【神隠し】
約1年ほど前、タマムシシティで女性が1人忽然と姿を消したのを皮切りに
各地で野生、トレーナー所有関わらずポケモンが次々と姿を消している。
学会の調査で強力な力を持ったポケモンの仕業だということまでは判明しているが、
一体それがどんなポケモンで、どんな能力を持っているのか、まったく謎のままである。

また、逆に行方不明になって絶望視されていた子供がひょっこり帰ってくることもあるのだが、
そういった子供の8割以上は神眼の能力者である。


PAGE95.遥か…


「ルビー、落ち付いて!」
「落ち付いていられるかっ! ‘アクセント’!!」
アクセントを閉じ込めた岩山へと走り寄ろうとするルビーの足にオレンジ色のポケモンが抱きついた。
振り払おうとするルビーをゴールドが視線で止め、ぐったりとしたミツルの腰に結び付けられたホルダーからモンスターボールを1つ投げる。
出してからゴールドは明らかにぎょっとした顔をしていた、
人の形にも似た緑色のポケモンがふわりと浮き上がってから着地して2つの赤い瞳でゴールドを見返してくる。
かなり戸惑った顔をしていたが、気を取り直してルビーへと振り向くとゴールドは必要以上の大声(耳を痛めているせいで自分自身聞こえにくいのだろう)で
ルビーへと話しかけてきた。
「僕のポケモンが近くにいるんだ、閉じ込められてるだけだから、ちゃんと助け出せる!」
かなり見当違いな方向に話しかけてはいたが、目に嘘はなくルビーはほっと息をついた。
赤い光を放つ瞳でドンファンを見ると唐突に今まで考えていたのとは全く別の作戦を思いつき、ゴールドに再び目を向ける。


「ゴールド、『あいつ』に『紅眼』って効くかい!?」
「え・・・確かに『紅眼』は相手を操るだけだから、効くかもしれないけど・・・でも相手が相手だからキツイよ?
 無理に操ろうとするとポケモンが嫌がって『紅眼』の使用者にも負担がくるって・・・ルビー、判るよね?」
「判ってる。」
短く返すとルビーは相手の気を引き過ぎないようにゆっくりと後ろへ下がった。
深呼吸して息を整えてから、炎のように赤く光る瞳をグラードンへと向ける。
一瞬 しん と静まりかえった空間にはルビーの声だけが響き出した。


 ふわり 花は 踊るよ

 きらり 星は 笑うよ

 ゆらゆら 風の音(ね) 聞こえたら

 ねんねの 時間だよ


 さらら 海が 唄うよ

 虹の ふとん かぶって

 天使の 微笑み 見せて

 おやすみなさい



 聴こえてる? 海の歌

 聞こえてる? 空の詩(うた)

 みんな みんな 大好きな

 あなたへの おくりもの・・・



 どんな 夢を 見てるの?

 花の ように 笑って

 ざわざわ 森の 子守唄

 ねんねの 時間だよ


ほとんど手の止まっているゴールドの視線の先で、あれだけ凶暴性を発揮していたグラードンが大人しくなる。
勝ち誇ったようににやりと笑うとルビーはポシェットから取り出した空のボールを構え、相手を刺激しないようにゆっくりと歩いた。
あと3メートルと近づき、軽くボールを投げようとしたその瞬間、突然グラードンは気がついたように爪を振り回し、ルビーを振り飛ばした。
ゴールドの緑色のトカゲのようなポケモンに助けられ、その場は事無きを得るがすぐさま真っ赤な炎が迫ってくる。
まずいと判っていつつジュカインを蹴り飛ばして自分も飛びのくと、ルビーは自分の2メートル先のドンファンのラルゴへと向かって赤い瞳を向けた。
「っんの! ‘ラルゴ’『じわれ』!!」
ルビーが指示を出すとドンファンは高い声を上げ、前足を打ち鳴らして地面に亀裂を作っていく。
発生する衝撃で自分が転ばないように地面を踏みしめるルビーを見てグラードンは唸り(うなり)声を上げた。
ココロのない瞳にビクリとルビーがすくんだ瞬間、たった今ラルゴが作り出した地面の亀裂から炎が吹き出す。

