【グラードン・カイオーガ伝説】
はるか昔にホウエン中が水没するほどの洪水が起こったとき、グラードンが現れ大地から水を消し去った。
はるか昔にホウエン中が干からびるほどの干ばつがあり、カイオーガが現れ人々を乾きから救った。
ホウエン地方にはこのような伝説が昔からたくさん残されている。
地方思想的にホウエンの人間が自然を大切にするのは、このような伝説あってのことだろう。
しかし、実際にこのような事件があったのかどうかは現在のところ全く解明されていない。
PAGE89.世界中が味方する
窓が揺れ、風の鳴るような軽い音が響くとルビーは目を覚ました。
昨日結構な無茶をしたので腕の筋肉痛は覚悟していたのだが、
意外にも調子よく、軽く伸びをしたあとは頭も冴え最高のコンディションに仕上がっている。
服を着替えながら何気なく窓の外を見ると、昨日戦ったばかりのラティアスがこちらへと向かって無邪気にも手を振っている。
ガラスの張られた窓を開け放つと、ラティアスのコハクは空中を滑るようにして部屋の中へと入り込んで、人の姿へと変貌した。
「やっほールビー!」
「おはよ。」
耳に開いた穴にピアスを刺しながらルビーは元気少女に朝の挨拶をする。
茶髪に金色の瞳の少女は楽しそうに彼女の周りをクルクル回ると少しひんやりする頬(ほお)をすりつけた。
自分の髪をすいてからウエストポシェットを腰に巻き付けると、ルビーは朝食を取りに部屋を出る。
サファイアとは違い、ルビーのミナモからの出発には結構な人数が駆けつけてくれた。
昨日ポケモンセンターで回復してもらった青いポケモンラティオスの首筋を軽く叩くと、ルビーは車椅子のまま外へと出てきたブルーへと歩み寄る。
「それじゃ、行ってくんよ。」
「お願いするわ。 ポケナビの設定を変えておいたから、『かいていどうくつ』まで迷うことはないわよね?」
「ないない、サファイアじゃあるまいし!」
ケラケラと笑うとルビーは視線を動かし、Tシャツにメガネの男を見る。
「イシハラさん、後のこと頼むよ。」
「まったくもう・・・やっと連絡ついたと思ったら・・・
頼むからあんまり無茶とかしないで、あ、特に顔を傷つけるのは厳禁だしできれば毎朝毎晩ちゃんと薬でうがいして旅の合間にでもスキンケアは欠かさずに変なところに筋肉がつかないように気をつけてかつ腹筋背筋を鍛えるのを忘れちゃダメだしまだ日差しが弱いからって忘れてそうだけどあんまり日焼けするのも困り者だからUVケアもきっちり5時間ごとにやるんだよそれから」
「あ〜はいはい、出来る範囲で気をつけるから!
