【トレーナー・オブ・デンジャラス・モンスターズ】
『ポケットモンスター』という正式名称がつく前のトレーナーの呼称、
ひいては、ポケモンが認知される前からトレーナーをやっていた人間のこと。
ちなみに正式名称ではなく、誰ともなく呼び出したのがそのまま定着した。
トレーナーとして認知される前までは差別の対象であったが、
学会で正式に認められてからは、ポケモンを最も理解する者として他のトレーナーの指導者に抜擢されることも多い。
わずか数年での急激な変化に対し、彼等が良い感情を持っているかどうかは謎である。


PAGE96.THE END...?


トクサネの海岸に中年の男の姿を見付けるとレッドは自分たちの場所を知らせるために大きく手を振った。
向こうが自分たちのことに気付いたことが判ると、ナマズンに乗ってクリスとシルバーを先導し、海岸の砂の上に乗り上げる。
「とにかく、その女(ひと)病院へ。」
「あ、うん・・・」
クリスはミロカロスの上に乗ったレインを抱きかかえようとした。
だが、気絶してたものと思われていた彼女はクリスの手を払い、自力で起き上がる。
礼も言わず、シルバーが抱えていたラブカスに手を向けるとボールへ戻るよう指示を出し、胸元のホルダーへとしまう。
「・・・大丈夫よクリス、どこもケガしていないから。」
「ホントに?」
「えぇ。」
短髪の女はぐるりと男たちを見回すと、軽く会釈した。
ポケットから片眼鏡を取り出すと、覗き込んでから悩ましげにため息をつく。
「誰だ?」とものすごく聞きたそうな顔をしたシルバーたちへと向かってクリスは腰に手を当てて説明した。

「あたしの友達、クチバ工業高等学校2年の内海 志保(うつみ しほ)ちゃんよ。
 あんたたち探すのに1人じゃとても無理っぽかったから、ずっと手伝ってもらってたの。」
濡れたマントに震え、寒そうにマントを外す『レイン』にシルバーと1度会った中年の男が毛布を渡す。
背中に背負った機械の量に驚いたような呆れたような顔をしながら、シルバーはとりあえずといった形でうなずいた。
ルビーやサファイア、ゴールドたちの救出活動は既に始まっているが、なにぶん海底のブラックボックスと言われる海底洞くつのこと、
加えてすっかり日が暮れて視界が悪くなったこともあり、捜索が難航しているようだとレッドが告げる。
再び「自分が行く」と言い出しかねない様子のクリスを気にしながら、シルバーは毛布を配る男を指しながらレッドへと尋ねた。
「こいつは?」
「『何者だ』っつー質問なら、TP(トレーナーポリス)の特殊捜査機関の・・・非TP特別捜査官・・・って肩書きはあんな、いちお。
 『神眼』について調べてて世界中回ってるっつーから、オレがスカウトしたんだ。」
他にも何か言いたそうだったが、レッドはそこで話を止めた。
中年の男に付き添われ病院へと向かうレイン・・・『内海 志保』を見送ると、
いつにない暗い表情で夜もふけた黒い海を赤い瞳に映し、右の握りこぶしを強く締める。
「大丈夫だシルバー、ゴールドなら戻ってくるさ。 戻ってきてくんねーと・・・オレが困るんだよ。」







