【報道機関】
テレビやラジオの報道機関は各地方別に沢山存在するが、
全国報道局である『World press』を除けば、
地方別に『セントラルブロードキャスティングセンター(通称CBC)』
『ジョウトCSS』『ホウエンTV』が最大手と言える。
放送する番組はゴシップから事件の報道、アニメーションまで様々だが、
全ての機関が放送規正法により『真実の報道を』を指針として掲げているという。
PAGE88.1800 time
―『ラティアス』っちゅうポケモンはな、光を屈折させて姿を変えることが出来るねん。
1年前、ホウエンの危機を感じ取った『ラティアス』『ラティオス』はワカバタウンにいたゴールドに助けを求めた、多分、1番近かったんやろな。
せやけどゴールドは自由に動きまわれん学生やったし、自分がポケモンリーグのチャンピオンやて言われたかて判らん。
ほんでも必死で助け求めてくるラティアスとラティオスんこと放っておけんかったんやろな、一緒んなって必死で救う方法考えた。
そんな時にな、誰だかは知らんけどゴールドに助けを出した奴がおった。 それでな、ひらめいたんや。
まずはな、ラティアスにゴールドの格好させるんや。
変身はさっきも言うたみたいに光の屈折やから、物の大きさ変えられるわけやない、それでワシらと同じくらいの大きさになった。
ほいでそのラティアスに無線の小型スピーカー・・・あ〜、店ン中でアナウンス流れるやろ? あんな奴や・・・持たしたんや。
もしかしたらエスパーポケモンの力みたいんで言葉伝えることも出来たんかもしれんけど、
それやと周りに何も言ってない相手に向かって話すワシらが不自然に映るからな。
風で髪が動いたり、触ったりしたときの感触なんかは・・・多分『サイコウェーブ』でごまかしたんやろ。
ほんで最後は『神眼』や。 ゴールドの紅眼と緑眼を同時に使て、ゴールドとラティアスのココロの場所を入れ替えた!
本物のゴールド自身はラティアスが体動かして普段通り学校行かして、
ゴールドのカッコしたラティアスはワシらと一緒に行動して・・・ルビーも知っとる通りや。
『りゅうせいのたき』で滝壷に落っこちて、何かの理由があって入れ替われなくなったんやろ。
その後は、茶色い髪で目のでっかい女の方・・・本物の『コハク』が、ワシらと一緒におったんや。
・・・・・・多分、ワシとルビーんことを守るために―
「・・・もう、いらない!」
顔を押しつぶすような風はさわやかなんていう表現とは程遠い。
耳にしたピアスは吹っ飛びそうだし、目も開けていられないし、バンダナを口に当てていなければ声を出すのも難しかっただろう。
時速160キロで進化したばかりのボーマンダはホウエンの空を斬るように直線を描いて飛ぶ。
「戦うよ!」
赤と青の大きなポケモン(といっても見えないので大きさは判らない)が、今にも追いつきそうなスピードでこちらへと迫ってくる。
「戦うよ!!」
五線譜のチョーカーを口元まで引き上げると、「じたばた!」と叫んでから再び首元へと戻す。
振り落とされないよう体の位置を直す、この高度から落ちれば大怪我どころでは済まないだろうし、一瞬にして作戦がパァになってしまう。
ミナモまで、最高速で行ってもずいぶんと時間がかかる。 体力と精神力との勝負でもありそうだ。
「戦うよ!!!」
「は〜い! レポーターのマリです、こちらミナモシティポケモンコンテスト会場前です!