「・・・・・・うあぁッ!!?」
驚いて思わず息を吸い込んだ瞬間、喉に激痛が走り、体中が熱くなる。
思わず喉を押さえてよろけるルビーにラルゴか駆け寄り見上げたとき、ルビーとラルゴの真下の地面がパックリと割れた。
悲鳴を上げたいがそれも叶わず、足場を失ってルビーとラルゴは暗い地割れの底へと落ちていく。
にじんだ視界に気がつき、どのくらい下にあるのか判らない底のことを考えたとき、腹部に衝撃を受けがくんという効果音のつきそうな勢いでルビーは停止した。
岩肌がはっきりと見え、続いて下を見下ろすと自分のポケモンが主人を落とすまいと牙と後ろ足とでガケの両脇に突っ張っている。
まるで えぐり取られたように痛む喉からそっと手を離し、震えながらもラルゴの灰色の肌に触れようとしたとき、
ゴキッと不吉な音がして再び視界が揺れた。
痛みより、恐怖よりも先にルビーの瞳が見開かれる。
炎の瞳に映ったのはスローモーションのようにゆっくりと横切る、欠けた三日月。

「・・・・・・・・・・・・・・・ッ・・・!!」
2回3回と背中を岩壁に打ち付けて、ルビーはようやく『じわれ』の底で停止した。
痛みに耐えるかのようにビクビクと体を震わせながら、ゆっくりと体を起こすと灰色の鼻の長いポケモンが1メートルほど先で転がっている。
落下の衝撃をマトモに受けたのか、ラルゴはぐったりとして起きあがれそうにない。
種族がどうあれ大事な自分のポケモンということに変わりはない、ルビーは起きあがってラルゴに声をかけようとした。
だが、1歩歩いたところで立ち止まる。 口元に手を当てたのは喉が痛かったからだけではない。
ラルゴの左の牙が 根元からぽっきりと折れている。 ドンファンの命とも言える、大きな牙が。
離れた場所に落ちている大きな牙を見て、ルビーはその場にひざをつく。
言葉の発せない口で 言葉にならない言葉を伝えようと唇(くちびる)だけを動かすと、ルビーはラルゴに覆い被さるようにして抱きついた。
喉ばかりか、鼻まで痛くなってきて、気がついたときにはボロボロと涙をこぼしていた。
本当に辛くなってきて手の平で目を押さえると、嗚咽(おえつ)を漏らしたいと喉がさらに悲鳴を上げる。
痛くて、痛くて、ルビーの赤い瞳からは涙が次から次へとこぼれてきた。
今、狂ったように叫ぶことが出来たのなら、どれだけ気持ちが晴れるのだろう。
小さく彼女にしか聞こえないような音で「くっ」と声が漏れたとき、突然真上から爆発音のようなものが響いてきた。
何事かと上を見上げると おかわりいかが、とばかりに 上から岩が降り注いでくる。
慌ててラルゴをボールへと戻すと、ルビーは立ち上がって岩を避けるために走り出した。
だが、明らかに色の違うものが落ちてきたのに気付くと立ち止まって振り返る。
男の子を背中に乗せ降ってきた青色の大きなポケモンはルビーの頭上の岩を弾き飛ばすと、両手足を突っ張って地割れの底へと着地する。
太い足の水ポケモンに乗っていた少年は地面に足をつけると、そのままその場に倒れ込んだ。


