【緑眼】
『神の子』の持つ『神眼』のうちの1つ。
能力を発動させると任意のポケモンに自分の体を使わせることが出来る。
ただし、相手の力が強過ぎた場合使用者による制御が効かなくなる恐れがあるのと、
使用中はポケモン自身コントロールが効かなくなるほどスピードが上がるため、
進んで使おうとする持ち主は滅多にいない。
思慮深い人間に現れる傾向があるが、瞳の色が変わっている間持ち主が隠れることが特に多く、
緑眼の能力者が見つかった例はごくわずかである。
PAGE94.まだ終わらない
おだやかな波に揺られる砂の感触だけを覚えていた。
たった10年分なのに引き出せない、遠い日の出来事。
それは、神と呼ばれる者の ほんの‘ささい’な気まぐれだった。
「・・・・・・おかん? ・・・親父?」
たったそれだけの言葉に両親は大喜びし、小さな体を思いきり抱き締めた。
事情が飲み込めず、涙目の母親を引き離すと泥だらけの白衣の父親へと目を向ける。
「雄貴(ユウキ)ッ、1人で遠くば行くんやないってあれほど言ったんじゃなかね!?
父ちゃんの言うことさ聞かんから、『こんなこと』さ なったんだ!!」
「あんた高波ば飲まれたんよ、覚えとらんの?」
まだ疑問の解けない瞳に、海の深い深い青色が映る。
確かに高波に飲まれた。 必死にもがいたにも関わらずかなり沖の方まで流されたのも覚えている。
浮き上がれなくなって、水を飲み込んで。 息が出来なくなっても生きたい一心で手を伸ばして。
それでも何も良い方向には進まず、出来る全てが終わった瞬間『何か』を見た。
大きな、とても大きな、誇り高い瞳を持った『何か』を。
「・・・サファイア?」
何かを感じたような気がしてルビーはすっかり言い慣れた名前をふと口に出した。
不思議な感情に浸る(ひたる)暇もなく、真横を真っ赤な炎が通り抜けていく。
危うげに揺れる赤い瞳に 自分の体の2倍以上ある大きなポケモンの怒りの表情が映る。
何か大きな力に動かされて流れた風がルビーの髪を流すと、ゴールドが血相を変えてルビーを抱えて飛びのいた。
その背中のすぐ側を 銀色に光って見える巨大な爪がかすめ固い岩もまじっているはずの地面をいとも簡単にえぐり取る。
「・・・・・・しっ・・・心臓に悪い・・・ルビー、頼むからあんまり危ない場所に行かないで・・・今調子悪いから・・・」
たいして気温も上がっていないのに浮き出てくる汗を拭いながら、ゴールドはゆっくりと起き上がってうずくまる。
自分の真後ろでガケ崩れ並みの惨事が起こっているというのに、全く振り向く様子も辺りを確認する様子も見られない。
もしや、と思っていたところに 2人の様子を横で見ていたミツルが尋ねてきた。
「あの、ゴールド・・・さん! もしかして、目、痛めてるんじゃないですか?」
「え、何?」
「ゴールド! あんたさっきの攻撃で体痛めてんだろ!?」
ルビーが叫ぶと、ゴールドは軽く首を横に振ってふらふらしながら立ち上がった。
「だいじょ・・・大丈夫、まだ戦える。」
ふらふらっとバランスを崩したところを、ルビーが軽く胸を突き飛ばして完全に倒れさせる。
起きあがろうとしたところに額(ひたい)を手の平で突いて完全に起きあがれないようにすると、ルビーはスコアにゴールドを見張るように言い、
ゆっくりと背を見せて洞くつによく声を響かせた。
「あんたお医者サマなんだから自分の状態くらい判んだろ?