コンテスト最高ランクでもあるこのマスターランク会場では、
今もかっこよく、かわいく、かしこく、たくましく、うつくしくポケモンたちが見た目を競い合っています。
果たして今日はどんなコンテストが繰り広げられているのでしょーか?」
ショートカットの女性は肩を落とすと、腰に手を当ててはぁ〜っと深くため息をついた。
ミナモのコンテスト会場前で辺りを見渡し、おもむろに口元に指を当てて爪を噛み始める。
「あん、もー・・・ディレクター遅過ぎ!! どーしてただの取材で30分も待たせるのよ!!」
「・・・オレら忘れられてんじゃないっすか? それよりもマリさん、爪!」
カメラマンを担いだ小太りの男は慣れたとばかりに諦め口調。
注意されてようやく口から爪を離したレポーターの女は、ふと空を見上げて大きな目を見開かせた。
『?』な表情のカメラマンの袖を引いて空を指差すが、
その前に石畳を吹き飛ばすほどの勢いをつけて大きなポケモンが着地し、砂ぼこりつきの強い風を巻き起こす。
目も開けられないような風の中、カメラマン、ダイの覗くファインダーには大きな赤い翼のポケモンから降り立つ少女が映った。
彼女は少しだけよろめいてから首元に手をやってコンテスト会場へと叫びかける。
「‘ラルゴ’『とっしん』!!」
言うだけ言うとファインダーに映る少女は唐突にしゃがみ、ミナモデパートの方向へと向かって走り出した。
再び吹っ飛ばされそうなほどの強い風が吹くと、赤い服の少女は既にコンテスト会場の建物の角を曲がっている。
ごちゃごちゃとポケモンまで走り出して大騒ぎになる中、ダイはもう1度レポーターのマリに袖を引っ張られた。
「何ばしとうよ!? ビッグスクープのチャンスやろ!?
もたもたしとったら逃げられてしまうけん、追いかけんよ!!」
「マリさん、カイナ弁出てます、キャラ変わってますッ・・・!!」
ひぃひぃ言いながらもダイはカメラを担いでマリの後を走って追いかける。
画面がブレているのに気付き、何とか体を安定させようとするが強風とマリの足の速さのせいで効果はかなり薄い。
マリが追いかけている少女は(こちらは何とか追いつけた)ミナモデパートの真ん前まで来ると
ポシェットからトレーナーの証ともいえる赤白のモンスターボールを取り出し、自動ドアへと向けて投げ付けた。
おぼつかない足取りのコダックへと向けて、彼女は赤く強い瞳を向けて張りのある声で呼びかける。
「走れッ、‘スコア’!!」
どてどてと走りながら退避するコダックには目もくれず、少女は舞い上がった砂ぼこりを睨み付けた。
身を低く構え、スッと指を突き出すと小さく、けれど深く息を吐く。
「1回この街に来てなきゃ、こんなこと考えなかったかもしんないね。
‘フォルテ’迎え撃て!! 『ドラゴンクロー』!!」
羽毛のような彼女の髪の毛がふわりと浮き上がったかと思うと、空のごとく青い彼女のポケモンは風へと向かって太い爪を振り上げた。
次の瞬間、何もない空間が裂けたかと思えば青色をした別のポケモンが少女とポケモンの横をすり抜け旋回して睨み返す。
素早くウェストポシェットから銀色に光る板のような物を取り出したかと思うと、
赤い瞳の少女は後ろを大きなドラゴンポケモンに守らせ、坂の下のコンテスト会場へと視線を向けた。
広く取られた窓の隙間から、大型スクリーンに映し出されたコンテストの様子が見える。
首に巻き付いたチョーカーを直しながら、少女はその細い布へと向け離しかける。
「ワカシャモ、‘アクセント’‘フィーネ’‘ラルゴ’準備はいいね?
予定通り、30分・・・次のコンテストで『4部門』制覇して、コハクとメノウとも決着つける!」
『さぁ、ポケモンコンテストマスターランクかっこよさ部門が始まりました!
キョウスケさんのサメハー、リョウコさんのギャーコ、タツヒロさんのごんきち、ルビーさんのワカシャモが頂点を目指します!』
『マスターランクうつくしさコンテスト、美しさを極めんとするポケモンたちを紹介するよ?