それがサファイアだと判ると、ルビーはすぐさま駆け寄った。
しゃがみ込んで様子を見る直前にサファイアは額を押さえうめき出す。
「・・・・・・ッ・・・あ・・・・・・頭・・・頭がっ・・・!」
驚いて様子を見るが、特に外傷らしきものは見当たらない。
とにかく意識をしっかりさせようとルビーがサファイアの肩をつかむと、反射的に手首をつかみ返され飛び上がる。
まるで頼るものがそれしかないような動きで反対側の手もルビーの腕をつかむと、サファイアは荒く息をしながらうっすらと目を開いた。
変わらず苦しそうだが、ルビーの細腕1本を頼りに起きあがるとサファイアは目の前にあるルビーの手を何度も握り(にぎり)直した。
ピクリと手が動くと、サファイアは少しだけ表情を緩める。
ルビーの手の平の先に指が5本ついているのを何度も確かめながら少し嬉しそうに声を上げた。
「・・・やっぱり人の手や! っちゅうことは『これ』、人か!
 あんた無事か? ルビーっちゅう女の子探しに来たんやけどそいつも無事なんか? グラードンは?」

え? と聞き返したくてルビーは宝石のような瞳のはまったまぶたを見開かせた。
一方でサファイアもなかなか返事が返ってこないのを不思議に思っているようだが、普通真っ直ぐに見つめてきそうなものなのに、何だか目の焦点がずれている。
何をすることも出来ず、ただじっとサファイアのことを見ていると、サファイアはルビーの手首を握ってもう1度聞いてきた。
「なぁ、ルビーどこや?」
あまりに真剣に聞いてくるので、ルビーは哀しくなってきてまた涙がポロポロ流れてきた。
声は出ないが、肩は震えて喉も壊れるかというほど痛む。
顔を見られるまいとルビーが首を横に向けるのと同時に、サファイアの両手がルビーの手を包み込む。
すっかり冷え切った手でルビーの手を暖にするかのように握ると、サファイアは握った手に青い瞳を向けたまま口を開いた。
「・・・・・・手、小っさいな。 なぁ、何であんたしゃべらへんねや?」
ルビーはビクリと体を震わせる。 1番聞いてほしいことで、1番聞いてほしくないことだった。
意を決したようにつかまれていない方の手を上げると、自分の胸元から喉の辺りを指差す。
だが、サファイアはそのルビーの行動を全く見ていない。
青く光る眼球を全く動かさず、探るように腕を伝ってルビーの肩をつかむと 反対側の肩も押さえ、ルビーの肩に自分の頭をすり寄せた。
ゆっくり頭を動かしてサファイアの側頭部がルビーの目じりに当たると、肩を持っていた手を動かしてルビーの頭を固定する。
驚いて動けずにいるルビーの耳元にささやかれた声は、いやにはっきりと彼女の記憶の中に残った。
「もし、ルビーやなかったら、ゴメンな。」
サファイアの唇が頬に触れ、薄く浮かんでいた疑問が真っ白に吹き飛んだ。
痛みに流れ続ける涙を、舌が不自然な形でふき取っていく。
叫んで反論することも出来ず、攻撃する気も失われ、ただ呆然と座り込んでいるルビーから頭が離れた。
ほっとしたようなサファイアの笑顔がそこにあり、ルビーは炎色の瞳を見開かせる。


「ルビーの味や。」
唐突に増やされた疑問に、ルビーは目をぱちくりさせる。
探るような手つきで指をルビーの頬へと持っていくと、サファイアは赤い指で流れた涙をふき取ろうと何度かこする。
「何で言ってくれひんねや、こないな所じゃ全然見えへんやろが。
 グラードンおって危ないんやろ? なんぼ怖かったかておかしくあらへんから、泣いてんの気にしてる場合やあらへんで?」
「・・・・・・・・・?」
言っていることのちぐはぐさにルビーはもう1度目を瞬かせた。
もしや、と思い、そっと手を上げると指をゆっくりとサファイアの目へと近づける。
指先をあと1センチと青い目へと近づけてもサファイアはほとんど瞬きもせず、ルビーの指先が目頭に触れてから
ようやく慌てたようにルビーの腕を掴んで自分の胸元で固定させた。
「ルビー、そこ目や! 目ン玉にぶつかったら危ないやろが。」
その一言でルビーは確信を持つ。
原因までは判らないがサファイアの目が『見えていない』のだ、本人は自覚していないようだが。
かなりマズイ、自分の喉を押さえるとルビーはとっさに考え、サファイアの手を取ってグローブを外し手の平を何回か叩いた。
逃げられないようしっかりとサファイアの手を押さえて右手でしつこいほど手の上にひらがなを書き続ける。



