【ポケモンリーグ特別枠】
ポケモンリーグ出場の特別制度として、『特別枠』というものがある。
警察、研究者等のリーグ直属機関に多大なる貢献をした人物で、
バッジを8つ集めておらず、なおかつ本人が希望した場合
その年のポケモンリーグの予選に無条件で出場出来るというものだ。
推薦権は警察の警視正以上、TP、研究所所長が持っているのだが、
判定が厳しく、現在までに特別枠を使ってポケモンリーグに出場出来た人物は1人しかいない。


PAGE91.戦いの始まり


「おやつにでもしようか?
 どうせこの場所から動く気はないんだし、体休めないとね。」
ゴールドはそう言うと荷物の中からビニールに包まれた袋とランチタイム用のマットを引っ張り出し、海底ドームの真ん中に広げ出した。
ボトルから2つのコップに茶を注ぐと先ほど敷いたマットの上にチョコレートやキャンディたちと一緒に並べる。
宿命の相手と向かい合ったまま動かないグラードンに見入っているルビーを半分引っ張るように連れてくると、
ゴールドは子供にとっては魅力的な この高さのないテーブルの特等席へと彼女を座らせた。
「さぁ、お召し上がり下さいお姫様。 目の前にあるのはあなたを甘美な眠りに誘う毒リンゴでございます。」
「・・・ゴールドあんた、あたいがここに来なきゃよかったって思ってんだろ。」
「まあね、1人の男としてもサファイアの友達としても、ルビー(女の子)は極力危険から避けたいと思うからね。」
ルビーの対面へと座るとゴールドは無造作にコップに手を伸ばし、茶を1口飲んでからチョコレートの包みをつまみ上げた。


「不思議な場所だよね、ここ。 『かいていどうくつ』の最深層なんだけど、
 藻(も)とか、海草とか、死んじゃった小さな生き物の死骸(しがい)とかが複雑な海流で絡み合って作られてるみたいなんだ。
 その中に発光する生物が混じってるから、こんな海の底なのに明かりがある。 ちょっとした拍子で海草のドームが破られてもすぐに再生するし。」
チョコレートの包みを手に取り、茶色い四角を口の中に滑り込ませると甘くて苦くてチョコレートの味がした。
ドーム型の天井を生き物のようにうねる青い光を瞳に映すと、ゴールドは再びコップに口をつけてから話し始める。
「この洞くつはもう見つかってしまったから、『グラードン』と『カイオーガ』を目覚めさせるためにいずれ2つの組織はやってくる。
 先手を打つと逆にこの場所が見つかるだろうから、ここで待って、迎え撃つことにしたんだ。
 シルバーがアクア団に捕まってるからうまくスキを見て助け出せば絶対力になってくれる、そうなれば後はルビーを守るだけだしね。」
「いらないよ、いつまでも弱いまんまだと思ってたら大間違いだよ?」
「そーいうことじゃないんだな。」
「じゃ、どういう?」
ルビーは不機嫌そうに尋ねると注がれた茶を1口飲んだ。
「そもそも何でサファイアが頑張ってるのか判る?」
考え込んでからルビーは首を横に振る。 「ヒーローになりたいから」とか言っても笑われそうだし。
穏やかな金色の瞳で笑うとゴールドはルビーに菓子を勧め自らも1つ口に含んだ。
「ルビーのことが好きだからだよ。 1番守りたい人がそばにいるから空回ってもこけてもサファイアは立ち上がるんだ。
 危険な目に遭わせたくないから、ケガしてほしくないから、いつでも笑っていてほしいから、
 危ない場所から遠ざけて、出来るだけ一緒にいて、ルビーのことを守ろうとしてたんだよ。 多分、だけどね。」
「嬉しくない。」
「解ってる。 だけど、後少しの辛抱だから・・・我慢していてね。」
ちょこちょこと走り寄ってきたライチュウに菓子を選んで与えると、ゴールドはオレンジ色の頭をなでる。
ポシェットから銀色のハーモニカを引っ張り出して水を切るルビーはふと何かに気付いたように青く光る天井を見上げた。
今までに聞いたこともないような音が下から上へと競りあがっていく。
「・・・何?」
「耳がいいんだね、これは『警報』だよ。 ここへ来るための唯一の道を人やポケモンが走り抜けると、空気がこすれてここに音が届くんだ。」
「え・・・」
自分のコップに注がれた飲み物を飲み干して、ルビーは小さな声を上げた。
落ち付かせるようにゆっくりとうなずくと、ゴールドはモンスターボールを手に取り青い天井を金色の瞳で睨む。