第1にマルマインのマイン、第2にエネコロロのコロロ、第3にチルタリスのアール、最後にミロカロスのフィーネ。
いずれも美しいポケモンたちさ。』
『かしこさ部門、マスターランクポケモンコンテスト。 出場するポケモンを申し上げます。
ミクルさんとソーナンスのナンチッチ、イサミさんとケッキングのケッキン、
ヒトネさんとラフレシアのレシアーン、ルビーさんとプラスルのアクセント。 以上、4名です。』
『たくましさを競うポケモンコンテスト、最上級の勇者たちはこいつらだ!!
アツシとヘラスケ! マイミとラブリン! ミレイとネイ! それと・・・さっきかわいさコンテストで優勝したルビーとラルゴのペアだ!
可愛い『かった』ポケモンを『たくましさ』コンテストに出してくるとはいい根性してるぜ、どんなアピールを見せてくれるんだァ!?』
「そこのお兄さんお姉さん、近づくと危ないよ。」
ガケっぷちに立って赤い瞳で空を見上げ、謎の少女はマリとダイに警告する。
油断のない足取りで1歩前へと進む彼女を見て2人とも一瞬あっけに取られるが、すぐにマリは気を取り直してマイクを握り締めた。
「ホウエンTVリポーターのマリです! 先ほどの騒ぎは一体何が原因なんでしょうか!?
あなたが今戦っているポケモンは、一体何なのですか!?」
「知らなくてもいいことだよ。」
向かってきた青いポケモンを、少女は赤い翼のポケモンに指示して打ち返した。
突発的に吹いた強い風によろめくと、彼女は風上を睨んで再び青いポケモンへと向かって攻撃を繰り出す。
「・・・あなたは・・・あなたは一体!?」
「ルビー。 ただのポケモントレーナーだよ。」
銀色のハーモニカを口でくわえるとルビーはやさしめに息を吹き込んでやわらかい音を奏ではじめる。
バトルミュージックとも思えないほど優しいメロディは相手のポケモンが放つ衝撃波のようなものに負けることもなく、周囲10メートルほどにしっかりと響いた。
取材する使命も一瞬忘れ、マリとダイがその音色に聞き入りかけた瞬間、少女の赤い翼のドラゴンポケモンが青いポケモンの攻撃を受け、激しく叩き出される。
目の前を通過して行く自分のポケモンを赤い瞳で見ると、少女は何事もなかったかのようにハーモニカを吹き続けた。
横からの強風にあおられながら、赤い翼のポケモンは青いポケモンへと鋭い牙を向け向かっていく。
頭から突進し、相手のポケモンの白い首筋に爪を突き立てると、何か別の力が加わったかのように横へと弾き飛ばされた。
マリはルビーと名乗った少女のポケモンが弾かれた反対側へと視線を動かすが、怪しい物は何一つとして見つからない。
攻撃を受けた青いポケモンが反撃したとも思えなかった。 それほどまでに強い力だったからだ。
「マリさん、警察に連絡した方が・・・!?」
「必要ないわ、これだけ大騒ぎしていれば連絡しなくても警察は来るもの!
それよりも私たちはこの戦いを出来るだけ正確にはっきりと記録に残すのよ、もしかしたら報道歴に名を残すくらいの大スクープかもしれないわよ!?」
興奮した口調でマリは叫ぶ。
一言も喋らずに淡々とハーモニカを吹き続けるルビーとは対照的に、マリはマイクを握り締め興奮した声でこの街中のバトルのレポートを開始する。
危険をかえりみず近寄ってくる野次馬も気にしていないらしく、
ルビーはただ坂の下のコンテスト会場の様子と、向かってくる2匹のポケモンだけに集中して鉄の箱から音を奏で続けた。
ひっきりなしに流れ続ける音を気に止める人間は誰もおらず、どうしてルビーがポケモンに指示を出しているのか不思議がる。
ヒワマキのジム戦でナギがサファイアへ言ったように、注意して音を聞いていれば気付く事も出来たかもしれないのに。
『リョウコさんのギャーコ、見事に『あまごい』から『ハイドロポンプ』、見事なコンボだ!!
