【D.D】
『Decomposition Defend TEAM』の略称。
各地で起きている『神隠し現象』と宇宙からやってくるポケモン(?)の対処法を
調査、解明するのが主な目的の、政府公認機関である。
調査内容もメンバー構成も極秘のため、詳しいことはほとんど判っていないが、
一部の噂によれば、かなり幼い子供もメンバーに加わっているとのことで、
本当に組織が機能しているのか心配する声も上がっているらしい。


PAGE90.Omen


高く高く、どこまでも高く、小さな島に立てられた塔が 名の通り空へと向かって真っ直ぐに伸び雲を支えていた。
その『そらのはしら』へとポケモンに結わえ付けられた小さなボートが1艘、白い波を立てて向かっている。
ボートの上には、人間の姿が3人分。
緑色の瞳の細身の少年と、褐色の肌の短髪の女性、それとツンツン頭の背の高い男だ。
短髪の女性が地図に青い瞳をすべらせ、ツンツン頭が操縦をする横で緑の瞳の少年、ミツルはしきりに外を気にしていた。
大人2人は気付いていないようだが、何者かが空を飛ぶポケモンに乗って追いかけてきている。
不審に思って外へと様子を見に出てみると、尾行していた大きなポケモンは急に上へと上昇し、船尾の真上へと飛び上がる。
合わせて視線を上げたミツルはトレーナーの見ている先がジラーチの入っている自分のバッグであることに気がついた。
急降下するポケモンから守るようにバッグへと飛び付き、船のヘリにしがみつく。 狙いを外した飛行ポケモンは船尾を深く沈め、転覆しそうなほど船を激しく揺らした。
ミツルはホルダーからモンスターボールを1つ取り出すと真上へと向かって放り投げる。

「グリーンさん、先に『そらのはしら』へ行ってます!! ‘みむ’!!」
バッグを肩から下げるとミツルは空中で開いたモンスターボールに手を伸ばして足を船の甲板から離す。
反動をつけて船の端を足で蹴ると、みずどりポケモンペリッパーは今にも着水しそうな危なっかしい動きでふらふらとミツルを下げて空を切った。
大きな飛行ポケモンは1度上空を旋回すると再び勢いをつけ、ミツルの持つバッグを狙って追撃を行う。
『あれは砂漠の聖霊(せいれい)、フライゴンです!
 みむ、あなたが敵う(かなう)相手ではありませんよ!』
「わかってらぁよぉ、無事に送り届けてやっからあんま口だしすんじゃねぇぞぉ、ジラーよぉ!」
がくんとバランスを崩して揺れ動いたすぐ横に 何だかよく判らない物体が降って海に水しぶきを立てる。
ペリッパーが前方へと重心をずらすとほんの少しだがスピードが上がり、少しだが『そらのはしら』へと近づいた。



「おぃ、一体何なんだよ!? いきなり・・・・・・おあっ!?」
まだ大きく揺れの残るボートがエンジンをふかし、グリーンはかなり大きくバランスを崩した。
あっという間に遠く離れたせいで豆粒ほどにしか見えないが、ミツルはペリッパー1匹で何者かと交戦しているようだ。
ポケモンの動き、大きさからしてかなりの手練が相手のようだから、出来れば助太刀したいところなのだが、
一緒についてきた女性トレーナー、フヨウがグリーンの意思に反してボートを島へと向けて走らせる。
グリーンの水ポケモンはボートを引かせるために結わえ付けたままだし、自分を運べるほどの飛行ポケモンは連れてきていない。
「何やってんだ!? あのガキ犠牲にでもする気なのかよ!?」
怒鳴り付けるグリーンに片耳をふさぎながらフヨウはさらにアクセルを踏み込む。
人間離れするほどに青く光る瞳を向けると、真珠のように光る唇を急がせながら動かした。
「あの子の相手は『マグマ団』よ、2年くらい前からホウエン全体でちっちゃなイザコザを起こしてたんだけど、最近急に活動が活発化したの。
 リーダーの男はかなりの実力者みたいだけど、他はほとんどその場で集めたようなトレーナーばっかりだし、
 何よりあの子、何か考えがあるみたいだからそっちに賭けましょう!!」
「んな、何の根拠もない話で・・・!」
そう言う間にもボートはスピードを上げて間近へと迫る島へと突っ込む。
衝撃に耐えるように船体にしがみついたグリーンのとび色の瞳にふらふらと飛び回るペリッパーとそれにしがみつく少年の姿が映る。
それだけでも今にも落ちそうで危なっかしく見ていられないのだが、確かに縦横無尽に飛び回っているはずのフライゴンの攻撃をまだ1度も受けていない。