「・・・・・・来るよ。」





壁へと溶け込むように回り込んだ黒いポケモンの動きをグリーンはすばやく目で追った。
リズムを取るため1度大きく手を叩くと 自分のポケモンへと合図し逃げたポケモンの先を右の人差し指で差す。
「ペッパー、『だましうち』!!」
指令を受けたアブソルは床を蹴ると黒いポケモンの前へと回り込んで鋭い爪でなぎ倒した。
完全に気絶したのを確認してからグリーンは連れの少年の姿を探す。
どのような生態環境を持っていたのかは知らないが、異様なまでに殺気立ち狂暴なこの塔の野生ポケモンたちに食べられていたのでは、シャレにならない。

「‘ろわ’『あやしいひかり』です!!」
あぁ、いたいた。 グリーンは声でミツルの無事を確認する。
本来自分の専売特許であるはずの『こんらん』技を当てられたこうもりポケモン、ゴルバットが右も左も判らないまま壁にぶつかると、
緑の瞳の少年はこちらへと向かって結構なスピードで走り寄ってきた。
可愛いとこあるじゃないかとか思っていたら、ミツルはわき目もふらずグリーンの持っていた地図を取って眺める。
「やっぱり・・・あと3つも階段昇らなきゃならないんですね。 もう少し技の数を調整しないと頂上に上る前に力尽きて・・・
 ・・・グリーンさん、どうかしたんですか?」
「可愛くねぇっ・・・!」
首をかしげるとミツルは地図を返して壁に寄りかかった。
この短い期間の中で得た回復手段だ、バッグの重心も壁に預けてしまえばずいぶんと楽になる。
「疲れたなら休んでもいいんだぞ、お前が倒れたら俺の苦労2倍になるんだからな。」
「いえ、まだ行けます! 他の人たちが頑張ってるのにボクだけ休んでいられませんよ!」
「・・・なら、いいんだけどよ。 それにしてもお前・・・」
グリーンは口を動かしながら今来た道を振り返る。
気分悪そうに今までに飲み込んだ霊魂をゲーゲーやってるジュペッタ、手足がしびれ背中がかけないネンドール、
鋼の口を火傷(やけど)して走り回るクチートに昼間から眠りこけてるサマヨール。
「・・・よくここまで、相手倒さずに状態異常にばっかり出来るよな。
 何か かえって可哀想だとか思わねぇ?」


「強い攻撃を与えられるほど育てる時間ありませんでしたから。 これが今のボクの戦闘(スタイル)なんですよ。」
「つくっづく、嫌なガキだな・・・」
イヤミもさして気にする様子もなく、ミツルはバッグの上で座るジラーチに指を差し出す。
細い指を遊ばれるくすぐったい感触を楽しんでいると、グリーンはため息1つついて先へ進み出した。
ゆっくりと歩き出してからミツルはグリーンの後を追いかけて走り出す。
階段を昇る足音が嫌に響き、身を貫くような寒気がミツルを襲った。
ジラーチに疑問の声を出されたが軽くなだめるとミツルは高く長くどこまでも続きそうな階段を昇り続ける。
こんな階段があと3つも続くことを想像すると、正直逃げ出したい衝動にも駆られてくるのだが。