絶対遅れないようにすっから、準備の方よろしくね!」
軽くつま先で地面を蹴ると、ルビーはラティオスの背中にまたがった。
ふわりと浮き上がると、赤と青の2匹のポケモンは見送りに来た人間たちを1度振り返ってから海へと向かって飛び出した。
昨日ほど激しくスピードを上げてはいないが、風を受けてルビーの髪がパタパタとなびく。
「コハク、昨日ゴールドから何か聞いたかい?」
「ゴールドなにかあったみたい ルビーのこときいてないよ!」
疑問の声を出しながらルビーは首をかしげる。
ある意味フォルテより長い時間一緒にいたラティオスの『メノウ』の背中の上は思っていたよりも快適で、割とピクニック気分でルビーは空の旅を楽しんでいた。
しどろもどろではあるが、高い知能を持つのであろうコハクは人の言葉を話す。
これならば、途中で退屈する心配もなくなるというものだ。
のん気に考えながらラティオスの上で大きく伸びをすると、ルビーは行く先を見て変な顔をする。
「どうしたの?」
コハクが金色の大きな瞳を向けてルビーへと尋ねる。
ひたすら続く水平線に赤い瞳を向けながら、ちょっとだけコハクの方を向いてからルビーは答えた。
「変な音が聞こえた気がしたんだ。 不協和音ってかさ・・・」
「おや、これは奇遇ですねぇ、こんなところでトレーナーさんとお会いするなんて。」
さり気なくやっているつもりなのだろうが、風に負けまいとかなり必死で張り上げられている声を耳にして、ルビーはメノウの背中から下をのぞいた。
エメラルドグリーンと白の柄物のシャツに紫色のパンツという不思議な取り合わせの服装の男が、
足をふらふらさせながらにこやかにルビーへと向かって手を振っている。
空を飛ぶポケモンについて来られるなんてずいぶんと早いトドグラーだななどと思っていたら、
よくよく見たら尻尾の近くで星の形をした紫色のポケモン、スターミーがか・な・り必死で『ハイドロポンプ』を放っている。 そこまでしてついてきたいのか。
「今日はどちらまで? トクサネですか、ルネですか、それとも一足早くサイユウまで?」
ぷいっと横を向くとルビーは先を急ぐ、海の真ん中で休憩するわけにもいかないからだ。
しつこくもついてくる男を睨みつけてやろうかと思ったとき、また先ほどの不協和音のようなものが聞こえてきてルビーは眉を潜める。
ふと背中へと目を向けると、ナンパ男も音の方向を睨んでいる。 どうやらただチャラチャラしているだけの男でもないようだ。
だが、1人で行く(ゴールドやサファイアと会うのは範囲内だが)ことを前提としているので、この場では邪魔でしかない。
腰のポシェットに手を伸ばすと、ルビーは中からアイテムボールを1つ引っ張り出した。
中央のボタンを軽く押すと、手のひらにちょっと余る缶を1つ取り出す。
「どちらに行かれるにしても僕と同じ道筋なんですよ、どうですか、これから一緒に・・・ぎゃっ!?」
顔の真ん中に『むしよけスプレー』を投げつけられると、男は悲鳴を上げてスピードをゆるめた。
ルビーは1度だけ振り向いて、赤い瞳を向けて赤い唇を動かす。
「悪いけどこれから彼氏と待ち合わせなんだ、あんたに構ってる暇なんざないかんね。」
適当に言い訳してルビーはメノウとコハクにスピードを上げさせる。
男が呆然とした顔で追ってこなくなったのは、彼女の赤い瞳に驚いたからだろう。
もはや日常茶飯事なのでルビーも気にしない。 そのまま髪をなびかせると一直線に海に筋を立てて目的地へと向かった。
ポケナビを手に取ると、ルビーは中央の赤いボタンを押して海面を見つめた。
