【紅眼】
『神の子』の持つ『神眼』のうちの1つ。
能力を発動することによってポケモンを直接使役することが出来、攻撃力も上がる。
これだけを聞くと便利そうに聞こえるが、実際はかなりコントロールが難しく、
ちょっとしたことで暴走してしまうため神眼の中では1番トラブルが発生しやすい。
比較的カッとなりやすい性格の子供に現れる傾向がある。


PAGE92.赤い花



〔僕が引き金を引いたのかもしれない、何もなくても起こったのかもしれない、

 ルビーとサファイアが原因だったのかもしれない、それとも・・・他の誰か?

 今となっては全て推測に過ぎない、全ては過ぎ去った『過去のこと』。

 それとも・・・あがくだけあがいて作り出した『今』が、『未来』?〕



「・・・・・・っせえぇぇぇっ!!」
ゴールドが掛け声と共に突き出した指を振るとトロピウスはその動きに合わせて羽根を動かし風を巻き起こした。
声に振り向いた男、戦おうとモンスターボールを構えた女、次々と吹き飛ばされてぶよぶよとした海底ドームの壁に叩きつけられた。
「‘あろは’後ろだ!」
トレーナーは振り向かずに自分の背中を指差し、反対の手でモンスターボールを投げた。
よく使い込まれて少し薄黒くなったモンスターボールから、大きな尻尾のついた緑色のトカゲのようなポケモンが2本の後ろ足で飛び出し、
今しがた吹き飛ばしたマグマ団とアクア団を前足で捕まえる。
右の手をゴールドが何度も素早く動かすとそのドラゴンにも似たポケモンは捕まえた敵を先ほどルビーがレインを逃がすために使った『脱出口』へと投げ込んだ。
その後ろでは大きな葉の翼のポケモンがまた数人を『かぜおこし』で吹き飛ばしている。


殺気を感じゴールドが横に飛ぶと、それまで彼が居た場所に鋭い牙を突き立てて 丸い模様のついたヘビのようなポケモンが通過して行く。
続けて放たれたマグマ団の攻撃を少し避けるタイミングをずらし同士討ちにさせる。
先ほどのヘビのようなポケモン、しんかいポケモンの『ハンテール』は身をよじらせると大きく回り込みながらゴールドへと段々近づいてきた。
こちらは一筋縄ではいきそうもない。 相手はアクア団総帥(リーダー)、アオギリ。
横目でちらりとマツブサを見る、グラードン、カイオーガの存在には既に気付いているらしい、こちらもどうにかする必要がある。
「てめぇ、どういうつもりだ?」
「帰って欲しいんです、死人が出る前に。」
抑揚を抑えた声でゴールドはアオギリ、それにマツブサに言った。 後ろをトロピウスに守らせ、自身はアオギリを睨む。
一瞬、アオギリが驚くような動作を見せゴールドは気付いた、アクア団は今の今まで『神眼』のことが判らなかったのに違いない。
表情には出さずともゴールドは軽くではあるが、自分を叱った。
「ここまで来て引き下がれるかってんだよ! 何も知らねぇガキがちっぽけな正義感でゴタゴタ言ってんじゃねぇ!!
 てめぇに言ったところで無駄だろうがな、漁場が減って俺たちがどんだけ苦労してんのか判ってんのか!?」
「それについては私も同意見だな。
 年々住宅地が減り、人が住めると言える場所が無くなってきている。
 誰かが何か対策を立てなければ、いずれお前も困る日が来ると思うんだがね、ワカバタウンのゴールド?」
手にしたモンスターボールを握りつぶしそうになるほどにゴールドは強く握る。
何かを言いかけ、ゆっくりと2人の頭領へ向けモンスターボールを突き出した時、ゴールドの真横を何か赤い物が通過した。
攻撃を中止し、驚いたように金色の瞳を向けるとトロピウスの『あろは』の真横で同じくらいの年齢の赤い髪の青年がうめきながら起き上がっている。
「シルバー!」
「・・・痛った・・・・・・ゴールドか、生きててやったぞ。 安心したか?」
地面に打ち付けたらしく腰をさすりながら、シルバーは立ち上がって苦笑する。
「無事? ・・・戦えそう?」
「まぁ、一応な。」
シルバーは手の形を何度か変えながら答える。
少しだけ笑うとゴールドは腕から1度力を抜いて改めてマグマ団とアクア団へと向き直った。
軽く息を吐くと右手を動かしながらゴールドはアオギリ、マツブサの順に視線を送って牽制(けんせい)する。
そして、2人の真ん中に左手を突き出すと人差し指を振りながら口を動かした。
「僕にも・・・僕たちにも引き下がれない理由があるんです。」