対するはルビーさんのワカシャモ、確実に『にどげり』でポイントを稼ぐ!!』
ルビーが身をひねると、すぐ側に転がっていた人の頭ほどの大きさの石が突然動き出して坂下へと転がっていく。
踊るようなステップで体を元の位置へと戻すと、ルビーは一際低い音を出したハーモニカから1度口を離し、小さく息を吸ってから思いきり息を吹き込んだ。
強い音が風に乗り、ミナモデパートの無機質な壁を駆け上がる。
今度は息を吸ってメロディの続きを戦っているポケモンたちへと教えると、ルビーは惜しむかのようにゆっくりとテンポを下げながら、始めの曲を終結させた。
一旦息を整えてコンテスト会場を見てみると、そちらもほとんどが2度目のアピールを終え、小休憩に入っている。
他より少し進行の遅れていた『うつくしさコンテスト』に出場しているミロカロスのフィーネに『みずあそび』の指示を出すと、
ふうっと小さく息を吸い込んでルビーはやっと、青いポケモンへと目を向けた。
「あんたたちがあたいらに勝てるわけがないってんだよ、ラティオス、ラティアス!
同じトレーナーの師事を受けたトレーナーとポケモンじゃ、頭1個分トレーナーの方が上さ!」
巻き添いを食らわないように少し離れた場所に群れを作っている観衆から、疑問の声が上がる。
相手のポケモンは1匹だけだというのに、なぜ少女は2匹分のポケモンの名を呼んだというのか。
上空5メートルほどの場所でピタリと停止した青いポケモンはルビーのことを赤い色をした瞳で見ると、彼女本人へと向かって突っ込んできた。
ルビーは逃げやすいように軽く足を動かすと再びハーモニカをくわえて先ほどとは別の曲を演奏し始める。
一瞬前までルビーの体があった場所に彼女のポケモンが突っ込み、相手の青いポケモンを巻き込んで地面へと転がった。
誰かがデザインしたのか平たい石が敷き詰められた道路が、低い音を上げて陥没する。
『おおっとチルタリスのアール、2度目の『はかいこうせん』を放った!
次の番行動出来なくなるリスクを背負ったこの技を再び使うとは、マスミさんはなかなかのギャンブラーだねぇ。
そして、1次審査をぶっちぎりで突破したミロカロスのフィーネは、トップの座を守るため2回目の『ミラーコート』で自らの身を守る!』
人ごみをかきわけ、野次馬の先頭へと飛び出した男は目を見開かせる。
何か楽器の音が聞こえてきたからてっきりストリートミュージシャンでも来ているのかと思えば、行われているのはポケモンバトル。
しかも片方は見たこともないようなポケモンで、戦っている相手といえばまだ成年もしていないような少女ではないか。
すぐ近くで回っているテレビカメラに気付き、男はモンスターボールを握り締めて走り寄った。
「おい、一体何の騒ぎだ、撮影か?」
キャンキャン騒ぐレポーターの横のカメラマンの肩を掴み、中年の男は尋ねた。
だが、カメラマンの男はバトルの方に集中していて「違いますよ!」とだけ怒鳴り付けると再び自分の仕事へと戻ってしまう。
ドラマの撮影でないとすれば相手がポケモンであろうと人間であろうとバトル以外あり得ないのだが、その激しさは尋常ではない。
1歩間違えればポケモンどころか少女自身大怪我しかねないほどの攻防がデパート前の大通りで繰り広げられているのだから。
数センチと離れていない場所の攻撃をギリギリでかわすいつか見た少女を見て、中年の男は居ても立ってもいられずカメラマンの横をすり抜けて飛び出した。
年季の入ったモンスターボールを構えたとき、『神眼』と呼ばれる赤い瞳の少女と目が合う。
手にしたボールで男が何をしようとしていたのか気付いたルビーは、体を傾けて赤い翼のポケモンに男のすぐ手前を攻撃させる。
