さんは、
 エントリーナンバー1番、リキさんとコイキングの『キング』ちゃん、
 エントリーナンバー2番、マサさんとホエルコの『ホエルコン』ちゃん、
 エントリーナンバー3番、フミオさんとアズマオウの『マオウくん』、
 エントリーナンバー4番、トレーナーネーム、ルビーさんとゴマゾウの『ラルゴ』ちゃんで〜す!』

甲高い声が頭にキンキン響き、ルビーは少し顔をしかめた。
ウエストポシェットから銀色のハーモニカを取り出し、強く握り締めるとそれを口へ当てる。
少し離れた別のステージではクリスが『たくましさコンテスト』で大量の得点を入手している真っ最中、
また『かっこよさコンテスト』のステージでは、ミシロからずっと一緒のワカシャモがおろおろとルビーの指示を待っていた。
軽く手の動きで落ち付かせると、ルビーは『おくりび山』で捕まえたゴマゾウを最初のアピールのために送り出す。
深く深く腹の底まで息を吸い込むと、四角い金属へと空気を送り込む。
観客の中にさり気なく混じっているコハクへと視線を向けるとルビーはゆったりとした音楽を奏で始めた。
音に合わせて鼻を揺らしながら登場した青色のポケモンに、観客たちは願いの叶ったような顔を見せ、喝采(かっさい)を送る。
その間にもルビーはメロディを流し続ける。
強面(こわもて)のポケモンたちに囲まれてびくびくしながらアピールを続けるワカシャモに指示を送るために。

順調にアピールを続けるルビーを見て、クリスは感心する。
ついこの間までポケモン嫌いを公言していた女の子が、エリートトレーナーでも難しいコンテストを2つ同時にこなすなんて。
常人ではあり得ないほどの集中力と観察力、それに決断力を持っているのだろう、周りの反応からしてカリスマ性も持ち合わせている。
ポケモンリーグで彼女のバトルを見られたら・・・そう思いクリスは少し笑う。
自分の番が近づき、ステージの上へと顔を向けたとき、彼女は凍り付いた表情をどう戻すべきか必死で考え込んだ。
コンテスト会場の外を歩く赤い服の長髪の女は確か、以前この街で青い服の集団と潜水艦を奪い合っていた集団、『マグマ団』の一員だったはず。
スイッチを切り替えて気配を消し、コンテストのスタッフへ耳打ちすると、ルビーの様子を気にしながらクリスはコンテスト会場を抜け出す。
いつ襲いかかられても対処出来るようモンスターボールを片手に、たった1人の追跡調査が始まった。



マグマ団の女は小型ポケモン用の波乗りの浮き袋を膨らませると、にょろにょろとした灰色の水ポケモン『ドジョッチ』にそれを引かせ、砂浜から海へと繰り出す。
元々そのポケモンの特性としてあまり早い方ではなかったので、クリスは1メートルほどのみずうさぎポケモンマリルリを呼び出し、
服が濡れることは諦めてマグマ団の後を追いかける。
出来るだけ波しぶきが立たないようにして、潜ったり浮かんだりを繰り返しながらクリスはマグマ団女の跡をつける。
体が冷えていい加減辛くなってきた頃、マグマ団の女は座礁(ざしょう)した船らしきものへと到着し、乗り上げた。
後から誰もついて来ていないのを確認すると、クリスは体をマリルリの『あられ』に水の上に持ち上げてもらい、船に張り付くようにして中の様子を伺った。
無防備な足音を響かせ、マグマ団の女は上役らしき男へと近づく。
かなりピリピリしているらしく、男のまとうイライラした空気はクリスの所までひしひしと伝わってきた。
「遅いぞ、カナ。 何をやっていた?」
「遅くありませ〜んん〜、朝っぱらから呼び出しといて〜・・・ すぐにいかれるわけないじゃん?」
「問答無用だ、飛行ポケモンを捕まえないお前が悪い。」
ぶーぶー文句言いたげなマグマ団の女を連れ、同じ服装の男は座礁した船の奥へと足を進めていく。
甲板の上から人の気配がなくなると、クリスは音を立てないように気をつけ、船の上へと乗り込んだ。
濡れた服のせいで足元に水たまりが出来るが、周囲に人の気配は全くないのでクリスはそのまま追跡を続ける。
物陰に隠れ薄暗い船室の様子を覗くと、胸元に同じロゴの入った赤いフードつきの服を着た人間が20人近く集まっている。
その中のリーダー格らしき1人がさっと手を上げると、集団は一斉に散って船の中を捜し始めた。
慌ててクリスは隠れ、見つからないように中の様子を伺う。
すると、最初に見付けた長髪を染めた・・・染め過ぎた女が、クリスの隠れている場所までやってきたかと思うとおもむろに腰を降ろした。