「‘きぎ’!」
ゴールドが叫ぶと2本足の緑色のポケモンがゴールドたちの方へと突進し、それとほぼ同時にアオギリとマツブサが攻撃を仕掛けてきた。
アオギリのハンテール目掛けトロピウスの『マジカルリーフ』で迎撃するが、マツブサの繰り出した『コドラ』に間に合っていない。
真横から飛んでくるマツブサの銀色のポケモンを金の瞳で睨むと、ゴールドの背後から青白く光るポケモンが突進しコドラを突き飛ばす。
電撃が弾けて青い流線形の体をさらしたランターンは地面の上で1回転すると、宝石のような瞳で自分の主人、シルバーへと視線を送った。
「さーすがシルバー、頼りになる!」
「おまえほど攻撃一筋になりきれなかっただけだっつーの。」
シルバーが左足を振ると、金属で出来た輪のようなものがカシャンと音を立てて地面を跳ねる。
アクア団サイドにいる金髪の女を横目で見るとシルバーはにやりと笑ってモンスターボールをもう1つ手に取った。
「サンキュー、左足吹き飛ばされたらワカバの秘密基地に行かれなくなるかもってヒヤヒヤしてた。」
「お礼は‘きぎ’に。 それにシルバーが・・・」
談笑すらしていたゴールドたちの表情がふと凍り付く。
何か強い攻撃の前触れのようなものを長年の間につちかわれた勘のようなもので感じ取った。
それが『何』かも判断しえないうちに2人の横を白い弾(たま)が通り過ぎ、壁へとぶつかって弾けていく。
一緒に飛んできた少女をゴールドが受け止め、シルバーが追撃してきた白い弾をランターンの『グロウ』で受け止める。
全てを受け止め切ることが出来ず、1歩だけ後ろへと退いたところで相手のマグマ団の、小さな小さなポケモンの攻撃は止んだ。
「大丈夫、ルビー?」
「・・・つぁ・・・・・・あんにゃろー、本気でやりやがって・・・
 ‘フォルテ’『きあいだめ』『ドラゴンクロー』!!」
「『あられ』、『ウェザーボール』!!」
小さな灰色のポケモンは自分の周りに小さな氷の粒を作り出し、それらを収束(しゅうそく)して向かっていくフォルテへと発射した。
白く光る球体はフォルテの額(ひたい)に当たると一気に顔を凍り付かせ、弾けた氷の粒はルビーたちの元へも降り注いだ。
重い頭をゆらめかせながらまだ立ち上がろうとするボーマンダに ルビーはボールに戻るよう指示を出す。
うなるように歯を噛み締め赤い瞳で睨み付けると、髪をボロボロになるまで染めたマグマ団はうっすらと笑みを浮かべた。



