【蒼眼】
『神の子』の持つ『神眼』のうちの1つ。
ポケモンの目を通して感覚を共有し、他人へ情報を送る能力と、防御力を上げる力を持つ。
お互いの行動に直接的な干渉を出来るわけではないので、神の子の中では最もトラブルが少ない。
確認された神眼の持ち主の中で最も数が多く、
比較的楽天的な性格の人間に現れやすい傾向がある。


PAGE93.ユウキの青色


「‘フラ’‘ジジ’!! 溺れてる奴を助けてこい!!」
水面の上に顔を出したレッドは周りの確認もせずモンスターボールを開いた。
自分が沈まないよう足を動かしてとにかく顔を空気にさらすようにしてから、視界の邪魔をする海水を手の甲で拭う。
波は高く、予想はしていたが大半の人間(主にマグマ団)が波の上で暴れたりもがいていたりする。
事態を飲み込むのには少々の時間がかかった。 息を整えながら辺りを見渡すと
少し離れたところに何故か目覚めたカイオーガ、その向こうには見たこともない緑色の龍のようなポケモンがいる。
理解出来ずにレッドが赤い瞳を見開かせて呆然とその光景を見ていると、突然甲高い女の悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「シルバー離してッ!!」
「ダメだ、今から潜ったらいくらクリスでも体力が持たない!」
白い波しぶきを上げ暴れるクリスにシルバーが組み付き、抑え(おさえ)込んでいる。
2人とも同じくらいの泳力のはずなのにクリスが全く抜け出せていない辺りを見ると、実際かなり体力が落ちているのだろう。
もっともレッド自身も吹き飛ばされたときのショックでとても万全の状態とは言えないが、波をかき分け2人の後輩の元へと向かう。

レッドが近づいてきたことに気付くとクリスは濡れた顔をゆがめて動きを止める。
胸の辺りがしくりと痛むが、今ここで引き下がっても何の解決にもならない。
「大丈夫か、2人とも?」
「・・・レッド・・・・・・ゴールドが、ゴールドが下に取り残されてるの!!
 ゴールド、カイオーガが死んじゃうって言って目覚めさせて、それから・・・あたしに『大丈夫だから』って言って・・・
 ・・・・・・でも、ゴールドの『大丈夫』くらい大丈夫じゃないものないわよ・・・!」
「違う。」
シルバーはクリスにからみつけていた腕から力を抜いて、抱きなおした。
泣いているような(海水につかっているせいで判らないから本当に泣いているのかもしれない)顔を銀色の瞳に映すと、低い落ち着いた口調で言い聞かせる。
「『取り残された』んじゃなく、あいつが自分からその場に留まったんだ。
 『かいていどうくつ』にはまだグラードンが残ってる、ゴールドからしてみればクリスがもう1度あの場所に戻ることの方が問題なんだよ。
 信じられるか? あの光の中であいつ、しっかり両目とも見開いてたんだぞ?
 多分、おまえを確実におれに引き渡すために・・・・・・!」
じっと見ているのも野暮(やぼ)だと思い、レッドは救援を要請するために隠し持っていたカード型の携帯電話のボタンを押し始めた。
銀の瞳に映ったクリスの頬(ほお)に、間違いなく大粒の涙がぽろりと伝う。
うつむくとシルバーの肩に額(ひたい)を乗せて、小さく震え出す。
「嫌だ・・・やっと会えたのに・・・・・・」
「・・・『大丈夫』だ。」
レッドは携帯電話の電源を切ると戻ってきたフライゴンを再びポケモンセンターへと向かわせた。
さらに強くなってきた波に時々顔を打ち付けられるが、何とか水面に顔を出すとクリスへと赤い瞳を向ける。
「ゴールドは海で遭難してもロケット団に捕まってもラジオ塔の5階から落ちても過去だか未来だかにぶっ飛ばされてもケロッとして戻ってきたんだぜ?
 普段へなへなしてっけど、やる時はやる奴だから絶対戻ってくるだろ。
 それに、飛ばされた瞬間見えたんだけどさ、ゴールド以外にも洞くつの中に子供がいたんだ。
 あいつの性格からして見捨てるなんてあり得ねーだろ? 絶対一緒に戻ってくるさ!」