ケガ人は大人しく、後は若いモンに任せてゆっくりしてな。」
ルビーは指先でリズムを取ると、赤い目をちらりと向けてミロカロスのフィーネを近づけさせた。
とても伝説のポケモンと向き合っているとは思えないような冷めた目で、唸る(うなる)グラードンを見上げる。
「ルビーさん、どうするつもりなんですか? 相手は伝説にも出てくる大地の化身グラードンですよ?」
「ま、とりあえずは あの熱の上がった頭冷やすのが先決だね。
それでも人の話聞かないような奴なら、手段選ばず倒すだけさ。」
少し考えれば無理だとはっきりと言えるようなことをルビーはしれっと言い放つ。
モンスターボールを握り締めながらも驚いたような、疑問に思っているような、奇妙な表情をしたミツルの前髪がまた吹いてきた風にさらりと流れた。
起き上がれず寝転がったままゴールドが横へと視線を向けると、戦っていないはずのコダックが頭を抱えてうなっている。
水の流れもなくなったはずの洞くつに吹く風が そのコダックの『スコア』から発生していることに気付くと、ゴールドは少し笑ってスコアの額に手を置いた。
「特性『ノーてんき』、全ての天候異常を無効化させる、か。
君は、自分のご主人サマをどうやったら守れるのかを知っているんだね。」
触られた感触に気付いて目を見開いたスコアとゴールドの視線が合う。
「・・・‘シルシ’?」
口を突いて出た言葉に、スコアは疑問そうに首をかしげた。 自分が口にした言葉の意味は、ゴールド自身、判らない。
『ゴールド、シルバー、もし・・・もしも、そのグラードンとカイオーガが目覚めちまったらどうするんだい?』
『それは・・・・・・』
『とにかくどれだけ少しでもいいから様子を見るんだよ、運がよければ『説得』が通じるポケモンもいるからね。
それと、もう1人が目覚めているかどうかを見て、暴れているならどうやったら大人しくさせられるかを考えるんだ。』
『大人しくさせればいいんやな、簡単やないか!』
『サファイア・・・ちゃんと話聞いてた?』
「・・・・・・聞いとったに、決まってるやないか・・・」
暗い海の中をカイオーガがこちらへと向かってくるのを感じる。
サファイアは水を蹴って崩れた体勢を立て直すと、背中のリュックからハイパーボールを引き出してカイオーガへと向き直った。
息が出来ているわけではない、溺れたと思っていた相手に突然ボールを突き付けられて面食らったのだろう。
カイオーガの動きが止まったその一瞬を狙う。
「‘ダイダイ’!!」
大きく口を動かして泡と一緒に自分のポケモンの名を叫ぶ。 水中では人間の力でボールを投げても届かない、だから、ポケモンの力を借りる。
一瞬水中にふわりと浮いたボールはダイダイの打ち出した水の力を受けると回転もせず一気にカイオーガへと迫る。
だが後数メートル、海中を移動すればカイオーガへと届くというところでハイパーボールは銀色に光る氷に包まれ、粉々に砕け散った。
その様子を横目で見ながらサファイアはホエルコのダイダイにつかまって上昇し、息をいっぱいに吸い込む。
「無事か!?」
「・・・アカン、失敗したわ。 でも手応えあったで!」
疑問に首をかしげるレッドをサファイアは軽い攻撃を放って突き飛ばす。
何かを叫んだようだったが全く声は届かず、もう1度向かってこようとしたところに真下から黒い影が突き上げた。
高く空へと飛び上がったカイオーガは空中で体勢を変えるとサファイアとダイダイに向かう。
サファイアが空のカイオーガを睨み小さな手を突き出すと間に黒いポケモンが割って入り、のしかかってこようとするカイオーガを止めた。
コンは両手から光線を発射すると相手のカイオーガの300キロを越す巨体を弾き返し、また自分の周囲に光を落とした。
1度カイオーガと距離を取るとサファイアは取り出しやすいようにカバンの位置をずらしさらにハイパーボールを1つ手に取る。
「手応えって、まさか・・・・・・捕まえる気か!?」
「当たり前や!! 戦う気マンマンのポケモン、倒さずに大人しゅうさせる方法なんて他に考えつかん!!」
―――・・・捕まえる?