「ていうかぁ、見つかるわけないじゃん〜? 海の中に落ちちゃってるかもしんないのにぃ。
 よくやるよねぇ〜、たかだか機械1個探すだけで〜。」
「・・・?」
言葉の意味を考えながらクリスは服から染み出る海水に気付かれないよう、1歩足を引く。
途端、足がどこかの戸棚らしきものに引っかかり、上に置かれていたものがカタンッと音を立てて落ちた。
いくらやる気のない人間と言えど、これに気付かないほどバカではない。
立ち上がって棚から落ちた物体を拾い上げたマグマ団の女と、戸棚の下に隠れていたクリスとの視線が合う。
相手は驚いていたようだったが、ある程度の心の準備は出来ている。 とっさに戸棚の下から飛び出すとクリスは
女から小さな箱のようなものを取り上げ、抵抗できないよう右手を押さえて後ろから組み付いた。
一瞬の出来事に赤い服の集団は騒然となり格闘する(といっても勝敗は既についているが)女2人へとモンスターボールを向ける。
「止まりなさい!」
空気さえも震わすような甲高い声が、船室いっぱいへと響き渡る。
たかが15歳の少女の放つオーラにマグマ団員たちは凍ったように動かなくなり、一瞬にしてその場には音1つ立たなくなった。
長髪のマグマ団の女がこの船へと来たときに出迎えた、リーダー格らしき男がしばらくしてからようやく1歩踏み出し、クリスたちの方へと近づく。
人質にしている髪を染めた女を抱えたままゆっくりと出口へと移動しようとすると、
向かおうとした先の扉から服装の違う、30〜40代ほどの男が入ってきて辺りを一瞥した。