「・・・あーっ! チョコマカチョコマカとっ、‘フラ’ちゃん!!」
大きなポケモン、フライゴンの上に乗るトレーナーはぐるりと指先で海の上に円を描く。
ゴーグルのような水晶体のついた眼で ぐらぐらと揺れる今にも墜落しそうなポケモンをしっかりと見るとフライゴンはトレーナーの指の動きにそって顔を動かした。
小さな牙の見える口からオレンジ色の炎のようなものが円を描きながら吹き出される。
『『りゅうのいぶき』!』
「だから何だぁ、オイラの目ン玉甘く見んなよっ!」
ペリッパーの『みむ』は翼を強く動かすと逃げるどころか炎へと向かって飛び上がった。
体の周りギリギリの円を描く炎の中心へと突っ込み、赤い服のトレーナーの方向へと向かう。
思わぬ行動に思わず身構えたボロボロの髪の女の上へと舞い上がり、落下スピードも加えて『そらのはしら』へと飛ばした。
追おうとするマグマ団の女はポケモンががくんと高度を下げたのに表情を変え、腰のポーチからきのみを取り出しフライゴンの口に放り込む。
『こんらん』させられた緑の体の砂漠の聖霊は1度首を激しく振ると、逃げるミツルたちを睨むように見つめ大きな翼をはためかせた。
ポケモンのスピードはぐんぐんと上がり、ペリッパーへとあっという間に追いすがる。
島へとあと1歩というところでミツルは首根っこを掴まれ、みむから引き離された上で島の上へと降ろされた。


「カバン開けて中のポケモン出してくんない? アンタと話してるほど時間ないんだよねぇ〜」
「・・・・・・??」
ミツルは頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。 緑眼を使って動きまわったせいで意識がもうろうとしていたせいだ。
逃げられないようミツルのエリもとを掴むと、マグマ団の女はミツルの緑色に光る瞳をまじまじと見つめた。
「忘れた? マグマ団のカ〜ナ〜ちゃん。
 感動の再会ぃ? ってやつなんだけどぉ、マジ急いでるからあんたのジラーチ貸してほしいんだけどぉ。」
「・・・どうして、ジラーチのことを・・・・・・?」
「やぁっだ、最初に言い出したのあたしじゃ〜ん! 何でも願いを叶えるポケモン『ジラーチ』ぃ?
 マジ今困っててさ〜・・・ジラーチの能力(ちから)必要なんだよね〜。」
「・・・・・・『マグマ団』のため、ですか?」
「違う。」
目の奥に強い光を感じ、思わずミツルは抵抗の手を止めた。
震えさえ起こる手をモンスターボールへと伸ばそうとするが、何か固い刃(やいば)のようなものに当てられて動けなくなる。
虚勢を張り緑色の瞳で相手のことを睨むと、突然ミツルたちの周りを避けるように雨が降り出した。 不吉にもゴロゴロという低い音色も響き出している。
さっきまで暖かさを感じられるほどに晴れていたというのに。
「時間ないんだよね、本当はこんな恐喝みたいなマネしたくないんだけどさぁ・・・
 もし遅れたら・・・マジ死ぬかもしんないしぃ。」
『・・・ミツル。』
静かな『声』を感じ、震える手でミツルは肩から下げたバッグのファスナーを少しずつ開く。
40センチと少し開いたところでジラーチはバッグの底を軽く蹴り、布のモンスターボールの中から2人の前へと姿を現した。