サファイアの腕の中でルビーが苦しそうにもがいた。 慌ててサファイアはルビーを締め続けていた腕をゆるめる。
ミツルは誰のものだか判らない手を握ったまま辺りを見回す。 驚いた拍子にヤミラミの『ゆえ』が『フラッシュ』を止めたせいで辺りは真っ暗だ。
3人の耳には共通して500メートル全力疾走したような苦しそうな息づかいが聞こえてきていた。 もちろん、自分のものではない。
反響する声の主を確かめようとミツルが腕の中にいる『ゆえ』に再度『フラッシュ』で辺りを照らすよう指示を出すと、
一瞬目も開けられないくらいまで光が放たれた後、徐々に辺りの様子が確認出来てくる。
「・・・・・・天井まで、3メートル弱か・・・上出来だよ、‘のんの’。」
脇にいる岩の固まりのようなポケモンにひじをかけると、ゴールドは座り込んだまま大きく息をついた。
反対側ではサーナイトの『あい』がミツル(と、ゆえ)が無事なことを確認して、ゴールドそっくりな動きで安堵(あんど)の息をついている。
ルビーとサファイアはジュカインの『きぎ』、ラグラージの『カナ』、バシャーモの『イオン』に囲まれるようにして守られていた。
2つの無垢な命を守ったことに対し、3人のトレーナーはそれぞれ自分のポケモンをほめたたえる。
まだ視力の残っているルビー、ミツル、ゴールドが現在いる場所を確認する。
岩が小さな部屋の形になるよう避けており、『ひみつのちから』で作られた空間は秘密基地としては快適だが、
あれだけ大きかった海底ドームの面影は全くといっていいほど無い。
小さな空間は一見しっかり作られているようだが、30秒から1分ほどの不規則な間隔で激しく揺さぶられる。
ジュカインの『きぎ』をモンスターボールへと戻すと、ゴールドはややため息混じりに言葉をもらした。

「・・・あんまり、長く持ちそうもないね。
 そういえばサファイア、入口塞がってただろうに、どうやって洞くつの中に入ってきたわけ?」
「あ、あぁ、ここにルビーがおるって聞いてな、カイオーガ捕まえてすぐ急いで来てん。
 洞くつの頭にホエルコの‘ダイダイ’に『しおふき』で穴空けてもろて、そこに‘カナ’と突っ込んだんや。 ‘ダイダイ’は外で待っとる。」
「・・・それで、『減圧症』?」
「ゲンアツショー・・・? 何やそれ?」
「水中の深いところだと圧力がかかるよね、そこから一気に圧力の低いところへ行くと、丁度コーラの栓が抜けたみたいに体の中に空気の泡が出来るんだよ。
 正式な診断が出るまで何とも言えないけど、サファイアの場合多分、その泡が視覚神経にぶつかって、目が見えなくなっているんだと思う。
 トクサネで『ダイビング』の資格もらったとき、急潜水、急浮上しないようにって言われたはずだよね?」
はぁっと強く息が吐かれ、暗闇の中で聞こえていた荒い息づかいがゴールドのものだったということが判る。
半分ひじかけのようになっていたノズパスをボールへと戻し、ルビーもミツルも見たことのないボールを手の上で転がすとゴールドは3人を順ぐりに見ながら
座ったまま姿勢を崩して子供たちにもそうするよう うながした。
酸欠になるのを少しでも防ぐため、ルビーとサファイアはそれぞれ『イオン』と『カナ』をボールへと戻す。
「助けが来るまで待つしかありませんか?」
静かになった空間に、ミツルの高めの声が響いた。
夕焼けのように切なげに笑ったゴールドを見て、ルビーがびくりと身を震わせる。