「何をしている?」
「リーダー!」
「リーダー?」
眉を潜めるクリスを見て、赤い服に赤い髪と特に赤の目立つ男は薄い笑いを浮かべた。
胸元の『M』の字を山の形にあしらったようなロゴを指で弾くと、ポケモンリーグ優勝者の彼女に臆しもせず堂々とした足取りでこちらへと近づいてくる。
「これはこれは、可愛らしいお客様だ。」
吐き気のしてくるような視線に、クリスは無言で右手に力を込めた。 ミシリ、と音を立てて手に持った箱のような物体が軋む(きしむ)。
一瞬『それ』に対して拒絶するような顔を見せるとマグマ団に『リーダー』と呼ばれた男はすぐに体面を取り繕い(とりつくろい)、
クリスへと向けて話しかけるポーズを見せる。
「ホウエン地方へようこそ、ワカバタウンのクリスタル殿? 観光でお出でになられたのかな、この地方はお気に召されましたかね?」
「こんな子供相手に何をごちゃごちゃ言ってんのよ、言いたいことがあるならさっさと言いなさい!」
怒鳴り付けるようにしてクリスはマグマ団の女にかけた手に力を込める。
ヒッとおびえた声に少しひるむが、この場を制するためには仕方ない。
胸元の二つ折りにされたポケモンギアに手をやりながら、赤い服の中年の男へ近づき過ぎず離れ過ぎず、クリスは窓際へと移動する。
小さなため息をつきながら中年の男は2人の女へと1歩近づき、商談相手にでも話すような口調で話し始めた。
「単刀直入に言うとだね、今すぐにその機械と人質にしている彼女を置いて、ここから立ち去っていただきたいのだよ。
 君のやっているいたずらは我々にとって少々、度が過ぎるものであるからね。」
「・・・・・・関わってるのね。」
「?」
人質の女を抱え表情が見えないようにすると、クリスは一気にポケギアのボタンを打ち
肘で窓ガラスを叩き割ってモンスターボールを窓の外へと向かって投げた。
赤と白のモンスターボールは甲板に当たって1度跳ねあがると、銀色に輝く鋭い鳥のようなポケモンを開放する。
首からポケギアを外し同じ窓から外へと向けて放るとクリスはそのピンク色のポケギアを拾い上げたエアームドへと向かって叫んだ。
「しぐれ、行きなさい!」
正午の光を浴びて銀色に光る鋼の鳥は爪痕が残るほど甲板を強く蹴ると、翼を大きく広げ船を飛び立つ。
あまりに突拍子もない行動に追いかける者もいないことを確認し、クリスは人質にしていた女をリーダー格の赤い服の男へと突き飛ばし、
その影に隠れ2つ目のモンスターボールを開き、行動へと転じた。

「ゴールドとシルバーがやろうとしていることに、あなたたちも関わっているのね!?
 一体何をするつもりなの、答えなさい!!」
アゲハントの針のような口が、相手の首元をかすめる。
マグマ団の下っ端の一団が止めようとして動きかけるが、彼女の鋭い視線に刺され、ピタリと動きを止めた。
絶対的な数での不利を覆す(くつがえす)クリスの行動にマグマ団のリーダーの男はにやりと笑うと、背に隠した手を動かし、自らもボールを開く。
突然立ち昇った炎にクリスが飛びのくと、男は雪崩れ(なだれ)のように次の攻撃を連続して繰り出して行く。
誰も立ち入れないバトルが展開する中、1歩ずつ後ろへと下がっていたクリスの足元が突然音を立て崩れる。
「きゃっ!?」
腐りかけた床板を踏み抜いて、クリスは座り込んだような姿勢から何とか脱出しようと腕や反対側の足に力を込めた。
だが、バトル中ではそれすらも遅く、今度は逆にクリスの首筋に柔らかいキュウコンの尾がすり付けられる。
「優秀なトレーナーと言えど、建物の痛み具合までは判断し切れないと見えるな。
 長い時間雨風にさらされた木造の床だ、部分部分が腐っていても何の不思議もない。」
マグマ団のリーダーは動けずにいるクリスの側へとしゃがみ込むと、大人にしか出来ないような嫌な笑みを見せた。
「我々の半数は『その道』のプロだ。 一目見ればその建物が何年建っているか、どれだけ痛んでいるかを判断出来る。
 単純なポケモンバトルなら君には劣るが、場所が悪かったと諦めることだな。」
「あなたたち・・・」
「我々は『マグマ団』、私はリーダーのマツブサ。 この狭き大地を広げる者だ。」
差し出されようとした手を、クリスは払いのける。
噛み付きそうな目をする彼女へと呆れたような視線を送ると、マツブサと名乗った男はキュウコンへと指示をだす手を動かした。
『やられる』そう思い、クリスは睨み付ける視線を1段と強める。
その瞬間、攻撃の構えへと移ろうとしていたキュウコンは突然横へと飛びのき腐りかけの床の上を転がった。
何事かと部屋の反対側へと視線を動かすと、割れた窓の外側から空気が揺れるように動き青い大きなポケモンが姿を現す。