「・・・シルバー、やっぱ、あっちの相手してもらえるかな?」
「え? けど今はルビーが・・・」
「『反則』でしょ、あれは。」
「何が?」
「いいから。」
疑問の表情を浮かべるとシルバーは顔の前にかかってきた赤い髪を払いのけて、赤い装束のマグマ団へと向き直る。
全く動じることなく攻撃する相手を変更したマグマ団にランターンの『グロウ』を構えさせ、シルバーは息を整えた。
「ルビー、君はあっちのマツブサの相手をしてもらえるかな?
 アオギリの方を何とかしたら、僕も加勢するからさ。」
「いらないよ、本当ならあのへなへなだってあたいが倒すはずだったんだかんね?」
笑みを浮かべるとゴールドはトロピウスの『あろは』とノズパスをボールに戻して緑色のトカゲのようなポケモンと共にアオギリへと向けて攻撃の姿勢を見せた。
次から次へと変動する状況に顔をゆがめるアオギリへと向かって、ゴールドはゆっくりと身構え、何かに弾かれたかのように飛び出す。
ほとんど同じタイミングでルビーも腰からモンスターボールを引っ張り出しマツブサへと向けた。
赤い装束の男は嫌な笑いを浮かべるとボールから黒い犬のようなポケモンを召喚する、学名は『グラエナ』。
腕を横に伸ばして軽く振ると、ルビーは流れるような動きで赤いモンスターボールを宙へと放つ。
空中で開いたボールからは黄色い小さな電気ポケモン『プラスル』が飛び出し、足を地面につけないまま小さく体を丸めた。
叩き付けるようにしたグラエナの爪を背中で受け流し、着地するとすぐさま『10まんボルト』を放つ。
攻撃直後のグラエナには避ける手段は残されておらず放たれた攻撃は真正面から4つ足のポケモンへと命中した。

「・・・・・・クク・・・」
「何がおかしい。」
ゆっくりと足を動かしながら、ルビーは足元でグラエナが倒れているのにも関わらず口元に笑みを浮かべるマツブサを睨む。
すっかり伸びているグラエナをボールへと戻すとマツブサは両手を上げてルビーを見た。
強い光を放つ赤い瞳が 一瞬ゆらりと揺れる。
「まったく、素晴らしい攻撃力だ。 マグマ団に加わってくれたなら即、幹部にでも昇進出来るほどだよ。
 しかし、まだまだ『経験』が足りないようだな。」
「負けといて何言ってんだい、次の『10まんボルト』あんたに食らわせるよ?」
「勇ましいお姫様だ、だが後ろの戦いを見れば考えが変わるだろう。
 トレーナーとして見ておいて損はないバトルだ、手は出さずにおいてやるから、観戦してみてはいかがかな?」
眉を潜めてルビーは足元のアクセントに警戒させたまま首を後ろへと向ける。
上級者2人の戦いなので多少のことは予測出来ているつもりだったが、まさかという思いからルビーは我が目を疑った。
海の中だというのに黄色い背の高い草が伸び、ほとんど視界をさえぎってしまっている。
他のマグマ団、アクア団がその草に行動をさえぎられ動けずにいるなか、
呆然と見ているルビーの目の前で炎が横一文字に通り過ぎ、伸びるだけ伸びた草を焼き払った。
尻尾の黒い黄色いポケモンが焦げた草に打ち付けられながら右から左へと通り過ぎていく。
「・・・イエロー!」
遠目にもよく判る赤い髪の男がそれを追いかけるように走り、倒れたポケモン『キリンリキ』をボールへと戻した。
信じられないといった表情で相手のマグマ団を見てから、使い込まれたモンスターボールを引き出して相手へと投げる。
髪をボロボロになるまで染めたマグマ団は横にようがんポケモン『マグカルゴ』をしたがえ、腕を組んでシルバーの出したポケモンを見上げ笑った。
「へぇ〜、もうクロしか残ってないんだ。 タイプも地理もめちゃくちゃ不利なワケだし。
 そんなに大きな飛行ポケモンで、こんなに狭い洞くつの中どうやって戦うわけ〜?」
「・・・・・・・・・・・・『クロ』?」
シルバーは銀色の瞳を見開かせながら、1歩ずつ後ろへと下がる。
勝利を確信しているのか比較的余裕を持った歩調でマグマ団が1歩踏み出しかけたとき、突然赤いポケモンの真ん前に黄色い球が降り注いで破裂する。
それと同時に かろうじて残っていた地面から他の場所にも生えているのと同じ背の高い草が伸び、1人と1匹の視界をさえぎった。