「まぁ、そんなとこだね。 少し時間はありそうだし、聞いていいかな、ミツル君?
 どうして君は、約束を破って医師の許可が出る前にシダケタウンを抜け出したのかな?
 おかげで成川さんや粒針さん、ヘムさんに霧崎さんがずいぶん苦労してたの・・・知ってるよね。」
「あ、はい・・・ですけど、どうして『ゴールド』が医療学校の人たちのことを・・・?」
きょとんとした表情で聞いてきたミツルに対し、ゴールドはクスクスと笑うとポケットからレンズの割れた眼鏡を取り出し、ミツルへと投げた。
慌てて受け止めた途端、手首にぬるぬるしたものが巻き付きミツルは悲鳴を上げた。
赤い服に溶け込んでいたカクレオンを腕に回すと、ゴールドはイタズラっぽい表情をミツルへと向ける。
「声で判らなかったかな?
 ポケモン医療科のアルム。 勉強にならなくなる恐れがあるからって特別に偽名で通学する許可をもらっていたんだ。」
「・・・・・・・・・・・・アルム・・・さん?」
愕然(がくぜん)とした表情のミツルを見て、ゴールドは笑う。
「怒るつもりはないよ。 ただ、事実関係が知りたいだけだからさ。
 隕石の力で病気が治って、その隕石から『ジラーチ』ってポケモンが目覚めたところまではサファイアから聞いてる。
 だけど、君はポケモンを捕まえようとしていたときにちゃんと危険性を考えて『エネコのしっぽ』を用意していったくらい賢い子だから、
 ただ好奇心だけで旅立って、そしてこんな所まで来るわけがないよね?」
ミツルは驚いたような表情でゴールドのことを見ると、少し考えてから右のポケットを探り、赤い手帳のようなものを取り出した。
それをゴールドの前に置くと、何かを覚悟したかのような表情になって、口を開く。
「・・・あれは、早朝、‘あい’が黒い石を拾ってきた日のことでした。
 ずいぶん嬉しそうにはしゃぎながら あいが渡してきた黒い石を受け取った途端、体の中に力がみなぎってきて、息苦しさがなくなったんです。
 直感的に病気が治ったんだって思って、少しくらいなら外に出ても大丈夫だろうと、準備をして、夕方頃病院を抜け出しました。
 すぐに・・・グリーンさんに見つかりましたけどね。」
後のことをミツルは話す。
ボールを隠し直そうとして家に戻ったら、『アクア団』と名乗る人間に襲われたこと、直後に『マグマ団』と名乗る別の集団に出遭ったこと。
「そりゃ逃げましたよ、無我夢中で財布だけ取って、ほとんど着の身着のままで。
 何回も『テレポート』を繰り返してその場は事無きを得たんですけど、今度は現在位置が判らなくなりました。
 日も暮れて周りの様子も判らなくなって・・・途方に暮れていたとき、ポケットに入れていた『ポケモン図鑑』が鳴ったんです。」
「その『ポケモン図鑑』はどうやって?」
置かれた図鑑を手にとって眺めながら、ゴールドは短く切り返した。
ミツルは小さく声を上げると正座したひざの上の手を軽く握る。
「シダケでボクが大量のポケモンに襲われた日、医療学校の皆さんが帰っていった後地面の上に落ちていました。
 8人全員に聞いたんですけど、誰も自分ではないと言っていたので・・・警察に届けられる代物でもなかったので、ひとまず預かるつもりで持っていました。
 あ、ちゃんとその後毎日あいを落ちていた場所に向かわせたんですよ? 持ち主の人が取りに来ると思って・・・」
「そうだね、毎日‘あい’が育て屋の近くをうろうろしてたのを何度も見てるから。
 それで、その鳴ったポケモン図鑑を、ミツル君はどうしたわけ?」

「ポケットから取り出して、開きました。
 開いたら、画面が光っていて、文字が浮かび上がってきていました。
 最初はボクを勇気付けるような・・・そんな言葉だったんですけど、この機に旅に出られる、そう、言ったんです。
 そこからボクの旅が始まって、その間もずっとポケモン図鑑には文字が現れ続けました。
 何度もおかしな集団に襲われたんですけど、アドバイスを受けたり、はげましてくれたりして・・・!」
興奮したようすのミツルを、ゴールドは制した。
1通り確認したポケモン図鑑をミツルへと渡すと、軽くため息をつく。
「・・・・・・クリスだ。」
「クリス?」
サファイアの声が小部屋に反響して消える。
彼の目が見えていないことを忘れ、ゆっくりうなずくとゴールドはミツルの手の中の赤い図鑑を指差しながら続けた。
「これと同じ図鑑を持っているのは3人。 もちろん僕じゃないし、シルバーがミツル君を旅に出す利点もない。
 それにさっき霧崎さんがクリスのことを言ったことからしても間違いないと思うよ。
 持ってみたとき少し重かったから、多分霧崎さんがメカニックとして協力してたんじゃないかな。」
ルビーは自分の首に貼り付いた五線譜(ごせんふ)のチョーカーに軽く触れる。
納得はしているのに、それを伝えられないことがもどかしかった。
痛みにも慣れてきたのか、それとも体中の水分を使い果たしたのか、涙はもう流れてこない。
言いたいことも2、3あったのだがしばらく沈黙は続き、黙っていなければならないことが辛くなってきた頃、サファイアが握っている手に軽く力を入れる。
間髪入れずに喋り出したサファイアに3人は視線を向けた。
「ゴールドは・・・ゴールドとシルバーは、なして戦っとったんや?
 警察でもつかめんかったアクア団やマグマ団の動きも、途中までやけど判っとったみたいやし、妙に先のこと判っとるみたいな口ぶりやったやないか。
 何でや?」
きょとんと金色の瞳でサファイアのことを見ると、ゴールドは頭に手をやってから何かに気がついたように自分の手を見て、
それから体の前で手と手を組み合わせた。
「そう・・・だね。 もう話してもいいかもしれない。」
体をラクにすると、ゴールドは横目でルビーのことを見てから軽く息を吸った。
顔に少しだけ浮かんだ笑みをみていると、彼がついこの間まで自分たちと同じ年齢だったということがうなずける。
もう何度目か判らない振動が響き、静寂がおとずれると、ゴールドは静かに口を開いた。
「・・・きっかけは、1通の手紙とノートだったんだ。」