『かいていどうくつ』と書かれたチップの下に、赤色をした、逆さまの三角じるしが点滅している。
目的地の真上、ルビーが海面を見つめると、まるでそこから世界中の波が生み出されているかのように水面に円状の輪が広がっていった。
「ここ、だね。」
「いくの?」
「あぁ、ここまで来たら止まることも引き返すことも出来やしない、そうだろ?」
コハクは少し困ったような顔をすると、ルビーの顔にひたいをくっつけてきた。
くすぐったそうにしてから彼女の耳のうしろをなでてやると、ルビーはメノウの背中から足を放り出す。
「本当はね、今でも少しポケモンのことが怖いんだ。
でもさ、それってみんな同じだろ? 同じ人間でも分かんないことなんていっぱいあるし、ポケモンだって人間のこと怖いはずだしさ。
だけどあたし好きなんだ、歌うのが好きなのと同じくらいポケモンや人間、この世界のことがさ。
だから行ってくんよ、それでちゃんと生きて帰ってくる!」
ラティオスの背中の上から滑り降りると、水面に派手に水しぶきを立ててルビーは海に1度沈む。
それから1度浮かび上がって酸素マスクを口にあてると、モンスターボールを海中に向けて開きながら上空に浮かぶ2匹へと向かって赤い瞳で笑いかけた。
「それじゃ行ってくる、ゴールドによろしく!」
何か言いたそうなコハクに気付かず、ルビーはミロカロスのフィーネにつかまって『ダイビング』で海の中へと沈んでいく。
しばらく海面に浮かんでいた泡が消えてきたころ、コハクとメノウは顔を見合わせた。
困ったような顔をして、コハクは小さな声でつぶやく。 誰かに聞かせる気があったとも思えないが。
「ゴールド・・・・・・した いってるよね?」
沖を進む白波が段々とトクサネへ近づいてくると、ミツルは待ち切れずに外へと走り出した。
息が切れるほど走り、海岸の砂を蹴り飛ばしながら近づくと波の根源は白浜にトドグラーを乗り上げさせ、よろよろっと転びそうになりながら上陸する。
ミツルのことを見ると上陸してきたトレーナーは津波のような勢いで身なりを整え、寒肌の立つような笑顔を浮かべてきた。
「こんにちはお嬢さん、その服装からして旅のトレーナーですか?
よろしければ僕と一緒にポケモンセンターまで・・・」
「いえあのっ、ボク男・・・」
「やぁ、来たんだね、ミクリ。」
かなり言いかけのタイミング悪悪のところで、背中側から男の声がかかる。
振り向くとダイゴとフヨウとグリーン、それとくっついてきたサファイアが首に乗っかった・・・
というか、のしかかったチルタリスのクウに焼きとうもろこしをやっている。
1,1メートル、20キロの物体のせいでサファイアの頭は下がりっぱなしだ、前が見えているのか怪しい。
「彼はミクリ、ルネシティジムのジムリーダーにしてこの辺りの海域の警備を一任されている。
『そらのはしら』へはポケモンリーグの正式許可がないと入島出来ないから、こうして来てもらったんだ。
ミクリ、こちらはトキワシティジムリーダーのグリーン君と、緑眼のポケモントレーナーのミツ・・・」
「ミツヨ君〜っ!! クウはがすの手伝ってぇな、もろこし全部食われてまうぅ!!」
「そう、ミツヨ君。」
「ダイゴさん違・・・っ!!」
含み笑いをもらすグリーンに睨みをきかせ、間違いを訂正しようとミクリへと向き直る。
だが遅かった、目がキラキラしているミクリに思わずひるみ、ミツルは1歩ずつ下がるしかなくなっていた。
男から見ても女から見ても下心見え見えの顔が今は恐ろしくてしょうがない。
「ん〜っ、いい名前じゃないか! 君のような美しい娘(こ)がこのプロジェクトに参加出来るなんて、今日はなんと素晴らしい日なのだろうね?