「姉ちゃん、1人で戦うつもりか!? 1対2じゃねえか!?」
拒否サインを出したルビーに中年の男は叫ぶ。
ルビーは1度、坂の下のコンテスト会場を横目で見ると気を落ち付かせるように立ち止まってから、男へと向かって、カメラへと向かって笑いかけた。
『暫定(ざんてい)2位だったルビーさんのアクセント、『じゅうでん』でポイントを稼ぎ1位へと踊り出ました。
現在のトップはプラスルのアクセント、2位はレシアーン、3位はケッキン、4位はナンチッチです。』
「・・・1万人じゃ少ねぇや、この笑顔なら10万人だろうが100万人だろうが虜に出来らぁな。」
ひたいに手を当てながら中年の男は苦笑する。
訳も判らないままカメラを回すダイの目の前で、ルビーは戦いながらのハーモニカの演奏を続けて見せた。
2匹分の攻撃を受け続け、既に体にもその赤い翼にも大きな攻撃を受けた自分のポケモンを誘導し、すぐには攻撃を受けない坂の下へと移動させる。
後を追いかけてくる青いポケモンから一旦目をそらし、別の方向にいる『何か』を赤い瞳で見つめると、
ルビーは片手でハーモニカを持ちつつ、左手を高く掲げた。
大きな赤い翼を動かし、体の青い大きなポケモンは1度下った坂を上昇し始める。
死力を振り絞るかのようにぐいぐいとスピードを上げるルビーのポケモン、ボーマンダを青いポケモンは逃がすまいとスピードを上げて追いかける。
『さぁ、いよいよかわいさコンテスト上がりのドンファン、ラルゴの出番だ!
1次審査はケツだったのにも関わらず、なかなか頑張って現在トップに踊り出ている!!
泣いても笑っても最後のアピール、こいつはどんな技で攻めてくるんだ!?』
フォルテは興奮気味に叫ぶマリのすぐ目の前を一気に突っ切ると、突然体の向きを変えて
追ってきた青いポケモンへと向け、力を一杯に込めた『ドラゴンクロー』を放った。
突然放たれた攻撃に青いポケモンは避けることも出来ず、真正面から突っ込んで吹き飛ばされる。
これがポケモンリーグなら大歓声が起こるほど激しく地面へと叩き付けられ、跳ね上がった青いポケモンを見て、
ルビーはハーモニカの演奏を止め、すっと息を吸い込んだ。
「‘スコア’やれ!!」
「・・・『スコア』?」
疑問の声を上げた中年の男はルビーに合わせて視線を上へと持っていくと、
白光りする剣のような細い物体がミナモデパートの屋上から次々と降ってきて、最後には黄色い小さなポケモンまで落ちてきた。
それらは全てルビーの視線の先へと降り注ぎ、地面へと豪快に突き刺さる。
ただ1つ、刺さることのなかった黄色いコダック1匹が、地上30センチほどの場所でゆらゆらと浮いていた。
まるで何事もなかったかのようにぽよぽよと浮いているコダックのスコアへと近づくと、
ルビーは地面に突き刺さったデパート屋上のステージのポールを1本握り、何もないはずの場所を見て笑った。
「姿消せば見つからないとでも思ったのかい? あたいの勝ちだよ、コハク。」
アイスクリームが溶けるかのように、それまで地面に刺さったポールの間からピンク色の体をしたポケモンが姿を現し、
2つの金色の瞳でルビーのことをうらめしそうに見上げた。
ずっと戦っていた青いポケモンによく似ているが、そちらよりも1回り小さく、大人しそうな印象を受ける。
『・・・・・・どうして?』
押さえ付けられたポケモンはテレパシーでルビーだけに話しかける。
4本も降ってきたポールは1つたりとも当たっておらず、単に動きを制約しているに過ぎないが、
この状況では相手に攻撃を与えることも無駄だと判っているらしく、大人しく彼女は地面に伏せっている。