「ルビーとルビーのお母さんが巻き込まれたポケモン暴走事件から3日経った日、学校から帰って、いつものように部屋に入ったら
 突然、淡い緑色の光が見えて、僕の机の上に見慣れないノートと、手紙が置かれていたんだ。
 手紙のあて先は僕宛て、差出し人は、今から1週間『後』の・・・僕だった。」
「未来から手紙が?」
驚いたミツルにゴールドは軽くうなずいて答える。
「場所は言えないけど『あるところ』に時間を行き来出来るポケモンがいるんだ。
 力を借りれば人やポケモンや物体も行き来させることが出来る。 もちろん、自然の摂理(せつり)に逆らうことだからいくつかのことは制限されるけどね。
 同じ時間に2人の人間は存在出来ないし、元々命を持っていた何てことないノートの切れ端、糸くず1つ取っても同じこと。
 ただ、人間がまる1人送られるよりはずっと混乱せずに済むから、手紙とノートが送られてきた意味はすぐに想像がついた。」
一息つくと、ゴールドは先を続ける。
「手紙の内容は短くて簡単なものだった、とても困ったことになっている、『現在』の僕ではどうしようもないから助けて欲しい、と。
 ノートに書いてあったのはその詳細。 半年くらい前からの新聞の写しと、それに関するシルバーの話とコメントが50ページくらいずらり。
 オーキド博士とオダマキ博士からの依頼でクリスがホウエンのポケモンのデータを取り始めたことから始まり、
 マグマ団とアクア団の野望、『りゅうせいの滝』でルビーが落石で死亡してしまって、初めて事件を知ったこと、
 クリスと、1人の少年が2つの組織を阻止するために動き出したこと、ホウエン地方の各々の伝説。
 最後にはここ・・・海底洞くつでグラードンとカイオーガが目覚め、サファイアはカイオーガに、クリスは・・・グラードンに負けたことが記されてた。」
驚いて息を呑んだルビーに対し、サファイアはあくまで冷静に彼女の手を持ち続ける。
彼に「知っていたのか」と聞きたそうな視線を送るルビーを見ながら、ゴールドは先を続ける。
「僕はクリスに死んで欲しくなかった。 そして、下準備が必要だと思った。 そこで止まるはずの命の流れを変えることになるんだから。
 急に僕が行ってマグマ団とアクア団を直接止めるのも考えたんだけど、それをやると本当に何が起こるか判らない。
 色々考えた末に、カイオーガのところまでたどり着いた『サファイア』と、その行程のきっかけとなった『ルビー』に協力・・・
 ・・・利用って言った方が正しいかもしれない、まぁ、そうすることを思い付いたんだ。」
サファイアの握った手に、軽く力が込められる。
「そこからまた2日後、ラティオスとラティアスって名乗るポケモンが僕の前に現れた。
 ラティオスは自分の見たものを人間へ伝える能力を持つポケモン、ラティアスは光を屈折させて自分の見た目を変えることが出来るポケモン。
 どこでどうやって聞き付けたのか、僕がポケモンと会話出来ることを知ってやってきたらしいんだ。
 2人は僕に助けを求めてきて、その内容は僕がやろうと思っていることと全く同じだった。
 だから共同戦線を組むことにした、移動上不都合の起こる2人を1度僕所有のポケモン、という形にして、メノウとコハクという名前をつけた。
 シルバーに協力を求めて・・・あぁ、そういえばクリスのことまだシルバーに言ってなかったっけ・・・
 学校のことが片付くまでコハクの体を借りてホウエンに来て・・・後はルビーとサファイアが知っている通り。
 伝説のポケモンと戦えるくらいまで2人を強くしようとして、『りゅうせいの滝』でコハクに取り付けたスピーカーが壊れるまで、ね。」
ゴールドが言葉を切ると、4人を囲う岩が一際大きく揺れて、崩れた石ころがこつんとサファイアの頭に当たった。
「・・・そうだ、忘れるとこだった。」
つぶやくように言うとゴールドはポケットから小さなピルケースのようなものを取りだし、中を開けて爪よりも小さな『何か』を手の上に転がした。
包み込むようにぎゅっと手を閉じると、ルビーの側へと寄って右の耳に触れる。
チクッとした痛みを感じてルビーが目をつぶると、右耳のピアス穴から赤い石のついたピアスが抜き取られていた。
『それ』をルビーへと見せて申し訳なさそうに笑うと、ゴールドは彼女の空いている方の手を取って、それとよく似たピアスを手の平の真ん中に置く。
「え〜とゴメンね、これ『えんとつ山』の入口に落ちてたんだけど、こっちの赤い石守るためにすり替えてたんだ。
 今ルビーが持っている方が本物。 こっちは・・・僕よりミツル君が持ってた方がいいかな?」
そう言うとゴールドは体の向きを変え、赤く光る石のついたピアスをミツルへと手渡した。
「・・・あの、もしかしてこれはジラーチの・・・?」
「そう、隕石の中にあったエネルギーの結晶体。
 抜き出しておけば目覚めることはないだろうと思って、マグマ団から奪ってすぐ削り取って、そのピアスに加工してもらったんだ。
 隕石本体も‘あい’に渡しておけば安全だと思ったんだけど、思った以上に早くかぎ付けられて・・・
 本当に焦ったよ、ミツル君がシダケから抜け出したって聞いたときには。」
困った困ったという素振りでゴールドは頭をかいた。
再びルビーが何か言いたそうなのに気付いてはいたようだが、あえて気付かない素振りを見せてゴールドは立ち上がる。
ミツルを立たせ、ルビーとサファイアの側へと寄らせると見たことの無いモンスターボールを手の上で転がしながらまた笑う。