「・・・‘クウ’ッ!!」
『れいとうビーム』を受けて舞い落ちてきたチルタリスをサファイアはダイレクトに受け止めた。
ただの水タイプだとあなどっていたら相手のトドグラーは氷技を使ってきて氷に弱いクウを一撃で仕留めてしまったのだ。
サファイアの残りポケモンは3匹、相手のジムリーダー・ミクリの残りポケモンは今出ているトドグラーを含め2匹なのでまだ充分勝てる見込みはある。
体の冷え切っているクウをモンスターボールの中へと入れると、サファイアはホルダーから別のボールを外して握り締める。
投げようと身構えたとき、ミクリの後ろにある電話がコール音を鳴らした。
手の動きで一旦バトルを停止させるとジムリーダーのミクリは受話器を手に取って耳に当てる。
「はいはい、こちらルネジムですよ?
 あぁ、君か・・・・・・何っ、カイオーガが目覚めた!!?」
「何やて!?」
サファイアは投げようとしていたボールをホルダーへ戻し、窓の外を見た。
上空に姿を現した暗雲が黒く太陽の光をさえぎり、どんどん勢いを増して空を覆い(おおい)尽くしていく。
ガラス窓に大粒の雨の最初の一粒が叩き付けるまで、それほど時間を必要とはしなかった。
「・・・あぁ、あぁ、判った。 その海に投げ出された人間たちを保護すればいいんだね?
 任せてくれたまえ、僕は海のエキスパートだからね。」
ミクリは受話器を戻すとサファイアへと向き直る。

「すまない、この近くで海難事故の救援要請があったんだ。 ジムバトルは中止させてもらうよ。
 僕は現場へ向かって指揮を取らなければならない、特別措置(とくべつそち)を取って
 次のジムバトルに勝てば今年のリーグに有効とさせてもらうから、一旦ポケモンセンターへ戻って待っていてくれないか?」
「海難事故て何や!? 何かえらいことが起こってるんやろが、ワシも何か・・・!」
「トレーナーとはいえ、君は子供だろう。 そんな小さな体で、一体何が出来るというんだい?」
そう言い残すとミクリは手早くポケモンを回復させてジムの外へと出ていった。
ジムの中に1人取り残されたサファイアは、うつむくと自分の手のひらに爪を突き立てる。
落ちてくる雨粒が数を増し、天井を打ち付けて大きな音を鳴らす。
サファイアは投げるつもりだったモンスターボールを足元へ落とし、ラグラージのカナを呼び出した。
正面玄関を開けると、非常にゆっくりとした足取りでカナを引き連れてポケモンセンターへと向かっていく。


「確かにお預かりいたしました。 それでは、回復が終わるまで少々お待ち下さい。」
雨の音で聞こえにくいセンター職員の機械的な声を聞き流すと、サファイアはソファに座り込んで降り続ける雨の音に聞き入った。
カイオーガが目覚めたとなればグラードンも目覚めているのだろうし、そうなればゴールドとシルバーも近くにいると見て間違いない。
クリスはチャンピオンならではの勢いで向かって行ってしまうかもしれないが、ルビーは離れた場所にいるだろう。
そう考えるが、どうしても心の底にくっついている不安がはがれず気分が悪い。
弱気にならないよう何度も自分に言い聞かせ、外の様子を見ようと立ち上がったときポケモンセンターの扉が全開に開け放たれる。
声も上げられぬうちに 大量のマグマ団・アクア団の集団がセンターの中へとなだれ込んできてぐったりと場所を構わず空いたところに座り込んだ。
戦う気力もないらしくごろごろとしている大人たちをかき分けてポケモンを引き取りに行くと、開きっぱなしの扉の向こうからまた人間がやってくる。
特に気にしたわけでもなかったのだが、何気なくサファイアがそちらを向くと思わず息を飲み込んだ。
雨のすだれをかき分けてやって来たシルバーとクリスを見るなり、サファイアはボールを引っつかんだまま転がっている大人を飛び越えて走り寄る。
「・・・シルバーッ、どうしてんねん!? 何でクリスと一緒におるんや!?
 カイオーガが目覚めてもうたんやろが、こんなトコにいてる場合なんか!?」
「手持ちのポケモンがほとんど『ひんし』状態なんだ、回復したらすぐ向かう。」
クリスの手を離すとシルバーはずぶ濡れのまま受付へと向かいモンスターボールを職員へと渡した。
バケツをひっくり返したような雨の降るルネを見るサファイアに、混乱したクリスの視線が突き刺さっている。