「・・・・・・『の』? 『の』が何や?」
書いているのがひらがなだということをサファイアが理解したのを見て、ルビーは次の文字を書き始める。
たった今始めたこと、すぐに理解出来るとは考えず根気強くサファイアが理解出来るのを待ってから。
「・・・『ど』・・・・・・『お』、『や』? 『ら』、『れ』・・・『て』、『る』?
 のど・・・喉? ルビー、喉痛めたんか!?」
離れそうになった手を引き寄せて、ルビーはサファイアの手の平にしっかりと『○』を書いた。
サファイアが絶望的な表情をしているのを感じ、ルビーは固定している手に力を込める。
意外にもしっかりとした腕に驚きながらも これが唯一の通信手段であると悟ったルビーは再び手の平に文字を書き始めた。
「し? ・・・あ、『い』・・・『ま』、『じ』・・・『わ』・・・『れ』『の』、『そ』『こ』『に』『い』『る』。
 ・・・ご、『ご』『ー』『る』『ど』・・・『わ』、『う』『え』『に』『い』『る』・・・『か』『ら』
 『そ』『こ』『ま』『で』、『の』『ぼ』『る』・・・?」
よく出来ました、という意味を込めてサファイアの手を包み込むと、サファイアの頬がふっと赤くなった。
『ありがとう』と書こうとして、ルビーは手を止める。 今の状態で彼の疑問を増やしても仕方がないだろう。
代わりにぎゅっとサファイアの手を握り締めると、手の平にまた文字を書き始める。
サファイアでなければ気付かないほどだったが、本当に少し、力強く。
「『た』『て』『る』『?』 ・・・・・・あ、あ、あぁ、ヘーキや。
 とにかくここから脱出するんやろ、せやけど・・・高さも判らへんのに登れるんか? え・・・何や?」
見えてる、高さは判る、そう書こうとしてルビーは手を止めた。
途方もなく淋しくなってきて、サファイアの手を持ったままうつむく。
「ひょっとして出られへん? ・・・え、違う? じゃあ何やねん?」
答えられなくなって、ルビーはサファイアの手を閉じ、その上から自分の手を置いた。
痛めた喉が、再びズキンと激しく痛む。
閉じられた自分の手の方に青い瞳を向けると、サファイアは5秒ほど間を置いてから急に手を引き、ぐいっと隣にいるルビーの肩を引き寄せた。
「大丈夫じゃ! ルビーはワシが命にかえても守ったる!
 せやかて、ルビーはワシの1番の・・・! 1番の・・・・・・1番・・・の・・・・・・」
サファイアの顔がみるみるうちに赤くなる。
声が出ないのが伝染したかのように何も音が出ないまま口がパクパク開いたり閉じたりを繰り返し、次第にサファイアはうつむいていった。
「・・・いち・・・ばんの・・・」
ルビーはサファイアの腕から抜け出すと腕を引いて立ち上がらせた。
ふらふらしているサファイアに外した片方のグローブを返すと、左手でサファイアの腕をつかんだまま右手でポシェットを開き、モンスターボールを取り出す。
(多分)言いたいことを言い切れずに顔を赤くしたままのサファイアから手を離すと、モンスターボールを地面へと投げる。
中から出てきたワカシャモがきょとんとした顔で見上げると、ルビーは自分を指し、サファイアを指し、続いて上を指差した。
無理、と言いたそうに首を横に振ったワカシャモの肩を叩き、口をパクパクさせてから1度きり、うなずく。