直接攻撃を受けないためにまた移動を開始したサファイアをレッドは赤い色をした目で追う。
海を進む少年は無謀とも思える距離まで接近し、またしてもカイオーガの攻撃を受けている。
じれったくなってくる気持ちを抑え、握ったこぶしで膝を軽く叩くとレッドは相手のポケモンを刺激しないよう注意しながらフライゴンをサファイアへと近づけさせた。
「だったら、まずは相手の動きを止めろ! ボールが当たんねーと話にならねーだろ!!」
レッドの忠告をまるっきり無視する形でサファイアはコンをカイオーガへと近づかせ、ごくごく弱い攻撃を加えさせる。
そんな中途半端な攻撃がカイオーガの怒りを買わないはずもなく、思いきり吐き出さた光線は黒い体をかすって空へと消えた。
「何やってんだ、直撃受けたら一発であの世行きなんだぞ!?」
「・・・せからしかっ!! ちょっと黙っときや!!」
思いきり力を込めて放たれた『れいとうビーム』をコンが『まもる』を使って真正面から受け止める。
さらに防御を上げる『コスモパワー』の指示を出しながらサファイアはダイダイを走らせコンへと近づいた。
ダイダイに周囲への警戒を任せ、モンスターボールでふさがっている右手の代わりに左手でリュックを探る。
ミナモデパートで散々買いだめした『ミックスオレ』を何とか引っ張り出すと、サファイアはそれをコンへと放り投げた。
コンはそれを受け取るとエスパーの力でタブを開け中の液体を引きずり出し、体の中へと吸収する。
残った空き缶をサファイアへと返すともう大丈夫だとばかりにくるくると回転した。
缶をリュックの中へしまいながら次の指示を考えていると、突然乗っていたダイダイが深く下へ沈む。
はっと気付いたようにサファイアが横へと振り向いた瞬間とても止めようのないほど大きな波がサファイアたちを飲み込んだ。
「・・・・・・うああぁぁっ!!?」
海面を1バウンドしてから沈むサファイアの真上を冷たい風が通り抜ける。
連続しての大技、予想していなかったわけではないが、自分が巻き込まれることまでは考えていなかった。 指示が間に合わない。
声の代わりに伸ばした赤い指先を軽く凍らせ、『れいとうビーム』は呆れかえってしまいそうなほどあっさりと通り抜けた。
体をよじらせるとサファイアは海水を蹴り飛ばし、再びダイダイの背に乗って浮き上がる。
飲み込んだ水を吐き出しながら辺りを確認してみると、戦えないわけではなさそうだがコンの体が半分近く凍り付いている。
空から延々降り注ぐ雨がコンへと張り付き、白い光を放つ氷へと変わって大きくなっていった。
「アカンッ、この気温やと氷溶けへん! あと1回が限界やわ・・・‘コン’戻れ!!」
チャンスを逃さないようずっと持ち続けているハイパーボールを足の間にはさむと、サファイアは両腕でコンのボールを受け止める。
反動で後ろに1回転するとサファイアはうつぶせの体勢のまま、コンをホルダーへと戻した。
赤い瞳が自分たちを見ていることに気付き、痛む手足にムチ打って大きく息を吸い込みながら起き上がる。
一瞬足から力が抜け、ダイダイの背中の上でよろめくとサファイアは青い瞳をカイオーガへと向け笑ってみせた。
「・・・・・・もう少しや、もー・・・ちょい、で、上手くいくで・・・
誰も死なされへん、誰もや。 行くで、‘ラン’!!」
疲れていないわけではない、体調が万全かと聞かれたら迷わず「いいえ」と答えられる。
だが、戦いを止めるわけにはいかない。 元よりそういう『運命』、そう考えていた。
逆手でモンスターボールを引き出すとサファイアはそのままモンスターボールをホエルコの背中の上に落とす。
出てきたのはサファイアの半分もない小さな水色のポケモン、ソーナノ。 相手もギャラリー(レッド)も面食らったことだろう。
この小さなポケモンのことだ、一瞬でも気をゆるめてタイミングを外したらあっという間にやられてしまう。
サファイアも相手の反応を悠長に観察していられる状態ではない。
雨で視界の悪くなっているなか、周囲の空気すら止まっているのではないかというほど静かに構える。
一時の沈黙の後、カイオーガがランの5倍はある大きな体をくねらせたとき、サファイア、レッド共に息を飲み込んだ。
「・・・来るッ!」
カイオーガは2つの大きなヒレを動かすと空へと高く飛び上がる。
巨大な体を海面へと思いきり叩き付けると、カイオーガの体の周辺から巨大な津波が発生し、サファイアへと襲いかかった。