「歩けるか?」
「・・・・・・きつく・・・なってきました・・・」
「見ろ、自分の体力を考えないからだ。」
息を切らしてミツルは階段に座り込む。
呆れた様子で階段を1段2段と降りてくるとグリーンはミツルの側へと座り自らも休憩の準備を始めた。
「グリーンさん・・・来ると思いますか? レックウザ・・・」
壁に寄りかかりながらミツルは横目でグリーンを見る。
「来るだろ、あのジョウト1のトラブルメイカーとクソ生意気な赤毛弟、おまけに単細胞が絡んでるとなりゃ何かない方がおかしいっての。
 これで上まで行って何もなかったら俺がキレる。」
クスクスと笑いながら話を聞くミツルにグリーンは冷たくした飲み物を渡した。
ストローから伝わってくる冷たい感覚に頬(ほお)を緩めると、次第に上がっていた息も落ち付いて足も気持ち楽になってくる。
1時しのぎにしか過ぎないとは分かっていてもほっとしたし、一旦全身の力を抜いてリラックスする。
20分ほど休憩を取ると2人は立ち上がって、再び気の遠くなるような階段を上り出した。



散々他の階で野生ポケモンに苦しめられたものだが、最終階になると途端にポケモンはいなくなった。
今までが何だったのかというほどの静けさにシンプル過ぎるほどの何もない部屋。
丸い部屋の真ん中はドーナッツ状に空いていて、今まで歩いてきた道のりを感じさせるほど、真っ暗に底が見えない。
上を見ても同じドーナッツ。 筒状の壁に沿って螺旋(らせん)の階段が延々と続いている。
「・・・これ、昇るんですか?」
ぐったりと疲れた様子でミツルは声を出した。
さすがのグリーンも気力が果てたようで、ため息をつきながら延々と続く階段を見つめている。
いい加減重くなってきた足取りで階段の始まりへとグリーンが歩き出すと、服のすそをミツルは引っ張った。
嫌そうな顔をして振り向くとミツルは壁を走る階段の上を指差す。
「グリーンさん、この階段途中で切れてます。 上まで行かれそうにないですよ。」
「はぁ?」
「え〜と、27、8周目くらいのところなんですけど・・・かなり大きな切れ目があるんですよ。
 あれ、人の力じゃ越えられないと思うんですけど。」
「にじゅう・・・!? 全然見えねーだろーがよ。」
「見えません?」
「見えねーよ!」
怒鳴り返すとグリーンはボリボリと頭をかきながら薄暗い階段の先を睨む。
ぐきぐきと首を鳴らすと周囲を見回して、1度どこかへと消えてからグリーンは戻ってきた。
その手にはやたらと古びたロープが握られていて、面倒そうに『それ』をミツルへと投げると近寄ってくる。
ロープを結んで輪を作り、ミツルの左足にかけると再びため息混じりに奥へと引っ込んだ。
「お前のちっこいポケモンカバンの中に入れて、そのロープ絶対離さないように握り締めてろ。
 どうやら走らないで済みそうだぞ。」
「はい?」
「油断すんな、ちょっとでもロープ手放したら死ぬぞ。」
スローモーションのようにゆっくりと足を振り上げると、グリーンは床のふちに無造作に置かれていた岩を1つ思いきり蹴り飛ばした。
巨大とも思える大きな黒い岩は最初ゆっくりと、そこからは目で追うのも難しいほどに円形の奈落の底まで落ちていく。
底へつく音も聞こえない岩をミツルがボーッと見ていると、突然何かに足を持ち上げられ、体が上へと浮かび上がる。
見る見るうちに床と体が離れ風が頭の上から降り注ぐ、足をかけたロープが真上からミツルのことを引っ張っているからだ。
「・・・え、えぇっ!?」
「もしロープが切れたらペリッパー出せよ、落ちてる間に走馬灯終わっちまうからなー!」
そういう間にもミツルの体はぐいぐいと引き上げられて上昇する。
螺旋(らせん)の階段は上から下へとどんどん落ちていく、ガタガタと揺れる足が痛むが力を抜くことが出来ない。
パッと視界に明かりが入ってきたかと思うとミツルは嫌な予感を感じ、ロープの輪から足を引き抜く。
痛む手を思い切って離しモンスターボールを空中で投げペリッパーの『みむ』の背に乗った。
ミツルの見ている目の前で輪の作られたロープが滑車の取り付けられた天井へと当たり、そのまま重力の流れに乗って今度は下へと落ちていく。
「・・・グリーンさん、ボクが天井にぶつかったらどうするつもりだったんでしょう?
 ‘みむ’とりあえずそこの階段に着地しましょう。 いつまでもホバリングしている訳にもいかないでしょう。」
ゆっくりと重心をずらすと、上下に揺れていたペリッパーは斜めに空を切って壁際の階段へと飛んでいく。
出口近くの階段に座り込んでグリーンがどうやって追いついてくるのか考えながら待っていると、突然ミツルたちを運んできた滑車が音を立て回り出した。
見ている目の前で古びた感じのするロープが下から上へと飛び上がり、滑車をくぐってまた下へと下がる。
口が開きっぱなしのミツルの前に何てことない様子で現れたのは、先ほどのミツルと同じように輪にしたロープに足をかけて上昇してきたグリーンだった。
先ほどのミツルと同じように天井直前でロープから飛び降り、信じられないことにポケモンの力を使わずに階段まで飛んでくる。
崩れそうな階段の淵に指をかけると 何てことはないという顔をしてグリーンは驚くミツルの前に登ってきた。