「・・・え?」
クリスが驚いている間にも、青いポケモンはマツブサを見えない力で持ち上げ反対側の壁へと叩き付けた。
割れた窓から覗いた赤い瞳に一瞬見とれるが、気がついたようにクリスは下層へと落ちた足を持ち上げ戦いへと移ろうとする。
だが、青いポケモンが突然暴れだし海へと落ちたかと思った瞬間、クリスは口に変な臭いのする布をあてられ、意識を失った。
錆びた壁へと叩き付けられたマツブサはゆっくりと起き上がるとポケモンの沈む海へと目を向ける。
白い泡が浮き上がり、時折パチンと弾けるが、凪(なぎ)を保つ海面は波紋1つ立たず静かに止まっている。




『優勝です!! ハイパーランクポケモンコンテストかわいさ部門、ルビーさん、ラルゴペアがぶっちぎりで優勝でぇす!!』

途中から増えてきた観客の歓声を浴びながら、ルビーは笑顔でステージから降りてきた。
ギリギリ運だけで優勝できたワカシャモを側へとつけ、前日よりさらに増えた即席ファンを振り切りつつクリスの姿を探す。
同じ回の『たくましさコンテスト』に出ていたはずなのに、途中から姿が見えないのだ。
コンテストの方も、途中から3人で何事もなかったかのように続けられてしまっていたし。

小走りに逃げるようにコンテスト会場から出ると、銀色の鋼ポケモンが空を飛び彼女のまん前へと降り立つ。
突き出されたクチバシを軽く手であしらいながら
自分の前へと降り立ったエアームドの全身を見ていると、その光る首元に淡いピンク色のポケギアが引っかかっている。
追いかけてくる男たちから逃げつつ嫌がりもしない銀色の鳥の首にぶら下がっているポケギアを手に取ると、試しにルビーは2つに開いてみた。
すると、表示されているのは待機画面ではなく、光を失ったメール書き込みの画面。
「『ぽけもをすんたー』・・・・・・?
 ポケットモンスター? ・・・いや、『ポケモンセンター』?」
ウエストポシェットの中にポケギアをしまいながら、ルビーはポケモンセンターへと向かって走る。
うまい具合に追ってくるファンをまくと、ルビーはセンターの裏口から入って受付へと向かう。
可愛らしい女の子が飛び込んできてちょっと目を丸くしているセンターの女の人に、ルビーは赤い目を見開かせながら尋ねた。
「あの、ID29563番のル・・・」
「あぁ! ルビー様ですね、お預かりしている物がございます。」
「は?」
聞き返しそうになったルビーをよそに、ポケモンセンターの受付職員は綺麗にラッピングされた可愛らしい小箱をルビーへと渡す。
首をかしげながら適当な場所で包みを開くと、中から出てきた可愛らしいアイテムにルビーは目を丸くした。
ポケモン用なのだろうか、音楽の記号を表したアクセサリが6つ。
ト音記号のチョーカーにシャープ型のイアリング、フォルテをあしらったペンダント。
金字でそれぞれ『Largo』『fine』をあしらったスカーフにネックウォーマー、それに音符マークのついたリストバンド。
どれもこれも女の子なら1度は手に取って眺めるような、洗練されたデザインのものばかりだ。
そして、それぞれに小さな黒い機械のようなものが取り付けられていて、五線の入ったルビーにぴったりのサイズのチョーカー
(最初それがコダックの『スコア』のものかとも思ったが、細過ぎてつけられそうにない)に、『ふしぎなあめ』がゴロゴロ、おまけにつけられている。
そのチョーカーにも機械が取り付けられているが、それはどう見ても小型マイク。
不思議に思いながらスイッチを入れマイクへと向かって「あー」と声を上げると、音楽記号を模した他のアイテム全てからそっくりそのままルビーの声が出てきた。
『スピーカーだ』、ルビーは唐突に理解する。
それが渡された意味も、使い方も判った上で、彼女は五線の入ったチョーカーを自らの首に巻き、
自分たちのために用意されたのであろうアクセサリで、ポケモンたちを飾っていった。
5匹までを終え、最後にフォルテのペンダントを取り付ける作業にかかる。
今までつけていた『f』の字が書かれた石を外し、体に対してずいぶんと長いペンダントを首からぶら下げてやる。