ダイダイの背の上でバランスを取り切れないランを抱えていたサファイアの瞳が光る。
「‘ラン’『ミラーコート』や!!」
ランが小さな体を伸ばし、前足を大きく広げると青色に光る壁がサファイアたちの目の前へと現れる。
効果がないのを重々承知の上で、サファイアは空いている左手を補強代わりにとカイオーガへと向けた。
巨大な津波は青い壁にぶつかると白いしぶきを上げ、一瞬止まる。
ホエルコの上で足を震わせているランが悲鳴にも近い叫び声を上げ
サファイアがそうしているように前足を突き出すと、高波は青い壁に弾き返され真上へと打ち上がった。
集中していたあまりかすっかり忘れられていたレッドは危険を感じその場から遠ざかる。
何トンあるのか想像もつかないような水がカイオーガに襲いかかるのと同時に、サファイアたちは抑え切れなかった波に押し流された。
「・・・ぐっ・・・・・・‘ラン’!!」
残った体力を全部使い切って構わないくらいの気持ちで サファイアは流されながらも抱えていたランを高く空へと放り投げた。
空中でくるくると回転した後、重い頭のせいか逆さまになった体勢のままランはカイオーガをしっかりと見つめ、前足同士を何回も打ち合わせる。
そのまま海へと飛び込んだランをホエルコのダイダイが頭に乗せて救出した。 サファイアはまだ海面へと顔を出していない。
役目を終えたソーナノはダイダイの上にへたり込むとまだ白く波打つ海面へと顔を向ける。
サファイアは手からこぼれそうになったハイパーボールを強く握り直す。
呼び出したラグラージの『カナ』につかまると、海中を飛ぶようにしてまっすぐカイオーガの真下へと向かった。
接近しようとすると1人と1匹の存在に気付いたらしくカイオーガは海中へと潜って激しく威嚇(いかく)してくる。
だが、構わずサファイアはカナをカイオーガへと接近させる。
その行動に怒ったように身をくねらせると カイオーガは『れいとうビーム』を打とうと口を開けた。
しかし、あのボールを一瞬で破壊してしまうような冷気は放たれずに細かい海流ばかりがカイオーガの口のまわりでうずまく。
腑(ふ)に落ちない顔をしたカイオーガを見てサファイアは目元だけで笑った。
「・・・『アンコール』・・・・・・まさか、『これ』をやるためだけに相手に大技を連発させたっつーのか!?
おぃ、どーなんだよサファイア!!?」
レッドが海面に向かって叫んでも全く返事は返ってこない。
いまだ激しく降り続ける雨の音、それに海中でバトルに集中しているサファイアの耳にただの質問の声が届くはずもなくて。
カナにしっかりとつかまってハイパーボールを放とうとするサファイアを見て海の主は巨大な体をばたつかせた。
打ち上げるようにして振り回された尾ひれにサファイアとカナは弾き飛ばされる。
しっかりとカナにしがみついたまま、サファイアたちは海面へと落ちてきた。
ぜぇぜぇと息を切らしながらサファイアは気を利かせて『まもる』を使ったカナの首筋をなでてほめる。
「ええで、カイオーガが『わるあがき』し始めおった・・・思った通り、あげな大技・・・何回も使えるわけないんや・・・!
このまんま一気に畳みかけるで、絶対にこの勝負勝つんや!!」
痛いほどの雨粒がサファイアの頬に当たっては 砕けて消えていく。
左手に再びボールを持つと技を封じられ波を起こせずにいるカイオーガへと向かってカナは波をかき分け進み出した。
2度も同じ手を受けるまいと身構えるカイオーガからほんの少し離れたところをぐるりと周回すると、
サファイアは両手に持ったボールを同時に雲のかかる空高くへと投げ上げる。
片方はダイダイが『みずでっぽう』を使ったせいでさらに上に飛び上がり、完全に見えなくなった。
もう片方はといえば、『アンコール』状態が解けて自由に技を出せるようになったカイオーガが『れいとうビーム』を使い、粉々に砕かれてしまっている。
ダイダイに比べると安定しないカナの背中から落ちないようバランスを取りながら、サファイアはリュックから3つ目のハイパーボールを取り出す。
雨と一緒に息を飲み込みながら青く光る瞳をカイオーガへと向ける。
「・・・何ね、このくらい・・・向こうだって疲れとるはずなんや。 絶対出来ひんこたない!
‘カナ’この戦い終わたら真っ先にルビーに会いに行こうな。 自慢して怒られたかて、最後は喜んでくれるやろ?」
「グウゥ!」
「よっしゃ! ほんなら後少しや!!