「・・・・・・・・・人間ですか?」
「当たり前だ! ったく、何回ムカつかせんだよコイツは!」
「だって、もしタイミング外したらとか離れ過ぎていたらとか目測を誤っていたらとか間違って体を弾いてしまったらとか・・・!」
はぁっとため息をつくとグリーンはひじのホコリを払って たった今出来たばかりの赤いあざをミツルに見せた。
「その気んなりゃ、人間出来ねーことなんてねぇんだよ。
 失敗したらその時はその時、それだけの人生だったってことだろうが。」
「でも、それ酷い打撲・・・!」
「日焼けと擦り傷噛み傷引っかき傷、それに『あざ』はトレーナーの職業病なんだよ。
 お前この仕事が終わったら肉体改造が必要だな、それと1度親元に帰れ、トレーナー名乗ってんならポケモンリーグに出るつもりなんだろうが。」
「あ、はい・・・でもあのっ! 時間はたっぷりあるんですし、心の準備が・・・」
「仕事が終わったら『すぐ』にだ、
 『今年の』ポケモンリーグまでもう2週間もねぇ、もたもたしてたら終わっちまうだろうが。」
「えっ・・・?」
立ち止まったミツルを無視する形でグリーンは歩き続ける。
それを追いかけながらグリーンがたった今言った言葉の意味をミツルは頭の中で整理し始めた。
今年のポケモンリーグの一般参加枠は既に締め切られている、
ミツル自身はバッジを1つも持っていないから、グリーンがもしジムバッジを渡したところでほとんど効果を発揮しない。
となれば、今年度のポケモンリーグにミツルが出場出来る理由は1つだけ。
「『推薦出場』・・・! グリーンさんボクを推薦してくれるんですか!?」
「んな訳あるかっ、過去にそれ使って出た奴は1人しかいねーんだからな。
 よっぽど運と実力がない限り、リーグ推薦もらえる奴なんているわけないだろうが。 無駄口叩いてるヒマがあったら行くぞ!」
「・・・はいっ!」