「・・・・・・どうしたらいいか判らないの。」
震える声を出すクリスに、サファイアは青色の瞳を向ける。
「伝説のポケモンが2匹も目覚めて、ゴールドが海の中に取り残されてるっていうのに・・・みんなあたしに行っちゃダメって言う。
 昔みたいに無茶出来る自分がいなくて、嫌われたくなくて動けない・・・
 何かしたいって思ってるのに・・・何をすればいいのかも判らないの・・・」
ひざを曲げて伸ばしてを繰り返しながら、サファイアはクリスと目を合わさず外ばかり見ている。
少し後ろを気にしてシルバーが戻ってくる前を見計らうと、サファイアは両手に持ったボールの片方をホルダーへと取り付けた。
荷物を整理していつでも出発できるように準備する。
「みんなが『ダメ』言うんはな、クリスのことが好きやからやで。」
水を少し飲み込むとサファイアはどうどうと流れてくる雨に目を向けて幾分(いくぶん)軽くなった口を動かした。
「好きで好きでしゃあないから、ちょっとしたことでもケガするんやないかとか危ない目に遭うんちゃうやろかって不安になるんや。
 きっとみんなそれを口で言えんだけの何かがあって、判ってても言えひんだけや。 『ダメ』は『ダメ』ちゃうよ。
 ワシかて不安になる時はあるしな! ほな、もう行かな。 呼ばれとるからあんまり待たせられひんねや。」
シルバーがこちらへ向かってきたのを見計らって サファイアは土砂降りの雨の中外へと走り出した。
「ちょっと待って、呼ばれてるって誰に・・・!?」
まるで誰かに誘導されているかのように、迷うことなくサファイアはまっすぐに走る。
それほど大した距離ではないが、小さな海の脇に小さな洞くつを見付けそちらへと向かう、
すると洞くつの入り口で見覚えのある女の人が手を広げ彼のことを制止させた。

顔についた雨粒を払うとサファイアは雨ガッパを来て立ちはだかる女の人に目を向ける。
この雨で少々化粧が落ちてしまってはいるが、ルネジムでミクリとサファイアのポケモンを回復させた女の人だ。
「ダメですよ、この先はルネシティでも一部の人間しか入れない神聖な場所です。」
サファイアの青い瞳がうっすらと光る。 小さく首を横に振ると、サファイアは1歩前へと踏み出した。
止めようと真正面に立ちはだかって両腕を広げた女の人の背後の洞くつから突然サファイアの瞳のような青い光が発せられ、
まるでその光に突き飛ばされたかのように女の人は軽く飛んで倒れ込んだ。
慌てて倒れた女の人を起こすと、サファイアは洞くつから発せられる青い光を睨み付ける。
「まるきり関係ない人に何さらすんじゃ、このドアホッ!!
 これ以上デコピン1個でも当ててみいや! 目ん玉くりぬいて酢漬けにすんど!!」
洞くつの奥へと向かって奇声を上げるとサファイアは青い光へと向かって全速力で駆け出した。
壁にぶつかり、濡れた地面に足を滑らせ、何度も転びながらもひたすら奥へと進む。
細く、暗く、長い洞くつの細い道を走り続けると突然辺りが開け、目を開けていられないくらい強い青い光に包まれる。


光にも慣れてきてうっすらとまぶたを開くと、サファイアの目の前には小さな(といっても5メートルはある)池のようなくぼみが落ち付いていた。
泉の底からは件(くだん)の青い光が放出され、岩壁からはみ出した透明な石がそれを反射している。
足を滑らせないようにゆっくりと泉の淵へと歩いていくと、サファイアはその場に膝を下ろしてこんこんと光を湧かす泉の底を覗き込んだ。
「呼ばれたから来たんやないか、これでもワシ忙しいんやで?」
サファイアが泉の底へと向かって話しかけると、青い光はゆらゆらとゆらめく。
「何変なこと言うてんや、ワシの親父は後にも先にも親父だけやで。 人の子は人の子やろ?」
覗き込んだ青い水を、サファイアは軽く指先でかき混ぜる。
強く、弱く、光を放つ泉へと向かって変な顔をすると、サファイアは首をかしげてまた口を動かした。
「なぁ、ホンマ急がなアカンねん。 必死こいてジョウト弁覚えたんやけどな、ワシはこのホウエン地方んこと好きや。
 ずっとバタバタしとったさかい、ルビーにちゃんとここんとこ見て欲しいねん。
 めっちゃ田舎やけどええトコいっぱいあると思てるで? 壊れる前に、そのこと教えたか・・・」
魚が居るはずもないのに、水面が波打ち、パチャンと音を立てる。