ジムリーダーという立場上、君と一緒に『そらのはしら』へと行けないのが非常に残念だよ!」
手を握られ顔を近づけられ、ミツルはふっと意識が遠のきかける。 白っぽい塊(かたまり)が頭から抜けたのは気のせいではないだろう。
誰も助けてくれない(むしろ面白がっている)中何とか自力で気を取り直すと、足をふんばってミツルはさらに1歩退いた。
「あの・・・勘違いされてるようですけど、ボクはおと・・・」
「ミツ『ヨ』君〜、ダイゴとやらの話じゃそう急ぐことはねぇみたいだから、もー少しゆっくりしてったっていいんだぜ?」
「グリーンさんっ!? 頼むからちゃかさないで下さいっ!!」
振り向いて見てみればグリーンはこれ以上ないというほど楽しそうにニヤニヤしている。
多分カイナシティやらキナギタウンやらおくりび山やらで散々な目にあった仕返しなのだろう、一応ちょっとは悪いと思っていた分だけ言い返せない。
砂浜のちっちゃなカニで遊んでいるフヨウにも頼れず、サファイアは鳥ポケと格闘中で役に立たなさそうだし。
ミツルは横目でちらりと光の粒をまとっているミクリを見ると、ダッシュでポケモンセンターへと逃げることにした。
さすがに追いかけてくるほど非常識ではないなとミツルは思ったが、やっとこクウの羽根を持ち上げたサファイアが
「『でんこうせっか』や・・・」
とか、つぶやいたことには全く気付かなかった。
ポケモンセンターでそう多くない自分の荷物とモンスターボールをひっつかむと、火事場の馬鹿力でグリーンの荷物まで持って嫌々な顔で戻ってくる。
2日間の特訓の間に『ドゴーム』という青色で大きな口をしたポケモンに進化した元ゴニョニョの『ぺぽ』に心配されながら、
グリーンの荷物を突き出して半分脅す(おどす)ような声でミツルは彼へと叫びかけた。
「早く行きましょう、グリーンさん!!」
「おぃおぃ、そこまで急がなくても時間はたっぷり・・・」
「行きましょう!」
もはや声のトーンが『お願い』ではなくなっている。
やれやれと息をついて肩をすくませると、グリーンは苦笑しながら荷物を受け取った。
「ま、そういうわけだ。 俺たちは『そらのはしら』へ行くから許可証を渡してくんねーか?
・・・・・・『ミツヨ君』に。」
「仕方ないねぇ、本当はもう少し話をしたかったのだけれど。
それじゃあミツヨ君、これが『そらのはしら』へと入島するための許可証だよ。
そうだ! 僕の携帯番号とメールアドレスを書いておくから、何かあったときには・・・」
「いりませんっ!!」
引ったくるようにして許可証を受け取ると、ミツルはグリーンをせかしてトクサネに微塵(みじん)の名残も残さずさっさと海へと繰り出した。
逆にモミアゲが引っ張られるほど名残惜しそうにしているミクリの服のすそを、サファイアがくいくいと引っ張る。
「ワシ、ジム戦やっとるん。 あんたんとこのルネジムで最後なんやけど。」
限りなく無音に近い空間の中、段々とルビーの視界は暗くなっていく。
深くなっていく海の蒼(あお)はどこかサファイアの瞳を彷彿(ほうふつ)とさせた。
特に難しいことは考えずミロカロスのフィーネにつかまりながらゆっくりと下降していくと、
ほどなくして真っ黒な口を大きく開く岩のかたまりのような物が1人と1匹の瞳に映る。
胸の底に熱く冷たいものが流れるのを感じ、酸素ボンベの隙間から小さな泡をポコポコともらすと、ルビーは先の見えない穴の先を指差す。
長い尾をくねらせると大きな水ポケモンは見えない膜(まく)をかいくぐり、暗い洞くつの中へと進んでいった。
心もとない明かりを頼りに思っていた以上に広い岩のトンネルを進むと、段々と薄い明かりが辺りを照らし出し辺りが見えるようになっていった。
潜り始めてからどれほどか、海底トンネルは終着点の印である岩壁をうっすらと映し出す。
あせらず1度その場に留まって、ルビーは自分の真上を見上げる。