「あれー? そんな所で戦ってたんだ、全ッ然気付かなかった、邪魔したねー。」
アオギリの出したライボルトの『スパーク』を避けながら、ゴールドはいけしゃあしゃあとマグマ団へと笑いかける。
いまだ彼の横で戦っている緑色のトカゲのようなポケモンはいくつかの傷はついているもののその上から『きずぐすり』がぬられ、まだ戦えそうな状態だ。
せわしなく手をグーにしたりチョキにしたり様々な形に動かし続け走り回ると、ゴールドはアオギリからもマグマ団のカナからも同じくらいに離れた場所に陣取った。
「さーて元気パワーは20%シルバーにおすそわけ、エネルギー充填(じゅうてん)完了!
 種別は『ジュカイン』、ニックネームは‘きぎ’! 用意はいいよね?
 ライボルトに『ソーラービーム』!!」
手で鉄砲の形を作り、ゴールドはアオギリのライボルトへと照準を向ける。
ふっと息を吐くと緑色のトカゲのようなポケモンは大きく足を開いて踏みしめ、口から黄緑色に光る光線を発射した。
見事光線はライボルトを突き飛ばし、大量に生えた草をなぎ倒しながらアオギリをも弾く。
ライボルトを倒すには充分な威力だったが壁に届くには至らず、緑色の光が花火のように消えていくのと同時にアオギリは地面の上にあお向けに倒れた。
それを見たゴールドの足から力が抜けその場に崩れ込んだとき、アオギリの太い腕の上に黒色のジャージをはいた足がかかった。
注意して見ていないと気付かないほど鮮やかな手際でマグマ団のカナがアオギリのふところから赤い光を放つ宝石のようなものを抜き出す。
掴みかかられないようすぐに離れると、カナはそれをゴールドに向けるような体勢で、サファイアの瞳のような青い光に見入った。
「これ何か知ってる〜? 『べにいろの宝珠(たま)』ってそこにいるカイオーガの心が閉じ込められてんだってさ〜。
 対になるグラードンの心のは『あいいろの宝珠』っていって・・・」


「・・・・・・・・・卑怯(ひきょう)者ッ!!」
突然声がひっくり返りそうな大声を出したルビーに全員の視線が集まる。
肩を震わせながらカッと見開いた赤い瞳を持つ少女の視線の先で、不敵に笑うマツブサと、その脇でぐったりしているクリスの姿があった。
彼女に目立った外傷はないが、目がうつろでぼんやりしている。
「クリスッ!!」
「クリス!?」
ゴールドとシルバーは同時に叫んで、自分たちのバトルそっちのけで走り寄ろうとした。
だが、彼女の首筋に光の反射を抑えた灰色のナイフがそえられ、足を止める。
マツブサの隣にはバクーダ、『地面』タイプを持つホウエンの『炎』ポケモンの代表格だ。

「言った通り、貴様らには手を出していないだろう?
 暴れられると困るのでな、少々薬で眠ってもらった。 なに、後10分もあれば目を覚ます。」
「人質取らなきゃ戦えないのか!? あたしは逃げも隠れもしない正々堂々勝負しろ!!」
「勘違いしないでもらいたいな。」
まるでルビーの言うことを聞いていないかのような態度を取ると、マツブサは懐(ふところ)から青い珠を取り出す。
サファイアの瞳のように深い青色に光る その球体を全員に見えるように掲げると、マグマ団の首領はクリスを片手で抱えたままゴールドへと視線を移した。
「さぁ、第4回ポケモンリーグ優勝者『ワカバタウンのゴールド』よ、グラードンを目覚めさせるのだ。
 それとも、貴様のちっぽけな正義感とやらでこの少女が傷つくのを黙って見ているのかね?」
眉根を寄せるとゴールドは金色に光る瞳を泳がせて、シルバー、クリスの順に視線を動かした。
そんな場合ではないはずだが、横目で彼の動きを観察してみると唇は震え、今にも泣き出しそうな顔をしている。
考えて考えて頭が痛くなるほど考えて、ルビーはきゅっと音がなりそうなほどにグローブのはまった手を握り締めた。
腹の底に力を込めて、睨みを効かせつつ顔を上げると、誰も歩けるはずのない状況で、靴が砂をするジャリッという音がルビーの耳に届く。
ひとつ、ふたつと無意識のうちに心の中で数を数えながら音の鳴った方にルビーはゆっくりと振り向いた。
芯のしっかりした真っ直ぐな視線が、ルビーを通り越してゴールドの背中を見つめている。
視線の主は1度唾(つばき)を飲み込むと、手の甲で口をぬぐってから声を響かせた。