大きな声で返事をすると、ミツルは光の見える扉の向こうへと足を進めた。
てっぺんから落ち始めた太陽が金色の光となってミツルの眼を刺し、高い塔を金色(こんじき)に染める。
空気が薄く少し息苦しいが、空気は澄み(すみ)空は薄い青に冴え渡る。
ゆっくりゆっくり、足を前へと進めると眼下にはふわふわ柔らかそうな雲が1面に広がっていた。
「少し休むか?」
「いえ、大丈夫です。」
ミツルは軽く首を横に振る。 もし背から翼が生え、ここから飛び立ったならどれだけ気持ちがいいのだろう。
もし足元が崩れ、地面へと体が放り出されたらどれだけ恐ろしいのだろう。
どちらも想像がつかないほど高く、高く、限りなく空に近い場所。
だがミツルが空を見上げても、本当の空はまだまだ遠くにある。 首の痛くなるような体勢のまま、ミツルは軽く身震いした。


「グリーンさん・・・・・・ボクは、怖いです。」
ふっと漏れるようにミツルが言葉を出すと、グリーンは眉を動かして耳の感度を上げる。
「他の『ポケモン図鑑』を持って旅立った人たちは、皆さんどんな危険があってもがむしゃらに向かって行って頑張っています。
 ですけど、ボクはこの計画を成功させる自信がありません。
 第一にこれから呼び出す『レックウザ』というポケモンのことをボクは何も知りません、第二に、ボク自身が実力不足です。」
「だからどうした。」
驚いたような顔をして振り向くミツルのひたいをグリーンは指の先で軽く突いた。
塔の下1面に広がる雲の海を見渡してから、不思議そうに見つめる緑色の瞳を見て口を動かす。
「自分の実力に絶対の自信があって、1度も失敗しないなんてトレーナーはいない。 もしいたらそいつが『失敗作』だ。
 トレーナーとして旅立った以上、絶対に何回かは失敗するし、1回や2回トレーナー生命が危なくなるなんてザラにあることだ。
 大事なのは同じ失敗を繰り返さないこと、失敗に気付かれないくらい堂々として振舞うことだ。
 ビクビクオドオドしたトレーナーがポケモンに信頼されると思うか?」
「・・・思いません。」
肩を落としてミツルは返答した。 ため息をついて1度体から力を抜くと、顔を上げてまっすぐにグリーンと視線を合わせる。
かなり気に障る(さわる)笑い方をするとグリーンは新米トレーナーの肩を叩いた。
1歩ずつミツルから遠ざかると、ゆっくりとうなずいて合図を送る。
床につけられたくぼみを軽くふき、持って来た荷物からミツルの瞳のように緑色に光る物体を置くと、空へと向かって一筋の光が伸びた。
ひゅうと音を立てて、冷たい風が駆け抜ける。


真っ直ぐに伸びた体の真上から、何か大きなものがかすかに気配を感じさせた。
見上げると緑色の巨大な龍(りゅう)のようなポケモンが風の壁を突き破りながらとんでもないスピードでこちらへと向かってくる。
たすきがけにしたバッグのひもを頭の上に通すだけの時間はなく、ミツルは袋を一気に開け肩ひもの両端の留め金を外して腰に結びつけた。
迫り来るポケモンはあっという間にその姿を現し、塔の真横を1度通り抜けてから上昇する。
睨むようにしてグリーンが緑色のポケモンへと向けて構えたとき、背後にいたミツルはぐらりと体勢を崩してその場に倒れ込んだ。
「・・・マズイ、『乗っ取られた』か!?」
振り向くグリーンの顔にさっと青筋が立つ。 背後の巨大な長いポケモンそっちのけでミツルへと駆け寄るが、途中で足を止める。
到着前にミツルが立ちあがったことと、カバンから飛び出して身構えている星型のポケモン、
何より、彼から発せられる強烈な敵意に対して近づくなというトレーナーの勘が働いた。
ゆらりと立ち上がったミツルは 血に飢えた(うえた)肉食動物のような 正常ではない目つきで自分を警戒する2人へと視線を動かす。
「・・・・・・何者だ。」