「さてと、そろそろ脱出しないと危ないかな。」
「出られへんかったんやないか?」
どちらともつかない方向を向いてサファイアが尋ねると、ゴールドはまた笑う。
「『出られない』なんて僕言ったかな?」
何かを言いたそうに詰め寄るルビーを押さえると、空けた空間に向けて紫色のボールを構える。
巨大な鉄球でもぶつかってくるような揺れに少し耐えると、フーッと息を吐いてゴールドはふわりと優しく球体を放った。
見慣れないボールは空中で2つに割れると、ルビーもミツルも、サファイアも全く見たことのない、銀色のポケモンを解き放つ。
丸い体の中央に赤い7つの点を持つ、何かの物語に出てくる機械人形のようなポケモンは
4人を見ると鋼で作られたのであろう巨大な身体をきしませた。
2メートル近くある丸い体をゴールドが軽くノックすると、こぉーんと寺の鐘のような澄んだ音が響く。
「見ての通り聞いての通り、この子の体は鋼で出来ていて、中は空洞になってる。
 僕たちがいたのが海底洞くつの最上部だから、上に向かって『いわくだき』を繰り返せば、きっと出られるはず。
 中の空洞の大きさから考えて、ボンベがなくても30分くらいは持つと思うから、
 外にいる僕のポケモンにうまく接触出来ればルネかトクサネくらいまでは行かれるはずだよ。」
揺れが一層酷くなる。
助かるという期待に表情を緩めるミツルと、言っていることがいまいち理解出来ていないサファイアに対し、
ルビーは先ほどよりも更に眉と眉をくっつけるようにして、ゴールドに突っかかった。
見ているだけでも痛々しい火傷を負った口を動かし、サファイアから手を離すと赤いパーカーの胸倉をつかんでゴールドのことを睨む。
頼れるものがなくなりおろおろしているサファイアと赤い瞳で睨みつけてくるルビーとを見比べるとゴールドは微笑をもらし、
ぽけっとしているサーナイトを金色の瞳に映した。
「‘あい’サファイアとミツル君を先に送って。」
口調は柔らかいが、しっかりと『紅眼』で操っているらしく『あい』はぎこちない動きでミツルへと腕を向け『テレポート』を発動させる。
何が起こっているのか探ろうとしているらしいサファイアにも腕を向けると、一瞬にして彼の姿も消える。
銀色のポケモンの中から『ガン!』という音が聞こえ、飛びあがるように驚いたルビーに笑うと
ゴールドはルビーの両手首をつかんでそれ以上近づけないようにし、ゆっくりとした口調で彼女へと話しかけた。