「・・・・・・壊れる?」
サファイアは自問自答するように視線を上に上げた。
水につかりっぱなしの右手を軽く動かせば、冷たい液体は小さな指先からするすると逃げていく。
離さないようにぎゅっと掴んだ手の中からも水は流れ出し、目の前に小さな波紋を作った。
「壊せるわけがなか、死ぬかもしれんて聞いた時に決めたやないか・・・」
右手を強く握り、強く光り出した泉にサファイアはもう2つ3つ円を描く。
足をしっかりと地面につけると、モンスターボールを手に取りサファイアは立ち上がって来た道を逆走し始めた。




  戦え



  守る為に―――





「・・・‘カイオーガ’アァッ!!!」
地面をひたすら叩く雨に吼えるように怒鳴りつけると、サファイアは引きちぎるようにボールを取り足元へと投げ付ける。
チルタリスの爪を肩に食い込ませると、筋の痛む脚を思いきり伸ばしサファイアは雨の降りしきる空へと飛び上がった。
大きな翼をはためかせチルタリスのクウは高く高く空へと飛び上がるが、すぐにバランスが崩れる。
綿のような羽毛が降り注ぐ雨を吸い取ってしまい、飛ぶには重過ぎるのだ。
「‘クウ’ッ、後20センチ雨かくんや! あと・・・!!」
落下しながらも重そうな翼を大きく動かすと、サファイアとクウは心なしか前へと進み、ルネを囲う白い岩の壁へと手が届く。
滑り落ちそうになるのをこらえ、反り立った岩へとしがみつくとサファイアはずるずると体を滑らせながらも何とかよじ登った。
無いに等しいとでも言いたくなるくらい降り注ぐ雨と雲で視界が悪いが、見下ろしてみれば巨大な青いポケモンが海原からサファイアのことを睨みつけている。
大きな波しぶきを上げ海の主が海中へと潜ると、サファイアはクウを背負ったまま岩の上で唾(つばき)を飲み込んだ。
乱雑な扱いと大雨に濡れたのとでぐしゃぐしゃのハンカチでクウの顔をふくと、ホルダーからボールを取り
そこから1歩踏み出したらルネシティに落ちる白い岩の境界線を強く握る。 遠目には見えないが、すり切れた指で白色の岩に赤い模様がついた。
「‘クウ’、濡れた羽根岩に押し付けてきゃスピード上がらんで下まで降りられるんよ。
 綺麗好きなんは知ってるしホンマ悪いと思うてるんやけど、頼・・・」
サファイアの口にクウの頭蓋骨が突進する。
痛いやらびっくりしたやらで何も言えなくなっているサファイアの袖(そで)に爪をかけるとクウは大きなべしょべしょの羽根を大きく広げて白い岩を滑り降りた。
言った通り羽根がブレーキになって衝撃が来るほどスピードは上がらないが、1人と1匹は頭から海へと飛び込む羽目になる。
浮かび上がれないクウを先にボールへと戻すと、サファイアは海水が入って痛い鼻を動かしながら手にしたもう1つのモンスターボールを投げた。
サファイアの2倍近くある大きな青いハンバーガーのようなポケモンが浮上し、小さなトレーナーを持ち上げて海面へと顔を出す。


「助かるわ‘ダイダイ’ 水ん中やと声出せひんから、戦っとる間乗せといてや。」
金管楽器張りの良く響く声で返事をすると、ホエルコは激しく波打つ海を進み出した。
スラロームをするように左右に振れながら沖へと繰り出すと、海面が黒く染まり 一瞬後には海の主『カイオーガ』がサファイアたちの真上を飛び越えていく。
飛び込んだカイオーガの姿はやけにゆっくりと見えるのにそれによって起こった津波はあっという間にサファイアたちへと襲いかかった。
悲鳴を上げる暇もなく押し流されるサファイアの背を 別の人間の大きな腕が受け止めて、目の前の波をポケモンの攻撃によって破壊する。
「オィ、大丈夫か!?」
「ぎゃあっ、オカマグマ!!」
悲鳴を上げるとサファイアは自分を助けてくれたはずの赤い服の青年レッドを突き飛ばし、それから固まった。
条件反射のように突き飛ばしてしまった手をひくひくさせて、引きつった笑いを浮かべる。