「ルビー?」
心配して掛けられた声に振り向くと、ルビーはサファイアへと駆け寄って手の平に『もどして』と4文字を書き込んだ。
何を? と聞き返してきたサファイアの腰のホルダーを叩くと、
サファイアは言いたいことを理解したらしく、一緒に落ちてきたカナをモンスターボールの中へと戻す。
しっかりとホルダーにボールがはまったのを確認すると、ルビーは足音を忍ばせながらサファイアへと近づき、彼の胸に額をつけた。
叫び出したくなるほど痛い喉を抑え、深呼吸するとルビーは呪文のように唇をそっと動かした。
 ―ユウキヲクダサイ― その8文字にどれだけの力があったのかは分からないが、
ぐっと両手に力を込めると、ルビーは持てるだけの力を使い、かすれにかすれた声を腹の底から絞り出す。


 『サファイア、オーケストラで1番最初に出される音って何だか知ってるかい?』
 『いっとー最初か? そんなんバラバラに決まっとるやないか?』
 『・・・決まってるんだよ。
  オーケストラみたいに大勢で音楽を演奏するときには始める前に必ず『音合わせ』ってのをやるんだ。』
 『・・・・・・おとあわ・・・?』
 『奏者(そうしゃ)全員で『ラ』の音を出して、微妙なズレがないかどうか確かめんの。
  ヴァイオリンとかの弦楽器は自分で調律するから人によって音に差が出ちゃマズイんだよ。』
 『何や判らんけど判ったわ。 せやけどなして『ラ』なんじゃ、『ド』の方がやりやすいんとちゃう?』
 『ABC順に並べると『ラ』がAになるから1番最初になるんだよ。 ドレミは別の外国語表記。
  こっちの古い呼び方だと・・・・・・』


「・・・・・・・・・・・・・・・ッ・・・!!
 ・・・・・・・・・ぃ・・・‘い’・・・‘お’・・・・・・‘ん’・・・!!」
死ぬほど痛い、そんな表現も過剰ではないのかもしれない。
風が吹いたら消えてしまいそうな小さな声を聞いて、ワカシャモは軽く地面を蹴るとその体を光らせた。
気絶しそうなルビーとサファイアを両方抱えると、どこまでも続く壁のように高くそびえ立つガケを蹴り飛ばし、驚くほどの速さで上昇する。
ピンボールのボールが弾かれるように赤いポケモンが地割れの上へと飛び出すと、グラードンが邪魔者でも現れたかのように炎を吹き出してきた。
ルビーとサファイアを抱えた大きなポケモンは2人をぎゅっと強く抱くと、足から赤く光る炎を噴き出しグラードンの炎を蹴り飛ばす。
大きなポケモンはくるりと1回転すると、地面の上へと着地しルビーとサファイアを降ろし自分の2倍ほどある巨大なポケモンを睨み付けた。