「そんなに悲しい顔しないで。 僕は嬉しいんだ。
 ポケモンリーグには間に合わないだろうけど、ルビーもサファイアもクリスも、何とか守ることが出来た。
 4年ぶりに旅が出来てすごく楽しかったし、君たちみたいに心の底から信頼出来る友達も出来たんだ。
 ビックリしたよ、ルビーとサファイアに最初に会ったとき まるで・・・・・・」
ひっくり返りそうな振動が起こると、ゴールドは上を見上げて金色の瞳で『あい』を見つめた。
少し睨むようにするとサーナイトはルビーの腰をつかんで自分の方へ引き寄せる。
細い手首を離すとゴールドはルビーの肩を突き飛ばして 太陽のように笑った。
「のど、治るといいね!」
叫び出しそうな表情が 白い光に包まれて消える。
たった1人『外』へ取り残されたトレーナーは、7つの瞳のポケモンを見ると深く息を吸って気を落ち付けた。
再び天地を揺るがすような衝撃の後、少年は金色の瞳を見開き、体に力を込める。
「‘コランダム’ 行けっ!!」
元チャンピオンの指示が出ると、銀色のポケモンは重そうな外見に似合わず真上へと飛び出した。
岩盤を突き破ると岩を破壊し、ひたすら上へ上へと昇っていく。
大きな音を立てて震える岩壁に寄りかかるとゴールドは 穴の空いた天井を見上げて満足そうに笑った。

「・・・・・・まるで、昔の僕たちを見ているみたいだったからさ。」

その場に座り込んでひざを抱えると、ゴールドは目をつぶった。
洞くつが揺れるたびに聞こえてくる低い音を、まるで子守唄を聞くかのように受け止める。
カラカラと岩の崩れる音と共に、岩に亀裂の入る音が鳴り出した。
鋼ポケモンの中からも聞こえるような今までで1番大きな音が響いたとき、ゴールドの真横の岩壁が破裂でもしたかのように崩れる。







何度も鳴り渡る地響きのせいで高波が起こり、レッドたちは高台に避難するしかなかった。
時計を確認する気にもなれないが、既に澄んだ空に浮かんだ星たちは水平線の下で光る太陽に少しずつ消されていっている。
「・・・・・・長いな。」
沈黙を破ってレッドがつぶやくと、シルバーは「あぁ」とだけ小さく返す。
海はまだまだ暗く、度重なる地震がグラードンが起こしているものなのか、別の原因で発生しているものなのかも判断をつけられない。
1時間ほど前にレッドの元に連絡がきて、心弾ませて出てみればグリーンからで、レックウザとの交渉が終わったから今から戻るというものであったわけで。
依然(いぜん)、トクサネシティは波の音のみが響く沈黙の場所となっていた。