  『どれだけ手ひどくやられても、いくら納得できなかったとしても』
  『そのひとに言うことあるだろうが』

「あ〜・・・『ありがとうございます』。」
たどたどしい口調で礼を言うと、レッドは苦笑して乗っているフライゴンをサファイアの前、カイオーガとの間へと移動させる。
赤く光る瞳でサファイアを一瞬だけ見ると、深い大きな声を上げたカイオーガを睨み、トレーナーが誰でもやる人差し指を前へ出す仕草を見せた。
サファイアの首筋に電気を流されたような感覚が走り、反射的にダイダイの背を蹴ってレッドへと組み付く。
「手ぇ出すなやっ!!」
子供の力くらい簡単に振り切れるのだろうが、足場の悪いポケモンの背中の上、
右手を掴まれた(というか右手にしがみつかれた)レッドは「何すんだ!」と叫んでサファイアを花のように赤い瞳で睨み付ける。

「ワシがカイオーガと戦うんや。 手ぇ出さんといてや。」
「・・・バカ言うなよ。 オレだって勝てるかどうか分かんねーポケモンだぞ?
 ボールが当たるかどうかも怪しいっつうのに どうやってあの怪物(ポケモン)と渡り合う気なんだ?」
「大丈夫や、覚悟決めとるさかい。」
「何の覚悟だよ?」
「誰も死なさん覚悟や。」
ホルダーから青白のモンスターボールを外すと、サファイアは
レッドが良いとも悪いとも言わないうちにそれをカイオーガへと向かって投げ、フライゴンの背から飛び降りた。
ホエルコのダイダイの背中へと着地すると 視界を塞ぐ雨粒を袖(そで)でふき取りカイオーガを見つめ大きく息を吸う。
壁のようにすら見える高い波を作り出すカイオーガの鼻先で子供の手にも収まるような小さなモンスターボールは2つに開いた。
「‘チャチャ’『かげぶんしん』!!」
テッカニンのチャチャはカイオーガへと接近するとその大きな体にギリギリまで接近してひたすら飛び回った。
たまに軽くぶつかる程度でほとんどたいしたダメージは与えられていないが、
海の王と言えどさすがにうっとおしく思うらしく、嫌そうにカイオーガは体をばたつかせる。
高く打ち上げる波に体を取られながらも サファイアは一瞬風の動きが変わったのを察知した。
指示を出す手を高く掲げ、自分のポケモンへと向かってこの雨の中でも届くくらいの大きな声を張り上げる。
「‘チャチャ’!!」
サファイアが声を出したのとほぼ同時に怒りの色を見せたカイオーガが思いきり体を海面へと打ち付ける。
打ち上がった海水は波となり、人間の体よりもはるかに高い場所へと持ち上がった。
「・・・・・・ッ!」
カイオーガの真上まで飛んだ本物の1体を除き、分身したチャチャの影が打ち上げられた波に消える。
上手く逃げ切ったおかげでチャチャにダメージはないが、問題はその後。 空から降り注ぐ雨粒も加えた高波が
引力に任せて再び元の海へと帰ろうとする、だが固い海面はそれだけの水を受け止め切ることが出来ずに再び全く別の波を作り出してしまうのだ。
まるで海の王の体から発生したような 2メートルを軽く越す円形の津波となって。