「ルビー、サファイア!?」
ミツルを出来る限り安全な場所に隠し、戦っていたらしいゴールドが振り返って驚いた声を上げる。
進化して自分よりも大きくなった赤いポケモンにグラードンと戦っているよう指示を出すと、ルビーはサファイアの腕を引いてゴールドへと近づいた。
驚いたような表情のゴールドにサファイアを押し付けると、ポシェットからハーモニカを取り出してグラードンへと向かって歩き出す。
「ルビー!? 何する気じゃ!?
 喉痛んどるんにこないな場所で戦うっちゅうんか!?」
「サファイア!」
腕を引かれてサファイアは青い瞳を見開かせる。 今更気付く自分の体の異変。
恐らく全く違う方向へと向かって叫んでいたのだろう、すぐに気付かれたらしくサファイアはゴールドに腕を引かれて走らされた。
押し倒されるようにして 岩陰に無理矢理座らされると、手元に別の人間の手の感触を見付けた。
「目が見えてないんだね?」
ゴールドはまっすぐに聞きたい質問をぶつけてくる。
肯定することも出来ずにサファイアが押し黙ると、ゴールドはゴールドのものではない細い腕をサファイアに握らせて言葉を続けた。
「ミツル君がさっきから気絶したままなんだ、
 僕がグラードンの相手をするから、ここで2人でじっとしてるんだ。 いいね?」
「ダメじゃ! ルビーが喉痛めとるんや!! ワシが行って守らんと!!」
え? という声を上げてゴールドはグラードンの周りへと目を配る。
赤いポケモンの影になっているのか隠れて攻撃しているのか、いずれにせよルビーの姿は見えない。
立ち上がって「自分が止めてくる」とサファイアへ伝えようとしたとき、聞き慣れた音が耳をくすぐって、サファイアとゴールドは目を見開かせた。
サファイアはルビーの元へと向かおうと立ち上がるが、ゴールドに肩を押さえられて押し止められる。
彼女の声が戻ったのかと一瞬勘違いしたハーモニカの音色は、サファイアが今までに聞いたことのない音楽を演奏していた。
隣でこんこんと眠っているはずのミツルの口が、そっと小さく動き出す。
本当なら生きるための動きしかしないはずのミツルの異変に気付いたゴールドがその唇の動きを見つめていると、次第に彼もその動きに合わせて口を動かし始めた。


―かぼちゃの馬車の 用意があるわ  勇気1g つかみ 手に入れよう
 教えてアゲル 魔法のコトバ  キミの心へ 必ず届くよ ―♪


サファイアは奥歯を噛み締めるとホルダーからモンスターボールを引きちぎった。
制止させる間を与えないようミツルの手を離すとサファイアは出来るだけ高くモンスターボールを投げ上げた。
予想通り止めに入ってきたゴールドから逃げようと走り出すが、2メートルとしないところで腕をつかまれる。
だが、それだけ走れば充分だと感じ、サファイアは大きく息を吐いて『蒼眼』を発動させた。
着地したラグラージの『カナ』がグラードンへと向かったのを見てゴールドは金色の瞳を見開かせる。
ここまで来たらもはや止めることは叶わないと悟り、立っていることもままならないサファイアを支えると足元にモンスターボールを落とした。
ゆっくりと進み出るジュカインを横目で見ると、小さく一言「行け」と指示を出す。

「・・・―聞こえてくるよ 魔法のコトバ 勇気をくれる炎呼び出す―・・・」
ハーモニカの音色に合わせて、ミツルの口が小さな音色をつむぎ続ける。
「―あふれてくるの 魔法のコトバ 光のような優しさくれる―」
ゴールドは『その曲』を知っていた。 出来るだけ気を落ち着けてミツルと同じようにアップテンポのメロディを口ずさみながら『緑眼』を発動させる。
低く構えていたラグラージとジュカインが同時に飛び出す。
元ワカシャモであった赤い大きなポケモンに降りかかってきた爪をラグラージのカナが受け止め、ジュカインのきぎはその周りを駆け回り出した。
音を奏で続けながらも驚いて赤い瞳を向けたルビーに向けてゴールドはうなずいた。
すぐさま顔の向きを変えてルビーが戦いに集中し出すと、‘イオン’はフーッと息を吐いてルビーそっくりの表情でグラードンを睨みつける。
「ゴールド、時間を稼ぐんや! あいつが攻撃するまでちっと時間がかかる!」
「わかった! どこまで行けるか判らないけど・・・」
ジュカインのきぎはグラードンの足元を蹴り飛ばされないように走り回りながら背中についた黄色いタネをばらまいた。
ぐるりと一周したところでゴールドが手を上げると黄色い植物が一気に背を伸ばしグラードンの周りを取り囲む。
「ジュカインの背中のタネには植物を成長させる力があるんだ、
 この洞くつの中にマグマ団やアクア団との戦いに備えて成長の早い植物の種をまいておいた!」
続いて攻撃を加えようとするジュカインを睨み付けるとグラードンは低く吼える(ほえる)。
グラードンの足元から炎が立ち昇り、ジュカインとゴールドはビクッと身を震わせる。
ラグラージのカナはピクリと頭のヒレを動かすと飛ぶように走ってルビーを抱えてグラードンを睨み付けた。
ゴールドも危険を察知しサファイアを抱えてその場にうずくまる。