「・・・いい子だね。 さ、こっちへおいで。」
『出来ません。』
ミツルの腕のすぐ下へと移動すると、ジラーチは体の割には大きな頭を横に振った。
星の形をした頭の先端についた小さな紙のようなものがミツルの体に当たり、パサリと音を立てる。
髪をボロボロになるまで染めたマグマ団は目を少し見開かせると「どうして?」という顔をした。
守るようにミツルにぴったりとついたまま、ジラーチは子供をあやすようなおだやかな声で先を続ける。
『そなたの願いは、わたくしの持つ『願いの力』なのでございましょう。
 けれども今のわたくしには、そなたの願いを叶えるほどの力はそなわっておりませぬ。』
「それって、どういう・・・?」
『わたくしの力の核を成す(なす)ものが、わたくしの中から抜き取られておりますゆえ、願いを叶えられぬのです。
 そなたはわたくしの力を求めて参られたのでしょうが、今のわたくしは空ろな人形同然の存在です。』
髪をボロボロに染めたマグマ団は少しだけ考えるようにすると、ミツルのエリを離しミツルの方を向いたまま2歩ほど下がった。
表情が読めず危険を承知で覗き込もうとしたとき、突如目の前を空気の刃が通り過ぎる。
よく判らない言葉をマグマ団が叫ぶと鼓膜(こまく)の破れそうな雷鳴が鳴り、それに紛れ赤い服を着た人間は逃げ出した。
10秒としないうちに雨は上がり、白黒の4つ足のポケモンを引き連れたグリーンが駆け寄ってくる。

腰が抜けてミツルは雨に濡れた地面の上にへたりと座り込む。
「・・・オィ、生きてるか?」
「一応・・・」
「ったく、何なんだあの色気のないズボン女は・・・こっちは当てる気満々だったっつぅのに『かまいたち』避けやがったぞ。」
「・・・・・・グリーンさん、腕、鈍ってません?」
頭のてっぺんからグーで殴られてミツルはふわふわした髪の生えた頭を抱え込んだ。
あんまり痛くはないが、やっぱり痛い。 心配そうにジラーチが覗き込んでミツルの頭をさする。
視線をちょっとだけ上げるとグリーンでもジラーチでもなく、1メートル少しある白黒の四つ足のポケモン、アブソルと目が合う。
少し見て、121番道路で道案内を頼んだアブソルだということを思い出す。
だが相手が赤い瞳を向け小さく首を横に振るので、ミツルはそれを知らないフリをすることにした。
「そのちっこいのか、カバンの中に隠してたポケモンは。」
「え?」
そろそろと立ち上がりながらミツルは今更気がついたようにジラーチのことを見る。
彼女自身はあまり気にしている様子はないが、上から降ってくるグリーンの視線がきつい。
イタズラが見つかった時のように首をすくめてからミツルは聞こえるか聞こえないかの声量で「はい」とだけ答える。
「そうか、それじゃお前の準備が出来次第、2人で『そらのはしら』にのぼるぞ。
 フヨウは下に残って塔の入り口を見張るらしいからな。」
「あ・・・・・・・・・はい!」
初めて自分に当てられた仕事に実感が沸いてきて、ミツルは心を躍らせ(おどらせ)ながら言葉を返した。
船へと戻るグリーンの背中を追いかけるが、途中ふと足を止めもはや隠すこともなくなったジラーチへと緑色の瞳を向ける。
「あの、ジラーチ。 さっきの願いを叶えるという話って・・・?」
『彼(か)の者が言ったこともわたくしが申したことも、まことのことです。
 ミツルと出会う前、わたくしがまだ御石の中にて眠っていたとき何者かによって力の石が削り取られました。
 御石はこの体を作り出すための核に過ぎぬゆえ、こうして目覚め、ミツルとも出会えた訳ですが。』
「『力の石』・・・ですか?」
『人間の爪よりも小さな赤色(せきしょく)の石です。 2000年前に1度体から抜け落ちたことがあったのですが、
 それがあまりに美しく輝いておりましたので、わたくしは『宝玉(ほうぎょく)』と呼んでおりました。』







大きなホエルコ名前は『ダイダイ』、ゆらりゆらりと海を越える。
小さな男の子が乗ったそんなポケモンを背に、道案内の帽子を被った細い男は隠しもせず盛大にため息をついた。
「はぁ〜、どうして僕はこんなに美しい日に美しくもない男なんかと海を渡っているんだ・・・
 本当なら今ごろは光のようなお嬢さんたちに囲まれて海の上でデートを楽しんでいるはずだったのに・・・」
「ま、ドンマイや、ジムリーダーはん。 ルビーとかはおらへんけど、ぷりちーぼーいのサファイアシングルで我慢したってや〜。」
「僕は男と付き合う趣味はないんだよ・・・」
しとしと雨が降ってきそうなほど落ち込んでいるルネシティジムリーダー、ミクリを見ながら、サファイアはホエルコの大きな背中の上で寝転んだ。
ぽかぽかと照りつけてくる太陽に少しうとうととしていると、不意に普通の波とは違う大きな揺れを感じサファイアは起き上がる。