明らかに人工的な船のようなものと明かりが見えるが、人が動いているような音は聞こえない。
意を決すと、ルビーはフィーネの腹を軽く蹴ってゆっくりと浮かび上がる。
タマゴの殻(から)を破るように水面の上に顔を出すと、外から見たより広い空洞をぐるっと見渡した。
思った通り人の姿は1つもなく、まるで造船ドッグのような円形の洞くつの中には大きな潜水艦が1隻物言わずにたたずんでいるだけだ。
付近に注意を払いながら横穴の空いている陸地に乗り上げると、ルビーは一旦その場に座り込む。
「そういや、アクア団に潜水艇が奪われたって言ってたっけ・・・」
正確にはその後マグマ団がアクア団からそれを奪っているのだが。 とにかく静かな洞くつにルビーの声はよく響く。
ちょっとした物音で気付かれるのではないかとビクビクしながら立ちあがると、ルビーはミロカロスのフィーネをボールへと戻し、
足元に水たまりを作りつつ、一旦持っていたライトを消して洞くつの横穴へと歩き出した。
細い道の奥へ1歩進もうとしたとき、頬の辺りに冷ややかなものが触れた感触を感じオーバーリアクションなほどに飛びのいて臨戦体勢へと移る。
だが、気のせいだったのか辺りには人はおろかポケモン1匹すら見当たらず、軽くため息をつくとルビーはそのまま歩き出した。
ほどなくして、人の気配を感じてルビーは歩く速度をゆるめた。
アクア団かマグマ団か判らないが、ご丁寧に進んだ道にライトを置いていっているために肉眼でも進む先の道は見える。
一体誰が来ているのかも判らないまま、見つからないよう注意を払って進み、物陰から様子を伺ってみる。
ほぼ予想通りのアクア団の集団を観察していて、ルビーは心臓が止まりかけた。
「なにあれ、何でシルバーがアクア団の中にいんだ!?
潜入捜査とかそういうのなのか・・・?」
口をパクパクさせながらほとんど音のしない叫び声を上げてルビーは岩に背中をつけてしきりに指を動かした。
身を縮めて見つからないようにして背中側にぶら下がっているウエストポシェットをぐるりと反転させると、
ライトをしまって代わりに中にしまってあるモンスターボールを1つ2つと引っ張り出す。
「‘アクセント’‘スコア’出ておいで。」
2つの手にしまわれたボールが軽くルビーの腕を押すと、黄色い体をしたポケモンを1つのボールにつき1匹ずつ呼び出した。
尻が重いのか出てきた途端に後ろに転がったコダックの『スコア』を引き起こすと、ルビーは小さなポケモンたちの前にしゃがみ込む。
「どーする? アクア団に先越されちまってんよ、おまけに向こう側にシルバーがいるとかいうオマケつきだしさ。
サファイアじゃあるまいし、ここまで来ていきなり突っ込んで返り討ちなんざごめんだよ?」
「きゅぴ・・・」
「ぐわ?」
ポケモンたちに意見をあおぐと、かなり悩んだ反応をされる。
膝(ひざ)を抱えて指先で腕をとんとんと叩くと、ルビーは少しだけため息をついた。
考えてみれば旅を始めてからこうやってポケモンに物を聞いたのなんて初めてだったから、向こうも返答に困っているのだ。
ルビーは重ね重ねポケモンとロクに話もしなかったことを後悔し、自己嫌悪してうつむいた。
「・・・も、いいよ。 しばらくここでどーすっか考えっから、一応周り見張っといてくんない?」
視線を地面に落とすと、コダックのスコアはヒレのついた大きな足でぺたぺたと歩いてきてルビーの横にぺたっと座る。
まるで部屋でくつろぐためのクッションのようによりかかられて、ルビーはコダックの方を1度向いてからアクセントの方を見た。
イヤリング型のスピーカーをつけたプラスルの向こうの岩壁に違和感を感じ、顔を上げる。
ゆっくりとルビーが視線を上げていくと、宝石のように光る何かと視線が合った。
ポケモン図鑑のフタを開き、光る物体に向けるとピピッと電子音が鳴って『ダンバル』という文字と写真が現れる。