「・・・レッド・・・あんた、『紅眼』だったんだな。」
ずいぶん時間が経ってからシルバーが口を開くと、レッドは少し驚いたように赤い眼を開いてシルバーを見た。
ふぅ、と息を吐いてから再び黒い海へと視線を戻すと 少し間を置いてから口を開く。
「あぁ、一昨年それに気がついて、半年くらい前に急に目の色が変わった。
 単独で動いてた時だったからまだよかったんだけどさ、もし『カナ』としてマグマ団の中で行動してた時だったらと思ったらぞっとしたな。
 本物の『カナ』は神眼なんて持っていなかったし、リーダーのマツブサはずいぶん前から神眼と伝説のポケモンの関係に気付いてたみたいだったしさ。」
「ゴールドやルビーみたいに辛いと思うものなのか?」
「そう・・・でもないな、最初は10メートルくらいあった岩が粉々になったからどうしたもんかと思ったけどさ。
 だけど、あの2人が力を隠そうとしてた理由は何となく分かった気がする。」
そう言ってレッドが右手をポケットの中に入れようとしたとき、激しく地面が揺れ 打ち上げられた水しぶきが顔に当たった。
海底洞くつの真上辺りで 朝陽に照らされた水面がかなり大きな白い泡を吹き上げている。
条件反射のようにモンスターボールを手に取り現場へと向かおうとしたレッドを引き止めると
シルバーはポケモン図鑑を開いて素早い手の動きで(それでもレッドには遅く感じたらしい)何かを検索する。
電子音が鳴り、画面に何か表示されるとシルバーはレッドに銀色の瞳を向けた。
「『グラードン』の反応が無くなっている。 あいつら、やったんだ!」
「・・・捕まえたっつーことか? だけど! 今の見たろ!?
 海底洞くつに何かあったとしか思えねぇじゃねーか! 早く行かねーと!!」
「ゴールドが一緒なんだ、あいつらなら絶対帰ってくる!!
 ルネにしてもミナモにしても、ここからそう遠くはない、脱出したあいつらが来る可能性が1番高いのがこの島(トクサネ)なんだ、
 おれたちが出迎えないで一体誰が出迎えるっていうんだ!?」
一瞬黙ったレッドの腕を脱臼するのではないかというほど強く引いて、シルバーは無理矢理その場に座らせた。
音が鳴りそうなほど勢いよく自分もその隣に腰掛けて、脂汗を浮かべながら黒から青へと変わっていく海を睨む。
「不安になるのは判る、だけど今からこの大きな海を探したところであいつらを助けることは出来ない。」
「・・・シルバーは、それでいいのかよ?」
文句に近い言葉を聞くと、シルバーはひざにひじをついて座ったまま頭を抱え込んだ。
赤い髪が前へとたれ下がり、色の白い顔をほとんど完全に隠す。
「・・・・・・いいわけがないだろうが・・・あいつの無茶しいを何回見てきたと思ってるんだよ・・・」


それから20分ほど時間が経過した。
シルバーはずっとうつむいたままだったが、レッドがずっと見ていた水面は大分おだやかになり、津波らしいものは見えなくなっている。
進むことも戻ることも出来ず、ふぅっとレッドがため息1つついたとき、隣に座っていたシルバーが突然顔を上げた。
朝月にも似た銀色の瞳が驚きの色を隠さずに大きく見開かれている。
「どした?」
「・・・今、音がした。」
聞き返す暇も与えずシルバーは座り込んだ体勢から急に走り出し、坂を下って海岸へと向かう。
どう考えても追いつけないと考えたレッドは赤白のボールを地面に打つと、
クリスたちを呼ぶためにポケモンセンターへとフライゴンを飛ばし、見失わないうちにシルバーを追いかけた。
白い光を反射して白く光る砂浜の上に打ち上げられた、銀色の物体へとシルバーは駆け寄っていく。
足を止めて驚いたように銀色の丸い物体を見ているシルバーに疑問を持っているうちに、銀色の丸い物体が動き、レッドは叫びそうになった。
「何だ、こりゃ!?」
「・・・伝説のポケモン、『レジスチル』・・・!? どうして、こんなところに・・・!?」
背中向けに倒れたコータスのようにじたばたと動くと、『レジスチル』と呼ばれたポケモンはバランス悪そうにふらふらと起き上がる。
かなりおぼつかない足取りで浜に打ち上げられていたサメハダーと茶色い魚ポケモン『ジーランス』を海に投げて返すと、
ギシギシと体をきしませながら自分で自分の体をコンコンと叩いた。
特に攻撃してくるわけでもないので下手に手を出せないシルバーとレッドの目の前で白い光が瞬く。
強い光は一瞬 人の形を作ったかと思うと、2匹のポケモンと3人の人間へと姿を変えた。