ゆっくりと息を吐くと、ゴールドは天井の間から覗く足へと指を伸ばす。
大きな緑色の葉を翼にした彼のポケモンは低く構えると力強い背中から生えた翼をふわっと動かした。
「『マジカルリーフ』!!」
力強い声と共にゴールドのポケモン、『トロピウス』は淡く光る緑色の葉を侵入者へと向けて躊躇(ちゅうちょ)なく放った。
天井からやって来た侵入者は攻撃が届くのよりも一瞬早く全身を現すと、炎に包まれながら2人の前へと着地する。
光を失い黒い砂となって落ちるゴールドの攻撃を見ながら、赤い服を身にまとった中年の男はルビーとゴールドのことを見てにやりと笑った。

「・・・マグマ団総帥(リーダー)・・・・・・マツブサ!」
「手厚い歓迎、感謝させていただくよ。 ワカバタウンのゴールド君?」
青い海底ドームへと入り込んだマツブサの横で、赤い亀のようなポケモン『コータス』がずしりと重い音を立てて地面にのめり込んだ。
にやにやと笑みを浮かべる目の前の男を ゴールドは今にも噛み付きかねない勢いで睨み付ける。
「テレビで見るよりは、余裕のない戦い方をするのだな。
 それとも『それ』が君の不敗神話の裏話だったというわけか?」
ナイフのように鋭く光る金色の瞳を細めると、ゴールドは地面を蹴り出してあっという間にマツブサへと接近した。
ベルトに取り付けられたチェーン型のホルダーから取り出したボールを打ち付け、左手を素早く何度も動かす。
「眠っていて下さい。」
左足を上げると灰色の岩ポケモンが腕の間でバチバチと音のなるものを光らせる。
遠くから見ているルビーが一瞬で分かるその技、高威力の電気タイプ技『でんじほう』。
そんな攻撃を人間に直接当てたらどうなるのか想像し、ルビーは背筋に寒気を覚え止めようとボールを片手に走ろうとした。
途端にまた『警報』が鳴り出し、復活した天井に再び穴が開いて水を注ぎ込んだ。
間が悪かったのか何なのか、海水はゴールドの真上へと降り注ぎ打つはずだった『でんじほう』を空気中へと四散させる。
黒いマントをひるがえし自分のすぐ側へと着地した第3の侵入者を見て、ゴールドは驚いたように1歩下がって目を見開いた。
ルビーも何度も続く驚きの連続で、言葉を出すことも出来ない。


「・・・霧崎・・・・・・レイン・・・さん!?」
「ずいぶん酷いことしてくれるじゃないですか、アルムさん。
 あなたが私を掃除道具入れに閉じ込めてくれたおかげで、ずいぶんとここへ来るのに手間取ったんですよ?」
前髪をちょいちょいと手で払うと、レインは頭に手をやって黒い物体を地へと落とした。
信じられないほどの長さの黒髪長髪のカツラは、ぐしゃりと音を立てて彼女の足元へと座り込む。
レインは頬(ほお)に貼りつく本物の黒髪を払いのけると、短い髪を指ですいてから妙に大きくいかつい形の片眼鏡をゆっくりと外した。
「本当は船が出航する前に降りる予定だったのに・・・もし私がケガしたらどうしてくれるつもりだったんですか?」
「・・・ちょっと待って下さい、霧崎さん。 何で・・・どうしてあなたがここに来ているんですか?
 それに、どうやってこの場所を調べたんです、マグマ団でもアクア団でもないでしょうに・・・」
「何言っているんですか、あなたの後ろにいるじゃないですか。 発信機をもった『彼女』が・・・・・・って、あれ?」
突然現れた医療学生はルビーのことを指差したまま首をかしげた。
そのままの顔でルビーへと近寄ってくると、片眼鏡とルビーの顔を交互に覗き込む。
「・・・・・・クリスは?」
「え?」
思考が追いつかず、ルビーはたった一文字だけで聞き返す。
返答する気配がない少女を見下ろすとレインはポケットから携帯電話を取り出して手早くボタンを押した。 途端にルビーのポシェットが震えだし
小さくルビーは身を震わせる。
許可のないままレインはルビーのポシェットを開くと中からピンク色の携帯電話を取り出した。
2つ折りにされたそれを開くと、再びその携帯電話とルビーの顔とを見比べる。
ルビーからしてみれば、『今』はそれどころではないのだが。
迫って来た危険物を避けようと、とにかく体に力を入れてレインのことを突き飛ばす。