絶対このモンスターボール、カイオーガに当てたる!!」
体を前へと傾けるとサファイアは正直過ぎるほど真っ直ぐにカナをカイオーガへと向かわせた。
ぐんぐんとスピードを上げるとラグラージは1度体を下へと沈めてから、海面から飛び上がる。
ある意味不意打ちにも近い上からの攻撃に、カイオーガは金色に光る眼を光らせると一気に力を解放する。
すると真下から強い波が打ち上がり、回転する水流となってカナとサファイアを弾き飛ばした。
投げるはずだった空のボールがサファイアの手からこぼれ落ち、光の玉のように空をくるくると回って落ちていく。
「・・・・・・・・・・・・‘チャチャ’!!」
逆さまになった景色をぎゅっと目をつぶって止め、サファイアはこれで最後にするつもりで力の限り叫んだ。
高い空から降ってきた金色の光が雨を切り裂き、空中のボールを抱えてカイオーガを討つ。
突然のことにカイオーガが驚いて振り向き切る前に チャチャはカイオーガへと到達した。
服の背中を掴まれてサファイアが がくんと空中で停止するのと同時に、
2つに割れたハイパーボールが目を開けていられないほどの光と共にカイオーガを吸い込む。
落ちゆくボールを受け止めようとソーナノのランが走り出したのを見て、サファイアは最後のモンスターボールのスイッチを入れて海面へと向かって投げた。
空中で開いたボールはチルタリスのクウを呼び出し、海へと飛び込みかけたランを救い上げる。
そのまま勢いで落下したハイパーボールをランに受け止めさせると クウはくるりと旋回しホエルコのダイダイの上へと着地した。
「クリア!」
パラパラと丸い波紋の広がる海に赤白のボールが跳ねると、ピンク色の大きなポケモンが現れ、ぐるりと渦を巻いた。
銀色の鳥に乗ってやってきた女トレーナーはその上に着地すると何気なく腰掛けて上空のサファイアとシルバーへと笑って手を振る。
サファイアとシルバーをぶら下げたクロバットはまだ少し残る雨の中、4つの羽根を動かしてピンク色のポケモン、ミロカロスの上に2人を降ろした。
しっかりと身の安全を確保したカナが海へと突っ込み、大きな波しぶきを上げる。
「あ、シルバー、ありがとーなっ! 思うたより高く飛ばされよって、なんぼ海でも・・・」
「バカ、いいから自分が1番言いたいこと言っておけ。」
軽く頭を叩くと、シルバーは軽くため息をついてから笑ってうなずいた。
笑い返すとサファイアは迷わずにミロカロスの背を蹴ってダイダイの背中へと飛び込む。
ハイパーボールを抱えたランを抱き上げるとサファイアはクウにダイダイにカナにチャチャにボールの中のコンに飛び切りの笑顔を向けた。
切れ始めた雲の隙間から差した夕陽が、ケガだらけの頬に赤みを持たせる。
「よーやったわ、‘カナ’‘チャチャ’‘クウ’‘ラン’‘コン’‘ダイダイ’!!
ワシら世界を救ったんじゃ、世界一のポケモンやで!!」
クウの首もついでに締める(抱きついたつもり)と、喜びのあまり「く〜っ!」と声を上げて両手を高々と掲げる。
寄ってきたカナとチャチャも思いきり抱き締めるとサファイアはランからカイオーガ入りのボールを受けとって改めてまじまじと眺めた。
傷ついた指先でわずかに汚れる黄色いボールを見ると、青い瞳が今までより少し強く光った。
ボールの中から感じられるわけもないのに カイオーガの持つ潮(しお)のような独特の匂いがサファイアを包む。
「サファイアを助けに来たつもりだったんだけど、どうも遅かったみたいね。
一体どうやったのよ? あの青いポケモンが出す大波のせいであたしたち近づけもしなかったのよ?」
「『実力を見せてみろ』言うて、こいつが戦わせたんよ。
言われてすぐは気付かれへんかったんやけど、さっきな、思いだしてん。」
少し離れたところに着水したレッドを見て、段々明るくなってくる景色を見ながらサファイアは続きを口にする。
「うんと小っさい頃にワシ、海に飲み込まれてな、そん時カイオーガに助けてもろたんや。
せやから、ワシは今ここにおって、こいつはワシと戦った。 多分・・・多分ちゃうけど、ワシはこいつで、こいつはワシなんや。」
サファイアは顔を上げる。
空を見上げればまぶしいくらい綺麗な虹がかかっていて、振り返れば夕陽がオレンジ色に燃えている。
まぶしそうに目を細めるとサファイアは反対側の虹の方へと首を向けた。
今までに見たこともないようなくっきりとした虹に、ルビーの面影を見る。
ふと空を見上げるのを止めシルバーたちへと視線を戻すと、サファイアは何気なくシルバーへと尋ねた。
「せや、シルバー! ルビーどこにおるか知らへんか? 誰も死なんで済んだんやろ、ワシも、クリスも、ルビーも誰も!