「影だよ、いくら太陽からの光を屈折させてもあんただって結局は生きてるポケモンだ。
内臓や骨までごまかし切れる訳じゃないし、空気になれる訳もないから角度によって微妙なズレが出来る。
気付いてたかい? あんたが動くたび地面に薄い影がゆらゆら動いてたんだよ、あの・・・」
そう言ってルビーはミナモデパートを指差す。 コンテストと同じく見た目を美しくするために張られたガラスが、午後の光を反射して
目を開けているのが少し辛いくらいの光を放っていた。
捕らえられたポケモンは驚いたように金色の目を見開かせる。
「そう、ショーウィンドウの反射光でね。」
気絶している青いポケモンをフォルテに連れて来させると、ルビーはスコアと協力してコハクの周りに刺さったポールを引っこ抜く。
坂の下のコンテスト会場からは歓声とどよめきが上がり、彼女の出番が近い事を知らせている。
好奇心に満ちた赤い瞳ですぐ下の会場を見つめると、ルビーはかなりの人数が集まっている野次馬へと近寄って
Tシャツにメガネ姿の男の肩をポン、と叩いた。
「悪いね、急ぐから後片付けよろしく!」
「え? ちょっと・・・ルビーちゃん!?」
「窓開けといてくれてありがとう、後でポケモンセンターでちゃんと話聞くから!!」
悲鳴に近い疑問声を上げた男を振り切って、ルビーは再びフォルテに乗って飛び上がる。
コダックのスコアを抱えたままほんの10メートルほど離れたコンテスト会場まで一気に飛んで、1ヶ所だけ開いた窓枠に手をかけて中へと飛び込んだ。
壁に足をかけ、旋回して戻ってきたフォルテをボールへと戻すと、会場の中に入った途端またボールを開く。
痛みを覚えてきた手を窓枠から離すと、タイミング良く下を通ったフォルテへと再びまたがり、
ルビーは今まさに表彰式が行われようとしている『かっこよさコンテスト』の会場の真ん中へと着地した。
『かっこよさ』を競っていたはずなのに、緊張の糸が切れたのかぴぃぴぃと鳴きながら駆け寄ってきたワカシャモを軽く叩くと、
驚いたように彼女へと注目する観客にちょこんとおじぎをして、ルビーはマスターランクのリボンを受け取る。
赤いリボンをワカシャモへとつけてやると、周りを囲う観客たちからワッと声が上がった。
大きなヘビのような体で観客を飛び越して青いリボンをつけたフィーネがルビーのもとへとやってきて周りをぐるぐるとはいまわる。
その後を人ごみを縫うようにして追いかけてくる緑のリボンをつけたプラスルのアクセント、
彼女に引かれるようにしておずおずとやってくるのは、ピンクと黄色のリボンの、ゴマゾウからドンファンへと進化したラルゴ。
アクセントを抱きかかえ、心配そうな顔で近寄ってくるラルゴへと向けルビーは手を伸ばす。
目立つ場所のため一応笑ってはいるが、その笑顔が凍っているのはポケモンたちですら判るほど明らか。
自分のポケモンたちが見守る中、震える手を差し伸べるルビーを見上げ、アクセントは少し考えてから彼女の腕を抜け出して肩や首の周りを駆けまわる。
驚いて悲鳴を上げたルビーを見て笑うと、プラスルのアクセントは他のポケモンへときゅぴきゅぴ何かを言って、
彼女を引っ張って会場の外へと飛び出した。
かなり注目を浴びる大通りを走り、自分たちをポケモンセンターに連れていくよう目でせがむ。
「アクセント!? どうしたってんだい、いきなり?」
「きゅぴぃ、ぴきゅきゅ、きゅぴっ!」
長くて大きな耳をパタパタさせながら、軽く首をかしげてルビーのことを指した。
おどおどしているドンファンの鼻を軽く叩いて強気な目で見ると、自分の小さな胸を叩いてウインクしてみせる。
「・・・わぁかった、無理しない。 変な状態のまま能力使われて暴走しても困るってんだろ?