「ゴールド、今『警報』鳴った!」
「分かってる! カイオーガの後ろに1ヶ所黒い部分があるから霧崎さんをそこへ! 脱出口なんだ!」
自分とレインとの間に通った『サイケこうせん』の黒い筋に寒気を覚えると、ルビーは立ち上がって今しがた突き飛ばした彼女の手を引く。
右肩に剣山でも押し当てられたような痛みが走るが、構わずにレインを起こすと手を引いて走り出した。
痛む右の腕で モンスターボールを取り出して。
振り向けば我に帰ったマツブサとゴールドとの交戦が再び始まっている、だがそれよりも深刻なのは突然増えた人の気配。
ルビーは今この一時だけ感度の良過ぎる自分の耳を恨んだ。 知らずに戦っている方がどれだけ気楽だったか。
次々とマグマ団、アクア団の着地音が響く。
「・・・! 来やがった!」
光る壁へ出来るだけ近づくと、ルビーはドームの中央へと向き直って後ろ手でモンスターボールを開いた。
ほぼ間髪入れず離した左手をポシェットへと突っ込み別のボールを引っ張り出す。

「‘スコア’『ねんりき』!!」
言いながらルビーはボールを地へと打ち付け、光を放つ天井を指差した。
黄色いポケモンが技を発動し始めたのと同時に足元で開いたスーパーボールから大きな翼が伸び、太い足が地響きが起きるほど強く大地を蹴る。
だぼっとしたズボンが覗いた天井すれすれへと向けてボーマンダのフォルテが勢い良く爪を滑らせた。
飛び降りて来た人間が靴の底で『それ』を受け止めたのと同時にコダックのスコアがエスパーの力をレインの目前で爆発させる。
決して直接的な力ではないのだが、レインは風圧で吹き飛ばされ、真っ暗な出口の闇へと吸い込まれた。
「待ってルビー! クリスは・・・!?」
「来るよ、あんたは外で待ってな!」
礼代わりにスコアの頭を叩くとルビーは降りてきた人間へと向けて走り出す。
「・・・ありがと、アクセサリー作ってくれたの、あんたなんだよね。」
聞こえない声で小さくつぶやくと、ルビーは視線を前へ戻す。
足に力を込めて姿勢を低くするとフォルテの繰り出した攻撃を相手が受け止める鈍い音が彼女の耳に響いた。
黄緑色の翼の間から見える赤い服のマグマ団の顔に、ルビーは赤い色の瞳を細める。

 『それは、いつ?』
 『最初はエントツ山、その後天気研究所、おくりび山もや。』

フライゴンに攻撃を受け止めさせたまま、髪をボロボロになるまで染めたマグマ団はにやりと口で笑った。
確信を持った心でボーマンダのフォルテに 2回、3回と攻撃の指示を出すとフライゴンはそれらを全て受け止める。
7回目の攻撃を受け止め切ると、長髪のマグマ団はルビーのことを指差し返す。
途端、反撃行動に出たフライゴンを受け止め切れず、ルビーはフォルテと共に弾き飛ばされた。
ぶよりとしたドームの壁へと打ち付けられるとルビーはフライゴンのトレーナーを睨み付けた。
強く握り締めたこぶしがキシリと音を立てる。
「・・・絶対化けの皮はがしてやる!」
目を細めてフォルテの首を叩くと、ルビーは立ち上がった。
アクア団、マグマ団の入り混じり始めた海底ドームの隅で、確実に1点を見つめて歩いていく。
痛めた髪を顔にかからないように払う、赤いフードの人間を。


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