「止めろ、ゴールド。 これ以上おまえばっか辛い思いすることねーだろ。」
声の主は頭から赤いフードを取り払うと、触るとキシキシいいそうな髪に手をかけ、持ち上げる。
山吹色に染められた髪を投げ捨てた男は、乱暴に顔についた化粧を落とすとマグマ団の服装を1つずつ取り払った。
最後に眼球に張り付いていたコンタクトを外すと、鮮やかな赤色の瞳で青年はゴールドとマツブサのことを見る。
「目の赤い奴だったら誰でもいいんだろ、だったらオレがやる。
 だから、先にクリスを離せ。 こいつらはおまえらごときに傷つけられていい存在じゃねーんだ。」
「・・・レッド・・・・・・」
マグマ団の服の中に隠していた上着を着込みながら、赤い瞳の男は1歩ずつマツブサへと前進していく。
ゴールドとよく似た色彩の赤い上着に、青いジーンズ。 彼が赤い帽子を深く被ると、マツブサに掴まれたままのクリスがわずかに目を瞬いた気がした。
「ゴメンな、マジで。」
マツブサから解放されたクリスをゴールドへ渡すと、レッドは赤い瞳でぐるりと周りを見渡してから、『あいいろの宝珠』を受け取って目をつぶった。
腕を下ろすと、まるでバトルの前のように静かに深く息を吐きモンスターボールの代わりに宝珠を握り締める。
うっすらと目を見開くと石と化したグラードンへと向き直り 宝珠を持った両手を神に祈るようにゆっくりと持ち上げた。
ふーっと小さく息を吐くと、鮮やかな色の瞳は強い光を発しレッドが口を動かすのと同時に青い宝珠が光を放つ。
「目覚めろ‘グラードン’!!」
宝珠は赤い炎のような強い光を放つと大勢の人間が見守る中、高い音を立て砕け散った。
空気がよどみ、地面が低く低く腹の底に響くような音でうなりを上げる。
微動だにしなかった岩の固まりが崩れ始め、はがれ落ちる土の間から溶岩のように赤い体が姿を見せる。
落ちくぼんだ目がかすかな光を放ち、5メートルはあろうかというポケモンは低く吼え(ほえ)洞くつ全体を振動させた。
ビリビリと感じる波動と共に、一気に気温が上昇する。
危険を感じルビーがゴールドへと駆け寄ろうとした瞬間、紅い光が洞くつ全体を包み、ガラスの破裂したような音が耳を突いた。
流線形の大きな岩の上に青色の光が走り、何かの模様を作っていく。
グラードンと対になっていた岩は大きく身じろぐと、目の前をふさぐ赤いポケモンへと向かって大きく吼えた。
先ほどの暑さがどこへ消えたのかというほど洞くつの中は湿りだし、どんどん息苦しくなっていく。
「・・・カイオーガ!? 何で・・・!」
「・・・・・・どうして・・・!?」
モンスターボールを握り締めながらルビーは赤い瞳を見開いた。
いまだ意識のはっきりしないクリスを抱えたまま、ゴールドが金色の瞳を光らせている。
視線の先はしっかりと、カイオーガに固定されたままだ。