これで全部終わったんやったら、早よ行って教えたらなアカン!」
「ちょっと待ってサファイ・・・」
シルバーの顔がさっと青くなる。
疑問に思いサファイアが彼を問い詰めようとしたとき、全く別の方向から声がぶつかった。
「この下だ。」
振り向いたサファイアに対し、レッドは人差し指を下に向ける。
理解できていない様子の少年に 赤い瞳の男は説明を付け加えた。
「カイオーガとグラードンが目覚めたとき、見たこともないようなでっかい光が降ってきて、オレたち全員吹っ飛ばされたんだ。
だけどまだ『かいていどうくつ』の中に、ゴールドとそのルビーは取り残されたままなんだ。
伝説のポケモン、グラードンと一緒に。」
「レッド! そんなこと言ったら・・・!!」
シルバーの制止は完全に間に合っていなかった。
こめかみに青筋を立てたサファイアは既にダイダイ以外のポケモンをモンスターボールへと戻し、波も穏やかになった海の底を見つめている。
真下の海を指差すと青い光を放つ瞳をレッドへと向ける。
「この、真下なんやな?」
「あ、あぁ・・・けど、中に残ってるグラードンは地形を変えるだけの力を持ってるはずだから、もしかしたら入口が塞がってるかも・・・」
「構わん、それだけ判れば充分じゃ。
ほな、行ってくるわ、クリス、カイオーガ預かっといてや!」
「サファイア待てっ!!」
制止しようと飛び出したシルバーよりも先にサファイアは海の中へと飛び込んでダイダイと一緒に潜り出す。
結果的に海に飛び込む形となったシルバーは海面に顔を出して舌打ちするとランターンのグロウの入ったモンスターボールを海中に投げた。
奥歯を噛み締めると、いら立ちを払うかのように海面を払いのける。
「お、おぃおぃ・・・シルバー・・・
そりゃ確かにグラードン相手にするなんて危険だし、痛んでるあいつのパーティが太刀打ち出来るか分かんねーけど・・・
でもサファイアが行けば、取り残されてるゴールドやピ・・・違った、ルビーに逃げ道作ることくらいは・・・」
「そういうことじゃない! 『かいていどうくつ』は1番高いところでも20メートル以上下にあるんだぞ!?
ルビーのこととなるとサファイアは頭に血が昇るんだ、無茶なスピードで潜るに決まってる!」
言い終わった直後にシルバーの真後ろから何かの爆発したような水しぶきが上がった。
真っ先に気がついたクリスがミロカロスに指示を出し、落ちてきたランターンの『グロウ』を受け止める。
腕の中で動いたのでたいして強い攻撃は受けてはいないということが判る。 だが、グロウが追い返されたとなると、もう追いかけられるポケモンがいない。
「‘フィーネ’!!」
ルビーがうずくまるのと同時にミロカロスは円状に広がる水球を吐き出した。
グラードンが真っ赤に燃える炎を吐き出すのと同時に 走るだけ走って岩陰に隠れる。
攻撃同士が相殺され、真っ白で熱い水蒸気が爆発するとルビーとミツルはそれぞれ違う岩陰から顔を覗かせて相手の様子を見た。
「ルビーさん、説得が通じる相手じゃありませんよ! ポケモンが大事なのも判りますけど、時と場合と相手を選んで・・・!」
「違う!」
真っ赤で巨大なポケモンが大きく吼える(ほえる)と洞くつ全体が振動し、天井の岩が次から次へと落下してルビーたちへと襲いかかる。
避けるために岩陰から飛び出さざるを得なくなったルビーにグラードンは太く鋭い爪を振り上げた。
ルビーが赤い瞳で相手のことを睨み付けると、ミロカロスのフィーネがグラードンへと攻撃し、3メートルはある巨体をぐらつかせる。
落下して積み重なった岩に手をつくとルビーは はぁはぁと息を切らして相手のグラードンを見上げた。
「あいつ、何かおかしいんだ! 生きてるポケモンのはずなのに、目に全然光が見えない。
それに・・・おかしい、絶対におかしい! 『声』が聞こえないなんて!」
「『声』?」
少し離れた場所に避難していたゴールドの瞳がピクリと動く。