「アカンッ!」
広がっていく波を見てサファイアは叫ぶ。
自分たちは何メートルの波が起きようと越えていけばいい、だがこの高さの津波が街にぶつかった時のことまでは考えていなかった。
ただでさえ激しい雨が降り注ぎ、波は荒れている。 特に大きな街であるミナモシティなどは並々ならぬ被害が予想出来てしまう。
慌ててダイダイの方向を変えて津波を止めに行こうとするが、元々その波に乗って進む『なみのり』だ、追いつけるわけもない。
どんどん離れていく波に歯を噛み締め、手を伸ばす。 するとあれだけ勢いに乗って進んでいた津波がピタリと止まった。
空からの波を吸収してふくれていく巨大な波はヘビのようにうねり、サファイアの目の前で空中へと持ち上がった。
手袋のはまった手がゆっくりと動かされると、その動きに合わせて波のヘビはうなる。
波のヘビは元の海原の中を見据えるとその中へと潜っていく。
全てが穏やかに進んでいったことを確認するとフライゴンの背に乗ったレッドはふぅと息を1つついた。
「世ぇ話ぁがぁ〜っ、焼けるんだよ。 相手は海を作り出した神とか言われてるポケモンだぞ?
 トレーナーならバトルの時の周りの配慮くれー覚えとけよ。」
怒ればいいのやら感謝すればいいのやら判らなくなって複雑な顔を浮かべるサファイアの瞳に異様に長い尻尾が映る。
レッドの体に隠れてはいるが今までに一度も見たことのないポケモンは ちらりと振り向くような仕草を見せると雨粒にまぎれて海の中へと隠れた。
するとあれだけ荒れていた波が静まり、水面には雨粒の波紋だけが広がる。
「いいか、半径1キロだぞ? それ以上行くと抑えきれなくなるからな。
 ‘シロ’の体力が持つうちに早めにカタつけろよ!!」
「・・・・・・あ、お、おおきに!!」
かなりぎこちない口の動きで一応礼を言うとサファイアはカイオーガの真上からチャチャに攻撃をさせる。
なぜ波が止まったのか府に落ちない様子のカイオーガはその一撃で我を取り戻し、サファイアへと直接突進してきた。

「‘チャチャ’『バトンタッチ』や!!」
残像も残らないほどのスピードでチャチャはカイオーガを追い越しトレーナーへと突っ込む。
手の平の痛くなるほど勢いのついたスーパーボールを受け止めると、くるくると宙を舞う白いバトンへと向かってサファイアは別のモンスターボールを投げた。
新たに現れた茶色いポケモンは落ちてきたバトンを頭で受け、一本足で回る速度を速める。
小さなポケモンはくるくる回転を止めず、そのまま迫ってくる海の王を受け止めた。
だが、そんな小さな体で3メートルを越す巨大なポケモンを受け止め切れるわけもなく、ヤジロンはカイオーガに押されるようにして一気に後退する。
しかし真っ直ぐ自分らへと向かって迫ってきたヤジロンの『コン』をカイオーガごとサファイアが受け止め、神の子の持つ青い瞳を光らせると
あれだけ押されていたコンがピタリと止まり、徐々にカイオーガを押し返し始めた。
ついには3メートルはある巨体が浮き上がり海面へと叩き付ける。
苦しそうに息を吐いたサファイアの腕の間にいるのは、もう子供のオモチャのような小さなヤジロンではなかった。
あのヤジロンよりも2周りほど大きな、体の周りを一周するという生き物離れした6つの大きな目のポケモン。
少し離れた場所からサファイアの戦いを見守っているレッドの唇から、高い音色が吹き出された。
「・・・『ネンドール』・・・ッ・・・‘コン’『コスモパワー』や。」
苦しそうに喉の奥から息を吐き出しながらサファイアは指示を出す。
黒色のポケモンは空中に浮いたまま少しだけ前へ進み出ると 何かキラキラしたものを回転させサファイアを追い払った。
既に太陽の光さえもほとんどさえぎってしまっている厚い雲が切り払われ、そこから降ってきた光がコンを突き抜ける。
再び突進してきたカイオーガを6つの大きな瞳で見ると、土人形のようなポケモンは体全体を使って海の主を受け止めた。
今度はほとんどと言っていいほど押し返されたりしない。
次の指示を出そうとサファイアが息を吸い込んだ瞬間、離れた所で睨むように戦いの経過を見ていたレッドの手が震える。


「オィ、ヤバいぞ!! 『ハイドロポンプ』が・・・!」
「なん・・・っ!?」
声が声にならないうちに サファイアは下から突き上げてきた水にダイダイごと体を高く放り投げられる。
景色がくるくると回り、それが一体何だったのかも判らないうちにサファイアは頭から海の中へと突っ込んだ。
「・・・サファイアッ!!」
一瞬サファイアの目が見開かれるが、海面に叩きつけられたショックでサファイアは気絶し、腕から力が抜ける。
息をすることを忘れ、ゆっくりと沈んでいく少年の薄ぼんやりと開かれた瞳に 暗い海の藍色が映った。


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