「・・・ッガアァァッ!!」
燃え上がった炎が広がってグラードンの周りで渦を巻く。
グラードンが力を解放するかのように低い声で叫ぶとその炎が一気に広がり、波動となってルビーやサファイアたちへと襲いかかった。
ラグラージのカナはサファイアからの指示を受け『まもる』を使い、ゴールドとサファイアの真上を熱気が猛スピードで駆け抜けていく。
洞くつ全体が振動するような衝撃が広がる。 ルビーは自分を守っていたカナを軽く押さえるとすっと人差し指を突き出しグラードンを指差した。
起き上がるゴールドの瞳の中で、『バシャーモ』という学名のポケモンがスローモーションのようにゆっくりと動く。
伝説のポケモンの懐(ふところ)を取った真っ赤なポケモンは ルビーと同じ表情をして長い足と赤い炎をまとった腕に力を込めた。



「・・・『スカイアッパー』!」

狙い澄まされた攻撃がグラードンのあごを直撃した。
急所を突いたらしく、巨体がぐらりとかしいで倒れだす。
勝利を確信しゴールドが小さく握りこぶしを作ったとき、グラードンがルビーを睨み付け、太い爪を振り回してバシャーモへと襲いかかった。

「‘カナ’ッ!!」
爪に当てられ弾き飛ばされたルビーのバシャーモをラグラージが空中で受け止める。
踏ん張りが効かず、カナもろとも一緒に飛ばされると2匹は壁にぶつかって1度停止し、ずるりと落ちてきた。
倒れながらも『それ』を視界に入れるグラードンに、2色の球体が接触する。
かなり驚いたように振り向いたグラードンの瞳に 誇り高い赤い瞳の少女が映り、巨体は黄白のモンスターボールの中へと吸い込まれた。
カツン、と音を立てて地面の上に転がったボールを見て、ルビーは銀色のハーモニカを降ろす。
よく見ないと判らないのだが、まだ捕まり切っていないらしく、ハイパーボールはかすかに揺れ動いている。


「・・・・・・‘いち’・・・」

息切れしたゴールドの口から自然に言葉が出る。

「・・・‘に’・・・!」

必死に耳を澄ましてサファイアはルビーの場所を探った。
声に力があり、何かを確信したような表情をしている。

ルビーはもう1度揺れ動いたモンスターボールを見ると‘さん’と口を動かした。
洞くつ中が静まりかえったとき、パチンッ、という音を出して火花が散り、ルビーの投げたモンスターボールが締まり切る。