「・・・・・・チィッ!!」
緑色のポケモンが放った光線をグリーンは転がるようにして何とかかわした。
『そらのはしら』の壁は砕け、ただの岩と化したそれらは元あった地を求め次々と落下して行く。
今にも落ちそうなガケっぷちギリギリの場所で、まるで人形のように立っているミツルを見るとグリーンは叫んだ。
「おぃ、目を覚ませ! 手前(てめぇ)の体だろ、ポケモンなんかに取られてていいのかよ!?」
「弱者に吠える資格無し・・・」
「バカ言ってんじゃねーよ、レックウザ! お前なんか倒そうと思えばいつでも倒せる!!
 今は交渉の相手だから生かしておいてやってんだよ!!」
何よりも長い体をくねらせながら突っ込んできた空の王をかわし、グリーンは今にもバランスを崩しそうなミツルを助ける為に走った。
後少しで手が届くというところまで来たとき、ミツルはグリーンをはね返して自ら(みずから)地面を蹴った。
声にならない叫びを上げてミツルの靴の跡(あと)が残る地へと走りかけたとき、レックウザの額(ひたい)に乗ってミツルは無事上昇してくる。
数ヶ月前まで入院していたとは思えないほどのバランス感覚で色の白い少年は空の覇者の上に立ち、何百年ぶりかも判らない訪問者を色の無い瞳で見下ろした。

「交渉だと・・・?」
「あぁ、そうだ。 あと1年もしないうちに宇宙から得体の知れないポケモンがやってくる。
 レックウザ、お前は突然やってきた侵入者にこの地を、海を、空を荒らされて、それを黙って見過ごすつもりか?」
5倍はある体格差も気にすることなく、まっすぐに自分のことを見上げてくる男を見てレックウザは頭を動かさず長い緑色の体をくねらせた。
ミツルが投げ捨てたバッグの中から小さなポケモンが出てきて、男と似たような目つきで空のポケモンを睨む。
少し離れたら見えなくなってしまいそうなほど小さなジラーチを見て、ミツルは少し眉を潜めた。
「・・・誰だ、貴様は?」
『たった千の時で忘れましたか? はるか昔この美しき星に迷い込み、あなたに助けられた者ですよ。』
ジラーチは自分のことを指し、はるか上空にも見える場所のミツルへと話し掛ける。
『わたくしはただ迷い込みましたが、聞くところによると、彼(か)の者はまっすぐにこの星へと向かっておるようです。
 この美しき星です、手中に収めようとする者がいようともおかしくはありません。』
少し強く握られたグリーンのこぶしをミツルは瞳に映した。
レックウザは大きな体から低いうなり声を上げ、その場から動かずにグリーンたちの様子を見る。
何かを言おうとしたのかミツルが口を開きかけたとき、突然『そらのはしら』が大きく揺れ動いた。
バランスを保てずその場にうずくまるグリーンを見てレックウザは北の方角へと首を向け雲に阻まれ見えないはずの海面を睨む。
「何だ!?」
「・・・童(わっぱ)が・・・・・・! 目を覚ましたな?
 人間よ、お前の話は非常に興味深い。 だが、今はそれどころではなくなったようだ。
 話の続きは下の問題(こと)を鎮めて(しずめて)からゆっくり聞いてやる、それまで少し待っていろ。」
誇り高い瞳でグリーンを見下ろすとミツルは金の輪の描かれたようなレックウザの額(ひたい)の上にしゃがみ込んだ。
大きな体をくねらせるとレックウザは空気を震わせるような声で吼え、ミツルを額に乗せたまま雲を切り裂いて海へ向かって飛んだ。
空を切る空の覇者の体に描かれた金字が光り、口元に普通では考えられないほどのエネルギーが収束する。
『かいていどうくつ』の真上まで来るとレックウザは自分の真下へと狙いを定め、溜め込んだエネルギーを発射した。