止めようとするコダックの『スコア』を軽くなだめながらゆっくりと起き上がる最中、ルビーは握ったこぶしを強く締めた。
「・・・生きてるモンなら、絶対に『声』が聞こえるはずなんだ、『ココロ』って置き換えてもいい。
歩いてたって、怒ってたって、急いでたって、バトルしてたって、何もしてなくても『声』は聞こえるはずなのに・・・どうして・・・!?」
「このグラードンに『ココロ』が無い・・・ということですか?」
首を振ってルビーは「わからない」と答える。
先ほどの連携技といい、とても考え無しの攻撃をしてきているとは思えないのだが、
ココロのあるポケモンが攻撃の時に見せるような覚悟に近いピリピリとした空気も持たない。
怖くなってきてルビーは1歩だけ足を後ろへ下げる。 代わりにミツルが1歩足を踏み出したのを見てゴールドの目が見開かれた。
「・・・確かめてみましょう。
ルビーさん、ボクが今から『緑眼』の力でグラードンのココロを呼びますから、もし暴れるようでしたら『ゴールド』を連れて逃げて下さい。」
「ミツル君、ちょっと待って・・・!!」
息苦しそうに咳き(せき)込みながらもゴールドは止めようとするが、場所が離れていたこともあり全く間に合わずミツルは前準備として息を吸い込む。
その場で目をつぶって精神を統一させると、突然ミツルのいる場所から白い光が上がり、
全身の筋力を一気に抜かれたかのようにミツルはその場にどさりと倒れ込んだ。
止めようとするコダックのスコアを振り切り、ゴールドはミツルへ駆け寄ると抱え上げて何度も名前を呼びながら頬(ほお)を叩く。
ただでさえ白い顔から力が抜けていくのを見ると、ゴールドは顔をゆがめてグラードンを睨みつけた。
「・・・・・・何で・・・?」
「グラードンのココロが欠損してる! 緑眼を通してミツル君の心が奪い取られたんだ!!」
言ってからゴールドはかなり激しく咳き込む。
悟られはしなかったようだが両腕共にかなり痛んできているし、目もぼんやりとしているし、耳も利かない。
だが、そのせいで無意識のうちに怒鳴りつけるように叫んだ行動を失敗したと直感する。
相手のグラードンもココロが抜けているとはいえ五感はしっかりと機能しているのだ、声を上げたりすれば攻撃の的になるのは判っているはずなのに。
ミツルを抱えた態勢のままでは逃げられないと考え、ゴールドは残っているモンスターボールを手にかける。
それとほぼ同じタイミングで灰色の球体のようなものがグラードンを横から直撃し、爪痕が残るほどに横にずらした。
弾き返ったドンファンはルビーの手前で急速Uターンすると大きな牙を振りかざして ひと鳴きする。
「どうやったら取り返せる?」
「・・・ドンファン・・・!? ルビー、大丈夫・・・って、そんな場合じゃない!
捕まえるか倒すかして1回大人しくさせるんだ、今のココロが抜けたままの状態じゃ本当に危険だよ!」
「オーケー、‘ラルゴ’!」
ルビーは指をすっと横に動かすとドンファンのラルゴは地面を蹴り出してグラードンの周りを回転しながら走り出した。
ココロの無い状態とはいえ、視覚に頼って戦っているグラードンは動きを追って首を動かす。
だが、急に動き回るラルゴから目を離すとグラードンはじっと奥にいる小さなポケモンへと目を向けた。
グラードンに気を取られすっかり『彼女』のことを忘れたいたことに気付き、ルビーはギクッと体を震わせる。
「‘アクセント『でん・・!!」
「‘のんの’!」
ルビーの声が全てを言い切る前にグラードンは地を揺るがすような低い声を上げ、足元の地面を盛り上げる。
突然のことに逃げる時間もなかったアクセントの四方から岩のようなものが突き出され、アクセントへと向かって崩れ落ちてきた。
暗い色の岩が積み重なって黄色い小さなポケモンは完全に姿が見えなくなる。
悲鳴1つ聞こえないまま静かになったただの岩の山を見て、ルビーは絶叫した。
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