「何じゃ?」
「・・・もうこの海の警備を任されてからずいぶん経つが、こんな波は初めてだな。
 津波とも違う、風波とも違う・・・まるで波紋のような・・・」
低い唸り声のようなものが聞こえたような気がして、サファイアは思わず身震いした。
ダイダイの背中から身を乗り出して、青い瞳で海の底を覗き込む。
青い海は深すぎて底が見えないほどだというのに、その1番奥深くに何かポケモンがいる。 そう確信してサファイアはつばきを飲み込んだ。
のろのろと進むポケモンを引っ張るようにしてミクリはさほど気にしていない様子で海を進む。
振り返り振り返り海を進むサファイアを引き連れ、2人は海に突然現れた白い岩の前で停止した。
「ようこそルネシティへ、美しい島だろう?」
「『シティ』? ジムリーダーはん、これのどこが街なんや?」
巨大な岩の固まりを見上げサファイアは指を差しながら質問する。
「よく聞いてくれたね、トクサネのジムリーダー(お子様)たちには勝ったようだから、『ダイビング』は使えるね?
 今から潜るから準備してくれたまえ。」
首を傾げながらもサファイアは新しく買った酸素ボンベを装着し、ミクリの次の指示を待つ。
ミクリは何だかムダに装飾のたくさんついた小型酸素マスクをつけると、サファイアへと振り返って『もぐるよ』、と簡単に合図した。
水色の流線形をしたトドグラーが小さなしぶきを立てて海面下へと沈むと、サファイアもそれを追って海の中へと潜る。
至極ゆっくりと円を描くように潜り、岩の真ん中に大きく空いた空洞をミクリは指差す。
景色を楽しむようサファイアに勧め1時間くらいかかりそうな遅さでトドグラーは空洞の中へと入っていった。
空洞の奥でまたゆっくりと上昇するミクリを追い掛けると、サファイアの顔が突然空気にさらされる。
見渡してみれば、そこは小さいながらも設備の整った真っ白な岩に囲まれた街。
「ようこそ、ルネシティへ。」

海から上がり、ミクリはサファイアを大きな建物へと案内しながら街の様子を見渡す。
「あの入口はね、月に1度、最も潮が引く日にだけ海の上へと顔を出すんだよ。
 でも岩の上から出入りは出来るし緊急時にはヘリを使える、だけどルネの住人はこの街が好きだから大体この街にいるのさ。」
ずいぶんと慣れた様子で街のことを説明すると、ミクリはサファイアが見た中で1番巨大なジムの扉を開く。
青い空を見上げ大きな扉の向こうへと足を進めると、女の人がやってきてミクリとサファイアにやわらかいタオルを1枚ずつ渡した。
「おかえりなさいませ、ミクリ様。」
「あぁ、ただいま。 すぐにジムバトルをするから、回復システムの起動とフィールドの準備をしておいてくれないかい?
 サファイア君だったね、回復が終わったらバトルを始めるけど、構わないね?」
「たりまえや! 今すぐでも構へんくらいやで!!」
意気込んで鼻を鳴らすとサファイアは2人に増えて戻ってきた女の人のボールトレイの上に手持ちのポケモンを6匹乗せる。
ポケモンバトルに関係なさそうな施設も時折覗く廊下を進む途中、ふとサファイアは振り返って鼻の先をひくひくと動かした。
ミクリが先に行くのに気付かず、窓際へと寄り決して広くない空を見上げる。
「・・・ルビー?」
「どうしたのさ、バトルせずに逃げ帰る気かい?」
「んなわけあるかいっ、開いた口プサン港にしたるから覚悟しときいや!!」