プリムは目覚めたグラードンを見ると服の中からモンスターボールを取り出して足元へと投げた。
体の大きさと同じくらいの大きな牙の生えた巨大な水色のポケモンが現れ、指示をあおごうとアクア団の服を身にまとった女へと視線を向ける。
「・・・why? カゲツ、どうしてカイオーガまで目覚めたデスかー?」
「判らねぇ。 だが・・・・・・・・・・・・最悪だな。」
カゲツは少しずつ巨大なポケモンから離れると、哀しい瞳でカイオーガを見上げるゴールドのことを見やる。
チッと舌打ちすると、懐(ふところ)から何かカードのような物を取り出し書かれた数字を親指で何度か触れた。
黒い円の描かれたカードは音を鳴らし、相手からの応答を待つ。
カードとグラードンとカイオーガ、その3つの事柄だけを気にしていたはずなのだが、カゲツは不意に上を見上げた。
何か『ヤバイ』物が来る、トレーナーの勘がそう告げて。

「・・・・・・危ないッ!!」
ルビーはとっさにゴールドたちへと駆け寄るとミロカロスの入ったボールを真下へと打つ。
『フィーネ』の長い体がクリスを含めた3人をおおった瞬間、真上から目も開けていられないほどの激しい光が降り注ぎ
地面がまるで水面に石を投げたかのように大きく跳ね上がった。
打ち響く音は大きすぎて感じることも出来ず、どんな攻撃を受けているのかすら判断することが出来ない。
他に頼れるものもなく、『ミラーコート』を放つフィーネにしがみつくと、突然横にいる男が動き出し何かを思い切りといっていいほど強く投げた。
「・・・・・・シルバァーッ!!! クリスを頼む!!」
「きゃっ!」という小さな悲鳴が聞こえ、何かを叫んだような声が聞こえ、それきりルビーの耳には何も届かなくなる。
時間の感覚がなくなり、そこからどれほどの時が経ったのか判らないままルビーがそっと目を開けると辺りは真っ暗で低い唸り声以外はほとんど何も聞こえなかった。
手の感触を頼りに、目の前を探ってみると大分ルビーにも慣れてきたミロカロスのフィーネがびくりと動いた。
突然のことにショックを受けているのだろうと思い、ゆっくりとなでて気を落ち付かせながらルビーは辺りを見ようとする。
だが、やはり足元すら見えないほどの暗闇で現在自分がどこにいるのか、誰がどんな状態になっているのかも判断がつかない。
「・・・‘アクセント’? ‘スコア’?」
声を出すと思っていた以上に強く響き、やまびこのようにルビーの元へと帰ってくる。
薄い不安が心にまとわりついたままその場で待機していると、パチパチッと音が響き数メートル先で黄色い光が縦に伸びた。
「‘アクセント’!」
ガンガンとなる耳をおさえ、ルビーは声をあげた。
フィーネの体を軽く叩き、光の柱の上がった場所へとゆっくりと歩く。
その場から動かない方がいいということが判っていたらしく、アクセントは何度も甲高い声を上げてルビーを呼んでいた。
何メートルか歩くとルビーは突然何かぶよっとしたものに足を取られ、あっさりと倒れる。 呆れはするが、懐かしい感触。
「・・・スコア、あんたも無事だったのかい。
 他のみんなは? ゴールドにクリスにシルバー、あとマグマ団やアクア団に・・・それに・・・・・・」
座り込んだルビーの手の上にアクセントの小さな前足が置かれる。
いつになくせかせかと手を引かれカラカラに乾いた地面の上をはうようにして移動すると、突然引かれていた右手が温かいものに触れた。
考えるまでもなくそれは人の肩で、息をするたびに小さく震えている。
マグマ団かアクア団かもしれないとも思ったが、今の状況では敵も味方もないと考え、ルビーは肩を持った手に力を込めて揺さぶってみた。
倒れていた人間は小さくうめくと、固い地面をさするようにしながらゆっくりと起き上がる。