「‘フォルテ’あたいのメンバーみんなクリスからもらったヘアゴムつけてたろ。 あんただけ何で違ったのか、判る?」
「?」
「あんたみたいなポケモンはね、みんな大きく成長するんだよ。
 あたいの母ちゃんは大きなポケモンに潰されて死んだんだ、だから、あんたが成長したときあたしはその時の恐怖であんたを捨ててしまってたかもしれない。
 けど、仮にもあたいはジムリーダーの娘だし、一端のトレーナーだ。
 だから、あんたが『進化』しないように封印してた。 だけど・・・今は違う、もう、ポケモンを怖いなんて言わないよ。」
外れないようにしっかりと直すと、ルビーは立ち上がって電話を手に取った。
誰かと二言三言会話し、パソコンにモンスターボールを1個預けると旅の支度をすっかり整えた格好で外へと飛び出す。
アクセサリと一緒についていた『ふしぎなあめ』の袋を片手に、青い海と空と街、世界を赤い瞳で睨み付けた。
開けた公園の大通りへと向かって、横にフォルテをつけて一緒に走り出す。
「さぁて、コハクと『真正面から全力で戦う』よ!
 1回限りの真剣勝負なんだから、ヘマすんじゃないよ、ワカシャモ、‘スコア’‘フォルテ’‘アクセント’‘フィーネ’‘ラルゴ’!」
深く踏み込んでルビーは走りながらフォルテの口に『ふしぎなあめ(ポケモンを急速に成長させる)』を放り込む。
何を考えたのか舐め(なめ)もせず噛みもせず思いきり丸のみしたフォルテの体が、光を帯びて白い繭(まゆ)に足の生えたポケモンへと変化する。
それに続いてさらにルビーはもう1個、青い包みに入った飴を放り込んだ。
今作られたばかりのフォルテの白い繭(まゆ)は割れ、太くて大きな爪のついた足が地響きを起こすほど強く地面を蹴り込む。
赤くて立派な翼がルビーの目の前で空を切り、ルビーが飛び乗ると2つの翼は大きく動いて2人分の体を空へと持ち上げた。


「それじゃ、まずはクリスにひっついてる方を引き離さなきゃね。
 ・・・‘メノウ’『止まれ』!!!」
赤い瞳を光らせて発した言霊(コトダマ)に、下を歩く人間たちの中の1人、茶髪に金の瞳の少女が反応する。
彼女を見てルビーは強い笑みを見せ、ミナモの方向へと向かってフォルテに飛ぶよう指示(指先だけで)を出した。
ちらりと後ろを見やると茶髪の少女は物陰に一瞬隠れ、透明なガラス細工のように変化してから空を飛んで追いかけてくる。
「サファイアの言った通りだ・・・」
ルビーはつぶやいた。
昨日の晩サファイアから話を聞かなければ、それにこんな贈り物をもらわなければ、こんな突拍子もない作戦、思い付きもしなかっただろう。
後ろから追いかけてくる今は透明なポケモンに追いつかれないようスピードを上げると、ルビーは『紅眼』で縛っていた力を解除する。
じきに、コトキ、えんとつ山、おくりび山で出会った青いポケモンも追い掛けてくるだろう。
「・・・・・・そういうことだったかい・・・!
 男なのに女の体してたのも、りゅうせいから姿見せなくなったのも、その後で女と入れ替わったのも、全部これで説明がつく!」


 『あのな、カナズミからひょっこり出てきたでっかい金色の目ぇした女の子おったやろ?
  あっちが本物の『コハク』でな・・・多分、ホンマはポケモンやねん。』


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