「・・・・・・・・・見られてる!」
「きゅぴぃっ!!」
とっさに前に出てきたアクセントが岩の間からのぞいているポケモンへと向かって『10まんボルト』を放つ。
こんな暗い洞くつの中で光が放たれて、背中側にいるアクア団に気付かれない訳がない。
帯電して落ちてきたポケモンを見て立ちあがると、ルビーはボケッとしているスコアを抱えて来た道を逆走しだした。
アクセントの鳴き声のせいか『10まんボルト』のせいかルビーの走る音のせいかは判らないが、やはりアクア団の下っ端が2、3人追いかけてくる。
行きは1本道に見えて、逆走してみるといくつにも枝分かれしている。
岩で出来た迷路の細い道へと逃げ込むとルビーは壁についた右手の感触だけを頼りに走った。
進行先が確認され、ライトまでばっちりつけられた本流と違い、こちらには誘導灯1つない。
ほぼ完全な暗闇の中でスピードが出せるわけもなく、自然と引きずるような足取りになる。
コダックのスコアを抱えてきたのは正解だと思った、アクセントなら体の周りを取り囲む静電気でうっすらとだが姿が見える。
怒号のようなアクア団の声は聞こえてくるが、そこそこ遠くなってきてすぐに捕まりそうにはない。
戻るわけにもいかず右手で湿っぽい岩をずるずるこすりながら歩き続けると、ルビーは唐突に下方向にずり落ちて尻もちをついた。
真っ暗でどこまであるのかは判らないが、少なくともルビーの膝(ひざ)よりも深い穴がぽっかりと空いている。
後ろばかり気にしていたせいで気付かなかったが、下の方でかなり激しい流れが渦巻いているようだ、
雷にも近い、腹の底に響いてくるような重低音が穴の底から聞こえてくる。
「‘アクセント’、『じゅうでん』。」
声を潜めてルビーが言うと、アクセントは背筋を伸ばして体の中に溜め込んでいる電気の量を増やす。
アクセントの体の表面に走る静電気の膜が薄く光り、辺りの様子を照らし出す。
ルビーの足元には底も見えないほどの大きな穴、目の前には苔むした薄暗い色の壁が、首を曲げないとてっぺんも見えないほどに高くそそり立っている。
「・・・・・・行き止まり?」
ため息混じりの声でルビーはつぶやく。 戻ったら確実に追ってきたアクア団に捕まってしまうだろうし。
大きなポケモンの咆哮(ほうこう)のような地響きは段々と迫り、いたずらに不安な心をかきたてる。
引き返すことも出来ずひとまずアクセントをボールへと戻して、穴のふちに腰を降ろしたまま考えていると、突然左腕に負荷がかかった。
退屈したスコアが体を動かしたのだ、その弾みにずり落ちて右手をフォローに出す間もなくあっけなくコダックは深い穴に落っこちる。
「‘スコア’ッ!!?」
叫んだ声は洞くつの中に強く反響し、すぐにかき消される。
体から地面が離れるのも気にせず、条件反射のようにルビーは腰掛けていた岩の背中を思いきり強く蹴った。
どこが終点か判らない暗闇のパイプを落下していくと、低い音は一層強くなり不意にひざと頬(ほお)の2ヶ所に冷たい水が跳ねる。
間の抜けたスコアの鳴き声がルビーに追い抜かれ下から上へと上昇していく、何とか掴もう(つかもう)と手を伸ばした時、
冷たく、針のように痛い地面にルビーの足が突き刺さった。 いや、通り抜け頭まで包み込みなお地面は上昇する。
口の中がしょっぱくなってそれが海水だと判るまでほんの少し時間がかかった。
暗闇の中手探りで自分のポケモンを探していると、ルビーの足元に今度はぬるぬるとした感触がまとわりつく。
手ですくい上げてみると、感触からして泥だ、木の葉や枝などが混じっていない分だけかなり重い。
ポケモンか何かだと思ってビクビクしていただけ拍子抜けし、ルビーはもう1度スコアを探そうと足に力を込める。
・・・が、上昇出来ない。 それどころかほとんど足が動かない。 引き抜こうとして手も使ってみるが、片方が1センチ浮き上がれば