赤い瞳を見開かせ、目の前のボールの中にいるポケモンともう戦わなくていいことが判ると
ルビーは ほっと息をついてへなへなとその場に座り込んだ。
息をつくと、いつの間にか目からボロボロと涙が落ちてきていることに気付き、ルビーはグローブで何度も目をこする。
ミツルが目を覚ましだしたことに気付くとゴールドはルビーとミツルを何度か見比べて、少し考えてからサファイアを立たせてルビーへと駆け寄った。
何も言わずにルビーの側に立つと、軽く頭を叩いて自分に気付くよう うながす。
2人の存在に今まで気付いていなかったルビーが涙目のままゴールドを見上げようとすると、ゴールドはいたずらっぽい笑みを浮かべ、
サファイアをルビーの元へと突き飛ばした。
「・・・どわっ!?」
「ッ!?」
全く予想出来ていなかった2人は肩同士が触れ合い抱き合う形となる。
目を白黒させているルビーを見て笑うと、ゴールドは指でルビーに判らない暗号を残してミツルの方へと走って逃げた。
取り残されたサファイアがじたばたと態勢を立て直そうとしながらルビーへと尋ねてくる。
「・・・ル、ルビー、グラードンは?」
判り切っているはずのことを聞かれ、ルビーはふと息をついた。
もう1度地面に転がっているモンスターボールを確認すると、ルビーはサファイアの背中に指先で丸印を描く。
「・・・・・・・・・サ・・・ファ・・・・・・イア・・・」
息を思い切り吸い込んで、腹に思い切り力を込めても、出てきたのはかすれにかすれた声だけだった。
唐突に息苦しくなり強く咳き込むと、押さえた手の平に赤い点がつく。
「ル、ルビー、無理したらアカン! 声・・・!!」
ルビーは涙でうるんだ瞳でサファイアのことを見上げる。
よく見てみれば彼もルビーにもゴールドにも負けず劣らずボロボロだ。
自分の体調くらい自分が1番よく判っているつもりだった。
正真正銘、次が最後の言葉になることを悟る。 彼が聞き逃さないよう、耳元に口を近づけるとルビーは必死で最後の声をつむぎ出した。
「・・・・・・ぁあ・・・・・・り・・・・・・・・・が・・・・・・と・・・・・・う・・・」
しばらくはサファイアの戸惑ったような声だけが聞こえてきていたのだが、やがて、頭の上に2人分の手の平が置かれる。
うっすら目を開けるとぼやけてほとんど見えない視界は黄色く染まっていた。
何も言われなくてもルビーにはそれがグラードンの入ったモンスターボールだということが判る。

「とりあえず、グラードンはルビーが捕まえたんだからルビーが持っていないとね。
 『ココロ』の持ち主が現れるまで、他の人に渡しちゃダメだよ。」
「それどころやあらへん! ゴールド、ルビーが・・・ルビーが!!」
「・・・命には別状ないよ。」
ミツルを連れてやってきたゴールドは落ち付いた声を出しながら、ルビーに出しっぱなしにしていた4匹のポケモンを連れてきたことを教えた。
緑色のポケモンに支えられつつ、いまだ少しボーっとした様子のミツルを少し見てからルビーは
アクセント、スコア、フィーネにぎこちない笑顔を見せてからボールに戻るよう指示し、グラードンを含めた4匹のポケモンをポシェットへとしまう。
不安がらないようサファイアと手をつないだままルビーがゴールドへと向くと、金色の瞳の男は切なげに笑ってから、何かを言いかける。
だが、ほぼ同じ瞬間に突然大きな揺れが起こり、ゴールドの言葉もルビーの疑問も一時にかき消された。



派手に転がったミツルがようやく我を取り戻し、もはや静止した状態で見られない周囲を見回す。
地面に何度も弾かれ飛ばされそうなヤミラミの『ゆえ』を抱きかかえると緑色の目を見開かせて1番答えられそうな人間を探した。
「・・・一体何が起こったんですか!? まさか、グラードンが!?」
「違う、その逆!」
ゴールドは訳が判っていないまま跡が残りそうなほど強くルビーの腕を掴んでいるサファイアと
どこかに飛んで行ってしまいそうな緑色のポケモン、サーナイトの『あい』をつかんで叫ぶ。
「カイオーガとグラードンの力で作られていた洞くつが主を失って形を保てなくなったんだ!
 元々不安定な形をしてた洞くつだから、間違いなくすぐに崩壊する!!」
誰の叫ぶ声も聞こえない。 岩の落ちる音が人の声など簡単にかき消してしまえるから。
振動は激しさを増し、海底に作られたドームはシャボン玉のようにあっけなく壊れていく。
とにかく離れないようにお互いを支えあっていたトレーナーたちの上で一際大きな音が響き、真上から巨大な岩盤が降り注いだ。
自分たちの上から間違いなく人よりも大きな岩が降ってくるのを見て、神の子らは思わず息を呑んだ。


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