「・・・・・・ここは・・・? うわ、真っ暗だ・・・」
「その声、ミツル!?」
「ルビーさん?」
うずくまった少年は腰のベルトのようなものを探りながら、声を上げた。
そうでもしないとどこまでも聞いてきそうな気がしてミツルはモンスターボールを探しながら、自分の状況を説明する。
「あ、はい、ミツルです。 あの、ボクトレーナーポリスの方にスカウトされて『そらのはしら』というところへ行ってきたんです。
 そこで『レックウザ』という伝説のポケモンと遭遇しまして、あの、話をするつもりだったんですけど逆に緑眼の力で体を乗っ取られてしまいまして・・・
 あ、でもグリーンさんが上手くやってくれていたんですけど、
 突然何か・・・何かじゃないですね、グラードンとカイオーガが目覚めたらしくて、それでレックウザが海へと攻撃した瞬間に振り落とされて・・・
 ・・・あの、『ワカバタウンのゴールド』に助けられなかったら、どうなってたか・・・・・・」
「ゴールドが? 近くにいんのかい?」
「あ、ちょっと待って下さい・・・‘ゆえ’『フラッシュ』です!」
小さな球体が高く投げられると真っ黒なポケモンが飛び出し、宝石のような目から光を発射する。
強い光は洞くつ全体へと行き渡り、かなり細部まで見渡せるようになった。
まるで別世界にトリップしたかのように 海草で出来たドームからごつごつした岩の天井に変わっている上部を見てからルビーは視線を下へ落とす。
探していた青年の1人はミツルのすぐそばで、少し眉を潜めて茶色い水ポケモンを抱いたまま横たわっていた。
顔を覗き込むと、目元には金色の瞳の代わりに長いまつげがあり頼りなげながら大事な5感の1つを守っている。

「・・・ゴールド、ゴールド!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うっ・・・」
ルビーが声をかけながら肩を揺さぶると、ゴールドは顔をしかめてルビーの手を避けた。
目を開けて起き上がると、額(ひたい)に手を当てながらルビーとミツルの顔を横目で見る。
ひざの間にいる茶色いポケモンを指先で確かめると、子供をあやすような手つきでなでながらゴールドは辺りを見渡した。
「あれ・・・? あぁ、そうだ・・・確かシルバーにクリスを渡した後吹き飛ばされないように踏ん張ってたら‘じじ’とミツル君が降ってきて・・・
 その後グラードンが叫び声みたいなのを上げて・・・じゃあまだここは『かいていどうくつ』なのかな・・・?
 ・・・・・・ルビー、ポケナビ開けてもらえるかな。」
赤い瞳を瞬かせると、ルビーは気がついたように腰からポケナビを引っ張り出して『MAP』と書かれた赤いボタンを押した。
液晶画面に表示された海1色の地図の横で、『かいていどうくつ』の文字がしっかりと書かれている。
ポケナビをゴールドへ渡すと、疲れからかルビーはその場にうずくまった。
ついでになってルビーに寄りかかるコダックのスコアが可愛いのかうっとおしいのかの判断もつかない。
「あの、一体何があったんですか?」
ミツルがゴールドの肩や腕を見ながら尋ねる。 ルビーもいくらかは怪我しているが、フィーネに守られたおかげで大事には至っていない。
だが、表面上は無事に見えても先ほど触れたときの彼の痛がり方は普通ではなかった、どこかを痛めたに違いない。
「突然真上から光が降ってきて、僕とルビー以外ほとんどみんな吹き飛ばされたんだ。
 爆発力は強かったけど、威力はほとんどなかったから、シルバーとクリス含めて多分全員生きてると思う。
 その後地面が競り上がって・・・・・・ここに残されたのは僕とルビーと、迷い込んじゃったミツル君と・・・・・・」
低いうなりが聞こえ、ルビーはビクリと体を震わせた。
音の聞こえた方向へと顔を向けると、何もないと思っていた場所に白い筋が入り、金の模様を描く。
起き上がった巨大な赤いポケモンは3人の小さな人間を睨むと、怒りをあらわにして吼えた。
「・・・話を聞いてくれそうにないグラードンだけ。 ルビー・・・これって幸運と取る? 不運と取る?」


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