ラルゴ、悪いね。 ・・・思い出にするには、記憶が新し過ぎてさ・・・・・・」
いかつい体に似合わず、ラルゴは太い牙の生えた頭をふるふると横に振った。
灰色の体の真正面にしゃがみ込むと、ルビーは旅の間にすっかり汚れてきたグローブをかざす。
「ここまで近づけるから大丈夫だと思ったんだけどね・・・・・・時間が経てば、あんたのこと抱き締めてやれるのかな・・・?」
「おぅ、ここにいたのか姉ちゃん。」
頭のてっぺんからゴローンのような声が降ってきて、思わずルビーは目を見開かせた。
空をあおぐようにしゃがんだ体勢のまま上を見上げると、いつか見た(先ほども会ったけど)ニューキンセツの中年男が自分のことを覗き込んでいる。
「いつかのおっちゃん? 何やってんだい?」
「そりゃこっちのセリフだぜ、街の真ん中で座り込んで。
実はな、『ブルー』っつぅ髪の長い姉ちゃんにな、お前さんのことを探してくるように頼まれたんだよ。」
「・・・は? イシハラさんじゃなくて?」
「知らねぇな」と言うと、男はルビーを起こして暴れまわって少々乱れた衣服を整えさせた。
ルビーは大型中型小型なんでもござれな手持ちポケモンたちに声をかけ、男の後について移動する。
意外にもなのか案の定なのかは判らなかったが、行き先がポケモンセンターだったので話をつけるのは簡単だ、そう思った。
ガラス張りの扉をくぐると、自分のことを呼び出した彼女はすぐに見つかる。
ポケモンたちに回復してくるようにと指示を出すと、ルビーは中年男を追い越して車椅子に座った銀の瞳の女へと駆け寄った。
1度ブルーのことを見下ろしてから、少しだけロビーの中を見回す。
「『彼』が到着するのはもう少しかかりそうよ。 メディアへの対応に時間がかかっているようですから。」
「あ〜、そっか。 結構派手にやっちゃったかんな・・・
で、あんたは一体あたいに何の用だい?」
礼儀知らずとも受け取れる返答に椅子の上で軽く息をついてから、ブルーは立ちあがれないまでも椅子の上で姿勢を直した。
肩の前へと落ちてきた茶色く長い髪を背中側へと払い、銀色の瞳で真っ直ぐにルビーを見る。
「このような姿で失礼します、改めて自己紹介しますが、私の名前はブルー・ホワイトケープ。
特別警察官、トレーナー・ポリスであり、ポケモン研究者オーキド博士の助手を勤めています。
今日は正式に今ホウエンで起こっていることのお話を聞こうと思い、呼び出させていただきました。」
「・・・無理に敬語つかわなくてもいいよ、こっちの方が年下だしさ。」
中途半端な敬語に拍子抜けしてしまい、ルビーは眉を動かした。
全体的な風体は変わらないが、以前会った時のようなトゲトゲしさが抜けていて、睨み付ける気も失せた。
ブルーはルビーにソファに座るよう勧めると、車椅子を移動させて彼女の正面で止める。
胸の前で軽く手を組み合わせると銀色に光る瞳でルビーを見、ピンク色の唇から言葉をつむぎだした。
「言葉が下手でごめんなさい。 先に今私が知りたいことを言うわね。
ホウエン地方で活動している『マグマ団』と『アクア団』、それと、これはもし知っていたらで構わないのだけれど、
ポケモントレーナーの『ゴールド』と『シルバー』、それに『クリスタル』の目的を知っていたら、教えて欲しいのよ。
ルビー、あなたは何かを知っているんじゃないかしら?」
どっかりと隣に腰を降ろした中年の男を横目で見て、ルビーは口をつむった。
相手のことを信用しかね、ただただ無言で車椅子の彼女を見続けている。
「・・・ポケモンリーグ3位の私では、信じてもらえないかもしれないわね。
数ヶ月前、『えんとつ山』でマグマ団とアクア団が今までに例を見ないほどの抗争を起こしたことは知っているかしら?