「来る途中でも説明したけど勝負は5対5のシングルバトル、先に全滅した方の負けだよ。
 君は確かにここに来るまでにバッジを7つ手に入れたようだから、この僕からバッジを奪えれば自動的に今年のポケモンリーグ出場が決まる。
 だけど今年のポケモンリーグの開催まであと2週間を切っているから、これが最初で最後のチャンスだと思ってくれていいと思うよ。」
「わかっとる。」
回復が終わって帰ってきたポケモンたちを1匹ずつボールの上から確かめてホルダーへと戻した。
細く息を吐き出して精神を落ち付けるとモンスターボールを持つ右手に力を込め、立ち位置へと歩く。
離れ小島という条件のせいか、照明器具などの電機は少なく開始合図のランプもつかない。
代わりにミクリがゆっくりと低く構えるのがサファイアのバトル開始の合図となった。
「ラブカス、行きなさい!」
「出番や‘ラン’!!」
大きく振りかぶってボールをとにかく遠くへと飛ばすと、
2つに割れたモンスターボールから黒い尻尾が伸び、地面を叩いたかと思うと青いぬいぐるみのような本体を見せる。
ニコニコ笑顔のソーナノはミクリの繰り出したピンクのハートのようなポケモンを見るとちょっと驚いたような顔をして「なぁ!」と鳴いた。
一呼吸置いてキザっぽく髪をかきあげるとミクリは自らのポケモンと目で合図をかわし、軽く首を動かして合図した。
「ラブカス、『みずのはどう』。」
「『ミラーコート』や‘ラン’!」
きれいな円状に発射された水をランは6角の半透明な壁を使って受け止める。
優雅な見た目とは裏腹に大砲のような威力の水に押されながらも ランは耐えて耐えて耐え切った攻撃を相手へと向かって反射した。
今度こそ大砲並みの威力の鉄砲水がピンク色のポケモンを直撃し、吹き飛ばす。
倒れはしなかったようだが開始数十秒で両方とも『ひんし』寸前というバトルにサファイアは生唾を飲み込んだ。
ほとんど息つく暇も与えずラブカスは再びハート型の体をくねらせフィールドの周りを囲う水槽から小さなソーナノへと飛びかかる。
「『てんしのキッス』。」
「‘ラン’後ろに転がるんや!! これ食ろたらアカン!」
サファイアに言われた通りランは足を前へと蹴って後ろ方向へと転がり倒れる。
だが頭が大きい、重いこともありそのまま起き上がることが出来ずにばたばたしているところにラブカスの『とっしん』もどきがやってきた。
黒い尻尾の真上に乗られ、ランは『ピーッ!』と大声で叫び、怒ったように今押さえ込まれた尻尾でラブカスを追い返す。
ミクリはその様子を見てぴしゃりとひたいに手をやると ここぞとばかりに大笑いして見せた。
「美しくない、全くもって美しくない戦いじゃないか。
 僕の戦いは水のイリュージョン・・・そう、幻(まぼろし)とも呼べる優雅かつ華麗なものでなくてはいけないんだよ。
 このように泥臭い、汗にまみれた戦いなんてお呼びじゃない、判るかいトレーナー君?」

サファイアの手に力が入ったタイミングをしっかりと見てミクリはラブカスに『みずのはどう』を打たせる。
フィールド上でじたばたしているランはその1撃でサファイアの足元まで弾き飛ばされ、カクンと体の力が抜け気絶した。
小さな体をサファイアは抱き上げ、相手のトレーナーを睨み付ける。 ふぅっと細く息を吐き出すとミクリの足元で水しぶきが跳ねた。
集められた視線の先には、ピンク色のハート型のポケモンが横になってピクピクと痙攣(けいれん)している。
「『ひんし』にさした相手も『ひんし』にさす技、『みちづれ』や。
 ジムリーダーはんには悪いんやけど、泥臭いのがワシの戦法(スタイル)やから変えられへんねん。
 何言われようとこれで行こ決めたんや、このやり方であんたからバッジ奪ったる!」
ふっと笑うとミクリは次のポケモンを選び出し、ふと窓の向こうへと目をやった。
相変わらずの快晴なのだが、風はうねり始めている。
大きな岩に囲まれた街ルネシティ、どれだけ大きな嵐が来ようと守ってくれる街の守り神、白い岩。
だがその白い岩に阻まれているせいで、ミクリは気付くことが出来なかった。
徐々に・・・そう、徐々にだが、海の波が荒れ始めていることに。
それがルネシティから10数キロと離れていない、『かいていどうくつ』から発せられているものだということにも。


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