もう片方が10センチ沈むような具合だ、これでは全く抜けられない。
あっという間に太ももの辺りまで埋まり、とにかくボンベをつけようとポシェットに手を伸ばした時、ルビーの額にプラスチック板のような硬い物が激突した。
痛みのあまり手で押さえてから何がぶつかったのかと手の感触を頼りに硬い物を調べると、一瞬前にはぐれたスコアのクチバシだ。
何をやっていたんだと怒鳴り付けたくなる衝動をおさえ、ルビーはまたはぐれないように胴体をしっかりと抱きかかえると
口の辺りを軽く叩いて、下の方へと注意を向かせる。
あえてもう1度ボンベを探すことはせず、1回のチャンスに駆けルビーは集中して闘志を燃やす。
光る紅色の瞳を見開き、しっかりとスコアを抱えたままルビーは叫んだ。
「『ハイドロポンプ』!!」
マグネットで閉まるフタのような動きで大きく口を開くと、コダックはまるで大砲のように強力で太い水流をルビーの足元へと向けて発射した。
一瞬反動で腕がちぎれそうになるが、強く力を込め離さないようしっかりと抱きかかえるとルビーの思惑とは逆に足元の泥に大きな穴が空いている。
突然足元から溢れてきた光に見とれる間もなく、ルビーは穴に引っ張られスコアもろとも中へと落ちる。
薄い皮のようなものに打たれると泥の感触がしなくなり、代わりに冷たい風が体へとまとわりついた。
目を開くとルビーは大きなドーム型の空洞のてっぺんにいて、そこから真下へとまっ逆さまに墜落している。
「・・・・・・・・・ウソォッ!!?」
声をひっくり返してルビーは叫ぶ、どう考えても落ちて無事に済む距離じゃない。
上の水から足が抜けて体の真ん中を冷たいものが駆け抜けて行く、ばたつかせた足は空しく空(くう)を切り
フォルテを呼び出そうとした指は滑ってファスナーを引っかくだけにとどまった。
声にならない叫びをあげると、突然ルビーの目の前に緑色の巨大な『×』印が現れる。
その真ん中に1人と1匹でダイブすると、落下する速度が弱まり大きな背中に乗ったままルビーはドームの土の上へと着地した。
爆発するんじゃないかという心臓を押さえながら顔を上げると、ルビーのことを受け止めたポケモンの茶色い首筋を見覚えのある男がなでている。
うまく持ちあがらない体を何とかコントロールして立ち上がって見ていると、緑色のポケモンの主は金色に光る瞳をこちらに向けて
つかみ所のない笑顔を向けた。
「ようこそルビー、『最後の地』へ。」
「・・・ゴールド? 一体どういうことだい、『最後』って・・・」
ゴールドは無言のまま、自分の背後を親指を使って指した。
前に立つ飛行ポケモンを避けて彼の差した方向に視線を向けると、自分の3倍はあろうかという巨大な流線形のすべすべしてそうな岩が無造作に転がっている。
「後ろにもいるよ。」
言われるがままに体を後ろへと向けると、そこにも見上げるほど大きな岩。
こちらはゴールドの後ろにあったものとは違い、ごつごつして何ヶ所かとがっている場所もある。
幾度となく聞いた低い唸り声のような物が聞こえると、複雑な形をした岩からパラパラと土クズが落ちていくのが判った。
「・・・・・・生きてる・・・」
「眠ってるんだ、そっちの怪獣みたいなのが大地の化身『グラードン』、僕の後ろにいるのが『カイオーガ』。
両方とも強過ぎる力を持っていたせいで、はるか昔に封印されたんだ。
ルビーは、似てると思う? 1番はっきり効果が表れるせいで差別の対象になりやすい、僕たちの『紅眼』の能力と。」
「ゴールド?」
金の瞳の青年は少し離れた場所にある自分のリュックまで歩くと、そこに腰を降ろした。
意味がつかめずぽかんとしているルビーを見ると、少し哀しそうな顔をして、また、笑う。
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