その時の現場指揮は私だったのだけれど、事後調査でこの2つの集団が争っていた原因は
全ての願いを叶えると言われるポケモンの眠っている『いんせき』を巡ってのことだということが判明したの。
それと、あなたも途中から見ていたようだけど、『おくりび山』に奉られて(まつられて)いた
『あいいろの宝珠』『べにいろの宝珠』がそれぞれアクア団とマグマ団に奪われたわ。
これらにはそれぞれ、伝説のポケモンの魂が封じられている、そう伝えられているそうよ。
明らかに2つの組織は何か目的を持って行動している、そうでしょう?」
「・・・・・・」
ルビーは返答に詰まる。
言っていることは大方合っているのだが、クリスは目の前の彼女のことを嫌っているようだし、信用出来る材料は少ない。
かといって中年男の言動やらブルー自身の様子を見ている限りは、さほど悪い人間のようにも思えず次の行動へと移れなくなっている。
何より彼女がルビーへと訴えかけてくる声が、痛々しいほど真剣みを帯びているから。
「・・・『マグマ団』の、次の行き先を知っているわ。」
苦しそうにブルーが吐き出した言葉に、ルビーは顔を上げた。
肘かけの上で握られた拳に力を込めると、ブルーは膝から視線を動かさずに口だけを動かす。
「情報で釣るような真似はしたくなかったし、あなたみたいな子はたとえ止めても行ってしまうから本当は教えたくないの。
だけど、私でも遠くない未来に何か起ころうとしているのは判るわ。
それなのに・・・この体じゃ何も出来ない。 私、何も出来ないのよ・・・!」
服の上から腹のあたりを握り締める動作を見て、ルビーは眉を寄せた。
ブルーがそれ以上何も言わなくなったので、少しの間無音とも思える時間が流れる。
何分経ったのか、ポケモンセンターの入り口の戸が開きTシャツにメガネの男が入ってきたとき、ルビーはごく自然な動きで口を動かした。
「『カイオーガ』と『グラードン』、どっちがどっちをかまでは判んないけど、
2つの組織がそれぞれこういう名前のポケモンを目覚めさせようとしてるらしいよ。
よく覚えてないけど、マグマ団の連中は大地がどうのこうのって言ってた気がする。
ゴールドとシルバーはこの2つの集団を止めようとしてて、クリスは・・・多分シルバーのことを探してる。 事件のことはほとんど知らないはずだよ。」
ちょっと驚いたような顔をしてから、ブルーはにっこりと笑った。
「そう、ありがとう。」
立ち上がってポーッと見とれているTシャツメガネに軽くゲンコツを入れると、ルビーはセンターの受け付けへと向かう。
今からではどこへ行くにもしても遅過ぎるので、今日はここで休むのだ。
車椅子を回転させると、ブルーは彼女の後ろ姿へと向けて叫ぶ。
「本当にありがとう、ポケモンリーグ楽しみにしているわ!」
目を大きくして振り向くと、ルビーは無言のままウインクしてジャンケンのチョキの形をした手を軽く振った。
部屋を言い渡されそこへと向かう背中を見て、ブルーは車椅子の背もたれに寄りかかる。
ソファの上でニヤニヤしている中年男へも笑顔を向けると、長い髪を軽く整えてから言った。
「ありがとうございます、初対面でしたのに頼みごとを聞いていただいて。」
「なぁに、気にすんなってことよ! 困った時はお互い様っつうだろ?
それよりもあの姉ちゃん・・・いってぇ何者で?」
「さぁ? 私にもわかりません。 ただ、何か面白いことを起こしてくれそうですよ。」
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