「・・・ぶっはぁ! やぁ〜っと出られたわぁ・・・あー、息苦しかったわ。
 ルビー、平気か? ちゃんと生きとんな?」
「狭かった・・・」
「ルビー!? サファイア!?」
砂浜の上に放り出されたルビーは 聞き覚えのある声に振り向くと昇ったばかりの太陽の光を受けて 眩しそうに目を細めた。
サファイアは声の主を探してキョロキョロしているが、ルビーがぐいと腕をつかむとすぐにそちらへ顔を向ける。
立ち上がる気力もないのか『おっくう』なのか、砂浜に座り込んだままルビーはシルバーを見上げた。
「無事だったんだな、グラードンは?」
「お、その声はシルバーや! てことは、助かったんやな、ワシら!」
腰のポシェットに手をやると、ルビーはハイパーボールを取り出しシルバーに見せた。
丘からクリスたちが走ってくるのが見え、現在いる場所がどこかの街だということが判る。
涙でざびざびになった顔を拭うと、痛みが増さないようにそっと冷たい空気を吸い込んだ。
次の質問が判っているからこそ、心の中で準備しておかなくてはならない。
サファイアのおかしな様子に疑問を持っているらしいシルバーではなく、たった今やってきたクリスの方から『その質問』は飛んできた。

「・・・・・・ゴールドは?」
予想はしていたのに、ルビーはびくりと身をすくませた。
隣にいるサファイアが どうして彼女がびくついたのか判らない様子で青い瞳を向ける。
「へ?? 一緒やないんか? せやかてあのポケモンん中ぎゅうぎゅうに狭かったやん・・・」
サファイアの肩に手を置きながら、ルビーは無言のまま砂の上に字を書いた。
全てを書き終えると少し時間を置いて立ち上がって、サファイアも立たせてシルバーとクリスに砂浜に書いた文字を見せる。
文字を見た2人の反応はあまりに予想通り過ぎて、ルビーは自分が情けなくなってきた。

 『ゴールドは
  どうくつの中にいる』

どうしてもっといい言葉がなかったのだろうとルビーはうつむいた。
クリスはその場にひざをつくと小さな嗚咽をもらし、顔を押さえる。
彼女の手前取り乱すことはしないようだが、シルバーもその場に立ちすくんだまま、心ここにあらずといった様子だ。
伝えなければならなかったとはいえ、たった14文字の言葉がもたらした残酷な結果にルビーはひどく後悔する。
うつむいて手の平の上の赤い石を見る彼女の腕から抜け出した少年が、ふらふらとバランス悪そうに海へと向かう。
銀色のポケモン『レジスチル』にぶつかって痛そうに額(ひたい)を押さえると、さらに海へと向かおうとするサファイアをレジスチルが止めた。
何か言いながら鋼で出来た冷たい体をぽんぽんと叩くサファイアの目の前で、突然白い水の柱が噴き上がる。
音に驚いたサファイアの目の前に突然壁のようなものが競り上がり、サファイアとレジスチルにぶつかるかぶつからないか ぎりぎりのところで停止する。
あまりに巨大なそのポケモンは体に対して小さな目でサファイアのことを見ると、船の汽笛並みに低い声で1鳴きした。
突然のことに泣くことも忘れ呆然としている人間たちの前で サファイアは巨大なポケモンをぺたぺたと触ると口をつけてぺろぺろとなめる。
「・・・‘ダイダイ’か? えっらい声低うなりよったなぁ・・・
 ちょっと見ぃひんうちにでかくなったんやないか?」
どこで何をやっていたのか体のあちこちに傷をつけたダイダイは声がかかるとぶしゅっと頭の穴から水を噴き出した。
一目見れば判るのだが、10メートル以上ある大きな体を軽くくねらせると これまた巨大な口を縦に開く。
大小さまざまな形の岩が転がっている中に明らかに人工物でしかあり得ない赤色を見つけると、ルビー、シルバー、クリス、それにレッドの目が見開かれた。

「ゴールド!!?」
代わりに返事をするかのように低く鳴き声を出したダイダイの口の中にシルバーは飛び込む。
ひたいから血の流れるゴールドの腕を自分の肩にかけると、すぐに外に飛び出して彼の頬を何度も叩いた。
何が起こっているのか判っていない様子のサファイアの腕にルビーがしがみつく。
幾度も呼びかけられ、名前を呼ばれると ぐったりしていた様子のゴールドの頬が かすかに動いた。


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